<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.21873の一覧
[0] 【完結】【R-15】ルナティック幻想入り(東方 オリ主)[アルパカ度数38%](2014/02/01 01:06)
[1] 人里1[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:52)
[2] 白玉楼1[アルパカ度数38%](2010/09/19 22:03)
[3] 白玉楼2[アルパカ度数38%](2010/10/03 17:56)
[4] 永遠亭1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[5] 永遠亭2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[6] 永遠亭3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:47)
[7] 閑話1[アルパカ度数38%](2010/11/22 01:33)
[8] 太陽の畑1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:46)
[9] 太陽の畑2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:45)
[10] 博麗神社1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:44)
[11] 博麗神社2[アルパカ度数38%](2011/02/13 23:12)
[12] 博麗神社3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:43)
[13] 宴会1[アルパカ度数38%](2011/03/01 00:24)
[14] 宴会2[アルパカ度数38%](2011/03/15 22:43)
[15] 宴会3[アルパカ度数38%](2011/04/03 18:20)
[16] 取材[アルパカ度数38%](2011/04/11 00:14)
[17] 魔法の森[アルパカ度数38%](2011/04/24 20:16)
[18] 閑話2[アルパカ度数38%](2011/05/26 20:16)
[19] 守矢神社1[アルパカ度数38%](2011/09/03 19:45)
[20] 守矢神社2[アルパカ度数38%](2011/06/04 20:07)
[21] 守矢神社3[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:59)
[22] 人里2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:09)
[23] 命蓮寺1[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:10)
[24] 命蓮寺2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:12)
[25] 命蓮寺3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[26] 閑話3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[27] 地底[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:15)
[28] 地霊殿1[アルパカ度数38%](2011/09/13 19:52)
[29] 地霊殿2[アルパカ度数38%](2011/09/21 19:22)
[30] 地霊殿3[アルパカ度数38%](2011/10/02 19:42)
[31] 博麗神社4[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:32)
[32] 幻想郷[アルパカ度数38%](2011/10/08 23:28)
[33] あとがき[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:36)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[21873] 取材
Name: アルパカ度数38%◆2d8181b0 ID:099e8620 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/11 00:14


 射命丸文は、烏天狗であると同時、新聞記者である。
一応は社会的身分である烏天狗であると言う事の方が先に来る事実なのだが、彼女は他の天狗と違った。
天狗は天狗社会に隷属する事を強く意識した、社会性の強い種族であるのだが、彼女はその中でも特異に自己を優先させる、自由な天狗であった。
その自由奔放さ故に、彼女は他の天狗と違い、妖怪の山を離れてまで新聞のネタ探しをしており、その話を聞きつけたのも、ネタ探しの一環である。
話と言うのは、里で半人半霊が誤って人を斬り、その男を白玉楼まで連れて泊まらせているのだと言う事だった。
常日頃からネタに飢えている文である、早速その事について白玉楼の主に取材を試みたのだが、にべもなく断られてしまった。
これには、彼女も困惑する。
これまで何度か幽々子について取材などをした事はあるが、断られるような事は無かったのである。
これは大事件の匂いがする、と俄然やる気の出てきた文であるが、幽々子も妖夢もガードが固く、その男の情報は出ない。
白玉楼を見張ってみるものの、その男とやらの気配は既に無く。
得られたのは、里での取材での、その男の名が権兵衛と言うらしい事と、その権兵衛は里で悪評が流れている事ぐらい。
これはどうしたものか、と文が思い悩む頃、永遠亭の兎に騒がしい気配があった。
早速永遠亭にも取材に行くが、矢張り誰一人取材に応じる事は無い。
しかし文の勘が、この二つの事件は結びついているのではないか、と感じ、権兵衛の名前を兎相手に出して誘導尋問してみた所、どうやら永遠亭にもその権兵衛と言う男が来ていたらしい事が分かった。
が、意外に警戒心が強く、分かったのはそこまでだった。
そこで、文の捜査は行き詰まる。

 そんな折、文が耳に挟んだのは、一晩で里の近くに立派な屋敷が建ったと言う事件であった。
これはスクープだ、と早速足を運ぶ文であったが、驚くべきことに、その屋敷には霧になった萃香が漂っており、近づくなと文に警告してきたのである。
いよいよスクープの予感がする文であったが、しかし天狗は鬼に逆らえない。
それでも諦めず、何度か顔を覗かせる文であったが、そうしているうちに驚くべき事実を発見する。
萃香と言えども四六時中その屋敷を囲っている訳ではなく、入り込めそうな隙があり、その間を縫うようにして入り込もうとした文を、今度は月の頭脳の結界が阻んだのである。
驚きつつも、殺意の篭った攻撃に慌てて文は逃げ出したのだが、その後何度が来てみた所、この結界、決して月の頭脳が張っているとは限らなかったのである。
亡霊姫の蝶、吸血鬼の霧、屋敷を囲うように植えられた四季に関係なく咲く向日葵、時には歴史が食べられ見えなくなり、時には炎の鳥が飛び交っていた。
流石に確かめるには我が身が可愛く辞めておいた文であったが、そのどれもが半端な気持ちで張られた物では無かったと推察する。
恐らくはその屋敷には、彼女らにとって相当な重要人物が住んでいるに違いない。
白玉楼と永遠亭が関わっている事から、その男は権兵衛とやらと同一人物かもしれない。
そこまではどうにか文にも分かったのだが、それ以上はどうしても分からなかった。

 このまま記事にすべきか、と文は悩む。
正直言ってこのままではインパクトは、この記事を公開して幻想郷の有力者から恨みを買うリスクに比べ、正直言って低い。
できればもっと徹底的な、例えばその権兵衛とやらがとんだ女たらしで、幻想郷中の女を引っ掛けて、爛れた生活を送っているとか、そんな記事が望ましい。
勿論今の段階から推察できる記事としてそれぐらいは書けるが、できるならその生活に密着した取材ぐらいはしたいものである。
悩みつつも文はとりあえず記事を書いてみるが、矢張りパッとしない。
いや、普段の記事からして十分見ごたえのある記事ではあるのだが、リスクに見合う程の物ではないのだ。
普段、なんだかんだ言って幻想郷の有力者達から本気で恨みを買うような記事は書いていない文であるが、なんというか、この事件からは本気の危うさを感じるのだ。

「なんていうか、殺気が篭っているんですよねぇ……」

 思わずボヤく文。
弾幕ごっこと言う本気では無い争いがメインの幻想郷では、殺気と言う物は滅多に感じられる物では無い。
が、この権兵衛と言う男に関わる女たちの頑なさからは、何処か殺意に似た鋭さまで感じるのだ。
確かに文は新聞記事を作るのが好きだし、できる事ならこの大スクープを仲間より早く掴みたい、と言う気持ちはあるが、正直言って我が身は可愛い。
勿論マスコミの正義はそんな事に屈するべきではない、と言う思いもあるし、ここで引いてしまっては自分では無いような気もする。
そんな訳で複雑な心持ちの文であったが、そんな彼女の心と無関係に、社会は回ってゆく。
現在文は、哨戒任務の最中であった。
本来哨戒は白狼天狗の役割であり、烏天狗の出る幕ではないのだが、最も里に近い天狗とも称される文は、迷い込んだ里人に忠告するのに最も向いているとされ、こうやって引っ張り出される事もあるのだ。
正直そんな面倒な事に関わりたくない、と言うのが文の本音であるのだが、逆らえないのが社会人の辛い所である。
なのでこの日も文は、見つけた里人に忠告すべく、ゆったりと妖怪の山と麓との境界線辺りをふわふわとうろついていた。

