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No.21873の一覧
[0] 【完結】【R-15】ルナティック幻想入り(東方 オリ主)[アルパカ度数38%](2014/02/01 01:06)
[1] 人里1[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:52)
[2] 白玉楼1[アルパカ度数38%](2010/09/19 22:03)
[3] 白玉楼2[アルパカ度数38%](2010/10/03 17:56)
[4] 永遠亭1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[5] 永遠亭2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[6] 永遠亭3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:47)
[7] 閑話1[アルパカ度数38%](2010/11/22 01:33)
[8] 太陽の畑1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:46)
[9] 太陽の畑2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:45)
[10] 博麗神社1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:44)
[11] 博麗神社2[アルパカ度数38%](2011/02/13 23:12)
[12] 博麗神社3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:43)
[13] 宴会1[アルパカ度数38%](2011/03/01 00:24)
[14] 宴会2[アルパカ度数38%](2011/03/15 22:43)
[15] 宴会3[アルパカ度数38%](2011/04/03 18:20)
[16] 取材[アルパカ度数38%](2011/04/11 00:14)
[17] 魔法の森[アルパカ度数38%](2011/04/24 20:16)
[18] 閑話2[アルパカ度数38%](2011/05/26 20:16)
[19] 守矢神社1[アルパカ度数38%](2011/09/03 19:45)
[20] 守矢神社2[アルパカ度数38%](2011/06/04 20:07)
[21] 守矢神社3[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:59)
[22] 人里2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:09)
[23] 命蓮寺1[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:10)
[24] 命蓮寺2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:12)
[25] 命蓮寺3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[26] 閑話3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[27] 地底[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:15)
[28] 地霊殿1[アルパカ度数38%](2011/09/13 19:52)
[29] 地霊殿2[アルパカ度数38%](2011/09/21 19:22)
[30] 地霊殿3[アルパカ度数38%](2011/10/02 19:42)
[31] 博麗神社4[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:32)
[32] 幻想郷[アルパカ度数38%](2011/10/08 23:28)
[33] あとがき[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:36)
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[21873] 命蓮寺1
Name: アルパカ度数38%◆2d8181b0 ID:099e8620 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/03 20:10

 さて、何時までも聖さんと俺とで赤面しあっていても話が進まないので、とりあえず考えてみる。
命連寺。
里でも噂に聞く、人妖平等を説く寺だと言う。
この幻想郷においてさえもその思想は人間側にとっては受け入れづらく、矢張り妖怪は恐ろしい物なのではないか、と思われているようなのだが、その住職の人格故に慕われてはいるらしい。
何せ平等を説くのである、妖怪に非があれば守ってもらえるし、その上此処の住職は慧音さんをも超える大魔法使いなのだそうだ。
事実、見るに聖さんは魔法使いのようであった。
まず魔法使いらしい欧風の服に、身に纏うのが魔力であり、更に俺の魔力の目で見る限り、彼女は少なくとも捨食の魔法を会得しているらしい事は分かる。
とすれば、俺のような人間の魔法使いでは手の届かない、アリスさんのような本物の魔法使いであると言う事は間違いないだろう。
しかし、とすると矢張り、魔法を使うと眼の色を変えて迫られるのだろうか。
なんとも言えない気分になっている俺に、赤面から回復した聖さんが口を開く。

「こほん。えーとね、私はぬえから状況を聞いただけなので、あなたの口から詳しく説明してもらえますか?」
「あ、はい。えーとですね……」

 と言って、ぼんやりしていた頭を小さく振り、追憶した。
そう、俺は守矢神社から帰る途中、はぐれ妖怪に遭遇して戦って、勝った後気絶させられて、何故か俺は邪悪な妖怪と言う事になっていて――。
はっと、一気に意識が澄み渡る。
起き上がろうとして、一旦は痛みが邪魔するものの、魔力で無理矢理体を動かし、体を起こした。

「あ、あの、すいません、細かく説明している時間は無いんですっ!
俺は里で邪悪な妖怪と言う事になっていて、だから俺などを匿うなんて事をしたら、聖さん達の身がっ!」

 そう叫ぶと、目をぱちくりとした後、聖さんが手を口に当て、くすりと上品に笑う。

「全くもう……、先に自分の身を心配したらどうですか?
右足なんて、肉が削げるぐらいの大怪我じゃあないですか」
「そんな、俺などの事よりも、貴方達の立場がっ!」

 叫ぶ俺に、変わらずにこりと微笑んだまま、聖さんはゆっくりと、子供に言い聞かせるように告げた。

「大丈夫ですよ。
ぬえの“正体を判らなくする程度の能力”で、私達の正体は里人に分からないままでした。
安心してください、貴方を匿っている事が里にばれる事など、ありませんよ」

 思わず俺は、目を見開く。
一回言葉を飲み込んで、もう一度脳内で朗読してようやく意味を把握し、安堵のあまり溜息をついた。
体から力が抜け、ぼふっ、と柔らかな音を立てて俺は布団に寝転ぶ。

「良かった……」

 思わず、俺は感じ入るように呟いた。
守矢神社で不幸な結果となってしまったばかりで、立て続けに里でも誤解を受けてしまったので、他者の害になってしまう事に敏感になっていたのだろうか、俺の反応は少し過激だった。
驚かせてしまったかと思うと申し訳なさが湧いて出てきて、思わず俺は布団を引っ張り鼻下を隠すが、このまま話すのは礼を失すると思い当たり、慌てて布団を下げる。
そんな仕草が滑稽なのだろうか、くすくすと笑う聖さん。
思わず赤面してしまいそうになるが、それでは話が進まないので、その笑いを遮るように俺は口を開いた。

 俺は他者の名誉を慮って、簡潔に守矢神社に招かれた事、そこで俺の“名前が亡い程度の能力”が判明して去らねばならなかった事、里ではぐれ妖怪を倒した後気絶させられ、火刑にあった事を話した。
里人が何故俺を邪悪な妖怪だと誤解していたのかが分からず、その為どうしても里人が悪いように思えてしまう話になってしまうので、俺はその度に里人の行為が恐らく誤解による物である事を強調する。
それでも矢張り里人の行為に思う所があったのか、話が進むに連れ聖さんは次第に顔を厳しくしていった。

「……と、言う訳なのですが……」

 と、言い終えた俺は、ちらちらと聖さんの方を伺う。
笑顔ながらも秘めた怒気が垣間見える顔であり、そこから俺は聖さんの里人への心象の低下を思い知った。
あぁ、俺はもっと上手い事言えなかったのだろうか、と後悔しつつ、俺は聖さんの怒りに好感を覚える。
他人事だと言うのに、親身になって怒ってくれるのは、何というか、非常に嬉しい。
嬉しいが、だからこそ俺は、巻き込んではいけない、と思う。

「その、俺としては、怪我もありますし、魔力も回復していないので、匿っていただけるのは非常に助かります。
ですが、俺が見つかれば、貴方達が里で築きあげてきた信頼を失ってしまうと言うのは事実。
少しお時間をいただければ人払いの結界もはれますし、里外れの自宅に立てこもれば何とかなると思いますので、あまり長い間お暇するのは……」
「あら、失礼ですが、貴方は里の陰陽師で解呪できない程の結界をはれるのですか?」

 思わず、口をつむぐ。
かつて里で暮らしていた数週間で見知った里の陰陽師の腕前は、実を言うと、今の俺よりも下であると思われる。
しかし結界に特化した人の物に対抗できるかと言うと微妙だし、二人以上で来られてしまえば、簡単に解呪されてしまうだろう。
雄弁な沈黙を告げる事となった俺に、にこりと笑いかける聖さん。

「そんなに心配しなくても大丈夫。
元々この命蓮寺は、人妖平等を掲げる寺です。
妖怪は勿論、人間相手にも平等に救いを与えるのが目的なのです。
ですからどうか、貴方の力にならせてはもらえませんか?」

 そう言う聖さんは、とても清らかな笑顔を浮かべていた。
俺の無力を訴えられれば、俺には到底反論する事は不可能だった。
その上彼女の理念に沿う結果となるのだとすれば、断る理由は無い。
それでも何処か、漠然とした不安があったのだが、それを払いのけ、俺は再び体を持ち上げる。

