それいけぼくらのまがんおう!第十二話
聖魔グランプリ前編 ~晴れ時々鉄血の雨が降るでしょう~
『皆さん、こんにちは!!本日は待ちに待った聖魔グランプリ開催日――!!』
ワァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!
青く晴れ渡った空の下、レナの実況の元に観客と参加者達のテンションは天井知らずの鰻登りだった。
両者ともやはり多種多様な人種種族容姿であり、この大会の異色さを際立たせているが、誰も彼もそんな細かい事は気にしていないし、留めもしない。
この辺りは、やはり聖魔王鈴蘭の偉大さ(と言うよりも扇動の才能)によるものなのだろう。
『実況は毎度お馴染の私霧島レナが担当します。さぁ、スタートまでもう間も無く!ここでルールの最終確認をしておきます。』
「うはー、すごい熱気なのですよー。」
「まぁ、今回は非参加者や敗退者も参加可能なのだし、当然だろうな。」
レナのルール確認が行われる中、ひでおとウィル子のペアは車から一端降りて周囲の参加者達の様子を確認していた。
誰もがテンション鰻登りであり、戦意は十全。
しかし、真に警戒すべき者達はそんな中で静かに闘志を漲らせているか、心底楽しげな連中と相場は決まっている。
ひでおは平静そのもの、ウィル子はやや圧倒されているものの楽しげだが、やはり地力の違いは如何ともし難いため、毎度毎度警戒は必須だ。
装備に関しては既に昨夜の時点で点検と整備、今回使う予定の特別車もカリカリにチューンしてある。
そして、レースそのものは翔希・エリーゼペアかひでお・ウィル子ペアが魔殺商会側よりも先にゴールすれば、こちらの勝ちとなる。
勿論、完走する事は最低条件であり、優勝を狙うのは言うまでもない。
「おーい、ヒデオー!」
そこに、エルシアを連れたリュータ、更にその後ろに婦警(with岡丸)が近寄ってきた。
エルシアは相変わらず何を考えているか解り辛いが、リュータの方は相変わらずの陽気さで声をかけてきた。
「リュータか…そっちもオープンカーか。」
「レース中に自由に動けるからな。そっちは……また変わったもんを持ってきたな?それ、学術都市の最新モデルだろ?」
「あぁ、扱いは難しいが、かなりのものだぞ。」
リュータが言った通り、学術都市とそれなりに取引をしているエリーゼ興業に無理を言って用意してもらった代物だった。
名称、MNK-Eという、学術都市製の6WD(6輪駆動)のハイブリットカーだ。
ちなみに、開発時の愛称はモニカ。
開発スタッフは当初この車を高性能イタ車にするつもりだったそうだが、上層部の査察が入り、白紙になったとの噂があるちょっとアレな車だ。
さておき
デザインこそ一般的なスポーツカーのそれだが、6輪駆動故の高い安定性と加速力、走破性を誇り、最高時速400kmを誇る、正真正銘のモンスターマシンである。
その速さを支えるのは最新式のエンジンと電動モーターの他にもう一つ、ボディ表面に0,0001mm単位で刻まれた特殊な模様にある。
サメの肌が水流の乱れを抑えるというが、この車も同じような原理で空気の流れを整える整流機能が備わっており、ダウンフォースを発生させる事で高い安定性を得ている。
市販車最速とは行かないまでも、しかし、それら最高峰の車の中では最も高い安定性を実現する事に成功した傑作だ。
しかもこの車、最優秀生産モデルのD型をエリーゼ興業の技術によって一部にミスリル銀を使用し、車体の剛性をそのままにして12%の軽量化を実現した特別仕様のE型だ。
