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No.21873の一覧
[0] 【完結】【R-15】ルナティック幻想入り(東方 オリ主)[アルパカ度数38%](2014/02/01 01:06)
[1] 人里1[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:52)
[2] 白玉楼1[アルパカ度数38%](2010/09/19 22:03)
[3] 白玉楼2[アルパカ度数38%](2010/10/03 17:56)
[4] 永遠亭1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[5] 永遠亭2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[6] 永遠亭3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:47)
[7] 閑話1[アルパカ度数38%](2010/11/22 01:33)
[8] 太陽の畑1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:46)
[9] 太陽の畑2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:45)
[10] 博麗神社1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:44)
[11] 博麗神社2[アルパカ度数38%](2011/02/13 23:12)
[12] 博麗神社3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:43)
[13] 宴会1[アルパカ度数38%](2011/03/01 00:24)
[14] 宴会2[アルパカ度数38%](2011/03/15 22:43)
[15] 宴会3[アルパカ度数38%](2011/04/03 18:20)
[16] 取材[アルパカ度数38%](2011/04/11 00:14)
[17] 魔法の森[アルパカ度数38%](2011/04/24 20:16)
[18] 閑話2[アルパカ度数38%](2011/05/26 20:16)
[19] 守矢神社1[アルパカ度数38%](2011/09/03 19:45)
[20] 守矢神社2[アルパカ度数38%](2011/06/04 20:07)
[21] 守矢神社3[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:59)
[22] 人里2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:09)
[23] 命蓮寺1[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:10)
[24] 命蓮寺2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:12)
[25] 命蓮寺3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[26] 閑話3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[27] 地底[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:15)
[28] 地霊殿1[アルパカ度数38%](2011/09/13 19:52)
[29] 地霊殿2[アルパカ度数38%](2011/09/21 19:22)
[30] 地霊殿3[アルパカ度数38%](2011/10/02 19:42)
[31] 博麗神社4[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:32)
[32] 幻想郷[アルパカ度数38%](2011/10/08 23:28)
[33] あとがき[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:36)
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[21873] 永遠亭2
Name: アルパカ度数38%◆2d8181b0 ID:099e8620 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/13 22:48


 蓬莱山、輝夜さん。
俺の住まうこの永遠亭の主である彼女の印象はと言うと、まずは美人だと言う事だろう。
身も蓋もない感想だけれど。
と言っても、本当に浮世離れした美人で、こう、恩のある女性を美しさで比べるのは失礼な気がするが、それでも敢えて比べるのだとすれば、間違いなく俺が今まで出会った中で一番の美人であった。
長い黒髪に宝石の瞳、完璧な眉に柔らかな唇、均整の取れた体、全てが美しく、どこか人の手を離れた、作り物じみた美しさ。
それに拍車をかけるのが、その浮世離れした心だろうか。
なんていうか、俺は幻想郷の人間ではないからか、慧音さんや妖夢さんや幽々子さんとの会話でも、たまに何か、男女の違いとか、年齢の違いとか、種族の違いとか、その辺とは違うような齟齬のような物を感じる事がある。
のだが、彼女と話していると、それともまた違うような、不思議な齟齬を感じるのだ。
なんていうか。
宇宙人と、会話しているみたいな。
と言っても、ちんぷんかんぷんで不愉快と言う訳でもなく、なんというか、そこに俺は、奇妙な親しさのような物を感じていた。
さてはて、何なのだろうかと考えると、思いつくものが一つある。
所詮外来人でしかなく幻想郷に馴染むしか無い俺には、矢張り幻想郷の人たちとは未だ微妙な齟齬があり、そしてそれを解消しなくてはならない。
すると幻想郷の人々とはまた違った齟齬を感じる彼女も、同じように幻想郷の人々との間に間隙があり、それに親近感を感じているのかもしれない。
まぁ、事実はどうなのかは、俺とて自身の心を全て把握しているわけではないので、知る由もないのだが……。
兎も角。
まぁそんな感じなので、俺は彼女に対して、好感とも嫌悪とも違う、何とも言いがたい不思議な感情を持っていた。

 で。
昼食時、俺の顔を見て思い出した、と言う感じに言いつけられた通り、昼食を終えてから妖怪兎さんの案内で、その輝夜さんの部屋に通された俺なのだが。
閉口一番、これである。

「ねぇ権兵衛、家庭教師って、何をすればいいんだっけ」
「はぁ……」

 訳分からん。
襖を開き通された部屋は、白玉楼で慣れたと思った俺をも唸らせる、豪奢な部屋であった。
襖には雄大な障壁画が描かれ、箪笥には所々金箔があしらわれ、中央には荘厳そうな木目残る机がある。
一つ違和感があるとすれば、この豪勢な部屋に、床の間には葉も花も実もつけない盆栽が飾られている事だろうか。
さて、何気に女性の私室に初めて入った俺は、輝夜さんと、低めの机を挟んで対に座布団に座っている訳だが。
やっぱり訳わからんので、とりあえず一般的な回答を返してみる事にする。

「雇い主の求める教養を、対象に教える事ではないでしょうか」
「あー、うん、そうなんだけどね、別に私がやりたくてやる事だし、何を教えてもいいから、何を教えようかなって」
「その、教え子の知識がどれぐらいか計って、教える事が可能で、かつ教えたく、できれば教え子が教わりたい事を教えれば良いのでは」
「そうね。なら権兵衛、何が教わりたいかしら?」
「って、教え子は俺ですか」

 ペットだったんじゃなかろうか、首を傾げる俺に、自慢げに、そうよ、と輝夜さん。

「だからほら、眼鏡よ眼鏡。女教師には必須アイテムよね」
「四角いリボンのついた帽子もいいような」
「二半獣の真似は、焼き鳥が嫌いだから嫌なのよ」
「此処で兎肉を食べると、それはそれで非常に問題なような」
「大丈夫よ、家は鶏肉派。兎角同盟が抗議してきて、五月蝿いのよ」
「亀の毛に抗議されても。存在しない声って五月蝿いんですか?」
「ええ。家には波を操って、存在したりしなかったりする兎も居るからね」
「はぁ。確率を操るって、凄いですね」

