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No.21913の一覧
[0] 頭が痛い(ネギまSS)[スコル・ハティ](2016/05/23 19:53)
[1] 第二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[2] 第三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:17)
[4] 第四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[5] 第五話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[6] 第六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[7] 第七話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[8] 第八話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:18)
[9] 第九話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[10] 第十話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[11] 第十一話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:19)
[13] 第十二話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:20)
[15] 第十三話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:21)
[16] 第十四話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[17] 第十五話[スコル•ハティ](2015/12/19 11:22)
[18] 第十六話[スコル・ハティ](2015/12/19 11:22)
[35] 第17話[スコル・ハティ](2016/06/03 22:36)
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[21913] 第十一話
Name: スコル・ハティ◆5997c74a ID:bba70d3c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/12/19 11:19
雲一つ無い快晴とは言わずとも中々の陽気が暖かい午後。千切れ雲や綿雲など大小様々な形の雲を食べ物や何かに見立てながら生徒達が午睡を楽しむもの、睡魔と闘うもの、内職に励むもの、そして姿勢正しく教師の発言に耳を傾け黒板に向かう模範的な生徒に分かれる頃、同じ暖かな日差しに包まれながら静謐とした空気で満たされた学園長室にノックの音が飛び込んだ。

「誰じゃ?」

「源です」

「入ってくれていいぞい」

その特徴的な形状の頭と更に頭頂部と眉と髭しか毛の生えていない、見方を変えればそこから異様な長さの毛を生やす老人近衛近右衛門が扉に向かってそう言うと、扉を開いて一人の女教師が学園長室に入った。タートルネックのセーターに今時そうは見ない足首近くまである長い丈のロングスカート。野暮ったいとも思えるような服装を極自然に、しかもそうとは思わせないよう着こなす彼女は持ち前のその静かで淑やかな振る舞いで学園長室に満ちていた茶室の様な静けさに溶け込みそれでいてそこに華やかさを加えた。
仙人染みた容姿をした近右衛門も学生教師を問わず、同時に性別を問わずこの麻帆良学園女子中等部で多くの人気を集める彼女、源しずかの美貌に老骨ながら見惚れ、そして満足げな顔で用件を促した。

「それで、何かあったのかのう?」

「ネギ先生の事についてです。学園長先生」

「ほう」

案の定と言ったところだろうか。着任してからまだ1週間経つか経たないかという若干9歳の天才魔法使いであり、大戦の英雄ナギ・スプリングフィールドの忘れ形見でもある少年の指導を担当させ、同時に近右衛門のこの中等部内における秘書業の真似事までこなす彼女は非常に優秀な教師でもあり同時に人間である。個人として一抹の寂しさを覚えないではないが、特別な用件でもなければ彼女はこの広大かつ多彩な範囲で生徒達を成長させる学園の長である近右衛門に顔を見せるまでも無く問題を解決してのけるだろうという信頼がある。そして彼女の話の中心人物は間違いなくその特別な用件に含まれるものだ。

「聞こう」

「ネギ先生はとても上手くやっていると思いますわ。あの子達とも打ち解けて仲良くなれたみたいですし生徒達の授業態度も悪くないです。授業内容はとても10歳とは思われませんわ」

「そうかそうかネギ君はよくやってくれとるか」

「これは生徒達の好みの問題ですが、高畑先生が担任をしていたときよりも元気のある生徒もいますし」

子供先生と学園でも噂になっている少年が教室で浴びている視線の中にはこのように朗らかには受け流せない類の視線も有ったが、視線の主であるクラス委員を務める多少特殊な趣味をしている少女は今のところは放って置いて問題ないだろう。と教室の後ろから教壇を見つめていたしずなは判断していた。

「この分なら指導教員の私としても一応合格点を出しても構わないと思いますわ」

「ふぉっふぉっふぉ、それは結構。ならば4月から正式に教員として採用できるかの。ご苦労じゃったのしず」

「それとなのですが、学園長先生………黒金さんについてなのですが」

先ほどまでよりもイントネーションを落とし困った表情を露にするしずなに近右衛門の顔も曇る。

黒金…黒金哲はつい最近までこの学園にナギ・スプリングフィールドによって封印されていた真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに連れて来られた青年だった。学園長の見立てでは極普通の青年以上の評価をされない人間に見えたが、青年を除いた話し合いの場において聞けばナギが掛け、そして15年間ついぞ誰も破ることが出来なかった封印をその血を吸っただけで消し飛ばし、しかしながら本人にそういった力の自覚は皆無で知識として魔法を知るわけでもないらしかった。そんな彼を自分のクラスの副担任にしろという命令には驚いたが、気づいてしまった以上野放しにしておくことも出来ない。少なくとも今まで血を口に含んだなどという理由で呪いを解除されたような事例はないし、ましてや解呪されたのはナギの掛けた呪いだ。それを聞けば世界最高クラスとぼかす必要も無い、紛れも無い世界最高の魔力を持っていると誰もが一瞬で理解することが出来るし、そうでければその血には今まで発見されたことの無い特殊な力が宿っている事になる。

