【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十九話
「さて、どうしたものかな…。」
隔離空間都市地下に存在するダンジョンにて、ぽつりとひでおは呟いた。
何故ひでおが1人こんな場所にいるのかというと、勿論の事ながらリハビリ兼訓練である。
元々ひでおの身体能力は常識の範疇に収まる程度に優秀でしかない。
戦闘に入れば肉体のリミットを瞬間的に解除したり、並列思考や圧倒的な経験や情報、何よりも勝負を滅多に投げ出さないその平静さと神器で勝負するため、今までどうにかなってきた。
しかし、大会もそろそろ大詰めが近付きつつある状態では現状のままでは不安が残る。
しかも先日のレースで大分身体を弱らせてしまった事もあり、早急に身体を以前以上のレベルに鍛える必要があった。
そのために、ひでおは態々危険極まりない地下ダンジョンに単身乗り込んだのだ。
「目標素材取得率は87%か…やはりウィル子を置いて着て正解だったな。」
今現在、ウィル子には物理攻撃能力は殆ど備わっていない。
一応CPU搭載の電子機器や車、兵器等は操作可能だが、生身では殆どどうしようもない。
此処に来る前にエリーゼに鍛える様にも頼んだが、上手く行くかどうかは未知数だ。
それに…
「流石に危険過ぎる!」
ガガガガガン!
迷路上のダンジョンの死角から飛び出してきた蜘蛛型モンスター「アイアンネット」に抜き打ち気味にS&W M49を5連射。
ボディーガードの通称を持つこの拳銃は、服の中から取り出す際に引っ掛からない様に撃鉄を半内臓方式にしたため、シングルアクション射撃を可能としている。
今回ひでおは手加減のいらないモンスター相手と言う事で幾つかの銃火器を装備しており、その中でも奇襲に即座に対応するためにこの拳銃の他にも信頼性の高いS&W M13を懐に入れている。
「っち!」
しかし、その名の通りに人程もある鋼鉄の蜘蛛は名に負けぬ耐久力・防御力を誇る。
ひでおは余り抜き打ちが得意でないため、柔らかい複眼を狙ったのだが5発中2発しか目に当たらず、残りは弾かれてしまった。
(距離を取らねば押し切られるッ!)
複眼へのダメージで怯んだアイアンネットから距離を取り、構えたるはM16A4にM203グレネードランチャーを装着した一品。
一度中距離となれば、そこからは既にひでおの銃における得意距離となる。
「っ」
銃身が拳銃よりも長く、信頼性に長けるこのM16シリーズはひでおの求める要求を全てにおいて満たしていた。
ましてや弾種はスチール弾芯を採用する事で貫通性を高めたM855。
この時点でアイアンネットの運命は決まった。
ドドドドドドドドドドドドッ!
先程拳銃弾が命中して潰れた複眼二つに向けて、狙撃並の精密さで命中、貫通させる。
しかも一度頭の中に入った弾丸はその甲殻により二度と外に出ず、跳弾し続けるのだ。
アイアンネットは断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、最早痙攣するだけの死骸となった。
「つっ…やはりフルオートなんかすべきじゃないな。」
3点バーストもそうだが、如何せん反動がきついし、照準が散らばる。
何とか反動を耐えているが、病み上がりには辛いものがある。
それでも何とか57階まで下りてくる事ができたのは、一重にひでおの実力に他ならない。
しかし、何故人間となったひでおでも、ここまで戦う事ができるのだろうか?
それは中の人の嘗ての経験と技能によるものだ。
何時も使用する並列思考や多くの知識とそれに裏打ちされた対術、更にはあらゆるツールに精通する器用さ。
文官筆頭ともいえるえるしおんが、何故そんなものを?
これは彼がイスカリオテでも稀有な「準アウター級戦力」に登録されていたからに他ならない。
2000年の歴史においてあった、幾度かのアウター級との戦闘。
それは彼が最高司令官であるからと比較的安全な後方に居続ける事を許さない。
一度天災以上のアウター達との戦端が開かれれば、貴重な戦力兼指揮官として前線に赴く。
また、魔族の王族にしてイスカリオテの司令官という立場上、常にその実力を見せなければならない。
しかし、単なる魔導力や身体能力等のスペックでは、彼はトップとして君臨し続ける事は難しい。
だからこそ各種体術や武器一般の扱いを修め、常に最新の兵器・戦術・技術に通じるように努力・研鑽・訓練を怠らない。
それを2000年近くし続けるその精神力こそが、えるしおんの、ひでおの最大の武器なのだ。
…カチ…
ひでおは全速で音源から距離を取りつつ、重たいM16A4ではなく、懐の
その後、即座にM16A4の銃口と共にS&W M49を音源へと向ける。
同時に視界の隅に捕えた人影がほぼ同速でこちらへと銃口を向けるのを視認、神器の発動準備を整える。
ッザ!
