第三話 開幕と初戦
洞窟を抜けたら、そこは大都市だった。
視界に広がる隔離空間都市は、今にもパレードが始まりそうな程に浮ついていた。
道を歩くのは多種多様な人とそれ以外の者達。
大抵は2人一組である事から、それらはパートナーなのだろう。
他にも一見すると人型だが、それ以外の気配がする者も多い事から、どうやら相当数の魔人も混ざっているようだ。
「おぉーーっ、これが全部会場なのですかーっ!?」
ウィル子が楽しそうにはしゃぐ。
ネットの海で映像としては認識できても、こうして生身でこんな大都市に来るのは初めてである彼女には新鮮なのだろう。
もっとも、自分には然して珍しいものではないのだが。
「全員参加者、という訳ではなさそうだな。」
「寧ろ、それ以外の方も多いみたいですねー。」
よく見ると、人ごみの中には先程受付をしていたラトゼリカと同じデザインの制服を着ている者もいる。
彼らが大会運営側の者達なのだろう。
気配からすると、その多くは魔人の類のようだが……。
(?なんだ?)
道行く彼らの姿に、何処かに既視感があった。
(イスカリオテでか……。)
その姿にほんの少し、郷愁にも似た思いを抱く。
この世界の彼らと自分を結ぶ接点など存在しない。
存在しないが、それでもこちらの彼らを見ると、あちらの彼らを思い出してしまう。
三度目に入ってもう20年、その間嘗ての知人に会う事は無かったが、やはり、こうして視界に入るとどうしても思うものがある。
「マスター、あっちで前夜祭をやってるのですよー!マスターも何か食べて来ると良いのですよー!」
「ん?あぁ、解った。」
ウィル子に多くのテーブルに料理、選手達が入り乱れる場所に引っ張られ、ひでおは漸く思考の海から抜け出した。
(考えた所で、今更だろうな。)
思考を切り替え、自分で足を動かす。
大会開始まで間も無い。
それまでに色々と情報だけは仕入れておきたいため、宴会なら口の緩い輩と話すにも丁度良いだろう。
「……君がヒデオ君か…?」
しかし、この三度目にしてもやって来る厄介事はやっぱり回避不可能な訳でして。
溜息と共にオレは声が聞こえた背後を振り向き、その人物を視界に入れ……同時、表情筋を一切動かさずに警戒を最大値にまで引き上げた。
「…成程、リュータの言う通り良い目をしている……戦う者の目だ。」
(これはまた大物が参加しているな…。)
内心で二度目での彼の能力や経歴を思い出しつつ、ひでおは一先ずこの会話を長引かせ、情報を得る事を優先した。
「…レッドフィールド大佐……引退したのではなかったのか?」
「ほう、その若さで私を知っているとは……君は余程不遇な人生を送ってきたようだな。」
ウィル子が警戒心バリバリの目で睨む中、名を呼ばれた軍服姿の壮年の男、レッドフィールド大佐は小揺るぎもせずに返した。
筋骨隆々だが、それらはこけおどしではなく全て実戦のための代物である事をその全身の傷が物語っていた。
その傍らには彼の相棒である軍用件のロッキーが控えており、低く唸ってこちらを警戒している。
「で、その大佐さんはリュータ知り合いか何かですかー?」
「あぁ、リュータは私の教え子でな。」
(教え子…?)
あのブラッドフィールドにそんなものがあったか?