目的のためとは言え確実に敵を招き寄せるであろう英雄の子を招致し、様々な意味で特殊な経歴や血筋を持つ子女を集めたクラスの担当をさせた。その事が呼び寄せる問題の数々に対して今は小さな戦力でも揃えたい。そんな所にこの知らせである。願っても無い戦力を手に入れる好機だ。背景を洗うことが出来なかったと言う点が大きな懸念として残っているが、彼が他所の組織からの回し者であるという確証もまた無い。強大な戦力を欲する気持ちと敵を抱え込むことになる可能性への危機感の葛藤。

「何か問題でも起こしたかの?」

「いえ、そんなことは。彼はその大人しさそのものと言いいますか、授業が終わった後も家に殆ど直帰していて不審な行動は見当たりませんし、帰り道の途中によるところと言えばスーパーかコンビニ位のもので。今のところは一度だけ、午前5時に家を出た時に神楽坂さんと話をしていただけですわ。会話の内容も大した内容ではございませんでしたし」

学園長は表情を変えぬまま、内心を悟られぬように考え込む。

神楽坂明日菜と黒金哲の接触。事情を知らぬものであれば何とも思わない唯の雑事だろうが、近右衛門は彼女を連れてきた高畑.T.タカミチから全てを聞いていた。

アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。彼女の真実の名であり、それが示すのは彼女がかつて魔法世界に存在し大戦で滅亡したウェスペルタティア王国最後の王女で、希少な完全魔法無効化能力から「黄昏の姫御子」と呼ばれ兵器としても利用されていた始まりの魔法使いの末裔である。その因故に刺客に狙われ続ける彼女を守るために、高畑に恐らくは世界で一番安全な場所にと連れて来られた彼女。その素性を知るものが教員になるというまどろっこしい方法でここに侵入を図るだろうか? 彼女を利用するのに彼女自身の意思など必要ないだろう。彼女を必要とする者が大戦で行われたように彼女を道具として使用することは難しくない。

しかしだからといって彼を信頼しきることは出来ない。だからまず監視をつけて2週間ほどの研修を行わせているのだ。
既にこの地で教員生活を始めたネギ・スプリングィールドという石は、険しい坂道を転がり近右衛門ですら想像もつかない展開を呼び起こす筈だ。それに伴い2年A組に所属する生徒達の中にも居る、戦う力を持つ者やその才能を秘める者、そしてそういった流れの中に組み込まれた者達も目覚めるだろう。止めることも適わない濁流のような展開に、近右衛門自身の策略で以って下手な謀略なら飲み込んでいく自信がある。だからこそ近右衛門は揺れる。正しい判断を下さなければ多くの人命に関わる爆弾を抱え込みかねないのだから。

「彼に対して2週間掛けて行われる予定だった教育プログラムがこの1週間で完了してしまいました」

「ほう。あれをたった1週間でかの。………むう」

「どう思われますかしら学園長先生。必要十分な部分に限って教えているとは言え、本来それは2週間という期間で漸く必要最低限の知識や技術を詰め込む、程度の話でした。でも彼は既に本来大学の教職コースで行われる細かな内容すらカバーしつつあります。正直一般人とは思えない学習速度です。それこそ魔法使いが学習魔法を使っているのではないかと疑ってしまうほどに」

「それは確かに。彼が余程の天才という事でなければ難しいじゃろうな」

魔法の中には学習を補助する魔法も存在する。それを使用している間に覚えた事柄は忘れることがなく、それさえ使えるのなら非常に習得困難な外国語でさえ短期間の間にマスター出来る代物である。しかしそれは魔法であり、魔法使い以外には扱えない技術だ。超鈴音や葉加瀬聡美の様な例外的な天才ならばそれなしでも同じ芸当が出来るだろうが。

彼に魔法を教えるといっていたエヴァンジェリンは早々に彼を家から追い出して手放したし、その後エヴァンジェリンを呼び出して聞き出しても教えたのは最も基本となる呪文だけ。それ以外には何一つ教えていないという。

「既に同様の学習を済ませている可能性も考えて、初日に教えた範囲に類似した内容について尋ねたところ分からないと答えていました。余程注意深くなければ違いに気づくとも思えませんし、念のため読心魔法を使用しましたが嘘をついている様子もありませんでしたわ」

「それで尚隠し通せるならかなりの腕前ということになるの」

あくまで疑念を持って。そうでなければ組織の長は務まらない。何かあってからではリスクコントロールは間に合わない。

「ネギ君のことも有る。出来るだけ早く白黒つけたいところじゃしどうするかのう」

可能性は二つ。かなり腕の立つ魔法使いであるか、でなければ唯の並々ならぬ才能を持った一般人。

態々直接的な方法ではなく婉曲的な方法まで採って潜り込んで来るとなると並大抵の方法では尻尾を見せることはないだろう。目的も実力も不透明。確実な100%断言できるだけの証拠を手に入れる為にどんな手を打つべきなのか。

様々な懸案条件とそれに対する対処。その場合に出る最低限の被害まで見越して実現可能な策は。

目の前のしずなの事も忘れて思索に耽る近右衛門。しずなも答えが出るまで待つつもりで静かに近右衛門を待つ。

沈黙は長く続き窓越しに聞こえる鳥の声も流れていく雲も何処か遠く、そこだけが世界から切り取られたような錯覚を受けるしずな。時計の音だけが時間が止まっていない唯一の証拠だった。

