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No.21873の一覧
[0] 【完結】【R-15】ルナティック幻想入り(東方 オリ主)[アルパカ度数38%](2014/02/01 01:06)
[1] 人里1[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:52)
[2] 白玉楼1[アルパカ度数38%](2010/09/19 22:03)
[3] 白玉楼2[アルパカ度数38%](2010/10/03 17:56)
[4] 永遠亭1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[5] 永遠亭2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:48)
[6] 永遠亭3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:47)
[7] 閑話1[アルパカ度数38%](2010/11/22 01:33)
[8] 太陽の畑1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:46)
[9] 太陽の畑2[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:45)
[10] 博麗神社1[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:44)
[11] 博麗神社2[アルパカ度数38%](2011/02/13 23:12)
[12] 博麗神社3[アルパカ度数38%](2011/02/13 22:43)
[13] 宴会1[アルパカ度数38%](2011/03/01 00:24)
[14] 宴会2[アルパカ度数38%](2011/03/15 22:43)
[15] 宴会3[アルパカ度数38%](2011/04/03 18:20)
[16] 取材[アルパカ度数38%](2011/04/11 00:14)
[17] 魔法の森[アルパカ度数38%](2011/04/24 20:16)
[18] 閑話2[アルパカ度数38%](2011/05/26 20:16)
[19] 守矢神社1[アルパカ度数38%](2011/09/03 19:45)
[20] 守矢神社2[アルパカ度数38%](2011/06/04 20:07)
[21] 守矢神社3[アルパカ度数38%](2011/06/21 19:59)
[22] 人里2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:09)
[23] 命蓮寺1[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:10)
[24] 命蓮寺2[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:12)
[25] 命蓮寺3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[26] 閑話3[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:14)
[27] 地底[アルパカ度数38%](2011/09/03 20:15)
[28] 地霊殿1[アルパカ度数38%](2011/09/13 19:52)
[29] 地霊殿2[アルパカ度数38%](2011/09/21 19:22)
[30] 地霊殿3[アルパカ度数38%](2011/10/02 19:42)
[31] 博麗神社4[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:32)
[32] 幻想郷[アルパカ度数38%](2011/10/08 23:28)
[33] あとがき[アルパカ度数38%](2011/10/06 19:36)
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[21873] 宴会1
Name: アルパカ度数38%◆2d8181b0 ID:099e8620 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/01 00:24


「宴会よ」

 此処、博麗神社に来てから一月程経ち、そろそろ怪我も全快、後はリハビリを残すだけとなった頃。
丁度中秋を過ぎて晩秋へ差し掛かった辺り、外の木々は紅葉した葉を半ば以上に落とし始め、所々に裸の枝が散開して見られるぐらいである。
足も動くようになってきた俺は、最初博麗神社への奉公として普段から掃除や炊事を手伝おうと思ったのだが、霊夢さんに悪いけど今は迷惑にしかならない気がするから、と断られ、見事にタダ飯ぐらいと化していた。
まぁ、数日に一度は訪れる永琳さんによると、まだリハビリが必要な段階なので、家事を手伝おうにも邪魔になるだけなのだろう。
とりあえずはそう自分を納得させつつも、何だか霊夢さんは矢張り俺を避けているのだろうか、中々顔を合わせる機会が無かった。
あっても俺が一言礼を言い、霊夢さんが返事をしながら歩いてすれ違う、そんな簡潔な物ばかりで、会話と言う会話になった記憶はない。
かと言ってこちらから霊夢さんに改めてお礼と共にお茶にでも誘おうとすれば、何故か霊夢さんが買い物に出ていたり、友人と言うなんだか白黒した西洋魔法使いらしき格好の人と話をしていたり、と気後れする状況ばかりで、タイミングが合わない。
とすれば、何故かこうして病床を頂いている、と言う事は縁があるのだろうが、それが奇妙な所で切れてしまっているのだろう、と、自分を納得させた、そんな折であった。

「だから、宴会よ」

 と言う霊夢さんは、何の前触れもなく、俺が使わせてもらっている部屋にがらりと戸を開けて現れ、どすんと座り、開口一番でこれである。
流石に面食らって目を白黒させる俺を気にすること無く、早口気味に続ける霊夢さん。

「全く、あんたが居るうちはやらないほうが良かったんでしょうけど、いい加減出て行く目処が立ちそうだっていうのに、今はバランスが悪そうだからね。
多分宴会をした方が、調度良い塩梅に天秤が平になるでしょう。
そうでもしないと、何だか嫌な予感がするのよね。
まぁ嫌な予感って言うのも色々あって、このまま何にもしなくても嫌な感じになりそうだって言うのと、このまま宴会をしても、あんたが迂闊な事をして嫌な感じになりそうだっていう二つの感じが今の所大きいわね」

 と、霊夢さんはまるで当たり前の事を当たり前に説明しているかのように自然体で言うが、抽象的過ぎて良く分からない話だった。
大体、予感とか感じとか、そんな言葉が多すぎる。
俺のような愚鈍な男には、もう少し具体的な言葉で言ってもらわねば分からなかった。
ので、その旨を伝えようと口を開こうとすると、その機先を制するタイミングで開く、霊夢さんの口。

「で、まぁつまり何が言いたいかと言うと、あんたに私が色々と言い聞かせておかなくっちゃならないって事よ。
全く、説教だったら半獣に任せればいいんだけど、あんたは本当に面倒な男よね。
あぁ面倒くさい。
本当はあんたがもうちょっときちんと出来ていればそれで良かったんだけど、それを言うのも状況の所為で酷な話になっているから、尚更あんたに説教しようなんて物好きが居ないもんだし。
まぁ、だから手伝ってあげるわよ。
多分これがあんたが自立する助けになるんだから」
「へ? あ、その、すいません、そんな重要な話なんでしょうか」
「そうよ。玉串料でももらおうかしら」