そして、銃口を微塵も相手からずらさずに、2人は相対した。
「って、ヒデオじゃぇねぇか!何やってんだ?」
「…リュータか。脅かすな。」
「おーい、どうしたのさリュータ・サリンジャ―?」
「ねね鈴蘭、あれってヒデオ君かにゃー?」
何故か現れた聖魔王御一行に、ひでおは漸く肩の力を抜くのだった。
「奇遇ね。」
「えぇ…。」
直後、ひょっこりと顔を出したエルシアに、胃壁がマッハで溶けだしたが。
「へー、ヒデオはリハビリがてらか。」
「まぁな。」
リュータと共に先頭を歩きつつ、常に周囲に気を配る。
どうせだからとリュータ一行と合流したひでおだが、やはり連携の訓練もしなければならないと心にメモする。
最下層付近ではやたらめったらと物量任せの魔物は出ないが、その分質の面ではダンジョン表層のものよりも遥かに高い。
…しかし先程から出現した次の瞬間にはVZに切り捨てられるか、エルシアに視線を向けられただけで退散していくので、リハビリの目的を達成できていない気がするが。
「結構降りたが…目的はこの先か?」
「あぁ。大佐の地図の空白はもうちっと先に行った場所にある。」
(さて蛇が出るか、鬼が出るか…。)
合流してこの階層に来るまでの道中でかなりの数のモンスターを撃破したが、しかし、油断はしない方が良いだろう。
それに背後にいるのは世界でも上から数えた方が早い面々だが、それでも女性は女性。
一応ひでおの「紳士センサー」(提唱者:預言者様&教皇様)に反応はするので、しっかりとエスコートしなければならない。
…もしエスコートしなかった場合、後が怖いというのもあるのだが。
「んー、でもヒデオさんって強いんじゃ…?」
「鍛えねば鈍るさ。所で、何故敬語?」
態々こんな所にいる理由は、リハビリと素材確保を兼ねた資金調達。
だが、何故か鈴蘭がさん付けで呼んでくる。
レースの時は確か君付け出会った筈だ。
「何故さん付けに?」
「あー、その…マリーさんが色々と。」
「成る程。」
彼女の事だ、てっきり情報を独占すると思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
教えるべき事は教えるべき相手に教えたと、そう言う事なのだろう。
「御若いのにー大変大へ…あれ?この場合はお年寄りー?」
VZが無駄に頭を悩ませているが、問題はそこではない。
勿論、疑問符を上げるリュータでもない。
微妙に知りたそうにこちらを見つめる、魔族の姫君の方にこそある。
「…っ」
表情には一切出さないが、その分服の下にはかなりの脂汗が出始めている。
頭の中で警鐘が割れろとばかりに鳴り響き続ける中、同じくエルシアの視線に気づいたVZが気の毒そうに視線を向けて来る。
それは勿論、リュータと鈴蘭も例外ではなく
「…………。」
「…………。」
只管に背にエルシアの視線を受け続ける。
刻一刻と増加するプレッシャーに、ひでおの胃は甚大な被害を受けている。
…それはこの後多少改造されても良いからドクターに胃を超合金ニューZα製にしてもらう事を真剣に検討する程だった。
「お、っと。また模様替えか。」
そんな微妙な沈黙が流れる中、漸く一行はまた一つ階段を降り、石垣を積んだ迷宮から泉や河などの水源を持つ鍾乳洞へと入っていった。
そして階段横に目立たないプレートが一つ。
『聖魔杯記念公園 ララミー鍾乳洞』
「どんなネーミングセンスだ…。」
M16を担いだグラサンメイドこと聖魔王猊下に4人の視線が集中するが、本人はぶんぶかと首を振って必死に否定する。
「わ、私じゃないよ!?」
しかし誰も視線を合わせようとせず、それぞれ鍾乳洞内の景色に視線を移す。
「カッコ!カッコは私の事信じて「あ、小川がある~♪」オイ待てコラ」
目を反らし、距離を取って小川へと入っていくVZを追跡する鈴蘭。
ここで放置したら聖魔王ネーミングセンス皆無説が定着してしまう!