近右衛門から窓の外へと視線を向け、そのまま意識を無限遠へと飛ばし気づけば丸一日そこで立ち尽くしていたような感覚になりながらしずなが時計を見ると時間は五分と経っていなかった。

こういう時の常で近右衛門の判断は自分やその他学園に所属する魔法先生達の誰よりも奇抜で効果的なものとなることをしずなは知っていて、信頼の上でそれを待っていた。

閉じていた近右衛門の眼がゆっくりと開かれていく。

「ふむ。リスクが大きすぎるが、もしも白ならばナギの奴以上の戦力になることを期待できる。出来るなら学園祭までは誰にも知られずに置きたかったが、あそこなら………。しずな先生悪いがこれをネギ先生に渡してくれるかの?」

「それは?」

学園長が徐に机の引き出しから何も書かれていない紙を取り出すと筆で何かを書き付けていく。

「課題じゃよ。才能あるマギステル・マギの候補生としてのな」

そして学園長の危険な賭けである。

俄かに心配事が増えていく気配が近づいてきて溜息が止められなくなってしまった源しずなだった。


「で、一体これはどういうことなんでしょうか? 学園長」

女子寮の消灯時間から1時間が経過した頃麻帆良学園都市内の湖に浮かぶ世界最大規模の図書館。通称図書館島と呼ばれる場所と街とを繋ぐ橋の入り口付近で星を見上げる人影があった。

電灯に凭れながら頭を持ち上げては星を見上げ、首が疲れる度に項垂れて。カクンカクンと頭だけが上下し他に一切の動きを見せないその物体は暗闇の中ならずとも周囲の人間に不安感を覚えさせただろう。

そんな不審な影から漏れた声に返答は無い。周囲にも人影はなく独り言だったのだろう。

カクンカクンカクンカクンカクンカクン

「なんかあれじゃね? クンカクンカみたいなっっつあっ!?」

影が独り言を重ねようとした時丁度下ろした頭を支える首からピキッという音が聞こえて影が顔を引きつらせた。

「待ち人は未だ来ず。11時も回って後30分で日付も変わって図書館も完全閉館だっちゅうのに。どうしてあんな事言ったんだろうな学園長は」

はあと息を吐きながら蹲って一人ごちる。何せ今日の朝5時から一睡もしていないのだ。明日の活動の為と言うよりも活動限界と言う意味でそろそろ睡眠を貪りたい時間だった。寝ぼけ眼に涙を浮かべながら幾度も幾度も欠伸をしてそれでもその場を動かない。

いや動けない。というのも彼の直接の雇用主?正確にはまだ教員ですらないので雇用関係すら成り立たないが?である学園長・近衛近右衛門に放課後呼び出された哲が学園長室に出向くとその場でこう指示をされたのだ。

「今日の真夜中に3年A組の生徒の一部が寮を抜け出して図書館島に行くことになると思うんじゃが君にはそれに同行してもらいたい」

身元不明経歴不詳の自分を雇ってもらっていると言う恩義も有って断ることが出来ずこうやって眠気眼をこすりながらも待機しているわけだ。夜中の外出は禁止されているはずとか図書館島も夜間は閉鎖されているはずとか、そもそも近右衛門がそれを静観する事に問題は無いのかなど聞きたいことは有ったが「頼んだぞい」等と強く言われてしまうと如何にも聞き出すことが出来なかった。

こうしてる今も通りがかる筈の生徒達を叱って送り返すかどうかで頭を悩ませているのだが、生来の臆病な性格が災いして生徒達を止める選択肢に踏み切れないでいた。

内陸に位置する麻帆良学園は3月という季節には余り強い寒さを感じることは少なく、スーツの下は極普通のワイシャツとシャツの哲でも日中は一度も不自由することは無かったのだが、真夜中ともなれば気温の低下によって肌寒さを覚えるくらいにはなる。
その状態で風を遮るものも少なく風が強くなりやすい水辺に一時間以上も立ち尽くしていれば当然のように体は震えが止められなくなってしまっていた。

「くそおおお。なんでも良いから早く来てくれええ」

そうして自分がどうすべきなのか決めることも出来ないまま少女達の到来を待ち望むようになった頃、

「明日菜さん、こんな時間に何処行くんですかー?」

「図書館島よ。それよりあんた大丈夫なの?」

「ええ大丈夫れす。それよりも図書館島ってなんなんでしょうかー?」

自分達が本来外出を禁止されている時間に出歩いているという意識を欠片も見せずいつも通りの声の大きさで話しこみながら歩いてくる複数の音が近づいてきた。足音を忍ばせることも無くバタバタと音がするところからすると1人2人という人数でも無さそうで近右衛門に人数を聞くのを失念していたことを哲は思い出した。特殊な訓練を受けたことはないので推測にしかならないが足音の間隔の狭さと数から5人以上は居そうな気がした。

