国交は、ひとまずは上手く行っていた。
イタリアは、愛玩種を国民を挙げて大事にしてくれたのである。
軋轢が全くないではなかったが、しかしイタリアのイメージがあまりにも強烈だったため、おおむね好意的に見られた。
魑魅魍魎も徐々に収まって行き、開発が始まった。
賠償金を無しにする代わりに、大日本帝国はそれに対して正当な支払いをする事となった。
賠償金を無しにする事は国のプライドを傷つけることであり、日本全域の開発を他国にさせて、しかもそれに正当な支払いをする事は相当な負担であった。見方によれば業腹物であったが、物は言いようである。
「アメリカは、自由の国だ。自由を守りきった為に困窮した日本を称えて、賠償金を免除しましょう。ただ、保護国という立場は貫かせて頂きますよ」
「今、日本はマナ球が無くなればどうしようもありません。しかし、寄生するような事はしたくありません。正当な報酬は出させて頂きます」
「わかりました。私達も、出来るだけ現地人を雇う事にします」
そして、握手が交わされる。
放映されたこの会談に、両国国民は心から喜び、大いに自尊心を刺激された。
保護国を貫くという言葉も、守りましょうというイタリア愛玩種事件でのアメリカ大統領の言葉の影響が残る今、非常に頼もしく感じた。
国民達は、いつしかお腹いっぱい食べる事が当たり前となった。
悪霊も減ってきて、順調に開発が進み、全てが順調に行くかに思われた頃。
聖術寮が、防衛省の大臣室を蹴り破った。
「嵐山防衛大臣! 再召喚の反応があります!」
「何!? 緊急事態警報発令! 情報を集めろ! 各大臣を呼べ! ちっ小杉が渡米中か。すぐ呼び戻せ!」
その日の夜遅くには大臣が集められ、国民は固唾をのんで自宅待機、外国に行っていた者達は急いで日本に戻った。
日本人と判断されたら、どことも知れぬ日本のどこかに転移させられてしまうからである。もちろん、他国人と判断されて、日本にいる場合も同等だ。
彼らは真剣に自分の心に問い、移動した。結果、旧大日本帝国陣の全てが日本へと帰還していた。
既に家庭を持っていた愛玩種も、悩みに悩んだ末に、子供を置いて泣く泣く帰国した。
収まらないのがイタリアである。
愛玩種の嫁を貰っていた防衛大臣がすぐさま日本へと向かった。
小杉外務大臣は会談中だったが、知らせを聞いて即時引き上げ。その際に当然、アメリカの要人も保護国の権利を振りかざして会議への出席を要請した。
一番最後に会議室に現れたのは、魔術師教会の会長だった
さんざん待たされた大臣達は、ぎっと会長を睨む。
しかし、会長は慌てず、慎重に内閣総理大臣萩原に世界地図を差し出した。
その世界地図には、魔法陣が記されていた。
「……次のターゲットは、イギリスなのだな」
「さようでございます」
大臣達の間を、ざわめきが覆う。
「……その時と取りうる限りの対策を調べるのにいかほど掛かる」
「聖術寮とも協力し、数日ほど頂きますれば。ただ、最短で一週間は猶予があると思われます」
聖術寮と魔術師教会は、あまり仲が良くない。開口一番に言われたそれは、事態の重要さを示していた。
「二日で調べあげ、天に捧げよ」
萩原首相の言葉に、場がざわめいた。
「対策を纏めあげてからで良いのでは……。お心を乱されてはなりません」
「いや、天は異変に気付いてあらせられるだろう。今はいち早く報告を捧げるのだ。それと、イギリスにすぐ連絡を。四日で対策を纏めて、天に采配を仰ぎ、イギリスに送らねばならん」
魔術師教会の会長は聖術寮の長を連れ、足早に出ていった。
それぞれ、イギリスへの援助方法を考えないと、と言いながら大臣達は散らばる。