 と、そこまで話すと、やや上目遣いに、輝夜さんが目を細める。
そこはかとない色気に、思わず喉を鳴らす俺。

「あら、凡夫っぽい顔だけど、意外と教養はあるのね。でも、質問に答えないのは嫌われるわよ?」
「ああ、すいません。ええと……」
「じゃあ、月流の霊力でも教えてあげようかしら」
「質問は一体何処に」
「嫌いだもの。好き嫌いして、端に寄せておいたわ」
「そして哀れ残り物は捨てられてしまう、と」

 と言うが、月流と言うのは分からないが、霊力の扱いと言うのは魅力的な教えだった。
この幻想郷では、外の世界と違い、人脈、金、権力以外にも、戦闘力と言う物が大きな力として認知されている。
と言うのも、いくらスペルカードルールがあるとは言え、それに参加できるのは霊力持ちだけ、一般人は里を一歩出れば妖怪に食人される可能性が常に存在する。
故に霊力を扱える、つまりスペルカードルールに参加できると言うのは一種のステータスとして認められており、しかもそれは、人脈のように突然崩れ去ったり、金のように里の都合で左右されない、安定した力である。
勿論金ほど利便性の高い物では無いが、この幻想郷に限り、非常に有用な力と言っていいだろう。
是が非でも、教えて欲しい事だった。
が、一つ疑問がある。

「一つ、質問なんですけど。俺って、使う程に霊力があるんでしょうか?」
「あら、貴方結構霊力持ちよ? 紅白程じゃあないけど、鍛えればそのうち白黒ぐらいにはなれるんじゃあないかしら」
「はぁ。モノトーンですね」
「そう、モノトーンなのよ」

 よく分からないが、とりあえず俺にはそこそこに霊力とやらがあるらしい。
紅白と白黒の違いはと言うと、目出度さぐらいしか思いつかないのだが、俺の霊力はよっぽど目出度くないのだろうか。
まぁ兎に角、霊力の扱いが魅力的な教えなのに変わりは無いので、頭を下げて教えを乞う事にする。

「では、ご教授、お願いしてよろしいでしょうか?」
「うーん、もう一声」
「ええと、とてもよろしくお願いします」
「中学生の和訳みたいね」
「何卒よろしくお願いします」
「ううん、もうちょっと月的に」
「ルナティックお願いします」
「うーん、まぁいいわ。じゃあ、月流の霊力の使い方を教えてあげるわ」
「あ、ありがとうございます、先生っ!」

 何だかよく分からないやり取りがあったが、兎も角俺は霊力の使い方を教えて貰えるらしい。
期待の目で輝夜さんを見上げると、ふふん、と得意気な表情をし、胸を張る輝夜さん――いや、輝夜先生。
クイッっと中指で眼鏡を引き上げ、一言。

「で、権兵衛。霊力の教え方って、何をすればいいんだっけ」
「………………」

 結局、初回は永琳さんを呼んで、輝夜先生が霊力講師の授業を受ける次第となった。



      ***



 全く、なんで私が授業を受けなきゃならないのかしら、とぶつぶつ言う輝夜先生を宥めながら、永琳さんの刺すような視線に晒されて三時間ほど。
進みすぎていて全く分からない内容と二人だけで十分な内容に、ようやく、あ、俺いなくて良かったんじゃ? と気づき、しかし何故か永琳さんに出してもらえず、輝夜先生の宥め役を続けて二時間ほど。
たっぷりとした密度の時間に晒され、ちょっとげっそりしながら、輝夜先生が根を上げた事でようやく解放された俺は、永遠亭の中をふらふらと散歩していた。
と言っても、庭を眺めながら縁側を廻っているだけなので、案内は必要なく、一人で気楽なぶらり歩きと言う奴である。
時たますれ違う妖怪兎さんに会釈を返しながら、本当にゆっくりと、永遠亭を回ってゆく。
庭、と言っても、それ程整備された庭は無く、土が面を出しているだけ。
そこだけ見ると白玉楼には見劣りしてしまうが、少し面を上げると、違う物がみえてくる。

 代わりに見えてくるのは、竹林だ。
周囲は鬱蒼とした竹林に囲まれ、夕焼けの日を反射するその光景は、幻想的で、他の光景とは一線を画す光景であった。
竹とは、百二十年に一度花をつけるだけで、それ以外はずっと青々と細いままの身を伸ばすばかりの植物である。
他の植物はもっと早い周期で花をつけ、その茎を太くしたり曲げたり、木となりその幹を大きく広げたりするのに対し、竹は常に真っ直ぐで青々としている。
それは、竹が月の穢れ無さに惹かれる植物だからである。
何故かと言うと、竹は人の見ていない夜、何故か地上の六分の一しか重力の無い月に伸びてゆく事から、分かるだろう。
竹は地上の穢れからできるだけ身を離し、穢れ無き狂気に満ちた月へとその身を伸ばすのだ。
他の太陽に向かって伸びる植物は、太陽に近づき過ぎてその身を焼かれない為、先端を曲げて伸ばすが、対して竹は真っ直ぐ伸びてゆくと言うのも、その事実を裏付ける一因となるだろう。
月と竹との関係は、加えて竹取物語などの物語を見ればよく分かるだろう。
他にも、竹が花をつけるのが、百二十年に一度と言うのも竹の特殊性を表している。
百二十年とは、六十年を二倍した数である。
以前慧音さんに聞いたのだが、幻想郷の記憶は、六十年に一度歴史に変換されるらしい。
何でも六十とは幻想郷の自然の属性全てを掛け合わせた数らしく、それはあらゆる物の再生を意味するのだとか。
物の再生。
切っても切っても生えてくる竹に、何とも似合った事柄ではあるまいか。

 とまぁ、そんな事を考えながら、竹林を眺めながら歩いていると、ついに永遠亭を一周してしまった。
散歩を始める前に見た自室の時計によると、夕食まではまだ時間はある筈だが、さて、どうすべきか。
出来る事なら、炊事はちょっと自信がないが、掃除ぐらいなら手伝おうか、それとも中身があるような無いような感じだった輝夜先生の初回授業の復習でもしようか、と、思い悩んでいた所であった。
急に、ヒョイっと目の前に妖怪兎さんが飛び出してくる。

「あいたっ」

 どん、と。
どうでもいいことを考えながら歩いていた所であったので、そのままぶつかってしまい、尻餅をついてしまった。
思わず痛みに目を顰めるが、それよりも大変なのは、勢い良く体も小さかった妖怪兎さんである。

