―二人の時が好き
まだ暗さが空を占める早朝。
しばらくすれば太陽も昇って明るくなるだろうが、陽の光が地面を照らしていない空気は春とはいえ寒さを含み、薄白い霧が闇の中に隠れて漂っている。
学院内で働く使用人もほとんど起きてないのだろう。学院の出入り口である正門の前には、別世界を思わせるほどの静けさが浮かぶ。
そんな世界の中に漂う霧を動かし、マーガレットが学院の正門から出てきた。
彼女の前には火の点いたランプがふわふわと浮遊して前方を照らしており、左手には自身の使い魔であるケルピーのマルチネスへとつながっている手綱が握られている。
「ふぁぁ...っと、やっぱりまだまだ暗いわね~」
眠たそうに眼を細めたマーガレットは欠伸をして出てきた涙を右手で拭うと、門の外に広がる闇に眼をやった。
地平線の向こうにはまだ太陽が顔を出してもおらず、5メイル先も見えない状態だ。
「というか・・・寝てないしね~誰かさんのお陰で」
誰に言うでもなく、マーガレットはランプの方に向って言葉を零す。宙に浮かぶランプはそれに反応したのか、ふるふると上下に揺れた。
それを見てマーガレットは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「だってさ、誰かさんが寝させてくれないんだもんね♪まったく、ホント嫌になるわよね~」
ランプに話しかけるように言葉をこぼしているマーガレットであったが、ランプは抗議するかのように上下左右と、その動きを激しくする。
暗い中でランプが触れるたびに、照らされている地面と空中の光がそれに連れて動いた。
ふと、彼女の背後から声がかかった。
「無茶を言うな‘メグ’。夜中に起こされて手伝ったんだ。感謝されど、そんなこと言われる筋合いはないぞ」
背後からかかった声は、若干疲れを含んでいるようにも聞こえた。
しかしマーガレットはその声を聞いた瞬間、先ほどまでランプに浮かべていた笑みをさらに大きくさせて後ろを振り向いた。
彼女とマルチネスに隠れるように、青年が渋い表情を浮かべて立っていた。
縮れたブロンドの髪は下に少しだけ伸び、ほっそりとした顔は疲れが見える。青い瞳の下に浮かぶ隈が、彼の疲労を裏付けていた。
右手には丈夫そうな布袋を肩にぶら下げ、左手には杖を握っている。
「いきなり夜中に起こされたと思ったら荷支度に髪型のセット。おまけに見送りまでって平民でも苦情が来る仕事量だぞ!?」
「あら、だから貴方に頼んだんじゃない?個人的な旅行のためにわざわざメイドを起こすのも気が引けるし?」
悪びれた様子もなく、マーガレットは整えられた自分の髪に手を当てて返す。
彼女のヘアースタイルは昨夜に院長室でジョルジュらと話していた時の様なロングヘアではなく、片方が編み上げられてた形になっている。
素人目から見てもいかにも時間が掛かりそうな事を、この青年は眠たい目でやったのだろうと想像出来る。
「ドニエプル家のご令嬢が男子寮の窓から部屋に入ってくるのは気が引けなかったのか?」
青年が皮肉めいた言い方をすると、二人の間に沈黙が流れた。
闇の中を漂う霧が周囲の音を吸収しているため、黙りこんだ二人はそこに置かれている人形の様である。
しかしわずかな沈黙の後、マルチネスの小さな鳴き声と共に、かすかな笑い声が二人の間に生まれたのだった。
いつものやりとり。
二人だけの掛け合い。
マーガレットはそれが堪らなく好きだった。
二人でひとしきり笑うと、青年は杖を下へとゆっくりと下げていった。
浮かんでいたランプがスーッと下へと降りて行き、地面にそっと降りた。
それから青年は詠唱を始めると、肩に担いであった布袋が浮き上がり、マルチネスの背中に乗せられた。
それが合図だというように、マルチネスの首が二度程大きく縦に揺れた。
マルチネスの青色の背中に乗ったのを確認すると、青年はマルチネスに近寄り、袋の位置を微調整する。
「ラ・ロシェールに一週間か・・・」
荷物の調整をしながら青年が呟くと、「そうなの」とマーガレットは軽い手つきで旅行用のマントの中から白い封筒を取り出した。