 くすっ、とほほえむ霊夢さんは、まるでふわふわと掴みどころがなく、まるで空中に浮いているような人であった。
言葉の一つ一つがまるで天を仰いだような視点から降ってきていて、自分が遙か高みから見下されているのが分かり、しかしかと言って悪い気分になるとか、そういう事は全くない。
むしろこのあり方が本当にあるべき姿なのだと、俺の全身はそう理解していた。
まるで神を御前にしたような気分で、それを思うとレミリアさんが時折語っていた、霊夢さんが超然としている部分がある、と言うのがよく分かった。

 しかしそれにしても、俺の自立するのに助けになる話とは。
物質的な事なのか、精神的な事なのか、それすらもよく分からないままだけれど、霊夢さんのこの不思議な感じは、俺に早速肩に力を入れてこの話を聞こうとさせるに十分だった。
何せ、俺である。
気づけば家を失い大怪我をし胸を焼かれていたと言う、大馬鹿者である。
ちょっと肩に力が入りすぎているぐらいが調度良いと、そんな勢いで臨もうとした、その瞬間であった。

「まずあんた、肩に力入りすぎよ。もうちょい誰かを頼って生きてもいいんじゃないの?」

 すとん、と。
まるで抵抗なくナイフを心臓に差し込まれたような気分だった。

「誰かのため誰かのためって言うけれどさ、あんたはこれまで何回か、それで他人を不幸にしてきたでしょ?
責任感が強いのはいいんだけど、あんた自身の幸せも、もうちょい考えてみても良いんじゃないかしら?」
「――いえ」

 と、俺は口をはさむ。
一瞬心臓が止まらんばかりの緊張があったが、気づけばそれは薄れていた。

「確かに、俺に誰かを頼ると言う考えが薄かったのは、認めざるを得ないでしょう。
ですが、俺が俺自身を考えてこなかったと言うのは、間違いです。
確かに俺は口癖のように、誰かの為誰かの為と言っていますが、それは何のためでしょうか。
恩があるからです。
恩を返したいからです。
では、それは何の為でしょうか。
何故、俺は恩知らずになりたくなく、このような七面倒臭い生き方をしているのでしょうか。
それは、単に、やりたいからやっている事なのです。
俺は、俺のやりたい事を一番に考えていて、それがこうやって誰かの事を思って生きる事なのです。
つまり、俺は我欲のために生きているのです。
十分以上に、俺は俺の幸せを考えれているのだと、そう思います」
「そうかしら」

 と、短く霊夢さん。
正対して互いに正座をしているので、座高の低い霊夢さんの方が視線が下となり、事実見上げられる形になっているのに、何となく、上から視線を下ろされている感覚。
僅かに首を動かす霊夢さんに連動して、その瞳が反射する光が帯を描く。

「本当に、そうかしら?
いえ、やっぱり傍から見ていて、そんな風には到底見えない。
いや、違うわね、幻想郷の社会は一般人が自己投影をしてそんな風に思える場所だとは、到底思えない。
であるならば、貴方はもっと社会に自分を摺り寄せる方法を学ぶべきだわ。
勿論、一般人って言っても、逸般人も込みでよ?
それに、貴方より若い……それとも生後一年と経っていないんだから、私の方が年上かしら? まぁ、そんなどっちだか分からない私が言うのも何だけれど。
貴方は、もっと他者の忠告と言う物を大切にすべきだわ。
貴方はとても完成されていて、しかも凡百の孤高とは違って、他者を必要とする完成形に近いと思うけれど、でもだからってそれが良いとは限らない。
閻魔の台詞を借りれば、善行を積めない、って所かしら。
まぁ、私は閻魔じゃないから、あいつならもしかしたらあんたを手放しで褒めるかもしれないけれどもね」
「――……」

 耳に痛い台詞だった。
俺は幻想入りして以来、社会に己を摺り寄せる方法と言う物を全然学んでいなくて、むしろ社会から爪弾きにされている身でさえある。
しかも霊夢さんの言う所によれば、逸般人、つまり妖怪達の社会と比しても、俺は孤独であるらしい。
一応これまで、個人的には何人も親しくさせてもらってきたのだが、その多くが破局して別れたままだと言うのが、その証明だろうか。
他者の言葉に耳をかさない、と言うのもそうだった。
物理的な意味、霊力の授業や作法の話は自分でもよく聞いたと思うし、よく吸収できたと思うが、問題はそちらでは無い。
精神的な言葉に、俺は耳を貸していない。
と言っても、言い訳させてもらうとすれば、これまで然程精神的な意味で説教される、と言う事が少なかったのであるが。
そう言う意味で言えば、この霊夢さんとの問答は、耳に痛いと同時、一種心地良い物でさえもあった。
俺のように未熟な精神が完成していると言うのは首を傾げる所だが、兎も角こうやって俺の精神について議論してもらえると言うのは、単純に構ってもらえて嬉しい物である。
しかし。
それにしてもこの幻想郷、何でも居ると思ったが、閻魔まで居るのか。

「神様だって居るわよ」
「わっ!」

 と、そっけなく言う霊夢さんであったが、こっちは思考を読み取られたショックで、飛び退きそうになってしまっていた。
後ろ手に体を抑えていた姿勢から元に戻りつつ、豊穣神が居るとは聞いたことがありました、とだけ返す。
すると、霊夢さんは姿勢を新たに、今までの雰囲気よりもよりビシッとした感じになって、こちらへ向き直してきた。
膝だけで正座の向きを直し、背筋をピンと伸ばし、口元をキュッと萎める。
空気が刺すように冷たくなり、ごくり、と思わず唾を飲む俺。
静謐な空気の中、口を開く霊夢さんの第一声は、これであった。

「で、本題なんだけれど」
「って、まだ本題入って無かったんですかっ!」

 思わず、裏手に突っ込みしてしまう俺。
短くもかなり深刻な話だったので、正直もう本題だと勘違いしてしまっていたのである。
と言っても、霊夢さんは眉ひとつ動かさず、先程の鋭い顔を俺に向けたまま。
ノリで空中に出した裏手が、静謐な空気の中、異様に浮いていた。
しおしおと、萎れる花のように俺の手が落ちてゆき、膝の上に戻ってきた。
赤面した顔を、下に向けて視線を膝先に合わせる。
何と言うか、合わせる顔が無かった。
こほん、と小さな咳をしてから、再び口を開く霊夢さん。

