<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.21478の一覧
[0] 【チラ裏より】学園黙示録:CODE:WESKER (バイオ設定:オリ主)[ノシ棒](2011/05/21 22:46)
[1] 学園黙示録:CODE:WESKER:2[ノシ棒](2011/05/21 22:33)
[2] 学園黙示録:CODE:WESKER:3[ノシ棒](2011/05/21 22:33)
[3] 学園黙示録:CODE:WESKER:4[ノシ棒](2011/05/21 22:33)
[4] 学園黙示録:CODE:WESKER:5[ノシ棒](2011/05/21 22:34)
[5] 学園黙示録:CODE:WESKER:6[ノシ棒](2011/05/21 22:34)
[6] 学園黙示録:CODE:WESKER:7[ノシ棒](2011/05/21 22:34)
[7] 学園黙示録:CODE:WESKER:8[ノシ棒](2011/05/21 22:35)
[8] 学園黙示録:CODE:WESKER:9[ノシ棒](2011/05/21 22:35)
[9] 学園黙示録:CODE:WESKER:10[ノシ棒](2011/05/21 22:35)
[10] 学園黙示録:CODE:WESKER:11[ノシ棒](2011/05/21 22:36)
[11] 学園黙示録:CODE:WESKER:12[ノシ棒](2011/05/21 22:37)
[12] 学園黙示録:CODE:WESKER:13[ノシ棒](2011/05/21 22:37)
[13] 学園黙示録:CODE:WESKER:14[ノシ棒](2011/05/21 22:37)
[14] 学園黙示録:CODE:WESKER:15[ノシ棒](2011/05/21 22:38)
[15] 学園黙示録:CODE:WESKER:16[ノシ棒](2011/05/21 22:38)
[16] 学園黙示録:CODE:WESKER:17[ノシ棒](2011/05/21 22:38)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:8
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/21 22:35
初めは一体、ニ体。
二丁目に近付くにつれ、明らかに倍増していく<奴ら>の数。
今やハンヴィーは奴らの群の中を突っ切っていた。


「理由が・・・・・・何か理由があるはずよ!」


宮本の叫びに同意する。
進行方向に奴らが群をなしていたということは、ハンヴィーのエンジン音ではなく、別の要因に集められていたということだ。
二丁目に何かがある。誰もがそう思った。高城は気丈にふるまってはいたが、顔色は蒼白だった。
これだけの数だ。外に出ていちいち戦ってなどいられない。
このまま振り切るしかなかった。二丁目に何があるのか、それを確かめるためにも。


「だめよ、だめ・・・・・・停めてぇぇ!」

「え?」

「ワイヤーが張られている! 車体を横に向けろ!」

「駄目だ、間に合わない! コータ! しっかりありすを抱えてろ!」


急転回したハンヴィーの横腹に鋼鉄のワイヤーが食い込む。
強化ガラスの窓に顔面を押しつけられながら、建人は外の様子を伺った。
車体とワイヤーに挟まれ、細切れにされていく<奴ら>。窓ガラスにこびり付く血肉を見せぬよう、コータがありすを抱え込んでいたが、少しばかり遅かったようだ。眼をきつく瞑るありすは、その光景を見ないようにしていたというより、忘れようとしているように見えた。
だがガラス越しではなく、これから嫌でも、その眼に直に焼き付けられることになるだろう。


「先生! タイヤがロックしてます! ブレーキ放して少しだけアクセルを踏んで!」

「え? ええ!」

「先生ッ! 前っ、前っ!」

「ひえええっ、あたしこういうキャラじゃないのに!」

「車体が軋む! ガラスは!」

「大丈夫だ、割れていない!」


流石は軍用車。強化ガラスはびくともせず、罅一つ入った様子はない。
だがこのワイヤーの強度もどうだ。結構な速度で突入したというのに、綻び一つない。
外からの侵入者を拒むよう、編み込まれた構造が衝撃を吸収したのだ。
正面からでは単純な平面構造にしか見えないが、その実、蜘蛛の巣を重ねた様な立体構造となっていた。ご丁寧に、地面に巨大なペグを打って端を固定してある。これでは下をくぐり抜けることも難しいだろう。
車留めのワイヤートラップ、というよりも、奴ら対策。対人防御柵だった。
間違いなく、何者かの手によるもの。
これだけ強固な網だ、独力での仕業とは考え難い。
ならばこれを仕掛けたのは、組織だって動いている、動けている者達に違いない。
たった一日でここまでの行動力を示せる組織とは、一体・・・・・・。