暗い中で見えづらいが、その封筒の上は開かれた跡を残している。
「この前の舞踏会のときかしら?ラ・ロシェールの友人から新しいお酒が入ったからぜひって♪せっかくのお誘いを断るなんて、ましてや酒の誘いを断るなんてねぇ~」
おどけた口調で話すマーガレットに、青年はやれやれと息を吐いた。
「だけど、いいのか‘メグ’。聞けばジョルジュ君がタルブで任務に当たるのだろう?それを蹴って旅行なんて・・・ミスタ・バラガンがよく反対しなかったな」
「それは簡単だったわ。私の代わりにジョルジュと行く『コ』はすぐ見つかったしね」
マーガレットは「もうそれこそ神速で♪」と付け足すと、チラッと顔を上に上げた。
視界には正門を出たときよりも暗さが和らいだ空の灰色と、その端にそびえる学院の門。
旅たつ準備は出来た。あとは…
「えりゃ」
「わっ」
マーガレットは地面を強く蹴り、タックルを見舞わせるかの如く青年に抱きついた。
青年は横方向から来たマーガレットの衝撃を受け止めると、少し足をふらつかせながら二、三歩後ろに下がり、彼女の背中に手を回した。
「‘メグ’、いきなりタックルを喰らわせられる理由がわからんが、どうした?」
「鈍い、鈍いわ。愛するものが旅たつときにそれはないわよ?」
マーガレットは青年の左胸に顔をうずめていたが、青年が回した腕から出すように顔を上げる。青年との抱き合った状態で、少ししかめた顔を近けて、
「『行ってきますのチュー』がまだじゃありませんこと?」
鼻同士が触れ合うくらいの距離でマーガレットにそう言われた青年は、ぽかんと開いた口を無理やり閉じて一文字に結んだ。
難しい顔をしているが、マーガレットには青年が照れていることが手に取るようにわかる。
自分の体に伝わってくる、心臓の音が高く鳴っているのがいい証拠だ。
「‘メグ’、あのな?そういうの・・・」
「ん」
「・・・・」
青年が言おうとするのを聞かず、マーガレットは唇を突き出した。
時間としては1秒か2秒ほど後、青年の一文字に結んだ口が緩んだ。
「行ってらっしゃい‘メグ’気をつけてな」
「行ってくるね‘シオン’」
そして二人の唇は重なった。
「お土産は...何がいい?」
「・・・‘メグ’だ。悪いけど、帰ったらすぐに届けて欲しい」
「・・・分かった♡」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
モンモランシーがジョルジュの任務に同行することが決まったのは、ドニエプル家長女の一言からであった。
『私よりもモンちゃんが行った方が良くね?』
昨夜、品評会が終わった後でジョルジュの部屋へと赴こうとしたモンモランシーは、丁度ジョルジュが寮から本塔へと歩いていく所を見つけた。
普段なら声をかける所である。しかしその日、なんとなく彼女は彼の後ろをこっそりとついて行った。言いすぎかもしれないが、それが彼女にとって運命の分かれ道だったかもしれない。
『モンちゃんだって優秀な水のメイジよ?それにジョルジュと付き合いが長いしさぁ~絶対私よりモンちゃんが付いて行った方が安心だって~』
院長室に引きこまれたマーガレットがモンモランシーの肩を掴みながら前にいる二人に提案する。語尾を伸ばしたその口調は、モンモランシーには嬉しそうに聞こえた。
(何?何なの一体?私と、え?ジョルジュが何?)
モンモランシーは前に立ってこちらを見ていたジョルジュに目を合わした。
ジョルジュは彼女と目が合うと少し決まりが悪そうに苦笑いをした。
ジョルジュが院長室に入ってからは、ドアの所に耳を当てていた彼女であったが、残念なことに中からかけられていた「サイレント」により部屋の音は一切聞こえてこなかった。
なので、今まで廊下にいてなんであるが、この部屋で何が話されていたのかは全く知らないのだ。
モンモランシーはぐるっと部屋の前方を見る。そこにはジョルジュとバラガン、今日の朝教室であった妹のサティ、そしてオールド・オスマン...
