才人は、食堂の裏をうろうろ歩き回っていた。
部屋から一緒に歩いてきたタバサは食堂に入り、優雅な食事をしている。
才人は使い魔であり、尚かつ平民であるから、食堂の外で待機。
同じく、中にいる魔法学院の生徒達の使い魔と同じく待機していた。
「そういえば、俺の飯は一体どうなるんだろうな」
中型から大型の使い魔に囲まれて、才人はぽつりと呟いた。
さまざまな使い魔が食堂の周りに集まって、各々好きなようにしている。
大型の蛇やバジリクスなどの、一見危険そうな生き物が多くて最初は怖がったが、順応は早かった。
一番顔見知りのフレイムの背を撫でながら、ぼんやりと芝生の上に座り込んだ。
「……おや、君は?」
そこへ、肉塊を運んできた人物が現れた。
フレイムが首を上げ、肉塊に釣られて動き出す。
フレイムだけではなく、他の使い魔達も食事を求めて、集まっていく。
「俺はこいつらと一緒の使い魔です」
才人は自分に向けられた視線の意図を汲み取り、
「ああ、噂の人間の使い魔くんか。君にはこれは口に合わないだろうな」
肉塊を持ってきた人物は使い魔のエサ係だった。
小型の使い魔であれば、常に連れ添って生徒自身が世話をするが、中型から大型までになると生徒だけでは出来なくなる。
そのためトリスティン魔法学院では、使い魔の世話をする使用人がいる。
「しかし、人間の使い魔なんて何年もここで働いているけど初めてだからな。何を食べるのかわからないな」
「人間の使い魔なんですから、人間の食べるものでいいですよ」
才人はくすりと笑った。
「賄い食でいいかな。
うちの親方は貴族嫌いで有名だから、ちょっと上質の材料ちょろまかして上手いもん作ってくれるんだ」
ふと、才人は昨日あったコックの格好をした中年の男性を思い出した。
シエスタが親方と呼び、豪快な人だ。
タバサのことを気に入っていた。
才人は、あんなに裏表のなさそうな人にタバサが好かれていることも思い出し、やはり自分は間違っていなかった、と確信する。
マルトー親父は確かにタバサのことを好いていたが、別に人格的なものを考えて好いていたのではない。
誰もが残すハシバミ草のサラダをただ一人食べ尽くした人間だったからだ。
マルトー親父はタバサの内面を知っているわけではなく、才人はそういった事情を知らない。
ただ才人はタバサに対して勘違いで更に評価を上げた。
「それの代わりって言っちゃなんだが……」
エサ係は傍らに置いておいた肉塊を手で千切り、使い魔の体に合わせて分けながら言った。
「これの手伝いしてくれないか?
どうせ、厨房を案内するのはこれが終わってからじゃないとできないからな。
一人より二人でやった方が早く終わるからさ。何、難しいことでもない、適当でいいから」
「あ、やります、やらしてください」
才人は間を置かずに了承した。
別段、使い魔と戯れるのは嫌いではない。
使い魔の方も、同じ使い魔のルーンを刻まれた者同士、一種のシンパシーを持っているようだった。
故に、この庭に蛇と蛙が一緒にいても、蛇が蛙を飲み込むことはない。
互いに主人に仕える者同士として、敬意を表してすらいる。
才人も同じように他の使い魔達に対して悪い感情を抱いているわけではないし、逆もまた然り。
特にフレイムは才人に惚れ込んでいると言っても過言ではないくらいなついている。
才人は何の肉かわからなかったが、使い魔のエサを受け取り、指示通りに配っていく。
使い魔達は行儀よく、才人の声かけ通りに並び、順番にエサをくわえていった。
「へえ、すごいなあ。毎年、新しく入ってきた使い魔達は言うこと聞かなくて、苦労させられるんだが。
やっぱり使い魔同士気があうのか?」
「そうかもしれないっすね。同病相憐れむってやつじゃないかな」
「病気じゃないだろう、病気じゃ」
二人は談笑しながら作業を続けた。
そこへ、大きな影が才人を包み込んだ。
「ん?」
才人が思わず空を見上げてみると、空からゆっくりと下降をしてくる青い生き物がいた。