「で、本題なんだけれど」
「はい」
「宴会の、注意事項よ」
「………………っ」

 思わず飛び出そうになる手を、反射的にもう片方の手で抑える。
それかよ、と。
そう突っ込むのを、何とか自重する。
馬鹿には学ぶ馬鹿と学ばない馬鹿が居るが、せめて前者でありたい、と言う俺の真摯な願い故であった。
辛うじて変な顔を造らず、静かに口を開く。

「その、それって重要なんでしょうか?」
「重要よ」
「どれくらい?」
「そうね……」

 ふらりと視線を部屋の中に移し、泳がせる霊夢さん。
暫くの間視線を彷徨わせていたかと思うと、そのうちに俺へと視線が戻ってくる。

「血の雨が降るぐらいよ」
「はぁ」
「この部屋一杯ぐらいに」
「………………」

 多分突込みどころなんだろうなぁ、と思うけれど、余りに霊夢さんが真剣な表情で言う物で、そんな気も無くしてしまい、俺はただただ変な顔を作るだけに留めた。
俺如きの為に血の雨が降るって言うだけでも大げさ過ぎるって言うのに、この部屋一杯って。
一体どれだけ俺の価値を水増ししてみせれば、そんな事になるのだろうか。
内心苦笑気味にしていると、微妙に顔を崩す霊夢さん。

「一応言っとくけど、本気よ?」
「……へ?」
「根拠は、勘なんだけど……」

 と、今一自信無さ気に言う霊夢さんであるが、霊夢さんの勘が凄まじいと言うのは、方々から聞いている。
となれば、本気でそのような事態も想定せねばならないのか。
今更になって、これからが本題だと言う事に真実味が感じられてきて、思わず拳を握り締め、身を乗り出して聞こうとする。

「まぁ、とりあえず注意事項の連絡ね」
「はい」
「まず、今回の宴会は、ちょっとした事情があって、あんたの顔見知りだけを呼ぶ事になるわ。
まぁ、宴会と聞くと湧いて出てきて、止めようが無いのがちょっと居るから、そいつらは例外だけれども」

 と言うと――。
俺は頭の中で指を降りつつ、これまで出会ってきた、幻想郷の有力者達について思い出す。
人里、慧音さん。
白玉楼、幽々子さんに妖夢さん。
永遠亭、輝夜先生に永琳さん、鈴仙さんにてゐさん。
太陽の畑、風見さん。
そしてこの神社に来てから、妹紅さん、レミリアさん、咲夜さん。
こうしてみると、そうそうたるメンバーである。
場違いな所に出てきて一人見窄らしい格好をしているような気分で、酷く落ち着かない宴会になりそうであった。
勿論、これまで不幸にしてきた人々との出会いを、今度こそ幸福で終える事ができるかもしれないと思うと、心が沸き立たない訳では無いのだが……。

「で、注意事項その一。
酒を勧められたら、際限なく飲め」
「飲むんですか」

 普通逆では無かろうか。

「と言うか、その、情けない話なのですが、俺って飲む度に記憶を無くすぐらいに酒に弱いので、その注意事項一を聞いたら残りを聞けないような気がするのですが」
「あー、んー、でも飲みなさい」

 霊夢さんは断定的に言った。

「まぁ、理屈で言ったらあんたの言う事に分があるのは確かよ。
でもね、そもそもこの忠告やら宴会自体、私の勘っていう曖昧な物を支えとして開いているの。
それを疑うっていうんなら、そも、前提自体が成り立たなくなってしまうわ」
「それは分かりますけど……。
いえ、分かりました、勧められた酒は出来る限り際限なく飲むようにします」

 予防線を張る情けない口調であるが、霊夢さんに見栄を張って、それを反故にするよりはまだマシだと考えての事である。
また怒られてしまうのでは、と内心怯えつつの言葉だったが、どうやらそれで十分だったと霊夢さんは思ったらしく、頷くに留めて次に移る。

「次、注意事項その二。
隣を幽々子にしなさい。
もう片方には、輝夜が良いわ」
「はい」

 今度は全然意味のわからない内容であったが、とりあえず頷いておく。
一応俺も、輝夜先生のあらましは聞いており、蓬莱人たる不死の人であるとは聞いているのだが、それと亡霊の幽々子さんとで、一体何の関係があるのだろうか。
そも、喧嘩別れのようになってしまい、輝夜先生とは未だに気まずいままであると言うので、遠慮したい、と言うのが本音なのだが。
それでも口答えせずに頷く俺に、少し気を良くしたようで、揚々と続ける霊夢さん。

「で、注意事項その三は、挨拶以上に妖夢に話しかけるのは、宴会が始まってからにしなさい」
「……はい、分かりました」

 本音を言えば、妖夢さんと仲直りしたいと言うか、俺を斬った事を気にしなくても良いんだ、と言ってやりたくて仕方なかったが、俺ははいと返事をする機械になったつもりで、そう言った。
その声色に思うことがあったのか、ぴん、と霊夢さんの眉が跳ね上がるが、それも徐々に降りてゆき、自然な様子に落ち着いていくので、霊夢さんとしてもこれで満足してくれたのだろう。
俺は、折角霊夢さんが俺の利となる事をしてくれていると言うのに、それに素直に従わないと言う愚行を犯している。
だが、それを許してくれるというぐらいに、霊夢さんの懐は広く、また、俺はそれにすぐに感謝を覚え、顔を柔らかくした。
僅かに、霊夢さんが視線を動かしたような気がする。
少しそれが気になったが、それを気にする時間もないまま、霊夢さんが口を開いた。

「で、最後の注意事項。鬼の誘いには乗っときなさい」
「鬼の、ですか」
「鬼の、よ。まぁ、言われるままにしろ、って言う訳じゃないんだけどね」

 と言って、霊夢さんは立ち上がった。
どうやら話はこれで終わりらしい、と言う事で、俺も立ち上がって見送るべきか、それとも付いて行ってせめて宴会の幹事をする間だけでも家事を手伝わせてもらうべきか、と悩んだその瞬間、ぽつりと霊夢さんは漏らす。