先程のマーガレットの口から出た情報だけだと、自分がジョルジュに付き合うだかなんとか・・・
そこから導き出された答えに、モンモランシーの顔がカァっと赤くなる。
(そんな!『親公認』ってこと!?た、たしかにジョルジュから指輪・・・もらったし、わ、私もまんざらではないし、むしろ・・・・)
モンモランシーが『多少』勘違いしたすぐ後、前方にいる大人から反対の声が上がった。
『何勝手な事いってるっぺよマーガレット!モンちゃんを同行させるって、他の家の娘に迷惑かけられねぇっぺ!』とバラガンが叫び、
『ふふふふ、二人で一ヵ月同棲生活じゃとおおお!?そんなん同棲から「同姓」になって帰ってくるじゃろがい!!』とオスマンも反対?意見を叫んだ。
マーガレットの指示により、サティの手がオスマンの首を強く揉みほぐした。
「えふっ!!?」という奇妙な声と首のあたりから鈍い音が出たと思うと、オスマンはカクンと椅子にもたれかかり、静かになった。
マーガレットはオスマンが静かになったのを確認したかのように、涼しげな表情でバラガンの方へと目を向けた。
『モンちゃんのほうがジョルジュをよく知ってるじゃない?』
『それにモンちゃんはジョルジュと一緒に香水なんか作ったりしてるの知らない訳じゃないでしょ?』
『乗り気じゃない私が行くよりも、信頼できるコが付いて行った方が、ジョルジュも任務がやり易いと思うけど』
そこからはマーガレットの独壇場ともいえた。
マーガレットの口から次々と言葉が繰り出され、バラガンもそれに押されるかのように目をきょどらせている。
しかも主役であるジョルジュも
『オラもモンちゃんがいてくれた方がいいだなぁ』と呟いた。
それを聞いて顔を赤くしたモンモランシーも
『ジョ、ジョルジュだけじゃ心配ですからッ!私が付いていきますわ!!』と、任務の内容も分からないのに思わず口に出していた。
どさくさに紛れて『そんなに心配ならラ・ロシェールまで二人に付いていくから旅費出して』とマーガレットが言ったのも含め、バラガンはキャッチセールスにかけられた人の如く、ついにマーガレットの説得に折れてしまった。
画してオスマンが静かになっている間に、ジョルジュとモンモランシーのタルブ行き、ついでにマーガレットのラ・ロシェールへの旅行が決まったのである。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
昨夜の話から数時間後の朝、モンモランシーの頭の中を、いろいろなものが駆け巡っていた。
マーガレットたちがいなくなって少しした後、静けさを取り戻していた学院の正門から彼女は荷物を載せた二頭の馬を引きながら歩くジョルジュの後ろに付いて出てきた。
前を歩くジョルジュもモンモランシーの二人とも、いつも学院で付けているシルクのマントではなく、厚手の布で作られたポンチョのようなものを羽織っている。
薄緑色の生地が、白み始めた空に照らされてきた草の色に馴染んでいた。
門を通り、学院の外の空気を一息吸ったジョルジュはほおおっと息を吐く。息はかすかに白くなって消えていった。
「うう~ちょっと冷えるだなぁ~・・・モンちゃん寒くないだか・・・モンちゃん?」
ジョルジュは後ろを振り向き、同じポンチョで身を包んだモンモランシーの顔をのぞき込んだ。
少ししてモンモランシーは気付き、ジョルジュに向かってはっと目を開いた。
「あ、ゴメンジョルジュ!考え事してて、何か言った?」
「大丈夫だかモンちゃん?なんか顔が赤ぇし、具合悪いんだか?熱でも・・・」
「だ、大丈夫よ!!ちょちょ、っと考え事してただけだから!?ホントに何でもないから!」
心配そうに尋ねたジョルジュの疑問を吹き飛ばすかのように早口でまくしたてる。
しかし、モンモランシーの頭の中は何もないどころか既に顔から熱を発する程グルグルとフル回転していた。
(タルブでの任務・・・ジョルジュと二人で葡萄畑をどうにか立ち直せっていう話だけど・・・)
任務の事は、院長室から出た後でマーガレットとジョルジュから説明された。
タルブの村の特産物である葡萄、それが今危機的状況にあり、ジョルジュにその解決が託されたという内容、
しかしモンモランシーの耳からは任務の細かい所は外へと流れ出てた。
(ジョルジュと私でタルブに...ジョルジュと『二人で』...)
モンモランシーの顔に、再び血液が集まってくる。
ジョルジュは白い息を吐きながら「寒いだよぉ~」と口にしながら馬に荷物を確認しているが、彼女は全然寒くない。
むしろ熱いくらいだ。顔からはジョルジュとは違い、湯気によって周りを白く染めている。
昨日の夜から眠っていない彼女の頭はクラクラと寝不足と相まってフラフラと揺れた。
(だ、駄目よモンモランシー!!これからメイジとして任務に行くのに!浮ついた気持ちじゃ、きっとジョルジュに迷惑をかけてしまうわ!)
