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No.21913の一覧
[0] 頭が痛い(ネギまSS)[スコル・ハティ](2016/05/23 19:53)
[1] 第二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[2] 第三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[4] 第四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[5] 第五話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[6] 第六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[7] 第七話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[8] 第八話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[9] 第九話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[10] 第十話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[11] 第十一話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[13] 第十二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:20)
[15] 第十三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:21)
[16] 第十四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[17] 第十五話[スコル•ハティ](2015/12/19 11:22)
[18] 第十六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[35] 第17話[スコル・ハティ](2016/06/03 22:36)
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[21913] 第八話
Name: スコル・ハティ◆7a2ce0e8 ID:ce82632b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/12/19 11:18
炎と言えば誰しもが簡単に思い浮かべることの出来る物の一つだろう。

多くの人の認識通り炎というのは穂の様な光と熱を発する火の事である。

神話では神から与えられたり、若しくは天使から与えられたりと非常に素晴らしい物として扱われ、また人間に技術というものを齎したものの一つでもある。

近くは料理等に用いられ、石油等を燃焼させエネルギーを産生する方法としても利用される。鉄を精錬し、闇を照らし、弔いにすら使われる。

遥かな過去ならいざ知らず、現代となっては知らない人間などいないと断言できる物だ。

そしてその炎というものを黒金哲は殊更に恐れる。

大雑把に言ってしまえばその分類は多くの怖い物と何も変わらないが、哲にとって炎というものは全く思い入れの無いものという訳ではない。

かなり哲が小さかった頃の話だ。

人間の記憶というものは一般的には三歳頃の物が最も古いらしい。少なくとも彼の記憶にもその事件が刻まれている以上三歳頃の記憶なのだろうが、彼の最も古い記憶は炎に纏わるものだった。

その頃の記憶があるとはいえまだまだ精神・思考共に幼く、今振り返ってみてもまともな思考をしていなかった時代に何を思ったのか哲はベランダに干してあった洗濯物に火を着けた事が在った。

最初は静かに風で吹き消されそうだった小さな火種は、少年がその炎がどうなるのか考えを巡らせるよりも早く大きく燃え上がった。

 午後も太陽が中天を過ぎた辺りだ、朝から干してあった洗濯物はとっくに水気の殆どを失っており、ダランとぶら下がっていたバスタオルに着いた火はすーっと表面を撫でていくように上方に燃え広がり、丈の短く小さい洗濯物にも火を移した。

哲少年はそうやって徐々に火がその勢いを増し、遂にはベランダを覆い尽くすようになっても尚、瞬きをする事すら惜しむようにじっと見つめ続けていた。

ハンガーに吊るされていた洗濯物が粗方燃え、炎がハンガーにまで広がりベランダの塗装が熱にドロドロと融けた。ゴムが燃えた様な匂いだっただろうか、微かに残る記憶を辿って匂いを思い出そうと努力しても感覚として想起されることはあってもそれを言語化することが出来ない。鼻を摘みたくなる様な嫌な臭いがするまで哲少年は炎に夢中だった。

今でも炎を見るたびに思うのだが、あの時の哲は炎の中にでも魂を吸い取られていたのだろう。あの温かく明るい光を見つめていると体から力が抜けてその光にのめり込んでいく様な感覚に陥る。これも随分と前の話だが一度、哲は炎に魅了される余り焚き火か何かで燃え立つ炎に体を突き出しそうになった事がある。その時は危うく近くに居た友人に寸での所で引き止められ無事に済んだが、友人が居なければ間違いなく全身に火傷を負っていただろう。

そうして火に対して本人も無自覚な魅力を感じながら幼少期を過ごしながら自らが思うように行動できるようになった時、哲は異様な行動に出るようになった。

それも本人からすれば好奇心のままに動いていただけの行動であり、どんなにその意味も脈絡も理解できなくとも極自然な行いだ。

彼は何人かの兄弟姉妹に囲まれて生活していたが、稀にある両親も兄弟姉妹も不在の折、彼は徐に台所に据え置かれたガスコンロの摘みを捻り青白い炎を出すとその上に自身の手を躍らせた。

どんなに幼くとも人間には産まれた瞬間から感覚器がある。そして触覚や聴覚、味覚といった諸々の感覚がある。

健全な肉体の両親の元に生まれ健全な肉体を持った哲も全く同様だ。

そうなれば当然炎に炙られた哲の手は強烈な痛みに襲われた筈だ。

にも関わらず哲はそのまま平然と手を炎に翳し続けた。

恐ろしい光景だ。幼い少年が強制されるでも痛みを望むわけでも、死を欲するでもなく火で自身の体を焼いている。

そのまま少年の手が黒々とした炭になるかと思われたが、僅かの間に玄関の扉の開かれる音が哲の耳に届いた。

 金属製の蝶番が扉の重さと摩擦できいと甲高い音を発て、家族の慌しい足音が飛び込んでくる。騒がしさといい音源の数といい自分を除いた家族全員が揃っているようだった。

それを聞きつけた哲は慌てて摘みを定常位置に戻し大慌てで証拠隠滅を図った。

おかえり。と大きな声で家族に挨拶をしつつ、部屋中の窓を開け放していく。

戸棚を空けて何種類もあるお菓子の中からお気に入りの物を見繕い、口を開ける。

これで勢いよく中身を頬張りながら家族を迎えに行けば自分が何をやっていたのか気取られることはないだろうと思った哲は、それを実行し息を吐く間も与えられずに病院に送られた。