「宮本が落ちたぞ!」


窓の外、転がり落ちた宮本の姿を認め、建人の思考は分断された。
慣性の勢いは確実に削がれてしまった。ハンヴィーの突破力は失われ、こうなってしまっては鉄の棺桶同然である。
負傷者一名。背中を打って、動けずにいる。健人の座席は右側、ワイヤー側にある。助けに入るには逆側の座席から出るか、ハンヴィーの上から飛び出すしかない。小室のように。
飛び降りた小室はショットガンを構え、引き金を絞った。
初弾は外したものの、平野の激を受けて次弾。数体の<奴ら>の上半身がまとめて吹き飛んだ。
初めて手にした火器の強大さに眼を剥いた小室だったが、それでも再現なく群がる奴らに何時まで通用するかは解らない。
足を止めて撃つしかないのでは、いずれ喰い潰されるだろう。
自力で動けない人間とは、とても重いのだ。
数十キロの重りを抱えて行動せねばならないと考えると、それが女性であったとしても変わりはなかった。
小室は宮本を動かすことが出来ず、その場に立ち止まりショットガンを構えた。
この場で戦うこと。それしかない。
ワイヤーを越えようとしても、後ろから引きずり込まれて終いだろう。
ハンヴィーに残っているメンバーは、最悪車を乗り捨てワイヤーを飛び越えればいいのだが、小室達を見捨て逃げようなどという考えを持った者は、ここには誰もいなかった。
救出には、生存するためにも、もはや交戦しかなかった。


「ひょぉっ、最高!」

「コータ、孝のフォローを。あの調子だ、すぐに痛い目を見る」

「上須賀君! 私達も出るぞ!」

「解ってる!」


冴子と共に車外へ飛び出すと同時、撃発音。
健人が言わずともいち早くルーフに身を乗り出していた平野が、銃撃を開始する。
案の定、小室はリロードに手間取っていた。
撃つだけなら簡単だが、弾込めには銃の機構に対する理解と知識が必要なのだ。


「聞いてりゃよかった平野式ってな。撃って覚えるだけじゃ駄目か」


戦意に漲る右腕を握り締めながら、建人は左手に銀のサムライエッジを構えた。
左右どちらでも銃を扱えるように訓練は受けている。
空いた右には宮本から譲り受けた伸縮式の警棒を持ち、CQCの構えを執った。もちろん、その構えが大たる効果を発揮する捕縛行動など端から考えてなどいない。
短刀術は健人が学んだ武技には含まれてはいなかった。
警棒は偽装でしかない。冴子の持つ木刀のような長物でもない限り、人間の頭部を砕くことは出来ない。粉砕ではなく、陥没による内部破壊を狙っての装備だった。それもやりすぎには十分に留意しなくてはならない。あくまで、良く鍛えられた人間の範疇での打撃力しか発揮できず、そして噛みつかれたのならばここから去るしかないのだ。銃撃による遠距離戦が基本となる。
セイフティを外しながら、健人はサムライエッジを構えた。
この距離だ、サイトを覗くまでもない。


「辻斬り! 一匹そっち行ったぞ!」

「せめて名で呼んで欲しいものだが、な!」

「せめてじゃねえだろ、誰が呼ぶか!」


ハンヴィーへと近付くものから優先的に撃ち抜いていく。
壁となって迫る<奴ら>は、警棒で殴り付けた。ダッフルコートのトグルは全て留めてあり、裾が翻ることはない。フードがそのままだったが、これは無視する。背後を取られるような無様はしない。
冴子の死角へと銃口を向け、トリガー。
小室は平野がフォローするだろう。宮本を助けに行くよりも、ハンヴィーの守りを固めなくてはならない。
自然、冴子と健人は背中合わせとなった。


