俺こと、二十世紀最後の砦、黒須太一は死んでしまった。
ああ、しんでしまうとはなさけない。
いや、まあ実際どうなんだろうね。
何で死んだんだろうか。
その辺りが非常に曖昧だ。
確か、いつも通りにしていたはずだ。
いつも通りアンテナ作って、いつも通りDJして、いつも通り飯食って(冬子ん家に潜り込みキャビアおいしかったです)、いつも通り日記書いて、いつも通り自慰に耽って(オカズはflower's)、いつも通り祠のテントで寝たはずだ。
特に外れた行動はしていない。
ありふれた一週だったはずだ。
まあ行動をテンプレ化してしまうと、体が自動的になってしまい思考が鈍くなるので、出来るだけ週ごとに変わったことをしていたわけだが。
たまに全裸で活動してみたり。
たまに車乗ってみたり。
友貴の部屋に忍び込んで、ベッドの下探ったり。
大人のオモチャを一通り部屋に並べてみたり。
まあそれは置いといて。
特に死亡した原因は思い至らない。
……あの世界が終わってしまったのかもしれない。
そして俺は死亡扱い、と。
それならそれでいいさ。
やることはやった。
自分も最後まで保てたし。
言うことは無い。
あとはこの世界でどうするか。
死後の世界。
同じ様な人間がたくさんいるらしい。
その連中と一緒につるむ?
……うーむ。
少し怖い。
もう擬態せずとも普通の人間の中では生きることは出来るはずだ、多分……うん。
俺の中にあった黒い衝動は既に無い。
無くなってしまったか、それとも奥深くに沈み込んでしまったかは分からないが、それがあった場所はポッカリと穴が開いている。
その中に詰め込んでいくのだ。
それが望みだったはずだ。
健全な精神で健全に過ごす。
しかし、いざそうなると怖いなぁ。
今の俺コミュ経験地ほぼゼロだし。
「……何を考えているんですか?」
隣を歩く遊佐っちが、声をかけてきた。
アイロンビューティな表情からほんの少し、こちらを気遣う様な感情が感じられる。
・アイロンビューティ
太一語。アイロンをかけた様なまっさらな無表情を持つ美少女。
ちなみに曜子はロードローラービューティ(淫乱社製)
健全な人間関係なら、こういう時どう返すべきなのか。
普通に返せばいいんだ。
普通普通。
「あ、いやちょっとね。女性が自慰行為を始める年齢について少々考察を」
「……? ……じい?」
童女の様に聞き返された。
「おおう!? ち、違いますです! こ、ここっここの場合のじいとはつまりG! いつ頃からゴキブリを撃滅する行為を行っていたか、という質問ですはい!」
「はぁ」
お、おおう危ない危ない。
常識的に考えてほぼ初対面の相手に自慰行為の開始時期を聞くのはナンセンスだよきみぃ。
ミキミキと話すノリで話ちゃあ駄目の駄目駄目だ。
下手すりゃポリスメンズに取り囲まれるわ。
……いや、いるのかな、ポリスメン。
「ゴキブリ、ですか? そうですね……」
「び、美少女がゴキブリ……何か凄い背徳感を感じちゃうっ」
「……え?」
「あ、いや! ハーイ!トッカーン!ってわけでねっ、黒須太一突貫してまいります!みたいな、ネ!」
「……」
いかんいかん。
少し油断したら、本能的な部分が漏れ出てしまうぞ。
<理性を手放すな!>by太一
うむむ……これはいかんな。
今まで変態的なキャラに擬態することで群青内での適度な距離感を得ていたが……。
擬態する必要が無くなった今じゃあ、素がこんな性格になっているな……。
このままじゃ普通なんてほど遠いんじゃないのアンタ。
自分を戒めねばならぬな。
自戒自戒。
普通の人間関係求む。
「あの……何か私に気を遣っていませんか?」
「むぐっ」
ズバリ言われた。
どうにもこの遊佐っち、かなり洞察力がある。
無表情の奥で、人を分析しているのだろう。
いや、しかし。
ある程度の自重せねば、普通のコミュニケーションなど……。
「いいんですよ。あなたに何があったかは分からないですが、もうここにあなたを縛るものはありません。あなたは自由に生きていいんです」
「……自由に?」
「ええ」
あ、そうか。
そういうことか。
気にする必要なんてないのか。
普通ってのはそういうことなのか。
一々人に合わせて態度を変えなくていいのか。
演技する必要なんて無い。
擬態してきた俺の殻だけど……これを使ってもいいのか。
「じゃあ、いいかな?」
「ええ、何ですか?」
俺は、初めて。
普通になって初めて。
素の自分の、心からの質問をした。
「パンツとブラの色はお揃いなの?」
「……」
返事は腰の入った殴打だった。
††††
「しかし、アレですな」
「……」
「こう全く、死後の世界とは思えんね」
殴打された頬を押さえつつ歩く。
非常に腰の入った一撃だった。
冬子の一撃がリフレインされた。
「……あなたが考える死後の世界とは?」
「こうカワイイ天使が一杯いて、札束の入った風呂でシャンパン飲んだりすんの。で、目の前で女教師ルックの閻魔様が太股を組み替えつつ、俺の罪を数えたりすんの」
「一回死んだ方がいいのでは?」
死んどりますがな。
しかし本当にここは死後の世界とは思えない。
人の気配が違うのを除けば、現実と変わりないように思える。
「では一度試してみては?」
「はて、試すとは?」
「この拳銃で額なりなんなりを撃ち抜いてみてください。既に死んでいるあなたは死にません」
「ギョギョッ!」
拳銃を取り出した遊佐っちを見て、俺はのけぞった。
さすがに拳銃を目の前で見せられると本能的に恐怖する。
反射的にナイフを取り出そうとした俺を止めたのは、徐々にその領域を広げつつある理性だった。
昔なら、拳銃が見えた時点でナイフをスラッシュないしはインサートしていたかもしれない。
「ノーガン! ノーガン!」
「いえ、撃つ気がはありませんが……どうです? 自分で引き金を引いてみますか?」
「俺が引き金を引くのはベッドの上だけさ、へへっ」
「ここをベッドにしましょうか?」
「あひぃ!?」
カチリと引き金を引く音に思わず犬が行う服従のポーズを取ってしまった。
腹を相手に向けて、屈辱を味わう。
ああ、確かにこれは敗北者のポーズだ。
だが、ことこのエリートソルジャー黒須太一に限りこれは勝利のポーズになりえる。
何故ならこの体勢だと、合法的にパンツを見ることが出来るわけだ!
