外務省に帰った僕達は、早速会談場所までの地図と、宿泊施設を探し、厚生省に連絡して医師の受け入れが可能かどうか聞いた。
厚生省の方は医師の受け入れに大喜びだったし、特に問題はないだろう。後は宿だ。
外務省は封鎖されていて使えないし、要人から順に、ホテルユニコーン、次のランクが僧宿安寿、陰陽宿白黒館、そして帝都に一つしかない教会宿の三つ、最後にウィッジ旅館、などどうだろうか。ウィッジ旅館は悪霊対策をしていないが、結界を張れば大丈夫だろう。悪霊対策が出来ている者にとっては、ウィッジ旅館は最高峰の宿である。
僕達は、意を決して通信を繋いだ。
「もしもし、どなたかいらっしゃいますか」
『おお、タリスマンが反応したぞ。君は確か、樹外交官だね?』
タリスマンから浮かび上がる首相の上半身。僕達は、恭しく礼をした。
「首相。お世話になっております。会談の段取りを決めたく思うのですが……」
首相は、若干戸惑った声になる。
『まだ先輩外交官の皆は伏せっているのかね?』
「はい。しかし、防衛省をあげてバックアップするのでご安心ください。こちらは私達が会談に応じますが、そちらはどなたが来られますか」
『……ああ、君。外務大臣を呼んでくれ。会談の打ち合わせをやっているんだ。……さて、すまんね。もちろん、私自身と外務大臣が行くよ』
「一回目の会談ですし、何も首相自らが出なくとも……」
『私自身が行くよ』
良い笑顔で言ったドイツ首相の意思は確固たるものに感じられて、僕達は汗をかいた。
「そ、それで、竜でホテルまで移動、ホテルで会談をした後、お帰り頂くと言う段取りになります」
『観光コースはどんな場所を回るのかね? 楽しみにしているよ。家内は買い物に目が無くてね。病の危険は確かにあるが、それでもそちらの食事にもトライしてみるつもりだ』
……観光コース!?
ガウリアが、とっさに口を開く。
「楽しみになさっていて下さい」
ガウリア、馬鹿! 僕は顔色を蒼くした。ガウリアも、こう言わざるを得ないだろうと目で訴えてくる。
『そうそう、アメリカの医師団百人受け入れの件はどうなったかい?』
「喜んで受け入れるそうです。最先端の医術、ぜひ教えて欲しいそうです」
『それはガイラム大統領もさぞお喜びになるだろう。で、通貨のレートは?』
「レートですか……!?」
そんな事を言われても、僕達は今のドイツで以前どおりのお金が使われているかどうかすら分からない。
「そちらのごはんをー。にほんてーこくのお金で、買います」
『おお、じゃあこちらも何か買おうか。ガーラントはどうかな』
僕達は首をぶんぶんと振った。
そして僕は、交換してもいい物リストを取りだす。
リストに目を通して、僕はそのしょぼさに震えた。目を皿のようにして、良さそうな物を探す。
「さすがに、竜のような機密は困ります。ですが、竜がお好きなら、疑似竜はいかがですか。ガーラントを手の平大にしたようなものです。色とりどりで可愛いですよ。それに、お互いの民需品などの交換などいかがでしょうか」
試しに恐る恐る言ってみると、外務大臣と首相は頷きあった。
『これは余計なお節介かもしれないが、アメリカとも同じ契約をした方がいいだろう。こちらとしては、私を含めた外交団が三十人と医師が各国合わせて百人、護衛が多分、それぞれ五十人ずつ程になると思うが、良いかな。それと、イタリアのフェレント外務大臣も来たがると思うよ』
「こちらとしては、三百名が受け入れの限界です。使節もその三国に限定して頂けるとありがたいです。それと、念のために言って起きますが、軍人の中に聖術師……そちら国では神父でしたか、を多めに入れておいてください」
『神父? それはもちろん、構わないが……神父が必要とは、随分物騒だね。そんなに治安が?』
「ええ、まあ。びっくりなさると思います」
そして、僕はふと気になってある事を聞いた。