それに加えて眠そうな男の子の声。このメンバーで聞き覚えのある男の子の声、十中八九ネギだろう。年のせいだろう、半分眠ったままの様な寝ぼけた声も聞こえる。

担任巻き込んでこんな大人数で夜間徘徊ですか。飲酒喫煙のような非行よりもよっぽどマシとはいえ看過すべきことでもないだろう。

し、仕方ないな。どうにかして注意だけしよう。学園長からの説明だと黙認されているみたいな感じだったし今回だけ見逃すことにして。気が重い。

とヘタレた方針を打ち出して出て行くタイミングを見計らう。

「アンタまだ行ったことないの? 湖に浮かんでる建物の事よ。とにかく大きくて物凄い数の本が置いてあるんだって」

「あれ? 橋の袂に誰か居ない? ほら街灯によりかかってる」

「へ? ほんとや!」

ネギに図書館島について説明している明日菜だが、その説明は大雑把で哲には神楽坂の図書館島に対する無関心が透けて見えるような気がした。

確かに、こうして近づいて見ると尚更その大きさを実感するがここまでの規模の物に頼らずとも女子中等部の校舎内にあった図書室も一般の学校からしたら十分に大規模であり、専門性の高い知識や高価な書物、珍しい本を探す事がなければ縁が無さそうなものである。それに彼女自身が読書から縁遠そうでもある。

想像の中で読書をしている明日菜を思い浮かべるが、想像の中の彼女は据わりが悪そうにして本から眼を離そうと必死になっていた。

そのまま放っておくと本を勢いよく閉じるところまで想像が一人歩きしそうだ。

哲はさして知っているわけでもないのにすっかり自分の中で神楽坂明日菜という人物像が出来上がってしまっていることに笑いそうになりながら片手を挙げて呼びかけた。

「こんばんわー。昼に学校の屋上で会った者だけど」

哲の呼びかけに殆どの女子生徒は不思議そうに首を傾げた。

「黒金さんですかー? こんな所で……なにしてるんですか。………ふあああ」

彼女達の感情を代弁するかのようにネギが哲に欠伸しながら疑問をぶつけてきた。暗くて今まで哲は気付かなかったがネギはパジャマ姿で明日菜に手を引かれていた。

「ああ、ある人からの情報で図書館島に侵入しようとする生徒達の引率……みたいな物を申し付けられた。詳しい話は聞かせてくれなかったからとりあえず図書館島に行くのに必ず通ることになるこの場所で待ってたって事」

おわかりいただけました? と哲が明日菜を見るとほっとしたような表情でこう言われた。

「よかったー。誰か先生に見つかって補導されるのかと思ったわよ」

「いや、俺も本来そうした方がいいと思うんだけど今回そういう訳にいかないみたいで。だから俺が見逃すのは今回だけだ」

「まあ、いいわよ別に。滅多にこんな時間に出歩かないし」

と言いたい事が伝わったのか伝わらなかったのか分からない返事をされ、哲は困り顔を浮かべた。

「じゃあ、特に何もなかった事だし先を急ぎましょ。出来るだけ早く帰って朝までに少しは寝たいしね」

「本当珍しく明日菜乗り気だよね。魔法とか伝説とかいっつも興味無さそうにしてる癖に」

「そ、それはそういう物に頼らなきゃいけない位テストがヤバイってことよ」

「それは自慢にならんえ、明日菜」

「うっ」

長い黒髪を後ろに流したおっとりした喋り方の少女に突っ込まれて絶句する明日菜。

哲も心の中で頷く。

「しかし数え切れないほどのトラップと探検しつくす事すら困難な広大さ。それに加えて数え切れないほどの噂、伝説とはいかないまでもかなりの希書があっても誰も驚きはしないでしょう。それこそ歴史の中で失われていったといわれている貴重な本の数々も。ああ、素晴らしいです」

「ほんまほんま。うちら図書館探検部が何年も中を探索しとるけどまだまだ終わりが見えてきいへんし」

それじゃあ行きましょ、と言ってネギを引っ張りながら明日菜が先頭を歩いていく。それに付いて行く集団の最後尾にくっついていこうとするとその中にエヴァンジェリンの姿がある事に気が付いた。

「よ。エヴァンジェリンも一緒に行くのか?」

「爺に頼まれて仕方なくだ」

他の制服の子たちとは違い一人だけゴシックロリータの私服を着込んだエヴァンジェリンは素っ気無く哲に答えるとそのまま哲と距離を取ろうと歩調を速めて先頭へと近づいていってしまった。

「お、おい?」

追いかけようと哲も歩調を速めるよりも早く哲の周りに何人もの女子生徒が集まっていることに気付いた。明日菜とネギ、エヴァンジェリンとサイドポニーで竹刀袋を肩にかけている子以外だったのでその場にいる殆どの生徒だ。

「それでそれでー、クラスでも殆ど誰とも喋らないエヴァちゃんに喋りかけた貴方は誰なのかなー? お昼は朝倉と明日菜と喋った後は直ぐに居なくなっちゃったし」

「うんうん。気になってたけどネギ君無視して話すわけにもいかないもんね」

「あん時はありがとうなー。お陰で屋上でバレー出来たんよ」

眼鏡を掛けた子、リボンで髪を二つ分けにした子、おっとりした喋り方の子に立て続けに喋りかけられたのでエヴァンジェリンを追うことは諦めて少女達の質問に答えた。

「えーっと、そうだな。私は黒金哲。来週から君達の副担任になる予定です」

どうぞよろしくお願いします。と敬語で伝えてそれぞれの生徒達の名前を聞いていく。その哲を喋り始めた途端に気持ち悪いものでも見たかのような顔で見ていた明日菜が遠巻きに言った。

