ルイズ達の絶叫が空に木霊した。
その声は黒土で形作られたゴーレムの肩に乗っていた人物にも聞こえた。
「ん~?なに大きな声を上げてるんだいあのコ達は?私のゴーレムみて驚いたのか」
そう呟いた人物、学院長秘書ロングビルは一旦ルイズ達の方を見たが、すぐに視線を塔の石壁の方へと移した。
彼女の特徴ともいえる緑色のロングヘアはフードの中に隠され、口はマスクで覆われている。
一目では彼女の事をロングビルだと気づくモノはいないだろう。
「しかし、まさかこんなにも早くチャンスがやってくるとは思わなかったよ。ヒビが入ってれば私のゴーレムの一発で穴を開けられる。すぐにここから逃げれるってもんさ」
実は彼女、ロングビルというのは仮の名で、その正体はトリステイン中の貴族たちを騒がしている泥棒「土くれのフーケ」であるのだ。
貴族たちの屋敷に侵入しては貯め込んである金貨や宝を盗み、また次の土地へと逃げて盗む...土の魔法を使いこなして盗んでいくことからいつしか「土くれ」と呼ばれるようになっていた。
そんな彼女がなぜ魔法学院で秘書などをしているのか。
それは半ば偶然であった。
とある盗みを成功させた後、彼女が次に狙ったのは魔法学院の宝物庫であった。
国宝級のモノが腐るほど保管されていると聞き、フーケはそれに照準を定めたのだ。
―問題はどうやって学院に侵入するか―
トリスタニアで情報を集めながら計画を練っていたのだが、ある日、偶々訪れた酒場で運命的な出会いをする。
人がごった返している店の中で、フーケはカウンターの席にいたほろ酔い加減の老人の横に座った。
するとその老人はまるで今目が覚めたかのように動き出し、フーケに話しかけてきた。
最初は煩わしかった彼女であったが、その老人が魔法学院の学院長であると漏らした時、
フーケは「しめた!!」とその老人の相手をしたのだった。
そして半ば拷問に近いセクハラを耐え抜き、しかし話が終わる頃にはその日の酒代と学院秘書という肩書を得ていた。
そして彼女は「ロングビル」という名前を付け、時々他の貴族への盗みをしながら学院内でチャンスを伺っていた。
そして先日、とあるコッパゲ教師から宝物庫の弱点を聞き出せた。
しかしそれと同時に、学生の使い魔に正体を知られている雰囲気を匂わされた。
フーケは早い内に実行に移るべきだと思い、毎夜塔の付近を見ていたのだが、そのチャンスは意外にも早く訪れた。
フーケはこれまでの事を思い返しながら、杖をフッと塔の方へと振った。
それを合図にゴーレムの左手がゆっくりと持ちあがり、左拳が顔の後ろへと引かれていく。やがてゴーレムの体は、兵士が矢を引くような体勢に似た格好となる。
その黒く、しかしゴツゴツとした土の塊は塔へと狙いが定まる。
フーケは杖を目にかざしたまま、じっと目をつぶっていたが、少しずつ肩が震えはじめ、マスクの中で口の端が吊り上がる。
「あのセクハラジジイにはそれからもケツを触られるは下着を覗かれるは下ネタ振られるは、やばい時にはベッドに忍びこんでくるわ・・・・・・フフフフ・・・宝もそうだけどあんのジジィへの恨みも今こそ払う時!!!イケッ!!ぶち破りな!!!!」
フーケのくぐもった命令と共に、ゴーレムの左拳が塔の石壁、ルイズがヒビを入れた場所へと放たれる。
ボゴン!!という鈍く、重圧感のある音が響いた。
ゴーレムの土と、塔の石の破片が舞っている視界の先には、ゴーレムの拳が塔へと突き刺さっている光景が映し出されている。
(よしッッッ!!!)