「ところで、そちらの有色人種はどうなったかご存知ですか?」
ドイツの首相は微笑んだ。
『今のアメリカ大統領は、黒人だよ』
僕は、その言葉に救われる思いだった。世界は、聞いていた時代から確かに進んでいるのだから。
「では、その方向で話を進めましょう。食料は各国一トンずつでいいですか? 小竜は千匹ずつで……値段の交渉は公的なオークション制という事で」
『待ちたまえ。それではこちらが不利だ。食料がたった一トン? オークション制にするなら、こちらからも何品か出させて欲しい』
「わかりました。その方向ですり合わせましょう。オークションは間に合いませんから、こちらで買い物資金を事前にお貸しします。ほとんどが配給制なので、商品が何もないのが心苦しいですが」
『なに、闇市はどこにでもあるものさ。そういえばこの前、援助の話が出たが、会談の内容はやはりそれだと思っていいのかな? そちらは食料を買いたいとの事だし、いっその事食料援助で話を進めようかと思うのだが』
僕はいっきにそれに食い付きそうになったが、ぐっとこらえる。
「お気持ちはありがたいのですが、まずは、お互いを知ることから始めたいと思います。ただ、貿易品の中に食料は入れて置いて頂けるとありがたいです」
そして外務大臣は下の人と代わり、僕達も専門家を呼んだりして細かい話をすり合わせた。
僕達は、纏めあげたそれに重要書類のハンコを押して、緊張して内閣に提出した。
それは内閣に届けられ、外務省が仕事をしていた事は驚きをもって迎えられた。
さんざんに議論が紛糾し、もう会談の約束をしてしまった事、元々外務省がそのスケジュールで事前に申請していた事と、著しく不利な条件は見られないと言う事で渋々受け入れられた。
大規模すぎて警備に掛かる費用が半端ではないと怒られに怒られたが、それは医者の大量受け入れの功績を持って相殺された。
ちなみに、三国以外の国からも使節の派遣の要請が来たが全て断った。
警備依頼は正式に防衛省に通達され、店への商品の配給は一時的に増大し、新聞では大々的に注意喚起がなされ、大日本帝国中に緊張が走ったのだった。
そして、ついに会談の日。
エンタープライズ号の上には、三国の軍人、医者、神父、要人が集まっていた。ビデオカメラやカメラを携帯した記録要因もいる。カート少佐も、その一行に加わっていた。
エンタープライズ号の他にも、見た事のない飛行機が周囲を飛んでいた。
外国のマスコミらしい。
既に、彼らには帝国の服に着替えてもらっている。お経を編み込んで、タリスマンをつける重装備だ。
そして、いくつものガーラントが帝国から飛び立ってくる。
それぞれに陰陽師や僧侶が乗っていた。
二人乗りの鞍に、相乗りして帝国へと向かう竜達。それを警備の竜が取り囲む。
僕達も、警備の竜の一頭に乗っていた。
日本に入ると、恐れていた事が起こった。
悪霊どころか、普段は守ってくれる善良な霊までもが震える。
『鬼畜米英―!』
襲いかかってくる霊、もしくは荒神を、僕達はあるいは折伏し、あるいは鎮めの儀式を行っていく。
「うわぁぁぁぁ! お化け! ゴースト!」
「落ち着いて! 僕達が守ります!」
そして僕は呪符を取り出す。
「臨兵闘者皆陣列在前、封印!」
同じような九字が、お経があちこちで唱和される。
「どうか、どうかお静まり下さい、この者達は悪しきものではありません……払いたまえ清めたまえ……」
地上で待機していた神主部隊が、一斉に祝詞を唱える。
これはもう、ある意味日本の防衛軍との戦いに等しい。
会談を何故、外国でやらなかったのか、本当にわからなかった。
強行軍の中、悪霊に怯えた神父が、神の名を唱え、祈った。
すると、十字架が発光し、金色の光が霊達を押しのけていく。
「あらぶる神々のいない地で、これほどの聖術師がいるとは! 結界で使節団全員を包めますか?」
神父と同乗していた僧が言う。
