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No.21792の一覧
[0] 狼の娘・滅日の銃 【エピローグ】【完結】[なじらね](2010/12/26 22:48)
[1] 第二話/マスミ・ツンデレ・ステレオタイプ[なじらね](2010/09/10 22:02)
[2] 第三話/馬鹿が舞い降りた[なじらね](2010/09/11 22:10)
[3] 第四話/馬鹿がおうちにやって来た[なじらね](2010/09/12 22:01)
[4] 第五話/かなめ!ふしぎ![なじらね](2010/09/15 22:05)
[5] 第六話/時には昔の話をしようか[なじらね](2010/09/18 22:10)
[6] 第七話/ハー・マジェスティ[なじらね](2010/09/21 22:01)
[7] 第八話/マスミ・セブンティーン[なじらね](2010/09/24 22:05)
[8] 第九話/敵か!? 味方か? 月見のベア[なじらね](2010/09/29 22:02)
[9] 第十話/ギフト[なじらね](2010/10/04 22:03)
[10] 第十一話/ジェヴォーダンの獣[なじらね](2010/10/11 22:46)
[11] 第十ニ話/おとうさんだいすき[なじらね](2010/10/22 22:00)
[12] 第十三話/嵐の前の日[なじらね](2010/11/03 04:02)
[13] 第十四話/暴風域(前編)[なじらね](2010/11/11 22:37)
[14] 第十四話/暴風域(後編)[なじらね](2010/11/21 22:07)
[15] 第十五話/黒と黒、獣と狗[なじらね](2010/12/04 02:26)
[16] 第十六話/そして、滅日の銃[なじらね](2010/12/10 22:50)
[17] 最終話/ゆえに、狼の娘[なじらね](2010/12/19 21:42)
[18] エピローグ/一睡の夢、されど醒めぬ嘘[なじらね](2010/12/27 01:13)
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[21792] 狼の娘・滅日の銃 【エピローグ】【完結】
Name: なじらね◆6317f7b0 ID:361fd354 次を表示する
Date: 2010/12/26 22:48
あの娘が怖い。
それに気付いたのは、忘れもしない、あの眼を見た、あの日。

■プロローグ■EL-RAY

熱い。燃えるような熱さだ。耐え切れず男は眼を開ける。
燃えていた。町が火に包まれ燃えていた。
あの娘と暮らしたあの町が、五年間の楽園が、業火に包まれ燃えている。
その光景を、視界の半分を朱に染めながら、男はただ見つめていた。
もう、動けない。老いぼれたもんだ、自分の手と同じくらい握ってきたこいつがこんなにも重いなんて。
ごとり、と男の手から銃が落ちる。
瓦礫に背を預け、もう使い物にならないであろう足を伸ばし、ざまあない、と男は笑う。
燃え盛る火の中で、ゆらゆらと揺れる黒い影。シルエットは少女。
しかし目と口を糸で縫われ、全身に鋭い刺を生やす黒い殻を纏うその人形は、
男の突き刺した腹の小刀さえ意に介さず、血すら流さず、悠然と彼を見下ろす。やがてそれは平然と小刀を抜き投げ捨てた。
そして背中を向ける。もう男など興味を無くしたかのように肩口から黒い翼のようなものを生やし、悠然と飛び立つ──しかし、その時。

「おまえはそこで、まっていろ」

どさり、と黒が地に落ちる。立ち上がろうと腰を上げるも足の震えがそれを許さない。
かつてまだ一匹の獣であったころ、山野を駆け巡り原色の恐怖を次から次へと喰らっていた。
やがて捕縛、精製され調教を受けて後、恐怖ではなく恐怖を放つもの、それを喰らう者として変貌させられた。
その筈だった。しかし今、まるで己の喰らった恐怖という毒にやられたかのように動けずに身を固め、震えている。
そして想う──我は、こんなものを喰っていたのかと。

「繭……子?」

その声に男が顔を上げれば、黒い髪の童女が能面を被ったかのような無表情でそこに居る。
炎の中でさえ涼しげに着物を着こなすその姿は美しく、なによりも恐ろしい。
やがて彼女、常世繭子は袖から何かを取り出し、それを男の足元に放り投げた。
どさり、と舞い上がる埃が高温にさらされ火花と化す。
男が視線を向けると錆付いた鉄の塊、一挺の銃。