「ん~とこれでいいだかなぁ?モンちゃんもなにか忘れ物なんかないだかぁ?」
荷物の確認を終えたジョルジュが彼女の方へと近づき、尋ねてきたのでモンモランシーも2,3歩前に出て、「ええ、大丈夫よ」と言葉を選ぶようにゆっくりと口に出した。
「昨日の夜に慌ててやったけど・・・部屋を出る前に自分のはチェックしてきたから問題ないわ。ジョルジュは?」
「うん、オラも大丈夫だよ。でんもさ、出来るだけ減らしたんだけど結構な量になっちまっただよ~」
ジョルジュは馬の背中に積まれた麻袋を見る。
中には衣服やタルブまでの食糧、それと彼の農具が入っている。
袋の口からジョルジュが詰めたと思われる上着の端が少し見えていた。
「やっぱもう少し減らした方がいいだかかなぁ?農具とかはともかく、服をもう少し...」
ジョルジュの呟きにモンモランシーは呆れた声を出す。
「ちょっとジョルジュ、旅行しに行くワケじゃないんだから。どこで服を調達できるかも分からないのよ?あるに越したことないわ」
「んん~確かにそだなぁ・・・しばらくはモンちゃんとタルブに居る訳だし、あっちは夜になったら冷えるかもしれねぇだしな...」
「モンチャント…ヒエル・・・」
ジョルジュが口走った言葉が、モンモランシーの顔を再沸騰させる。
喉を渇かせる熱が体の中から上がっていき、頭の中を台風の如く駆け巡る。
(じょ、ジョルジュと二人...もしかしたら...)
普段の彼女であればこんな想像はおそらくしないだろう。しかしフリッグの舞踏会でジョルジュに指輪を渡され、そして今回ジョルジュと「一緒に行動する」という事実。そして寝不足でクシャクシャになっている思考回路は、彼女を想像の世界へと導いた。
(も、もしかしたらこういうことも・・・・)
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『寒くないだかモンちゃん?』
タルブでの夜、ジョルジュとモンモランシーは小さな家の中で、石で出来た暖炉の前に身を寄せていた。
小屋と言っても壁のアチコチには隙間が見え、外からの冷気が容赦なく二人に吹き付ける。
二人の手元にあるのは薄い毛布が一枚だけであり、二人でくるまっていた。
『大丈夫っていいたいけどヘクチッ!・・やっぱり冷えるわね』グスッ
モンモランシーはくしゃみをすると、二人の体を覆う毛布の中でジョルジュにぐっと体を寄せる。
外はしんしんと雪が降り、二人の吐息の音だけが周囲には誰もいない事をモンモランシーに知らせていた。
※モンモランシーさんのイメージではタルブ地方は雪に覆われています
ジョルジュは目の前にある木切れを暖炉に入れると、モンモランシーの方に顔を向けて、気の落ちた声を出した。
『ごめんなモンちゃん、オラに着いて来てくれたのに・・・こんな・・』
『あ、謝らないでよジョルジュ!別に、す、好きで着いてきたんだから・・・』
モンモランシーの言葉にジョルジュはぱぁと顔を明るくさせる。
モンモランシーは顔を赤くし、ジョルジュの方に体を寄せた。
『モンちゃん・・・』
その時、毛布が宙に舞った。
気付くとモンモランシーはジョルジュを見上げる形になり、地面に寝かせられていた。
ジョルジュの瞳に自分の顔が映っている。
『ジョ、ジョルジュ?』
『体...温めねぇと・・・』
そう言うとジョルジュはゆっくりと、モンモランシーへと顔を近づけてくる。
ジョルジュの瞳に映る自分の姿が大きくなり、それと同時にモンモランシーの体にかかる、ジョルジュの感触が強くなっていく。
『だ、駄目よジョルジュ。確かに体は温まるだろうけど急にそんな、私も準備があっ・・・』
暖炉に入れた薪が、火の中でパキッと鳴り響いた。
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「後は護衛の人が来るのを待つばかりだけんど...モンちゃん?」
(とかとか!!?こここんなことも・・・)
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『ただいまだよ~!疲れただぁ~!!』
ドアを勢いよく開けてジョルジュが家の中に入ってくる。
畑作業をしてきた彼の服にはアチコチに土が付き、腰に指している杖も泥だらけになっている。
『お帰りなさいジョルジュ!』
モンモランシーは笑顔でジョルジュを迎えた。その姿は貴族には似つかわしくないエプロン姿で、台所からはクツクツと何か煮込まれている音が心地よく聞こえてきている。
