それから三日間、ルイズは部屋に閉じこもった。
シルフィードから落とした杖は、中庭で発見された。
もちろん、無事ではない。
落ちた地点からかなり離れた場所まで、破片が飛び散っていた。
ただ折れただけならば、魔法などの力を借りて元に戻すことができるが、粉々になってしまってはそれもできない。
メイジにとって、杖は大事なパートナーである。
数日間、念を込め続け、契約を交わした杖を触媒とし、メイジは魔法を使うことができる。
杖がなければメイジも普通の人とは変わりない。
幸い、ここは魔法学院。
杖の予備が売るほどある。
ルイズは部屋に閉じこもり、杖に念を込めた。
三日三晩不眠不休で作業を続け、四日目に杖との契約を遂げ、精も根も尽き果てたルイズは丸一日眠り続けた。
そしてその次の日、新しく契約した杖を持ち、才人を探し始めた。
理由は、先日の雪辱を晴らすため。
その日は虚無の曜日であり、授業はなく、お休みであり、気兼ねなくさがすことができた。
まず最初にルイズはタバサの部屋に向かった。
部屋の主がタバサでなければ、妥当な判断。
ルイズはタバサの部屋のドアをノックした。
返事はない。
流石のルイズも部屋のドアを蹴破って入るほど非常識ではない。
とはいえ、タバサの無口ぶり、他人の寄せ付けなさぶりは知っており、居留守を使っている可能性も捨てきれない。
「ちょっと、タバサ、いるんでしょ! このドア開けなさい!」
ノブを捻ると、さほど力は必要とせずにドアは開いた。
最初から鍵がかかっていなかったのだ。
籠城するかと思いきや、すぐにドアが開いたことにやや拍子抜けしつつも、ルイズは部屋に押し入る。
部屋にはタバサしかいなかった。
窓から入る日光で、黙々と本を読んでいる。
「タバサ、あんたの使い魔は一体どこにいるの?」
ルイズは聞いたが、当然タバサは無視した。
ぴくりとも自然体を崩さず、本のページをめくっている。
「隠すと身のためにならないわよ」
脅しの言葉もタバサにはきかない。
杖の先端をタバサに向ける。
これから魔法を放つという威嚇行為。
平民にとっての剣を抜いて突きつけることか、銃口を向けて引き金に指をかけることに相当する。
無意味にそれをやられることは貴族にとって最大の屈辱だが、ルイズはそれを行うことに抵抗を感じていない。
それほどまでに頭に血が上っていた。
トリスティン貴族は名誉を何よりも重んじる。
戦争時にいかほど活躍したかによって、王から貰う領土の質と量が決まる。
当然領土の量は限られており、国土を切り分けて配分することになる。
それぞれ身の丈にあった広さを貰っていれば問題はないのだが、代替わりし、愚劣と評価される人物が領土を受け継ぐことがままある。
そうなると周辺の貴族の不平不満が募り、様々な弊害がうまれてしまう。
そこで名誉がある。
周辺の貴族に舐められぬように、自戒として名誉という規範を作る。
取り巻く立場により相応しい人物になるための、教本のようなもの。
それと同時に評価基準でもある。
名誉を軽んじる貴族は、貴族らしからぬとして他の貴族に見下される。
逆に名誉を重んじる貴族は、貴族の名を冠するに相応しい存在と見なされる。
自身の持つ名誉を傷つけられたならば、そのまま破滅の道へと進む可能性があり、決して許してはならない。
恥をかかされた、ということは、より高い地位にいる貴族であればあるほど絶対に認められない行為なのだ。
ルイズは、トリステインの名門の貴族。
王宮にも強い発言力を持つほどだ。
=絶対に、恥をかくことは許されない。
まだ、魔法を扱うのが苦手、というものならばなんとかなる。
魔法は天性の才能が多く関わってくるモノで、いかな名門とはいえそういうものだ、と見なすことができるからだ。
しかし、昨日のことは違う。
貴族の使い魔に勝手に乗る平民。
この平民はその使い魔を貴族の承認無しで乗っている。
つまり、その使い魔たる主人を軽んじていることになる。
これを許していれば、すぐさま権威は引きずり落とされ、名誉に深く傷が残る。
故に、相手の肉体に深く「私を舐めてはいけない」と刻み込まなければならなかった。
「なんとか言いなさいよ」
緊迫した空気が流れる。
杖を構えることの意味を遅れながらも認識し、ルイズの額には汗が流れていた。
対照的にタバサは、杖を向けられているにもかかわらず平然としていたために更にルイズを惑わした。
「……知らない」
ぽつりとタバサが言葉を漏らす。
耳をとぎすまさなければ聞こえないほど小さな声だったが、全身全霊をもってタバサに注意を払っていたルイズの耳には届いた。
ルイズは心中で安堵を感じつつも、杖を下ろした。
タバサが何も言わなければ、杖はそのまま掲げていなければならない。
一旦構えた杖を相手に屈して下ろすことは、それこそ名誉に関わることになる。
ルイズは引くことにした。
もし相手がタバサでないとしたら、「嘘つきなさい」と言って詰問をしただろう。
しかしルイズでさえもタバサを相手にしようとは思えなかった。
本来ならば怒った貴族に杖を向けられるだけでも、常人であれば避けるか慌てるか、とにかく反応をする。
タバサはそれをしない。
まるで何もされていないかのように、本を読んでいる。
杖を向けられて反応しないのならば、恐ろしいほどの手練れか、死を恐れていないのか。
何にせよ、そういった相手と関わりを持ちたいとは思えなかった。
ルイズは無言でその部屋を立ち去った。
この部屋で受けた精神的な疲労を、才人と決闘する際に上乗せして与えてやる、と思いつつ。
ルイズはその後、トリステイン魔法学院をくまなく歩いて才人を探し始めた。
しかし、日が暮れるまで才人を見つけることはできなかった。
ルイズの犯した失態は、才人のことを貴族にしか聞かなかったこと。
才人は今日朝早くからシエスタとともに出かけており、学院にいなかった。
なので、ルイズは使用人に才人の居場所を聞くべきだった。
しかし、この学院にいる貴族の典型的な思考でもって、平民と侮り、誰にも聞かなかった。
同じような理由で貴族が平民である才人の行動を知るわけもない。
ルイズは完全に聞く相手を間違えていた。
結局、一日中ルイズは学院の中を歩き回り、夕方になって才人が帰ってきたころには、疲れて自分の部屋で眠っていたのだった。