「取りなさい、藤原信也」

眉ひとつ動かさず、能面のまま童女は告げる。

「もう眠りてえんだ、繭子」

男の眼に映るのは童女、そして己の千切れかけた腕と足。もういいだろう、と男は笑う。

「それでいいのですか藤原。お前の愛しいあの子を守りたくはないのですか?」
「守りてえよ、だがな。もうそんな重い奴ぁ、握れねえ」
「ならば触れなさい藤原。それだけで良い。お前がふさわしいなら。それは認める」
「認めたら、どうなるんだ?」
「お前は、エル・レイになります」
「何だよ、それ」
「弾丸(アモ)です」
「弾丸(タマ)か」
「エル・レイはこの銃、メキシカンの弾丸です。お前はエル・レイとなり籠められます」
「で?どうなる?」
「〈あれ〉を倒せます。命と引き換えに」
「ふん、なるほどな」

そして男は力を込める。
引き裂かれた傷口から吹き出す血潮、骨とかろうじて残る肉と腱に最期の力を注ぎこむ。
やがて動き出す指。

「上等だぁ」

じりじりと動く指が、血を滴らせ地を這う。
あと少し、あと少しで銃身──これで。

「お前ならそうすると思っておりましたよ、藤原」

繭子の爪先がそれを蹴る。
くるりと回り向きを変え男の手に収まる朽ちたグリップ。

「お前は本当に、くそったれだよ、繭子」
「誉めるでない藤原、恥ずかしい」

そして男は、滅日の銃を握る。

「あの子を守れるならば」

あの子より逃げられるならば。

「この命、惜しくない」

この命、その駄賃にくれてやる。

「さあ、立ちなさい藤原信也」

熱い、燃えるような熱さだ。
燃えている。この身体が燃えている。
銃から放たれた熱が腕を伝い血管を焼きながら心臓に注がれる。
傷口という傷口から吹き出す火。おいぼれたこの体が燃え盛る。
青い火、完全燃焼の炎。再構成される身体。
あの頃に、今一度一匹の獣だったあの頃に。不死鳥は炎の中で蘇る。その時が、来た。

「おはよう藤原、否──」

常世繭子の能面が一瞬解ける。口の端を小さく吊り上げ、微笑む。

「ひとでなしのエル・レイ」

掻き消えた炎から若々しい男の姿、手にしたものは鉛色の光沢を放つ生まれたての銃。
バレルに刻まれるは喰らい合う毒蛇と毒蛙──テルシオペロとデンドロバテスの紋章。

「さぁ、喰うぜ」

そして男は、眼前の化物へと火を放つ。



狼の娘・滅日の銃
第一話 - お父さんと娘は軽トラに乗って -



「私、あなたの娘、らしいです」

その視線には明らかな敵意が見えた。

「つまりあなたには私を養う義務があります」

しかし憎悪が見えぬのはこの年で、それを抑える術を身に付けのか。

「ですが、頭を下げるつもりなんかありません」

聞けば年は十二。憎悪を抑え、けれど眼光から漏れる殺意。

「これは私が有する当然の権利だからです」

あの女に似た顔立ち。かつて自分が捨てた娘。

「もう一度言います。誰がお前を父などと呼んでやるものか」

何かを抑え、けれど意志を滾らせた眼で少女は男に吐き捨てる。

「この糞虫が」

上等だ、と男は笑った。



なのに、ああそれなのに。

「おとーさん!ほら見て!」

深い山あいを抜けるとそこは町だった──。
いやそうじゃなくて、そうじゃないんだ、とハンドルを握る男は悩む。

「いや真澄……ちゃん?」

軽トラックの窓から見える景色に胸踊らす娘を見て、男の心は和らぎ──。
違う違う、そうじゃ、そうじゃないんだ、違うだろう、君キャラ違うだろう。

「小さくてすてきな町だね!おとーさん!」

嬉しそうな娘の顔を見て、この赴任は間違ってなかったな、と男は──。
いやだから違うだろう!お前キャラ違うだろう!一ヶ月前お前初対面で何つった!