「はは、息がぴったりだな。良いコンビじゃないか私達は!」

「冗談。合ってるもんかよ」

「つれないな! 君は、まったく!」


息を切らせ上下する冴子の肩。
髪から漂う汗と混じった甘い香りが鼻腔をくすぐる。
熱が染み込んでいく健人の肩は、ピクリとも動いてはいなかった。
この程度の運動量では、疲労を感じることさえなくなったのか。
もはや健人が全力を掛けて取り組まねばならないのは、判断そのものとなっていた。
近付く<奴ら>の内、その一体の額に小さな穴が空き、後頭部から脳漿を盛大にまき散らして倒れた。クリティカルヒット。だがマガジンが切れた。
示し合わせたように、冴子が前に出た。
駆ける冴子と入れ替わり立ち替わり、健人も警棒を振るう。
まるで舞踊のようだ、と健人は思った。
きっと冴子も同じように思っているのだろう。
回々々々と、軽やかなステップが永遠に続くような、そんな幻想を抱く。
だが、それは<奴ら>の数が一行に減少する気配がないことを示していた。
辺り一体にたむろしていた<奴ら>が、轟く銃声に呼び寄せられているのだ。
果たしてこれだけの数の奴らを相手に、逃げ仰せることが可能なのだろうか。
皆の顔に、絶望の色がよぎる。
勝ち目のない戦いだ。
――――――建人以外にとっては。


「少なくとも・・・・・・一緒に死ねるか」

「孝・・・・・・!」


抱き合う小室と宮本。
死期を覚悟しての行動、ではなかった。
初めはそうだったのだろうが、小室の指が宮本の胸に下がった長銃に触れた。
はっと気が付いたように、小室は平野へと銃の取り扱いを大声で問う。
平野もスコープを片眼で覗きながら、また大声で答えた。
撃つだけなら、知識は無くともよいのだ。
宮本の身体を固定具とし、突き出た乳房を両手で抱え込むようにして、小室は銃を構えた。


「当たらない! 当たらない! 当たらない!」


弾をばら撒くでなし、アサルトライフルでしかも無理な体勢からの射撃だ。当たりはしないだろう。


「くおッ! どこを狙って・・・・・・!」

「上須賀君! 後ろ!」

「お前は頭下げろ!」

「上!」

「右!」


もはや不思議がることもあるまい。
健人には、飛来する銃弾の軌跡が、はっきりと見えていた。
冴子が射角を判断しているのは、銃口の向きと引鉄を引くタイミングからだろう。
健人は違う。健人には、弾頭の回転さえも視認出来ていた。
優れた動体視力、などというレベルではない。世界が停止して見えた。
脳が熱い。痛覚など存在しないというのに。
視界が紅く染まったような気がした。


「健人君、手を――――――!」

「どさくさに紛れてこいつは――――――!」


射線上に健人と冴子が入り込んでいることなど、今日初めて銃を持った小室には解りはしないだろう。
いよいよ曲芸掛かった動きとなる二人。
手を握り合い、それを軸に上に下に横に縦にと回転しつつ、遠心力で加速させた木刀と警棒を<奴ら>へと繰り出していく。
お互いが離れてしまわないように握りしめた手は、右手と左手。
健人が無意識に差し出した手は、利き手の右だった。
皮手袋に包まれた五指――――――に見せかけているだけのそれに、細い指が絡められている。
背筋が冷え、視界の色が元に戻った。


