それいけぼくらのまがんおう!第十一話
聖魔グランプリ開催前夜編2 ~トラウマ抉り再び~
魔殺商会印のバンが一台、工業区の端の辺りを走っていた。
そのバンに乗っている2人組は魔殺商会特有のメイド服と覆面スーツという、実にアレな姿なのだが……もしこの場に普通の魔殺商会の戦闘員達がいたら、思いっきり叫んだ事だろう
何せ、彼らは全身タイツをこよなく愛する悪の組織の戦闘員、伝統の全身タイツに身を包み、総帥と社長の命じるままに悪鬼羅刹が如き所業を行う者達であり、仲間の見分け方位は心得ている。
具体的には全身タイツと覆面だけかを見分けるだけだが。
馬鹿らしい、とは思ってはいけない。
実際、二度目においてイスカリオテのある諜報員が魔殺商会に潜入した際、戦闘員の1人と入れ替わった事があった。
そして、その諜報員が全身タイツを嫌って覆面と手袋だけで潜入した所、何故か即座にばれてしまい、命からがら逃げかえる事となってしまった。
この件に対し、イスカリオテ機関上層部は原因の追及を徹底した。
一応大三世界最高峰の諜報網を持つ組織として、こんなにあっさりとばれるのは由々しき事態だった。
なお、迂闊な真似をした諜報員は虎の穴懲罰コース行きが確定した事をここに記しておく。
そして一週間後、他の諜報員達が遂に原因に辿りついた時、かなり愕然とする事となった。
なんと、彼ら魔殺商会の戦闘員は『何故か』全身タイツと覆面を見分けるだ。
当初はそれを聞いた蛇目シャギーをして「はぁ????」と間の抜けた声を出させたその事実に、えるしおんと金髪聖人と始めとした上層部も頭が痛くなったものだった。
結局、必死の調査にも関わらず、どうやってそれらを区別させているかは不明だったが、普通に全身タイツを装着させた所、問題はあっさりと解決したため、伊織邸の不思議が一つ増えただけでその件は終わった。
今回、偽メイドと偽戦闘員の2人が脱出した際、突然の停電と予備電源への切り替えの停止、各種警備設備のダウンによる一時的な混乱に乗じて脱出したからこそ、何とかばれずに済んだのだ。
「いい加減にこの覆面も脱ぐか…。」
「にはは、結構似合ってましたよ?」
「言ってろ。」
そして、毟り取る様に外された覆面の下からは、これぞ悪逆非道、悪鬼羅刹と言うべき男の人相が出てきた。
勿論、ご存知この作品の主人公こと川村ひでおだった。
「やはり、こういう事だと君はすごいな。」
「にほははははは!ウィル子にとって敵地からの脱出なんて日常茶飯事なのですよー!」
言うのは相方であるご存知ウィル子、今回は彼女がその電子精霊としての能力を活用して脱出の後押しを行った。
葉月が閃光弾で気絶した後、ラボにあったコンピューターを掌握し、魔殺商会本部の発電機、正・副・予備全基の停止と警備設備の誤作動を発生させた。
後から調べた所で原因不明だろうし、何故か鈴蘭がいない状況では伊織貴瀬一人なら対応するだけで手一杯な事だろう。
「後は一度エリーゼ興業に戻って注文していた装備と車の受領だな。」
「にはは、明日のレースが楽しみなのですよ~。」
既にエリーゼ興業に一報入れており、聖魔グランプリ向けの装備の準備をしてもらっている。
後は、車の最終調整と装備各種の状態確認と簡易整備だ。
「リュータや魔殺商会、場合によってはマリー達も敵に回る。気は抜けない。」
「運転はこの電子の神にお任せあれなのですよー!」
明日の事を考えて、エリーゼ興業への道を急ぐ2人。
今日はもう何も起こらないだろう。
そんな確証の無い事を考えていた2人だったが、しかし、今日の分の騒動はまだ終わってはいなかった。
窓の外の山向こうで、突然の閃光と共に、不気味なキノコ雲が湧き上がりました。
そして、一拍遅れて結構な震動が伝わってきた。
震度2、否、3位だろうか?