「キミね、ひと月前に俺の事、その、クソ虫と」
「あ、路面電車!おーい!」
「聞けよぉ!聞いてくれよぉ!」

騙された、まんまと騙された、と男は心底あきらめハンドルを切る。
父娘を乗せた軽トラは橋を渡り川を越え、やがて町の目抜き通りに差し掛かる。
突然視界いっぱいに現れたオレンジとグリーン。ツートンカラーの路面電車と並走する小さな車。

「こんにちわー!これからよろしくー!」
「やめッ!止めなさい真澄!こっ恥ずかしいッ!」

小さな荷台に一杯の荷物を満載し並走する軽トラ。
隣を走る路面電車の窓、娘の声に気付いた幾人かが微笑みながら手を振る。みんなが笑ってる、娘も笑ってる。

「るーる、るるっ、とぅー」
「歌うなぁぁぁ!」

やがて電車は右に逸れ郊外へと向かい、フロントガラスの向こう側に古びたレンガ造りの駅が見えた。
駅前通りを過ぎると、駅の真向かいに石造りやや大きめの建物が見える。
屋上から〈祝かなめ市政百周年〉の懸垂幕。どうやら市庁舎らしい。

「あれお父さんの職場?」
「ん?ああ。部屋間借りするだけなんだけどな」

へぇー、すごいねぇさすが国家公務員、などと笑う娘の顔に、もういいや、どうとでもなれ、と半ば諦めながらも男もつられ微笑む。
やがて市庁舎前を通り過ぎると。

「あ、あれなんだろう、四角い箱みたい、おかしいね!」

灰色の大きな真四角のコンクリート製建物が目に入る。
〈改装中・市立郷土資料館近日開館〉と書かれた看板を見て、やけに古臭え建物改装すんだな、と男は一人つぶやいた。

「へえ郷土資料館だって、こんど行こう!ね?おとーさん!」
「はいはい」
「はい、は一回でいいの!」
「へいへいへい」
「もうっ!」

ぷくう、と頬膨らます娘を見て、その頬を軽くつねる。小さな唇からぽひゅう、と漏れる息。
んんー!と頬染めながら男の手をぺちぺち叩く娘を見て、やべえ、やっぱ俺の子カワイイ!むっちゃ可愛いぞこいつ!
と早くも親馬鹿前線が絶賛北上中で開花寸前な新米お父さん。
ほどなく車は小さな町の中心部を抜け、古びた住宅地へと入り、そろそろと進み、何度か迷い、娘のナビゲートの末、
ようやく一軒の小振りな平屋建て家屋の前に軽トラを止めた。

「案外ちっちぇえなあ」
「そう?これくらいが丁度いいんじゃない?」

どうせ二人きりの家族なんだし、と娘が返した時、男の眼に、じわり、と涙。

「お父さん、ひょっとして泣いた?」
「あ、あああ、あくびだ、アクビ!」
「へえー」

そういう事にしときましょう──と少し意地悪な笑みを返す娘、藤原真澄を見て、こりゃやばい、と父、藤原信也は動揺をひた隠す。
やべえ、こいつ既に俺の殺しどころしっかり抑えてやがる、しまった、先が思いやられるぜ、ったく──などと目尻に溜まる涙をそっと拭った。



声が聞こえる。

「パパ」

あれは娘の声だ。

「パパ、パパ、ねぇ、なんでないてるの?」

その声が遠くなる。

「パパ、やだ、いっちゃやだ、パパぁ!」

一度きりの家族。
手に入れた宝物はまるで砂糖菓子のように甘く、脆く、手の体温で崩れ落ち、残った物はひとかけらの砂糖粒。
その粒を口に含めば甘い、けれど舌の上で直ぐに溶け瞬く間に消えて無くなり、残るのは甘さという記憶だけ。
男はその甘さを知ってしまった。
生まれて初めて手に入れた家族。甘い砂糖菓子のように蕩けさせる感覚。これを知り今までの日々が色褪せる。
あれほど自分が愉悦に浸っていた黄金色の日々は瞬く間に色褪せ、モノクロームで殺伐とした血の味しかしない日常へ。
潮時だ、足を洗おう、と男は決意した。しかし。