 秋も終わりが近づいてきた頃。
次第に木の葉が枯れ色となり雨のように落ちてゆくのを、文は遙か高くから眺めつつ、空を滑空していた。
空と言う物は四季に縛られず、何時も雲模様にだけ左右される物で、そんな所が僅かに地上よりも自由さを感じさせてくれて、文は空が好きだった。
だからか、文は空を飛ぶのが同族の中でも得意だったし、今では幻想郷最速を名乗ってすらいる。
こうやって空にただふわふわと浮いているのも嫌いではなく、だからか、これは良い気分転換になったかな、と文は思う。
なにせここの処、手に入れた権兵衛とやらの記事を発行するか否か、部屋の中に篭りきりで迷い続けていたのだから。
久しぶりに吸った外の空気は澄んでいて、とても心地が良い。
なので最初、その人間を見つけた時は、折角の良い気分に水を差されたかのようで、文はむっとしながらスカートを抑えつつその人間の前に飛び降りたのであった。

「わっ」

 と驚いて数歩下がる人間は、成人したかどうかと言うぐらいの年齢の男であった。
顔や目鼻立ちは鋭いと言うより柔らかく、どこか優しげな風貌で、悪く言うと押しの弱そうな男だな、と文は思う。
まぁそれなら好都合である。
文の仕事はここから男を退去させる事であるが故に。

「人間。ここは妖怪の山と人間の生活圏との、境界線上よ。天狗の領域を犯し、その罰を受けたくなければ、早く去るがいいわ」
「え、ここでもうなんですか!?」

 見下した物言いであるが、相手が取材対象で無い限り、文が弱い者にこうした強気な態度を取るのは、常の事である。
驚き目を見開く男は、思わず一歩退いて足元を見やる。
その仕草があんまりに大げさな物だから、内心苦笑しつつ、文は続けた。

「ふん、お前は子供の頃妖怪の山との境界を教わらなかったのかしら」
「その、すいません、生憎俺は、幻想入りしてきたものでして……」

 と言う男に、おや、と文は目を見開く。
幻想入りした人間のような、妖怪への危機感が低い人間が、こういった里の外での山の幸の収集などに出される事は、滅多に無い。
あるとしても複数人でであるのだが、ふと文が風を感じてみるに、近くに他の人間は居なかった。
しかも、よくよく考えるに、この男の居る位置は、少々おかしいのだ。
里から真っ直ぐ来たにしては少々里の方角を外れており、まるで里に住んでいないか、それとも里を大きく迂回してきたかのような位置である。
と、そこまで考えてから、文はふと気づく。
あの屋敷、里から見て妖怪の山の反対側にあり、そしてもし屋敷に住む男が権兵衛とやらであるなら、悪評のある里を迂回してくるのは自然な流れでは無いか、と。

「あの……」
「はい?」
「貴方の名前を伺っていいでしょうか?」

 気づけば文は、取材用の丁寧語を使っていた。
それに面食らったのか、一瞬目を白黒させた後、男は静かに口を開く。

「名前は幻想入りした際に亡くしてしまいまして。今は、七篠権兵衛と名乗っています」

 思わず文は、ぐっと拳を握りしめた。
叫びだしたいぐらいの気持ちをぐっと堪え、急ぎ続きを聞いてみる。

「それでその、もしかしてあの一晩で建った、屋敷に住んでらっしゃる人で?」
「えぇ、はい。一人暮らしには分不相応かとも思ったのですが、折角萃香さんが作ってくれたので」

 ついに文は、武者震いを抑えきれなくなり、体をぶるりと震わせる。
目前にあるスクープの匂いが、彼女の体を沸き立たせていた。
ばかりか、これまでに経験したことが無いような、体の火照りが彼女を襲っていた。
つ、と体中から汗が噴き出るのを文は感じる。
白いシャツが体に張り付き、体の線が浮き出るのを文は感じたが、権兵衛の前であると不思議と気にならない。
いや、色仕掛けでネタを搾り取れるのだ、それもありだろう、と思いながら、文は権兵衛の前に一歩進み出る。
権兵衛の視線が自身の体に注がれている、と思うと、ぞくりと文の背筋を妖しい感覚が襲い、思わず溜息が漏れた。
その色っぽさにたじろぐ権兵衛が可愛らしく思え、くすりと微笑みながら、文は太腿を擦り合わせ、両手で自らを抱きしめ、少し胸を強調してみせる。
相手が多くの場合女であったし、そも文にその気が無かったので、色気を使って取材をしたことは無かったが、不思議とその姿は様になっていた。
軽く前かがみになり、上目遣いに文は、少し甘い声で権兵衛に語りかける。

「くす。あぁ、自己紹介をしていませんでしたね。
私は烏天狗の、射命丸文。
権兵衛さん、と呼ばせてもらいますからね、私も文でいいですよ。
そこでですね、権兵衛さん。
少々取材させてもらいたい事があるのですが……」



 ***



 秋もそろそろ終わりだと枯葉の音が教えてくれるこの頃。
俺は慌てて今のうちに、と秋の実りを集めていた所、どうやら妖怪の山の麓に差し掛かってしまっていたらしく、警告に現れたのが文さんだった。
烏天狗と名乗る彼女は最初は警告しに来たようだったのだが、どうやら新聞記者をやっているらしく、俺に取材したい事がある、との事である。
勿論後ろ暗い事があるでもない俺はそれを承諾し、文さんの取材に答えていた。
のだが。

「なるほどなるほど……。うーん、やっぱり記事にしかねる部分も多いですねぇ……」

 と、つぶやきつつ手帳に筆をやりながら、ちらりと流し目を送ってくる文さん。
その白いブラウスは汗でうっすらと透けており、中の体や下着が、僅かに見えてしまう。
恥ずかしくて視線を下の方にやると、今度は丈の短いスカートが風でふわふわとしているばかりか、高い頻度で足を擦り合わせるようにしていて、それが俺に甘い想像を喚起させる。
当然、初対面の女性相手に劣情を醸しだすなど許される筈もないので、俺は視線を足元にやるのだが、その度に文さんが何かしら声をかけてくるのだ。
勿論俯いたまま人の話を聞くと言うのも失礼に当たるので、俺はとりあえず文さんの首から上に集中して見るようにする。
すると文さんは少し前屈みになって、上目遣いに言葉を発するのだが、角度的に大きく開けた胸元の肌色が見えてしまい、再び俺の劣情が誘われる次第であった。
最早どうすればいのかも分からず、内心半泣きである。
よもや誘っているのでは、と都合の良い考えが頭を過るものの、何せ相手は、俺なのである。
人間関係を作るのが下手なばかりか、宴会一つまで沈黙させてしまうような、つまらない男なのである。
そんな筈はある訳がなく、己の劣情を女性の所為にしてしまう自分の醜さに吐き気を感じながら、俺は幻想郷に来てからのこれまでを喋っていた。

「まぁでも、参考になりました、色々と」

 ぱたん、と音を立てながら手帳を閉じ、文さんは言った。
これで終わりか、と思うと、思わず俺はほっと溜息をついてしまう。
知り合いが女性ばかりなのである、もっと劣情を抑えられなければ、と言う課題ができてしまったものの、当面の問題は終わったかに見えたからであった。
にっこりと、微笑む文さん。
この人の為になれたのならよかった、と思える素晴らしい笑顔で、何にせよ俺は彼女の取材に答えられて良かった、と、そう思った矢先であった。
とん、と、腕に柔らかい感覚。
一瞬何が起こったのか飲み込めず、目を丸くする俺。
気づけば文さんが、俺の腕に抱きついていた。

「さ、じゃあ行きましょうか」
「え、な、なんですか、えっと、何なんですか!?」
「くす、取材協力のお礼ですよ、お・れ・い」

 言って、文さんはすっと俺の目を見る。
思わず、俺も文さんの顔に視線をやると、ぺろり、と文さんが自身の唇を舐めた。
唾液で桃色の唇が怪しく輝き、す、と少しだけ突き出されたような気がする。
俺の腕を抱きしめる力が強くなり、文さんの胸がより強く押し付けられた。
互いの吐く息が感じられる程に顔が近くなってゆき、ぞくりと、背筋を妖しい感覚が伝う。
足と足の間に文さんの足が差し込まれ、俺の足が太腿に挟まれた。
ちろり、と、再び文さんの赤い舌が唇を舐める。
思わず生唾を飲み込む俺。
もうくっついてしまうのではないか、と思うほど顔が近くなった瞬間、にかっ、と文さんが笑った。
目を白黒させる俺を尻目に、文さんは体を離し、楽しそうに言う。