フーケはすかさずゴーレムの肩を蹴ると、伸ばされた腕を伝っていく。
不安定な足場であるにも関わらず、グラつくことなく駆けていく姿は、流石は世間を賑わす泥棒である。
薄く濁った視界を通り抜けると、暗かった視界はさらに暗くなった。
フーケが辺りを見回すと、そこは石で造られた一室、あちこちに多種多様なモノが置かれている。
塔に設置されている部屋、宝物庫の内部であった。
中で保管されているモノは重要な物ばかりなのか、厳重な箱に封がされているモノや、布が巻かれてあったり掛けられていたりと保存方法は様々である。
ゴーレムの土や塔の石片が飛んでしまった所為で少し白くなっていたりしているが。
「さすがトリステイン学院の宝物庫。全部持って行きたいトコだけど、私が欲しいのは...」
フーケは足早に部屋の中を探し始め、箱や布に張られてある名札に次々と目を通して行った。
そして2,3視線を変えた時、お目当ての名前が書かれたモノが目に飛び込んできた。
フーケはマスクの中でニヤリと笑った。
「あった」
布で幾重にも巻かれた包みを結んでいる紐に付けられた名札にはこう書かれていた。
―破壊の杖―
「なんてこと。フーケが、フーケが花壇を」
「そうね。フーケね。フーケの所為で花壇がメチャメチャよ」
「ちょっと待てぇぇ!!!そこォォッ!!」
ゴーレムの出現からしばらくして、ルイズ、キュルケの二人が口から自然と零れてきた言葉に、サイトは思わず声を上げた。
ゴーレムが出てきた時に慌てふためいていた3人であったが、今や「よくぞ来てくれた!!」とばかりの嬉々とした目をしながらゴーレムを見つめている。
実際、宝物庫に忍びこまれているのだからかなり重大な場面に遭遇しているのであるが、そんなコトは彼女たちには些細なことであった。
「バッカねぇサイト!!アンタせっかくフーケがゴーレムで花壇を壊したのよ?これがチャンスじゃなくて何なのよ?」
ルイズはサイトの方に顔を向くと、さも当たり前のような口調でサイトに言った。
キュルケもそれに続く。
「そうよサイト。それに考えてみなさい。花壇があんな状態になったのに『私たちも加担しました。テヘッ♪』なんて言ってごらんなさい。ジョルジュに土に還されるわよ。ここわフーケに任せましょ」
「黒ッ!!...お前ら黒いよ!!墨汁並みに黒いよ・・・!!」
そう口にだすサイトであったが、本心では彼も救いの手が差し伸べられた気持であった。
ジョルジュというメイジがどんな人物かは知らないが、ここまでルイズ達が動揺しているくらいだから相当なのだろう。
実際、タバサから聞いた限りではブチ切れた某サイ○人のようなイメージしか出てこない。
少し気が引けるがここはフーケとやらに頑張ってもらおうか...
そうサイトが心の中で考えていると、背中をコツコツと叩かれていることに気づいた。
サイトが振り向くと、そこにはタバサが杖をこちらに向けて立ってるではないか。
「・・・・皆で渡れば怖くない」
サイトの気持ちは固まった。
うんそうだな。大体貴族様たちがそう言ってるんだから平民のオレが何を言ってもしょうがないよな。
いやオレは謝るつもりだったよ?だけどルイズ達がそういうんだからさ...
心の中でまだ見ぬジョルジュに言い訳をするサイトであったが、そんな彼やルイズ達の周囲にドドドドッと地鳴りのような音が響き渡る。
地鳴りのような音は、どうやら塔の方から聞こえてくる。
四人が音のする方を見やると、塔のそばにそびえた巨大なゴーレムは、その姿は崩しながら地面へと還っている。
「!!!あれ見てッ!!」
ルイズが突然声を上げ、ゴーレムの方へと指をさした。
何者かが塔から崩れかけのゴーレムの頭上を伝って、学院の外へと飛び出して行った。
「「「「くそ~フーケめぇぇぇ~」」」」
四人とも同じタイミングで声を出し、悔しがる素振りをするが顔はどこかしら綻んでいる。時々、小声で「ヨシッ!!ヨシッ!!」と聞こえるのは気のせいであろうか。
ゴーレムが完全に崩れ落ち、土煙りがルイズ達の元まで吹いてきた。
四人はゴホゴホとせき込みながらも花壇のあった場所まで駆け寄ると、そこにはジョルジュが丹念に育てた花や野菜が植えられていた『花壇』は消え、代わりに土の山が作られていた。
花壇の名残を残すかのようにちぎれた花びらや葉の一部が土の表面に顔を出しているのが何とも痛々しい。
「これ・・・ジョルジュが見たらどうなるかしら」
キュルケが口に手を当てながらボソッと呟いた。
ルイズの顔は少しずつ青ざめていき、サイトはゴクリと唾を飲み込んだ。
本をおもむろに開いたタバサは、他の三人に聞こえるくらいの声で話し始めた。
「彼が・・・「血まみれ」と呼ばれるようになった事件には・・・・恐ろしい事実がある」