当たり前の話だ。高温によって細胞が死に炭化する一歩手前の手がまともな状態であるはずが無かった。

両親の呼んだ救急車に乗せられ、病院に搬送される間痛みが有るかと言われた哲はそれに首を振って否定し、何故自分が救急車に乗っているのか理解できていない風で首を傾げていたのは可笑しかったと後年父親が笑って聞かせてくれた。

その時の記憶がさっぱり無い哲としてはそんなことも有ったんだと頷くことしか出来ないが、哲にはそういった過去が有った。

その後周囲から天然天然と言われながらも世間一般に違和感無く溶け込める感性その他を手に入れた頃から、段々と哲は炎を恐れたが今でも哲は炎を見るたびに不思議な感慨を味わう。

そういえば俺がエヴァンジェリン達と初めて会った日もエヴァンジェリンの家で暖炉で燃える炎を見てて妙に和んだな。

肺一杯に新鮮な空気を取り入れながら哲の意識が目覚める。

肩甲骨と骨盤の辺りがゴリゴリと固い物に当たっていて哲は今自分がエヴァンジェリンの持つ不思議な別荘の中に居る事を思い出した。

意識を失った憶えも無いけれどどうして寝てたんだっけ?

口を大きく開き顔をだらしなく歪ませて欠伸をしつつ、背伸びをしながら疑問に思った。

そのまま欠伸を連発、背伸びを止めて手探りで足元を検めてから哲は立ち上がった。

「全く思い出せん。何で俺はこんな俺にとって地獄みたいな場所にいるんだ? しかも何か妙に荒廃してるというか色々壊れてるような」

 眼前に広がるのはガスバーナーを中てられた後みたいな地面と見渡す限りの青天。そして地面と空の中間に位置する倒れた石柱。

記憶の何処を検索してもこんな光景は見つからない。

確かエヴァンジェリンの別荘では地面が綺麗で石柱なんかは全部立っていたと思ったけどな。

哲は言葉に出さずにその記憶との差異を確認し、その暴力的に壊された風景に寒気を感じた。

「エヴァンジェリン辺りが調子こいて魔法でもぶっ放したのかね」

「やったのはお前だお前!!」

「うおっ!?」

 哲が慌てて振り返ると其処には案の定エヴァンジェリンが立っていた。

「ってちかっ!」

 近い近い。振り向いた哲の視界には自分と同じくらい――哲の主観を覗けば哲よりも高い――の身長の茶々丸の顔と顎の辺りにある長い金髪を湛えた頭部。

驚いて振り上げた哲の膝がエヴァンジェリンの顎を綺麗に捕らえた。

「いたーーーー!! エヴァンジェリンの顎が突き刺さった!」

「突き刺さってたまるか! ていうか何私に膝蹴りを食らわしとるんだお前は!」

 意にそぐわない膝蹴りだが、反射的に出た力はほぼ最大。顎をかち上げられて悶えるエヴァンジェリンを想像して、うわちゃーと心の中で頭を抱えた哲の予想とは逆にダメージを負ったのは哲の方だった。

「ふん、唯の人間の膝蹴りが長きを生きた吸血鬼に効く訳がなかろう。そもそも体の強さが違うのだからな」

 エヴァンジェリンは哲の放った膝蹴りを迎撃するでも避けるでも無く微動だにせず受け止めただけ。ただ圧倒的に力で勝るエヴァンジェリンには哲の膝蹴りは僅かな痛みを与えることも出来ずに跳ね返されたのだ。