そもそも元になったD型自体、近年激しくなっている国際的な無差別テロ対策の元、防弾防刃対爆対火仕様の物であり、市販車でありながら「対人地雷にもマシンガンにも負けません」が謳い文句にする程のものだったりする。
唯でさえアレなイロモノ車に、今度はエリーゼ興業技術者達の悪乗りと情熱とパトスと変質的な愛情その他諸々から「壊すんなら対戦車兵器でも持ってきなぁッ!!」な超頑丈な仕様に成り果てている。
自重しろ、ではなく、もっとヤレ、とウィル子とエリーゼが2人して煽っていたのがひでおの印象に残っているイロモノだ。
なお、生産は完全受注制、注文によっては細かい機能や仕様が変更できる。
「にほほほ、電子制御を多い車種ですから、ウィル子ならお手の物なのですよー。」
「へぇ、そいつは楽しみだ。簡単に抜かせてくれるなよ?」
くっくっくっく…と好戦的な笑みを浮かべ合う2人から視線を外すと、こっちを見ている美奈子が目に入る。
はて、そんなじっと見られる事をしただろうか?とひでおは疑問に思いつつ、一先ずは挨拶しておく事にした。
「北岡女史か、君も参加を?」
「はい、今回はヒデオさんと言えど負けませんよ!」
自信満々に微笑む美奈子の姿を何処か微笑ましく思いながら、ひでもまた彼女の威勢に応える様に口の端をくっと持ち上げる。
「だが、オレ達は手強いぞ。」
「えぇ、知ってます。だけど、真っ向から勝ちに行きます!」
正々堂々を体現する言葉に、今度は(非常に解り辛いが)苦笑が浮かぶ。
汚れた大人筆頭を自覚する身としては、何とも言えない気分になるが、それ以上にこんな事を言われたら加減は出来ないな、という思いが湧き起こる。
「そうか……では、加減しない。」
「はい、こちらこそ!」
最後に綺麗な敬礼を残し、美奈子は人ごみの中に姿を消す。
リュータ達も既に姿を消しており、スタート地点では各々が最終調整も終え、今か今かとスタート宣言を待っている頃、バイクのエンジン音が後ろから近づいてきた。
「よう、ヒデオ!」
「長谷部翔希にエリーゼか、そっちも準備万端の様だな。」
ご存知、エリーゼ・翔希ペアだった。
そんな2人が乗っているのは如何にも早そうなバイクだった。
ひでおは詳しくは知らないが、モトGP級、それもひでお達のエリーゼ興業の技術力によりミスリル銀をフレーム等に採用し、約10%の軽量化と30%の剛性強化を実現した代物だ。
公式大会のレギュレーションには通らないだろうが、それでも凄まじいスペックである事に変わりは無い。
「ふふ、新入り。あんたは精々私達の足を引っ張らないようにしなさいよね。」
「むっかー!そっちこそ私達の後塵を拝するがいいのですよー!」
バチバチィッ!とエリーゼとウィル子の精霊2人の間に火花が散る。
まだまだ未熟なウィル子を、エリーゼが先輩風を吹かしている様子は、一見仲が悪い様に見える。
しかし、2人の容姿(外見年齢は大体中学生lv、しかもエリーゼは服装もそのもの)故に、その様子は何処か微笑ましいものに周囲には映る。
必然、翔希の顔は苦笑いに、ひでおは僅かに口元を綻ばせるだけで、止めようともしない。
「狙うは優勝。」
「負けないぜ。」
「お互いにな。」
ニヤリ、と翔樹とひでおも互いのパートナーを放って好戦的な笑みを浮かべる。
口元を歪ませるだけと顔全体で戦意を現すという違いはあったが、双方間違い無くヤル気になっていた。