タバサが言った言葉が、キュルケ、ルイズ、サイトをドキリとさせる。
「彼はその事件の時・・・「杖」を持っていなかった・・・らしい」
タバサの言葉に、ルイズとサイトはキョトンとなったが、キュルケの眼は驚愕に目が開かれる。
「当時彼が持っていたのは・・・花壇を手入れする道具だけ・・・杖は部屋に置かれていた」
「ちょっと待ってよタバサ...だってジョルジュは怒ってメイジ数人倒しちゃったんでしょ?それって・・・」
キュルケがタバサに尋ねると、タバサは小さな顔をコクンと縦に頷かせ、そして続けた。
「彼は数人のメイジを魔法なしで・・・「素手」で倒したということ・・・」
四人の周囲をヒューと風が吹いた。
風の冷たさの所為なのか、それとも別の所為か。
タバサを除く三人の体は小刻みに震え出した。
「あ、の、ご主人様?あれだよね?相手のメイジ達はみんな口だけヒョロヒョロモヤシだったんだよね?だってありえないじゃん?そんないくらなんでも・・・」
「え、え、ええ、きっとそうだわ。いやそうであって欲しいんだけどタバサ。もう全員『ゼロ』だったんでしょ?私並みに魔法使えなかったんでしょ?」
歯をカチカチと鳴らしながら喋る2人を尻目に、タバサは本のページをめくり、
「相手はいずれもドットからラインクラスのメイジ達、中でも主格であった上級生は火の『トライアングル』であった」
なにそのとんでも設定?
いらねぇ!!そんな情報思い出と共に消え去ってくれ!!
タバサはパタンと本を閉じ、目を軽くつぶって一言呟いた。
「雪風書房・・・『学院の黒歴史 最強のメイジ殺しは誰だ!!』より」
既に彼女たちの頭は真っ白になってしまった。
花壇の花を燃やしてそれなのだ。
素手でメイジを半殺しにできちゃうのだ。
そんな少年に花壇がこんな状態で「ゴメンね。花壇壊しちゃった。 エヘヘ♪」なんて言った日には半殺しどころじゃない。
消される!確実に消される!!跡形もなくけされる!!!
とにかくフーケに頑張ってもらうしかない。
頑張れフーケ!負けるなフーケ!!後はあなたに任せたフーケ!!!
「と、とにかくオールド・オスマンにこの事を...フーケが...」
キュルケが喉を振り絞って喋りかけたその時、四人の頭の中に涼しげな、そしてどこか楽しそうな声が響き渡った。
―先程から何をしていらっしゃるんですか?皆様―
四人が頭に響いた声にビクッと体を震わせ、いつの間に現れたであろう気配に気づき後ろを振り向くと、
―これは大変ですね。マスターの花壇がメチャメチャに...もっとも、『先程』からそうでしたけど...―
クスクスと笑い掛けてくる悪・・・使い魔がそこにいた。
「ふ~。やっぱり平和ボケした貴族相手は仕事が楽だね。もう朝になるっていうのに追手の一人も来やしない。あの使い魔もなんだかんだ言ってた割には何もなかったし...チョロイね♪」
軽い口調で声を弾ませながら、フーケはまだ薄暗い森の道を風を切って馬を走らせていた。
既に太陽は地平線から顔を出しているが、完全に明るくなるにはもう少し時間がかかるだろう。
馬の蹄の音と鼻息のみが道の上から聞こえてくる。
今まで多くの貴族の屋敷へと侵入した。
命が危うかった程の危険な状況も多々あったりした。
そんな時に比べると今回の仕事は時間はかかったが、簡単で楽だった。
なんたって給料もいただいて宝物庫の宝も頂けたワケなのだから。
まあ、セクハラジジィの蛮行と禿の目線は勘弁して欲しかったが
「それにしても、あそこにいたガキどもは一体何してたのかね...一人は確かヴァリエール、妙な格好をしていたのはこの前決闘騒ぎを起こした使い魔の坊やだった。後は良く見えなかったけど...」
フーケは塔に侵入した時に見た学院の生徒達を思い出した。
何をしていたかは知らないが、昨日まで出来ていなかった塔のヒビが出来てたのは彼女たちによるものなのか。
まあ、理由はどうあれ手助けしてくれたことには変わりないが。
空もすっかり青く染まり、朝日は世界を本格的に照らし始めた。
フーケは上に着込んだフードを取ると、バッと森の中へと捨て去った。
隠していた緑色の長髪が後ろへと流れ、太陽の光にキラキラと輝く。
そして森を抜けた彼女の目前に、すっかり馴染みとなった魔法学院の石壁が見えてきた。
「ここまでは計画通り、後は...」
フーケは懐から眼鏡を取り出し顔にかけると、先ほどまでの「フーケ」の顔から、「ロングビル」へと変えた。
別に変装はしていないのだが、雰囲気だけはガラリと変わった。
魔法学院の門の前で馬を降り、フーケは馬番へと馬を預けた。
門を通る際、グラスの向こうの瞳をわずかに細めながらほくそ笑んだ。
(あの破壊の杖の使い方知るだけ!!)