「それでは、よろしくお願いします」

 と言う訳で、俺は此処命蓮寺に、ほとぼりが冷めるまでの間とどまる事になった。



 ***



 となると、まずは寺の面々との顔合わせと相成った。
礼儀としてこちらから出歩こうとしたのだが、布団から出ようとした瞬間聖さんにエア巻物でゴツンと殴られ、強制的に寝かされる事になった。
怪我人なのだから大人しくしていろ、との事である。
ちなみにエア巻物と言うのは、聖さんの持つ不思議な巻物の事だ。
両端の青い筒の合間に、触れようとすれば突き抜ける映像だけの内容が映しだされる、何とも奇妙な物であった。
聖さんとは系統が違うとは言え、俺も一魔法使いである。
思いも寄らないマジックアイテムに興奮し、少し触らせてもらうなどして、満足しているうちに、気づけば聖さんは見知らぬ女性を連れて来ていた。
子供が玩具に夢中になるようにしていたのに思わず赤面し、俺は聖さんに視線も合わせられないままエア巻物を返し、熟れた頬もそのままに新しく現れた女性に視線を合わせる。
女性は、個性的な髪色をしているのが印象的だった。
黄色と黒とのツートーンカラーで、頭の上には赤い大きく開いた花が乗せてある。
金色の瞳に僧侶らしい白と紅の着物に、虎柄の腰巻をしているのを見て、そうか、髪色は虎を表しているのか、と俺は内心理解した。

「寅丸星と言います。星とお呼びください」
「あ、はい、俺は七篠権兵衛と言います。権兵衛、と呼んでいただければ」

 と言う星さんの気は、何ともよく分からない感じだった。
妖怪と言われれば妖怪なような気もするし、神と言われれば、首をかしげつつもそうかと納得できるような。
神だとすれば一大事である、早速俺は口を開く。

「その、失礼ですが、貴方は神様でしょうか?
俺には“名前が亡い程度の能力”があります、未だ制御できず、神の力を奪ってしまう事になってしまうのですが」
「あぁ、なるほど、先ほどから何だか妙な感じがすると思えば、そうだったのですか」

 流石に、目の前が真っ暗になるのを俺は感じた。
全身が震え、思わず唇を噛み締める。
そうとなれば、俺は命蓮寺に留まる事はできない。
神奈子様の慌てようを考えれば、一日二日でも大きな影響があると推測できる。
となれば、この魔力の尽きた状態で俺は一人で出なければならないのか。
いや、出なければならないのだ、と決意した辺りで、こほん、と聖さんが咳払い。

「星、もう少しきちんと説明してあげてください。
権兵衛さん、真っ青になっていますよ」
「へ? あっ、うっかりしていました、改めて自己紹介します。
私は、毘沙門天の弟子である妖怪なのです。
確かに神力の減衰は感じますが、神そのものではないからか、然程影響があるとは思えないのですが……」
「あぁ、って、ええ?」

 成程、と先ほど感じた感覚に納得しつつも、その結果に思わず首を傾げる。

「俺が以前山の神様である神奈子様に出会った時は、丸一日と経たずに出ていって欲しいとまで言われる程、強力だった筈なのですが……」
「えぇ? 神道系と仏教系の神の違いでしょうかね?」
「それとも、あくまで本人ではなく弟子であるからかしら?」

 と、三人揃って首を傾げるが、特にこれといった答えは出てこなかった。
一先ずほっとした所で、俺の来歴について少し話す。
すると、星さんは同情してくれたようで、泣きそうな表情になった。
手があやふやな動きをして、何かしてやりたいが、何をすればいいのか分からない、と言う星さんの思考が容易に読み取れる。
俺が話を終えると、早速星さんは口を開いた。

「そ、そんな事が……、さぞかし辛かったでしょうに」
「いえ、今は確かに俺が辛いかもしれません。
けれど、誤解が解けた時には、里人の皆も辛くなる事でしょう。
そんな時、頼りになるのは貴方達のような存在なのです。
俺の振りまいた誤解で迷惑をかける事になると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 と言い頭を下げる。
事実、俺の傷は治る物ばかりである。
石を投げられた傷も体中にあるものの、所詮は石を投げただけである、然程大きな傷は無いし、目などが傷つく事は無かった。
流石に全身を火傷はしていたが、それもすぐに助けられたからか浅い火傷で済み、治癒の術で治せる範囲だった。
既に見苦しくないようにと顔は治癒してあるし、体の火傷もあと数時間もすれば治る計算である。
対して里人の、石を投げ火を放ってしまったと言う罪悪感は、決して消える事は無いのだ。

「いっそ、俺がこのままひっそりと隠れてしまえれば、それが簡単な解決法なのでしょうが……」

 そうすれば、里人の誤解は解けずとも、その罪悪感を掘り起こしてしまう事は無い。

「俺には里との交流無しに自活できる程の力が無く、そこまで行くには、先生の言葉からしても2~3年は必要かと」

 と言う訳だった。
一応里との交易無しに生活する事は、一度冬を過ごしてみないと何とも言えないが、予測からすると何とかなると思う。
問題は、俺に自衛能力が十分に備わっていない事だった。
先のような理性の無いはぐれ妖怪にすらギリギリ勝てる程度では、何時妖怪に負けて捕食されてしまうか分からない。
輝夜先生曰く、白黒レベルまであと2~3年だと言う。
その白黒が何を指すのかは分からないが、外で自活できる指標ではあると聞いている。

「流石に、そこまでの期間を運に頼って生活するのは、死にに行くような物です。
死ぬのは当然嫌ですし、何より俺はこれまで多大な恩を受けて生活していると言うのに、それを返さずに死ぬのは我慢がなりません。
しかし、かと言ってどうすればいいのか……」

 と、そこまで続けて、俺が一人で喋っている状態になっている上愚痴になっている事に気づき、一旦言葉をきる。
二人を見ると、何故か目が輝いて見えた。
すっと腰を上げ上半身を乗り出し、聖さんは俺の手を取り握る。

「感服いたしました」

 あれ? なんか何時もと逆な気がするぞ?
そう内心で首をかしげつつ、はぁ、と生返事をする俺。

「私達に迷惑をかけないようにと言うその謙虚な心と、あくまで自分よりも里人を心にかけるその優しさ、素晴らしい物です。
貴方が心の底では里人に恨みを抱いているのでは、と思っていましたが、誤解でした。
貴方のように公明正大な人間を疑った事、深く謝罪いたします」
「あ、はい、その謝罪、お受けします。
しかしそうお考えになるのは当然の事ですし、気にしていませんよ」

 と言いつつちらりと少し視線をずらすと、俺に手を伸ばそうとして聖さんに先を越され、空を掴む星さんの姿が。
寂しそうに空中で手をにぎにぎとするその姿があまりに哀れで声を掛けたくなるが、それに先んじて口を開く聖さん。
おざなりに対応する訳にもいかず、聖さんに精神を集中する。

「あぁ、矢張り貴方は清い心の持ち主だ。
貴方と会えて、良かった」
「いえ、そんな、清い心だなんて……」

 流石にこれは普通に赤面してしまう。
布団を引き上げようにも上半身を起こした姿勢なのでそれもできず、思わず両手で顔を覆い隠してしまう事になった。
そうすると、そんな俺の格好が滑稽だったのか、くすくすと微笑む聖さん。
暫く赤面したままでいた後、ふと星さんの事を思い出して、ちらりと視線をやると、なんとも言えない顔で俺と聖さんを見比べていた。
声をかけようとすると、再び聖さんの声がそれに先んじる。

「では、もう一人連れてきますね」

 と言って立ち上がってゆくのを見送ってから、何となく星さんと目があった。
沈黙が間に横たわる。
そうなると、口の回らない俺は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
星さんも何から切り出せばいいのか分からない様子で、何か口にしようとしては、もごもごと言葉にしないまま消えてゆく。
それでも無言のままと言うのも気不味く、何とか俺は口を開いた。

「あのっ」

 と、次ぐ言葉は互いに輪唱した。
またもや気不味くなって、少しのあいだ、お互い沈黙する。
すると、星さんが手を差し出し。

「その、権兵衛さん、そちらからどうぞ」
「あ、はい……」

 と言っても、とりあえず口を開いてみただけなので、何を言えばいいのやら、と混乱する。
その果てに口を衝いて出たのが、これであった。

「い、いい天気ですねっ」

 当然部屋の中からは外が見えない。
なんとも言えない沈黙の中、ぼそりと星さん。

「今日は、生憎雨のようですが」
「~~~っ!」

 恥ずかしさのあまり、俺はぼふん、と顔を布団に押し付け、小さくもがいた。
そういえば朝から雨だったじゃないか、と今頃になって思い出す俺は、なんと阿呆なのだろうか。
泣きそうになりつつ何とか上半身を上げる。