「あんたの足枷にはならない」

あの女の声が虚しく響く。雌の狼、その声が男の足を引き止める。

「きっとあんたは今に不抜け、不貞腐れ、あの日々をもう一度、と願う」

獣のような女だった、そして男も獣だった。

「あたしには解る。だってあんたは生粋の雄だから」

雄と雌の獣は、お互いを噛み殺さんばかりの情熱と熱狂を経て、やがて雌は子を授かる。

「あたしは母になれた。でもあんたは父にはなれない。だから今はバイバイ」

可愛い娘だった。そして雌の獣は母へと変わり、雄も父になろうとした。

「みんなが枯れ果てた時、また一緒に暮らそう」

しかし女は、男を深く知り過ぎていた。

「パパ、いっちゃやだ、パパぁ!」

母となった女の腕から手を伸ばし自分を呼ぶ娘、泣き叫ぶ娘。初めて男は泣いた。

「パパ!パパぁ!」

けれど、足が動かなかった。男は泣きながら、娘の叫びを聞いていた。
何故なら女の言った事は、まさにその通りだったからだ。



実際のところ。
軽トラ一台で済む荷物なので、搬入にはそう時間が掛かる訳で無し。

「というわけで大家さんに挨拶いくから」
「いってらっさいー」
「お父さんも行くの!」

荷解きもあらかた終え、ひと段落ついた頃、用意していた菓子折りを手に娘が父の襟首を掴む。
もちろん菓子折りは事前に娘が用意していたものだ。この男にそんな甲斐性などありはしない。
娘というか若干嫁気取りなのが藤原には小憎らしい。もちろんかわいいという意味で。

「いや一応官舎扱いの借り上げだから、いんじゃねえの?」
「ダメ!大家と言えば親も同然って、ものの例えにいうじゃない?」
「親の親ねえ、つったら爺さん婆さんかよ、耳遠いんじゃねえの?」
「あーもう、ダラダラ歩かない!さっさと背筋伸ばす!」
「へいへいへい」
「へいは一回!」
「ヘイアッッ!」
「うるさいッ!」

デアッ!と藤原が光の国からやってきた巨人のようなポーズを取り、隣家の門前に立つも即座に娘から菓子折りの角で小突かれる。
しかし親子コントの軽い喧騒ですら家人からの反応は無く、人の気配がまるで感じられない。こんなにいい家なのに、と真澄は首を傾げる。 
見ればその古びた数寄屋造りの家は、それでも良く手入れがなされ、新築では出せないであろう味わいと風格が見て取れた。
玄関へと続く前庭も、彩る植木は丁寧に剪定され、この家に対する主人の思い入れが伺える。なのに、彼女には人の気配が感じられなかった。
常世。玄関先で頭を上げればその表札が見える。

「ツネヨ?」
「トコヨって読むんだろ」

興味無い素振りで答えながらも、藤原は娘に気付かれぬよう拳を硬く握り、開き、緊張を解きほぐす。
局長、俺ぁ聞いてねえぞ。トコヨったらモロじゃねえか、よりにもよってその隣に官舎?しかも大家?ふざけんな!
これじゃ化物に首根っこ掴まれたも同然じゃねえか!──心の内で狸面の上司に愚痴る藤原。

「留守みてえだな、よし出直そう」

一刻も早くここから立ち去らねばならない。
まずは隣の仮住まいへと引き返し、何かの間違いだった事にして大至急荷物を今一度まとめ、
軽トラに積みこの恐ろしい化物の口から離れなくてはならない。旅館かホテルを見つけ仮の宿としよう。
これは一体どういう手違いか上司である局長へ連絡をつけ問いたださねば──と藤原が踵を返そうとしたその時。

「こんにちわー、失礼しまーす」

真澄が引き戸に手を掛けると、カラカラと軽い音を立てながら玄関が開く。

「ほら、お父さん鍵締めてないじゃない。だから留守じゃないよ」

ちょ、おまっ、何やっちゃってんのよォ!この子ッ──と心の中で大慌てしながら、
ソウダネマスミ、ハハハと引きつった笑みを浮かべつつ平静を装い、背中から大汗を吹き出す藤原。

「こんにちわー、誰かいませんかー?」

真澄の先には薄闇が広がっていた。
玄関から一直線に延びる長い廊下の果ては、午後の陽光すら届かぬような漆黒。
まるで深海のように何も窺い知る事が出来なかった。
やっぱり留守?と首を傾げる真澄の隣に立ち、警戒する藤原。

「ちょ、ちょっと近所まで買物でも行ってんじゃねえか?だから出直して」
「おりまする」

藤原の胸元から抑揚の無い声が響く。
動ぜず男は瞬時に娘の肩を抱き、そのまま一歩引かせ、同時に自身は一歩進み、真澄に気取られぬよう背中に庇い、声の主と対峙する。

「お前が藤原ですか、なるほど」

胸元に視線を降ろせば長く艶やかな黒髪。
自分を見上げるその眼はガラス玉のよう。端正な顔立ちは人形のよう。
眉一つ動かさぬ能面と抑揚の無い声。着物を纏った童女がそこにいた。