兎に角、キノコ雲の爆発の震動が確実に数kmは離れているだろうこちらにまで伝わってきたのだ。
「うはー、何だか知りませんけどすごいですねー……ってマスター!?しっかり、しっかりしてください!」
がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた
だらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだら
魔殺商会印の車の助手席、そこに座っていたひでおは素人目にも解る、と言うか解んないとおかしい位に異常だった。
それもう痙攣だろ?という程の震えと、脱水症状起こすんじゃね?と言う程の脂汗を流しながら、ひでおはキノコ雲が起こった原因がある辺りを、瞳孔の小さな如何にも何十人かヤッテそうな目で見つめていた。
あれは、あの光は………。
その元凶であろう元妹・現他人の少女の姿を思い起こすと、ひでおの身体の震えと発汗がより深刻になっていく。
嘗て、二度目の生において最初にトラウマとなったあの子のあの力、それが今、たった数km先で顕現したのだ。
どうして恐れずにいられようか?
「ますたー、しっかりしてください!落ち着いて、呼吸してください!」
思考が回らず、視界が暗くなっていく。
息が浅く速くなり、動悸も激しく、胸が苦しい。
ただ焦りと恐怖だけが積み重なっていき、どんどん意識が暗闇に沈んでいく。
そして、その沈んでいく暗闇そのものがこちらを覗き込んでいる様な、そんな狂気にも似た思いを抱き始めた時……
「んむっ!」
「…ッ!?」
……唐突に、それが途切れた。
感じたのは、唇への柔らかな感触と、少女の濡れた口内の感触。
触れる様な口づけではなく、喰らいつく様な、隙間だらけの荒いものだったが、ウィル子が目的を果たすには十分な効果があった。
驚きと共に混乱は急速に収まっていき、過呼吸に陥っていた身体は次第に正常な状態へと戻っていく。
恐らく、身体の密度を下げて、己の口周辺を紙袋の代用にしたのだろう。
はっきりとし始めた視覚と触覚から来る情報を元に並列思考の一つでそんな事を考える。
他の並列思考が焦りと驚き、混乱を訴える中、ひでおは火急的速やかにウィル子の身体を己から引き離し、未だに乱れている呼吸を整えながら声を出した。
「………すまん。醜態を晒した。」
「に、にほはははははは……。」
赤くなった顔を互いに向けないようにしながら、ウィル子は運転に戻り、ひでおは窓の外に顔を背けた。
何とも言えない雰囲気が車中を満たし、双方とも照れや羞恥で口を開かない。
「ますたー。」
そんな中、先に沈黙を破ったのはウィル子だった。
運転中なため、ひでおから見えるのは横からだったが、彼女の横顔は何時に無く真剣な色をしていた。
「私は、ますたーが今までどうやって生きてきたのは知りません。自分で調べるつもりもありません。」
「…そうか……。」
唐突な言葉にひでおは困惑を抱いたが、それを表に出す事はせず、寧ろウィル子の疑問は当然のものだと受け取っていた。
何せ、まだ知り合って一週間にも満たない仲だ。
修羅場を共にした吊り橋効果でも、そんなに早く相手に全幅の信頼を寄せる訳もない。
己の全てを曝け出すには、密度はあっても、圧倒的に時間が短い。
ただ、今まで世界でただ一人、電子の海を漂い続けた彼女にとって、電子ウイルスとして生涯を敵ばかりで過ごしてきた彼女にとって、ひでおという背中を預けられる存在は、生まれて初めてだった。
そして、文字通り、深い所で繋がっている存在もまた、生まれて初めてだった。
そして、ひでおにとってもまた、彼女の存在は始めての相棒だった。
嘗ての二度目では、同盟者と部下達と弟子、家族はいた。
三度目の今も、家族や友人はいる。
今や遠く掠れた最初にだって、家族と、少ないもののそれなりに友人がいた。
「でも、ウィル子はますたーを信じているのです。」
だが、互いの立場や生まれを抜きにした、真実互いへの信頼で繋がった関係というものは初めてに近かった。
最初は兎も角、二度目の家族はアレだったし、部下達も種族的特徴や損得勘定から従っていた者達も多かった(※えるしおん個人からの視点です)。
三度目にしたって、大きな秘密を抱えて生きてきた身、何処かで一線を引いていた事は間違い無い。
「ウィル子はますたーと出会えて良かったと思いますし、今もそれを疑っていません。」
「……………。」
「ますたーは話すべきと思った事は話す人ですから、今はまだ、その必要が無いだけだと思ってます。」
