とりあえず才人は、ルイズがサンドイッチを貪り終わるのを待った。
キュルケには、ああ言われたものの、才人にはこの局面をうまく切り抜ける方法が全く思い浮かばなかった。
ルイズがここまでボロボロになった原因を作ったことは悪く思っているが、ではどうやって償いをすればいいのか、わからなかった。
一人黙々と、小さい口にリスのように頬張っているルイズを見て、この状況をどう乗り切るかを考えた。
女子と話した数少ない経験を元に、思考能力を総動員する。
そのうち、そもそも、何故、ルイズがこんな状態になっているのかを知らないことに気が付いた。
決闘に勝ったことが、このような状態に追い込んでしまった原因であるとまでは推測がついたが、それにしてはショックを受けすぎだと思えたのだ。
才人は、あの決闘のことを思い出そうとした。
あの決闘のときの記憶は、まるで夢を見ていたかのような……自分が自分でないかのような不思議な感覚に包まれていた。
絶対に負けられない、という感情はもちろんあったが、それに加えて自身の闘争心が煽られるようなものがあった。
「……で、あんたはいつまでいるわけ?」
不意に声を掛けられたことに驚き、才人は思考を打ち切った。
目の前には、空の皿を抱えたルイズが睨んできていた。
一気に血色がよくなったせいか、才人はルイズの眼光の鋭さにうっと言葉を詰まらせ、後ずさりした。
「い、いや、なんだ、その……」
結局何も思い浮かばないまま、ルイズが食事を終えてしまった。
才人はいっそこのまま言葉通り、部屋を出て帰ってしまおうか、と思ったが、キュルケの言葉を思い出した。
男を見せる、とルイズに気取られないように口の中だけで小さくつぶやいた。
頭にわずかに血が昇っていくのを感じ、軽く深呼吸をして気分を落ち着かせる。
「何か俺に出来ることはないか? 出来ることなら、何でもやってやる」
頭に昇った血がそのまま顔の皮膚に滾り、熱くなるのを感じた。
極めて場違いなことを言っている自覚はある。
だが、才人の思いついたことと、キュルケの言う『男を見せる』というものの中間点がこれだった。
謝る、という行為が間違った行為である、ということは才人にも流石に察せられた。
ごめん、と言ったとしても、何が? と言われてしまうと答えられない。
答えられないのは単純に知らないからなのだが、理由もなく謝ることを選ばなかった。
では、謝罪の言葉以外で何が目の前の少女の害してしまった気分を取り戻すことが出来るのか、と咄嗟に考えた結果だった。
「……なんで私があんたなんかに何かしてもらわなきゃならないのよ」
ルイズはじと目で才人を見た。
腹くちくなったことで落ち着いたのか、出会い頭のように才人にくってかかることはしなかった。
ただし悪意は変わらず持ちあわせており、才人を睨む目は力強さがこもっている。
「えーっと、それは、まあ……その……」
決闘で負かしてしまったから、というのはこの場で言うのは相応しくないとわかった。
頬をひっぱたいてしまったから、というのは相応しくないどころか喧嘩を売っていることに等しいことだろうこともわかった。
「ほ、ほら、以前にシルフィードに乗せてもらっただろ? あれのお詫び、というかお礼というか……」
流石に苦しすぎることに、才人は引きつった笑いを見せた。
ルイズはそれを見て怒ることはせず、膝を引き寄せて、目をそらした。
「つくづく自分が嫌になるわ。平民なんかに同情されて……」
ルイズは少し視線を動かした。
才人が平民という言葉に少し反応し、すぐに取り繕ったのを見て、また目をそらす。
二人の間に微妙な雰囲気がただよったまま、沈黙が続く。
外の森の鳥の鳴き声しか聞こえなくなった部屋に、不意に、くぅー、という音が響いた。
「……お、思ったより元気そうだな」
才人はフォローのつもりで言ったのだが、逆効果だった。
ルイズは顔を真っ赤にして、近くにあった枕を引き寄せ、才人めがけて投擲した。
もちろん、枕は羽毛を詰め込んだ柔らかいものだったので、才人は特に避けも防ぎもしなかったが、ぼふっ、と音を立てて落ちた。
「こっ、これはキュルケの薬のせいなの!
平民なんかが知るわけないでしょうけど、あの薬は衰えていた内臓の働きを一時的に活発にさせるの!
消化器官が働くのと同時に体力も少し向上するから、絶食後、食事がうまくできないときに飲むのよ!」
「ああ、だから、お腹が鳴ったのか」
「うっ、うるさいうるさいうるさいっ! わ、忘れなさい!」
ルイズのお腹はルイズの意を反して、きゅるきゅると鳴り続ける。
うー、と唸っていたルイズだが、お腹の音が響くたびに、顔の赤さをより濃くしていく。
才人の指摘通り、ルイズの弱っていた胃は何か新しいものを求めていた。
数時間前までには、あまりに強い感情によってさほど感じていなかった飢えが、ルイズを強く苛んだ。
「まだまだ足りないってんなら、厨房に来いよ。
俺の知り合い……っていうか上司がそこにいるから、頼んで何か出してもらえると思うし」
「あんたの施しなんていらないわよ」
ルイズは強く啖呵を切ってみたが、本心では胸元まで『何か食べたい』という言葉がこみ上げていた。
「……」
「……」
再び二人の間に沈黙が走る。
だが、今回の沈黙は才人にとって有利な沈黙だった。
ニヤニヤ顔を隠さなければならないが、じっと待っていれば向こうが折れてくれることを知っているからだ。
「……わ、わかったわよ」
「そうか。じゃあ、大盛りにしてくれるように頼むな」
「か、勘違いしないでよねっ! あ、あんたがどうしてもって言うから、し、仕方なく行ってあげるんだからねっ!」
「はいはい、わかったよ」
才人は部屋のタンスを開き、着替えをさっさと取り出す。
ルイズは才人の勝手な振る舞いに抗議の声をあげようとしたが、ベッドから立ち上がったとき、目眩に襲われた。
薬を飲んだとはいえまだまだ体は弱っており、立ち眩みをしたところを、気づいた才人に優しく受け止められた。
そのまま、まるでお人形のように着替えをさせられた。
大貴族のお嬢様として生まれ育ったさがか、体が自然と動いて着替えさせられてしまう。
着替えが終わって、部屋を出る前に、ルイズは才人に言った。
「い、いい。今日のことは誰にも言わないでよ。
ヴァリエール家の娘が平民なんかの力を借りただなんて、絶対に言いふらさないの!」
「ああ、わかってるよ。それより、目眩は大丈夫か? 真っ直ぐ歩ける?」
才人はルイズの酷い物言いには怒りを覚えなくなっていた。
先ほどの滑稽な姿を見たせいか、それほど気にすることはなくなっていた。
食堂に移動中、時折足下が怪しくなるルイズを支えては、いらないって言っているでしょ、と返してくることを軽くスルーできるほどの精神的余裕があった。