「そ、その、そちらは何でしょうか」

 と言うと、明らかに星さんは動揺した。
その場で本当に小さく飛び上がり、慌てて視線を四方八方にやる。
それから出てきた言葉が、これであった。

「や、やっぱり何でもなかったです」

 またもや、なんとも言えない沈黙がそこに横たわった。
頭から煙でも出そうなぐらい顔を赤くして俯く星さんは、何というか、毘沙門天の弟子と言う剛健そうな肩書きに似合わず、可愛らしかった。
何だか微笑ましい気持ちが出てくるのと同時、星さんを見ると俺の醜態にくるりと返ってくる物があり、こちらも赤面してしまう。

 この寺には赤面する成分でも含まれているのだろうか、などとくだらない事を考えていると、失礼します、と扉が開いた。
人影が一つなのは、星さんの時は俺の“名前が亡い程度の能力”と言う注意事項があった為なのだろう、聖さんはすぐに他の人を呼びに行っているようである。
姿勢を正すと、聖さんが連れてきた人が見えた。
灰色の髪に頭の上にある丸い耳、赤い瞳に幼い顔。
黒と灰色のワンピースからはまたもや灰色のしっぽが覗き、くるんと丸まっている。
その特徴的な容姿に劣らず、首からかけられた青い菱形の宝石が印象的だった。
す、とスカートを折りたたんで座り、背筋のぴんとした姿勢で彼女が口を開く。

「やぁ、初めまして、私は妖怪ねずみのナズーリンだ。
ご主人様の星共々、よろしく頼むよ」
「はい。俺は外来人の、七篠権兵衛です。こちらこそよろしく」

 何というか、威厳ある所作であった。
対して感じる力は弱く、もしかしたら俺よりも弱いかもしれないぐらいである。
とすると、この威厳はナズーリンさんの知性によるものが大きいのだろうか。
そう考えると尊敬の念が湧いてきて、思わずナズーリンさんを憧憬の目で見る。
それからナズーリンさんの言葉を反芻して、早速疑問が湧いた。

「所で、ご主人様と言うのは?」

 失礼な話だが、正直可愛らしい星さんよりもナズーリンさんの方により威厳を感じてしまう。
それなのにナズーリンさんの方が手下であると言うのは、一聴して妙に感じる響きであった。
勿論、力の大きさを考えれば当然の話なのだが。
ちらりと視界の端に星さんを見やりながら言うと、ナズーリンは一つ頷き、快く答えてくれる。

「あぁ、私は毘沙門天の部下でね。
それで、その弟子たるこのおっちょこちょいなご主人様の手下をやっているのさ」
「おっちょこちょい?」

 そうなのだろうか、と素直に星さんに視線をやると、ぱくぱくと口を開け閉めしながら、真っ赤になっていた。

「な、なな、ナズーリンっ! お客様の前でなんて事言うのですかっ!」

 思わず、と言わんばかりに大声を上げる星さん。
対するナズーリンさんは、やれやれ、と両手を掌を天井に向けながら上げつつ、溜息を一つ。

「おや、ご主人様、これはご主人様を想っての事なのだよ。
何せご主人様にうっかり癖はあるのは本当の事だ。
ならばそれを直さねばならないが、それには長い時間がかかる。
しかしそれでは毘沙門天の威厳に関わってしまうので、まずはそれを隠す事を覚えねばならない。
例えば、こんな時に反応せず、受け流してしまえるぐらいにはね。
私がしているのは、その為の訓練なのだよ」
「な、なるほど」

 と、それで納得して頷く星さん。
当然、俺も納得の色を見せた。
確かに過剰な反応は、時にただ答える以上の雄弁さを持つ事がある。
俺もよくそれでからかわれる事があり、その度に恥ずかしい思いをしてきたのだが、それもまた斯様な深遠な理由があったのだろうか。
だとすれば、俺にそれを気づかせてくれた彼女は、まさに恩人である。
感謝しつつ、俺は笑みを浮かべて口を開く。

「どうやら、星さんは素晴らしい部下をお持ちのようですね。
こんなに主人思いの部下を持てるなんて……」
「は、はい、そうですね。
な、なんだか嬉しくてむず痒くなってきちゃいましたっ」

 と、感動を星さんと共有していると、そこにナズーリンさん。

「って、いや待て待て、権兵衛さん、本気で言っているのかっ!?」
「え? それは勿論、本気ですけれど」
「え? 今の何処に本気じゃない要素があったんですか、ナズーリン」

 星さんと同時に聞き返すと、ナズーリンさんは、天を仰ぎ、頭に手をやった。
あー、うん、と何やら呟きつつ、一度何だか疲れたような視線で俺を見る。
かと思えば、ナズーリンさんは、はっと何か思いついたようで、小さく手を打った。
何やらうんうん、と頷きつつ、俺へ視線をやる。
知的なそれが、何故か獲物を見る目に見えて、俺の背筋に悪寒が走った。

「うん、ちょっとだけ私の負担が二倍になるのかと思ったけれど、よく考えたら玩具も二倍になるんだ、嬉しい事だね」
「はぁ……」

 よく分からない事を言うナズーリンさんである。
首をかしげ、星さんに視線をやるものの、そちらも同じように首をかしげてこちらに視線をやっており、何も分かっていない事が知れる。
一体どんな思考がそこにあったのか、矢張り幻想郷の知恵者は頭がいいなぁ、と感心していると、失礼します、と再び扉が開く音がした。
今度は聖さんと一緒に部屋に入ってきた人へ、視線をやる。
セーラー服に身を包むその人は、破廉恥な判別方法ではあるものの、セーラー服を押し上げる膨らみからして女性であろう。
と、そんな風に判別しなければいけないのも一つ理由があって、その、何といえばいいのだろうか。
言葉を探すうちに二人が座り、セーラー服の女性が口を開く。

「こんにちは、私は船幽霊の村紗水蜜です。ムラサって呼んでくださいね」
「はい。俺は外来人の七篠権兵衛。権兵衛をお呼びください」

 と名前を交換して、俺はじっとムラサさんの顔を見つめる。
何とも言い難い感覚に襲われるが、しかしこの顔が正常な状態であるとすると、聞くのは失礼に当たるのかもしれない。
しかし、何らかの異常があってこうなっているのならば、逆に疑問に思わないようにするのが失礼に当たるのかもしれず。
とりあえず、俺は口を開く事にする。

「失礼ですが、まず一つお聞きしてよろしいでしょうか」
「はい? なんでしょうか」

 首を傾げるムラサさんの、その頭を見つめる。
その真剣さが伝わったのだろうか、唾を飲む音が聞こえた。

「その、何故、顔が……、UFOなのでしょうか」

 ずこぉっ、とずっこける音が四つ。
そう、ムラサさんの首から上は、何故か七色に光るUFOになっていた。
もしかして船幽霊とは元々こういう妖怪なのでは、しかしそれにしても未確認飛行物体との関連性は如何に、と考えていたのだが、この様子を見るに俺以外にはそう見えていなかったのだろうか。
首を傾げる俺を尻目に、早速立ち直ったムラサさんが、地の底から響くような声で言う。

「ぬ~~え~~っ!」

 とたんにムラサさんの背に巨大な錨が出現、天井に向かって放られる。
きゃん、と短い悲鳴と共に少女らしい影が墜落、同時にムラサさんの首の上のUFOが消え、本来の物であろうマリン帽を被った美しい黒髪の少女の顔が現れた。
と言っても、流石に口をひくつかせているその表情は怒りに満ちており、ちょっと触れたくは無かったが。
代わりに俺は、落ちてきた少女の方へと視線をやる。
落ちてきた時にぶつけたのだろう、顎の辺りを抑える少女は、こちらも黒髪の美少女であった。
首もとに赤いリボンのついた黒いワンピースで、丈は短くオーバーニーの黒ソックスを穿いており……。
そこまで見て、俺は思わず視線を逸らした。
それに気づかないまま、聖さんが苦笑気味に口を開く。

「この子は、封獣ぬえと言います。ほら、自己紹介」
「何よ、ちょっと悪戯したぐらいで……、あ、うん。
こほん、えーと、私は鵺の封獣ぬえ、ぬえでいいわ」
「あ、はい。俺は七篠権兵衛、俺も権兵衛と呼んでいただければ」
「って、何であんた目を逸らしてるのよ」

 と言われ、思わず顔を赤くする。
そう言われて気づいたのだろう、何故かと言わんばかりの視線が俺に集まった。
皆純粋な目で見てくるのが、心に痛い。

「その、…………………です」
「え、何? 聞こえないわよ」

 と、迫るぬえさん。
逸らしても視界に入ってくるそれから、必死で目を背けつつ、俺は言った。

「その、す、スカートがめくれ上がって、その……」
「――っ!?」

 声にならない悲鳴を、ぬえさんは上げた。
百八十度ターンし、スカートを直してから半泣きになりつつ俺に叫ぶ。

「エッチ馬鹿変態っ!」
「ご、ごめんなさい、破廉恥でごめんなさいっ」

 と謝る俺を尻目に、物凄い勢いで扉を開け放ち、飛び出てゆくぬえさん。
何というか、嵐のような子だった。
居なくなってしまうと凪いだように静かになり、沈黙が横たわる。
呆然としていた四人だったが、暫くしてからぽつりと聖さんが漏らした。