「へ? あ、え?」
「あれー、あれー、今権兵衛さん、えっちな事想像しちゃいました?
悪い子ですねー、もう権兵衛さんったらぁ」
「い、いや」

 と、思わず俺は言い訳してしまう。

「いや、その、し、仕方ないじゃあないですか。その、だって……」
「あややぁ? 何が仕方なかったんですかねぇ? 言葉できちんと説明してくれませんか?」

 思わず、俺は息を飲んだ。
と言うのも、俺は言葉で説明できない程破廉恥な思いを抱いていたからである。
思わず顔を真っ赤にして、俯いてしまう俺。
しかし聞かれたからには答えねば、という風に頭が回ってしまい、そのように口が動く。

「そ、その、抱きつかれて、む、胸が当たってですね。
それに、文さんの唇が、すぐ近くにあって、お互いの息が分かるぐらいで。
ただでさえ見目麗しいのに、そんなに近くな上、なんだか良い匂いまでしちゃって。
あ、あと、その、文さんの太腿で、俺の足を挟むようにされて。
それで……」
「す、ストップです、ストップ!」

 と、今にも爆発しそうな頭の中身をそのまま吐き出していると、文さんから止めが入った。
どうしたものか、と文さんの方を見やると、文さんもまた顔を真っ赤にして、俯いている。

「も、もう、ちょっとからかっただけなのに、そんなに赤裸々に語られるなんて……、こっちまで恥ずかしくなってきちゃうじゃないですか」
「あ、は、はい、ごめんなさい……」
「もう、本当に素直で正直なんですねぇ……」

 万感の思いを吐き出すように溜息をつくと、まだ少し赤い顔のまま、俺に顔を向ける文さん。
俺もまた、顔が熱いままで文さんと向きあうのだが、これがまた恥ずかしく、何も口にする事ができない。
それは文さんも同じだったようで、お互い真っ赤な顔を突き合わせながら、俺たちは暫くの間じっと立っているのであった。
――口火を切ったのは、文さんの方だった。

「ご、ごほん。で、お礼なんですけれど、権兵衛さん、見るに秋の実りを探していたんですよね?
この辺の、妖怪の山の陣地と被らない、秋の実りの場所を教えてあげますよ」
「あ、ありがとうございます」

 思わずどもりながらの返答になってしまうが、それはあちらも同じようで、まだまだ顔の熱に釣られて舌が回っていないようである。
とまぁ、そんな感じにお互い顔を赤くしたまま、俺は文さんの先導で秋の実りの収穫へと足を延ばす事になるのであった。



 ***



 文さんの情報は、仔細であった。
栗はあそこがいい、キノコは今の時期ならこのあたりの林のこんなキノコ、あの辺りはクルミが密生していて、魚はこの川が妖怪の山からの本流を多く汲んでいて多い、と。
それらの情報を実際に現地にまで出向いて教えてくれるのである。
それも上空から見た目印なども添えて教えてくれるので、迷った時は空に浮かべば万全、と言う次第である。
かゆいところに手が届く素晴らしい情報であるのだが、唯一困る事と言えば。

「次は野生のりんごが取れる所にでも案内しましょうかね」
「は、はい……」

 思わず真っ赤になりながら俯く俺の脇下から俺を抱きしめる、文さんの腕。
そう、俺が文さんに抱かれたまま空を飛んでいる事であった。
事の起こりは、こうである。
最初の場所まで案内しようと空を飛ぶ文さんに、俺も月の魔力を使って空を飛んで追いかけたのだが、いかんせん昼間である、然程速度も出ず、文さんには及ぶべくもなかった。
当然差は開くばかりで、一度などはぐれそうになってしまったぐらいである。
ならば文さんに待ってもらえばいいと言う話になるのだが、かと言って文さんも暇では無いし、第一遅い相手を待つのはストレスだ。
そこで、と文さんが切りだしてきたのが、この抱っこしながら飛ぶ形態であった。
勿論恥ずかしさの余り、俺は一度は断ろうとは思ったのだが、ただでさえ文さんの好意に甘えている状態である。
これ以上我侭を重ねるのは如何なものかと思い、断腸の思いで承諾したのだが。

 恥ずかしかった。
当たり前だが、恥ずかしかった。
子供のように抱き抱えられていると言うのが恥ずかしいのは勿論だが、すっかり忘れていた事に、後ろから抱きしめられると言う事は、その、文さんの胸が背に当たると言う事であって。
寸前まで破廉恥な思いを抱いていた俺は、文さんの胸の感触に、思わず再び劣情を催してしまったのだった。
とりあえず俺一人では不可能な凄まじい風切り音や、眼下の光景の飛び行く速度を楽しんで紛らわせようとしたものの、ふと気づくと俺はいやらしい事を考えてしまう。
文さんはきっと純粋な気持ちで抱きしめる事を申し出たに違いないと言うのに、俺と言えば、とんだ下衆であった。
低劣であった。
犬畜生であった。
あまりの己の醜さに吐き気を覚え、それを必死に隠そうとしている様も、往生際が悪く、下劣である。
勿論文さんに醜い物を見る思いをさせたくは無かったと言う思いもあったのだが、俺は既に限界だった。
最早これ以上己の醜さを覆い隠す卑劣を続けてはいられなかった。
本当に自身より文さんの事を思うのならば、それを飲み下してもそんな事実があった事を隠し、この出会いを悪い物と思わせずに居ただろうに、と思うと、更に身が引き裂かれる思いであったのだが、俺は耐え切れなかったのである。
そんな事を思ううちに、文さんはりんご林の辺りに降りてから俺を離し、手で仕草を加えてりんごが虫食いではないかどうか確認する術を説明する。

「こうやって、軽く妖力……権兵衛さんなら月の魔力ですか、それを通すと、なんて言うか、虫食いには均一じゃあない部分があるんですよ。
勿論自然のりんごが全て均一と言う訳じゃあ無いのですが、まぁ何というか、抜けている部分があると言うか。
どうです? こっちが大丈夫な奴で、こっちが虫食いです」
「はい、ちょっと試してみますね」

 と、そんな風にりんごについての様々な方法を試してみた後、文さんがじゃあ次行きますよ、と言いつつ俺の背に抱きつく。
俺はその手をやんわりと留めて、文さんの方に向き直った。
きょとん、とする文さん。
これから俺の言でその顔が崩れてしまうのかと思うと、今にも崩れ落ちそうなぐらいに体から力が抜けていってしまうが、俺はどうにか体に力を保ち、彼女に向きあう。

「その、文さん。ちょっと突拍子も無い事なのですが、少々聞いてはくれないでしょうか」
「へ? 何ですか?」

 小さく可愛らしい仕草で首を傾げる文さん。
対し俺は、自身の汚らわしさを実感させられ、更にぞっとさせられる事になる。
あまりの悪寒に気を失いそうになるのを、口内を噛み切りどうにか俺は耐え切った。
深く、息を吸う。

「その、空を、文さんに抱かれて飛ぶ事についてなのですが――。
申し訳、ありませんでした。
文さんは、純粋にその方が時間がかからないだろうと、親切で言ってくださったと言うのに。
だと言うのに、俺は、俺は……」

 吐いた息を、飲み込む。
まるで反吐を飲み干したような、重い味の空気だった。
喉の奥がヒリヒリと痛み、内蔵は重く、まるで重しが引っ掛けられているかのよう。

「俺は、文さんに欲情してしまっていたのです」

 ついに俺は言い切った。
こんどこそ侮蔑の目で見られているだろうと思うと、頭を殴られたかのような衝撃が脳内に響く。
想像でさえこうなのである、実際の文さんの目で見られる覚悟ができず、俺は視線を足元にやったまま続けた。