一応手を組んでいるとは言え、やはり、こういった場では一番に立ちたいのが男の、否、漢の性だ。
勿論、魔殺商会よりも下位になる事は考えていないので、その時は協力して立ち向かう事になる予定だ。
「にしても、2人に会ってから何かエリーゼが変わったんだけど、何かあったのか?」
「猫被りを指摘しただけだ。」
言外にあれが素だ、と翔希に告げる。
翔希はあれがか……と、ちょっと遠い目になる。
出会ってから昨日まで、ずっとあの間の抜けた調子のエリーゼと組んでいたため、どうにも馴染めないらしい。
翔希の交友関係上、周囲には唯我独尊な後輩兼聖魔王や怖い姉、最近疎遠な幼馴染兼彼女、何処か天然なクール系巫女少女、無表情エターナルロr(検閲)、食いしん坊お姫様等まともな女性がいた試しが無い。
そんな翔希にとって、優秀で害の無い不思議系少女は貴重だったのだろう。
(そんな経験してたら、そりゃ女性に逆らえんだろうな。)
2000年前から女難というかヤンデレに頭を悩ませているひでお、もといえるしおんはただポンポンと労わりを込めて元勇者現バイトの肩を叩いた。
「こっちも一応うちの連中使って妨害対策はしてるけど、あっちの方が物量は優れてるんだから気を付けときなさいよ。」
「伊織達にだけは負けないようにな。」
「気遣い助かる。そちらも気を付けてな。」
「ふ、ふん!バーカバーカ!」
そう最後に告げて愛車の元に去っていく2人を見やり、ひでお達も改めて何時でもスタートできる様に車に乗り込んだ。
「にしてもツンデレでしたね、エリーゼ。」
「あれで以外と面倒見が良いからな。一皮剝ければちゃんと神になれるだろう。」
「にほほ、本当に良い先輩なのですよー。」
そんなこんなを言いつつ、スタートまで後僅か。
準備はしたが、それでも勝てるかどうかは解らない。
はっきり言って不利、そもそも弾丸が一発でも当たればひでおもウィル子も著しく行動が制限されてしまう普通の人だ。
服が魔道皮膜済みなメイドや正体不明の全身タイツ集団とはそもそも耐久性の時点で大差が付いてしまっている。
それでも、諦める気は更々無かった。
「ウィル子、今回は君の方が主役だ。頼んだぞ。」
「にひひ、任せてくださいマスター!こう見えてもウィル子はヤル時にはヤルのですよー!」
心底楽しんでいるという風情の相棒に、ひでおはまたも口元を僅かに歪ませる。
今日は随分と表情筋を使っているな、と脳裏でひっそりと思う。
「では、行こうか。」
「はい!目指すは優勝なのですよー!」
そして、数分後
『それでは聖魔グランプリ、スタートですッ!!!』
「579ページ。」
っずどおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!
開始宣言と同時、グランプリスタート地点周辺は阿鼻叫喚の火の海と化した。
スタート地点である広場のみならず観客席にまで飛び火し、被害はあっと言う間に広がった。
無差別攻撃、大量虐殺、完全破壊。
そんなフレーズが脳裏をよぎる様な惨状であった。
「……お…おい、エルシアさんよ。」
周囲に響く悲鳴と怒号、爆音に冷や汗をびっしりかきながら、リュータは魔道書の最後近くを開いていた己のパートナーに声をかけた。
「殺したら失格だって、ここに来た当日に聞いたよなオイ!?」
「即死以外は大抵治せるとも聞いたわ。」
素っ気なく答えた魔族の姫君は、魔道書をぱたんと閉じるだけだった。
この過激さは一体誰に似たのだろうか?
それとも生来のものなのだろうか?