「で、ちなみにその宴会だけど、明日だから」
「へ?」

 とまぁ、そんな風に呆けているうちに霊夢さんはさっさと戸を開けて身を滑らせ後ろ手に戸を閉めてゆき、居なくなってしまった。
そんな訳で此処に俺は一人、暫くの間口を開いたままぼけっとしていたものの、これから明日までに今まで不幸なまま別れてきた人々との仲直りの計画を練らねばならない、と言う事に思い当たり。
慌てて室内をウロウロしたり、縁側に座ってみたり、そんな感じにしながら思索にふける事にした俺なのであった。



 ***



 結局、ロクな計画も練る間もなく、宴会当日となった。
情けないことこの上ないが、何を言えばいいのか分からない一因として、実のところ、俺にとって宴会が人生初であると言う事を伝えておくと、少しはマシに思えるかもしれない。
と言うのも俺、記憶を探った感じからすると、多分だが幻想郷に入って初めて飲酒したのが、慧音さんと酒盃を交わした時なのだ。
しかもその上、俺はそれ以来慧音さんとサシで飲んだ事しか無い。
更に言えば、その酒を飲んだ記憶もほぼ盃に口をつけた瞬間から無い。
皆とどうやって和解しようかと言うのと、そもそも和解できたとしても初めての宴会と言う事で何をすればいいのか分からず、緊張で眠れず、夜など自室をウロウロと何時までも歩いていた物だった。
なんか五月蝿い、と大きな音は出していない筈なのに霊夢さんが怒りに来て、お札をぶち込まれ、気絶するように寝たので、睡眠時間は取れているのだが。

 さて、それは兎も角、当日の朝。
起きてからもどうしようにも落ち着かず、胡座をかいていれば指がとんとんと音を立て、寝転がっていれば足がヒョイヒョイと動き、しきりに歩き出してその辺をぐるぐる回り、と言った具合であった。
一応霊夢さんにも手伝おうと言いはしたのだが、料理のいくらかを後で呼んで手伝わせるから、黙ってじっとしていろ、との事だった。
まるで子供に言い聞かせるような言い草だな、とは思うものの、不思議とそれはすんなりと受け入れられて、こういう所を見ると、矢張り聞くように霊夢さんには超然とした所があるのだな、と思う。
が、それはそれとして、俺にやる事が無いのに変わりは無く、ただそわそわとしているだけの無駄な時間が過ぎ去ってゆき。
やがて昼食を取り――この時霊夢さんとは別に取る。何時の間にか気配を感じないままに完成し、霊夢さんが俺の部屋へ持ってくるのだ――、そして空もやや陰り始め、暇つぶしに始めた霊力の修練も一区切りついた頃。
まず始めに、風見さんがやってきた。

「「あ………………」」

 何とも無しにぶらぶらしていた時、ふと振り返った所に、白いブラウスに赤いベストとスカート、何時も通りの格好の風見さんを見つけたのであった。
お互い一瞬目を見開き、それから口を開いて、声にならないような声を出す。
風見さんもまた、なのだろうが、お互いどうやって話しかければいいのか、分からないのである。
風見さんは恐らく最終的に加害者側であったと言う意識から。
俺は風見さんの寂しさに全く気づけていなかった後ろめたさから。
だが、しかし、である。
恐らく俺の後ろめたさなど風見さんには知る由もなく、ただ単に俺が風見さんを恐れているであろうかのように見えてしまうだろう。
当然、そんな事は許されない。
風見さんは、他者を傷つけたと言う一点において確かに悪い事をしたのは確かなのだが、その情緒を酌量すると、どう考えたって無罪なのである。
怪我の方にしたって、もうほぼ治っている現在、気にするほどでも無かったのだし。
と言う事で、早速俺は一歩前に歩き出し、口を開く。

「お久しぶりです、風見さん」

 そうして、いざとなると躊躇する物があったが、えいっ、と手を差し出し、風見さんの掌を手に取り、両手で握る。

「あっ………………」

 と、風見さんは消えそうなか細い声を出した。
その声のように手も折れそうなぐらい細く小さく、こんなにも可憐で美しい物に、俺のような愚物が触って良いのかどうか、とすら思う。
可憐な花を毒で萎れさせているような気分になり、手を離して、今にも土下座したい衝動に襲われる。
しかし俺は鉄の意志で手を離さないまま、風見さんの返答を待った。
暫く、その姿勢のままゆったりとした時間が過ぎ去る。
秋の風がさらりと俺たちの体の表面を撫でてゆくのが、タイミングだった。
花弁のような唇を可愛らしく動かし、風見さんは口を開く。

「うん、久しぶり、権兵衛」

 花咲くような笑顔。
能力が漏れ出しているのだろうか、文字通り足元に季節外れの花が開いてゆくのを見ながら、俺もまた、出来る限りの笑顔を風見さんに対して見せるのであった。

 そんな風に期せずして上手くいった邂逅は、それからも続いた。
普段どおりのレミリアさんに、最近なんだか所作が優しくなってきてくれた咲夜さん。
鈴仙さんとてゐさんは留守番らしく、二人で来た輝夜先生と永琳さんは、何だか思ったよりも深刻そうな様子は無く、こちらが謝るとすぐに許してくれた。
慧音さんと妹紅さんは、二人とも俺に対しては普通なのだが、何だか仲が良いと聞いた二人の間が余所余所しいような気がして、どうしたものか、と首を撚るような感じであった。
そして最後に幽々子さんと妖夢さんが来て、さて、幽々子さんはあの数日の通りに仲良く対応できたものの、妖夢さんが問題で、殆ど喋らずに俯いて俺の方を見ないようにしているようだった。
こちらとしては何とかしてやりたいのだが、霊夢さんの注意事項と、そも話しかけたら斬られるのであるとすれば、どうにも対応しようが無い、と言うのに尽きた。
ダメ押しに霊夢さんから手伝いの催促が来て、台所で料理を作ったり、倉庫へのパシリをやったり、そんな事をしている頃であった。