「文さんに抱かれて、飛ぶ時。
その距離の近さや当たる胸に、俺は劣情を催してしまったのです。
文さんの純粋な優しさによる物に、俺はよりによって、興奮を、してしまいました。
なんとも、度し難い事に。
こんな無粋な事を教えるのも如何とも思い伝えるか迷いましたが、文さんがそんな汚い事に犯されているのに耐え切れずにいまして」

 言って、俺は膝をつく。
そのまま腰を曲げ、土下座の形を取った。

「本当に、申し訳ありませんでした……!」

 言うまでもなく、本当に申し訳ない事であった。
文さんが烏天狗と言う人外であるのは承知の上だが、女性であると言うのも同じ事。
女性であれば、普通俺のような見窄らしい男に興奮されて、嫌な気分しか起こらない事だろう。
本当に、申し訳ない事をした。
土下座だけでは、その罪を償いきれる物ではあるまい。
よって俺は暫く頭を下げた後、腰をあげるのだが、その際に文さんと目が合う。
何故か頬が赤く、動揺した様子だった。

「えっと、あの、権兵衛さん? いえその別にですね、私は何というか、そのですね……」
「この罪、土下座だけでは相殺しきれぬ物でしょう。
この上は、命ばかりは残しますものの、腹を切って詫びたいと思います」
「えぇ腹切りなんて、そこまでしなくともって、はぁ!? 切腹!?」

 驚いた様子の文さん。
それに腹切りですら済ませられないほどの罪では無かったと悟り、内心安堵しつつ、右手で握りこぶしを作り、へその垂直線上の宙に置く。
次いで、月の魔力を収束。
刃を形成し、丁度右手で逆手に短刀を持つ形とする。

「では、御免」
「いや御免じゃなくってっ!」

 と、寸暇も無く文さんの風が俺の右手を襲い、月の魔力の短刀を弾き飛ばす。
思わず目をぱちくりとしてしまう俺に、いきり立つ文さん。

「切腹だなんて、何を考えているのよ!? 妖怪の私が言うのも難だけど、命を粗末にしちゃ駄目じゃないっ!」
「い、いえ、先ほども言いましたが、命までとは。
矢張り自ら命を断つと言う事は、最早恩を返せないままとなる恩知らずでありますし、致しません。
ただ一応最近転移の術を覚えたので、それと併用すれば、腹を斬った後で永遠亭まで飛ぶ事もでき。
そして土下座以上の謝り方と言えば、切腹しか思いつかなかったので……」
「いえ、土下座以上も何も、私は土下座もいらなかったんだけど……」
「へ?」

 思わず、間抜けな声を出してしまう俺。
土下座すらいらなかったとは、一体どういう事なのだろうか。
文さんは、俺に欲情されて気持ち悪がっていたのではなかろうか。
どうしたものか、と内心首を傾げ、すぐに俺は気づく。
何ということか。
あまりの文さんの心の広さに、俺はぽろりと、涙を零してしまった。

「文、さん……」
「って、え? な、何で泣いてるの? わ、私は普通にしてただけなのに……」
「感服致しました」
「はぁ?」

 首を傾げる文さんに、更に俺の心は感心で満ちてゆく。
同時、俺の行為が余りに急激で、文さんの言動を待つ事が無かった事に、自己嫌悪の念が湧いた。
何時だったか、折角霊夢さんに他人の忠告と気にするように、と言われたのに、全く成長の見られない所など、反吐が出そうだった。
が、それはともかくとして。

「よもや文さんが、見窄らしい男が欲情するのをすら許す程、心の広い方だとは。
それを俺は推し量れず、それであるならせめて伺いを立てるべきだったのに、何も聞かずに土下座から切腹へとは。
文さんの心の広さに比し、何と俺の視野の狭い事か。
改めまして、申し訳ありませんでした」
「は、はぁ……そ、そっか」

 と、俺の謝罪を受け入れてくれる文さん。
それに心から感謝しつつ、俺は立ち上がり、霊夢さんから頂いた着物についた土埃を軽く払う。
すると、文さんは何やらブツブツと呟いてからふと頭を上げ、何かを話そうと言う気概を発した。
思わずこちらも姿勢を正し、聞く耳を持つ。

「その、権兵衛さん。
私はね、貴方が私に欲情したって聞いて、その、別に嫌な思いをした訳じゃなくてね、その……」

 と、そこで途切れる文さんの言葉。
どうしたものかと文さんを見やると、視線が俺から外れ、後ろの風景に行っているのが分かる。
その先を辿ってみると、空を移動する霧の集まりがうっすらと見て取れた。

「あぁ、霧ですか? 最近寒くなってきたからですかね、家の近くにはよく霧が出るようになりまして、丁度あんな感じかな」
「時間切れ、かぁ」

 と、そこで文さんが何かを呟いたのだが、あまりに小さい声で聞き取れなかった。
何かあったのか、と視線を再び文さんに戻すと、にっこりとした笑顔で、ぴん、と人差し指を立てられる。
丁寧語に戻った口調で、話しかける文さん。

「さて、権兵衛さん。今日の所は時間が無くなってしまったので、これで案内は終わらせてもらいます。
ですが、実を言うと、権兵衛さんに聞きたい事はまだまだあるのです。
そこで、そうですね、また妖怪の山近辺に来ていただいて、恐らくは白狼天狗が応対するでしょうが、その時私の名前を出してもらえば、取り次いでもらえるようにしておきます。
なのでまた取材をさせてくれるのであれば、その時また秋の実りやら、冬でも手に入る食材についてもお教えしましょう」
「本当ですかっ。 助かりますっ!」

 と言うのは本当に助かる事で、俺といえば、今のところ冬に食材を手に入れる方法に目処が立たず、また、初めての越冬に不安を感じてもいたのである。
思わず文さんに一歩二歩と近づき、差し出されている手を思わず両手で握り、感謝の意を示す。
と言っても、先ほどまで文さんに欲情していた、と白状した男の両手である、慌てて手を離すと、恥ずかしそうだったり、残念そうだったりと様々に色を変える表情で、文さんはそれを見やった。
はて、どうしたものだろうか、と首を傾げる俺を他所に、こほんと咳払いを一つ、文さんは軽く地面を蹴り、宙に上がる。

「では、権兵衛さん、またよろしくっ!」
「はい、またよろしくお願いしますっ!」

 ぴっ、と軽く敬礼をして去る文さんに、こちらは頭を下げて応対。
ごう、と風の音がしたかと思うと、すぐさま点のようになる程遠くへ飛んでいった文さんに、俺は思わず頬を緩める。
素晴らしい出会いであった。
俺の性格的な反省点が浮き彫りにされた、と言う実利的な部分ばかりではなく、これ程に懐の深い人に出会えると言うのは、それだけで心温まり幸運である。
今日はなんと運の良い日だったのだろう。
俺は思わず鼻歌を歌いながら、俺もまた空へと飛び出し、自宅と言うにはまだまだ馴染みきっていない豪勢な屋敷に戻る事にしたのだった。



 ***



 で、一週間程経過した。
いよいよ上にもう一枚羽織りたいぐらいの気温になってきて、着物が二枚交互に着るだけしかない俺は、常に断熱結界で温まりながら行動するぐらいになってくる頃。
丁度、文さんと出会った日のように、珍しく霧も見えず、家の周りの向日葵も首をこっちに向けない、そんな日の事であった。
久しぶりにぽっかりと空いた時間ができてしまった俺は、文さんに再び取材を受ける為に妖怪の山の麓へと出向いていた。
ごくりと、思わず生唾を飲む。
文さんによると、ここを超えた時にやってくるのは白狼天狗と言う同じ天狗でも違い種族だそうだ。
白狼天狗。
確か狼が年を経て、嘴と翼を得た天狗、だったろうか。
勿論烏天狗の文さんが翼を持たないので、白狼天狗も嘴も翼も無いのは想像できるが、しかし実際に嘴と翼のある狼を思い描いてみると、これがどうしてなかなか上手く行かない。
何せ狼に鳥の特徴をつけるのだ、異種混合もいい所だろう。
はて、果たして伝説通りの姿であればどんな妖怪なのだろう、想像できはしないけれど、いや、人間の恐れの現れたる妖怪であるのに想像できないからこそ、彼女たちは誰にでも想像できる少女の姿をしているのか、などと思いながら歩いていた所。