こうなると下手に全力で打った膝はその強さの分だけ被害が増大する。

地中深くに突き刺さった剛体に攻撃を加えるような無謀な行為だ。

当然哲は膝に突き刺さるような痛みを覚えて地面に膝を着いた。

「つぅぅーーーー。なんでこんな近いんだよ。ていうか後ろから急に現れるんじゃねえよ。吃驚するだろ」

「お前がビビリすぎなだけだ。大体だな影を通って私達は出てきたんだ近いのは当たり前だろう」

「普通に出て来いっつの」

 痺れて力の入らない膝を庇いながらもう片方の足で立ち上がってエヴァンジェリンと茶々丸から距離を取る哲。

片足立ちで二メートルくらいけんけんすると力を抜いてどさっと座り込んだ。

「で、俺がこれやったってどういう事? まさか俺の中の眠れる人格が……とか?」

 自分にこういう事が出来るとは全く思っていない哲はエヴァンジェリンの言った事をまともに受け止めなかったのか、口調は冗談を言っているような響きだった。

「馬鹿も休み休み言うんだな。お前が呪文を唱えた直後に大爆発が起こったんだ! あの威力と範囲、私を殺すつもりだったと言われればあっさり信じられる程だぞ」

 暢気な表情を崩さない哲を置いてきぼりにして一瞬強い視線で哲を睨むエヴァンジェリン。その視線の強さは哲の呼吸が止まってしまう程強い。

「しかし………お前の様子を見るとどうやらそういう事でも無さそうだな」

 しかしエヴァンジェリンはそう言って有らぬ方に視線を逸らした。心なしか顔が赤いような気も哲にはした。

 何処か異常な点でも自分にあるのかと自分の体を眺め回そうと視線を下に、つまり自分の体の方にやった所、

「それはスマンかった。でも様子ってのは…………………………おおう裸だ」

 フロイト先生に依るならば5つの性的発達段階の3番めに現れる段階に於いて重要な役割を示すアレが見えた。

「???」

「首を傾げる前に隠さんか馬鹿者が。っっくそ、茶々丸!」

「はい、マスター」

 哲はその事態をスムーズに許容できず、その事態に至るまでの経緯に思考を割いた。が、そのまま時間が止まったように動かなくなった哲にエヴァンジェリンは舌打ちし茶々丸に指示を出した。

エヴァンジェリンの指示を受けた茶々丸はいつもの平静さをそのままに何のためらいも無くロケットパンチで哲の顔面を打ち抜いた。

「ぐへっ!」

 高速で飛来する茶々丸の拳に気付く間もなく、顔面が変形するほど強か殴られた哲はその混乱に続く混乱に自分が何をされたのかも把握できず、空中で身を半回転させると受身も取らずに頭から地面に落ちた。

「よくやった茶々丸。……って違うわああ! 誰が殴り飛ばせと言った。さっきのはさっさと何か見に纏うことの出来るでかい布なり服なり持ってこいという意味だ!!」

「そ、そうでしたか。……すみません黒金さん、勘違いをしておりました。それでは何か探して参りますので少々お待ちください」

 実に清清しくぺこりと頭を下げた茶々丸は、爆音を挙げたかと思うと土煙を上げながら先程のロケットパンチもかくやという速度で建物の方へと走り去っていった。

後に残されたのは全裸で頭を下にして地面に立った哲と息を荒げて茶々丸の背中を見ていたエヴァンジェリン。

視界を塞いでいた煙が収まった頃ポツリとエヴァンジェリンが言った。

「案外あいつも恥ずかしがっていたのかもな」

 これが漫画の世界ならせめてもっと恥じらった顔をしながらやって欲しい。アクロバットな体勢を保ったままの哲はそう思った。


「あー、恥ずかしかった」

 傍目から見ると死ぬほどどうでもよさそうにそう呟いた後、哲は茶々丸の持ってきた大きめのバスローブを身に着けて身を隠していた物陰から出た。

茶々丸の持ってきた服をどうやって哲に渡すかという段になってもう一悶着あったものの、無事隠さなくてはいけないものを隠した哲は距離を取った位置で自分に背を向けて椅子に腰掛けたエヴァンジェリンに近寄りながらこの世の世知辛さを嘆いた。

凍死しそうになったり痴漢の疑いを掛けられて後頭部を地面にぶつけて死にそうになったり責任重大な仕事に就くことになったり血を吸われたり火で燃えたり、そうかと思えば裸に剥かれたり思い切り殴られたり。転生してからの数日、前世でもそう無いほどの忙しさで不運やら何やらに襲われている。

漫画の世界が想像よりも百倍千倍も危険に満ちているという事を身を以って体験した哲からすれば当然の行いだろう。

平穏に枯れていく事を理想としていた哲としては変わってくれる人が居るなら代わって欲しい所だ。

しかし悲しいかな漫画の世界ではあっても現実である以上誰かと身分を交換することなど出来よう筈も無い。

もしも何か特殊能力が手に入るなら迷い無くボディチェンジを要求しよう。そう心に決めた哲だった。

とバスローブ姿の哲がエヴァンジェリンに向かい合う形で座ったときだった。

「先程の一件で分かった。魔法を教えるよりも前にお前の体を調べさせてもらう」

「うん?」

「聞いている限りお前はお前自身の体の事についても無自覚だ。加えて初歩の初歩の魔法であの威力。危険性の点から言えばニトロと一緒だ。いつ何時どんな力を出すのかも分からず、その力の制御も出来ないではおちおち安心することも出来ないからな。だから貴様にはまず魔法よりも自身のことを知ることが必要だ」