 勝手口を出て、外の倉庫との短い道に出た、その瞬間。
俺は、目眩のような感覚に襲われたかと思った。
と言うのも、目の前の空気がぐにゃりと歪み、亀裂が入るかのように真空が出来てゆくのが感じられ、そこにまるで空間に亀裂が入るかのようになったからである。
しかしすぐにそれは間違いであったと俺は悟る事になる。
これは、俺の目眩ではない。
現実に、この空間が引き裂かれ、開こうとしているのだ。
既に月が出そうな上、満月近い暦である、増幅された俺の眼力がそう診断していた。
間もなく、その通りに空間に黒い筋がすうっと現れ、何故かぴょこんと両端近くにリボンが結ばれ、ぐにゃりとその口を開ける。

 それは、無限の瞳の世界であった。
無数の眼球を見えない瞼が覆っており、黒い睫毛がぴょんと跳ねている。
瞳の無い空間は何故か紫色に見えて、あぁ、と俺は、それは視線の色が紫色をしているからなのだと反射的に理解する。
無数の瞳は無数の視線を作っており、それ故に完全に限りなく近い程にその空間は紫色に塗りつぶされており、どうじにその上に瞳がぎゅうぎゅうに詰められている。
それらは同時に起こっているのだ。
半透明であるのとはまた違った感覚で、それは同じ位置に違う位相で重なりあっており、その間隙を感じさせるような配置になっている。
俺は、これを知っていた。
そう、これは、無限の、赤子の瞳であり……。

 独りそんな風に思考に陥った俺を尻目に、突然、すっと白い物が現れた。
まるで白い花が早回しで花弁を動かすかのように、それはぱっと開くと、大げさな動きをしてふわりと割れた空間の裂け目を掴む。
いや、白い物は、手袋であった。
肘近くまである長い手袋が、まるで力が入っていないようなふわふわとした動きで体を持ち上げ、その先にある少女の姿を現す。

 胡散臭い。
失礼ながら俺が最初にその少女に持った印象はそんなモノで、改めて見ると何故そんな感想を持つのか分からないぐらい、少女は可憐で美しい。
赤い日に透け、日の色に輝く金の髪に、白磁の肌、それらだけでも少女らしさを全身で主張していると言うのに、その服装がまた少女らしい物である。
紫のドレスは至る所にフリルをあしらっており、スカートの下から覗く靴下も靴も、頭に乗せる帽子も同じく、手に持つ日傘にまでもがフリルに覆われている。
ただ一つ、その紫の瞳だけが印象を異にしていた。
と言うのも、少女らしい瞳と言うと宝石のように光を反射し、きらきらと輝く丸い物を想像するのだが、彼女のそれは、確かにきらきらと輝いてこそいるものの、何と言うか、その、深い色であるように思えるのだ。
少女には無い、深い色の瞳。
何十にも色を重ねたような、分厚い色。
人間とは違う寿命を持つ種族の多くに見られるそれであるが、彼女の場合は、それが格別であるように思えるのだ。
長く生きてきたと聞く永琳さんでさえ見せた事の無い、深い、深い色。

 出てきた少女は、すたり、と地面に両足をつけると、空間の裂け目をふんわりとした動きで撫で付ける。
その所業が何故か酷く冒涜的な物に思えて、俺は戦慄と共に半歩、後ずさりをした。
空間の裂け目それに関わる事自体が狂気の行いであるよう思えるのだが、加えてそれを成すのが溢れんばかりの少女らしさを纏う何かだと言うのが、それを助長する。
すると何を思ったのか、少女はにっこりと笑みを浮かべた。

「こんにちは――いえ、もうそろそろこんばんはかしら? 権兵衛さん」

 それが何とも不思議な笑みで、俺は名乗っても居ないのに名前を知られている事について考えるよりも先に、その笑みに感動してしまった。
その仕草が一々可愛らしさに満ちており、彼女は声を一つかけるのにも可憐に曲げた腕を唇にやったり、もじっと足元を小さく動かしたりするのだが、その笑みはしかし少女らしさとはまた別の感慨を浮かばせた。
何と言うか、そう、暖かく、肩の力が抜けてゆき、全てを任せたくなるような――、そう、母性に溢れているのだ。
そのあまりにも美しい笑みを見て、俺はこの少女に感じていた警戒心を零にする。
それからようやく、自分が声をかけられているのだと気づき、俺は狼狽した。
そんな俺の様子に、くすくすと、今度は少女らしい笑みを浮かべる少女に、慌てて俺は口を開く。

「は、はい、こんばんは。
えっと、俺は七篠権兵衛と言いますが、貴方は――」
「あら、名前を知られていてもきちんと名乗ってくれますのね。
くすっ、最近の若者は礼儀を知らない、って言ってみたかったのに。
キレやすい十代なのに、随分と落ち着いてらっしゃるのですね。
あぁ、そう言えば十代と言えば、そう、貴方は実はギリギリ未成年。
此処では自由だけれど、外の世界では飲酒をすれば捕まってしまうのよ?
これで幻想入りして良かった事が一つ増えたわね。
ふふっ、でも“ちゃんと飲酒”した事って無いみたいなのよね、貴方。
私の友人に大酒飲みの鬼が居るから分るけれど、貴方、酒飲みの匂いが、全くしないんですもの。
あ、って言っても、勿論本当に匂いをくんくんと嗅いでいる訳じゃあないのよ?
比喩表現よ、比喩表現。
ふふ、比喩表現ですって。
幻想郷の皆は大好きよ、皆で自分たちを比喩して、二つ名を作って呼んだりしているんだもの。
くす、そこで、そう、貴方を比喩するなら、――純白の人間とでも言うのかしら。
白は染まりやすい色とも言うけれど、それは一面をしか捉えていない。
貴方は確かに無抵抗主義で、どんな事にも流されているように見える代わりに、唯一の色なのよ。
そう、色はどんな色も混ざってゆく内に必ず黒になり、黒は全てを内包する色であり、そして真逆の白は全てを内包しない色、全ての色に存在する色、そんな唯一性を見せているんだから。
その唯一は何なのかしらね。
純心? 狂気? それとも……他の何かなのかしら?」
「………………はぁ」