わーい! やったね!
「いえ、冗談ですから。撃たないです、早く立って下さい」
呆れつつも、情けない敗北者を見る目で俺を見る遊佐っち。
ぷぷぷっ、自分の方が敗北者とは思わず、ぷぷっ。
「ちょっと君たち」
とそんなやり取りをしていると、第三者の声が聞こえた。
男の声。
それなりの歳を経た声だ。
視線を向けると、懐中電灯を持った、恐らくは警備員であろう男がそこにいた。
「こんな時間に何をしているんだ? もうすぐ消灯時間だろうに」
巡回か。
まずいな。
何か上手い言い訳を考えないと。
「ちょっと野外プレイを」
「……は?」
警備員はポカンと大口を開けた。
やった、成功だ!
あ、いや違うか。
ポカンとさせるのが目的じゃないんだ。
この場を上手く誤魔化さねばならんのだ。
「……太一さん、行きますよ」
次の言い訳を考えていると、腕が遊佐っちに引かれた。
そのまま道の先へと引っ張られる。
「あえ? で、でも警備員が……」
このままじゃまずいんじゃなかろうか。
普通の学園なら、夜中に生徒を見つけたら、教師に報告をするもんだろう。
「構う必要ありません。アレはNPCですから」
「……NPC?」
また聞きなれた言葉が出てきたなぁ。
NPC?
完全にゲーム用語じゃないか、それ。
要するに人が操作していないキャラだろ。
……ん?
あれ、良く見るとあの警備員、何かおかしいな。
薄い。
ただでさえ薄い俺達に輪をかけて薄い。
まるで機械みたいだ。
「この死後の世界には3種類の存在がいます。まずは私達。これは未練を残したままこの世界に来たものです」
宵闇の中を手を引きつつ、遊佐っちは言う。
「そしてNPC。NPCは元々この世界にいる存在です。話しかければ反応はしますし、攻撃をしかければ自衛しますが、魂がありません。ゲームによくあるNPCと同じものと思ってもらって構いません」
「三つ目は?」
「天使です」
……天使、ねぇ。
ますますもってあの世っぽくなってきたな。
未練を残してここにやってきた人間に天使、か。
こうなんか、アレだな。
ラノベちっくな設定だ。
そして後半に実は死後の世界では無く、ネットゲーム内の出来事だった、とか重大な事実が明かされたりするわけだ。
おお、こ、これは中々いいんじゃないか?
ここには問題を抱えた人間が集まる。
そしてなんやかんやで解決。
現実に戻ってハピハピしたり。
ネチョネチョしたり。
「なんつって」
ありガチ過ぎる。
そんなどんでん返し流行らん流行らん。
「そもそも何だけど……」
「はい」
「俺達ってどこに向かってるわけ?」
グラウンドからの道すがら、全く聞いていなかった。
これはいかん。
新手の勧誘かもしれんのに。
ホイホイついていったら、素人男優としてAVにさせられたり。
ま、まあそれならそれで……
「そういえば言ってませんでしたね。私達が向かっているのはSSSの本部です」
「SSS?」
略称か?
「S(死んだ)S(世界)S(戦線)。神に抗うための人間が集まった組織です」
「(……ネーミングセンス無いなぁ)」
心からそう思った。
全く、つけた人間の顔が見てみたい。
あ、そうか。
今から見に行くのか。
どうせアレだろ。
こんなネーミングセンスの持ち主は、顔にも生き方にもセンスが無いに違いない。
弛んだ頬に黒ぶち眼鏡、勘違いダークファッションにオシャレサンダル。
口癖は「わけわかしまづ」
趣味は少年少女の靴下を採集する様な人間に違いない。
おお、怖い怖い。
新世代のニューセンスを担う俺としては、まず敵対するであろう相手だ。
会った瞬間に襲い掛かるかもしれんね。