 そう言いながら破壊されつくした広場を親指でしゃくってみせるエヴァンジェリンに、哲は何も言えない。

 反論する意思などない。元より調べられて困ることなど何一つないのだ。それにも関わらず反射的に口を開こうとするのは自分が卑小な一般人であるという自己認識故だ。

それに、少なくとも自分は暴力を好む人間では無いと思っている哲は自分がまた徒に周囲の人や物を壊すことに抵抗があった。

「それは健康診断でもすれば良いのか? それとも何か裏の世界特有の方法でもあるのか?」

 即答する哲に驚いたのかエヴァンジェリンは眉を持ち上げたが、疑問よりも俺の体に対する興味が勝ったのか直ぐにそれも元に戻った。

「何面倒な方法を一々試すまでもない。お前の前に居るのは吸血鬼だぞ」

「それが俺の事を調べるのとどんな関連が有るんだよ。吸血鬼には健康診断機能でも付いてんのか?」

 明らかに馬鹿にした台詞を吐く哲には本当にエヴァンジェリンの発言の意図が読み取れていない。何か悪い予感とでもいうべき物が首の後ろでざわざわとざわめいていたが、それは何か特定の答えや行動を指し示すような物ではなく、ただ漠然とした物だ。何となく嫌な感じがした程度ではまだ聞かされてもいない方法を拒否することは出来ないだろう。

そう考えると同時にその方法を一度でも聞いてしまえばなし崩しにその方法が採られることになるという予感もしていた。

「勿論付いているに決まっているだろう。具体的な数値や指標として用いることこそ出来ないが、その人間の状態というものは少なからず血に現れてくるものだ。そして吸血鬼は人間の血液に関しては右に出るものが居ない。どれだけ少量の血液でもその人間の情報を粗方洗い出すことが出来る」

「それなら態々改まってそんな事する必要もないだろ。お前俺の血散々飲んでるじゃん」

 解剖でもされるのではと案じていた哲にとっては朗報が齎された。これなら今から痛い思いをする必要もないはずだ。何せエヴァンジェリンは少なくとも二度哲から血を吸ったし、一度は失血死に追い込まれかけた程だ。理論的に言えば失血死に至る致死量は2リットル程度。僅かなというには過大に過ぎる量だ。間違いなく十分な量をエヴァンジェリンは吸血しているだろう。

 しかしその期待も虚しく、エヴァンジェリンは自分を見つめ続ける哲の視線から逃れるように目線をあらぬ方向に向けた。

その上エヴァンジェリンの表情は気まず気だ。

時に人間のコミュニケーションについてノンバーバルコミュニケーションと呼ばれる物がある。簡単に行ってしまえば言葉に依らない非言語コミュニケーションの事だ。ある学者に依れば人間のコミュニケーションに於いて人が他人から受け取る情報の半分は表情から来る情報で話の内容はわずかに7%、残りが声の大きさやテンポといった諸要素だ。