「えっと、他に一輪と雲山と言う子が居るんだけど、今は所用で出ているから、これで全員ね」
「あ、はい」

 再び沈黙。
今度は四人ともちらちらと俺を見てくるのが、何とも気まずい沈黙であった。
四人ともがなんだか赤い顔をして見てくるのが、更に加えて気まずく感じる。
これからこの女所帯で匿ってもらうのに、破廉恥な男と思われてしまっただろうか。
いや、しかし不可抗力なのである、と言う言い分もあるのだが、性的な問題は常に女性が正義である。
どうしよう、と内心青くなるものの、不幸中の幸いと言うべきか、視線は悪意を含んではいなかった。
代わりになんだか微笑ましく思われているような気がして、俺は耳まで赤くなってしまう。
唯一違う視線の色をみせるナズーリンさんも、何だか物凄い楽しそうな顔をしていて、本能が顔を合わせるなと警笛を鳴らす。
怪我人の体にも障るし、行きましょうか、と聖さんが言って四人が出て行った時には、思わず安堵から溜息をついてしまう程の物だった。



 ***



 その後昼食をいただき、俺は一人で命蓮寺の中を歩きまわっていた。
何にしてもいざと言う時はあるし、特に今は俺が里に邪悪な妖怪だと誤解されている状況なのである。
まだ満月を過ぎたばかりだからだろうか、既に五割近くまで魔力の回復した俺は、今のうちに寺の構造を把握させてもらう事とした。
里人が相談に来るかもしれず、また疑惑を晴らす為それを受けない事もできないが、奥の方にはまず人は来ないだろう、と言う事で、許可がもらえたのだ。
俺は脳裏に命蓮寺の構造を叩き込み、いざと言う時裏口などから逃げて、命蓮寺に俺を匿っていたと言う証拠を隠滅する準備をした。
同時並行して、俺はこれから何をすべきかと頭の中で整理整頓を始める。

 さて、匿ってもらえると言うのは素直に嬉しいのだが、しかし何時までとなると、これが問題である。
俺が自宅で過ごすには二つ問題がある。
一つは里人に見つかった時一溜まりもないと言う事で、もう一つは妖怪に対する自衛手段が不十分であると言う事である。
両方とも俺の力量の向上により解決できる問題なのだが、それにはあと2~3年はかかると言う。
流石にそこまでの長期間命蓮寺に世話になる訳にもいかず、必然、他の手段を講じる必要があった。

 と言っても。
幾つか案は考えつくものの、どれも他者の力を借りた物ばかり。
それも道具を借りて人払いの術を強力にしたり、護衛をしてもらったりぐらいしか思いつかず、前者は兎も角後者は多大な時間を裂いてもらう必要があり、非現実的だ。
自活する事すら誰かに過剰に寄りかからねばできないと言う現実に、絶望感が漂ってきた。

 せめて、答えの見つからないままにしても、此処に匿ってもらい続けると言うのはやめよう、とだけ思う。
幾つかある俺と関係の深い場所の中でも、此処は最も精神的に人里に近い場所の一つである。
人里との交易が全くない知り合いと言うのが居ないので、匿ってもらう上で多大な迷惑をかける事は確定なのだが、比較論で言うとそうなる。
同じ理由で里に薬を供給する永遠亭も駄目だし、妖怪退治を依頼される博麗神社も駄目、里でよく人形操りをすると言うアリスさんも頼れないだろう。
文さんは天狗の社会性を鑑みるに相当な負担をかけてしまう事になるし、慧音さんはそもそも人里に住んでいるので論外、よく竹林で里人の護衛をすると言う妹紅さんも同じか。
当然、それ以前の問題で守矢神社も選択肢に入らない。
すると白玉楼と幽香さんの家と紅魔館があげられる。
一応三つとも候補にしつつ、更にその中で優先順位をつける事にした。
命蓮寺に俺が匿われていると疑われた場合、迷わず頼るべきだからである。
己の非力さに反吐が出そうになるが、強引にねじ伏せて続きを考える。

 白玉楼は妖夢さんが俺を切らずにはいられないのが心配である。
幽香さんは以前ひょんな事から衝動的に俺を傷つけさせてしまった事が少し心に残る。
紅魔館は知り合いの割合が最も少ない場所でもあり、軋轢を起こす可能性があるだろう。
とすると、この中では幽香さんの家が最適な逃げ場所だろうか。

 しかし逃げ場所とは、と、俺は自身に唾を吐きつけたくなる衝動に襲われた。
此処に到るまで彼女たちに死ぬほどの恩を貰っていると言うのに、これ以上頼りにするとは。
その上こんなふうに優先順位をつけてみると、まるで彼女たちを道具のように扱っているようで、自分の醜さに吐き気がする。
どうせ誰かの負担にならねば生きていけないと言うのなら、俺はあの火刑で死んでいた方が世の為だったのではなかろうか。
そこまで言わずとも、単純に醜い物が世界から一つ消えると言うだけで、充分に世の為であるかもしれない。

 はぁ、と一つ溜息をつく。
それから俺は、近くの柱に、強く頭を打ち付けた。
ガツン、と言う鈍い音が響く。
荒い息が喉奥から漏れ、耳朶の中を反響し支配する。

 それでは駄目だろうが、と俺は自分に言い聞かせた。
それではただの、卑怯者の逃げでしか無い。
俺は恩人達にこの恩を返すまで、死ぬに死ねぬ。
ばかりか、俺は幽香さんに何を教わったのか。
人のぬくもりがただあるだけで、どれだけの奇跡か知ったのではないか。
それによって、俺如きでも誰かの為になれるのだと確信を得たのではないか。
何時までも成長しない己に、怒りが込み上げてくる。
それを発散しようと、もう一度頭をぶつけようとして、それからこれが単なる自傷行為による自慰にしか過ぎないと気づき、やめた。
見ると、魔力の篭った頭突きは柱に少し痕を残してしまっていた。
後で聖さん達に謝らねば、と思いつつ、俺は視線を廊下に戻す。

「…………………」
「…………………」

 何故かぬえさんが、シェーのポーズで固まっていた。
以前てゐさんも同じ格好をしていたが、様式美か何かなのだろうか。

「えっと、驚かせてごめんなさいっ、その、これは……、ゆ、UFOが低空飛行してたので、撃墜の為にっ」

 言語系が大絶賛混乱中の俺の台詞は、訳が分からなかった。
言ってから、自分の言葉の意味不明さに顔が真っ赤に茹で上がり、思わずその場で身を抱きしめ、しゃがんで縮こまってしまう。
ば、馬鹿なのだろうか俺は。
UFOの時点で意味不明、撃墜の為に頭突きが必要な理由も意味不明、そもそも撃墜する理由も意味不明である。
半泣きになりつつちらりとぬえさんに視線をやると、何故か戦慄の表情と共に腰を落とし、戦闘姿勢で口を開いた。

「あ、あんたUFOと見れば即撃墜するのっ!?」
「あ、いえ、そういうわけでは無くて、その……」

 そういう訳では無いのだが、細かく説明すると俺のさっきの恥ずかしい自虐について語らなければならなくなる。
それは一体どんな罰ゲームだろうか。
そう思うと正直には言えないが、かと言って上手いかわし方が思いつかない。
頭の中がぐるぐるして、思考が思うように巡らない。

「え、じゃあどういう訳なのよ」
「えっと、その……」

 言え、何でもいいから兎に角言え、と思うのだが、頭の中が真っ白になって、何の言葉も思い浮かばない。
じわじわと喉の中から込み上げてくるものがあり、それを抑えるのに必死になり、余計に思考を回すリソースが減ってゆく。

「な、何よ、言っとくけど、私はUFOじゃないわよ」
「あの、その……ひぐっ」

 何だかよく分からない言い訳をぬえさんが言うが、それさえも頭の中に入らないまま、ついに俺の涙腺は決壊してしまった。
ぽろり、と涙が一粒零れてしまう。
一度そうなると俺の必死の防戦も脆いもので、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
あぁ、こんな事で泣くなんて、なんて俺は情けないんだろう、と思い、それが悪循環になって更に俺の涙を促進した。

「って、ええっ、あんたなんで泣いてんのよっ」
「うっ、ううっ、そ、その、ごめんなさいっ、こんな何でもない事で泣いてしまってごめんなさいっ」
「いや、謝らなくていいから、っていうか、謝る意味もわかんないしっ」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

