「香水をお探しにいらしたとか。この店にはいろいろな種類の香水がございますから、きっとお気に召すモノがございますよ」
マダム・モンモは香水のほか、他の商品を紹介しながら店の奥の方へとアンリエッタとアニエスを促した。
店内にはまだチラホラと客が商品を物色しており、女装をしたジョルジュが対応している。
ジョルジュの方も大分慣れてきたのだろうが、彼の周りの空気は若干違和感をはらんでいる。
先程、屋敷の「パーティ」なるものに誘っていた女の子が未だにジョルジュの方をチラチラとみている。
アンリエッタはおずおずとマダム・モンモに尋ねてみた。
「はあ...あの、すみません。先ほどの男性の方は何であのようなカッコ...」
マダム・モンモ顎に指を付けて少し考えるそぶりをした。
「ああ、ジョル・・・『ジョアンナ』の事ですね」
「いや男性の方ですよね...なんでジョアンナ..」
「え~っ」とマダム・モンモは何か頭で考えるように唸ると、閃いたのかアンリエッタに言った。
「彼はですね、『体は男でも心は誰よりも女性』っていう生粋の・・・ほらあれ、今流行りの男の娘?っていうコです。男と女の垣根を取り壊した存在なのですよ」
「いや、男と女どころか人としての垣根壊したように思えるのですが...」
「大丈夫ですよ。ああ見えてジョアンナ魔法がグェ...」
「なに知り合いの息子にややこしい設定つけようとしてんのよ!!!」
モンモランシーはマダム・モンモの首筋を掴んで部屋の隅まで引張って行った。
「大体なんで姫様に向かってさも普通に接客してるの!?もしなにかあったら一大事よ!!」
モンモランシーはヒソヒソと、アンリエッタ達には聞こえないくらいの声でマダム・モンモへ言った。
しかしマダム・モンモはしらっと
「落ち着きなさいモンモランシー。あれでも一応変装しているつもりなのですよ。だったら気付いていない振りをしてあげるのが優しさでしょ」
「とにかく」とマダム・モンモは付け加えるとアンリエッタ達の方へと向きなおり、モンモランシーにボソッと囁いた。
「変装していようがぶっちゃけ姫様は姫様です。この店を気に入ってもらえて王家御用達にでもされれば我がモンモランシ家も安泰ではないですか。ここは私に任せなさいモンモランシー。伊達にこの店の店長やっているわけではないのですから」
そういうとマダム・モンモはアンリエッタ達の方へと向かっていった。
モンモランシーは心の中で溜息を吐くと、もうどうにもなれと店の中央へと歩いて行った。
「困るだよ~お客さん」
「いいじゃないの。あんただって好きでそんなカッコしてるんでしょ?だったら絶対気にいると思うわ!!」
ジョルジュが再びあの女の子に絡まれていた。
「帰るわよジョルジュ」
モンモランシーはジョルジュのそばまで近寄ると、耳元でそう囁いた。
その顔はどこか疲れているように見える。
「でもモンちゃん。今日は小母さま人手が足りないって言ってたし、もう少し手伝った方がいいんでねぇか?」
「あの人の事だからなんとかなるわよ。それにもう戻らないと学院に戻るのが夜になってしまうわ。それに...」
モンモランシーは店の棚、ルージュなどを置いている場所に立っている女の子とメイドにチラリと目をやった。
もう店に来てから随分と時間が経ったというのにも関わらず、店内を見ている...フリをしてチラチラとジョルジュの方へ視線を送っていた。
「あの女の子もずっとアンタのコト狙ってるし...変なコトに巻き込まれないうちのもう帰るわよ」
モンモランシーはそう言って自分たちの制服が置いてある更衣室の方へ行こうと、ジョルジュの手を握った。
その時である。
「ここがモンモランシーのお母さんが経営しているってお店だ・・・ってアラ、モンモランシーじゃない?どうしたのそんなカッコ?」