 これが間違いのないデータであるという確証は哲には無い。が、しかしそのような物が無くとも現状においては、言語を持ちいらずとも情報が伝達されることは明らかだった。

「おい、まさかお前もう一回血を吸わせろとか言うんじゃ」

「仕方ないだろ、お前の血が美味すぎて血を吸ってるうちに我を忘れてるんだ、そんな事覚えてられるわけ無いだろうが!」

 テーブルに身を乗り出して詰め寄った哲に対する反応は完全に逆ギレだ。

俺の血が美味いのは俺のせいじゃない。

「じゃあその案は却下な。どうせまたやっても同じ結果になるだろうし」

 朝方エヴァンジェリンに噛まれた所を押さえてそう断言する哲。全身から文字通り血の気が引いていくのをもう一度体験する気は更々ない。

「んなっ!」

 それを聞いて驚愕したのはエヴァンジェリンだ。

「いや、今度こそ大丈夫だ心配するな。それに他の方法はどれも今直ぐ試すことは出来ん」

 俺を心変わりさせようとでも言うのだろうか、早口で吸血を薦めるエヴァンジェリン。

何時の間にかテーブルに乗り出しているのも俺ではなくエヴァンジェリンになっている。

小学生低学年程度の身長では普通に立ちながらでは出来ないので、ご丁寧に靴まで脱いで椅子に立っている。

「お前もしかして俺の血吸いたいだけだったりしないか?」

 不自然に必死な様子のエヴァンジェリンから、何かを求めるような雰囲気が漂っていたので哲がそう尋ねると、

「な、そんな訳ないだろう。私が人間風情の血欲しさにこんな事をするとでも?」

「それが善意を装って俺の血を吸う為の提案じゃないなら信じられるんだが」

「ぐっ」

 図星を突かれたエヴァンジェリンが言葉に詰まる。

あたふたと取り繕うように言い訳じみた事を捲し立てるエヴァンジェリンの言葉を聞き流しながら、不意に哲が頬を緩ませた。

そしてエヴァンジェリンの肩に手を於いて押し戻しながらこう言った。

「だったら素直に言えば良いじゃん。吸いたいなら吸えば?」

「はあ?!」

 素っ頓狂な声を上げて、肩に置いた俺の手を弾き飛ばす勢いで立ち上がるエヴァンジェリン。動揺は激しくテーブルに置かれていた湯呑みが倒れ中身が広がる。

ひっくり返った湯呑みを哲はお茶で手を汚しながら立て直す。布巾のような物が無いかとテーブルの上を見ても代用できる物も無かった。

テーブルから溢れそうになるお茶を仕方がなく手で塞き止めようとした時その下に割り込む手が有った。

茶々丸だ。

「黒金さんこちらは私に任せてマスターとのお話を進めてください」

 素早い動きでテーブルに広がっていたお茶を拭き取っていく茶々丸を見て出る幕が無いことを悟った哲は、茶々丸の言うとおり大人しく話を再開しようとエヴァンジェリンを見た。

 哲が視線を戻すと茶々丸と哲が話している間も微動だにせず只管哲を見つめていたエヴァンジェリンと目が合った。

「どうかしたのか?」





















「お……お前、正気か?」

「何馬鹿な事言ってんだよ、当たり前だろ。俺が正気じゃないってんなら狂ってるのは世界の方だと断言できる位に俺は正気だ」

 冗談とも付かない台詞だ。その上自信無さそうに視線を泳がせ苦笑いの台詞だった。

それでも嘘は何処にもない。正直な気持ちだ。

「殺されるってえ事なら俺も尻尾巻いて逃げるし、お前には今後近寄らねえよ。でも別に死んだりしないだろ。幸運なことに俺は死んでも死なないらしいしな」

 でなきゃ朝の一件で死んでる。

そうエヴァンジェリンに笑いかける哲。

「アレは流石にビビった。今まで事故らしい事故もなく生きてきて、生まれて初めて死ぬかと思った。でも、まあ無事に生きてる」

「あ、ああ……」

 死んだつもりも無く死んだことは勿論内緒だ。信じてもらえるかも知れないがこちらから話すような事でもない。

「だから、好きなだけ…………いや訂正、手加減するってんなら血を吸っても良いぞ」

 朝の二ノ舞にはなりたくないので釘を打つことも忘れない。

それでいて哲の意向が単純明快に表れた言葉…になっていると哲は思った。

「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか? 吸血鬼に自ら血を吸わせてやると言っているんだぞ?」

「あのなあ、俺が耄碌してる様に見えるか? 幾ら精神年齢が60オーバーで、仕草がおっさん臭く、筋肉痛が二日後に出てくるからってまーだぴちぴちの18歳だぞ。万事理解した上で承知しているが何か問題でも?」

 友人知人の間では完全におかしなオッサン呼ばわりされていて人知れずグロッキーになった事だって有るんだぜ。ていうかぴちぴちっていうのもかなり死語だな。

思えば中学校入りたての時、素に最上級生と間違われた時から始まったおっさんロードも苦節6年。小学校に通ったのと同じだけの年月を歩いてきた訳だ。

まさか30歳に間違われるとは、と高校入る直前の出来事を思い出し暫し感傷に浸る哲。思い起こせばあの時はやたらと義妹を欲しがる友人が側に居た。

そう考え始めると哲の対人関係に於ける基本的なスタンスである狭く浅く、という付き合い方によって中学卒業以来付き合いの無い友人たちの顔が次々と思い出され胸がいっぱいになった。俺の思い出には野郎との付き合いしか無かったという絶望的な事実で。

「問題は確かに無い。しかし本当にそれで良いのかお前は?」

「……え? あ、ああうん別に良いぞ。ただ血が欲しくなったらちゃんと言う事と手加減して吸う事。この二点を守れるならな」

 献血みたいな物であると思えば大した事は無い。今までのを鑑みる限り針を刺されるときの様な痛みも無いので、注意すべき点があるようには思われない。

 エヴァンジェリンは俺の目を見たまま全く視線を動かそうとしない。瞬き一つせずドライアイの心配をしそうな程だ。

そんなエヴァンジェリンに哲も負けじと目線をエヴァンジェリンに固定したまま動かない。メンチの切り合いでは無いが目を逸らしたら負けの様な気がしたのだ。

とっくにお茶を拭き終えていた茶々丸の見守る中、沈黙が続き一分が経った。

そして哲は激しく目を逸らしたい衝動に駆られていた。

負けたような気がするという理由で始めた見つめ合いだ。この時点で既に負けている。

そもそも対人恐怖症気味な俺には難しすぎた、と目を逸らした後の言い訳まで用意する辺り負け犬根性が根強かった。

「分かった。なら今直ぐ血を吸わせろ」

 哲がプライドという鎧を脱ぎ捨てて脱兎の如き逃げ足を披露しようとした直後エヴァンジェリンの方から声が掛かった。

「べ、別に良いぞって何度も、っておいお前顔が近いぞ普通はそこ腕からとか……っておい聞いてるのか!」

「喧しい、貴様が良いと言ったんだ。黙って吸われてろ」

 哲は息苦しさから一刻も早く逃れようと勢い良くバスローブの袖を捲っていくが、エヴァンジェリンには哲の意向に沿うつもりは無い。音もなくテーブルの上に乗り上がったかと思うとその小さな口を広げて哲の首筋に食いついた。