「だ、大丈夫ですか」
「あーいたいなー、いたたー、骨が折れてるかもー」

 一瞬妖怪だから大丈夫なのでは、と顔色を見て思ったが、どうも聞く限りではそんな事は無かったようだった。
全く腫れているように見えないのだが、彼女が抑えている二の腕は折れているかもしれないらしい。
しかもやけに平坦な声な事を思うと、喉の辺りを傷つけてしまったのかもしれない。
どうしよう、どうしよう、と頭の中でぐるぐると言葉が回る。
まるで地面が無くなってしまったかのように、がくがくと膝が震え、目眩がする。

「と言う訳で、慰謝料と言う事でこのお賽銭箱に――」
「た、大変です、早く治療しないとっ! えっと、腕、ですよね? 立てますよね? それじゃあ、早く永琳さんの所へ行かないと!」
「いや、その、賽銭箱――」
「えっと、立てないんですか? 肩を貸しましょうか? えっと、ごめんなさい、抱っこして連れてゆくには俺の力がこころともないので……」

 と、両手を差し伸べると、ため息混じりに、ぺしん、と手を叩かれてしまった。
思わず、目を見開く。

「はぁ。わたしゃあこれでも健康に気を使ってきていてね、この程度じゃあ怪我なんてしないわよ」
「へ? でも、さっき骨が折れてるかもって」
「“かも”ってね。ただの方便よ。全く、これはこれで面白いかもしれないけれど、ちょっと遊び方を間違ったわ」

 と言って、やれやれを肩をすくめながら立ち上がる、妖怪兎さん。
ローティーンと思わしき幼い容姿に、妖怪兎共通のワンピース、首辺りで揃えた黒髪にぴょこんと生えたウサミミ、ここまでは他の妖怪兎と同じだったが、唯一首から下げる人参のペンダントだけが彼女を独立してみせる。
その彼女の様子には全く怪我が見受けられず、違和感ある動作もない。
そんな彼女に、俺はようやく胸をなで下ろす。

「良かったぁ」
「へ?」
「だって、貴方に怪我は無かったんですよね? それ以上に安心な事なんて無いじゃないですか」

 と言うと、何故か変な顔をする妖怪兎さん。
はて、どうしたのだろう、と首を傾げつつ、俺も立ち上がる事にする。

「あんた、騙された事にまだ気づいていないの?」
「え? あぁ、そう言えば、そう言う事になるんでしょうね。でもまぁ、お互い怪我が無くて良かったですよ」
「……ああ、そう。まぁいいや」

 何故かため息をつく妖怪兎さん。
とりあえず、初対面であるので、遅ればせながら、と自己紹介を始める。

「ええと、この度永遠亭でお世話になる事になった、外来人の七篠権兵衛です。よろしくお願いします」
「うん? あーそっか、お昼には私用事で居なかったしね。私は妖怪兎のまとめ役の、因幡てゐ。趣味は人を騙す事。人間を幸せにする程度の能力持ちの、幸運兎ちゃんさ」

 趣味は人を騙す事、と聞いて一度目を細めた俺だが、最後まで聞いて、ほぉ、と、思わず目を見開く。
兎と言えば、かつて冥界と交信していたと信じられ、最も生きる事に気を使ったとされる事から、その足が幸運の象徴とされた動物である。
そんな兎の中でも更に幸運と枕詞のつく兎と言えば、クローバーで言えば何十葉のクローバーに相当するものだろうか。
想像を絶する物があるが、少なくとも四十は下らぬに違いあるまい。

 となると、だ。
今、因幡さんが言った人を騙す事、と言うのは、人を幸せにする為に、必要な行為ではないだろうか。
何故なら、幸運とはとても大きな力である。
権力者ばかりではなく、日々をのんべんだらりと過ごす人々にとっても、喉から手が出る程欲しい物だ。
そのため、もし因幡さんが無制限に別け隔てなく幸せを分けてしまえば、恐らく彼女の幸せを得る為に、争奪戦が起きてしまう事だろう。
故に、彼女は人を騙し、その幸せを得るのに制限を設ける事で、争いを防いでいるに違いない。
人を幸せにする為に人を騙すと言う苦行をやってのけるその心には、畏敬の念を抱かざるを得ない。

「因幡さん」
「てゐでいいよ」
「てゐさん。感服しました」
「はぁ?」

 何故か疑問詞を浮かべるてゐさんの手を握り、膝をつき、先程思った事を伝える。

「あー、うん、そーゆーこともあるようなないような」
「くす、率直に肯定しないとは……矢張り謙虚なんですね」
「まー、そんな気がしたりしなかったり」
「所で、先生……いや、師匠と呼んでいいですか?」
「なんですとっ!」

 と、突然なので当然かもしれないが、シェーのポーズで驚くてゐさん。

「い、いや、あの、師匠は勘弁して欲しいかなーって……」
「あ、そうですか……突然すいません」
「いや、頭を下げるのはいいから、どうしてか教えてほしいんだけど」
「では、少し長く、聞きく苦しくあるかもしれませんが」

 と前置き、こほん、と咳払いをし、正座する。

「俺は、この幻想郷に入って以来、色々な人に様々な恩を受けてきました。
人里で慧音さん、白玉楼では妖夢さんに幽々子さん、ここ永遠亭でもそうです。
永琳さんには治療をしてもらいましたし、先程も輝夜先生の授業の手伝いをしてくださいました。
鈴仙さんは、変な勘違いをして失礼な思いを此処の人たちに抱いていたのを解消してもらった上、慰めてまでもらいました。
輝夜先生に至っては、三食と部屋を提供してもらった上、霊力と言う教養まで授けてくださっています」
「いや、輝夜様は強制でなかったかい?」
「そうですけど。でも、結局俺は得ばかりしているので、渡りに船だったと言うか」

 正直、いい加減家の収穫待ちの秋野菜が心配だと言う気持ちもあるのだが、妖精の祝福の為かはたまた変な力場でも働いているのか、家の野菜は奇妙に力強かったり運が良かったりするので、野生動物にでも喰われなければ大丈夫だろうと思う。
なので事実、輝夜先生の“飼う”発言により、俺は得ばかりしているのだ。
正直言って物凄い勘違いをしていたのは恥ずかしく、ついでに鈴仙さんに子供にするように慰めてもらったのも二重に恥ずかしく、思い出す度に赤面してしまうのだが。
とまぁ、そんな感じの事を蛇足として付け加えると、てゐさんは何故かふっと視線を明後日にやる。
はて、何があるのかとてゐさんの視線の先を辿るが、その先にはただただ竹林が静かに揺れているだけ。
まるでとんちんかんな事を言う男を前に遠い目をしたくなった人のようだった。
とりあえず、話が途中なので続ける俺。