リュータには解らなかったが、兎も角、このお姫様のご機嫌を損ねないようにしよう、と改めて誓った。
『ひ、酷い!これは酷い!!何と言う事でしょう、参加者全てが固まっているスタート直後の一網打尽を狙っての悪鬼羅刹が如き所業!あなた本当に人間ですか!?』
壇上の物陰に隠れて難を逃れた霧島レナの言葉は半ばヒステリックだった。
具体的に言えば、紛争地帯であるまじき虐殺風景を目撃した報道リポーターの様な感じ。
「言われてんぞ、おい。」
「魔族だもの。」
至極もっともな話だった。
もっともだったが、色々と言いたかった。
ちなみに、流石は聖魔杯参加者と言うべきか、辛うじて被害の無かった者や少なかった者は既に出発を始めていた。
また、乗り物がダメになった者は徒歩、そもそも必要の無い者は阿鼻叫喚を避ける様にして出発していた。
そして、その他の大多数の参加者は自棄になって各々が其処彼処で乱闘を開始していた。
「行かないの?」
「ああクソ!」
巻き込まれてはたまらない。
車のハンドルを改めて握り、ブレーキペダルを放すと同時、リュータはアクセルを思いっきり踏み込んだ。
「何が起きたのですかぁぁぁぁぁっ!?!」
「良いから前見ろ回避回避ーーー!!!」
所変わってひでお&ウィル子ペアの2人は、吹っ飛んできた諸々の物体の回避に専念していた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?!」
悲鳴を上げつつも、ウィル子は右へ左へハンドルを激しく切って降り来る障害物を回避していく。
車やバイクのパーツは元より、何か人型のものまで飛んでくるため、余り注視したくない光景だった。
残虐な光景とか絶望的な光景(主に預言者とか妹とかが原因)には慣れていたが、20年以上のブランクがあると、流石のひでおも顔が引き攣った。
そして、現在も紛争地帯さながらに断続的な爆発音や戦闘音が響く中、スピーカーから司会兼実況役のレナの悲鳴染みた実況が響いてくる。
『た、只今入った情報によりますと、スタート直後の爆発は一部で展望階の君やマジカルプリンセスと人気の高いエルシアさんの全周型広範囲攻撃魔法によるものだそうです!』
(生きてて良かったぁッ!!!)
ひでおは内心で盛大に喝采を上げた。
よくぞアレに巻き込まれずに済んだものだ、と自分の幸運を喜んだが……次いで入って来る情報に再度顔を引き攣らせた。
『そこに魔殺商会のレンタル車両に仕込んであった自爆装置が引火!?前日から会場に仕掛けられていた地雷原も誘爆してって…ちょっと無茶苦茶が過ぎるんじゃないんですか、魔殺商会さん!?!』
御尤も、とレナの言葉に頷いた者はきっとかなりの数に上る事だろう。
レナの声も既に司会とか実況とか投げ捨てて素で半ギレしていたが、これは誰も非難できない。
にしても、幾らルール無用のレースとは言え、人道的とか倫理観かと人として大事なものを放り投げている辺りは、流石はあの魔殺商会と言うべきだろうか?
あまりの悪辣ぶりに、ついつい過去の自分の判断を疑いたくなってきたが、それはさて置き。
今は先ずこの場を離れる事が優先だろう……さっきから辺りで銃声やら爆音や怒声罵声悲鳴絶叫その他諸々が聞こえて来るし。
「ウィル子、前に出るぞ!」
「了解です!」
そして、2人はスタート地点を後にした。
『うひゃぁ!?げ、現在スタート地点一帯は魔殺商会会社員とエリーゼ興業側労働者が交戦状態に突入し、そこにレースを台無しにされた参加者までもが乱入して大変な…って危な!?危ない、危険だってば!!良いから皆逃げてー!!』
パタタタタタタタタタ!ずどーん!どごーん!ぱきゅんぱきゅん!ズズン!ドゴン!ざ、ザザ、ざ………。
……備え付きのラジオから流れる戦場の音を聞き流しつつ。
(霧島嬢、無事を祈る。)
つい十字を切ってしまうひでおだった。
「くっくっく…見つけたぞ、川村ヒデオ!」
順調とは行かずとも、走り出した2人の後方に、遂に敵の親玉、もとい魔殺商会社長こと伊織貴瀬がお気に入りの真紅のディアブロに乗って姿を現した。
そのやや後方には魔殺商会印の車に乗った全身タイツや萌えメイド達。
どいつもこいつも戦争でもする気なのか、過剰なまでも火器を携行していた。
お前らいっそ傭兵でもやれよ、と言われんばかりの武装と錬度だった。
そして、その更に後方から付いてくるジープが一台。
未だに距離があるためか、参戦してくる気配こそないものの、その一台に乗る2人組は(ひでお達が思うのもなんだが)かなり奇特だった。
運転席には金髪リーゼントのチンピラ風の若い男がおり、その横の助手席には……
「何故に埴輪!?」
そう、ウィル子の叫び通り、それは正に埴輪だった。
ただ、サイズが2m近くあり、どう言う原理か知らないが(恐らく日本式ゴーレムとかとそんな所だろう)、意志を持って動いている。
なお、埴輪のデザインは鎧を纏った兵士、大○神のあれと言えば伝わるだろう。
「……またアウター級か……。」
ぽそっととんでもない事実を口にするひでお。
この都市に入ってから予想はしていたが、どうにもアウター級の存在とのエンカウント率が上がっている気がしてならない。
(頼むからもう増えないでくれ!)