少女の容姿には相応しくない鋭利な光を放つ犬歯がぷつっという音をさせて肌を破り、温かい血がエヴァンジェリンの口腔に広がる。瞬き程の間に舌を、歯を濡らし歯茎や頬の内側に留まらず歯と歯の間まで滲み込むような錯覚。続いて感じるのは旨味だ。極上の肉の様に濃厚で花の様に香り高く茶々丸の淹れたお茶の様なくつろぎを感じさせる、酒のように止め難く煙草のように全身に一瞬にして行き渡る。

喩えようもない抵抗を許さない味だ。例えるならどんな生き物でもこれを味わったなら二度とは忘れられなくなるとすら思えるほどの。これが吸血鬼独特の感覚なのかそれとも魔に属する者なら、いや全ての生物に普遍的に存在する感覚なのかは分からない。しかしそうとしか考えられない味だ。

その液体が歯に触れた瞬間から既にエヴァンジェリンは我を忘れてしまっている。瞳は味覚に集中するためか瞼によって隠され、力強く啜り上げるあまり下品な音が立っていることにも頓着しない辺り音も聞こえていないのかも知れない。

そうやってエヴァンジェリンが哲の血を無我夢中で吸っている最中、哲もまた我を忘れそうになっていた。

哲の反応は凄まじく、エヴァンジェリンの吐息が首筋に触れた瞬間から始まっていた。

「っっっっぁ」

 声を挙げる隙もなくエヴァンジェリンの腕が哲の背中に回る。それは万力のように強い力で哲を縫いとめ体を動かすことが出来ない。

哲が無意識に立ち上がりかけると今度は腕を使って体にぶら下がるエヴァンジェリン。そのまま滑らかな動きで足を尻の方まで回す。如何あっても離れまいという意思が伝わってくる。

そのような状況にあっても尚哲の体の動きは止まらない。それもその筈だ。哲の動きはその全てが不随意、つまり哲の意図した物ではなかった。

ピンと体を伸ばし頭から爪先まで反り返った格好。エヴァンジェリンを抱えたままであるにも関わらず地面を転げまわり、それでいてエヴァンジェリンの頭を地面にぶつけないように出来るだけの注意を払って自分の頭を着地させる。

ガスッガスッという音が続き、それが落ち着けば、

「ハアッ、ハアァ…うっ!!」

 という哲の声。

聞いているだけなら完全に犯罪現場である。しかし唯一の目撃者である茶々丸は眉ひとつ動かさずに犯行を見守るのみだけだった。

「エヴァ…ンジェリン! エヴァンジェリン!! く…そ聞いてんのかエヴァンジェリン!!」

 痛みで気が紛れたのか口を開く余裕を取り戻した哲がエヴァンジェリンの耳元で叫んだが、結果は芳しくない。

「だあっ! この痴呆吸血鬼、さっき自分で言ってたこともう忘れたのか? お婆ちゃんかお前は…………ああ、くそ…うあ。もう、どうすればいいの…はあ、やら」

 時折苦しそうに息を吐き出しながら脱出の手段を探る哲。600年を生きた伝説の吸血鬼にして最強の魔法使いに期待するところなど微塵も無い。

再び手足が哲の意識を離れ痙攣にも似た動きを繰り返し始めた。これはエヴァンジェリンの拘束の上でのもので、それさえ無かったらその何十倍も激しい動きであろう事は、哲の体に入った力を考えると想像に難くない。

どうにかして脱出しなければ。

ガンガンと痛む頭に意識を向ければまだまだ痛みのボルテージは上がりそうで。

この痛みが引いて再び体のコントロールを失えば、エヴァンジェリンが自力で落ち着かない限り更なる痛みが待っている。

予測されうる未来を全力で回避すべくその方法を模索するが、現時点で既に度々体が暴れだす。息を着く時間も無く、二度目の決壊が迫ってくる。

藁をも掴もうとする哲の目にエヴァンジェリンの金細工よりも美しい金髪の向こう側に雪よりも白い大地を捉えた。

これだ!