「まぁ、兎に角俺は色々な人に様々な恩を受けてきました。
俺は、それをできる事なら返したいし、その努力を怠らないつもりです。
そこで転じて、てゐさんの人間を幸せにする程度の能力と言うのは、誰もに恩を返せ、幸せになる能力です。
つまり、俺の努力を、究極に実らせた形となるのです。
であれば、敬わない訳にはいかないでしょう。
と言って早速思い浮かんだのは先生なのですが、先生と言う呼称には先約があるので、師匠、と、そう呼ばせて頂きたく」
「はぁ……そーなんだねー」
「そして」

 と、一息切り、突発性頭痛を堪えるような姿勢のてゐさんに向かい、記憶にある限り三度目の土下座をする。

「図々しい事とお思いでしょうが。俺に、人を幸せにする事の何たるかをご教授願えないでしょうか」
「とりあえず回れ右して、自分の部屋に帰って飯まで寝な」
「はい、分かりました、てゐさん」

 と言う事で、立ち上がり、てゐさんにもう一度頭を下げ、それから回れ右して部屋に向かう。
と、数歩歩いた所で、急に足先の感覚が無くなる。
うわっ、と、情けない悲鳴。
バキッ、と言う音と共にぐわんと視界が縦揺れしたかと思うと、尻をつく。
右足が踏む筈だった床が腐り落ちていて、そこを踏み抜いてしまったようだった。
ちょ、大丈夫? と、助けにきてくれたてゐさんの手を借り、何とか体制を立て直す。
相当床板が柔らかくなっていたらしく、俺の足に汚れはあっても怪我は無い。
それを見て、あぁ、なるほど、と納得する俺。

「流石てゐさん」
「は? なにあんた、空気で頭でも打ったの?」
「成程、俺が率先して誰か踏み抜く筈だった床板を踏み抜く事で、他のみんなを幸せにする事ができたのですね。
それに俺自身の被害も、少し足が汚れただけで、怪我一つ無い、理想的に近い物とは。
感服致しました」
「……あー、もー、めんどくさいしそれでいーよ。さっさと部屋に帰りな」
「あ、はい。では、ご教授ありがとうございました」

 手をぷらぷらと振るてゐさんに再び頭を下げ、再び回れ右する。
今度こそ真っ直ぐに部屋に帰ろうとすると、すぐ近くの曲がり角に差し掛かった所であった。
デジャヴを感じる事に、急に、ヒョイと、目の前に妖怪兎さんが飛び出してくる。

「あいたっ」

 どん、と。
ぶつかる事こそは回避できなかったものの、今度は咄嗟に身を引き、妖怪兎さんの下敷きになるようにできた。
思わずほっとため息をつこうとしたその時、夕焼けの光に照らされ、空で踊る花瓶が見えた。
掴める位置だったので、咄嗟に手で掴むと。
じゃあ、と。
俺の頭に被る花瓶の中の水。
鼻だの口だのに入ってきて不快な上に、その冷たさに思わず身震いしてしまう。
咄嗟に閉じた目を開くと、とりあえず妖怪兎さんの方が背が低い為か濡れておらず、良かった、と内心で呟いた。

「大丈夫ですか?」
「あ、う……」
「えっと、何処か怪我でも?」
「い、いえ、何でもないですぅっ!」

 ぴょん、と、正に兎のごとく跳ね起きる妖怪兎さん。

「はい、これ。花瓶ですかね?」
「ははは、はい。ありがとうございます! あ、タオル持ってきますので!」

 と、正に脱兎の如く走って行ってしまう妖怪兎さんであった。
何だか顔が赤かったような気がするが、どうしたのだろうと首を傾げ、気づく。

「ああ、流石てゐさん」
「………………」
「成程、あの出会った時のぶつかった事すら、俺が彼女を庇えるように、つまり双方に怪我が無いよう幸せにする為の前兆だったのですね。
感服致しまし……どうしたんですか? てゐさん」

 と、先と同じくてゐさんの力に感服していると、てゐさんが何やら難しそうな顔で俺の事を見ている。
俺はと言えば勿論幻想郷の底辺を這う生き物であり、可笑しな所など探せばいくらでも見つかるだろうが、今の瞬間に見つかった物はと言うと、思いつかない。
はて、一体どうしたのだろうか、と首を傾げる俺に、何だか困ったような笑顔を作るてゐさん。

「……いや、あんたは部屋に帰ってなさい」
「え、でも」
「いいから」

 と、促されては仕方があるまい。
てゐさんの表情は何か困っていると言っているような物で、できる事ならば何か力になりたかったのであるが。
と言う事で、後ろ髪を引かれるような思いのまま部屋へと戻る俺なのであった。



      ***



 ため息をつきながら、因幡てゐは炊事場へと足を運んでいた。
がら、と扉を開くと、むわっとした熱気に包まれた空間がそこに広がっている。
秋もそこそこに深まった今、懐かしい残暑を思わせる空気である。
自然、暑さの嫌いなてゐは苦い顔をつくりながら、中の妖怪兎達の顔を見回す。
一様にてゐに頭を下げる顔の中、先程見た顔を見つけ、てゐはその顔に近づいた。

「どうしたんだい、あんた。権兵衛から、逃げるみたいにしちゃってさ」
「あ、てゐさん……」

 たじろぐその兎は、先程権兵衛とぶつかった兎である。
てゐより少し背が高く、腰ほどにまで黒髪を伸ばしている彼女は、妖怪兎の中でも少し大人っぽい方だ。
が、権兵衛の名前を聞くと、途端に頬を赤く染め、顔を埋めるようにする。
そのギャップに顔を歪めながら、てゐは苛立たし気に腰に手をやると、はっと己の所業に気づいた兎は慌てて手を伸ばし、ぶんぶんと振りながら口を開いた。