「お前、俺の右手――――――」

「ああ、見た! そして君に謝らなくてはならない! 私は君に怯えた、怖いと思った! 気味が悪いと!」 

「お前・・・・・・」

「そして、怒りを覚えた! 君を恐れる私に、君を変えてしまった世界に!」


木刀を<奴ら>にむしり取られてなお、冴子は叫ぶ。


「君がどんな<人間>であったか、知っていたというのに! ずっとずっと、見続けてきたというのに!」

「もう、人間じゃないさ」


地を擦るような蹴りを放ちながら、小さく否定する健人。
それでも、と冴子は言った。


「それでも、君は君だ。健人君のままだ。優しくて、真っ直ぐな君のままだ。私の――――――私の憧れた、君のままだ」

「・・・・・・ありきたりな台詞を」

「そうだな。でも、本心だよ」


冴子が膝で打ち、健人が掌底で打ち上げる。
二人の手は離れなかった。


「だから、私は、私はもう――――――」


絶え間なく押し寄せる<奴ら>の密度が空いた隙に、冴子は健人を引寄せた。
握っていたのは右腕だというのに、健人は体勢を崩して冴子の胸へと倒れ込む。
驚愕の表情を浮かべていた健人を見れば、それが決して呆けていたからではないというのが解るだろう。
冴子に手を引かれた瞬間に、重心が腹の下から浮いたのを感じた。
技を掛けられたのか、と理解したのは、ぼそりと冴子が「毒島流柔術」などと呟いていたから。気が付けば、健人は冴子に抱きかかえられていた。
健人が逃げられないよう、腰に手を回し、固定して。


「もう――――――君の手を、離さない」


息が掛かる程の近さで、真っ直ぐに健人を見詰めながら、冴子は囁いた。
重く静かな声と、吐息が健人に染み入る。
次第に二人の距離は、ゆっくりと、更に近付いていった。
冴子の頬に手が添えられる。
静かに瞳を閉じる冴子。
二人の距離が零になる瞬間――――――だった。


「――――――俺を馬鹿にするのも、いい加減にしろ」


眼を見開いた冴子が見たのは、極寒の瞳。
全く熱の無い、氷のように冷え切った健人の視線が、冴子を貫いていた。


「それが本当に俺を思い遣っての言葉なら、受け取ってやってもよかったがな。もう少し上手くやれよ、大根役者」

「う、あ、私、は――――――」

「いつまで握ってる。防御線が固まる、もう離せ」

「私、は――――――」

「聞こえなかったのか。離せ」


ぱしん、と枯れ枝が折れるような音。
一瞬、健人の手首辺りから紫電が迸ったように見えた。


「痛、つっ!」


痛みに、冴子は反射的に手を引いた。
離れた冴子へと、足元に転がる木刀を蹴り渡しながら、健人は鼻を鳴らして笑った。


「ほら、高城が飛び出したぞ。さっさとフォローに行ってやれよ。チャンバラは得意だろ?」

「あ、ああ・・・・・・」


困惑を顔一杯に張り付けて、冴子は覚束ない足取りで高城の下へと向かう。
高城に迫っていた<奴ら>の頭部を木刀が砕いたのを確認し、健人は大きく息を吐いた。
明確な反論も無かったのだから、あれも自覚していたのだろう。


「あーあ、勿体ねぇ。見てくれだけは最高だもんなあ、あいつ」


でも仕方ないよなあ、と肩を落とす健人は、心底残念がっているように見えた。
事実、そうだった。
健人が手をださなかったのは、最後に残ったこの意地のため。
叔父の教えによって培われ、己によって確かとしたそれを捨てては、自分は本当に<化け物>になってしまう。


「アタシは臆病者じゃない! アタシは臆病者じゃない! 死ぬもんですか! 誰も死なせるもんですか! アタシの家はすぐそこなのよ!」


高城の叫び。
小室が取り落としたショットガンを拾い、引き金を引いている。
髪と言わず顔面中を、冴子の一撃で飛び散った<奴ら>の体液に塗れさせながら。
効率的に反動を押さえる射撃体勢は、なるほど天才と自負するだけのことはあった。
高城も変わったな、と健人は思った。
合流する以前にもターニングポイントはあっただろう。だが、自らの意思でもって引き金を引くということは、より大きな変化をもたらすことになる。銃というものには、そういう力もあった。
いや、皆変わったか、と健人は思った。
小室や平野は元来産まれ持った獣性が目覚めつつあるし、宮本も生存に掛けるために他者に取り入る事を覚えた。
ありすや鞠川は築き上げてきた人格に固執することで集団と己を保とうとしていて、そしてあいつは情欲に歯止めが利かなくなってきている。