一瞬疑問に思うが、二度目と三度目の差異など今更であるし、内容も然して重要なものではないため、余計な詮索は必要無いだろう。
「さて、君は知っているようだが、そこのお嬢さんは知らないようなので、自己紹介しておこう。私はジョージ・レッドフィールド、こいつはパートナーのロッキー。」
バウッと返答する様に鳴くロッキー。
大佐との連携は完璧なようだ。
「そして、私達は一年前の大会開場直後に最速で会場入りした参加者だ。」
「い…っ!?一年も前から会場にッ!?」
ウィル子が驚きを露わにするが、生憎とひでおには然したる驚きは無かった。
彼はグリーンベレーから地上で唯一の天界直属の軍事組織エンジェルセイバーの司令官にまで腕一つで登り詰めた超実力派の叩き上げの軍人であり、人間としては神殺しや神殿協会の枢機卿達を始めとした神器持ちを除けば、間違い無く最高戦力に数えられる。
この大会にしても、間違いなく優勝候補に名を連ねるペアだろう。
そして、準備期間や装備の持ち込みがあるのなら、プロとしてそれを絶対に利用する人間だ。
となれば、既に会場内の詳細な地形図や大まかな勢力に関しても把握済みだろう。
(彼の情報を得られれば幸いだが……秘するべきは秘するだろうな。)
彼程の人間なら情報の価値を解っているだろうし、その秘匿をおざなりにする訳も無い。
入手出来たとしても、頑張れば入手出来る程度のものでしかないだろう。
「しかし、リュータといい、君達といい…全く、大した自信ではないか。」
「?」
呆れた様な大佐の言葉に、ウィル子は首を傾げる。
しかし、ひでおはやはり一切表情を動かさない。
「優勝者が決まるまでの無期限バトルロワイヤル、聖魔杯……皆この得体の知れない会場に順応しようと躍起になっているというのに、こうも押し迫った時期に会場入りするのだからな。」
まぁ、当然だろう。
普通なら、彼程とは行かずともある程度準備するものだ。
「既にこの一年で多くの参加者がチケットを稼ぎ、潤沢な装備を整えているようだぞ…?」
「チケットとは…?」
「えぇっと…あ、ありました!」
ウィル子が配られたマニュアルを急いで捲り、目的の情報を探し出した。
「会場内の各店舗で購買するための架空通貨、つまり大会での軍資金ですが……それを稼ぐためには地下迷宮でモンスターをハントする必要があるそうです。ここでのハント成績はランキングとなり、参加者の力量が一目瞭然となっているそうで…。」
どうやらこの隔離空間にもダンジョンがあるらしい。
幾ら何でも、伊織邸地下ダンジョン並の代物ではないと思うが……あそこと繋がっていると言われてもおかしくは無いのが嫌な事だ。
クーガー並の実力があれば恐れる事も無いのだが、生憎と頭脳を除けば、多少場馴れした一般人に過ぎない自分には回避するべき場所だろう。
「完全にウィル子達の準備不足なのですよーーー!」
「ちなみに、そのランキングの一位は?」
頭を抱えてそこら辺の宙で悶えているウィル子はさておき、ひでおは少し気になった事を聞いてみた。
「…私だ。御蔭で、今では優勝候補などと言われているよ。」
「バウッ。」
大佐とロッキーの言葉(鳴き声?)に、だろうなぁ…とひでおは思った。
普通の魔物では幾ら強力であっても、連携と戦術でどうにかしてしまいそうなペアであった。
そうやってひでお達が会話している時、唐突に夜空が明るくなった。
都市直上の夜空に、特有の音と共に次々と花火が打ち上がっていく。
「…2330時、セレモニーの開始だ。」
すると、今までパーティー会場となっていた中央広場が途端に騒がしくなり始めた。
そして、中央に設置されたステージから、燕尾服に身を包んだ司会者が現れた。
『皆さん、聖魔杯へようこそお越し下さいました!』
(まさか、霧島嬢とはな。)
となれば、バーチェスのいる可能性も高いな。
エスティはあれで鈴蘭を認めているから、彼女の上に立とうとはしないだろうし……必要と機会があれば、バーチェスなら出て来るだろうな。
『私は大会最高責任者の霧島レナです、どうぞよろしく!この度は聖魔杯に参加するため、実に3024名もの方々がお集まりくださいました。先ずは主催者に代わり、厚く御礼申し上げます。』