「あ、その、違うんです。その、本当は逃げるつもりもなくて、むしろ、会えたのが嬉しすぎて動揺しちゃったと言うか……」
「はぁ?」

 と疑問詞を口に出すてゐに、ぼそぼそと小さな声で答える妖怪兎。
この兎、何時だったか普通の兎の姿を取ってそこらを飛び跳ねに行った時があり、その時切り株にぶつかって目を回してしまったのだった。
起きて、人間の家の中に居る事に気づき、すわ食われるのかと思った所、仕方ないな、とばかりに離してくれた人間が居たのだそうだ。
その人間が、あの権兵衛だと言う。
そういえばそんな事もあったかな、と、ぼんやりとてゐは思い出す。
数カ月程前も、こんな噂があった。
何でも罠に掛かっていたところを、大国様もかくやと言わんばかりの相当な美男子に助けられた、美兎の話だったか。
眉唾物とは思っていたが、実物はこれである。
権兵衛は外来人特有の栄養状態の良さを含めても見目麗しい方ではあるものの、凡庸か美男子かと問われれば大半の人が凡庸と答える程度である。
尤も、単に大国様とまでは言わずとも、ある程度の美男子が良いのなら、妖怪の男を探せばいいだけなので、てゐはそこまで気にしていないが。

「あ、タオル持って行ってあげないと……、でも、水被っちゃったんですよね、着替えとかに鉢合わせしちゃったらどうしよう……、うぅ、手で顔を隠すフリして、指の隙間から見ちゃおうかな……」

 兎も角、疑問も晴れた事だし、欲しい答えが得られなかった以上、この妄想逞しい兎に用は無い。
そのままぶつぶつと妄想を続け、何時の間にか結婚式は和風が良いか洋風が良いかと言う話になっているのを背後に、てゐは炊事場を後にする。
靴を引っ掛け、そのまま外へ。
夕焼けが落ちる様の外は、初秋の涼し気な風が吹いており、てゐに張り付いていたむわっとした暑さの炊事場の空気を吹き飛ばしてくれる。
竹林が風に揺れるさざ波の音を背景に、竹林の中の無数の鈴虫の声が鳴り響く。
暫く瞼を閉じ、風が当たってくるのに任せていたてゐは、ゆっくりと口を開いた。

「七篠権兵衛、か」

 ざざざ、と、てゐの言葉に合わせるように、竹林がざわめく。
奇妙な男であった。
初対面ではなんて騙しやすそうな男なんだ、と思い、嬉々として騙しに行ったのだが……騙しやす過ぎて、一回転してしまったとでも言うべきか。
何とも話が噛み合わず、てゐとした事が、権兵衛のペースに巻き込まれてしまっていた。
まぁ、そこまでは良い。
いや、てゐの本業たる詐欺が行えない相手だと言う事は全然良く無いのだが、とりあえず置いておく。

 問題は、てゐと出会ったと言うのに、権兵衛が全く幸せになる様子を見せない事であった。
部屋に帰れと言えば腐った床板に足を取られ、妖怪兎とぶつかり一人水を頭にかぶる。
本人はこれが幸せにする能力だったのか、などとほざいていたが、無論こんなものが四十葉のクローバー程度の幸せな筈が無い。
勿論見えないどこかで権兵衛が幸せになっているのかもしれなかったが、それは無い、と、てゐの長年生き抜いてきた感が言っていた。

 所で。
妖怪とは、人間と違い肉体ではなく精神によって生きる糧を得ている。
よって肉体的な健康よりも精神的な健康の方が重要だし、病気にかかるときも、精神的な病にかかる方が多い。
その精神的な健康と言うのは、己がこうである、と言う明確なアイデンティティを確立する事である。
例えばシンプルな物で言うと、人間を食らうモノ、人間を驚かすモノ、人間と勝負するモノなどが挙げられる。
勿論精神と言うモノは次第に複雑怪奇となってゆくものなので、高位の妖怪はもっと複雑な自己を持っている事が多い。

 そこでてゐはと言うと、人を騙すと言う事と、人を幸せにすると言う事、その二つが主な己を確立する物である。
対し、権兵衛は、騙すと空回りする。
幸せにしようにも、勝手に不幸に陥ってゆく。
どちらか片方ならば無視のしようがあるが、両方とあっては嫌でも心に入ってくる。
つまるところ、権兵衛と言う存在は、てゐに取って猛毒であった。

「かと言って、無視するって訳にも、いかないんだよねぇ……」

 てゐが呟く通り、無視をすると言う事は、てゐにとって権兵衛が騙す事も幸せにする事もできない、と認める事になる。
今まで人を騙し幸せにしてきたてゐにとって、そんな人間が存在すると言う事は、精神の大きな傷となるだろう。
健康的に生きてきたてゐにとって、その傷は想像だにしない、大怪我となるに違いない。
それはもしかしたら、致命傷となるかもしれないぐらいに。

 てゐは、今にも落ちそうな太陽に目を向け、細める。
大きく息を吸って、吐く。
何故だろう、てゐは、かつて全身の皮が裂けた時以来の死の予感に直面していると言うのに、不思議と心は平穏を保っていた。
以前は、大国様に縋る程に生に飢えていたと言うのに、今は何故か、助けを求めようとは思えない。
ただ、足掻こう、とだけ静謐とした精神の中に思い浮かぶばかりだ。

 竹林に、背を向ける。
紫炎の空に瞳を向け、深呼吸。
ぐっと拳を握ると、歯を噛み締め、てゐは永遠亭の中へと戻ってゆく。
これからきっと、夕食の席で、てゐは権兵衛と顔を合わせるだろう。
騙す事も幸せにする事もできない、あの男と。
そして足掻くだろう。
何とか権兵衛を騙そうと、どうにか権兵衛が幸せにならないかと。
そしたらもしかしたら、奮戦むなしく、てゐはその命を失うかもしれない。
それがどうしてかそんなに恐ろしく無いのは、長生きし過ぎた故か。
自嘲の笑みを浮かべながら、ふと、てゐは思い出す。

「師匠、だったっけ」

 権兵衛がてゐの事を呼ぼうとしていた呼称である。
こんな風になって消えてゆくのだったら、その前の少しの時間ぐらい、そう呼ばせてあげても良かったかな、と思いながら、てゐは永遠亭の食堂へと向かってゆくのだった。



