オークションは大成功であった。しかし、それは新たな問題を露呈する事にもなった。
楽しい楽しい書類仕事のお時間である。
短時間に歴史、技術など、様々な物の概要を理解し、または解析するよう指示しなくてはならない。
国家として得た物の分配の仕事もある。
もちろん、大部分は他の省庁の責任下で行われる事であるし、外務省が壊滅状態の今、どの省庁も協力は惜しまなかった。しかし、やはり窓口である外務省には、仕事が殺到するのも仕方のない事なのだ。その上、海外からはどの商品が欲しい、との発注が増える一方であり、各国首相からはマナ球はまだか、とせっつかれていた。
「うう、れいあ、がいこくご、やーなの」
「僕も、くじけそうだ……」
「が、頑張れ! 向こうは、ずっと前に消えた国の言葉を学んできてくれたんだぞ!」
ガウリアの言葉に頷き、書物を漁る。ただ今、かなり古い辞書を片手に大まかな歴史を勉強中である。
「ね、樹にー、まけるって、かなしーね。よわいって、かなしーね」
前者の言葉は戦後ドイツの扱いについてであり、後者は今後の日本の未来に対しての言葉である。
僕は、こくりと頷いた。しかし、それでも以前の世界に居続けるよりマシである。そして、言語習得は円滑な外交関係の為、絶対に必要だ。
そこへ、嵐山防衛大臣の駆るウィッジの独特な足音が聞こえて来た。
「入るぞ」
草食竜に乗って部屋の中に入らないでください。しかし、彼は僕らよりずっと立場が上の人間なので、急いでお茶を入れる。
「信じ難いが、まずは戦争にならなかった事を褒めてやろう。いや、成功だったと言ってもいい。今回得た食料で、日本国民は当分飢えなくてすみそうだ。ささやかな贅沢すら出来る。私も昨晩、肉を食べた」
「ありがとうございます!」
「お前達は、ちょっとは使えるようだ。何せ、戦争を起こさなかったのだからな! そこで、お前達に依頼がある」
僕達は、緊張して言葉を待った。
「アメリカの神父は、かなり特異な聖術士だった。あの、慈愛の光。日本にも神父はいるが、長い戦いの年月で、どうも悪霊鎮めに特化してしまっているようだからな。彼らに癒しを試させたい。他にも、有用な聖術士がいるかもしれん。外務省の呪詛を祓う事が出来る聖術士を探すんだ。彼らを治す事ができた聖術士には……」
そこで、嵐山防衛大臣は考えた。欲に目を眩ませるような者は、癒しの聖術士として強くないケースが多いのだ。
「マナ球を三つ。国家に一つ、当人に一つ、教団に一つ捧げるので、どうぞ医療にお役立て下さいとお願いしろ。そのほかの者への謝礼は、僕となる使い魔を。もちろん、連れてくるのは悪霊を一気に鎮めてくれる強力な聖術士でもいいぞ。ただし、人選はしろよ。ついでに、戦えない者のいくらかを悪霊達がいなくなるまで外国に置いておきたい。留学の形を取ればよかろう。まあ、あれだな。人材の交流だ。それと交易したいと言っている企業の仲立ちもやっとけ。対象国は、安全が保証されればどこでも構わん」
先輩達が、治るかもしれないのだと目を輝かせた僕らは、次第に顔を強張らせていった。
「あの、僕達、新入りで……」
「だが、大人だろう。いいか、くれぐれも戦争状態にはなるなよ」
ダカッダカっダカッ
ウィッジを駆って、嵐山防衛大臣は行ってしまった。
途方に暮れる時間すら許されず、僕らは即刻会議に移った。
オークションでは、巨万の富が動いた。
ホクホクである。それはもうホクホクである。
アメリカ合衆国大統領は、疑似竜の風竜を個人的に、軍にはウィッジを数頭手に入れる事が出来た。無論、騎乗もしてみた。そこで驚いたのが、ウィッジの乗り心地の良さ、速さ、人に対する忠実さ、そして何より、緊急時はバリアを張って乗り手を守る事が発見された事だった。
一回バリアを張ると疲労するようだが、バリア自体は強固であり、それが張られる5秒もあれば、優秀なアメリカのSPが展開するには十分すぎる時間だった。
日本の刀や服も、非常に興味を引く品だった。はるか昔に聞いたサムライという奴か、と感心した。中には本物の妖刀もある。大統領は、大いに満足していた。
ドイツ首相は、疑似竜の土竜を手に入れていた。愛する夫人に発光する宝石も手に入れ、家畜竜も数等手に入れた。
しかし、何と言っても、もっとも喜んでいたのは、イタリアの外務大臣だろう。
彼は、愛する妻にエルフの化粧品を買って送り、奥方は文字通り劇的に美しくなった。
その姿に本人すら、幻を見せる化粧品なのかと疑い、外務大臣は妻を見た瞬間、自然と膝を折り、何度目かのプロポーズを行っていた。
そこからはもう二人の世界で、妻があまりの夫の反応に、特別な時以外はエルフの化粧道具は封印しようと決意する程だった。
さて、オークションで得た物について一通り指示を出すと、彼らがまず興味を示したのは歴史書だった。当然である。日本は何故、どこへ行っていたのか? それは永遠の謎だった。
早速、各国の首脳は各国の議会室で、子供達が学ぶという歴史の投射用タリスマンを作動させる。これは簡単に歴史の概略が学べる、小学生向けの物を流用した物だ。ちなみに、最新のものである。もちろん、ビデオをセットしてある。