比較的説得に難儀しそうなVZ(ひでお・リュータは話せば解る。エルシア?聖魔王は無駄な事はしない)に必死に撤回を迫る鈴蘭だった。
「あ!鈴蘭見て!イワナ!ニジマス!」
「おおお!?カッコ、捕獲捕獲!」
「ほいさー!」
VZのレイピアが煌めいたと思うと、岸辺に5匹の魚が打ち上げられ、ピチピチと跳ねていた。
流石は魔人、見事な剣の冴えである。
「おお!カッコスゲー!」
「にゃっはっはっは!この程度大した事、は?」
しかし調子に乗ったからか、つるりと水苔で足を滑らせるVZ。
「うわわわわ!?助けて鈴らっ…!」
「ちょカッコ、引っ張ったら…きゃー!?」
ばしゃーん、と大きな水柱が二つ。
「「たーすーけーてーっ…!」」
2人はドンブラコドンブラコとドンドン遠くへ流されていく。
ぐったりと頭を抱えて、リュータは溜息をついた。
「何やってんだあいつら…。」
「取り敢えず、拾うか。」
最早この手の事に関しては諦観の領域にあるひでおは、手早く2人を追いかけ始めた。
「16ページ。」
エルシアの声と共に、ぼふっ!と熱風が吹き、濡れ鼠となった2人を乾かす。
「ありがとうエルシアさ…くしゅん!」
「あうううう、もっと、もっと16ページしてくださいエルシア様~。」
冷たい水で思う存分冷えたらしい2人は、乾いてもなお寒さに震えていた。
そんな2人を見かねてか、ひでおは携帯ポッドから紙コップに紅茶を入れて渡した。
「2人とも、紅茶を飲むと良い。少しはマシになるだろう。」
「ありがとうヒデオさん…。」
「ありがとう~。」
ずずず…と紅茶をすする2人。
本当は音を立てない方がいいのだが、生憎と2人ともそういった作法とは対極に分類されるため期待した所で無駄だろう。
「どうだ?」
「さっぱりだが、そろそろ見えてきた。」
男2人は白紙部分を埋めた地図を睨みながら思考を巡らせる。
最後の空白部分。
この都市で今の所大佐だけが到達したであろう場所。
「…何があると思う?」
「物騒なもの、だろう?」
「これだけで、何か解るの?」
魔界のお姫様の言葉に、男2人は頷く。
「経験を積めば、とつくが。」
「詳しい所は向こう側まで回り込んでからだな。」
じっとエルシアが地図を見つめる。
「やっぱ何かあんのか?」
「えぇ、でもよく解らない…。」
要領を得ないものの、普段周囲に無頓着なエルシアがここまで興味を見せ続ける事も珍しい。
ダンジョンの深度もあり、既にリュータとひでおはひしひしと危機感を感じていた。
「一旦引き揚げるべきか…?」
「だが、次来たら何も無かったというのも有り得る。」
むぅ…と頭を捻る男ども。
安全策を取るならリュータの言う様に引き揚げるべきだが、ひでおの言う事も一理ある。
だからこそ、ちょっと悩む。
「あれ?ねぇカッコ、何か落ちてる?」
「お宝お宝!?…って、ただの吸い殻じゃん?」
騒ぐ2人に、ひでお達も自然とそちらに注視するが…その瞬間、何故かVZがすらりと抜刀する。
「んもー!これだから煙草吸いと酒飲みは?ダンジョンは皆のものですマナーを守って正しく綺麗に使いましょうスラーッシュ!!」
「待て!」
リュータの突然の静止に、鈴蘭とVZはびくっと肩を揺らした。
「な、何々?どったの?」
「罠?煙草型爆弾?」
「いや…」
リュータは捨てられた吸い殻に歩み寄る。
見れば、それは見知った銘柄。
師であるレッドフィールド大佐が好んで愛飲する葉巻だった。
地下70階まで到達したのは未だ大佐達のみ。
ならば勿論の事、この階層にも到達している筈なのだ。
「これがここにあると言う事は大佐か…。」
「あぁ。しかもこれは大佐からのメッセージだな。」
「「?」」
「……。」
実用的なものではない、先人の知恵として話を聞いただけであった。
吸い殻を残すのは彼が嘗て経験したベトナムや南米などの密林において、それ以外に利用できそうな物が無い状態で使用されたと言う。