 恐ろしく口数の多い人であった。
ぺらぺらと喋るのを、俺は半ば以上受け流す気で聞く。
何せ俺はちょっとおかしな所があるものの、それは二つ名なんて物で言い表す程の物でも無いと思うし、仮に二つ名をつけるとしても、純白の人間なんていう仰々しい名前では無いだろう。
大体、純白なんてまるで無罪で穢れていない存在を表すようだが、俺はまるで逆である。
人々にこれ以上なく嫌われていて、いい所や優れている所が殆ど挙げられず、駄目人間の典型として挙げられるような男なのである。
これでも最近は、幻想郷で出会ってきた女性達のお陰で、礼儀作法もちょこっとマシになり、料理を作れるようになり、霊力を扱えるようになり、と少しだけマトモな人間になってきたのだが、まだまだと言うのが正直な感想であった。

「で、私の名前だったかしら。
まぁ名は体を表すとも言うけれど、その逆もまた然りで、私は見て簡単にわかるような名前をしているの。
この場合、体が先だと思う? 名が先だと思う? 卵が先か鶏が先かじゃないけど、気にならない?
それはね、生化学で見ると鶏が先で、数学で見ると卵が先であるように、見方によって違うのだけれども、どちらにしろ気になるのが、貴方のその名前よ。
七篠、権兵衛
名無しの、権兵衛。
その名前と貴方の名前が亡い状態、どちらが先に出来たのかしら?
貴方が今まで思っている通り、貴方は自分で名無しの自分を皮肉って七篠権兵衛と名付けたのかしら?
それとも、貴方の名前が七篠権兵衛と規定された瞬間が先で、貴方はそれ故に名無しになったのかしら?
ねぇ、面白い疑問だと思わない?
因みに私の場合は自覚症状としては貴方と同じ、体に合わせて、名前を自分で決めたと思っている。
そう、そんな私の名前は、八雲紫よ」
「八雲さん、ですか」

 と言うと、鋭く八雲さんが、

「紫よ」

と言うので、俺は八雲さんの事を紫さんと呼ぶ事にする。

「紫さん、俺は矢張り、体が先だったと思っていますよ。
何せ俺の七篠権兵衛と言う名前は、昔は身元不明者を言い表す名前として、散々に使い古されてきたのです。
が、かと言って身元不明者の全てが名前を亡くしているかって言うと、それもまた違う。
いえ、もしかしたら公的に身元不明な状態になったら名前を喰う妖怪でも出てきて名亡しにされてしまうのかもしれませんが。
でも少なくとも俺はそんな事聞いたことありませんし、大昔に身元なんて無かった頃の事を考えると、矢張りそれは無いのでしょう。
つまり、七篠権兵衛と言う名前の人間が名前を亡くしている訳ではなく。
俺は名前を亡くしたが故に七篠権兵衛と名乗っている訳で。
だから恐らく、体が先なのではと俺は思いますけれども」
「本当に」

 と、言って紫さんは言葉を区切った。
目が合う。
すぅ、と、まるでその白い手袋に手招きされているかのように、その紫の渦に飛び込みたくなる衝動が、俺を襲った。
全身を抱きしめ、これ以上前に進まないように体を抑えこまないと、そのまま引きずり込まれて、どこまでも吸い込まれて行きそうだった。

「本当に、そうかしら――?」
「………………」

 深刻そうに言う紫さんが、不意にふと目を外すと、すぽっ、と俺の体を引き込んでいた引力が外れる。
たたらを踏んで、ずっこけそうになる俺が二歩、三歩と進んでしまうのを、紫さんがす、と差し出した手で軽く押さえてくれる。
その柔らかな感触と共に、僅かな甘い香りがするのに、俺は思わず頬を緩めた。
何というか、非常に不健全な話なのだが、俺はこれまで幻想郷の女性の匂いを嗅げるぐらい近くに居た事が何度かあったのだが、紫さんの匂いが一番いい香りだったと思う。
同時にそんな、俺を気遣ってくれる紫さんへの不義と言っても良い感想を持った事を恥じ、顔を赤くしながら、慌てて俺は紫さんから離れた。

「す、すいません」

 するとなんだかちょっと面白そうな顔をしていた紫さんは、一瞬俺が素早く離れたのに唇を尖らせてから、再び少女らしい笑みを口元に浮かべる次第となる。
短く、沈黙。
破ってでたのは、紫さんだった。

「そうね、そういえば、二つ名で貴方を呼んであげたのに、貴方が私の事を二つ名で呼べないのも無粋ね、二つ名も名乗っておこうかしら。
私の二つ名は、境目に潜む妖怪、幻想の境界、妖怪の賢者とも呼ばれているわ。
勿論私が貴方を純白の人間と呼ぶのと同様、貴方も私を二つ名で呼んでも良いわよ。
境目の、とか、境界の、とか、そういう風にだって歓迎よ」

 と、両手で日傘を持って、僅かに傾けながら言う紫さんであるが、俺はと言うと、小さく首を横に振りながら言う。

「いえ、折角ですが、俺は人の名前は、そのままで呼ぶのが一番好きなので。
紫さんだって、そんな仰々しい名前よりも、紫って言う名前の方が、可愛らしくて、素敵だと思いますよ」

 と言うと、ぱちくりと目を瞬き、それからくすくすと笑い出す紫さん。
俺としては、真剣に思った通りの事を言っただけであるので、一体何が可笑しかったのだろうか、と不安で押しつぶされそうになる。
やはり紫さんは仰々しく呼ばれる方が好みだったのだろうか?
それとも俺の仕草や言い方が滑稽で、笑いを抑えきれなかったのだろうか?
はたまた、途中で呼び捨てる形になったのが気安すぎたのだろうか?
疑問詞で埋め尽くされる脳内に、涙さえ溢れそうになる頃に、ようやく笑いを止めて、溢れた涙を指で拭きとりながら、紫さんは言う。