      ***



 幸せとは、何たるか。
人は言う。
幸福であるだけでは十分ではない、他人が不幸でなければならない、と。
ならば俺にできる最も平易である恩の返し方は、俺が不幸である事そのものなのではないか、と率直に思うが、それは間違いである。
なぜなら俺が不幸になろうと、結局俺は恩返しをなし得る事で幸福になってしまうので、俺のあげた幸せの条件は満たされない事になってしまう。
なので、俺はどうにかして恩人達に幸福を返す事を考えねばならない。
その為には矢張り、俺の独力では不可能であろうと言う事が思い浮かぶ。
それだけは疑念を挟む事無く言えるだろう。
何故なら、俺は、俺なのである。
善因も悪因も悪果となって帰って来る、俺なのである。
そんな俺が、どう足掻いた所で、一人で誰かを幸せになどできる筈があるまい。
なので他者の力を借りる事になるのだが、幸いにして、此処永遠亭では、借りる力に事欠かない。
俺如きに霊力と言う珠玉の力を与えてくれると言う輝夜先生。
人間に幸せを与える程度の能力と言う、俺の目標そのものを持つてゐさん。
後者はそのまま借りる事は出来無くとも、彼女が幸せを与える姿は、きっと参考になる事間違いだろう。
何時まで此処に居られるのかは分からないが、それでも出来る限りの事を此処の人々から学ぼう、と決意を新たにした辺りで、部屋の外から呼ぶ声。
先の妖怪兎さんがタオルを手に、夕食の時間を告げに来たのだった。

 それに従い、乾き始めていた頭をタオルで拭いた後、矢張り長い廊下を歩き、食堂へ。
既に席についている輝夜先生、永琳さんに挨拶し、暫く待つと、鈴仙さんとてゐさんも姿を現し、全員でいだたきます、と声を合わせるに至った。
今晩のご飯は、驚くなかれ、カレーライスである。
幻想入りしていたのか、と吃驚しつつ、早速銀のスプーンを手に取り、白いご飯と茶色いルーを半々に掬い、一口。
程良い辛味と旨みが口内に広がり、粒の立ったご飯と共に噛み砕かれ、嚥下される。

「うん、美味しい」

 すると、俺の言葉を皮切りに、鈴仙さんとてゐさんがにこりと微笑み、食事を始める。
どうやら、俺の感想を待っていたようである。
そう思うと嬉しいような恥ずかしいような、と顔を赤くしつつ、水を口に含んで永琳さんや輝夜さんの方に目をやる。
永琳さんは俺と目が合ったかと思うと物凄い勢いで外し、それに落ち込みつつ輝夜さんに目をやると、視線が机の上を泳いでいる。
あぁ、と気づき、俺は机の上にある醤油を手にとった。

「はい、輝夜先生」
「あら、気が利くじゃないの、権兵衛。やっぱりカレーには醤油よね。ソースなんて、ただでさえ茶色いのに何を考えているのかしら」
「や、すいません、俺は何もかけない派ですが」
「の割りには、気が利いたけど」
「何となく、輝夜先生は醤油が好きそうかな、と」

 わかってるわね、ととぽとぽ醤油をかける輝夜さんを尻目に、俺は続けてカレーライスを口にしようと思うと、じっと視線を感じる。
面を上げると、六つの瞳が俺を見ていた。
思わず、腰が引ける。

「あら、師弟初日だって言うのに、随分気が合うんだね」
「私も、何もかけない派だけど」

 と言う二人は興味の視線だが、何も言わないどころか微動だにしない永琳さんは、正直、ちょっと怖い。
しかもその手が伸びたまま固まっているのを見ると、輝夜さんに醤油を取ってあげようとしていた所だったみたいなので、それを邪魔してしまったようで、俺は何ともなしに申し訳ない気分になってしまう。
そんな訳で縮こまりながら、カレーライスをつついていると、不意に輝夜先生が口を開いた。

「師弟って言っても、今日は殆ど何も教えられなかったけど、ね」
「仕方ないわよ、輝夜。霊力講師の授業なんて、たった五時間じゃあ不安なぐらいだわ。本当は、もっと時間を取っても良かったぐらいなんだけど」
「わわ、それは勘弁」
「まぁ、兎達の教育とは訳が違いますからね」

 と鈴仙さんが呟くが、実際のところ俺が一向に霊力を使えなくても困るのは俺であり、輝夜先生は多分他の授業に興味を移してゆくだろう事を考えると、それ程訳が違うとも思えない。
それでも霊力講師の授業を輝夜先生にしてくれる永琳さんは、やっぱり根源的な所で優しいのだろうな、と想像する。
俺には、ちょっと冷たいけど。
中々目も合わせてくれないけど。
発言を無視される事もあったけど。
と、そんな事を考えていると泣けてきそうになるので、軽く頭を振ってネガティブな気持ちを追い出す。
折角の美味しい食事なのに、そんな事を考えながらでは失礼だからだ。
とまぁ、そんな風にカレーをぱくついている俺に、ふふん、と自信気に輝夜先生。

「まぁ、明日からはビシバシと行くから覚悟なさいよ、権兵衛」
「上手く飴と鞭を使い分けてくださると、助かりますけど」
「嫌よ、掃除が大変そうだもの」
「何ですか、それ」
「飴を投げた後、回収するのが手間だわ」
「ああ、汚そうですしね」
「いや、あの、何か違いませんか?」

 と、鈴仙さんが突っ込むのを尻目に、輝夜さんのお茶が尽きそうだったので、急須を手に取り輝夜さんの湯のみにお茶を入れる。

「あら、ありがとう。よくお茶が尽きそうだって分かったわね、硝子なんて無いのに」
「まぁ、何となく。それだけ毎日が飲茶なんでしょうかね」
「それだけ呑気で紅白っぽい毎日だと、明日からが大変そうね」
「明日怖い、明日怖い」

 などとやり取りしながら急須を戻した辺りで、またもや視線を感じる。
面を上げると、矢張り三対の視線が俺を見ていた。
何とか、今度は腰を引かずに済む。
頑張った、俺。

「いやぁ、妬けるねぇ。これが師弟の絆って奴?」
「私も、お茶ぐらい入れてあげるけど」

 と言う二人は兎も角、矢張り永琳さんは無言で停止していた。
それも矢張り、急須のあった場所に手を伸ばそうとしたまま。
またもや永琳さんの邪魔をしてしまった結果となり、何とも申し訳ない気分で縮こまりながらカレーライスをつつく俺。
そんな風に永琳さんとはちょっと気まずい雰囲気になりつつも、輝夜さんやてゐさんは楽しい話を提供してくれ、鈴仙さんは入れ忘れていた俺のお茶を入れてくれたりと世話を焼いてくれて。
こんないい人達に囲まれて、俺はなんと幸せなんだろう、と思いつつ、初めて五人で卓を囲んだ夕食を終えるのであった。