「ちょっと、なんで木乃香達には敬語なのよ。私に対する話し方と全然違うじゃない」

不満が有りますと雄弁に語る表情、口調、目つき。全身で抗議を申し立てる明日菜に哲は弱った顔になった。なんと答えれば良いのか分からないのだ。

理由ははっきりとしている。初対面から口の利き方のなっていない小娘に敬語を使う気にならないのである。

二人きりの場なら、或いはそこにネギやエヴァンジェリンが居る程度なら哲も物怖じせずに正直に答えたろうが初めて喋る生徒達が居る中でその様な事を言ってもいいものか。更にいうなら教師をやっていく上であまり砕けた印象を持たれるのも問題だと思ったからだ。

仕方なく無難な回答で難を逃れようとした哲に先んじておっとりした口調の少女が明日菜に尋ねた。

「黒金さんて明日菜とどんな風に話してるん?」

「それはもう普通によ。もっと砕けてて普通に男の人が喋ってるような感じでこんなに丁寧な感じで喋ったりしなかったわ」

へー、と生徒達が、特に眼鏡を掛けた子が興味深そうに呟く傍らで哲は全然違うところに引っかかっていた。

丁寧な感じってなんだよ、感じって。丁寧とはいえないようなお粗末な口調だってことか!?

ゆとっている自覚のある人間として敬語を使えないことに対してちょっとしたコンプレックスを持っている哲としては非常に気にかかる所だったが、ぼろを出したくは無かったので下手な反論。否、明日菜が言っていることは事実なので制止は控えた。

「いやいや明日菜。きっと明日菜に対して敬語を使わないっていうのはきっと明日菜が特別だからだよ。そうですよね黒金さん?」

「あー……………そういう言い方も出来なくはない、かな」

特別という言葉が持つ意味は必ず良性である必要は無い。時には相手を貶す言葉としても使うことが出来る。だからこの場合明日菜にも当て嵌まるだろう。とよく考えもせず肯定する哲。

それを見た生徒達が僅かに賑わった。

「ちょ、ちょっとアンタ何言ってんのよ。意味分かってんの?」

「特別の意味ぐらい誰だって………」

知ってるぞと続けようとした哲だったがどちらとも態度を決めることが出来ず口篭ってしまう。そのまま数秒黙考した後、哲は参ったなと星空を見上げた。

具体的に言うと家族の前で俺という一人称を使うことすら恥ずかしがる変な感覚を持つ哲ならではの悩みだった。

他の人ならば即断即決してしまいそうな問題に突っかかる哲を他所に生徒達は更なる盛り上がりを見せた。

「おお、これは!!」

「明日菜いつもいつも高畑先生一筋だって言ってたのに」

「明日菜にもやっと高畑先生以外の男の人の知り合いが出来たんやな。感慨深いものがあるわー」

「木乃香達も! 絶対にそんな事無いから勘違いしないでよ!!」

明日菜はギンと、事の発端となった哲を睨むが空を見上げたままその美しさにトリップした哲は全く視線に気付かず手応えは無かった。

哲に近づけば自分に気付かせることも出来たが、そうなったらハルナ辺りが黙っていないだろうと思った明日菜は火元ではなく延焼した部分から消火作業を行うことにした。

最初の相手はナチュラルにホクホク顔のルームメイトだ。

「別に私だって男の知り合いぐらい居るわよ、バイト先とか。高畑先生以外なんてどうだっていいだけで。大体木乃香だって私と似たようなもんでしょ」

「そんなことないえ。茶道部でも他の学校と一緒にやったりするとき時々おるしな」

再び絶句する明日菜。朝倉が3?Aの生徒達を暢気と称していたが、まさか共に生活する少女に如何な形とはいえ男の知り合いが居るとは思って居なかったのだ。

とはいえ、とはいえだ。今までの長い生活で一度も、それこそ一度も彼氏彼女やら好いた惚れたという言葉で修飾された男子の話は聞いたことが無いはずだ。加えて木乃香はそういう事を隠し立てするような性質ではないはずだ。どっちかというとすぐさまこちらに知らせてきて呆れるほどに惚気てきそうな性格をしているし。

だからきっと彼女の言う知り合いというのも本当に唯の知り合いだろう。それにそもそも自分は高畑一筋だ。ルームメイトに男の知り合いが居るからと言って負けた気になるのは間違いなのだ。だから落ち着け。

そう自分に言い聞かせることで敗北感から持ち直す明日菜の目に新しい動きを起こすハルナが映った。

ハルナは自分の後ろにいる小柄な少女を見やると首を捻る。

「まあ、そんな事は置いておいてだね。うふふ、黒金さんもしかしてのどかと知り合いだったりするのかなー?」

言葉遣いの問題にけりを付ける事もなく星空に見惚れていた哲はハルナの問いかけに引き戻される。

「え、ああのどかさんっていうのが宮崎さんの事なら二回くらいお話させてもらったこと有るよ」

昼に避けられたことを踏まえてその事を伏せておこうかとも考えたが、そのまま正直に事実を告げる。しかし哲はここまでの会話を完全に聞き過ごしており話の流れを全く読めていない。

不機嫌そうに歩く明日菜のことを不思議そうに見つめることはあれど、その原因が自分の発言だとは思わないしまさか自分の発言が意思に反した意味で取られているとは思っていない。