しばらく、見知った歴史の授業が始まる。日本視点の、あくまでも日本は正しかったのだという説と、諸外国を敵に回した時点でそれは失策だったという二つの主張。
この辺りは、戦勝国と敗戦国で意見の相違が現れるのは当然なので、苦笑して流す。
そして、いよいよ、第二次世界大戦以降に差し掛かる。まず見えたのは、天空に広がる大きな魔法陣であった。
消えた人々、現れた人々、消えた大陸、現れた大陸。
それらに大騒ぎになっていた、たった十日の間に神々は具現化した。
力の強い神々は火事を、台風を起こした。長崎、広島では哀れな霊達で溢れかえった。
パニックになって神に祈れば、奇跡は起こった。必然的に、神に祈ることの多い宗教者の多くがなんらかの才に目覚めた。それから、宗教者達の必死の布教活動が起こった。何も、奇跡に感激してとか、自分の教団を広めようというのではない。純粋に、溢れかえった悪霊から身を守る為であった。
次々とスライドされる写真映像に、あるいは怯え、あるいは日本に同情した。
この時点では、まだ予想できたことだったので、各国首脳の反応はこの程度の物であった。
ラジオで公式に布教活動に励むようになり、目覚めた才ある者をリストアップし、ようやく生き延びる道筋を見つけた……と思われた時だった。
流星のような光が大量に振って来たのである。それは、人間を狙って追いかけた。
最も、偉大な神が近くにいた場合は、神が怒りを持ってそれらを薙ぎ払ってくれた。守護霊に守られた者もいた。
宗教者達が結界を張れば、それは機能して流星を防いだ。
しかし、それでも犠牲者はいた。
犠牲者は人形のようになってしまった。しかし、人形のようになった犠牲者のとある要人の妹が心を読む才に花開いた事が幸いした。
妹が要人の胸に顔を埋めて泣いていると、唐突に要人の頭に次々と命令を送りこむ何者かの声を聞き取れるようになったのだ。
妹もまた、要人の妹だけあって優秀だった。彼女は、密かに人形以外の者を集め、何者かに攻撃を仕掛けられている事を伝えた。
戦慄する要人達。ただちに全ての宗教家が集められ、攻撃に対する防御の方法が考えられた。やがて、彼らは日本バリアを発案する。日本人全員が、定時に結界を張るという荒業。なんとか身を守った後には、自分達を連れて来た何者かの情報を集めなければならないという事に気づく。それに、石油も探さねばならない。
至急、集められた調査隊。
大陸に行ってすぐ、言葉の問題にぶち当たった。テレパシーという手段に気付くまでの悪戦苦闘。襲いかかる獣……魔物の群れ。
未知の病。
初めて接触し、親しくなる事が出来た村は、日本の病原菌のせいで滅びた。
マナ球の発見、石油の代替とする為の思考錯誤。画期的な薬の発明と大量生産。
ようやく謁見へとこぎつけられたと思ったら、奴隷扱い……。
そして、様々な奴隷。世界に触れれば触れるほど、残酷な現実にぶち当たる。
そして、様々な奴隷の存在を知る日本。
この辺で、虐げられる美女を見てイタリア首相がハンカチの海に沈んだ。
この時、日本は滅亡寸前だった。しかし、外務省は、奴隷を救う事を選ぶ。奴隷と引き換えに、魔王との戦いに向かう日本。
この辺でアメリカ大統領は完全に日本に感情移入して応援していた。
魔王を倒したら、当たり前のように約束は破棄された。始末されかける日本。
全方位、敵、敵、敵。
この辺でドイツ首相は涙を流していた。
それでも従えば、命までは取らないという。日本は既にボロボロだった。だけど、歯向かった。奴隷たちを根こそぎ日本へと運び、僅かな友好国からありったけの食料を買い込み、逃げるように転移した。
酷過ぎた。あまりにも酷過ぎた。
国家としての対面を保っていられるのが不思議なほどである。
自分がもうすぐ滅びそうだというのに、虐げられた者を、めいっぱい懐に呼びこんでの転移。
自殺行為だった。外務省は、国の機関として、無能と言わざるを得なかった。
しかし、それで獣人やダークエルフ族は救われたのである。
気がつけば迫害されていないはずの竜族やエルフ族まで内部に入り込んで厄介になっていたのは迂闊と言わざるを得ないが、それもまた日本の人望である。
……最後に、転移直後の演説が入る。
つまり、日本は安心して暮らせる場所が欲しいだけなのだ。
日本に欲しい物はたくさんあるし、彼らは日本の利益をチューチューする為にも、ぜひとも日本には安定と繁栄をしてほしいと思っている。日本が日本にしかない特産物を安心して量産する事自体が、各国の国益となるのだ。
ささやかな援助など、まったく問題にならない。それに、石油がない為に科学的には完全に後退している日本全土を開発する。その大規模な開発だけでも、大いに潤うのである。それは戦争特需をも凌駕するほどであった。
大いに感謝され、国際的な栄誉も得て、莫大な利益もゲット。ロマンも良心も好奇心も物欲も名誉欲も、なにもかも全てを満たしてくれる、美味しいカモネギである事は間違いない。
完全に利害が一致している事と、予想以上に役立つらしいマナ球についての事、画期的な治療法を頭に叩き込んで、各議会は閉幕した。
そんな時に、通信用タリスマンが光った。
カモネギさんは、三国を仲介し、あろうことか世界にその身を投げ出したのだった。