既に先程までの喧騒は収まり、広場にいる参加者達は静かに霧島嬢の言葉に耳を傾けていた。
話を聞かずに反則扱いされるのが御免だという事もあるが、こうした場には必ず何かしら重要事項が連絡される場合が多いのもあるからだろう。
『さてここで大会ルール重要事項の最終確認を致します。先ず第一に、戦闘に関しては殺人を認めません。これを犯したペアは即座に失格となります!』
霧島嬢の発言に、途端に大ブーイングが広場中から巻き起こった。
見ると、それを言う誰も彼もが腕っ節に関しては自信のありそうな連中だが、彼らの意見ももっともだろう。
『皆さんの戸惑いはもっともですが、それに対する主催者側の答えはこうです。』
しかし、続く霧島嬢の言葉に全員が水を打ったかのように静まり返った。
『皆さん、実はこの広場の地下に核爆弾が設置されています!そして、これがその起爆スイッチ!』
「えっ、えっ、核爆弾って本気なのですかーーーっ!?!」
手の中の携帯端末を示しながら、霧島嬢はそんな爆弾発言を行った。
そして、ウィル子の叫びと共にザワリ、と先程以上の動揺が広場にいる者全員に広がった。
かく言うひでおも何かしらあるだろうなとは思っていたが、核爆弾とは思っていなかったため、眉を顰めた。
ブラフの可能性もあるのだから、実際に設置していないとは思うのだが……。
(大会が大会だし、主催者も主催者だからな。本物を持ってくる可能性も高いな。)
少しばかり冷汗をかきつつ、ひでおは思った。
あの連中ならやりかねないなぁ、と。
旧ソ連あたりが昔売り払った代物を再利用するとか、一から作り出すとかもドクターがいれば大丈夫だろうし………そんな事をするほど頭が足りていないとは思いたくはないが、警戒はしておこう。
『さて…例えば今、このスイッチを入れて、この大勢の中の何人が生き残るでしょうね…?人間は恐らく無理、人外でも余程の異質でない限り、無理なのでは?』
実際、それこそアウタークラスの面々でなければ、核兵器の無力化などは出来ないだろう。
天に属する者達はそもそもこちらには存在していないため、どうとでもなるが、それ以外となれば最低でも初代魔王リップルラップル並の防御力が無ければ耐え切れない事だろう。
また、爆風を凌ぎ切ってもその後の高熱や放射線にどう対処するかが問題だ。
これには生身で耐え切るには炎鬼並の生命力が必要になってくる。
もしくは回復技能だが……残留放射能を取り除く魔法など、聞いた事も無い。
(爆風は『あれ』で凌げるとしても、その後が続かんな。)
そもそも、核兵器特有のE.M.P.でウィル子は死ぬだろうし、どうしようも無いだろう。
さておき
『…と言うのは冗談で―――――これは私の携帯電話ですっ!』
途端、広場のあちこちからだぁっ、とこける音が多数、次いでブーイングが再開された…先程の倍の勢いで。
当然の反応だった。
しかし、霧島嬢は小揺るぎもしない。
何の遅滞も無く、司会者として場を進行させる。
『ですが、皆さんが今見せた反応こそがその証拠!皆さんの能力は殺戮において核兵器にすら遠く及ばない!それを今更競う事に何の意味があると?馬鹿馬鹿しい!』
(輝いてるなぁ、霧島嬢。)
元々Sの気がある女性だったが、ここまで公衆の面前で発揮せんでも……草葉の陰でバーチェスが泣いてるぞ。
以前、酒の席で「娘が結婚できるか心配で…」と相談された事は今でも覚えてるんだが………駄目っぽいなぁ…。
さておき
「フッ、成程…40年近く培ってきた私の技術は6割方意味を成さないという訳か…。」
「クゥゥ~ン。」
「…………。」
冷静に分析する大佐と、それを慰めるように鳴くロッキー。
彼には厳しいが、こちらにとっては有利に働く事態は歓迎だ。
『…しかし、それ以外の勝負方法についてはスポーツやギャンブルなど、如何なる方法で行っても構いません!』
霧島嬢の言葉に、また広場の参加者がどよめくが、ひでおは彼女の言葉にやや眉を顰めた。
彼女が言った「勝負方法の自由な選択」、このルールは大きな穴があると言えた。
(双方が合意する内容で決められるか?)