(くすくすくす!…だぁめ♪これからもっと楽しくなるんだもの♪)
返事されたと思ったら、堕天使からでした。
しかも的中率の高過ぎる事態悪化の預言付き。
(もしかしなくとも参加中か?)
(今ちょっとスタート地点で立て込んでるけどね。)
それきり止まった念話にほんの少しほっとするが、今すぐではないというだけにすぎない。
(早めに距離を稼ぐべき、か……。)
この世界には体系化された転移魔法は神殿協会の拠点強襲用のものしかない。
一応、一部の高位存在(例、聖魔王、聖四天等の天使)が可能としているが、鈴蘭は力を失い、マリーはこうした遊びのルールに関しては結構厳しいため、今暫くは大丈夫だろう。
なら、今は目の前の事態にだけ集中すればいい。
幸い、もう一台のジープの方は余り早さはでないし、中の人も特に早いという訳ではない。
それよりも今も鉛玉を撃ち続けている魔殺商会側の方が危険だ。
「小口径弾は気にせず、ロケットやバズーカのみ回避!」
「了解です!」
その頃のワイルドハンニバル組
「っち!魔殺商会の連中、あんなもんまで持って来やがって!」
「…気にするんじゃねぇよ、ジョニー。それより、今は完走する事を、考えな…。」
「へい、ハニ悪さん!」
その頃の魔殺商会組
「くくくく……遂に魔殺商会にミスリル部門を設置する日が来た!そのためにも、川村ヒデオにウィル子!貴様らは邪魔だ!」
「じゃ、全員攻撃開始―!」
そして、鈴蘭の号令の元、魔殺商会印の車から大量の銃弾と砲弾が放たれていった。
「ひええええぇぇぇぇぇっ!?!?」
悲鳴と共にウィル子が巧みなハンドル捌きを披露し、ひでおの指示通りにバズーカや地対地ミサイル、対物ライフル等の車体を破壊できる攻撃のみを回避していく。
マシンガンやライフル等の小口径弾に関しては当たっても然したる被害も無く、窓ガラスや車体の表面を火花が弾けていくだけだった。
「ますたー、このままだと何れは回避し切れません!」
「エリーゼ達が来るまで持たせればいい。こちらからもしかけるから、天井を開けてくれ。」
焦りを滲ませるウィル子の言葉に、ひでおは慌てず騒がず指示を出すと、今度は自分も得物を片手に開いた天井から後方の魔殺商会の車へと照準を合わせる。
勿論、そんなひでおを狙おうと魔殺商会の全身タイツやメイド達が攻撃を激しくするのだが、ウィル子が車体を小刻みに動いかす事で命中させない。
「風速、確認…弾道、計算……。」
ぼそっと、誰にも聞かれる事の無い声が漏れる。
7つの並列思考を展開し、現状で最も効果的な一撃を与えられるポイントを算出していく。
そして、結果が出た。
激しく揺れ動く車体の動きすら予測し、体勢を整えて、ひでおは照準を定める。
手に持つ得物はどっから調達したのかと言いたいSPR・MK12、しかも量産型のMod0や1ではなく正統派。
かの名アサルトライフルM16A4とM4A1を元に狙撃銃として改良を加えた、アメリカ陸軍特殊部隊向けに採用されている精密射撃任務用ライフルである。
エリーゼ興業の私兵部隊の1人(元米陸軍出)が以前持っていたものなのだが、本来の持ち手が以前カムダミアの紛争で戦死した後、特に使う仕事も無かったため、倉庫で埃を被っていた所を近距離でも使える高精度ライフルを探していたひでおにエリーゼが貸し出したのだ。
整備も何も直ぐに覚えられるひでおなので、一夜漬けとは言え、既に新兵とは思えない(熟練者には今一歩劣る)程度には使いこなせるようになっていた。