 頭の中に少しだけある冷静な部分が、どうやら俺は里人に私刑にされた事で想像以上に動揺しているらしい、と判断する。
しかしそれもすぐに涙に流され、俺はしゃがみこんだままぽろぽろと涙を流してしまう。

「うっ、うっ、あ、その、廊下、ひぐっ、汚しちゃって、ごめんなさい」
「い、いいから、泣き止みなさいよっ、なんかこれ私が悪者みたいじゃないっ」
「ご、ごめんなさいっ」

 と言って、どうにか涙を引きとめようと、目の辺りにぐっと力を入れるものの、涙は止まらない。
ならば今度は、と瞬きを多くするものの、涙は次から次へと溢れてきて、止まる気配は無かった。
そのまま俯いて泣きじゃくっていると、ぽん、と頭の上に温かい物が置かれた。
不意を突かれ見上げると、優しげな表情でぬえさんが俺の頭に手を置いている。
黒曜石の瞳と、視線が交錯した。
交錯は一瞬、すぐに顔ごと目を逸らし、少し頬を赤くしてぬえさんが言う。

「そ、その、よくわかんないけど、とりあえず涙がある分だけ泣いちゃいなさいよ、撫でてあげるぐらいするからさ。
何時までも泣いていられちゃ、なんか私が泣かしたみたいで気分悪いし。
あ、でも胸は貸してあげないわよ、あんたセクハラ疑惑あるんだし」
「ううぅ、うぅ、あ、ありがどうございまず……」

 それだけで、充分過ぎるほどの温かみだった。
俺はそのまま、されるがままに撫でられつつ、暫くの間涙を流し続ける事になる。
誠に面倒くさい奴だったが、それに付き合ってくれたぬえさんは本当に優しく、里で悪意を受け続けた後だからか、その優しさが身に染みるようだった。



 ***



 それから少しして俺が泣き止む頃になると、気づけばぬえさんは何処かへと消えてしまった。
是非お礼を言いたかったのだけれども、彼女の部屋も分からない為、言いに行く事ができない。
それでなくとも、流石にあれだけ泣きすがった後となると、俺も恥ずかしくて、彼女に顔を合わせるには冷却期間が欲しい所であった。
なのでまぁ、ちょうどいいか、と思う事にし、俺は命蓮寺の探索を続ける事にする。
暫く歩いていって、頬の火照りが収まった頃に、俺は寺の庭園に差し掛かっていた。
午前中の雨はいつの間にやら消え去ってしまい、天気は快晴である。
雲ひとつ無い空の下、命蓮寺の庭園は見事な物であった。
鯉が泳ぐ巨大な池に、浮島のように点々とある石、その周りには冬にも尚映える枯れ木やししおどしなどが精密に配置されている。
石庭である白玉楼の名園とはまた違う趣のある、素晴らしい庭園だった。
思わず見入ってしまい、俺はほぉ、と溜息をつきつつその場に立ち尽くす。

 暫く庭園を眺めた後、ふと俺が周りに視線をやると、庭を挟んで反対側の廊下にムラサさんの姿が見えた。
ムラサさんと言えば初対面の出来事で元気なイメージがあったのだが、欄干に体重を預けてぼうっと庭の池を眺めるその姿は、何処か寂しげで、思わず手を貸したくなるような姿であった。
僅かな間、俺の中に迷いが生まれる。
俺如きが誰かに手を貸して、それを悪化させたらどうするのだ。
鬱陶しいぐらいに胸の中に付きまとってくる迷いである。
少なくとも俺は、今までにレミリアさんは救えている筈であった。
いや、救いと言う程でなくとも、手は貸せている筈だ。
それに多くの人に、本当に小さな物であるものの、恩返しは出来始めている筈である。
それでも何処か胸の奥に巣食う迷いに、俺は頭を振って迷いを払いつつ、ムラサさんの元へと歩みをすすめる。

「こんにちは、ムラサさん」
「……あ、権兵衛さん」

 声をかけるとムラサさんは虚ろな目に光を戻し、くるりと可憐な動作で俺に振り向く。
そして元気一杯と言わんばかりの笑顔を浮かべて、両腕を開いてみせた。

「どうですか、命蓮寺の自慢の庭園は。
美しい物でしょう、これはナズーリンとその部下のねずみ達が作ったんですよ」
「へぇ、流石はナズーリンさん、凄いですね」

 感心して一つ頷く俺に、ムラサさんもまるで自分の事が褒められたかのように笑う。
それからくるりと可愛らしい仕草でその場でターンし、再び庭へと体を向けた。
釣られて、俺もまた庭へと体ごと視線を向ける。

「結構大きい池でしょう。
ナズーリンのねずみ達が作業したのですが、鯉を入れたら食べようとしちゃって、聖に怒られてたっけ」
「はぁ、ナズーリンさんの部下なのに、ですか」

 ナズーリンさんと言えば、会って間もないが、知的と言う印象がある。
それが観賞用の鯉を食べてしまおうとすると言うねずみの行動には、あまり結びつかない。
そんな俺の表情を悟ったのか、くすり、と小さく笑ってムラサさんは言う。

「まぁ、ねずみは食欲旺盛だからね。
チーズなんて赤色の薄い食材は食べたくないんだそうです」
「バチが当たらなければいいんですけどね」

 なにせ鯉と言えば、祝い事に使われる食材でもあり、供え物とされる事も多い。
となると当然、神様は自分の食べるであろう鯉を見定めている事もあるだろう。
それを目の前で掻っ攫ってしまう事となれば、不興を買ってしまうのではないか。
そんな風に心配する俺を、安心させるような笑顔を浮かべるムラサさん。

「大丈夫、此処の祀っている毘沙門天様は忙しくて滅多に来れません。
その弟子の星だって、実はナズーリンに頭があがらない所もあるんです。
それに、何より……」

 一度、言葉を切ってからムラサさんは庭園の池へ視線をやる。
小さく溜息をつきながら、少し困った風に言った。

「聖も、居るしね」

 そうやって続けるその姿は、何処か寂しげで、辛く、今にも崩れ落ちそうなように見える。
触れない方がいいのでは、と思い、そっとしておく事も考えた。
が、ムラサさんのその虚ろな表情を見ると、今すぐ助けねばならないのでは、と言う衝動に駆られる。
本当に俺ごときでムラサさんの助けになれるのか。
むしろ状況を悪化させる事になりはしないのか。
そんな風に内心を込み上げてくる弱音を振り払い、俺は口を開いた。

「ムラサさんは……、聖さんの事が好きですか?」
「え? も、勿論よ、あの人に救ってもらえたから、今の私があるんだもの」

 反応してムラサさんは、素早く体ごと俺の方に振り向き、何度も繰り返すように首を縦に振る。
動揺しているのだろうと、一目見て分かる所作であった。
思わず目を細め、俺は続けて言う。

「……そうですか、それならいいのです。
これは、勝手な想像なのですが……。
聖さんは、多くの妖怪に慕われていらっしゃる。
それは噂でも、此処での姿を見ても、納得のいく事です。
ですがだからこそ、ムラサさんが自分を押し殺して、聖さんに相談する事を躊躇しているのではないか、と思いまして」

 ムラサさんは、高い頻度で瞬きをし、両手を胸に当てながら、小さく肩で息をした。
それから俯き、小さな声で言う。

「どうして、そう思ったのかしら?」
「ただの勘です。
その、俺は生まれついての鈍感なのですが、最近は傷ついた人を見る機会が多くあって、それで目が鍛えられたのかもしれませんね」
「何よ、それじゃもう鈍感じゃあないじゃないの」

 言いつつ、ムラサさんは視線を上げ俺を見据えた。
くすり、と微笑むムラサさんは、その笑みさえも虚ろで、目の光が消えたような感じであった。
痛ましい姿に、目尻にぐっと力が入る。

「もし、そうだとしたら。
その、俺如きじゃあ相談相手として心許ないかもしれませんけれど。
でも、その、話を聞く事ぐらいなら俺にはできます。
俺で無理なら、他のナズーリンさんや星さん、ぬえさん達にでもいいです、是非誰かに話を聞いてもらっては如何ですか?
誰かに何かを言うだけでも、少し心は軽くなるものです。
悩みの解決とまではいかずとも、その助けぐらいにはなれるのです。
ですからどうか、何か話してはいただけませんか?」

 身振りを交えた言葉を俺が言い終えると、暫くムラサさんは天を仰ぎ、その場で立ちすくんでいた。
緊迫した、糸の張り詰めたような空気が空間を満たす。
どんな返事が返ってくるものか、返事の色によってどんな反応を返そうか、頭の中で色々を考えていると、不意にぽつり、とムラサさんが言葉をこぼした。