「そこの人間、立ち止まれっ!」

 少女特有の、甲高い声。
声の方向に振り向くと、嘴と翼を持たぬ少女が飛び降りてくる所で、あぁなるほど、矢張り少女なのだなと思うと同時、俺は少女の頭にそれを見つける。
犬耳。
犬耳であった。
一体何がどうなったのだろう、と口から魂が抜け出そうになるのを感じるが、よくよく考えれば今まで出会った妖怪少女達と似たような物である。
気を取り直して、俺は彼女に向き直る。
白髪赤眼の少女であり、そう見えぬ証拠たる両耳はあるべき所が髪の毛で隠れており、代わりに頭のハチの辺りに、なんだかもふもふとした犬の耳を生やしている。
さて、人と出会った時最初に何をすべきか。
妖夢さんとの恥ずかしい初対面の体験から、俺はとりあえず自己紹介と答える。
それは事実なのだろうが、お互い顔を合わせるのも後数度も無いだろうと言う思いであり、更に向こうからは俺を警戒しているとなると、話は違うだろう。
俺は単刀直入に本題を知らせる事にした。

「その、すいません。お願いしたい事があってここまでやってきたのですが、よろしいでしょうか?」
「何? どういう事だ?」
「俺は烏天狗の射命丸文さんと知り合いでして、実は彼女から、暇な時にここまで取材を受けに来て欲しいと乞われていまして。
俺も彼女に報酬としていただける秋の実りやら冬でも取れる食物やらの知識が欲しい物で、ここまでやって参りました」

 と言うと、一瞬困ったような表情で中空に視線を逸らし、考え込む様子の白狼天狗さん。
とりあえず、といった様子で、彼女は頭を掻きながらてこてこと近づいてくる。

「えぇと、うーん、あいつの取次? いやだなぁ、なんか。
えーと、私は白狼天狗の犬走椛って言うんだけど、貴方は?」
「あ、はい。そっか、取り次いでもらうのに名乗らないとは、俺もうっかりしていましたね。
俺は、人間の七篠権兵衛。幻想入りして以来、この名を名乗らせていただいています」
「ななしの、ごんべえ?」

 頬に手をやり、頭を傾かせながら、オウム返しに聞く犬走さん。
はい、と頷き、俺は自身が名を亡くしている事を伝える。

「へぇ、そうなんだ。
随分大変な目にあったでしょう」
「えぇまぁ、相応に。
俺が今まで出会ってきた皆さんに力を貸して頂けなければ、間違いなく超えられなかった程度には」

 というと、なんだか俺の言う事に犬走さんは興味を持ったようで、軽く目を輝かせながら、ぐっと両手で握りこぶしを作りながら近づいてきた。
わりと凄い勢いで来たので、思わず半歩、下がってしまう。

「ねぇねぇ、どんな大変な目にあったのか、少し聞いてみてもいいかしら。
私は文と違って別に新聞作りをする訳じゃあないんだけど、ちょっと興味があるんだけど。
そうね、話してくれたら文に取り次いであげる、って事にしようかしら」
「えっと、でしたら守ってほしい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「何々?」

 何故か喜色満面になる犬走さん。
勿論守ってほしい事とは、つまり相手を束縛する事柄である。
当然耳に良い話では無い筈なのだが、彼女は何故かわくわくとした表情をする上、ちょっと前のめりになった姿勢から見える尻尾が、ふりふりと動いているのが見える。
別に悪い事をしていない筈なのに、なんだか悪い事をしてしまったような気分になりつつ、俺は口を開いた。

「文さんは俺の事を新聞記事にする為に取材していると言っており、そして記事ができたら俺にも配達してくれると言っていた事から、まだ記事が発行されていないのは明白です。
となると、犬走さんが知った俺についての話は、口外しないで欲しいのです。
門外漢である俺ですが、新聞記事が既知の事であるかどうかが、その記事の面白さに大きく影響する事ぐらいは知っています。
ですからどうか、お願いできないでしょうか」

 と言うと、途端に犬走さんは顔を歪め、ぎりりと歯軋りする音まで聞こえてくる。
怒気がすぐ近くにいる俺を包んだが、それは一瞬で、背筋の凍るような感覚はすぐに薄れた。
代わりにブツブツと、顔に影が出来るほど俯いて小さな声で喋り、どうしたものか、と思うが早いか、ぱっと顔を上げる。
犬走さんの目は、どろどろに濁っていた。
まるで赤いコンクリートの海を無理矢理混ぜた後のようで、波が形を残したままそこに留まっており、その飛沫さえもが停止し、その上からまたぐちゃりと混ぜられ、兎に角グチャグチャになっていた。
俺は、犬走さんから俺へと、手が伸びてくるのを感じる。
手は真っ赤で、それであぁ、犬走さんの目は赤いコンクリートではなく赤い固まりやすいペンキだったのだな、と思ったのだが、兎に角それは肘までしか無かった。
肘までしか無い手が数本にょきっと犬走さんの瞳から生えてきて、互いにぐるぐると三つ編みを複雑にしたように絡み合い、その先で手が握り締められている。
そこは次の肘を握っており、そうなのかと思った次の瞬間、すっと何処からか現れた手が踊るように絡み合い、またすっと何かを握る形をつくり、そしてそこの先には肘がある、その繰り返しであった。
俺はその場に貼りつけられたかのように動けない。
にょきにょきと伸びてくる手は次第に俺の顔の手前までたどり着き、すると今度現れた赤い手達はそっと俺の頭を囲い込む。
真っ赤になった視界に、俺は一度眼を閉じてみる。
開く。
寸前と同じ、不機嫌でどろっとした瞳の犬走さんが、俺を睨みつけていた。
何故かぞ、と、背筋を冷たい汗が這う。

「まぁ仕方ないけどね」
「え――?」

 言う犬走さんの顔は何処か寂しそうで、俺は思わず手を伸ばしてしまうが、しかし俺は犬走さんをないがしろにしていたつもりはなく、何を言えばいいのかも分からない。
自然、伸ばした手は徐々に力をなくし、垂れ下がっていった。
それに更に寂しそうな顔をする犬走さんであったが、ぶるん、と顔を振ると、その寂しさを明るさで上塗りした笑顔が作られる。
空元気を誘わせてしまった自身への苛立ちから、やりきれない思いの俺に、犬走さんは提案した。

「いいわ。じゃあそうね、わざわざあいつの使いっ走りなんてするのも癪だし、弾幕ごっこで勝ったら文を連れてきてあげる。これでどう?」
「う。だ、弾幕ごっこですか……」
「何、嫌なの?」

 実を言えば俺は、弾幕ごっこを不得意としていた。
いや、別に月の魔力の扱いに関しても俺は熟練者とは言いがたく、その辺の妖怪よりは上と言う程度なのだが、群を抜いて実戦は苦手であった。
というのは、俺は兎も角経験不足なのだ。
近くの妖精は俺に好意的である妖精ばかりだし、故に腕を磨く相手はちょっと遠出した時の妖怪相手なのだが、その妖怪と戦う機会が無いのだ。
いや、会う機会こそあるにはある。
なのだが、その度に流れ弾だったりなんだりが飛んできたり、散歩中の知り合いの女性と出会っていて妖怪が一蹴されたりと、なかなか戦いにまで至る事が無いのだ。
かと言って知り合いに弾幕ごっこの練習の相手をして欲しい、と言っても、危ないから駄目と念押しされるばかりである。
なので俺の実戦経験らしい物と言えば、幽香さんの花畑を守った時の、防戦一方の戦いしか無い。
正直言って、全く自信は無かった。
なので出来れば他の方法をと言いたい所なのだが、何やら犬走さんを不愉快にさせてしまった俺が、これ以上彼女の提案を断ると言うのも気が引ける。
何、負けても文さんにはまた会いにくればいいさ、と思い、俺は承諾の返事を返す。

