『ふふふ、せんぱぁい。気持ちいいですかー?』
『せ、先輩の……凄い』
夢を見ていた。
これ以上ないほどのグッドドリームだった。
俺の目の前には美希と霧。
flower's。
その二人で俺にご奉仕しているのだ!
こりゃたまらんなー!
『……ほぅら、霧ちん。私が気持ちよくしてあげゆー』
『え? ちょ、ちょっと美希?』
うわーい!
夢に見たflower'sのメシベ同士プレイだー。
ヒュゥ……それにしても美希が上手い。
む、さてはこの美希。
タフガイだな!
恐らくは経験地を荒稼ぎした美希に違いない。
良く見ると胸が少し大きい。
いやー、美希はお得ですなー。
レベル1バージョンとレベル99バージョンで二度おいしい。
まるでメインヒロイン級の扱いだ。
『ふふふ……霧ちん、かーわいい』
『だ、だめ……! せ、先輩が見てる……!』
穴が空くほど見ますとも。
ふふふ……ウチの愛奴隷、すげえ可愛いぜ。
『ほら、先輩。見て下さいー。霧ちんの潮吹きならぬ、霧吹き……なんつって』
酷い!
さすがにそれは酷いよ美希!
もうお前オッサンやないか!
『じゃあ、そろそろ三人で楽しみましょー』
イエイ!
『チャカチャカ……っと』
お、おや?
美希隊員。
君は一体何を装備しているのかね?
『ペニーバンドー』
ほ、ほほう。
なるほどなるほど。
そ、それを使って霧ちんを上から下から縦横無尽に……
『いえ。これを使って先輩の処女を頂きます』
ぎゃー!
やっぱりー!?
お、落ち着きたまえ美希君!
ち、ちみは少し疲れているのだ。
落ち着いてその凶器を……
『ふ、ふふ……逃がさないですよ。先輩』
いやー、霧ちーん!?
まさかの奴隷下克上!?
『レッツインサ~ト』
ひ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーー!
†††
「起きて」
「う、う~ん……う~ん……や、やめてくれ美希ー……」
「起きて」
「ど、どこでこんな技術を……え? 曜子ちゃん? な、なるほど、納得……ぐぅ」
「起きて」
うん?
んん……ああ、夢を見てたのか。
途中まではいい夢だったのに……。
しかし、途中で夢が中断されたような感覚。
身体が揺すられている?
……ああ、誰かが俺を起こしているのか。
隣の家の幼馴染?
いや、しかし。
俺に家の隣には俺を慕ってくれていた少女がいるが、ここは俺の家じゃない。
ああ、そうだ。
ここは死後の世界だ。
「起きて」
平坦な声。
感情が篭っていない。
限りなく無感情な声だった。
怒りも苛立ちも悲しみも何も無い。
そんな声だった。
しかしよく透る声だ。
不思議と胸の内に染み渡る。
この声の主。
恐らくは、古来から脈々と続く無感情系キャラに連なるものだろう。
ル○とか、レ○とか最近だとイ○とか。
古いのだとカ○ュア。
「起きて」
徐々に意識が覚醒していく。
自分を起こそうとしている存在を補足。
NPCじゃない。
俺達と同じ雰囲気。
仕方ない、そろそろ起きよう。
俺は目を開けた。
「……おぁざぃまぁす」
自分で発しておきながら驚いた。
何て不明瞭なボイス。
恐らくは肉体が覚醒しきっていない。
言語を司る部分は半分寝てる。
思考はこんなにもクリアなのに。
周囲に人がいる安心感に、つい普段よりも深く寝入ってしまったのだろう。
故に肉体の覚醒が追いついていない。
「おはよう」
未だ靄のかかる視界で、声を発した人間を見た。
少女。
とても華奢な少女だ。
身長もかなり低い。
恐らくは成長期が殆ど存在しなかったのではないか、それほどまでに小さい。
そして目立つのは頭髪。
白い。
しかし俺のそれとは違い、日の光を受け銀色に輝く美しい髪だった。
肌も白い。
そして何より、可憐。
完成されている。
美術品めいた印象を受けた。
「ここで何をしているの?」
平坦な言葉で尋ねてくる。
不思議そうなものを見る目で。
「……寝てまひた」
「どうしてこんな所で?」
「……ままならぬ事情ゆえ」
「……?」
少女は可愛らしく首を傾げた。
その可愛らしさで、俺のレッドスネークが自主規制なことになってしまいそうだったが、命がけで自粛した。
こんなところで無垢な少女に波動砲の照準を向けるほど、俺は終わってない。
はっきりと開かない目をこすり、立ち上がろうとする。
上手く力が入らない。
地面で寝たので、身体を痛めたようだ。
「……あなた見ない人ね。名前は?」
「おはようからおやすみまでで暮らしを見つめる黒須太一でございます」
「……そう。あなた転校生ね」
うわーい。
完全にスルーだこれ。
基本ボケにはスルーに徹するのが、古来からの無感情系キャラの鉄則だ。
「私は立華奏。生徒会長」
生徒会長、か。
こんな世界にもそんな役職があるんだ。
この子も戦線のメンバーかね。
あの時部屋にはいなかったけど。
「……それで、どうしてこんな所で寝ているの? ……虐められているの?」
こ、この子俺を心配してくれてる?