しかし、こうして回避はウィル子に任せて単純に狙い撃つだけならば、ひでおは既に熟練者の領域に達していた。
「先ず一つ……。」
タンッ!という銃声と共に、銃弾を撒き散らしていた魔殺商会側のバンの前輪に鉛玉、もといミスリル銀の弾頭を持つライフル弾が突き刺さった。
そして、如何に魔殺商会と言えども、流石に会長や社長以外の平社員の車のタイヤにまで魔道皮膜をする程の予算がある訳ではない。
結果、制御を失ったバンは、後続の数台を巻き込みながら、派手にクラッシュした。
「次は、と………。」
そして、また一台、銃声と共に派手にクラッシュしていった。
「毎度ながらよくやる!貴瀬達も本っ当に変わってないな!」
翔希が悪態をつきながら、神器「黒の剣」を振るい、ズバン!という音と共に魔殺商会側のバンをまた一台両断する。
ハニ悪達の更に後方、そこから翔希とエリーゼが猛然と追い上げてきていた。
「はん!たかが鉛玉で私のミスリル破れると思ってんじゃないわよ!」
向こうが透けて見える極薄のミスリル製ヴェールを展開し、エリーゼは迫り来るあらゆる銃弾を防ぎ切り、通さない。
「くそ!ひでお達は無事なのか!?」
「車に付けた発信器によれば無事!ちゃっちゃっと追い付くわよ!」
「任せろ!!」
翔希が愛車のハンドルを握り直し、アクセルグリップを思いっきり回す。
エリーゼ興業でチューンされたこの一品、いきなりの加速でもびくともしない。
そして、2人はひでお辺りが見たら顔を引き攣らせる事請け合いな実力を魔殺商会の全身タイツや萌えメイド達に発揮しつつ、トップ集団目指して猛然と加速を開始した。
「ライトニング・エクスプロ―ション!!」
「来たかっ!」
後方から届く聞き覚えのある声での魔法の詠唱に、ライフルを抱えたままでひでおが叫ぶ。
先程から10台近くの魔殺商会側の車をクラッシュさせる事に成功していたが、生憎と警戒されたせいか魔殺商会側の車が密集、弾幕の密度が上がり、身体を車外に出せないでいる。
ウィル子も回避に専念しているためにスピードを出せず、距離を取る事も出来ていない。
しかし、密集した分だけ貴瀬のディアブロのスピードが落ちているので、魔殺商会の頭を抑える事には成功していると言えた。
今回、ひでお達には単独での優勝並び完走は不可能と判断しており、翔希&エリーゼペアとの協力は必要不可欠だ。
だが、最初のエルシアによる魔法とその後の誘爆による被害で、翔希達と分断されてしまった。
なら、合流までは魔殺商会側の出鼻をくじきつつ、翔希達が追い付いてくる事を待つべき、とひでおは考えていた。
元々準アウター級の2人、あの程度の爆発なら切り抜けられると判断していた。
そして、ひでおの声と同時、後方のコースを埋め尽していた魔殺商会印の車が閃光と轟音と共に一気に吹き飛んだ。
「ちぃっ!?クソガキか!」
「うげ、長谷部先輩!」
神業的なドライビングテクニックを駆使し、何とかバランスを保って回避したディアブロの中から、貴瀬と鈴蘭が声を上げる。
この2人にとっては、現状はかなり厄介な状況だった。
魔殺商会は正面戦力こそこちら側の世界でも最高峰だが、こうしたレースの形式だと、その実力を発揮できる者が少ない。
神業的なドラテクを持つ社長の貴瀬は兎も角、何らかの乗り物を操る技能を持った者は一般的な運転免許を取得している全身タイツと萌えメイド、そして会長の鈴蘭くらいなものだ。
一応VZも車を運転できるが、彼女は今回は司会者の1人、レースには参加できない。
だからこそ、エリーゼ達の様に、誰か外部の実力者を雇う必要があった。
