人類を救った英雄。
三番目の適格者。
EVA初号機パイロット。
そう呼ばれた少年がいた。
彼は確かに、人類の滅亡をその手で救った。サードインパクトは、あろう事か人の手で引き起こされようとしていた。
エヴァンゲリオン量産型を操りるネルフの上位組織ゼーレと、それに結託した戦略自衛隊の手によって。
だが、過の少年は人類がその脅威に対抗するべくして作り上げた、人造人間エヴァンゲリオンと呼ばれる兵器の初号機を駆り、エヴァンゲリオン量産型・・・
通称、エヴァシリーズを全機殲滅することに成功。人類が滅亡するとされる危機、サードインパクトは防がれた。
この事件の後、ネルフ本部に進行していた戦略自衛隊とネルフ側との和解が成功し、ネルフが国連軍、戦略自衛隊にゼーレの本当の目的と本部側の保有する全ての情報の提示。武装解除が速やかに行われ、人類同士の戦いもこれをもって終局を迎え、人類には平和が戻るはずであった・・・
還る刻 プロローグ
あの戦いから、もう2年が経とうとしていた・・・。
僕は、人類の危機を救った英雄として称えられ、困る事がない生活が約束された。
普通の高校に通い、普通の学生として生活をし、普通に家へ帰る。そんな、当たり前の一般人としての生活を今は送っている。だけど・・・
父さんは、あの戦いの中で消息不明となった。
ミサトさんは、僕を庇って受けた銃弾が致命傷となって命を落とした・・
綾波は、リリスと同化してLCLとなって溶けて消えてしまった。
『私の存在が、貴方を死へ導いてしまうのなら・・・。私は、無へと還るわ』
『私に人の心をありがとう。さようなら、碇君・・・』
そういう彼女の表情は、ヤシマ作戦の終わりに見せた最初の眩しい笑顔だった・・・
アスカは、あの戦いを生き延びて今は祖国のドイツで生活をしている。
『私を助けてくれて、ありがとう。もう会えないだろうから、あんたにお礼言えてよかったわ』
照れくさそうに、彼女は笑いながら言い、ヘリで祖国へと帰っていった。
チルドレンはその国籍を保有する国の象徴として、厳重な保護下に置かれているそうだ。
言うなれば、檻の中の小鳥と同じ。飛び立つ事ができない。与えられた空間での不自由なき生活が僕とアスカの位置となっている。2年間、会う事も連絡をとる事も許されることはなかった。
アスカは自分の状況をしっかりと把握していたのだろう。
それに比べて、僕は自分の現状も満足に理解できずに流されるままの生活を送っている。
今の僕が彼女にあったら、僕はなんていわれるのだろうか・・・
そう考えているうちに、どうでもよくなって考えるのを止めた。
僕は、彼を・・・
カヲル君を自分の手で殺めてしまったあの時から、心に常にぽっかりと穴が開いてしまっているらしい。
流されるままに生きている。
エヴァに乗る前と、変わらない日常という名の地獄を僕は、歩んでいた。
誰よりも和解したいと思った父も居ない、姉のような存在であった女性も居ない。
友に戦った仲間もいない。大切に思っていた友人も、友達になれたかもしれない人ももうこの世にはいないのだ。
そんな重みを背負う僕に、自らその命を絶つ勇気さえありはしなかった。
また一日が終わりを告げようとしている。
ベットに入り、瞼を閉じる。
毎日夢を見る、彼を殺す夢を・・・
願わくば、もうこの瞳に光が映ることがないことを・・・
僕は願っていた。