イタリア防衛大臣は嫁が浚われない事にまず胸をなでおろし、ついでぞっとした。
……洗脳と、拉致を行う世界があり、それが虎視眈々と地球を狙っている。
とにかく、嫁を落ち着かせてイタリアに報告しなければ。イタリア防衛大臣も、本国に連絡する為、席を立った。
アメリカの要人は、一人会議室に取り残された。
アメリカは、イギリスに対して複雑な思いを抱いている。
……イギリスが、拉致される。ぐるぐると、要人の頭にそればかりが巡っていた。
二日後、夜。各国の大使が、夜を徹して魔術師教会の前に立っていた。
扉が開き、憔悴した様子で聖術士が言う。
「わかりました。一月後の、午前二時です。ですが、ご安心ください。必ず、必ず大日本帝国は対策を考えだします。不安でしょうが、後二日待って下さい。時間はあります」
イギリス大使は頷き、本国まで連絡しに走った。
「何か、出来ないのか。そうだ、アメリカにも神父はいる」
「こればかりは、専門知識と経験が必要となるのです。残念ですが……。結果は必ず皆さんにもお知らせします」
そして、聖術士は戻って行く。対策を講じる為である。
嵐山防衛大臣と小杉大臣が、連絡を受けて官僚を引き連れて中に入る。その中には、樹外交官たちの姿もあった。
樹外交官は、アメリカ大使に囁いて、すぐに大臣達の後を追う。
「……一回だけなら、跳ね返せます」
一回だけ。なら、二回されたら? アメリカ大使は、急速に恐怖が怒りへと変わって行くのを感じていた。アメリカは、世界一の大国である。
ファンタジー? 現代なめんな。
大使は踵を返す。
……イギリスに、核兵器の配備をする事を提案する為に。
日本だって、戻ってこれたのである。向こうの世界を殲滅し、時間を掛けて戻ってくればいいだけの話だ。
後悔させてやる。絶対に、だ。
その日翌日、アメリカは宣戦布告を行い、戦線協定する国を募った。
各国が、特に島国が挙って手を挙げたのは言うまでも無い。
そして、事件発生から一週間後。
「異世界の拉致に断固として戦う会」の国際会議が開かれた。
「皆も知っている通り、奴らは日本を拉致し、今またイギリスを拉致しようとしている。これは非常に許し難い事だ。繰り返す。非常に許し難い事だ。この世界で、他国に侵略されるのは仕方がない。しかし、しかしだ。何故に、異世界の者に対して、我々が征服されねばならない? 奴らには、そんな権利は存在しない。我々をどうこうしていいのは、我々だけである!」
「イギリスの為、世界の為、これほど多くの人々が集まってくれた事、心より感謝する。私達は、絶対に異世界人などに屈しない」
「イタリアの愛玩種の事は、皆さんご存知かと思う。彼女達は今はイタリア国民であり、子供を持っている者達も多い。そんな家族が一時的にでも引き離された事は許されざる事だ。彼女達は、生まれる前から異世界人に人権をはく奪され非道な目にあわされてきた。イタリアはご婦人達を救う為、断固として戦う所存である」
妻の愛玩種の熱い視線を感じながら、イタリア防衛大臣は声高に主張した。
「大日本帝国には、向こうで何もしなかったわけではありません。幸い、機械化への道は各国、特にアメリカの助けで順調に進んでいます。今こそ、大切に溜めていたマナ球を使うべき時が来たのだと思います。天からも、イギリスを救う為、あらゆる手を尽くせとのお達しがありました。大日本帝国も、イギリスの味方です」
「私達の国は、幸い大陸にあります。しかし、彼らの技術が高くなり、大陸も召喚できるようにならないという保証はありません。私達もまた、協力を惜しみません」
そして、彼らは日本が用意した出来る事リストをざっと眺め、それらを組み合わせてどう戦うかを協議しあった。