その為に話がのどかに向いたのを機会だと思ってのどかに話しかけた。

「そういえば宮崎さん、まだ図書券使ってないんだけど宮崎さんはおすすめの本とか有ったりする?」

一週間ほど前に貰った図書券。その後慣れない分野の勉強等で研修が終わる時間には出かけていく元気もなくなってしまうので図書券を使うために本屋に行くことも出来ていなかった。

しかし使うことは出来なかったがどんな本を買おうかと考えたときにふと思ったのだ。自分の世界と似た様な世界とはいえ出版されている本には違いがないのだろうかと。

文化や歴史にも然したる違いが無かったので大して心配はしていなかったが、前回図書室に赴いた際に確認するのを失念していた。

まあ万一知っている本が無かったとして新しく開拓していけばいいだけの話で。

「へー、やっぱり黒金さんは黒金さんだったね。それに図書券まで。これはこれはー」

「のどか本当ですかそれは?」

「やーん、先生モテモテやねー。でも明日菜これはがんばらなあかんよ」

「うっさいわよ木乃香。私には関係ないわよ」

再び少女達がざわめいた。

哲は何故少女達がこんな反応を見せるのか分からなかったが、一先ず無視してのどかを見つめた。

そして突如として渦中に巻き込まれたのどかはいくつもの視線に晒されて、顔を赤く染めて俯いてしまう。

夜の暗さ故にそれに気付いた人間は少なかったが隣を歩いていたハルナはそれに気付いて更に笑みを深めた。

「まあ明日菜云々はただの冗談だけどね。ラブ臭もしなかったし」

「パアアアアアアルウウウウウ!!」

「うちもわかっとったよー」

「木乃香までー」

「で、のどかお勧めの本だって。教えてあげなよ」

ハルナがのどかの肩に手を乗せて横から顔を覗きこみながら促すと、反対側を歩いていたおでこで長い髪を二つ分けにした少女・夕映が哲とのどかの顔を忙しなく視線を往復させた。

終始沈黙を保っていたエヴァンジェリンや寝ぼけていて話に参加しようとしないネギのみならず、その場にいる全員がのどかの返答を待つように静かになって、靴底が舗装された道を叩く音だけが湖の湖面を揺らした。

「じゃ、じゃあ私のお勧めで良いですか? ………その、面白いかどうか分からないんですけど」

徐に顔を上げたのどかが哲の顔を真っ直ぐに見つめて言葉を放ったが、その言葉は途中から自信無さ気に尻すぼみになっていき内容もそれに見合ったものに変わってしまった。

そのまま一度上げた顔も元通り俯かせてしまったのどかは垂れて視界を遮る髪に隠された表情を曇らせた。

自分の引っ込み思案な性格を恥じているのではなく、余計な一言を言ってしまったことやはっきりと話せずに相手が聞き取れないような事が無かったかという心配からだったが、哲にしっかりと自分の意思を伝えられなかった事が誰に責められるでもなく悔やまれた。

「全然構わないよ。好き嫌い激しいけど結局なんだって読める口だから。それに面白い物って人によって違うし宮崎さんの面白いがどんな感じなのか結構興味有るよ」

俺って人に本勧めることは有っても人から勧められた本あんまり読んだことないしと続ける哲はそんなのどかの気持ちを慮る事も無く極普通にそれに答えた。若干聞き取りにくかった後半部分も謙遜だと受け取って。

「まあ、もっぱらファンタジーとかライトノベル読んでるんだけど」

「っていうか黒金さんのどかにも私達と口調違うねー。なんでー?」

「着いたぞ」

話しかけてきたハルナとの会話を打ち切るようにエヴァンジェリンが無愛想な声で言った。



その言葉通り気付かぬうちに哲達は図書館島の入り口へと辿り着いていた。大きな湖の中央に建造されたその図書館は欧風建築も相俟ってそれを包む宵闇ごとまるきり日本ではないような佇まいであった。

その空気に酔い痴れて密かにテンションが上がってきている哲が辺りを見回していると水路のほうに向かって歩き出したハルナが言った。

「ここを歩いていって裏手に出たところに私達図書館探検部しか知らない入り口があるんだよ。足場悪いわけじゃないけど気をつけてね」

連れられるまま哲達は水路の中に足を踏み入れ、冷たい水の中を歩きながら目的の場所を目指した。

まだまだ寒い3月の、それも夜の湖の水は想像していたよりも冷たく一行の体温を奪おうとしていた。

明日菜がつめたーいと叫べば木乃香やハルナも続きのどかはひゃっと小さく悲鳴を零していて、何も言わなかったのはエヴァンジェリンだけ。哲が現れてから一度も会話に参加しなかった竹刀袋を背負った少女・桜咲刹那でさえ身震いをしていた。

そのまますっかり足が冷え切った頃、何人かの生徒達が体温の低下で震え始めた頃漸く図書館島裏口に行き着いた。

表側の入り口に比べれば裏口はかなり物寂しくあるのもスラロープから繋がる大きな扉だけ。しかしその扉の大きさたるや、3メートルを軽々と超えテレビ画面の中の古城さながらの重厚なものだった。