「一番解り易く変わったのは俺だろうけどさ」


自然と苦笑が浮かんだ。
それは直ぐに自嘲へと変わった。これも変化だった。
今この場に叔父がいたとしたら、健人を見て何と言うだろうか。
冴子と同じように、お前の本質は変わらないと、そう言ってくれるのだろうか。
いいや、それは無い。
あの人ならきっと、健人の変異を諸手を打って歓迎するだろう。
素晴らしい変革だ、と強面の顔を喜悦に歪ませるかもしれない。
人と化け物とがここまで拮抗する姿は、どちらに転がったとしても、紙一重のバランスを好む叔父を大いに満足させるだろう。
叔父に会えさえすればきっと、人間だとか化け物だとか、その狭間で揺れる自分の苦悩など、一瞬で消え去ってしまうに違いない。
きっと、己の内の<人間>か<化け物>に止めを刺してくれるに違いない。
叔父に会いたい。


「でも、こいつらくらい守れないと、とても顔向けは出来ないよなあ」


停車してからエンジントラブルが起きたのか、エンジンが掛からないハンヴィー。
聞こえるのは、ルーフから身体を乗り出したコータの努めて出した明るい声と、ありすの泣き声。


「よいしょっと、さあ、ジークと一緒にワイヤーの向こうにジャンプだ!」

「でも、みんなは?」

「みんなすぐに行くから!」

「・・・・・・うそ!」

「――――――え?」

「パパも死んじゃう時にコータちゃんと同じ顔したもん! 大丈夫っていったのに死んじゃったもん!」

「・・・・・・」

「いやいやいや! ありす一人はいや! コータちゃんや健人お兄ちゃんや孝お兄ちゃん、お姉ちゃんたちと一緒にいる! ずっとずっと一緒にいる!」


大したやつだ、と健人はコータの、何かを決意したような横顔を見て改めて思った。
直接言葉を交わしたのは先日が初めてだが、健人はコータのことを以前から知っていた。
まだ世界が<奴ら>で溢れ返る前の話だ。コータはその容姿と人格から、いじめ、とまではいかないが、多数から侮蔑の対象となっていた。
学年も違うとなれば、誰がどう思われているだとか、誰それと付き合っているだとか、そんな話までは耳に届くことはない。自他称天才の高城の存在ですら、健人は知らなかったのだ。もちろん小室と宮本の何をかなど知る由もなかった。冴子並みの功績を残していたのならば別だが、コータはそうではなかった。
だが健人には直に解った。
廊下ですれ違った瞬間にコータが見せた洗練された立ち居振る舞いと仕草。それは一朝一夕で見に付くものではなかった。訓練された人間のそれだった。
だが、非凡な家庭に産まれ特殊な訓練を受けたこともあるというのに、コータの纏う空気はあまりにも普通だったのだ。
これに健人はいたく感心した。
きっとコータは、我慢してきたのだろう。
普通に生きていきたかったから、ずっと我慢してきたのだ。
健人にはその願いが理解出来た。健人も同じだったからだ。
だが、もう、そんな必要はない。普通なんて、なんの意味も無い。
だから、僕は・・・・・・俺は――――――。


「――――――使うしかないか」


建人の意識が、右腕に向く。
否、使うのだ、ここで。
健人は皮手袋に指を掛けた。


「ジーク!」


重なったありすとコータの子犬の名を呼ぶ声に、健人の動きが止まる。
ハンヴィーのルーフからジークが飛び出し、<奴ら>の足首へと喰らい付いた。
ありすの涙に怒ったのだろうか。立派な忠犬振りだった。
ジークの鳴き声につられた<奴ら>の数体が、進路を変える。だが、それだけだった。
<奴ら>は何故か人間しか襲わない。音に反応しているだけだ。