『いんや~今日はさすがにきつかっただよ。もうすぐ実がつくから、虫よけやらなんやらで』
そんなジョルジュを見てクスクスとほほ笑む。
『大変だったわね。どうする?食事はもう準備出来ているわよ。でも汚れてるし、先にお風呂に入った方がいいかも・・・』
※モンモランシーさんのイメージではタルブでは二人で自給自足の生活を行う事になっています。ちなみに雪は夜に降ります。
『ん~そだなぁ~』
ジョルジュは悩むかのように目を瞑って部屋の中に入っていくと、ふいに一歩踏み出してモンモランシーに近づく。
そして腰に手を回し、モンモランシーを引きよせた。
『ジョ、ジョルジュ?』
『モンちゃん・・・』
もう片方の手でモンモランシーの顎をクイッと上げる。
互いの顔は数サント程しか離れていないくらい、密着した状態になった。
心臓の音が高くなっているのがモンモランシーも分かった。
『先に・・・な?』
『だ、駄目よジョルジュ。お鍋、見てな...』
『モンちゃん』
『ジョル・・・あ』
外には雪が降り始めた。
家の中の喧騒を覆い隠すように、家の周りをふわふわと雪の雫が落ちて行った。
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「モンちゃん?お~いモンちゃ「ジョルジュ・チェルカースィ・ド・ドニエプル殿ですか!?トリステインからの護衛の者です!」
「あ、そうですだ。オラがジョルジュです」
「遅れてしまい申し訳ありません!少々問題がありまして!始めまし・・・て?」
「ん?」
(そそそれに確か!!滞在期間もあるし!?こここここんなことにも...)
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『・・・・はい。今日はここまで。続きはまた明日ね』
優しくそう言うと、モンモランシーは手に持っていた本をパタッと閉じた。
その本の表紙には丸っこい文字で「イーヴァルディの勇者」と書かれている。
ランプの明かりだけが部屋の中を照らし、外の窓にはさんさんと雪が降っているのが見えた。
雪の光と、ランプの淡いだいだい色の光が部屋の真ん中にある大きいベッドの布団に包まれた二人の子供を映し出していた。
『ええ~っ!?続き読んでよお母様!イーヴァルディどうなっちゃうの!?』
『続き続き!!』
二人の子供は布団から手を出して手をパシパシとはたいてモンモランシーに抗議する。
ベッドの中で暴れた所為か、二人の髪がほんのすこし跳ね上がった。
ジョルジュとモンモランシーを混ぜ合わせた、色合いはわずかに違えど、鮮やかな橙色の髪である。
モンモランシーはベッドの中の暴れん坊達に優しく微笑むと、すっと手を伸ばし、それぞれの額をすっと撫でた。
『駄目よ。もう子供たちは眠る時間。良い子に眠ったら明日、話してあげるから』
『ホント!?』
『ええ、ホントよ。約束するわ』
『じゃあ眠る!!お休みお母様!』
『お休み!!お母様』
『「お休みなさい」でしょ?』
『『お休みなさい!!』』
『はい♪お休みなさい』
モンモランシーは少しめくれた布団を子供たちの体に掛け直した後、二人の頬にキスをした。
そして二人の瞳が閉じたのを確認して、音を立てないように部屋を出た。
『・・・眠っただか?』
『ええ、あの子達ったら。「続き読んで!!」って。ホント絵本が好きみたい』
子供部屋を出て、ジョルジュの待つ部屋の扉をモンモランシーは開けた。
二つある椅子の一つに腰掛けていたジョルジュは、彼女を見た瞬間嬉しく微笑み、部屋の中央に置かれたテーブルに準備されたティーポットからカップへとお茶を注いだ。
ふんわりと、彼が作ったハーブの香りがモンモランシーの鼻をくすぐった。
空いているもう一つの椅子に腰かけると、ジョルジュからお茶の入ったカップを受け取り一口飲みこむ。冷え切った体がほんのりと温まるのが分かった。
『おいしい・・・』
『だろ?今日の昼にジェルモとフルールが摘んできたんだよ。二人とも、畑の葉っぱ全部取っちまう勢いで摘むからびっくりしただぁ』
『フフフ、二人とももう5つになるもの。あなたと一緒で外を駆け巡るのが好きなのよ』
そしてモンモランシーはもう一口お茶を飲んだ。口の中に流れ込む熱と共にしみじみと思い返す。
タルブの村へ来て早6年。苦労の連続であったが、ジョルジュと二人で苦難を乗り越え、今では二人の子供が出来ていた。