「で、こんな時間に図書館にどんな用事なんですか? 詳しく聞いてなかったからここに何をしに来たのかも分からないんですけど」

そろそろ深夜0時を回ろうかと言う時間。湖に浮かぶ巨大な図書館に一般には知られていない裏口から侵入する。

冒険小説か何かのように表現すれば自然と足並みが早くなるような素敵な状況だが、蓋を開けてみれば馴染みのない少年少女の子守でしかない。両者のギャップは何から生まれているのだろうか。

何処かのライトノベルでは深夜の図書室に深窓の令嬢と出かける話が有った筈。そこには甘酸っぱい何かや少年を狼に変えてしまうようなドキドキが有った筈なのに。

やっぱり年が違うのがいけないのだろうか? 世間は年下年上だの歳の差婚だの言っているが矢張り自分の中では同い年が王道。

まあ現実に目を向ければどんな少女とだろうと自分が恋に落ちるところは想像できないのだが。

「近々私達の学園でも期末テストが行われるのですが、その期末テストの平均点が最下位をとったクラスは解散、その上小学校からやり直しをさせられるという噂が流れていまして」

バッグを担いでいたエヴァンジェリン、刹那、ネギを除いた生徒達がその中身を取り出して検めだした。

ヘッドライトと紙に書かれた地図、トランシーバー、お菓子にロープ、お弁当、ペンライト、タオル、包帯、着替えにライターや携帯燃料などキャンプ道具一式。

何故か人によってはそこに新体操用だと思われるリボンやクナイなども含まれている。

特に通信機器など念入りに使えるかどうか確認しながらそれをバッグに仕舞い直して担ぎなおすとその荷物はかなりの量になっていた。

「私達2年A組は今まで2年通してワースト一位の座に輝いているのです。更に私とアスナさん、ここにいないまき絵さん、楓さん、クーフェさんの5人はその中でも成績不良者トップ5、学年トップの超さん始め成績上位者のいるクラスで足を引っ張りまくり、バカレンジャーとまで呼ばれていますです。ですのでここは一つクラスの皆さんに迷惑をかけないように勉強をしようかと思いましたが、今から勉強を始めたところでとても期末テストには間に合いません。そこでここ図書館島に深部に眠るという読むと頭の良くなる魔法の本を探しに来たのです。流石に全てを鵜呑みにする積りはありませんが、それが出来の良い参考書の存在を示している可能性もありますしどちらであれ私達にとっては強力な武器となりますので」

いち早くそれらの作業を終えた夕映が、哲の質問に答えた。そしてその答えは哲にとって予想外の物であった。

「へえ」

とはいえそれに対して哲の抱く気持ちは驚きではなく呆れであった。

しかしその気持ちは全て他の取るに足りない感情に擬装して決して表には出さずに平然と相槌をうった。

と同時に呆れの後にやってきた憂鬱な気持ちも心の片隅に寄せて見ないことにしてしまう。

だから断じて哲の口から馬鹿みたいだとかこんな生徒を持つのかと言ったような台詞が出る事はない。

そうそうクラス崩壊とかスゲー生意気とかいうのより万倍もマシだよな。

とポジティブな思考でそれらを飲み込んだ。

「それではのどかとハルナはここで」

「おっけー。出来るだけ早く戻ってきてよね」

「あ、あの夕映、お願いがあるんだけど」

「どうしたですか? のどか」

扉を開けて屋内に入ったところで夕映がのどかとハルナの二人に別れを告げるとのどかが意を決して何かを頼み込み始めた。

「え? のどかも一緒に行きたいんですか? ええ、別に構わないですけど急にどうしたんですかのどか?」

「あの、そのう……」

「いいから連れてってあげなよゆえー。シェルパなら私一人で十分だしそんなに危なくないでしょ? 図書館探検部謹製の内部地図だってあるからトラップの位置も大丈夫だし桜咲さんだっているんだしさ」

「ですが、そもそも類稀なクーフェさん、楓さん、アスナさんの身体能力に頼っての攻略を計画していたのにクーフェさんも楓さんも突然用事が出来て今回同行を断念したのですよ。それに作成された地図もあくまで人の踏み入る領域の話です。私達が今回目指しているのは大学生の部員すらなかなか到達できない深部なのですよ? 万が一があって怪我等してしまえばテストどころではなくなってしまいますし」

「でも、そのそんなに深くないところまでだったら危なくないよ?」

「ですが、その後のどかは一人でそこに残るかここまで戻ってくるしかないのですよ? どちらであっても危険です」

夕映は真剣な顔でそれに反対した。

魔法の本を探求するメンバーは哲、エヴァンジェリン、アスナ、ネギ、刹那、木乃香、夕映の7人だ。それに対して地上部に残るのはのどかとハルナの二人。

ハルナはともかくとしてのどかは運動が得意というわけではない。というよりも苦手といったほうが良いだろう。

何もないところで転ぶような運動音痴ではない。が、そもそもインドア派であり体も小さいのどかは下手をすれば小学生男子にすら遅れをとるだろう。

いくら刹那が学園四天王の一角であり、明日菜も一般人といいがたい身体能力を誇っているといっても庇われる側の人数はそれよりも多く、刹那と哲以外はエヴァンジェリンの素性を知らないので夕映の考えを推測するならば倍を超える。