こんなブサ面な俺を?
す、凄くいい子だ。
こんないい子を心配させるなんて、紳士として失格だ。
ここは紳士らしくジェントリに答えるべし。
「ちょ、ちょっと寝相が悪くて……気づいたらここで寝てました。えへっ」
「……そう」
うむ、紳士らしい応対が出来たぞ。
「……ぬぬ!?」
と、ここで俺は凄いことに気づいた。
気づいてしまった。
今の俺の状況。
俺は地面の上で仰向けに寝ている。
そして俺を見下ろす少女。
そこから導き出される答えは?
「パ、パパパッパパッパンツァー!?」
「パン? パンが食べたいの?」
そ、そうでは無く!
パンツが!
クリスマスに降る雪の如く白いパンツが!
見えてる!(見えてる!)
パンツが!(パンツが!)
背徳感!(幸福感!)
絶頂!(会長!)
だ、駄目だ! 天使の様な穢れない彼女をこの俺の汚れた眼で見てはいけない!
でも見ちゃう。
何故なら俺は黒須太一だから。
「食堂の場所は分かる?」
首を横に振る。
まだこの学園の地理には詳しく無い。
「……そう。じゃあ、ついてきて」
案内してくれるのか?
こ、こんな俺を……。
汚れた視線を向けた俺を……。
ええ、子や!
この子はほんまええ子や!
これからこの子のことを天使ちゃんと呼ぶことにしよう(心の中で)
丁度空腹感を感じていたので、大人しくついて行くことにした。
「ところで立花さんはこんな朝から何を?」
「……お花に水を」
生徒会長は草花を愛する、心優しい少女だった。
†††
俺は天使ちゃんに連れられ、食堂にやって来た。
食堂内は朝食を取るために来たであろう生徒でひしめき合っている。
生徒にぶつからないようにスルスルと間をすり抜けていく天使ちゃん。
俺はストーカーになった気分で背後にピッタリとくっついて行った。
そして自動販売機の様な機械の前。
「ここが食券販売機」
機械を指差す。
「ここで食券を買うの。お金は事務所で奨学金として貰えるから」
そう言うと、彼女はスカートのポケットの中から、デフォルメされた白猫が描かれた財布を取り出した。
その中から硬貨を取り出し、俺に差し出してくる。
「今日はもう間に合わないから、これを使って」
「え、ええ!? 奢ってくれるの?」
「……私は生徒会長だから。困っている生徒がいたら、助けるのが仕事」
「……!?」
ちょ、ちょっと聞きました皆さん!?
こんないい子現代にいませんよ?
この事なかれ主義が万年するこの世の中! 彼女の様な他人に優しく出来る人間はとても貴重だ。
いくら生徒会長だからって、初めて会ったブサ面に優しく飯を奢るなんて……!