      ***



 鈴仙・優曇華院・イナバは様々な人に囲まれてその実、孤独であった。
輝夜は鈴仙を拾ったが、それは単なる気まぐれ以上でも以下でもなく、永琳は鈴仙を弟子にとったが、それは単に素直に言うことを聞く手足が欲しかったのと、月との交信役が欲しかっただけ。
感情的にも、鈴仙と他者の間には確実な間隙がある。
輝夜は全てに飽きながら自分の仕事を探す事が全てであり、そも、彼女は月兎を対等とはみなしていない。
永琳は鈴仙がどうこう言う以前に輝夜が全ての基準であり、彼女が鈴仙に抱いている感情は道具への愛着に近いだろう。
てゐに至っては、まず彼女に信頼を預けると言う行為自体が愚行である。
と言うか、そもそも鈴仙は非常に臆病で自分勝手であり、月の姫のペットだった頃と同じく、可愛がられる反面、嫌われるのが怖くて他者の心に踏み込めないのだ。
自分で居場所を作ろうとする努力を怠る者に居場所が無いのは、当然の摂理と言えよう。

 そんな折だった。
鈴仙が、権兵衛と出会ったのは。
権兵衛は、鈴仙の目から見て、彼女よりも更に臆病だった。
人の悪意に敏感で、永琳の言葉なき悪意だけで酷く消耗し、被害妄想にまで至った。
そればかりか、その誤解を解いても、失礼な誤解をしてしまった、と、嫌われる事を恐れていた程である。
そんな姿が、自分と重なったのだろうか。
月の姫のペットと言う立場が、同じだったからだろうか。
鈴仙は思わず、泣き出した権兵衛を慰めていた。
そればかりか、不安がる権兵衛に、何かあれば自分を頼れ、などと言ってみせたのだ。

 こんなの、私のキャラじゃない。
私はもっと自分勝手で、冷淡な兎だって言うのに。
それが鈴仙の正直な感想であるのだが、しかし体が勝手に権兵衛の事を慰めていたので、仕方が無い。
まぁ、頼れと言ってしまった事は仕方なく、また、元より師からの命令もあったので、鈴仙は今日一日、狂気を操る程度の能力で存在を消しながら、権兵衛のフォローの為彼の後をつけていた。

 そんな中で、分かった事がいくつかある。
中でも重要なのは、鈴仙は権兵衛が自分と似ていると思ったが、それが間違いであった事だ。
確かに権兵衛は、臆病で、傷つきやすかった。
しかも何だか自己嫌悪の念が強いらしく、時折そんな事を口から漏らしていた。
だがしかし、である。
同時に権兵衛は、人間関係を作ろうとする努力を怠ってはいなかった。
永琳の言葉無き悪意ですら傷つくぐらい傷つきやすく、更に言葉から推察するに、人里でもマトモな扱いを受けてこなかったと言うのに、だ。

 眩しかった。
どうしようもなく、眩しかった。
輝夜の理解不能な言葉を理解しようと努め、理不尽な不満を笑顔を壊さず宥め。
永琳の絶対零度の視線を受けて項垂れながらも、少しづつその悪意の源泉を見極め、せめて不快ではないように動こうと努力して。
てゐとの関係はかなり天然が入っていてズレていたけれど、それでも人を幸せにしようと頑張って。
その努力を惜しまない姿勢は、臆病さが臆病さだけに、際立っていて。

 せめてそんな権兵衛に手を貸してやりたかった鈴仙であったが、臆病な彼女には、それすらもできなかった。
何せ権兵衛は、輝夜のペットであると同時、永琳の憎悪の対象でもあるのだ。
三十年程と言う長い間、表情筋のみの関係とは言え永琳と師弟であった鈴仙には、永琳が感情を表にすると言うだけでも驚きの事態なのだ。
その上その感情が憎悪ともなれば、ただ事ではない。
鈴仙は長い間続けられてきた多くの実験で、永琳の恐ろしさと言う物を骨の髄まで知っている。
無感情であってもあれ程までに恐ろしい人なのだ、この上憎悪を持ってみせたならば、どこまで恐ろしい存在になるのか計り知れない。
故に鈴仙は、永琳に憎まれている権兵衛の肩を持つような行為は、恐ろしくて表立っては出来なかった。

 惨めだった。
ただでさえ自分と似ている権兵衛の輝きが側にあるからか、余計に自分の臆病さが際立って見える。
それでも不思議と権兵衛に負の感情を抱かないのは、彼に輝夜をして飼うと言わしめた魅力があり、その魅力に既に鈴仙がやられてしまっているからなのだろうか。
そんな陳腐な考えに自嘲しながら、茶を啜っている鈴仙に、永琳の声がかかった。

「待たせたわね、もういいわよ。権兵衛さんのフォローの報告だったわね」

 夜半の八意永琳の部屋、鈴仙は権兵衛についての報告をしに来て、師の仕事に区切りがつくまで待っている所であった。
丁度許しが出たので、はい、と頷き、鈴仙は報告を早口に上げる。

「朝、丁度起きた所に部屋に行けたので、そこから食堂まで行動を共にしました。
途中、輝夜様の飼うと言う発言が人権を踏みにじる物と思っていたようだったので、その誤解を修正しておきました。
で、顔を洗って朝食ですが、皆と同じく白米と味噌汁と目玉焼きとサラダを出しました。
食べ方は結構綺麗で、三角食べ、と言うか四角ですがそんな感じに食べていて、あ、目玉焼きには醤油派だったみたいです。
嫌い箸もそんなに無かったかな、礼儀正しく食べて、炊事洗濯は作業兎に任せているって言ったので、食器を水につけて、それから歯磨きしてました。
ふふ、彼、朝ご飯食べた後に歯を磨く派みたいですね。
で、それから午前中は特に何も無いと伝えて別れると、彼は永遠亭の散策に移りました。
あ、でも最初に厠に寄ってからですね。
大だったみたいです。
で、権兵衛さん、やっぱり礼儀正しいんですよね、兎とすれ違うたびにきちんと会釈しながらゆっくり縁側を一周して、それからは兎に聞いて私たち四人の部屋と炊事洗濯の場所、それから入っちゃいけない場所を把握して、とりあえず一回ぐるっと回ってみたみたいです。
気にしていた様子だったのは、炊事洗濯の場所でした。
ちょっとぶつぶつ呟いていたのを聞いた限り、手伝える事はあるだろうか、と思っていたみたいですけど、炊事は料理の腕で、洗濯は女性が多い事で断念したみたいですね。
それでちょっと落ち込んだみたいなんですけど、掃除や風呂焚きなら手伝えるかも、って元気出してました。
それから兎に言って紙と筆をもらって、自室で、多分寺子屋でやってる歴史の復習かな、そんな感じの物を昼食に呼ばれるまで書いていましたね」