「お前の事は室戸より聞いておりまする」

しかしその声は臓腑の奥まで染み渡る。その眼は何もかもを貫き見通す。
気配が無かったのではない、気配がいきなり現れた。フィルムにカットインするかのように。なんという化物。
この期に及び今更ながら藤原は後悔する。事を構えるつもりなどは毛頭無い。
しかし得物すら持たぬこの状況では自分はいいとして、この子を護り切る自信が無い。
ならばせめて逃がすか。眼はどうだ。駄目だ。突いた瞬間腕ごと持って行かれる。ならば踵で足を。しまったサンダルだ。
しかも駄目だ折れるのはこっちの方だ。ぬかった、気を抜きすぎていたと男は歯を食いしばる。
ここは静かで平穏な町だ、ある一点を除けば。それが今、目の前に居るとは。

「そんなに構えるでない藤原信也」

ぎしり、と何かを掴むかの如く半握りの手、そこに小さな手が添えられる。
その瞬間、力がすうと抜けていく。違う、と男は察する。吸い取られているのだと。

「この町につなぎを置くつもりなら強きものを、楔打つつもりならより強きものを、と室戸には申し渡しましたが。
 なるほど、お前が藤原ですか。銃剣使いですか、なるほど」

局長が?俺を?くそったれ!
どうりですんなり申請が通ると思ったぜ、やられた。
この赴任は俺の希望だ。しかし向こうにすれば渡りに舟って訳か。
くそっ、そうならそうであの狸、一言言ってくれてもいいじゃねえか──藤原の脳裏に口元を歪ませ笑う上司の顔が浮かぶ。その時。

「ちょっとお父さん、見えない──あれ?何この子、かわいい!」

不意に父の腕をすり抜け前へと踊り出る真澄。
直後、自分と年も変わらぬであろう日本人形のようなちんまい童女を認め、
頬緩めたかと思ったら、んー!か・わ・い・い!とか叫びながら、ぎゅう、と童女を抱きしめる。

「なに?なに!あなたたここの子?はじめまして!わたし真澄!隣に越してきたの!」
「そうですか。それはいいのですが、頬擦り付けるのはやめなさい、暑い」
「かわいっ!可愛いッ!カ、ワ、イ、イー!きゃー!嘘ナニこれチョー可愛いんですけど!
 ね、あなたここの子?お父さんは?お母さんは?ね?ね?仲良くしてね!んー!カワイィぃぃ!」

おーまーえーなーにーやってーんだーこーらー、と口をパクパクさせる藤原。
一見すればツンデレ娘とクーデレロリの抱擁にも見えるその光景を、男はただもう唖然と見つめていた。

「わたしが、あるじです」
「嘘ッ!」
「本当」
「え?それじゃ、何?お父さんお母さんは?」
「わたしはこう見えて、お前よりずっと年上なのですよ」
「ごめんなさい!」

ばっ、と体を離し腰を直角に曲げ、童女の前に菓子折りを突き出す真澄。

「隣に越して来ました藤原ですっ!こ、これ、つまらなくはないものですがッ!」
「確かにつまらなくはないものです」

娘が差し出した芋羊羹の包みをし手に取り、しげしげと見た後。

「ふむ。上野名物ですか。これは良いものです。お前の娘も良いですね藤原」

気に入ったらしい。今度こそ藤原の全身から力が抜ける。

「あの。大家さんですか? 私、藤原真澄と言います」
「わたくしは常世──常世繭子と申します」

ああ、そうだろうよと藤原は心の中で吐き捨てる。こんな化物、お前だけで十分だと。
以前、この町の事情を機密文書の字面程度でしか知らない頃、常世とは血族、もしくは組織の名称ではないのか、と密かに思っていた程だ。
この町も常世という組織の支配する町だと。
この町──かなめ市。
面積、約160平方キロメートル。人口、3万人弱。立地、四方を山に囲まれた内陸山間地。
名立たる観光名所も無く、突出した主産業も無い。
行政的には決して潤沢な予算は持たないが特定の産業を振興している節も見えない。
なのに驚くほど人口流出が少ない。しかし流入も限られている。確かに住み良い環境ではある。
景観が牧歌的、のどかで精神衛生上よろしい。また街中に市電が走るおかげでバスなど流通車輌の歯止めに一役買っている。
そして市政開始当時からの建物が一世紀を経てもなお現役で活躍し、これが古風な町の景観を形作りノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
あと飯が結構旨いらしい、これは大変よろしい。などなど、ここまではどこにでもある地方一都市に過ぎないのだが。