「いえ、それでいいです」
「そう? じゃあ使用スペルカードは2枚、行くわよっ!」

 叫ぶと同時、膝を折る犬走さん。
直後、弾丸とかした犬走さんが直上へと解き放たれた。
ぶわああぁつ、と風を放射状にまき散らしながら昇ってゆく彼女に一歩遅れ、俺もまた月の魔力で加速し、空中へ踊り出る。

 まず始まったのは、通常弾幕による牽制のしあいであった。
犬走さんは、青い小粒の弾幕をばらまきつつ、青い中ぐらいの大きさの珠で作った、「の」の字のような大きな弾幕を放ってくる。
「の」の字の方を避けるのに集中していると小粒の弾幕に当たりそうになってかなり厄介であり、また、「の」の方も形を作りながら迫ってくるので、目の前になるまで射線上に居ると分かりづらく、慌てて高速で避ける時もあった。
対してこちらが放つのは、黄色い小粒で小さな円を作った弾幕と、黄色い中くらいの珠で作った大きさの円を作った弾幕で、丁度相手の前で月とクレーターのように重なるように放つ弾幕である。
しかし密度が足りないからか、それとも矢張り経験の差か。
犬走さんは安々と俺の弾幕を避けるのに対し、俺は必死で避けている次第で、何発もカスって服を持って行かれる事があった。
非殺傷弾幕独特の、ビリビリと痺れるような感じを肌に感じつつ、俺は仕方無しにカードを掲げて宣言する。

 月札「ムーンクロスレーザー」

 月を模した巨大な黄色い月弾幕が四方に発射、×印を描くようにレーザをその間に放ちつつ移動。
左右か上下に月弾幕が入れ替わり消えてゆく、という大仕掛の合間に、一端出てから戻ってくる小粒の弾幕を、全方位に発射する。
左右端か上下端でしか避けれず、しかも交互にその場所を移動しなければならないと言う、相手の避ける場所を制限する弾幕である。
最初の一巡はなんとか避けきった犬走さんであるが、第二波が今度は左右ではなく上下に動くのに気づかずハマってしまい、舌打ちと共にカードを取り出し、宣言。

 狗札「レイビーズバイト」

 強烈な妖力が解放、俺の弾幕を撒き散らしながら、縦長の中弾が俺の上下に形成。
赤い弾幕の歯茎に黄色い弾幕の歯を形作り、上下から一気に迫ってくる。
中々の速度であり、服にカスってしまいつつも、観測結界で先読みしていた俺は第一波をどうにか避けきった。
すると俺は、その噛みあわせが完全ではなく、避けきれる場所があるのを発見する。
となると今度は歯弾幕と歯弾幕との間にどうやって体を滑り込ませるかの話になり、そうなると、内なる力に干渉する月の魔力を持つ俺は、得手であった。
格上相手に干渉まではできなくとも観測はでき、顕になる前の犬走さんの妖力を感じ取り、その凸凹の凹の部分に体を隠してゆくと、時間切れまで粘り勝ちでき、スペルカード撃破と相成った。
にしても、スペルカードだから弾幕が強化されているのか、カスった所からは血が滲みでている。
と言っても非殺傷の範囲内ぐらいである、気のせいかと思いつつ俺は、次なるスペルカードを用いて、一気に形勢を詰めてゆく。

 月光「月夜の振幅の増幅」

 白い中弾で作った心電図のような線が、上下の揺れを規則的に強くしつつ犬走さんを襲う。
その振幅が一気に大きくなった時、ついでに中弾から小粒をばらまいていく。
この小粒が速度の遅い物も混じっており、次第に弾が溜まってきて避けづらくなる弾幕である。
そこそこの自信作であったのだが、流石犬走さんもさるもので、四苦八苦し、突然大きくなる振幅に驚き何発かカスりつつも、何とか弾幕の間を縫ってスペルカード撃破となる。
と、当然ここで宣言スペルカードを使いきってしまった俺の勝ちは無くなり、後は何とか引き分けに持ち込むぐらいしかできない。
いや、先ほどもスペルカードを避けきったのだ、何とかなる、多分何とかなる、と自分に言い聞かせつつ、犬走さんのスペルカード宣言を聞く俺。

 山窩「エクスペリーズカナン」

 先の通常弾幕よりも更に巨大な、黄色い「の」の字弾幕である。
加えて赤い中くらいの粒弾が襲ってくるのを回避しつつ、「の」の字の飛んでこない所へ逃げる。
基本は最初の通常弾幕と同じであったので何とか対処できるが、矢張り難易度が段違いであった。
「の」の字の弾幕を避けようと大きく動いた際、赤い弾幕にカスってしまい、服が裂けるのが分かる。
と同時、ズキッ、と激しい痛みが傷を襲った。
激しい弾幕に晒されながらも何とか傷を見ると、真っ赤な血がポタポタとこぼれ落ちている。
驚きと共に、思わず俺は叫んだ。

「い、犬走さんっ! ストップ、弾幕が殺傷用になっていますよっ!」

 同時、ピタリと弾幕が止んだ。
犬走さんが凄まじい勢いで飛んできて、叫ぶ。

「だ、大丈夫!? 権兵衛っ!」

 これが本当に凄まじい勢いで飛んでくるものだから、俺がその風に飛ばされてしまうのではないかと思うぐらいだった。
思わず両手を十字にして風に耐え終えると、傷のある腕に触れる温度を感じる。
風のために閉じていた目を開くと、すぐ近くに犬走さんが居た。
それも息が触れんばかりの近距離であったため、思わず目を見開いてしまう。

「は、はい、その、ちょっと血が出ただけですから……」
「う、うん……」

 頷きつつも、俺の左腕を掴んで離さない犬走さん。
どうしたものかと思って見やると、犬走さんは何故かうっすらと頬を赤くしながら、俺の傷を見つめていた。
まるで酒にでも酔ったかのように、少しふらふらと頭が揺れる。

「え、えっと、大丈夫なんですけど、その、どうしたのでしょう?」
「いや、うん、そう、よね……」

 何やら歯切れ悪く言いつつ、俺の腕を手放す犬走さん。
その仕草もなんとなく名残惜しそうで、寂しげな物であった。
思わず俺が彼女を抱きしめようとすらしようとする寸前、犬走さんは頭に手をやりつつ、あはは、と朗らかに見せて笑った。

「いやー、ごめんごめん。まぁ、私にぎゅってされたし、役得だったと思って」
「は、はい。あぁ、思い出したらまた顔が赤くなってきちゃった」

 と、この場を深刻ではない空気にしてくれる犬走さんであったが、それでまた顔を赤くしてしまう、駄目な俺であった。
恥ずかしがる俺を他所に犬走さんはニヤニヤと笑みを浮かべ、下から覗き込むようにする。

「あらら、一体どんな事を思い出したのかしら?」
「えっと、その、文さんの事を」

 と言うと、俺は恥ずかしさの余り犬走さんから視線を外した。
あの時からまだ一週間、俺の記憶には色濃く文さんに向かってさらけ出した恥が残っている。

「さっきみたいに、文さんとも顔を近くにしてからかわれた事がありまして、思わずそれを思い出してしまって。
それに今の、上目遣いに聞いてくる言葉も、そういえば文さんも言ってたなぁ。
別に犬走さんと文さんで似ている所って言うのは無いんですけど、なんとなく仕草が被って。
そういう事ってありますよね……って」

 と言いつつ視線をやると、犬走さんは笑顔を浮かべる途中で顔が固まっていた。
いや、ばかりか全身が固まっており、瞬き一つせず、胸も上下しないので、呼吸しているのかも怪しいぐらいである。