※モンモランシーさんの設定ではタルブでの滞在期間は永久です。あと、夜に雪が降ります。
『もうタルブに来て6年だか...なんか早かっただなぁ』
『そうね。トリステイン学院でオスマンから任務を受けた時は、こんなに長くいるとは思わなかったわ。でも今はこうして家族も増えて...幸せだわ』
『モンちゃんには苦労かけてばっかだっただよ。ホント、ありがとな』
『 ? ちょっと、なによ急に改まっ...』
急にしおらしくなったジョルジュにモンモランシーが何か口に出そうとした瞬間、ジョルジュはモンモランシーの目の前にいた。
ジョルジュが座っていた椅子はいつの間にか倒れていて、それもジョルジュの体で見えなくなった。
『ジョ、ジョルジュ?』
『もっと・・・・家族がいた方が幸せだよ?』
ジョルジュがモンモランシーの両肩を掴む。モンモランシーの胸はドキドキと大きく鳴り始めた。
『だ、だめよジョルジュ。こんな・・・子供たちに聞こえるわ』
口では抗うが様子を見せるが、抵抗はそれだけである。
両肩に置かれたジョルジュの手を払う事は一切しない。そして彼が自分を抱き締めるのも。
『モンちゃん・・・』
『あ・・・』
持っていたカップがカランと床に落ちた。
床に広がったお茶が、夜の二人を映し出して・・・・
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「エヘヘ...もう、いつもは大人しいのに夜だけは・・・」
「モンちゃーーーーん!!!?おーーーーい!!」
「でも、家族が増えるのは私も嬉しいし・・・」
「ちょ、なに言ってるだよ!?モンちゃん!?モンちゃんってば!」ユサユサユサ
「私としては今度は女の子が...」
「モンちゃん!!!!」
「ハッ!」
モンモランシーが気付くと、そこにはジョルジュが心配そうな顔をしてこちらを見ている。
両肩を掴み、先程まで『二人でいた時』と同じような状態だが、周りは雪も降っていない、トリステイン学院の正門の前である。
「さっきから何度も呼んでんのに変な返事しかしねぇから心配しちゃったじゃねえか!やっぱどっか具合でも・・・」
「ななななな訳ないでしょ!!?なに言ってんのよジョルジュったら!?ちょっと考え事してただけよ!!」
「考え事って何を考えてたんだ?なんか「家族が増える」だとか言ってたけんど」
「そ、それはまあ乙女の秘密よ!気にしないで!」
モンモランシーはワタワタと手を回し、ジョルジュから離れる。
ジョルジュは未だ心配そうにモンモランシーを見ているが、逆にそれがモンモランシーの胸にぐっとくる。
(な、なに考えてんのよ私は!!まだタルブにも着いてないってのにッッ!)
両手を頬に当てる。冷たくなった手がすっかり燃え上がった顔に心地よい冷たさをもたらした。先程よりも頭ははっきりとしてきた。
モンモランシーは気持ちを落ち着かせるために強く目を瞑り、大きく深呼吸をした。
(落ち着くのよモンモランシー・・・確かにジョルジュと二人でタルブに行くって事で、浮ついていたわ。それは認めましょう。だけどあくまでも任務ということなんだから。そして私はジョルジュを助けるということで一緒にいくの。ジョルジュは真剣な気持ちでタルブに行くのに、私がこんないい加減な気持ちでいっちゃ駄目よ)
モンモランシーは何度も何度も口の中で呪文を詠唱するように口ずさむ。
次第に顔の熱も引いてきた気がした。よし、大丈夫。
もう一度深呼吸をして息を吐くと、モンモランシーは目を開いた。
「ごめんねジョルジュ。さあ行きま・・・しょ?」
彼女の瞳が広がる。
ジョルジュしかいない筈だったのに、彼の横に鎧を着た女性が立っていた。
いつの間に来たのか?モンモランシーの広がった瞳はきょとんと丸くなった。
「ん?あれ?」
「あ、モンちゃん。コチラ、オラ達がタルブの村に行くまで一緒に付いてきてくれる護衛の方だよ」
ジョルジュは隣に立っている女性の方に体を向けてモンモランシーに話す。
女性は女性で、こちらを気まずそうな目で見ていた。
モンモランシーには、その女性に見覚えがあった。
「ア、 アニエスです・・・今回道案内と護衛の任を受けて・・・えっと」
アニエスはジョルジュの方をチラチラと目をやり、そしてモンモランシーの方を確認するかのように見た後、絞り出すかのように声を出した。
「あの、どこかでお会いしてないでしょうか?」