「仕方ない事なのよ、私と言う存在にとっては」

 それを枕詞にして続きがついてくるものと思い、俺は身構えた。
が、どうやら言葉はそれで終わりらしく、ムラサさんは体ごと庭園に視線をやる。
それ以上は、話すことでは無い、と言う事か。
まぁ、会って一日と経たない男に話すような事では無かったのだろう、と思い、僅かな寂しさを感じつつも、ムラサさんの視線の先を辿る。

 するとどうやら、ムラサさんは池の方を眺めているようだった。
もっと言うと、鯉ではなく池そのものを、それも石が少なく底が深そうな部分を見ている。
それを見て、そこだけミニチュアの海のようだな、と思い、俺はふとムラサさんの言葉を反芻した。
“私と言う存在にとっては”。
ムラサさんと言う存在は何だったかと言うと、勿論船幽霊である、と言う言葉が返ってくる。
船幽霊とは何か。
柄杓で水を組み入れ舟を転覆させ、人間を自分の仲間にする妖怪である。
それを考えると、ムラサさんは此処の所、舟を転覆させていないのではないか、と言う想像が俺の胸を過ぎった。
何故ならこの幻想郷には海が無く、また湖にしても妖怪の山の麓にあり、しかも岸に紅魔館があるため、舟を使うどころか近づく事すら稀だからだ。
勿論人妖平等を謳う命蓮寺の仲間である、元々人を殺すような事は無かろうが。
それを思えば、俺に一つ思いつきと言う物があった。
よって、俺は口を開く事にする。

「ムラサさん、もしかして、此処の所、舟を転覆させるような事はしていないのではないですか?」
「え? うん、まぁそりゃそうですけど、なんで?」
「その、俺の想像でしかないのですが……」

 と、俺の想像を口にすると、ムラサさんは少し驚いたように目を見開いていた。
当たらずとも遠からず、と言う所だろうか。
その反応を確認してから、俺は口を開く。

「もしそうなら、俺にその欲を発散させる思いつきがあります。
例えば俺の友人に一人、斬る欲を発散する為に、生き物をうっすらと斬る事を繰り返し、その欲を発散させていた子が居ます。
それと同じように、無人の舟を、転覆させてしまえばいいのです。
そうすれば、貴方の欲は、完全とは言えずとも発散させる事ができるのではないでしょうか」
「……うん、そうか、も」

 と言って顎に手をやり、俯いて思索にふけるムラサさん。
しかし、すぐに面を上げ、苦い顔で言った。

「いや、やっぱり駄目です。
無人とは言え舟を転覆させる所を見られたら、聖に迷惑がかかる。
それにその舟だって、何処から調達してくる気かしら?
この幻想郷には舟を浮かべる人なんていないと言うのは、貴方が言った台詞よ?」

 返ってくる内容は、どちらも予想の範疇にある物だった。
なので俺は、笑顔で返事を告げる。

「それなら大丈夫です。
場所なら今此処の池を借りれば、小舟ぐらいは浮かべる事ができるでしょう。
そして舟なら……」

 言って、俺は天に手を掲げる。
そして回復した穢れない魔力の殆どを注ぎ込み、形作った。
初め光は、楕円形の珠であった。
それが上半分を切り取ったような形になり、そこから徐々に鋭角に、中を繰り抜き腰掛けを残して取り去られてゆく。
そこから俺は、舟を見た記憶の無い俺ではリアリティのある舟を作れないと考え、ムラサさんの思い描く舟の想像を拝借した。
想像とは内なる力であり、内なる力に干渉するのは月の魔力の得意技である。
当然その想像に沿った舟が創りだされてゆく。
最後に出来たのは、簡素な舟の形をした、月の魔力の塊であった。
穢れ無き狂気に満ちたそれは、本来なら妖怪と言う妖怪を狂わせる狂気の波長で出来ているのだが、俺の手によってコントロールされている現在、狂気は毛ほども感じられない。

「俺が、作りますとも」

 そう言って俺がムラサさんへと笑顔を向けた。
ムラサさんは、目を限界まで見開き、呆然と舟を見つめていた。



 ***



 村紗水蜜は、船幽霊だった。
はるか昔、海で舟が転覆して亡くなった、人間の霊である。
その時ムラサは一体何をしていたのか。
舟で何処かを目指していたのか、それとも漁でもしていたのか。
それすらムラサ自身も詳しくは覚えていないが、命を落としてから初めて意識が戻った時、何かが足りないと思ったのは覚えている。
ぼうっとしたまま海を漂い、付近を通過していく舟を見ているうちに、ムラサはその舟が足りない物なのではないかと思った。
しかし近づいて見てみると、いや、違う、と言う念がムラサを支配する。
そう思うと、ムラサは急に目の前の舟に憎しみに近い念を感じた。
自分でもぞっとするぐらいの、深い憎悪。
気づけばムラサは、鬼のような形相となって、手で水をすくってその舟を沈めていた。
肩で息をしながら、ついに舟が転覆した時、ムラサはやっと我に返り、自分のしていた事に気づいた。
なんて事をしてしまったんだろうと顔を覆い、許されることではない、と己を責めた。

 しかしムラサは、それからも舟を転覆させ続ける事に抗えなかった。
最初は海を離れようとしたのだが、何か海に探している物があるような気がして、どうしても離れられなかったのだ。
通りがかった舟を転覆させる毎日を送り、そのうちにムラサは船幽霊として人間たちに恐れられるようになる。
そうなると、人間の恐怖がムラサを縛り付け、海を離れられないばかりか、舟を見かけたとき転覆させずに通す事すらもできなくなった。
ムラサは、絶望した。
己は此処から永遠に離れられないのか。
己はこれから舟を転覆させ続ける事しかできないのか。
そんな、呪われた所業を続ける他ないのか、と。

 そんな折、ムラサへと旅の空飛ぶ妖怪からの噂が耳に入る。
何でも、場所に縛られた妖怪でも、その格が上がれば何時かはその場所から離れる事ができるのだ、と。
その噂が、ムラサの唯一の希望であった。
人を殺し舟を転覆させ続ける事しかできない呪われた海から離れようと、それだけを望みにムラサは舟を転覆させ続ける。

 聖と出会ったのは、そんな折であった。
最初は高名な僧侶として自分を退治しに来ると聞き、ムラサは希望に胸湧いた。
何故なら、そんな高名な僧侶を載せた舟を沈めれば、妖怪の格が大幅に上がり、自分はついにこの呪われた海から解放されるのではないか、と思ったのである。
そう意気込んだムラサだったが、僧侶の乗る舟は呆気無く沈められてしまった。
こんな相手では自分の格が上がるまい、と落胆するムラサの目の前に、それは現れた。
聖と、彼女が乗る光り輝く舟であった。
しかもその舟は、昔ムラサが載っていた、自分の舟であったのだ。

「貴方はこの舟を探していたのでしょう? だから違う舟は全て転覆させてきた」

 笑顔を浮かべながら手を差し伸べる聖は、さながら後光が差す仏のようであった。
涙しながら、ムラサはその手へと手を伸ばす。

「この舟を操るのは貴方です」

 その言葉で、ムラサは救われた。
呪われた海から解放され、殺人からもまた解放されたのである。
それからのムラサはただの船幽霊ではなくキャプテン・ムラサ。
光の舟を操る、船長となったのだ。

 聖の元に居る時は楽しかった。
聖が時折遠方からの救いを求める声に答える時など、ムラサは光の舟を操り聖を送った。
再び舟を操る感覚に、そして誰かを乗せて運ぶ感覚に、ムラサは涙さえ零したのであった。
仲間も素晴らしい仲間が居た。
ちょっとうっかりしている星に、真面目で要領の良い一輪、頑固な雲山、頭の良いナズーリン。
他にも山ほどの妖怪が聖を慕い、聖もまたそれを受け入れていた。
それはまさに、黄金のように輝かしい時間であった。

 しかしそんな時間は、数十年しか続かなかった。
聖は人間に封印され、ムラサ達は地底に封印された。
光の舟、聖輦船は未だ手にあったし、仲間も多くは共にいたものの、矢張り自分を救ってくれた聖が居ないのはとても寂しく、辛い事であった。
だから間欠泉により飛倉と共に地上に出てきた時、ムラサは星に協力し、聖を復活させる為に飛倉を集め始める事にした。
そして博麗霊夢の介入を経て、聖はついに復活する事になる。
これで、またあの黄金の時代が蘇るのだ。
そう思うとムラサは胸が熱くなったし、興奮を抑えきれず、感動に咽び泣きさえした。
そんなムラサの目の前で、聖は聖輦船を改装して寺にした。
ムラサの舟は、その原型を無くしてしまった。