でも
きっと
「何時か、話してくれるまで、ウィル子は待ってるのですよ。」
その時を、ただ待っていると
初めての相棒は、はっきりと告げた。
「………善処しよう……。」
相棒の言葉に、僅かながらも確かに心動かされたひでおは、しかし、そんな消極的な答えしか返せなかった。
それでも、何時か必ず全てを話す事を、心に誓った。
だが、それが果たされる事の無い約束だと、この時はまだ知る由も無かった。
その頃の御二人方
「「…………………(ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ……)」」
「…ふ、ふふふふふふふふふ……クスクスクスクスクス……♪」(視てました)
「あは…あははははははははははははははははははは………。」(共有してました)
「「……首洗って待ってなさい(待っててください)。」」
「葉月や、あの者を見て、どうであった?」
ひでお達が去り、混乱も漸く去った魔殺商会本部、その地下区画にあるドクター専用ラボにて
漸く目を覚ましたみーこが、復帰したドクターに問うていた。
「あの精霊の娘は言わずもがな、相方の彼の方も変わっていますねぇ。みーこ様はどう見ます?」
ずれた眼鏡を直しつつ、ドクターがみーこに問い返す。
先程閃光弾を至近距離で直視したとは思えない程あっさりと復活した辺り、この男もやはり人外なのだと認識できる。
「随分と妙なものを背負っておるの、あれは。」
「ひひひ、所が以前気になった時に少し調べてみたんですが、何も出てこないんですよねぇ。」
カタカタ…とドクターがコンピューターを操作すると、ひでおのプロフィールが出てきた。
住所、氏名、年齢、血液型、友人、家族etcetc…。
だが、何処を見てもおかしな所は無かった。
「ほう?」
「本当に、極々一般的な家庭の生まれと育ち。ちょっと変わってはいますが、肉体はただの人間そのものですね。ただ……。」
「神器を持っている、かの?」
「はい。しかも、ボクも全く知らないものでしたねぇ。」
ピ、と一本の杖がモニターに表示される。
先端に天秤が乗った、奇妙なデザインのそれは、現存する神器の殆ど全ての製作者である葉月の雫をして未知の代物だった。
「調べるにしても、本人も警戒していたようでしたからねぇ。残念ながら、ちょっとしか調べられませんでしたよ。」
このラボはドクターにとって己の庭に等しい。
工具や器具、部品の位置は言わずもがな。
部屋の其処彼処にガラクタに偽装した観測機を作る事は造作もない。
正真正銘の天才が作った代物であるそれは、如何にひでおと言えども見抜けるものでは無かった。
しかし、そんな彼をしても魂の奥底に封じる様にして存在する正体不明の神器を観測するとなると、流石に偽装した機材だけではその全容を知る事はできなかった。
「ひひひ!しかもこの神器、どうやら26次元の魔導力で作られているらしいですよ!自然界には存在しない、恐らくは天界由来の謎の神器…!実に研究のし甲斐があるねぇッ!!」
「喧しいよ。」
かちこん☆
「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇっぇぇぇ!!?!?!!?」
みーこの神器、崩壊の鐘を打ち鳴らす者が魔の抜けた音と共に、喧しくなったドクターの頭に直撃した。
そして、鈴蘭や貴瀬をして激痛に悶え苦しむその一撃を前に、如何にドクターでも耐え切れるものではなかった。
「何にせよ、面白そうじゃな、あの2人は。」
ふわふわと、みーこはラボを後にした。
残ったのは未だに情報を表示し続けるモニターと、痙攣を続けるこのラボの主だけ。
魔殺商会内では医療と機材の開発を一手に引き受けるため、組織内における重要度は意外と高いドクターこと葉月の雫だったが、実際の扱いはこんなものであった。
はい、死亡フラグ立ててみました(挨拶
ども、ご無沙汰してますVISPです。
あぁ、もう今年も終わるなぁ…と舞い散る紅葉に哀切を感じつつ、庭の掃除が面倒だと思う日々を皆さんどうお過ごしでしょうか?
今回、前回ほど間は空きませんでしがた、やっぱり遅れてしまいましたね。
もう数日早く投稿する予定だったのですが、PCの電源コードとマウスが御臨終しまして、買い換えてたらこんな時間に……マウスは兎も角、電源コード一つ6000円とか高いよ。
今回は短いですが、聖魔グランプリの導入編なのであしからず。
次回は遂に聖魔グランプリ開催です!
…年内に投稿できるかな(汗