「そう、そうね。
別に滑稽な訳じゃあないんだけど、そうね、貴方はそうだったものね。
いえ、それは予定なのかしら?
この私と言う哲学的な私には知ることのない事なのでしょうけれども、貴方って結構、プレイボーイなのかもね。
それなのに何でか泣きそうになるぐらい畏まっているから、可笑しくって、飛び出た笑いが止まらなくなっちゃったわ。
あぁ、それじゃあやっぱり、悪いけどちょっと滑稽だった訳なのかしら。
そうね、滑稽ついでに言うけれど、貴方はそろそろ宴会の準備に尽力した方がいいんじゃないかしら?
そろそろ紅白巫女が鬼みたいにカンカンになって、角でも生やしている頃よ」



 ***



 料理が完成し、運ぶ次第となった頃である。
お盆を両手に歩いてきた俺は、広間の前まで来て、思わず立ち止まってしまう。
と言うのも、不思議でしょうがない事に、宴会の前、きっと話すことも山ほどあるだろうに、何故だか中からは何の音も聞こえなかったのである。
声は疎か、足音などの物音ひとつ聞こえず、まるで誰も中に居ないのでは、と言う錯覚に俺は陥った。
とまぁ、そんな訳で思わず足を止めている俺を他所に、後ろから料理を持ってきていた霊夢さんがすっと手を差し出し、止める間もなく障子を開けた。

「………………っ」

 ぎょろりと。
室内の皆の目が、一斉に俺を向いた。
まるで示し合わせたかのようなぐらい同時の動きであったので、思わず腰が引けてしまう俺を他所に、霊夢さんはさっさとちゃぶ台の上に料理を置いてゆく。
気後れしたものの、生唾を飲み込み、俺もそれに続いて一歩踏み出した。
ずずっ、と、室内の全員の視線が、首ごと俺の動きを追う。
全員の瞳が見開いていて……いや、よくよく見れば、紫さんだけが半目に薄笑いで俺を見ているのだが、他の全員は瞳孔が開いた瞳で俺を見つめており、はっきり言って、その、ちょっと怖い。
内心どうしたものかと思いつつびくびくと料理の皿を置き終えると、すっ、と霊夢さんが座ると同時、気づく。
丁度霊夢さんが座った事で、全員の座る間隔が等間隔になり、俺の座る隙間が無いのである。
――それともあるいは、どこにでも平等に座れるようにしてあるのか。
何故にかそんな風に思ってしまうが、しかし宴会の作法と言う物を知らない俺である、家主以外はこういう等間隔の人々に声をかけて間を開けてもらうのが作法なのだろうか、と思う方がよっぽど正しらしいだろう。
とりあえず部屋の隅に積まれた座布団を一番上から取り、それから全員を見回して、困ってしまう。
俺は霊夢さんに幽々子さんと輝夜先生との間に座るよう言いつけられていたのだが、その二人、幾つかのちゃぶ台を長方形に重ねあわせた宴会の席の、殆ど端と端の真逆に座っているのである。
どうしたものかと立ち尽くす俺に、助け舟なのか、霊夢さんが口をだす。

「どうすんのよ、このまま立ちっ放しじゃあ、宴会は何時までも始まらないわよ?」

 と同時、示し合わせたかのように、一瞬全員が俺から目を外し、中央で目を合わせ、すっ、と、霊夢さんと紫さん以外の全員が立ち上がった。
そして目を丸くしている俺の回りに、にっこりとした、天上の笑顔のまま、ただし決して視線を外さずに集まってくる。
えっと。
これはどうしろと言うのだろうか。

「とりあえず、権兵衛さん、あんたは好きな所に座りなさい」

 と、霊夢さん。
それで霊夢さんの忠告通りになるのだろうか、と視線をやるが、素知らぬ顔でぼうっとしているもので、どちらか判断がつかぬままであるものの、確かにこのまま立ち尽くしている訳にもゆくまい。
とりあえず、と俺は霊夢さんの作った料理が多い側の席に歩み寄り、すると同時に、揃った軍靴のように静かな足音が何十にも聞こえた。
思わず振り返ると、全員が一歩、俺の方に近づいてきている。
もしやと思いつつ、見当をつけた辺りに足を進めると、すたすたと全員が一丸になってついてくるのだ。
これ、一体どうするんだろう。
殆ど諦めの境地で、意味のよく分からない事態に混乱しつつ、俺は座布団を敷いてその上に正座する。
すると、俺が座布団を置く辺りと同時に、全員の視線が俺から外れたのに気づいた。
どうしたものか、と振り返ると、皆してまるで牽制し合うかのように目を合わせており、そしてその中からするっと抜けだしてきたのが、幽々子さんであった。
すっと、久しぶりに見る見事な座り方で、優雅に俺の隣に座る。
そして、この広間に入って以来、霊夢さん以外から初めての言葉。

「あら、奇遇ね、権兵衛さん」
「は、はぁ……奇遇、ですか」
「偶然ってあるものね、素敵よねぇ」
「恣意的な偶然なような……」

 と、そんな会話を続けているうちに、後ろからは妖夢さんが抜け出てきて、幽々子さんの俺と逆側に座り、彼女が再び俺と視線を合わせなくなった事に悲しむ暇もなく、後ろで空気が凝縮する気配。
慌てて振り向くと、どうやら永琳さんが注目を集めているらしく、全員の視線が彼女に集まっている。
しかし同時にするっと抜けだしてきたのが輝夜先生で、何やら包みを持ったまま俺の幽々子さんと逆側の隣に座り、にっこりと微笑んだ。

「輝夜、先生」
「えぇ、久しぶりね、権兵衛。一月ぶりって所かしら?」

 と、その言葉に返そうと思うよりも早く、幽々子さんが口を開く。

「先、生?」
「へ? えぇ、はい。こちら、輝夜先生は、俺に霊力の扱いを教えてくれた、先生ですので」
「……へぇ、そうなんだ」

 と微笑む幽々子さんであるが、その笑顔は何処か威嚇的に思え、ぶるりと肩が震える。
勿論この上なく優しく優雅な幽々子さんに限ってそんな事はあるまい、と思うのであり、後ろめたい物で、俺はそれを隠す為と、輝夜先生との会話がぶつ切れになってしまったので、再び輝夜先生の方へ向き直す。
と同時、後ろから動きがあった。
突然後ろに集まっていた皆がばらばらに分かれ、それぞれ宴会の席に着き始めたのである。
どうしたものか、と目を見開いている俺を尻目に、全員座布団に座る。
輝夜さんの隣には永琳さん、妹紅さんの隣には慧音さん、など関係の深い人同士で隣り合って座り、さっきまでの所業はなんだったのかと思うぐらい素早く宴会の準備が出来てしまった。