しかし、優勝候補ないし相当な実力者と思われる者は今回のレースに対して不参加の者が多く、また、大佐の様な眼を付けていた人物もひでお達に敗れた後、退会手続きがなされ、都市にはいなかった。
そういった事情が重なり、魔殺商会側はどうしても何時もの物量で押すしかできていなかった。
それはその物量を突破できる連中が相手では、大きく不利になる事を指していた。
と言う訳で、エリーゼ興業所属の2組に前後を挟まれ、絶賛孤立無援中の魔殺商会2トップだった。
「ええい、くそ!やはり川村ヒデオを引き込めなかったのは痛かったか…!」
「今更言っても始まりませんよ!それよりも現状の打開に専ね…っ!!」
タァン!という発砲音と共に、身を乗り出して後方に牽制射撃をしていた鈴蘭の顔の横数cmをライフル弾が掠めていった。
数瞬後、はらり、と鈴蘭のやや赤みがかった黒髪が舞い、直後に風で後方に流れていった。
そして、弾丸が通ってきただろう先に目を向ければ、機械の如く無機質で、刃の様に鋭くこちらを見据える目と、視線が合った。
「ッッッ!!!!?!?!?」
その全てを見透かしている様な、嘗て預言者と相対した時の様な不気味な感覚に、鈴蘭の全身が総毛立ち、反射的に半ば意識せずに引き金を引いた。
タタタタンッ!!
だが、貴瀬が前後からの攻撃を回避する事に専念しているため、どうしても射線が安定せず、窓ガラスで火花を上げるだけに終わる。
こんな状況では撃った所で無駄弾になりそうだが、それでも牽制位はできると、彼女はまた引き金を引いた。
「御主人様、これ結構やばいですよ!?」
「ええい、クソガキどもめ!」
現状、彼らに打つ手立ては無い。
と言うより、この状況でまだ持っている方が彼らの実力の証明とも言える。
『こちらは無事だが火力が足りない。牽制はするが、あのディアブロの止めはそちら任せになる。』
『の割に、随分と暴れたみたいじゃない?まぁ、いいわ。後はこっちであのバカども仕留めてやる!!』
『そう、今回勝つのはオレ達だ!!』
無線を通じて意見を交換し、さぁ止め、という所で、事態はあっさり急変する。
唐突に、ぞくり、とひでの全身が総毛立ち、眩暈、息切れ、動悸、発汗が起こる。
それが意味する事をはっきりと認識しているひでおが取った行動は、実に的確なものだった。
「全員避けろッ!!!」
焦った様なひでおの警告。
それに空かさず反応し、貴瀬と翔希、そしてウィル子が素早くハンドルを切り、一瞬前までいた場所から退避する。
次の瞬間、轟音と共に後方から巨大な火球が3者の中心地点に降ってきた。
『…皆さん、こんにちは。霧島レナです。』
グランプリスタート地点。
未だ火の粉が燻り続けるその場所に、ラジオから入った音声が響く。
『現在、私はどうにか会場を抜け、ヘリで商業区へ向かっています。既に先頭集団は第一チェックポイントを通過し……。』
それを聞きながら、未だにスタートを切っていない美奈子は怪我人に包帯を巻いていた。
スタート時の大混乱、彼女は戦闘する魔殺商会とエリーゼ興業、そして、自棄になって暴れる参加者達を止めるため、レースを放り出して説得に向かった。
魔殺商会とエリーゼ興業は比較的やり易かったのだが、生憎とレースを台無しにされた参加者達はそうもいかず、結局は鎮圧の形を取ってしまった。
そのせいで、美奈子は随分と消耗していた。
消耗していたが、それでも彼女は鎮圧終了後も、こうして怪我人の手当てに動いていた。
『美奈子殿、もう開始から大分経つでござる。ここは一先ず完走だけでも……。』
「えぇ、そうね……。」