魔法学院へと着いた時、本来ならば授業が始まっている時間であるはずだが、流石に昨日のことだ。
学院長室へと向かう廊下を歩いていると教室では授業は開講されておらず、廊下には生徒達がヒソヒソと、中には大きな声で騒ぐ生徒達が溢れていた。
「おい聞いたか!!昨日の夜「土くれ」のフーケが出たんだとよ!!」
「ああ!!僕現場見に行ったよ!!塔の壁にでっかい穴が空いてた!!」
どの生徒も昨夜のことで話題が持ちきりのようだ。
自分たちの住む学院に侵入されたのにまるで他人事の様、フーケはそんな生徒達を見ながらハァとため息をついた。
(こいつら...危機感なんてモンがないのかい?こんなのが未来のメイジなら、こりゃトリステインの将来も暗いね)
フーケの頭に、かつて貴族であった子供の頃が蘇る。
かつて家を追いやれた時の思い出が体の中を巡り、怒りがこみ上げると同時に村で生活している妹のことも頭に浮かんできた。
(テファ...待っててね。もう少ししたらまた会いに行くから...この仕事が終わったら会いに行くから)
少し感情的になってしまったか。
フーケは少し下がった眼鏡を直すと、いつの間にか高鳴った心臓を落ち着かせてオールド・オスマンのいる部屋へと足を進めた。
まずは教師たちの元へ、そしてフーケの目撃情報を伝えればたやすく引っかかる筈、その後は...なんとでも出来る!!
(テファ!!私頑張るから!!お土産持って帰るから!!)
学院長室が目の前に見えた。
フーケはドアノブをガチャリと捻り、部屋の中へと入っていった。
「ただいま戻りました」
その声に、部屋の窓際の席へ座っていた老人、オールド・オスマンが声を上げた。
「おお!! ミス・ロングビル!!!!どこへ行っておったのじゃぁ!!!?」
「申し訳ございません。朝から事件の調査を...し...て....???」
フーケは部屋に入ってからしばらくして、室内の異様さに気づいた。
窓際の机にはオールド・オスマンが、その左側にはコルベールが立っており、脇の方に学院の教師たちが立っていて、中央には数人の生徒が見えた。
しかしその誰もが若干震えているようにフーケの目に映った。
「いや、ホントに今回は大変なことになってしまったわい...ホント...ドウシヨ」
いつもなら常に飄々としているオスマン校長が弱々しく言葉を窄めた。
一体何がどうしたというんだ?フーケの頭に疑問がよぎるが、それはすぐに解決した。
「あの...ミスタ・ドニエプル?そんなカリカリせんでもな...ほ、ほら、飴でも舐める?」
「ダイジョウブデスダオールド・オスマン。オラハ、イタッテ「レイセイ」ダヨ?ナンデコエガフルエテルダカ?」
「いやね、その...なんでもないんじゃが...コワイ...」
オールド・オスマンの声が途切れた時、中央に立つ生徒がくるりとフーケの方を向いた。
左からタバサ、キュルケ、サイト、ルイズと並び、右端には
「ミス・ロングビル。ナニカ、テガカリガツカメタノデスカ?」
紅い髪が逆立ち、眼はランランと白く光っている。
何よりも体中から黒いオーラが昇っているジョルジュがそこにいた。
(テファ!!私もう帰っていいかな!?)
フーケの心の中では既に白旗が揚がった。