「ど、どうしたんですか、犬走さんっ」

 慌てて声をかけるものの、返事はない。
どうしよう、どうしよう、とあたふたとするものの、何をすればいいのか思いつかず、内心泣きそうになりつつ慌てていると、犬走さんに動きがあった。
ふと、表情を動かしたと思い、俺が安堵の溜息をつこうかと思ったその瞬間である。
白い閃光が走ったかと思うと、犬走さんの右の手が、俺の左腕の傷口を掴んでいた。
思わず、痛みに呻く俺。

「なんで、文なのよ」
「うっ、ぐ……。犬走さん?」

 思わず聞き返すと同時、俯いていた犬走さんはぱっ、と顔を上げ、凄まじい怒気で俺を睨みつける。

「なんで、よりによって文なのよ。
あいつなんて! あいつなんて、ただの汚らわしいパパラッチだわ。
マスコミの正義がどうのとか、自由がどうのとか言いながら、あいつはその実興味本位だけなのよ!」
「っつ!」

 ぐぐ、と俺の腕を掴む力が強くなり、同時に鋭い爪が俺の腕に喰い込んだ。
ぞぷっ、と暖かな血が零れ出し、遠い地表へと落ちてゆく。

「それにあいつは、天狗らしさで見たって最悪よ。
自由とか言う言葉を盾にしてるけど、実際は天狗社会のはぐれ者よ!
確かに力は天狗の中でも強いけれど、それで烏天狗に収まっているのならいい笑いものだわっ!」
「い、痛……」

 俺の腕を掴む力は、徐々に増してゆく。
その力に際限が無いので、次第に切り傷だった腕の傷はぞぷぞぷと広がってゆき、神経を引っかかれるような痛みすら感じる。
そうまでされてしまえば、俺の取る対応と言えば、決まっている。
当然の如く、俺は残る右手で犬走さんの頭を抱きしめた。
ぴたり、と、俺の腕を掴む力の増加が止まる。
鼻に香る女性特有の匂いに、強ばっていた俺の顔が、僅かに緩んだ。

「犬走さん、申し訳ありませんでした。
どうやら俺が文さんの名前を出したのが、いけなかったようですね。
そしてもう一つ、申し訳ありませんでした。
貴方が文さんの名前一つでいきり立つほど追い詰められていた事に、気づけなくって。
貴方の寂しさに気づけなくって。
ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
でも、そう思うからこそ、言いたい事もあるのです」

 ぶるぶると震え始める犬走さんの頭を、撫でる。
優しくやりたいものなのだが、脳裏に赤く過る痛みがそうさせてくれないのが口惜しいものである。
俺がもっと痛みに強ければ、と思うものの、そればかりはどうにもならず、拙い手付きで全力を尽くして犬走さんの頭を撫でる。

「どうか、俺の恩人を悪く言わないでください。
文さんとは一度しか会った事はありませんが、とても懐の広い優しい方であると言う事は分かっているのです。
そんな人を貶めるような物言いは、文さんばかりか、貴方にとっても悪果となって返ってくるやもしれません。
俺は、貴方の事も、心配なのです。
だからどうか、文さんの事を悪く言うのは止めてはくれませんか?」

 言い終えて、反応を待つ事になる俺。
対し犬走さんは微動だにせず、どういった反応を返すのか、全く分からなかった。
せめて俺に彼女の心を推し量れる力があれば、とは思うものの、それが無いからこの事態になっている訳で。
どうしようもなさに、ふと一瞬泣きたい気持ちになる。
今最も泣きたいのは犬走さんであると言うのに、なんと俺は堪え性がなく、貪欲なのか。
己の醜さに背筋に冷たい痺れが走るのを感じながら、俺は続ける。

「止められないのなら。
誰かを悪く言わなければ気が済まないと言うのなら。
ならばどうぞ、俺を悪く言ってください。
俺を罵ってください。
俺は、所詮は俺なのです。
どれだけ悪く言っても、それが善人を貶める事にはならないでしょう。
その口で誰かの心を裂かねばならないのなら、俺の心を裂いてください。
なぜなら、どうせ誰かの心が傷つけねばならないのなら、最も安い、俺の心こそが傷つくべきなのでしょうから」
「……んで」

 と、言い終えると同時、犬走さんの口から小さな声が漏れた。
同時、俺の体を残る左手で抱きしめ、頭を俺の胸に強く当てる。

「なんで、貴方なのよ」
「………………」
「わ、私、どうしちゃったんだろう。
貴方を見ていると、なんだか気が変になっちゃったみたいに、興奮してしまって……。
ほ、本当は、貴方の事を傷つけるつもりも無かった筈なのに、今も手を離せないでいて。
駄目、こうしていると、今にも貴方の腕を千切ってしまいそうなの。
ねぇお願い、私から離れて。
私、権兵衛を傷つけたくない。
ううん、傷つけたいからこうやっているのかな、分からない、両方なのよ。
どうにかなってしまいそう。
お願い、離れてっ!」

 言いつつも、犬走さんは震えた手で俺を抱きしめるままである。
俺もまた、止めていた手を動かし、再び犬走さんを撫で始めた。

「そんな事言って。
犬走さん、震えているし、泣いてもいるじゃあないですか。
俺には、そんな貴方を突き放すような事はできませんよ。
きっと俺のこの腕よりも、貴方の心の方が、ずっと価値がある。
だから俺は、腕が千切れるまで貴方を離しませんよ」

 ぴくり、と犬走さんが震える。
それから俺の腕の間から目だけ覗かせて、ぽつりと漏らす。
その目はどろどろとした赤色で、何処か俺に粘ついた血を思わせた。

「本当に?」
「えぇ、本当に。
まぁ本当は千切れても、と言いたかったのですが、生憎気を失わない自信が無くってですね」
「本当、なのね」

 口元が見えないので断言できないが、にやぁ、と犬走さんが笑ったような気がする。
まるで三日月が口元にできたかのような笑みに、俺は僅かに背筋を寒くした。
それから早口に、犬走さんが口走る。

「どうしよう本人も許しているし私は千切りたいしそれに私がおかしいのがこの人の所為なのは確かだし、でも嫌われたくないしやっぱり権兵衛さんの言う事が嘘かもしれないし、ううん違う権兵衛さんは嘘なんてつかないわだからいいのよ、きっとここで、権兵衛さんの腕を、腕を……」

 ごくり、と犬走さんが生唾を飲む音が聞こえた。
腕を掴む力が強くなり、視界が赤くなる激痛が俺を蝕む。
思わず叫び声を上げそうになるのを、歯が砕けんばかりに噛み締めて、やり過ごす。
一度痛みの波が引き、これでおしまいか、と思った、次の瞬間だった。

「っがぁああぁぁっ!?」

 絶叫。
絶叫。
絶叫。
喉が引き裂かれんばかりの絶叫を、俺はあげる。
同時、飛行する程の集中力が無くなってしまい、重力に身をまかせるままに俺は墜落してゆく事になった。
と、よくよく考えれば、このままいくと転落死である。
どうしてだろう、と、朦朧とした意識の中で俺は思う。
どうして俺は、こんな空高くで重力に捕まっても、大丈夫だと思っていたんだろうか。
そんな事も分からないままに、意識が暗くなってゆくのを、久しぶりに聞いた声が僅かに覆す。

「権兵衛さん! 大丈夫、権兵衛さんっ!」
「文……さん?」

 聞こえてきた声は、文さんの物であった。
同時、自分が文さんに抱き抱えられている事に気づき、それが俗にいうお姫様抱っこの形であるのを、少しだけ恥ずかしく思う。
しかしそれで、限界であった。
せめてもの言葉として、俺は辛うじてこれだけ口に出す事に成功する。

「文……さん。犬走さんは、悪く、な……」

 そしてその言葉に文さんがどう答えたのかも知らないまま、俺は意識をフェードアウトさせていった。



 ***



 そろそろ霜が降りてくる事もあるようになった頃。
枯れ木野山を一人、文は家路を早足で歩いている。
どうやら余程家に帰るのが待ちきれないようで、そわそわとしながらも、彼女は常に笑みを浮かべながら道を急いでいた。
と言うのも、文はここのところ家の中に楽しみがあり、家に篭もり気味で、外出も久々だったのである。
しかも詰まらない用事であった為、家に帰るのがわくわくとしているのだ。
そんなわくわくとした事について考えようと、文はこれまでの経緯について頭を巡らせる。