 他に選択の余地が無かった哲が行動に移るのは早い。

呼気を吐き出した口を閉じずに大きく開放したままエヴァンジェリンの首に接近する。女性特有の匂い立つような甘い香りが鼻を突く。長い金髪に鼻から顔を突き込むと鼻の頭が張りのある肌にぶつかった。

「きゃああああ!!」

「うがっ!」

 突然の悲鳴。

容姿相応のまことに少女らしい悲鳴を上げたのはその実年齢600歳という老吸血鬼。

哲の首に絡められていた腕に力が加わり、哲の首を後ろ側に引いていく。それを受けた哲の体は吹き飛ばされるような勢いで後ろへと後転し、椅子の背もたれから痛烈な一撃を貰った。

今度悲鳴を挙げるのは哲の順番だ。

「ぎゃああああ!」

 膝の上に乗っかった格好のエヴァンジェリンごと横にずれて椅子から倒れ落ちる。

幸いな事に首筋以外に痛みや違和感を感じることは無いので脊髄に重大な損傷は無いはずだ。

解放された手足をその無意識が命じるままにばたつかせる哲。経験したことのない首の後ろ側への攻撃は、経験のない痛みを味わわせた。

無様にのたうちまわる事しか出来ない哲は口の中で一心不乱に己の運命を呪った。

 ここ十年分の痛みがどっと押し寄せてきたようなそんなレベルの不幸っぷりだ。何が幸運だボケエエ! 、と。

 当然のことながら痛みから復帰した哲は、哲にダメージを与えたエヴァンジェリンに吠えかかった。

「何してくれてんだアホ。あんな事するか普通?! 首の骨が折れるかと思ったぞ!」

「き、貴様こそ何をする! く、首に吸いつくなど……どれだけ変態なんだこの破廉恥漢!」

 呆然として頬を朱に染めたまま立ち尽くしていたエヴァンジェリンも負けじと叫ぶ。

哲が倒れたせいで床に叩きつけられたエヴァンジェリンの立ち位置は相変わらず哲に近い。身長差さえなければ鼻と鼻がぶつかる程の距離だ。

「あの状況で他に手が有るかよ。ああ、首っ玉にしがみついた挙句に肩まで押さえつけられて、おまけにお前が全力でしがみついてるせいで引き離そうとしても蟻の子一匹通れねえほどの隙間しか空きやしねえ。それにお前言ったよな手加減しろって。三歩も動いてねえだろうに忘れるってお前はアルツハイマーか!」

「ちゃんと手加減はしておいたぞ、唯単に手加減して吸血し続けただけの事だ。お前こそ忘れたか血を吸っていいと言ったのはお前だぞ、それを先に反故にしようとしたのはお前だ!! ……それともまさかお前、心変わりでもしたのではあるまいな?」

 多量の血液を啜って上気していたエヴァンジェリンの顔色が一気に冷めていく。

元々きつめの目付きが更に鋭さを増し、ギラつきを感じる程になる。開かれていた掌も今は固く結ばれている。

いじめが有れば目を逸らすタイプの一般人・黒金哲の暴力に対する耐性は極めて低い。その上性根がビビリときてる。そんな人間が暴力の匂いを嗅いで怖じ気付かない筈が無いというのに、どういう訳か哲のその反応を別の何かと間違えているエヴァンジェリン。

青筋を立てる一歩手前のその形相は美しさ故に恐怖もまた一入だ。急変したエヴァンジェリンの雰囲気に圧倒された哲が一歩後ずさった。

「……? ちょ、ちょっと待った。お前何の話してん? 心変わりとか意味分かんないけど」

「ちっ、簡単な話だ。貴様も血を吸われて私に恐怖し、憎悪した。そういう事だろう。お前もどうせその辺の奴らと変わらんという事が証明されたに過ぎん」

 後退りを誤解されたのか舌打ちをするエヴァンジェリンに哲は泣きたくなる。

なんという暴走機関車、自分がどんな顔してるのか鏡でも見て反省してほしい。

小学校低学年の容姿の少女を恐ろしがっている自分というのも相当情けないものがあったが、体に悪い化学薬品でも被ったような刺激を感じさせる空気と、相手方の般若の様な顔を見れば誰でも同じような状況に追い込まれる自身がある。

哲はエヴァンジェリンの表情から並大抵の事では何を言っても取り合ってくれそうにない事を悟ると自棄になって言った。

「違うっつうの。何を勘違いしてんのか分かんないけど、俺は単純に擽ったかったから離れて欲しかっただけだ!」

「はあっ!?」

 目論見は成功。エヴァンジェリンは行動を停止した。

その隙を見逃さず畳み掛けるように口を開く哲。

「お前が俺に怒ったりするのはお前の勝手だし、全然構わないけど誤解されて怒られるのは御免なんで言わせてもらうが、俺は擽ったいのとかもうぜんっぜん駄目なんだ。周囲の人間からして奇異の目で見られるくらいには駄目なんだ。具体的にどのくらい弱いかって言うと普通に背中触られるだけで軽く行動不能に陥るくらいに苦手だ。それも擽ったい範囲が広くてぶっちゃけた話目が届かない範囲は殆ど駄目だ。だから背中は勿論の事脇とか駄目だし、脇腹も駄目、で首も駄目。マッサージとか言われて触られるの駄目だし肩たたきみたいな容量で叩かれても擽ったいんだ。実際マウント取られて擽られただけで何も抵抗出来ないからな。そういう訳でお前に関して思ったのは首に吸いつくのは擽ったいからってだけなんだが……それでも問題有るか?」