もう、これが怪しい宗教の勧誘の手口だとしても俺騙されてもいいや。
「壷百個買います!」
「……?」
い、いや落ち着け黒須太一。
彼女は心からの親切心から言っているんだ。
怪しい壷の販売員じゃない。
「ではありがたく……」
俺は恐る恐る彼女の手の平に載せられた硬貨を受け取った。
彼女は硬貨を持った俺を見つめている。
俺が食券を買うまで、見てくれているんだろう。
「……うーん、種類が多い」
販売機の前に立ったはいいが、食事に種類が多い。
優柔不断系な俺はとしては迷わざるをえない。
「……これ」
販売機のボタンの上で指を迷わせていると、彼女の白くて細い指が横から出てきて、一つのボタンを差した。
麻婆豆腐だった。
「これ、おすすめ」
「じゃあこれにしよう」
俺は迷わず麻婆豆腐を選んだ。
究極紳士(アルティメットジェントリ)である俺は、少女の好意を裏切ることはしないのだ。
販売機から出てきた食券を取る。
「それをカウンターに持って行けばいいから。……他に分からないことは?」
「大丈夫。――このご恩は一生忘れませぬ。もしあなたが悪漢に襲われた際は、小さな声で小生の名を呼んで欲しい。どこにいようと駆けつけましょう」
俺は食堂の床に膝をつき、さながら騎士の如く頭を垂れた。
これは心からの言葉だったりする。
嬉しかったのだ。
初対面の人間に優しくされたことが。
例えそれが自身の立場から出た義務感からの物であれ。
彼女は俺の奇行にも、特に表情は変えず……いや、少しだけ、ほんの少しだけ、ミリ単位で笑顔を浮かべて
「……あなた、変な人ね」
そう言った。
†††
彼女とはそこで別れた。
正直、共に食事をしたかったが、自重した。
人間関係は緩やかに構成すべきだ。
急いた人間関係の構築は、表面上はらしく出来てても内面で破綻する。
それは今までの人生で理解している。
幸い時間ならいくらでもある。
急がなくてもいいのだ。
時間制限があるわけでもない。
のんびりと近づいていけばいい。
「さて、食事食事」
カウンターのおばちゃんから受け取った麻婆豆腐を持ち、俺は食堂に立っていた。
周囲を見回す。
机はNPCの集団で埋まっている。
流石にその集団の中に割ってはいる自身は無い。
一人で食事をしているボッチNPCを探すが、目に見える範囲にはいない。
群青にいた頃は食堂にはぼっちが大量発生していたが……困った。
どこで食べようか。
これ、外に持って行ってもいいのかね?
「おーーーい! くろすーーーー!」
そんな俺を呼ぶ声。
声の元を探す。
少し離れたテーブルからブンブンとこちらに手を振る人間がいた。
日向である。
「こっちだこっちーーー!」
NPCの視線が集まる。
NPCとは言え、多数の人間の目に晒されるのはキツイ。
そこまで心に余裕は無い。
周囲の視線から逃げるように、日向の元に向かった。
日向は相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべ、俺を迎えた。
「いや、お前人ごみの中ですっげえ目立つのな」
笑いながら、椅子を引く日向。
そこに座れってことだろう。
「やーやー」
礼を言いつつ、椅子に座る。
「いやな、今日の朝お前の部屋に迎えに行ったんだけど、お前いなくてさー。つーかお前朝からどこ行ってんだよ」
「趣味が朝の散歩なんだ」
「へー。変わった趣味だな、おい」
別に本当のことを言う必要はあるまい。
無駄に心配かけるのもアレだし。
「おはよう、黒須君」
視線を前に向けると、大山がいた。
相変わらずこれといった特徴の無い少年だ。
三人で食事を取ることになった。
「お前その麻婆豆腐すげえ色だな……」
「う、うん。見ているだけで暑くなるよ……」
二人の言葉に改めて麻婆豆腐を見るが、確かに凄い色だ。
赤い。
どれほどの香辛料を使っているか分からないが凄まじい。
どう考えても致死量レベルの辛さだろう。
しかしこれをオススメしたのはあの天使ちゃんだ。
おいしいのだろう。
それはもう素晴らしく美味なんだろう。
麻婆豆腐をスプーンで掬い口へ。
「イクぅっ!」
痙攣した。
辛い。
熱い。
痛い。
「あばばばばばばばばばば!」
体が振動した。
思わず皿をひっくり返してしまいそうになる。
スプーンを手放しそうになって、何とか思いとどまった。
脳裏に浮かぶは天使ちゃんの満面の笑み(提造)
「ちょ、ちょっ黒須!? お前やべえぞ!? あ、汗が滝のように……!」
「ゆ、揺れてるよ!? 食堂が揺れてるよ!?」
身体の振動は止まらない。
危険信号が脳内にうるさく響く。
しかし食べる。
食せねばならない。
彼女の笑顔(提造)を裏切らない為に!
幸い俺は自動的に身体を動かすのが得意だった。
そういう仕様だった。
腕は自動で動き、豆腐を口に運ぶ。
自動で咀嚼。
嚥下。
運ぶ。
咀嚼。
嚥下。
この行程を自動で行うことが出来た。
思考はしない。
既に意識も放棄している。
†††
「ごちそうさま」
目の前には空の皿が一枚。
意識が戻った時には、既に完食した後だったようだ。
口をナプキンで拭う。
「ひ、ひぎぃっ!?」
ビリリと鋭い痛み。
な、何この痛み!?
痛い!
痛い!