 そうこうするうちに皆でお酒を盃に注ぐ次第となる。
俺は両隣の二人にもお酌をしてあげたかったのだが、それより早く妖夢さんと永琳さんが酒を注いでしまったので、それはできず。
代わりに向かいの慧音さんに注いであげようとも思ったのだが、彼女は既に妹紅さんに注いだ酒を自分の盃に注いでいて。
では手酌か、と思った瞬間、両脇から瓶が差し出された。
当然、幽々子さんと輝夜さんの二人からの、お酌であり。
当然、二人から同時にお酌を受ける事など出来はしなくて。

「権兵衛さん?」
「権兵衛?」
「えっと……」

 思わず、左右に視線をやる。
にっこりと、今にでも天に昇りそうなぐらい、ふわふわとした笑顔の幽々子さん。
清楚で、だが思わずぞっとするぐらいに色気のある笑顔の、輝夜さん。
どちらも俺の心の救いとなっていたり、俺に実質的な力を与えてくれたりと、返しきれないぐらいの恩をくれた人である。
どうしろと。
思わず内心泣き言を漏らしつつ、ついつい助けを求めて、隣り合って座る霊夢さんと紫さんに救いを求めて視線をやってしまう。
霊夢さんは先の注意事項と名付けた忠告から、どうも俺に世話をやいてくれる印象が新しいからで、紫さんはこの静かな場であの口数の多さが欲しかった為で。
兎に角そんな訳で視線を二人から外した訳だが、これはどう考えても失礼な上、簡単にわかる所作である。
ぐいっ、と肩で肩を押され、思わず視線を戻すと、二人ともちょっぴり拗ねた顔になっている。
その寸前、能面のような表情が見えたのは気のせいだろうか。
気のせいだろうと思うものの、どうも気にかかってしまい、もしや二人の気分の損ねた量は、ちょっぴり拗ねたどころではないのかもしれない。
さて、美女の酌を受けれると言うのに困るとは妙な話であるが、それでも兎に角弱って、それでもこれ以上他の誰かを頼る訳にはならない以上、俺は自ら決断し、盃を差し出す。
相手は、幽々子さんであった。

「あら、何故だか盃を出すのに時間がかかったみたいだけれど、音速でも遅くなったのかしら」
「いえ……」

 と、言いながらお酌をしてくれる幽々子さんであったが、生憎と俺はそれに碌に返事ができないぐらいに緊張していた。
と言うのも、俺が幽々子さんを選んだのは先生である輝夜先生は明確に目上の人であるから、と言う至極単純な理からだった。
のだが、それを理解してもらえるとも限らず、折角和解した所に不和を投げかける事になってしまうのでは、と思う所があるからである。
あと一応、盃を出す瞬間、謎の怖気が背筋を走ったのも、理由といえば理由になるか。
まぁ兎に角そんな訳で、気もそぞろにお酌を受けて、礼を言って手元に酒を戻し、同時にちらりと輝夜さんへと視線をやる。
すると、にっこりと、まるで自然に出来た物とは思えない程完璧な笑顔を見せられて、あぁ、俺の心配は杞憂だったのだなぁ、と思いつつ、前を向く。
向かい側にいる霊夢さんが、音頭を取った。

「ちょっとしたトラブルはあったけれど、みんなにお酒は行き渡ったみたいだし、そろそろ始めましょうか」

 との言葉に、思わず背を伸ばす。
小さくクスリと言う声が幾つか漏れ、羞恥に思わず顔に赤みが漏れる。
視線が俯きそうになるのをじっと耐えていると、霊夢さんがじろりと全員に睨みをきかせ、それで笑みは収まった。
思わず関心していると、一つコホンと咳払いし、霊夢さんが続ける。

「さて、今回は皆集まってくれてありがとう。
……と形式的には言うけれど、中には逆に礼を言いたい者も居るかもね。
現状が確認できた訳だし」

 と、何故か俺を見る霊夢さん。
俺は、確かに、霊夢さんに礼を言う立場である。
今まで仲違いしたまま別れていた人達を集めてもらい、それらと結局和解でき、更には霊夢さんの勘によると、これから俺の独り立ちの助けともなるかもしれないらしい、この宴会を開いてもらったのだ。
だが、現状を確認、と言うのがちょっとよく分からない。
思わず周りを見渡すと、俺のように不思議そうにしている人はおらず、納得がいった、と言うような顔や、やや渋い顔が見えた。
どうやら俺以外にはある程度納得がいっているらしく、小さく疎外感を覚え、僅かに身を小さくする。
すると、苦笑気味に霊夢さんが小さく溜息を漏らし、口を開いた。

「まぁ、その辺はおいおい細かい事も分かっていくでしょう。
口上もこの辺にして、そろそろ乾杯しましょうか。
じゃっ、今日この日、幻想郷での位置を新たにした一人の男の、その後の幸福を願って……」

 男と言うと俺なのだろうか、と言うと、途端に恥ずかしさが沸き上がってきて、だから俺はみんなに一歩遅れて盃を持ち上げる。

「乾杯っ!」

 かちん、と輪唱。
乾杯と同時、揺れた盃の中の酒が僅かに混じりあい、俺の近くの盃に紛れ込む。
それを見て、俺から遠い席の、例えば咲夜さんや幽香さんが渋い顔をした気がしたが、何分遠い席なものなので、気のせいだったかもしれない。
さて、次に酌を受ける時は、輝夜先生にいただけたらとか、いやいや、その前に俺がお酌をする事を考えるべきだろうとか、そんな事を考えつつ、酒を喉に流し込む俺なのであった。




あとがき
遅い展開ですが、宴会編1話でした。
宴会編、2話で終わるつもりでしたが3話になりそうです。
ついでにこれからちょっと忙しくなるので、更新が遅れ気味になるかと。
ご了承ください。


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