 ムラサは愕然とした。
ムラサが呪われた海から解放されていたのは、聖輦船があったからである。
それがなくなってしまえば、再び呪われた海へ舞い戻らねばならないのではないか。
最初そう思ったものの、どうやらムラサはまだ海を離れていても活動できるようで、かつての海に戻される事は無かった。
それでも、自分を救った舟がなんでもないように寺にされてしまったのは、ショックであった。
ムラサは動揺しつつも、しかしすぐに聖は自分に法力で舟を作ってくれるだろう、と信じ待つ事にする。

 一週間が経った。
新しく建てた寺の管理などで忙しい聖に、やきもきしつつもムラサは黙って待っていた。
一月が経った。
ムラサは、自分が精神的に消耗している事に気づいた。
何せ船幽霊は、舟を沈めるのが役割なのである、ムラサがそれを果たさずに済んでいたのは、聖輦船があったからに過ぎない。
妖怪にとって精神的な消耗は、寿命を縮める行為である。
このまま気付かれなければ、自分はゆっくりと死んでいってしまう事に気づき、それでもムラサは聖が何時か気づいてくれる事を信じて待った。
自分から言い出す事も考えたが、ムラサはどうしても恩人である聖相手に我儘を言えず、結局言えなかった。
精神的な傷がムラサから積極性を奪っていたのも、一因だったかもしれない。
そして半年が経っても、まだムラサには自分の舟がないままであった。

 そして今、権兵衛がムラサに舟を作った。
しかもその舟は、昔ムラサが乗っていた、自分の舟なのであった。
聖の作った聖輦船より、力の格では劣るかもしれない。
しかし聖輦船以上に穢れ無き気配があり、そして聖輦船以上にムラサの舟に似ていた。
本物と二つ並べてどちらが本物かと問われれば、こちらを選んでしまうかもしれないぐらいに、である。
その本物以上のリアリティに、ムラサは固唾を飲んだ。

「権兵衛さん……」
「はい?」
「乗ってみて、いいですか?」
「はい、それは勿論」

 笑顔で権兵衛は答えた。
ふらふらと欄干を乗り越えようとするムラサ。

「お手を拝借」

 その手があまりに危なっかしい動きだったからだろうか、権兵衛が手を貸し浮遊、穢れ無き舟の上までたどり着く。
震えるムラサに心配そうな目を向けつつ、権兵衛とムラサは穢れ無き舟へと足を下ろした。
軽く舟が揺れる。
水面に波紋ができ、円形に広がってゆく。
波紋と波紋がぶつかり合い、小さな小さな波が出来た。
ムラサは、自分の息が荒くなるのを感じる。
オールを軽く動かし、舟のバランスを取ると、それも落ち着いた。

「ど、どうでしょうか、沈めたら欲を満たせそうな舟でしょうか?
一応、頑張ってみたんですけれど」

 と言う権兵衛は心配そうな表情で、あぁ、そういえばこいつは沈める為に舟を作ったんだな、とムラサは思った。

「ううん」

 と、ムラサは首を横に振る。
ムラサが沈めたいのは自分の舟では無い舟なのだ、こんなに自分の舟と同一な舟を沈めるなんて、とんでもない。
権兵衛が目を見開くのに、権兵衛の手を握ったまま腰を下ろし、ムラサは言った。

「これは沈めなくていいんですよ。
ううん、これは浮いていて、私の物だからこそ、価値がある。
ねぇ、権兵衛さん」
「はい?」

 首を傾げる権兵衛に、両手を合わせてムラサは請う。

「この舟を、いただけませんか?」

 全身に溢れる感動が、ムラサに涙を流させていた。
絶望的な状況から救われたと言う思いが。
これからまたあの黄金の時代に戻れるのだと言う思いが。
そして何より、これから自分はあの呪われた海に戻らないかと心配しなくていいと言う思いが、ムラサの全身から溢れ出す。
何の対価も示さずにただ欲しいと言う、はしたない言動であると自覚しながらも、それをムラサは止められなかった。

 これで。
もしこれで断られてしまったらどうしよう、とムラサは思う。
救われたかと思ったこの瞬間に精神を落とされれば、ムラサはその場で消滅してしまうかもしれない。
正に今、ムラサはその生命を権兵衛の掌の上に乗せていた。
それなのに、そんな事は心配いらないとばかりに、権兵衛は笑顔を作ってみせる。

「勿論、かまいませんよ。
これでこの舟は、貴方の物だ」
「――……あ」

 まさに救いの言葉であった。
何時かの聖と重なる権兵衛は、その力こそ聖よりも小さいけれども、その聖人性は聖を超越しているようにさえ思える。
舟の穢れ無さがそう思わせるのか、それとも聖の気づかなかったムラサの不調に容易く気づいたことがそう思わせるのか、どちらか分からないけれども、兎も角。
光り輝く船の上、権兵衛は誰よりも聖なる人間であるように、ムラサには思えた。
救われたのだ。
実感が遅れてムラサを襲い、喉の奥から熱い物が込み上がってくる。

「う、うぅ……」
「む、ムラサさん?」

 衝動に駆られて、ムラサは目の前の権兵衛に抱きついた。
思ったよりも、権兵衛の肉が硬い事に、少しだけムラサは驚く。
体温が高めなのか、抱きついていると触れた部分から暖かさが伝わってきて、心地良い。
鼓動が伝わってきて、ムラサは権兵衛の心臓の鼓動に合わせてしゃくり上げる。
ムラサは嗚咽を漏らしつつ、顎を権兵衛の肩に載せ、頬を擦り合わせる。
乳房を押しつぶすぐらいの力強さで権兵衛を抱きしめ、服を確りと握りしめた。

「わ、私、こ、このままじゃ死んじゃうんじゃないかと思ってて」
「………………」
「だ、誰にも、うぅ、相談できなくって」
「………………」
「でも、わ、分かって欲しくって」
「………………」

 ムラサが弱音を漏らすたびに、権兵衛もまたムラサを抱きしめる力を強くしてくれる。
少し痛いぐらいの力加減が、むしろ強固に自分を引き止めているように思え、心地良かった。
そんなムラサへ、権兵衛は優しく告げる。

「大丈夫」

 と、権兵衛は言った。
ぐ、とムラサは権兵衛の服を握りしめる力を強くする。

「もう大丈夫です、貴方は救われたんです」
「――う、うん、大丈夫」

 そう告げると、ムラサはようやくこれで自分は大丈夫なのだと思え、涙の勢いを強くした。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

 そう唱え続けていると、何だかだんだんと落ち着いてきて、ムラサは権兵衛を抱きしめる力を緩める。
それから顔を少し下にずらし、権兵衛の胸の辺りにくっつけるようにして抱きついた。
そうすると権兵衛の鼓動がよりよく聞こえるようになってきて、ムラサは少し安心する。
どくん、どくん、どくん、どくん。
ムラサの唱える大丈夫と同じリズムで権兵衛の心臓が鳴り響く。
そうなると、まるで権兵衛の心臓の鼓動が子守唄か何かであるかのように、ムラサの心は安らかになっていった。

 だからムラサは、本格的に寝入ってしまう前に、と掌を権兵衛の心臓がある辺りの背に当てる。
そうすると、僅かながら掌からも権兵衛の心臓の鼓動が聞こえて、より安らかな気分にムラサはなれた。
目を閉じ、ムラサは想像する。
赤黒い筋肉を束ねたような見目の心臓が、どくんどくん、と脈打つ光景を。
それがムラサの耳と掌の間に存在する光景を。

 それは例えようもなく美しい光景であるようにムラサには思えた。
てらてらと血が光を反射して輝く中、ただただ脈打つ心臓。
その一定のリズムはただ権兵衛の命そのものであると言う訳ではなく、それ以上に権兵衛の心の宿る場所でもあった。
今自分は、権兵衛の、あの聖なる心の鼓動を聞いているのだ。
そう思うと、ムラサは全身がかぁっと熱くなるのを感じる。
それでも権兵衛の体温からは離れたくなくて、むしろムラサは余計に権兵衛と密着し、服と服の間の隙間を無くすよう努めた。

 密着度が上がるに連れて、ムラサは少し息が荒くなる自分に気づいた。
権兵衛を、あの聖なる男の心の鼓動を今独占しているのだと思うと、正直言って興奮する。
あぁ、とムラサは思った。
あぁ、この鼓動が何時でも聞けたらいいのに、と。