「トコヨマユコさん?キレイな名前!」

常世繭子。かなめ市が要たる理由。それは全てこの女に収束する。
どこにでもある地方都市はその理由で、どこにも無い世界唯一の場所に変貌する。

魔道──ラインと称される力の湧き出る源流。

地球の磁力線が南と北の二極を結ぶように、この力の循環は東と西を結ぶ一つの線(ライン)を形成する。
ライン沸き出でる所、東のカナメ。ライン落つる所、西のヴォクスホール。
この二極点は古来より絶大なラインの力を欲する者達によって常に狙われ続けた。
しかし西のヴォクスホールはラインの降り注ぐ場所として、その力を活用した魔道技術が振興され、
また自国の有する強大無比な魔道師団に護られ、蹂躙を許さぬどころか、逆にその力を以って世界の魔道を統べる魔道帝国となり、
未だその隆盛を誇っている。

「お前の名も良い名ですよ、真澄」

告げるその言葉はやはり抑揚が無く、相変わらずの無表情。
だれが信じるだろうか。この人形のような童女が、ラインの源流をただ一人で護っているなどと。
否、信じるしかねえだろう、と藤原は骨身に染みる。
女?童女?ただ一人?とんでもない!この地を狙う者達を一気に醒めさせ、魔道帝国すら牽制しつづける唯一のもの。
こいつで十分、いや十二分過ぎると彼は実感する。これは存在だ。人の形をした力という存在だ。力そのものだ。
それが意志らしきものを有している。これほど恐ろしいものはない。

「誉めるでない藤原、恥ずかしい」

ちらりと彼を流し見て繭子は告げる。
警戒し閉じていた筈の心、その奥底を鍵無しで覗き見るこの存在はやはり心底恐ろしい。
仕事柄いずれ会わねばならなかった存在。しかし心の準備無しに出会ってしまった。
局長、あんた人が悪すぎる、と藤原は心のうちで苦笑する。

「なるほど。やはりお前からは良い匂いがいたします」

繭子は視線を再び目の前の娘に移し、小さな鼻先をひくひくと動かしながら真澄に告げる。

「え?そうですか?なんだろ、シャンプーかな」
「いいえ。お前の芯から発せられる芳香ですよ。ふむ。良い匂いです」
「鼻がいいんですね、大家さんって」

ええ、鼻は利く方です、と意味深な言葉を告げながらも、それ以上特に何かする様子は無く、藤原は僅かだが安堵する。
気に入られたか?それはそれで問題だが少なくとも真澄に害意は無いらしい。
ならばそろそろ退散しよう。こんな所に長居は無用だ。その心を読んだかのように繭子は親子に告げる。

「良いものを有難う。わたくしはこれを食さねばならぬので、失礼いたします」
「いえこちらこそ!これからも宜しくお願いしますね、大家さん」
「繭子で良い」
「あ、はい!」

そして彼女へ一礼する真澄。
ほらお父さんも!と促されしぶしぶ頭を下げる藤原。

「それじゃまたね!マユコさん」

菓子折りを片手に抱え、もう片手を半分上げ機械的に右へ左へ振る繭子。
あれはバイバイの合図なのだろうか、と相変わらずな大家の見送りを受け、親子二人が踵を返したその時。

「良い娘を持ちましたね、藤原」

不意に耳元で囁かれた声。

「あれは、獣の匂いです」

急ぎ振り返る藤原。

「ん?どうしたの、お父さん」
「いや、なんでもねえ」

玄関は、閉じられていた。



薄暗い廊下の中間、漆黒の闇を背に着物姿の童女がひとり佇む。
光漏れる格子戸の向こう、立ち去る親娘の影が揺れ、やがて消えた。
能面のような白い顔、その口元にじわり、と浮かぶ微笑み。

「そうですか、そうですか」

不意に繭子の袖の中、ガギッ、と錆付いた音が響く。

「そうですか。お前が欲するのは、あの者ですか」

袖に手を入れ、それを取り出す。
小さな手に握られたのは一挺の赤茶色に錆びたリボルバー。

「焦らずともよい。お前が選ぶのなら」

ガギギッ、と錆付いた音を立て意志を持つかの如く上がる撃鉄と、回る空のシリンダー。

「それは叶うでしょう」

諭すようにつぶやき、再び錆びた鉄塊を袖に入れる繭子。
重い筈のそれを入れたにも関わらず、絹の袖は揺れる素振りすら見せず。
しかし袖の中でガチン、と撃鉄の落ちる音が響いた。




■狼の娘・滅日の銃
■第一話/お父さんと娘は軽トラに乗って■了

■次回■第二話「マスミ・ツンデレ・ステレオタイプ」


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