背にある翼を小刻みに羽ばたいて、地面に垂直着陸する。
呆気にとられている才人の手から、肉が消えた。
「おっ、大物が来たな」
エサ係の男が楽しそうに言った。
「今年一番……いや、二番の大物使い魔だ。ウィンドドラゴンの幼生。
確か、名前はシルフィードっつったっけな」
「うわぁぁ」
才人は悠々と才人が持っていた肉をくわえているドラゴンを見て、感動の溜息を漏らした。
昨夜、塔の屋上で見た青いドラゴンを、目を輝かせて見る。
「ん? ウィンドドラゴンを見たことないのか?」
「当たり前じゃないですか! ドラゴンですよ、ドラゴン!」
はしゃぐ才人を見て、そんなに風竜が珍しいものか、とエサ係は首を捻る。
確かにドラゴンを使い魔にしているメイジは、トリスティン魔法学院の学年に一人いるかいないかではあるが、野生のドラゴンはたまに空を飛んでいるのを見かける。
使い魔でなくとも、ドラゴンをなつかせて通信や移動の手段などの用途として用いている人も多い。
エサ係は、才人が使い魔だったことを思い出した。
サモン・サーヴァントでひょっとしたらドラゴンの珍しい遠い場所から喚び出されたのではないか、と結論づける。
実際には、ドラゴンは『珍しい』ではなく『存在しない』であったのだが、おおよそはあっていた。
「あー、今年一番の大物使い魔君。
ウィンドドラゴンに構うのもいいが、君がちゃんと並ばせた連中が怒ってるぞ」
才人は、え、と言って振り返る。
エサの配給を滞らせたことに、列を成していた使い魔達が一声に白い目で才人を見ていた。
「あっ、あっ、すまん、お前ら。つい、な、つい……」
ははは、と才人は空笑いし、再びエサの配分をする。
使い魔達は少しだけ不満そうな目つきで才人を見ていたが、無事配り終えるとそれぞれ庭で好きにくつろぎ始めた。
「最後はこいつだが……足りないな」
ウィンドドラゴン=シルフィードのみが正当な分のエサを貰っていない。
才人の手から肉片を盗み取っていたが、全長六メートルほどの大きさの体では、全く量が足りなかった。
きゅいきゅいと不満そうな声で鳴き、才人やエサ係の男に擦り寄ってくる。
「まあいいか、そいつも連れて厨房に戻るぞ」
「え、あ、はい」
「いや、君がいてくれて助かった。一番の使い魔君」
「えと、その一番の使い魔君ってのは……」
「君のことだよ。平民とはいえ、人間の使い魔だ。滅多に見れるもんじゃない。
普通の使い魔とは違って、言葉を話せる。そういう意味から言えば、一番だろ?」
「は、はあ……」
才人は曖昧な笑みを浮かべた。
昨日聞いた話では、人間が使い魔になる前例はない、とのこと。
メイジではなく平民であるが故、それがいいことなのか悪いことなのか言い難いが、とにかくレアリティーはずば抜けていた。
「そこにいる風竜も」
エサ係の男はシルフィードを指さした。
「人間の言葉を理解できても、人間の言葉はしゃべれないからな」
エサ係の男は才人とシルフィードに背を向けて、歩き出した。
「そんなことないのね」
シルフィードが人間の言葉を言った。
才人は目を丸くして、シルフィードの顔を見る。
シルフィードも一瞬びくりと全身を動かし、見つめてくる才人から顔を逸らした。
「何か言ったか?」
エサ係の男が振り返って、才人に向かって言った。
シルフィードの声は明らかに才人の声とは似ても似つかないものだったが、男の背後にいる人間語を話せるとものは才人しかいない。
才人は、どうしたものかとシルフィードと男を交互に見る。
シルフィードは首をそっぽに向けたまま、尻尾でちょんちょんと才人の背中をつついた。
「あ、いや、べ、別に何も……」
シルフィードの行動を合図と受け取り、咄嗟にごまかした。
エサ係の男は少し怪訝な表情を浮かべたが、才人に迷わず付いてくるように指示する。
シルフィードは才人のことを無視したまま、男の後をついていく。
才人は、さっきのは一体どういうことだったのかを考えながら、少し遅れてシルフィードの傍らに立って、歩き始めた。