また夕映は刹那の力量についてもただ漠然と凄いと思っているだけで詳しく知っているわけではない。ネギについても明日菜が連れてきただけで頼りに出来るとは思っていないのだ。

これらの事を考えればこれ以上自分を含めた足手纏いを増やすべきではないと考えるのは当然といえるだろう。

彼女達3人のやり取りを見守る木乃香もまた夕映と同じように慎重な姿勢を取るべきだと考えていた。但し彼女とは全く別の理由で。

木乃香はその理由でもある刹那をちらと横目で見つめた。

怜悧な風貌に鋭い目線、澱みなく透き通っていながら冷めた空気を醸し、時に他人に緊張をさせるような顔をすることもある彼女。

その顔を横目で見ていると耐え切れず切ない溜息を洩らしてしまう。

出来るなら彼女ともっと話をしたい。昔のように親密な距離で、柔らかな笑顔で、何の遠慮もなく只管に同じ空気を共有していることが楽しいと言える位に。

今も自分が正面から彼女を見つめればいつも通り刹那のほうから自分に距離を取ってしまう。だからそばに居て話しかけたいのを我慢しながらこうして離れて気付かれぬように彼女を見ている。

そしてその視線を別の友人達に走らせる。

のどかを宥めようとする夕映とその夕映を説得しようとするハルナ。

普段の活動から積極的に探検を行う夕映だからこそ図書館島の危険性は自分達図書館探検部の中で最も熟知しているはずだ。だからこそ夕映がのどかの同行を拒もうとするのが不思議に思えた。

図書館探検部が活動するのもこれから魔法の本を探しに行くのもどちらも図書館島の地下部だ。

極普通の建造物然とした外見からは予想も出来ないが、図書館島は外からも見える地上部に加えて地下へと延々と続く地下部が存在する。

それも何十年も大・高・中・小学部合同の巨大サークル図書館探検部が探検しても底が見えないという破格の大きさを持っているのだ。

加えてその経緯から多くの貴重書が集められたり、卒業生や学園関係者から寄贈されており、図書館全体でみればその蔵書の貴重性は国立図書館にも劣らないだろう。

それが理由と言えるかは分からないが地下部には様々なトラップが仕掛けられていた。

このトラップ群は貴重書を狙う窃盗犯対策として仕掛けられているというのが公式な説明ではあったが、それを信じるにはこのトラップは余りにもお粗末な出来であるし、そもそも人が簡単に出入りできるような施設に盗難を警戒しなければならない本を置いておくのも不自然であるという点からそれを疑うものもおり、その不自然さと幾ら探索しても限りが見えないという点から時折今回の噂のように魔法の本や公には出来ないような技術、或いは何処かの御伽噺のように異世界に繋がっているのではないかという者までいる始末である。

と余計な話はともかくとしてここには致死性のトラップが仕掛けられていることもある。しかしながらそれらは兵器としての凶悪さの割りにトラップとして役割を果たすには仕掛けが大雑把である、またある程度知見もしくは体力に優れるものならば掻い潜って進んでいくことも出来る程度の物であり、今回の同行者の中に含まれる桜咲刹那ならば問題なくその役目が果たせるだろう。

しかし、木乃香は安易にのどかの同行に同意することが出来なかった。

恐らく自分がお願いすれば刹那はのどかの同行を快諾するだろう。しかしながら刹那以外にトラップから身を守り、同時にその脅威から他人を守ることが出来る人間は精々明日菜とネギ程度だろう。男性である哲も明日菜に勝る運動能力を持っているとは思えない。

となれば当然自分達を守る役目は刹那になる。そして同行する人数が増えれば増えるほどその負担は増してしまう。

本当だったら自分の同行も固辞したい位だったが夕映の強硬な説得で付いて行く事になってしまっている。

木乃香はどちらの肩を持つべきなのか決められず刹那と二人を交互に見つめ続けていた。

そして最初からあまり強い気持ちではなかったのだろうのどかが諦めようとしたとき、思いもかけない人物から声が掛けられた。

「良いじゃないか連れて行ってやれば。危ないというんだったら私が守ってやるよ」

一番遠巻きに二人を見ていた筈のエヴァンジェリンだった。

「あなたがって、エヴァンジェリンさんそんな事出来るのですか?」

「無論だ。そうだろう桜咲刹那?」

「え!? は、はい確かにその通りですがしかしそれは」

「ふん。力を取り戻したというのにこんな面倒くさい仕事ちんたらやってられるか。私はさっさと子守を終わらせて家に帰りたいんだ」

「本当ですかそれは!!?」

驚いた様に刹那が声を張り上げるがその会話の意味を理解できるのは二人だけだ。

とはいえ刹那のお墨付きという事であればエヴァンジェリンの能力もかなりの物となることは、刹那が学園四天王と呼ばれていることを知る人間ならば分かっただろう。

「そういう事であれば大丈夫………でしょう。しかしのどかくれぐれも気を付けるのですよ」

「う、うんありがとう夕映。そのう……エヴァンジェリンさん、よろしくお願いします」

「全く夕映ったら心配性なんだから」

「パルが能天気なだけです」

問題は丸く収まった。

刹那の驚きはいまだ収まらずそしてエヴァンジェリンに対する不信感を覚えながら

「皆さん、そうと決まったらさっそく出発です」

一行は出発した。


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