「そ、そりゃ痛てえよ。……ほら」
日向が鏡をこちらに向けてくる。
腫れ上がった唇。
二倍近くの大きさになっていた。
「もう食事というより、処理って感じだったよ……僕も見ていて汗が……」
「俺も。……麻婆豆腐は絶対に食べないようにするわ」
しかし無事に食事を終えることが出来た。
満足感。
食事をしたという記憶は無いが。
満腹感のみが残った。
その後、食事を取った二人と雑談をした。
色々と聞くことはあった。
まずは戦線内での一日の過ごし方。
「基本自由だぜ。作戦とかミーティングがある時以外は何しててもいいぞ」
「うん。あ、でもたまに合同訓練とかもあるね。そういう時以外は各々自由にしてるよ」
「TKはダンスしたり、松下五段は柔道の練習、俺は昼寝したりしてんな」
「野田君はいつも川原でハルバード振ってるよね」
なるほど。
特にこれといって拘束時間が多いわけじゃないようだ。
基本自由時間か。
定期的に召集される部活動みたいなもんか。
「黒須も暇だったら、俺んとこ来いよ。人数揃えばマージャンとか出来るぜ」
「あとトランプとかね」
本当に自由なんだな。
そうか……模範的な行動が取れないなら、授業を受けちゃ駄目なんだよな。
授業を受けない以上、自由な時間が多い。
時間を潰す方法を探すことも検討しないとな。
うーむ、家庭菜園でも作るかね。
……しかし、少し残念だ。
授業受けてみたかった、と少し思う。
健全な人間の中で授業を受けるのも、いい経験だと思ったが……。
まあ、出来ないならしょうがない。
「飯食う方法は分かるか……って、もう分かってるか。基本的に学内で使う金は事務所から貰えるぜ」
「基本的?」
基本的じゃない方法があるような言い方だ。
俺のその言葉に日向は少し、意地が悪そうな顔をして、隣の大山を見た。
「あ、あはは……基本的じゃない方法はいずれ分かるよ」
「んー?」
何やら含みがある。
まあ、悪意は感じない。
俺を驚かせる為に、今は語らないのだろう。
種類の違う笑みを浮かべる二人。
「はははっ、まあそのウチ分かるぜ。な、大山」
ポンと、日向が隣の大山の肩を叩いた。
途端に
「ひ、ひいっ!?」
悲鳴をあげ椅子から立ち上がり、日向から距離を取った。
何事かと、周囲のNPCの視線が集る。
「ちょ、ちょっと何だよ大山。ちょっと肩叩いただけだろ? 何ビビってんだよ」
「え、いや、うん。ちょ、ちょっと……な、なんでも無いよ」
何でも無い様子では無かった。
大山はオドオドとした表情で日向を見ている。
何故か日向をを怖がっているようだ。
日向はそんな大山を見て、何か思い当たるかのように、表情を強張らせた。
「お、おいお前もしかして……」
「ち、違うよ! べ、別に日向君がホモだってことをまだ信じているわけじゃないよ!」
「滅茶苦茶信じてるじゃねーか!」
どうやら先日遊佐っちが言っていた、日向ホモ説は本当に広まっているようだ。
立ち上がり、大山に詰め寄る日向。
距離を取る大山。
「だから言っただろ! アレは根も葉も無い噂だって! おい大山。冷静に考えてみろよ。今まで俺がお前や、他の男メンバーにそれらしい視線向けたことあるか?」
「え、いや……そ、それもそうだね」
「だろ? 誰が言い出したかしらねーけどな。なあ黒須?」
日向が同意を求める視線を向けてきた。
俺は頷き、いい笑顔で答えた。
「昨日さ。日向が俺の手握って『お前の指、綺麗だな』って」
「黒須てめえええええええ!」
「や、やっぱり日向君……!」
顔を青ざめさせて、日向から更に距離を取る大山。
「お、おい大山。ちょっと落ち着いて話そうぜ、な?」
「お、落ち着いてって、どこで!? 人気の無い体育倉庫!? そこで僕に何するの!?」
「何もしねーよ! ちょ、ちょっと座れって大山……うおっ!?」
後じさりする大山に日向が迫った。
そして日向は椅子に足を引っ掛け、前のめりに倒れた。
大山を押し倒すように。
押し倒される大山。
「……」
「……」
「……」
一瞬の静寂。
食堂の時間が止まった。
「いやあああああああああああああ!」
大山の悲鳴が食堂に響いた。
大量のNPCと少しの人間の視線が集まるテーブルから俺はそそくさと離れた。
さて、校内を散策するか。