「いや…それは…確かにないな。しかしお前それだけの事であんなに暴れたのか?」

「なんだよ? 俺みたいな奴が擽ったいからって暴れるのは気色悪いとでも言いたげだな。擽ったくって悪いか!」

「……ああ、悪くはないが」

「だったら怒んのは止めろよな。ったく、お前はどれだけ俺に自分のことを語らせるんだよ。昨日といい今日といいつい何日か前に知り合ったばかりの人間とは思えないくらい気安く色々喋ってるよ。しかも自慢にならんことばかりを」

 エヴァンジェリンから向けられる視線には慣れ親しんだ、妙な物を見るような色が含まれている。

本当、不思議な位に同じことばかり繰り返している気がして、哲は大きく溜息を吐いた。

「貴様が勝手にペラペラと喋っているだけの事だろうが。私は別に聞きたいなどとは思っていないし、そんな事を喋らせようなどとも思っていないぞ」

「一々誤解するお前が悪い。一々怒るお前が悪い。俺は嫌いなものは無視を決め込むし、本当に苦手なものも無視するタイプの人間だ。それに顔見たら大体相手が自分の嫌いなタイプかどうか分かるからな。途中から他人のこと嫌いになることはまず無いし、初対面で嫌いになった奴はそのままずっと嫌いなままだから、俺がお前の事嫌いになったりすることはもうあんまりねえよ」

 完全に無いとは言わないのがみそである。哲にも付き合いが長くなるうちに嫌いになった人間の一人や二人はいる。

他人に対して『こういった』肯定的な意見を言う事にとにかく慣れていない哲が、友人曰くらしくない照れを見せながらそう言うと微かに笑いを浮かべながら、

「初対面の人間を顔で判断するのか。最悪に薄っぺらい野郎だなお前は」

 とそんな事を言った。

「お褒めにあずかり恐悦至極にございますってか。良いんだよ、それで。実際そういう勘は外したことないからな。嫌いな人間は近づいてみても嫌いなまんまだよ」

「それは明らかにお前が嫌ってるか嫌い返しただけの話だと思うが」

「それはまあ、有り得なくもない話だ」

 手痛いところを突かれてぐうの音も出ない哲。愚痴や悪口を言う時にでさえ声のボリュームを落とさない為に、当の本人に悪口を聞かれてしまった事は結構あったりするのである。

「まあ、お前の狭量さ加減については置いておいてだ」

「置いておくな。俺の心は青木ヶ原樹海程度には広いぞ」

「置いておいて!! だ、兎も角お前は私にこれからも血を捧げるのだな?」

 冗談で入れた茶々を黙殺するエヴァンジェリン。

今になって気付いたことだが、案外エヴァンジェリンを誂うのは面白い。

となると虐めと弄りの境が無い、というよりは完全なサドとして人口に膾炙している哲としては、如何にして不快にならない様にこういった軽口の応酬をするかというのが非常に頭を悩ませる議題になってくる。

「そりゃもう。俺が不老不死っていうんなら永遠を誓ったっていいね」

 これだって哲にとっては特に大した事のない軽口の一部だ。大言壮語を吐いてみたり、軽佻浮薄な態度を採ったり、おまけに虚言癖でも持っているのかというくらい嘘を吐く。『他人には出来るだけ誠実に』と言っている人間とは思えない、自分の発言に全く頓着しない哲の言葉に信用性の文字は無い。

しかしそれは十全に哲の事を理解している少数の友人と本人である哲しか持ち合わせていない見解だ。

「な!? な、ななななんてことを言っとるんだ貴様はあああ!」

 だからこの様に哲の意図しないリアクションというものが頻繁に返ってくるのである。

「ん? 永遠を誓ったっていい。そういったんだけど」

「ううううううう……」

 哲が自分の口にした言葉の意味を考えもせず即答すると、それを聞いたエヴァンジェリンが俯いたまま動かなくなってしまった。

前髪で遮られ、表情も分からない。しかし哲の耳には何かを耐えるようなそんな声が聞こえている。

文脈を読まず、直感的にそれをエヴァンジェリンが怒っていると解釈した哲は慌ててエヴァンジェリンを宥めようと行動した。

何も言わずに頭を撫でたのである。

「うわあああああああああ!!」

 何がしかの感情が溢れでたのか一転して走りだすエヴァンジェリン。

百メートルを一瞬で走り切るような、常人にはとても追いつけない速度で走っていくエヴァンジェリンの背中を見ながら立ち尽くすの哲の口の中で掛けようとしていた言葉が木霊する。

暫らく人形のように動きを止めた後、小さな声で「おーい、エヴァンジェリン」と、誰の目を気にしたのか形だけの体裁を取り繕うと哲は頭を掻きながらこう言った。

「あいつと話してると話が進まないのはなんでだろうね」


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