 文は権兵衛を助けた後、権兵衛からの取材で永遠亭と白玉楼との確執を理解していたので、まずは応急手当などの後に白玉楼へと向かった。
と言っても、幻想郷最速を誇る文の俊足である、大した時間をかけずに白玉楼にたどり着いた。
するとどうやら今回の椛と権兵衛の出来事はまだ知られていなかったらしく、幽々子が慌てる珍しい姿を拝見できたりしつつ、紫色の蝶を権兵衛につけてもらう。
永遠亭の月の主従が、余計な気を起こさない為の物である。
勿論ここで幽々子に余計な気を起こされても困る為、文は幽々子を威圧しつつ蝶をつけてもらい、それからその足で永遠亭に向かった。
こちらはどうやら権兵衛を見失った事に気づいていたらしく、やたら慌ただしかったが、それでも権兵衛を運んでくると即応し、すぐに彼の治療が始まった。
と言っても、流石の永琳でも、ただの人間の腕一本を、繋げるなら兎も角再生させるのは無理らしい。
文に激を飛ばして、事件現場に権兵衛の腕を肉片になっていたとしても見つけろ、と永琳は命令し、文もそれに従って権兵衛の腕を探したが、結局見つかる事は無かった。
とりあえず権兵衛の腕は千切れたまま、義手を探す事になったらしい。
らしいと言うのは、流石に今回の事で警戒度が増したのだろう、今度こそ権兵衛の周りは二重三重に警護がなされるようになった為だ。
今まで無かったのは、矢張り仲の悪さによる足の引っ張り合いを懸念してなのか、と思いつつ、文は一端権兵衛から手を引く事にする。

「まぁそれでも、油断している時なら二人っきりになれると分かった事は、収穫です」

 呟きつつ、文は内心から溢れでる笑みを浮かべ、くすりと微笑んだ。
そう、一度目、権兵衛と文が出会った時の警護の空きこそ偶然であったが、二度目、椛と権兵衛とが出会った今回の警護の空きは、文の意図するものであった。
“風を操る程度の能力”。
それは単に風を操るに留まらず風の噂を操る事もでき、それを応用して文は権兵衛の周囲の警護に関する情報伝達を掻き乱したのだ。
そこで権兵衛を来るのを楽しみにしながら待っていた文なのだが、気が逸って家で待つ事もできず、結局自分の足で権兵衛の姿を見に来た。
それが、結果的には良かった。
文を魅了した権兵衛の魅力は警邏の白狼天狗にすら通じるらしく、更によりにもよってそれが烏天狗を見下している椛であったので、物騒な事になっていたのだ。
椛の索敵範囲の外から見守っていた文は、風を操って音を運び二人の会話を聞いていたのだが、権兵衛が自分を庇ってくれた事に感動しているうちに、なんと椛が権兵衛の腕を千切ってしまったのである。
慌てて文は権兵衛が落下してすぐに駆けつけたが、彼を抱きしめる事は役得だったものの、それ以上の事は流石にできず、しかも当分の間は会えなくなってしまった。
ばかりか、文はその時反射的に本気で椛を攻撃してしまっていたのだ。
天狗社会において、同胞に対する本気の攻撃は、当然の如く禁止されている。
勿論たかが一度会っただけの人間を庇った程度の理由でそれが許される筈もなく、文は恐らくこれから天狗社会の裁判を受け、有罪になるだろう。
無論執行猶予はつくだろうが、それでもこの罪は文の天狗社会での身分に多大に影響するに違いない。
それでも文は、幸せだった。

「くふっ……く、かかっ」

 少女の体から発されたとは思えぬ笑い声が、文の口元から漏れる。
軽い歩みと共に文は家にたどり着き、戸を開けて家の中に入った。
これでもか、と言うほどに厳重に戸締りを確かめ、部屋の端にある机の鍵付きの引き出しを開ける。
それからその引き出した部分を下から押し上げ、浮いた隙間から中板を外し、二重底になった部分から木箱を取り出した。
部屋の中央に座り、文はそっとその木箱の蓋を開ける。
中にあったのは、権兵衛の左腕の骨であった。
当然の如く、文が応急手当と共に回収していた。

「あ、あぁあぁああぁっ!」

 数時間ぶりの対面に思わず感動の悲鳴を上げ、文は震える手を権兵衛の骨に伸ばす。
その白い滑らかで冷たい表面に触れる瞬間、甘い衝動が文を襲った。
思わず足の根元をすりあわせつつ、文はそっと権兵衛の骨を持ち上げる。
芸術的と言っていい程の、美しさであった。
感動の余り涙を流しながら、文はゆっくりと権兵衛の左腕の骨を抱きしめる。
丁度手のひらの辺りが顔面近くに来るようにし、本来なら手の甲があった場所を、文は鼻先に近づけた。
うっすらと甘い香りがし、それによって権兵衛に顔が近づけた時の記憶が蘇り、僅かに汗の匂いを含んだ、権兵衛の匂いが再生される。
体の芯に響くような匂いに、文は抱きしめている権兵衛の骨に、自身の乳房を押しつけた。
形を変え柔らかく権兵衛の骨を包みこむ乳房に、文は更に興奮する。
全身から汗が拭きでて、何時ぞやに権兵衛の目前でしていたのと同じぐらいに、服が透け、肌はてらてらと輝いていた。
思わず文は口先からちろりと下を伸ばし、権兵衛の骨を舐める。

「ん……んふぅ」

 艶めかしい声が、文の口から漏れた。
雷で打たれたような感覚が文を襲う。
ぴん、と文は一瞬体を張り詰めさせ、それから脱力しゆっくりと権兵衛の骨ごと横たわる。
顔面にあった権兵衛の手の甲を、自身の乳房で包むようにし、同時、権兵衛の骨の先端を股で挟みんだ。
甘い溜息と共に、文は再び自身の太腿を擦り合わせる。
合間にある権兵衛の骨が、文の肉を押しのけ、その存在を主張していた。

 こうやって文が権兵衛の骨を愛でるようになって、もう一週間以上が経つ。
文は寝食も忘れ、その他一切の行動を取る事もなく、ずっとこうやって権兵衛の骨を愛でてきた。
先ほどは天狗社会の裁判の為に仕方なく外出したのだが、こうやって帰ってきて会えなかった権兵衛の骨と再び会う感動を思い知ると、少しだけ外出したのも良かったかな、と思う程度である。
それでもやっぱり権兵衛の骨を愛でるのは文にとって至上の娯楽にして快楽であり、文は何時までとかどうとかそんな事を一切気にせず、ずっと権兵衛の骨を愛でてきた。
故に文は、幸せだった。
例え天狗社会でその地位を失おうとも、文は幸せだった。
例え寝食を忘れようとも、文は幸せだった。

 ただ一つ、文はどうしても想像してしまう。
なぜ、自分はもっと早く権兵衛と出会えなかったのか。
あの強力な人妖で組まれた連合が出来るより早く、いや、それでなくともせめて、鬼よりは早く。
そうだったら文は、こんな権兵衛の一部で自身を慰めるような真似をする必要は無くて良かったと言うのに。
そう思うと矢張り文の胸の中にすっと冷たい物が入り込んできて、だから文はもっと権兵衛の骨を抱きしめ、幸せになろうとした。
骨に手を這わせ、その感触を楽しみ、時には舌で濡らしたり、体で挟んだり、そうやって文は虚しさを埋め続ける。
何時しか感動以外の理由で文の両目から涙が流れだしていたが、それを指摘する人も居なかったので、文は知らずにずっと権兵衛の骨を愛で続けていた。




 今年中に完結と言って早速間が空いてしまいました。
次回もちょっと忙しい最中なので、更新が遅れるやもしれません。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024781942367554