「せ、聖術師? 結界とは? この十字架の光は一体……」
「諸説ありますが、私はそれぞれの信じる神が助けてくれているのだと信じています」
「神が!? ……しかし、ああ、この暖かい光は確かに……神よ……」
神父が祈ると、光がますます広がった。
ほどなく、他の神父達も神に祈りだした。祈りの結界が交わり、広がって行く。
陰陽師や僧、神主達が霊を鎮めたのもあり、僕達はなんとか宿に到着していた。
「では、宿にご案内します。最初に、ユニコーン族が経営するホテルユニコーン、ここは聖なる領域なので最も安全ですが、値段も帝国一となります。要人方はこちらへどうぞ。次が僧宿安寿、陰陽宿白黒館、教会宿、それぞれ僧、陰陽師、神父が守護している宿です。最後にウィッジ旅館、ここは守護が無いので護符で身を守ってもらう事になりますが、走竜ウィッジに乗る事が出来、豪華な旅館となっています。会談はここで行います」
僕は説明し、そして目を丸くしているカート少佐に言った。
「あの、以前、私の国が絶対に軍備が手放せないと言った理由、理解して頂けましたでしょうか。以前話す事が許されないと言ったのは、これは、実際に見てもらわなければ狂人扱いされて、帝国が軽んじられるだけだと思ったからです。今現在、日本には荒らぶる神々や霊達が顕現しています。こちらにはない生き物などの問題も多く、絶対に軍は手放せない状態なのです。その代り、僕達もみな霊力や魔力を得たのですが、追いつかなくて……呪いや事故による死傷者は無くなりません。そういうわけで、軍の縮小は帝国には飲めない条件なのです。本国にお伝え下されば嬉しいのですが」
「戦う力がなくては、日本では生きていく事さえできない。どうか、お願いする」
ガウリアが口添えする。
「な、なるほど……。確かに伝えておこう」
それに僕はほっとして、辺りを見回した。脱落者はいなかったと思うが……。
「聖術師について、もっと教えて下さい」
神父達が勢い込んで僧に聞いている。いろんな聖術がみたいとの事で、僕達は医者を案内ついでに病院見学をする事になってしまった。
しかし、あそこは激戦区である。激戦区であるが、要請されれば仕方ない。そこで、医師達と神父達とはここで別れる事になった。
「う……霊達が……!」
病院は聖術師共同の結界で守られているが、その結界の周囲を霊達が巡っている。
「びょういんは、ししゃおーい……」
アースレイアが悲しげに言い、皆しんみりとしてその光景を見つめた。
医師達はあの中に自分達が行くのかと、震えている。
「その服自体が強力な護符ですし、もう地上に降りていますから、それさえ着ていれば大丈夫ですよ。でも、僧達がご一緒します」
僧達がお経を唱え、霊があるいは成仏、あるいは鎮められていく。
その中を、医師達と神父達は駆け抜けて言った。
その他にも、たわいのない所ばかりを案内したが、使節団は様々な事に大いに驚き、喜んでくれた。
道を行くウェッジに驚き、空を飛ぶ竜を見上げ、工事をする獣人の力に感嘆の声をあげ、農園で草木の世話をするエルフの美貌に歓声をあげ、マーメイドの歌声の素晴らしさにむせび泣いてくれた。
そしてドイツ首相のご婦人は、マーメイドの育てた真珠を買って大いに満足してくれた。
タリスマンやこちらの服、アクセサリー、食べ物も売れに売れ、僕は安堵のため息をついたのだった。
夜に服を脱いでしまった者が一人、闇に引きずり込まれかけたが事無きを得、おおむね観光ツアーは上手くいった。
そして翌日、会談の日。僕達は緊張して、会談の場に向かった。
これが成功すれば、首相同士の「歓談」が行われる。
失敗すれば……僕達は使者達の目の前で切腹をし、使者達は丁重に送り返され、あらたな会談がまた後日開かる事になる。
大丈夫、今の所失敗は無いはずだ。
僕とガウリア、アースレイアは頷きあい、一歩を踏み出した。