 うん? と永琳が首を傾げるのに気づかず、何度かそんな権兵衛が可愛かった、と言いたかったのを我慢している鈴仙は、早口のまま続ける。

「昼食に呼ばれてから終えるまでは、まぁ、半獣と半人半霊と亡霊姫に無事と伝えて欲しいってぐらいで何もなかったですし、一緒だったので省略しますね。
それからもう一度厠に寄って、ちょっと便秘気味だったのかな、もう一回大で、ちょっと時間がかかっていたみたいでした。
で、輝夜様の授業へ向かって、途中何回か兎とすれ違った時も会釈をしてましたけど、特に何もなく輝夜様の部屋に着きました。
ここの経緯はお師匠様も聞きましたか? あ、はい、なら省略します。
で、輝夜様の授業が終わってから、もう一回厠に言って、今度は小だったみたいです、それからもう一度縁側をぐるっと一周して、そこでてゐと出会いました。
あの詐欺兎、いきなり当たり屋の真似して賽銭箱出して……、危うく私が注意しなきゃとも思ったんですけどね、此処がおかしいんですけど、権兵衛さんったら、ちょっと天然入ってて。
てゐの怪我の事を心配して、お師匠様の部屋に連れていかなきゃ、なんて言うもんだから、てゐも諦めたみたいでした。
で、互いに自己紹介したんですけど、此処がまた、権兵衛さんったら天然で。
何でだかてゐの事を師匠と呼んでいいですか、なんて話の流れになっちゃって。
確か、人を幸せにする事を目標としているから、だったかな。
ああ、てゐは断ったんですけどね、師匠。
で、てゐが呆れて部屋に帰れって言って、権兵衛さんはそれに従ったんですけど、腐った床板に足を取られちゃって。
幸い怪我は無かったみたいなんですが……、あそこの掃除担当の兎、許せませんよね。
後で罰を与えておきます。
あ、一瞬てゐの悪戯かと思ったんですが、焦ってたんで違うと思います。
それからもう一回部屋に戻ろうとした所で、花瓶を運んでた兎と、今度こそ本当にぶつかって」

 一旦、鈴仙は言葉を切る。
と言うのも、あの兎がわざとらしく権兵衛の上に乗っかり、しかも顔を赤らめて駆け出すなんて言う典型的な行動を取ったのを思い出すと、ふつふつと心に黒い物が浮かんでくるからだ。
噛み締めた歯を開き、深呼吸で内心の空気を入れ替え、心臓の動悸を落ち着かせる。
たかが地上兎の分際で権兵衛にあんなに大胆に触れ、その上怪我の心配をしてもらえる資格など無いが、それは過ぎたこと。
単に、明日の夕食が兎鍋に決まっただけの事だ。
そう自分に言い聞かせ、何とか続きの言葉を吐き出す鈴仙。

「大事は無かったようですが、権兵衛さんが花瓶の中の水を被ってしまいました。
あ、花瓶は無事でしたよ、権兵衛さんがナイスキャッチして。
で、今度こそ部屋に戻って、今度は輝夜様の授業の内容を、権兵衛さんなりに纏めて書き留めていたみたいです。
まぁ、内容が輝夜様向けだったので、本当にちょっとした概要だけでしたけど。
それから夕食に呼ばれて、これも一緒だったんで省略しますね。
で、それからは厨房でお茶を貰って、暫く自分の部屋の近くの縁側で竹林を眺めながらお茶を啜って、それから兎の呼びかけでお風呂に入りました。
やっぱり彼、礼儀正しくて、ちゃんと体を洗ってから湯船に浸かっていましたよ。
あ、体は喉から腕、体の前、後ろ、耳の後ろ、足の順に洗ってました。
で、湯船に浸かる時は、はぁぁーって、目を瞑って本当に気持よさそうな声出すんですよね。
くす、それとちょっと子供っぽいんですけど、権兵衛さん、小声で百まで数えてから、ゆっくりと体を伸ばすんですよ。
多分子供の頃の癖なのかな。
それからは暫く湯に浸かっていて、十分、いや、十五分ぐらいは浸かっていましたかね。
その後湯から出てから頭を洗って、あ、シャンプーに慣れてないのか、それとも久しぶりなのかな、ちょっと目にしみて渋そうな顔、してました。
で、もう一回髪にタオル巻いて湯船に、今度は五分ぐらいかな、それぐらい浸かってから出てきました。
風呂を出てからは、厨房で水を二杯ぐらい飲んでから、暫く縁側で夜風を浴びて、それから歯磨きをしてから、もう一回縁側で月を見ながらお茶を飲んで、それでもう寝ちゃいました。
ちょっと早寝気味なのかな。
と、まぁ、こんな所なんですけど……」

 と、興奮気味に話を終えると、永琳からは声が返ってこない。
どうしたものかと面を上げると、何故か永琳は、話し始めた時と比べ明らかに鈴仙と距離を取っていた。
どうしてか額に冷や汗を浮かばせながら、重そうに口を開くが、

「そう、ありがとう。下がっていいわ」

と、淡白な答えしか返ってこない。
もしかして、私の話の何処かがおかしかったのだろうか。
だとしたら一体何処がおかしかったのだろうか?
何処にもおかしい所なんて見当たらないのにな、と思いつつ、首を傾げながら退室する鈴仙なのであった。




あとがき
ちょっと間があきました。
と言うのも、間に頻繁に体調を崩していた為です。
皆さんも寒くなってくるこの時期、体調には気をつけましょう。
次回更新でその他板に移動予定です。


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