「グァムの人々には申し訳ないが、転移術はグァムを身代わりにして、そこに各国兵器と兵士を結集しようと思う」
「一度や二度防ぐ程度ではどうにもならない。向こうに行って、異世界転移技術を完全に破壊するのは必須だ」
「グァムに兵器群と軍隊が収まるのか?」
「収めねばなるまい。それとも、他に提供できる島があるか?」
「もちろん、元島民には十分な補償をしよう。それは兵器の提出をしない国にお願いしたい」
「さて、人道的見地から見て、皆殺しにするのは倫理に反する。反撃はどこまでとする?」
会議の最中に、台湾もロックオンされたとの知らせがあり、いよいよ各国は殺気だった。
「人道的見地なんぞ、異世界に適応する必要があるのかね?」
「しかし、向こうは神が実在します。もうすぐ戻ってくるとか。神を怒らせたら……」
その発言に、抗議が殺到した。当然、我らの世界にも神は実在するというのである。発言者はただちに謝罪し、会議は続いた。
着々と準備は進められ、全てのマナ球がグァムへと運びだされる。
これには、アメリカは深く感謝した。機械化は進んでいるとはいえ、本来なら、日本はまだマナ球を十年は手放せない。それに、防衛問題もある。今のアメリカから石油を奪い去るような物であり、武器を捨てて丸裸になる行為だと、日本で作業をするアメリカが一番理解していたからである。そしてこの時、アメリカと日本は対等かつ強固な同盟を結んだ。
そして、一月後、日本の聖術士、魔術師が総出で、イギリスに掛けられた呪いをグァム全土へと丸投げした。
もちろん、グァムにも聖術士、魔術師、軍人が待機している。
世界全ての平穏を背負って、各国の特殊部隊は旅立った。グァムを船として。
結論から言って、真夜中に転移させ、眠っている間に洗脳を済ませようという企ては失敗に終わった。
グァムの特殊部隊達は、転移直後から牙を剥いたのだ……。
十年後。グァムが戻って来た時、世界を揺るがす歓声を持って迎えられた。
どれほどの喜びだったかというと、ドサクサに紛れて地球上の全ての戦争が一時ストップする程喜ばれたのである。
ボロボロになった兵士達は、それでも目的は果したのだと誇らしげに笑っていた。
彼らは残ったマナ球の全てを日本に返却し、日本を感動させた。
アメリカはよく日本を助けたが、やはりマナ球の無い生活は早すぎたのである。・
「日本国民の皆さん! 私達は、やり遂げたんだ! もはや、怯える必要はない。存分に食べ、存分に飲み、存分に働き、存分に友と語らい、存分に寝て、平和を謳歌しよう。もはや、我らは一人ではない。一人ではないのだ。哀しい事に、未だ、世界では戦争はあるが、いい方向に向かって行けると私は信じている。世界は、一度一つになれた。ならば、また一つになる事は可能だろう。祝杯を! この記念すべき良き日に祝杯を!」
萩原首相の言葉に、国民が湧く。
それを見て、樹外交官はガウリア達に聞いた。
「僕達、平和の助けになれたのかな」
ガウリアとアースレイアは涙を流して、こくこくと頷く。
「頑張った。私達は頑張ったさ。良かった。本当に良かった……」
「胸を張って一族に報告できますの」
無言で三人は抱き合う。ガウリアは妙齢のご婦人となっており、レイアは十歳相当に成長していた。樹外交官も立派な青年である。ここまで、長かった。しかし、日本は、生存を果たした。その安堵に、座り込んでしまいそうだった。
「美しいですね、リュシランテ」
「ああ、我らが頑張って導いた甲斐があった」
お前ら何もしてないだろう。人々を導く役目にありながら、それを投げ出した竜族とエルフ族の長達を、樹外交官達は完全無視を決め込む事で対処した。
樹外交官が主人公から転げ落ちたorz