 するとムラサの頭の中を、過る物があった。
権兵衛を常に携帯する言うのには無理がある。
権兵衛にも権兵衛の都合があるのだし、物理的に無理だったりもする。
ならば。
ならば、心臓だけ切りだしてコンパクトにしてしまえば、それで済むのではないか。

 思わず、ムラサは心臓の裏に当てている手に、少し力を入れた。
どうやら痛かったらしく、権兵衛が僅かに身じろぎする。
――だが、それまでであった。
ぞっとするほどの欲望に、ムラサは辛うじて耐えたのだ。
それは恩を仇で返す行為である上に、そもそもムラサには心臓を携帯したまま生かすような技術は無い。
もし、とムラサは思う。
もしも心臓を取り出しても権兵衛が生きていて、心臓も鼓動を続けるのであれば、今すぐにでもその心臓を抜き取ってしまいたかったのに。

 そうは思っても所詮はもしもの話。
だからムラサは、せめて何時でも権兵衛の鼓動を思い出せるように、その鼓動を覚えようと意識を権兵衛の心臓に集中させる。
どくん、どくん、と一定のリズムで鳴る心臓の音に、ムラサは少しづつ眠気を覚えるようになった。
瞼を閉じて体重を預けるうちに、意識がゆっくりと薄れてゆき、ムラサは泡沫の夢へと歩み出す事となる。
夢の中で、ムラサは切り出した権兵衛の心臓を、耳に当てて包帯で固定していた。
一日中ずっと権兵衛の鼓動を聴き続けられる日常は、文字通り、夢のような毎日であった。



 ***



 聖は、その場に立ち尽くしていた。
柱に手をやり、曲がり角から顔を覗かせつつ、視線は固定されたまま。
頭の中が真っ白になっていて、身動き一つ取らずに、ただただそこを見つめている。
視線の先には、池があり、その上に浮いた舟があり、そしてその上で抱き合うムラサと権兵衛が居た。

 ムラサの方は、安心して疲れが出てきてしまったのだろう、眠ってしまっている。
体を権兵衛に預けたままのその姿勢は、まるで幼子の笑顔のようにあどけない。
よっぽど安心しているのだろう、と聖はぼんやりとした頭の中で考えた。
視線が、僅かにずれる。
対し権兵衛は、すべての物を慈しむような慈悲深い笑顔で、ムラサの頭を撫でていた。
よっぽど上手い撫で方なのだろう、ムラサは時々権兵衛が撫でるのに合わせて、甘い声を漏らしている。
そんな権兵衛を、池の水面で反射した陽光が後ろから照らす姿は、正に後光が差しているかのようだった。

 不意に、聖は己が息を荒くしている事に気づいた。
柱を掴む手はぶるぶると震え、思わず入ってしまった力が柱にヒビを入れている。
それを見て、聖は怯えるように柱を掴んでいた手を離すが、同時に体のバランスを崩し、ガクッ、と膝と落とす。
今や聖は、掴まる物が無ければ立つ事すらままならなかった。

 聖が出歩いていたのは、たまたまである。
里から権兵衛を匿っている疑いがかけられているのだろう、何時もより多く来る参拝客に疲労の色を見せた聖に、星が休息を取るよう勧めたのだ。
肩こりや軽い頭痛を感じていた聖は、申し訳ないと思いつつもそれを承諾し、庭でも見ながら少し休憩するか、と寺の中を歩いていた。
そこで見つけたのが、ムラサに駆け寄るあの権兵衛である。
人格面で信頼できると感じたとしても、まだ会って一日と経っていないのだ。
それに聖は権兵衛を善人と断じたが、しかし聖の知る人間は、感心するほど良い面をする人でも、邪悪でおぞましい一面を持っている事が多い。
当然、権兵衛のあの自己犠牲の心が唯一無二の彼の本心であるとは限らず、邪悪な心が潜んでいるかもしれぬのだ。
よって悪い事などしないかどうか見させてもらおう、と聖は少しの間権兵衛を観察する事にした。

 簡単な、しかし気取られる事の少ない魔法を使い、聖は二人の言葉を拾う。
隠密性の高い魔法は、密かに妖怪を助け続けていた聖の得意魔法である。
当然権兵衛にもムラサにも気取られる事なく、その会話を耳にした。
最初は、あの明るいムラサに悩みがあったのか、と驚愕する程度で済んでいたが、それも話が進むうちに何とも言い難い感情へと変化してゆく。

 決定的なのは、権兵衛が舟を作り出し、ムラサに与えた場面であった。
かつての聖自身の所業が思い出され、そしてその舟を寺と化したのが自分である事を思い出す。
封印を解いてもらったと言うのに、その代償が救いの鍵を別物にしてしまうとは、なんという仕打ちか。
自分のした事を遅くも自覚する聖の前で、二人は抱き合い、ムラサは感涙を流した。
その光景は何とも清らかで、誰も穢してはならない光景に思え、聖は思わず後退りする。
最後にムラサが権兵衛に抱きついた辺りでもう限界で、聖は最早何も考える事も出来ず、呆然とその光景を眺める事しかできなかった。

 柱を支えに何とか体を持ち上げると、聖はゆっくりと後退を始めた。
頭が働かないが、その光景を見続けていると、自分の中の大きな物が崩れ落ちそうで、兎に角怖いのだ。
しかしその後退もほんの少しで止まってしまい、聖は権兵衛から視線を外せない事に気づく。
すっ、と聖は大きく息を吸う。
それから全身に力を入れ、渾身の力で首を曲げ、どうにか聖は権兵衛から視線を外した。

 数歩、何かあってもまず権兵衛の視界に入らない場所まで戻ると、聖は大きく溜息をついた。
力が抜け、柱に背を預けながら空を見上げる。
午前中の雨模様は何だったのか、今は雲ひとつ無い晴天である。
そんな真っ青な視界に、どす黒い物が沸き上がってくるのを聖は感じた。
今すぐ暴れて、何もかも滅茶苦茶に壊してしまいたい衝動に襲われる。
聖は再び爪が喰い込み血が滲む程に全身に力を入れ、それをやり過ごす。

 全てが去った後に残るのは、虚無感であった。
まるで自分の中から何もかもが無くなってしまったかのような感覚に、聖は顔から表情を無くす。
それでも視線だけは青空に、何も無い青空に。
ムラサに舟を与えるシーンが、聖と権兵衛の二人分、青空に写っていた。

 確かに、力こそ聖の方が大きい。
聖に毘沙門天の加護もあるからか、権兵衛に“名前が亡い程度の能力”による神の力の無効化があるからか、神力独特の荘厳な雰囲気も聖の方が上だ。
しかし。
だがしかし、である。
権兵衛の舟に感じるあの穢れ無さを聖に再現できるかどうかと言えば、出来ない。
ばかりか、聖には封印されていた千年の時を経て感じた、人間の悪辣さへの憎しみがある。
対し権兵衛は、里中に私刑にされ、妖怪に助けられて尚、人間への希望を捨てていなかった。

 劣等感。
今聖の感じている感情の名は、そう言う物であった。
その名を思うだけで、虚無感を押しのけ。狂おしい程の感情が聖の中で暴れ回る。
その男の名を、思わず聖は口にしていた。

「七篠、権兵衛……」

 声に出すと尚更、憎悪が聖の中で渦を巻く。
そして同時、こんな醜い嫉妬をしている自分が、権兵衛に敵う筈は無い、と理性的な部分が呟いた。
それがより一層聖の憎悪を深くし、それが益々権兵衛との精神的な格の差を大きくする。
悪循環であった。
増え続ける感情の発露に、思わず涙を流しながら、聖はぼそぼそと権兵衛の名を呟く。

 そうしているうちに、聖は庭園の池の方で動きがあったのを感じた。
恐らくは、ムラサが目を覚ましたのである。
すると当然、権兵衛は二分の一の確立でこちらへと来てしまう訳で、今の聖は権兵衛と直接顔を合わせたら自分が何をするのか分からない、と感じていた。
急ぎ、その場を離れる聖。
泣く寸前まで我慢した真っ赤な目で、急ぎ権兵衛から逃れるその姿は、腰が低くもムラサを救ってみせた権兵衛と比べれば、卑小で卑小で仕方ない。
それを自覚し、劣等感に身を包まれながらも、聖は走り権兵衛から逃げた。
それでも聖の前に権兵衛は立ちはだかるだろう。
遅くとも夕食時には権兵衛と顔を合わせねばならないのだと悟り、聖は泣きそうになるのを唇を噛んで堪えた。




あとがき
一輪・雲山には出張してもらいました。
聖が人妖平等を唱えている云々は星輦船txtを参考にしたオリ設定です。
多分、原作では言ってなかった筈。


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