少し考えれば、簡単に解る事だ。
自分の得意な分野に持ってくる事が出来れば、それだけ相手に対して有利に立つ事が出来る。
となると、揉め事は必須だが……。
(それ位は直ぐにでも対処するだろうな。)
聖魔王一派の能力の高さは疑う余地は無い。
なら、その穴を利用できるのは今晩限りといった所か。
『優勝資格はただ一つ、「勝ち続ける事」!より多くの勝ち星を上げる事を目指して下さい!』
霧島嬢の宣言で、またも広場が沸き立つ。
しかし、こういう騒ぎでは冷静に眺めている者達の方が厄介な場合が多い。
(リュータに大佐…あれはバーチェスの部下だったか?成程、既に何組か忍び込ませている訳だな。他にも騒いでる連中の中にも腕の立つ面々はいる、か……。)
全く、どれ程大規模なんだか…。
これを開いたであろう鈴蘭に呆れるが、発想自体は悪い事ではないとも思った。
(あらゆる者に負けを認めさせてこそ、世界を律する者という事か。)
暴力だけでは意味も無く、人間とそれ以外の存在の扱いにも気を配れる者。
少なくともこの場の全員がそうした偏見は少ないだろう。
何せ必ず異種族とペアになっているのだから。
また、戦闘が出来ない者に負けを認めさせると言う事は、相手の土俵に立っても勝つという事でもある。
それ位出来なければ、聖魔王など夢のまた夢。
彼女なら、暗にそんな意図を含めている気がする。
となると、大会は多種多様、予測のつかない混沌とした様相を呈する事だろう。
そして、あの面白い事楽しい事が大好きな鈴蘭の事だから、恐らく自身も参加している。
更に、そのパートナーが問題となってくる。
(本気のみーこ様とやり合うのは勘弁願いたいものだが……。)
恐らく、聖魔王一派では最大戦力であろうみーこが鈴蘭のパートナーに収まるだろう。
当たるまでに棄権するか負けといた方が安全そうだな、とひでおは思った。
…弱気を感じ取ったウィル子が、腕に爪を立ててきたが、気にしない。
『さぁさぁ皆さん!聖魔杯開幕のカウントダウンです!』
そして、霧島嬢の声と共に、カウントダウンが開始された。
参加者の多くが楽しげにそれに乗り、カウントに参加する。
世界を律する権利を争う聖魔杯。
その開幕が迫り、多くの者がその時を待ち望んでいる。
しかし、一つのモノを望みながらも、当然ながら参加者達の望みはそれぞれ異なっている。
ある者は野望を。
『5秒前!』
ある者は復讐を。
『4!』
ある者は妄執を。
『3!』
ある者は理想を。
『2!』
ある者は願いを。
『1!』
ある者は義憤を。
『聖魔杯、開幕です!』
参加者達の歓声と共に、戦いの始まりが告げられた。
「……ヒデオくん。」
そして、周囲から歓声が上がり続ける中、大佐が横に立つひでおの名を呼んだ。
「勝負だ。」
「乗った。」
聖魔杯、その最初の戦いが始まった。
じめじめとした天気は、豪雪や暴風よりも苦手だ(挨拶)
どうも、毎度お騒がせしていますVISPです。
今回で漸く導入編が終わりそう。
はよ試合編に入れと言われそうですが、もう少し待ってて下さい(汗。
描写を可能な限り丁寧にしようとすると、どうしても時間が掛かってしまって……。
…丁寧にしてこれかよ、という突っ込みは無しでお願いします。
…作者の心が耐えられないと思うので(汗
ここから先、大きく変わっていくか原作準拠で行くか微妙に迷い所です。
ある種の分岐点と言いましょうか…原作がかなりの完成度を誇るから、どうしても弄れる部分が限定されてしまう(今更)。
今後も自分なりに頑張っていきたいと思いますが、前書きとかにもある通り、原作を大事にしたい方はどうかスルーしてください。
これもまた二次創作の在り方だと寛大な心をお持ちの方は、どうかそのまま気長に更新を待って下さると助かります。