見落とされて当然、敵に勘づかれて当然の策だが、それでも味方にメッセージを伝えなければならない危険な賭け。
そういう状況で使ったのだという。
そのまま残っているのなら、敵拠点や大規模なトラップフィールドを示す悪い知らせ。
フィルター部分が残っているのなら、味方拠点やヘリとの合流ポイントを示す良い知らせ。
更に吸い口の方が指定する方角で、巻紙のはがす、フィルターを解すなどで他の意味合いを持たせるのだそうな。
とはいえ、今回は紙巻き煙草ではなく葉巻なのだが…。
「へー」「ほー」
「「……。」」
感嘆の溜息をつくVZと鈴蘭、対象的に考え事かなんなのか無言なひでおとエルシア。
しかも気まぐれのポイ捨てではない証拠に、今まで下りてきた階層には何処にも吸い殻が捨てられていなかった。
それに彼は愛煙家にして、重度のヘビースモーカーだ。
こんなマナー違反はしないし、根本まできっちり吸う筈。
「でもでも、モンスターに蹴っ飛ばされて偶々此処に吹っ飛んだって事ないの?」
「いや、それは無いだろう。」
煙草の周囲の地面を検分していたひでおが言った。
「この辺りの地面には戦闘の痕跡が無い。多少人が歩いた様な痕はあるが、それ以外は何も無い。大佐クラスが苦戦する程の魔物となればそれなりの痕跡を残す筈だし、物量で攻めてきたにしても大量の痕跡が残る。」
流石に空中からのは残らんが、な。
真剣な目でそう言い切ったひでおに、鈴蘭とV・Zはまたもおーと感嘆の溜息をついた。
「何この迸るプロ臭…。」
「ダンジョンオタなんて目じゃないねー。」
「おいそりゃオレの事かコラ?」
それはさておき
「じゃ、この階に何かあるって事だよね?」
「あ、そうだね。この階にしか無いわけだから。」
「とは言え…」
お宝かなー?とのん気に呟くVZと鈴蘭に対し、リュータは思案顔だ。
「悪い方の知らせなんだが。」
「ほう?」
葉巻はそのまま転がっている。
ナイフで切れ目を入れた痕も、火を点けた痕も無い。
箱から出して直ぐの様に、本当にそのままの状態。
「来るぞ。」
悪い予感というものはよく当たるとは、誰の言葉だったか。
リュータの警報が先程から止まらない。
先のエルシアの気掛かりとも符合している様に思える。
魔族のプリンセスである彼女と、師である大佐が危惧する様な事態。
ヒデオが警告を発したのは、リュータがその可能性を真剣に検討し始めた瞬間だった。
隠しもしない、極々普通の足音が2人分。
どちらも大佐の葉巻の吸い口が示す方角からだった。
「おや、先客でしたね。」
言ったのは30代前半程度の金髪の優男だった。
流した長めの金髪、知的な縁無し眼鏡、上等なスーツに品の良い革靴。
これ程深く、危険な場所に、気軽に手ぶらで佇んでいる。
その男に付き添うのは、高校生程の少年だ。
針の様な髪に、黒いデニムの上下。そこまでは普通だ。
問題は腰の左右のリボルバー、胸の左右のオートマチック、腰のガンベルトの剥き出しの弾丸、たすき掛けにした胸のガンベルト内のマガジン……容姿に反してかなりの装備だ。
ただその物々しい装備に対し、その表情は年相応の精気が無く、垂れ目気味のやる気の無い目でスーツ姿の男を見つめている。
「どうするんだい親父?」
「あっはっは。どうもこうもないでしょう、ザジ君。私達は参加者であり、この方達も参加者。こんな地の底なのですから、ここは一つお互い仲良くですね」
にこやかに手を差し伸べてきた男へ向ける。
そこには一切の邪気などなく、ヒデオから見ても本当に害意は見てとれない。
だが、リュータはその瞳に殺意を迸らせながら、一切の遅滞なく腰の拳銃を抜き放った。
「見つけたぞ……てめぇ、アーチェスだな。」
殺意漲るリュータの様子に、あっちゃー、と天を見上げたくなるひでおだった。