岡丸の言い分は解る。
もう怪我人も重傷な者は病院に搬送され、軽傷の者もほぼ治療は完了している。
後は瓦礫の後片付けだが、それは大会運営側の仕事だろう。
美奈子達がこの場でできる仕事はもう無かった。
無かったが、もう完走するのも結構ギリギリだろう。
今更頑張っても、もうどうしようもない。
『……現在のトップは数日前エリーゼ興業に突然入社した優勝候補、ヒデオ&ウィル子ペア!現在、魔殺商会社長&会長ペアを前後から挟撃中!な、なんと!?まるでこの事態を予測したかの様な行動!やはり魔眼の噂は本当だったのかーー!!?』
「ヒデオさん、貴方って人は……。」
美奈子は、控えめに言っても、ひでおを信頼していた。
容姿はアレだが、今時の男には無い一本芯の入った姿勢は好感が持てるし、以前は過ちを諭された事もある。
そのため、恋愛経験が乏しい美奈子にとって、ひでおは結構気になる『初めての』異性だった。
だが、こんな惨状を気にせずレースを続行している。
自分はこんなにボロボロになっているのに、自分はのうのうとレースでトップ……?
無論、美奈子も自分の感情が筋違いなものである事も解っている。
この感情は魔殺商会の者達にこそ向けるべきなのだ、と。
しかし、解っていても、感情が納得しないのだ。
『…美奈子殿……?』
「えぇ、完走するわ、岡丸………ただし、ブッチギリのトップでねっ!!!」
時同じく数m先
「うふふ…くすくす♪やっぱり鈴蘭達って面白いわ♪」
「少々やり過ぎな気もしますが……まぁ、困るのは私達じゃありませんからね。寧ろ、他の参加者が少ないから、巻き込む可能性も減りますし。」
「くすくす♪手間が省けて良かったじゃない……じゃ、行こうかしら?」
「えぇ、運転の方はお任せします。ただ、解っているとは思いますけど……。」
「えぇ、私達の狙いはあの2人のみ……。」
白尽くめの幼女とシスター姿の若い女性は、同時にその脳裏の一組の男女を思い描いた。
片方は自分達にとって何よりも代えられないイトシイヒト、残りは八つ裂きにしてもまだ足りない泥棒猫。
流石に人死を出す訳にはいかないが、あの病原菌娘なら極端に性能を低いCPUにでも突っ込んで電源を確保しつつ、回線を切断する位なら大丈夫だろう。
精霊だろうが最新の神の雛型だろうが、あの人に手出しするのは我慢ならない耐えられない。
殺してはいけないのなら、死よりも辛い苦しみを味あわせてやるだけだ。
ひでおを心の支えとして何年も耐え忍んできた2人には、ここまで怒り狂う程に先日の件が我慢ならなかったのだ。
「「待っててね(くださいね)、ひでお(さん)♪」」
自分達にとって最良の未来を思い描き、2人は極上の笑みを浮かべた。
くそう、クリスマスには間に合わなかったか…!!(挨拶
お久しぶりです、VISPです。
皆さんは年末どうお過ごしでしょうか?
先日、唐突に成人式の実行委員会となり、誓いの言葉をやらされる羽目になった作者ですが、なんとかストレス性胃炎を戦いつつ、頑張って任務遂行する所存です。
今回、久々にトンデモ系技術が出ましたが、作者は車やバイクに関してはあんまり詳しくないので不備があったらご指摘よろしくお願いします。
さて、波乱の幕開けとなった聖魔グランプリ。
婦警は兎も角、何気に魔殺商会のピンチという珍しい事態。
そして不気味なヤンデレーズ。
さぁ、ひでおはこの事態にどう出る!?
なお、聖魔グランプリは前中後の三篇になる予定です。
次回の投稿は来年春を予定しております。
…予定であり未定でもある訳ですがww