店のドアがガチャッと開き、彼女がよく知っている2人が入ってきた。
キュルケとタバサである。
自慢の紅い髪を揺らして、手には布に包まれた長い棒状のモノを抱えている。
モンモランシーはゲッと小さく叫んだ。
「ア、 アンタ達なんでここに!?」
モンモランシーは早口でまくしたてる。
キュルケはそんなモンモランシーなど関係ないような様子で、店へ来た理由を話し始めた。
「いえね?私達ダーリンがルイズと一緒にトリスタニアへ買い物へ行くのをツケてたの。でもそれだけじゃつまらないじゃない?そしたら今度フリッグの舞踏会があるのを思い出したの。それでその日のために私とタバサの化粧品そろえようって来たんだけど、モンモランシー...というか」
キュルケはモンモランシーの背後、ジョルジュの方に目を向けた。
そしてモンモランシーの肩をポンと叩くと、優しさを含んだ目で彼女を見つめた。
「あなた...いくら一緒にいたいからって自分の趣味にジョルジュを巻き込むのは良くないわ。いくらジョルジュが「変人」でもこれじゃ「変態」になるわよ」
「私がやったわけじゃないわよ!!これはお母様の仕業なの!!そもそも好きでここにいるわけじゃないのよ!!」
モンモランシーは大きな声でツッコんだ。
ジョルジュは後ろからモンモランシーに「落ち着くだよモンちゃん」となだめようとした。
キュルケはその光景をニヤニヤと笑って見ていたが、タバサはじーっとジョルジュの方を見て、ジョルジュの方にトテトテと歩いていっておもむろにジョルジュがはいているスカートをツイツイと引っ張った。
それに気づいたジョルジュがタバサの方へと顔を向けた。
「......舞踏会の衣装?」
「違うだよ!?」
そんな四人で話していると、後ろの方から声がかけられた。
「何してるのですかモンモランシー?ってあら、あなたたちは...」
モンモランシーとジョルジュが振り返ると、マダム・モンモが口に手をかざしていた。
その後ろにもう二人いることが分かる。母の背中で顔が見えないが、姫様とそのお付きの人だろう。
マダム・モンモは制服で娘の知り合いと気づいたようで、キュルケとタバサに向かって少しほほ笑んだ。
「モンモランシーのお友達かしら。私のお店に来てくれてありがとうね。ゆっくり店の中を見て行ってね」
「それはいいけど...姫さ...先程のお客様は?」
「ええ、今帰られるところよ。店の前までお送りするところなの」
そう言うとマダム・モンモは4人の横を通り、ドアノブを掴んでガチャッと金具がこすれる音と共に扉を開いた。
「ありがとうございましたお客様。ではまたのご来店をお待ちしております」
マダム・モンモは営業スマイルばりの笑顔を、後ろからついてきた二人に向けた。
すぐ後ろにいた二人がまた四人の横を過ぎていく。
「今日はホントにありがとうございましたマダム。香水だけではなく、いろいろ教えて下さって...また機会があれば来させていただきますわ」
そう言ってアンリエッタは明るい声で言うと、意気揚々とドアをくぐって行った。
その後にアニエスも続いていった。
二人が店から出ていくと、マダム・モンモはドアを閉めた。
マダム・モンモはほくほくと顔をほころばせているが、四人とも目を見開いて、表情を固めていた。
モンモランシーはおずおずと尋ねた。
「マ、マダム?一体お客様に何を教えたのよ?」
「いえ別に...ただ香水を買っていただいた後に少々お話してたらお化粧のコトに話題がなってね?それで私のメイクの腕を披露したということですよ」
「・・・・」
モンモランシーは無言で振り返ると、
「あの...そう言うことなんだけど...感想は?」
キュルケ、タバサ、ジョルジュは少し考えた後、順々に答えた。
「感想っていったって...あれじゃあどう見たってはっちゃけた道化師よ」
「・・・・ピエロ」
「マイケル・ジャク○ンだよ」
店に微妙な空気が流れた。
「ねぇ犬、ホントにそれでいいの?そんなボロッちぃ剣よりももっとかっこいいの選べばよかったじゃない」
ブルドンネ街を少し歩いた先の門のところで、馬小屋近くでルイズは隣を歩くサイトに尋ねた。
心なしか返品を促しているように感じる。
そんなサイトの手には、サイトが扱うには大きいと言える剣が鞘から抜かれてその手に握られていた。
剣の表面はうっすらと錆が浮いており、厚みを帯びた剣はまるで骨董品のようである。
サイトはじ~っとその剣を眺めているが、突然剣のつばの部分がカシャカシャと動きだし、声を響かせた。
『ボロッちぃとは何だ嬢ちゃん!!このデルフリンガー様を甘く見ちゃ困るぜ!!』
そう言うとサイトの持つ剣、デルフリンガ―はカシャカシャと金具を揺らした。
『こう見えてもおれっちは頑丈に作られてんだよ。おまけに切れ味もそんじょそこらの剣なんか目でもねぇ!!おれっちにかかりゃ木だろうが石だろうが嬢ちゃんの無い胸だろうが一刀両断よ!!』
「サイト、悪いけどそれはもう駄目ね。これから私が壊すから新しいのを買いましょう」
こめかみをピクピクさせ、杖を振り上げるルイズを見てサイトは慌ててそれを制した。
「ちょちょちょ!!落ち着けってルイズ!!俺こいつ気に入ったんだから。それにお前新しいの買うたってそんなお金ないだろう?」
それを言われると何も言い返せないルイズはう~っと唸りながらデルフリンガ―を睨んでる。
そんなコトはお構いなしに、デルフリンガ―はカシャカシャとさびを落としながら喋る。
「そうだぜ嬢ちゃん。それにおれっちの相棒はこいつに決まったからな。じゃあこれからよろしくな相棒!!」
「あ、相棒って俺のコト...?なんか照れ臭いけど、んじゃあよろしくなデルフリンガー」
サイトはニカっと剣に向かって笑いかけた。
「ホラ、もうそのボロ剣鞘にしまって。馬小屋に行って帰るんだから」
ルイズに言われて「分かった分かった」とデルフリンガーを鞘に納めようとするが、その時、サイトの目に派手なメイクをした女性と金髪の女性が馬に乗ってルイズ達の横を通り過ぎて行った。
「すげぇ!!おいルイズ見たか今の!?あのヒトすんげぇ化粧してたぞ!!」
「ちょっと大きな声出さないでよ!!でも確かに凄かったわね今のは...もう一人は奇麗な人だったけど、芸人の人かしら?」
「いやでも凄かったッッ...昔DVDで見たXj○panのヒトみたいなメイクだったぜ」
「訳分かんないこと言ってないで帰るわよ。ホラ、さっさと歩きなさい犬!!」
そうしてルイズとサイト、そしてデルフリンガーは馬小屋の方へ歩きはじめた。
それと同じ頃、馬の背中に乗っているアンリエッタはアニエスの背を掴んで、ホウッとため息をついた。
「あの道にいたのってルイズよね?昔からの親友の顔を見ても気づかないなんて...」
馬の手綱を握っているアニエスの手に力が入る。
あの店主が姫様にとんでもないことをやり、あまつさえそれを姫様が気にいるようだから何も言えなかったが、
―姫様、やっと気づきましたか!!そうです。そのメイクはいくらなんでもナシです!!友人にも気付かれないんですよ!?そのはっちゃけメイク―
アニエスは心の声で叫んだ。
そしてアンリエッタは頬に手をやりながら言った。
「やっぱりちょっと派手かしら?ねぇアニエスどう思う」
アニエスの身体から力が抜け、落馬しそうになった。
「あの姫様?城に着く前にはその化粧は落として下さいね?」
「分かってますよアニエス。でも今度魔法学院に行く時にでもまたやってみようかしら」
「いや...それはお止めになった方が...」