「待ちなさい小室! あんた、何を!」

「ジークの真似」


困ったように笑いながら、小室が前へ出る。
自らが囮になるつもりか。
<奴ら>を引きつけんと、大声をあげようとした小室の肩を、健人は掴んだ。


「いや、駄目だ」

「健人さん・・・・・・離してください。少しでも<奴ら>を引寄せないと」

「そうだな。でもそれはお前の役目じゃあないぜ」


口を開こうとした小室だったが、健人に膝裏を蹴りつけられ、その場に尻餅を付く。
小室は愕然としたような、そんな顔だった。
本当にいいやつなんだな。そう健人は、心底思った。
自分が犠牲になるのはいいが、他人がなるには我慢がならない人種か。


「だってお前は、俺達のリーダーだからさ」


皆、誰もが小室に大なり小なり、依存をしていた。
この集団の決定権を、何故か小室が持っているのがそうだ。
先頭に立ち、皆を率いるためのリーダーシップが、小室の中で目覚めようとしている。
それは健人も持ち得ない、生来の非凡な才だ。ここで失わせるわけにはいかなかった。
今回のように、自らが囮になろうとする精神性は見上げたものだ。
しかし、集団の長としてはどうだろうか。
今はいい。
だが、これからは改めてもらわなければならない。


「悪いな、それと、ありがとよ。お前には一番、感謝してるんだぜ」


本音を言えば、右腕の力を健人は使いたくはなかった。
こんなギリギリになるまで葛藤を続けたのは、彼等の前では人間としていたかったからだった。
だが大声を出しながら逃げるのならば、彼等の視界から消えるまではどうにでもなる。
その後のことは、頑張ってもらうしかない。それしか言いようがない。
一人で逃げて、その後の事は知らぬなどと、無責任な考えかもしれない。
だが、今や誰もが自分本位なのだ。小室の下に皆が集まったのも、自分が生き残るためという理由でしかない。
彼等にとっての生存は健人にとり、自尊心を満たすことだった。
良い人間として彼等の記憶に少しでも残りたい。
穏便に別れられるなら、それに越したことはなかった。


「待ってくれ! 健人さん、あんた何を!」

「何って、ほら、決まってるだろ。ジークの真似さ!」


健人は獰猛な笑みを携えながら、駆け出した。


「ワンワンワンッ! ガルルルルッ!」


奴らの群れの直中に突入。
ジークの勇気に肖ろうと唸りながら警棒を振るう。
途中、待っていたと言わんばかりに尻尾を振っていたジークの首を引っつかみ、後ろへと放り投げた。
腰には銃。なんだ、無敵じゃないか、俺。
頬が釣り上がった。
彼等からは十分過ぎるものをもらった。いや、残せたというほうが正しいか。
ならば、これからは一人でだって生きていける。


「私も付き合おう!」

「いや、帰れよお前は。来んなよ」


釣り上がった頬がひくつくのを自覚する。
いつの間にか健人と並走していたのは、冴子だった。
警棒とともに木刀が空を舞い、まるで海を裂くように、<奴ら>の群れに一本の道が築かれていく。
背後には直に別の<奴ら>が流れ込んで来る。もう後戻りは出来ない。


「頼む、一緒にいさせてくれ!」

「くそッ、いい加減にしとけよお前は! 勝手にしろ! 噛まれるんじゃないぞ!」

「承知!」


こいつもこいつで、こりないやつだ。
がっくりと肩を落としながら、健人は警棒を振るった。
大声を上げ、時には鉄柵を叩きながら<奴ら>を引き付け、二人は石段を駆け上る。
基本的に動きの鈍い<奴ら>は、階段を上る速度もまたゆっくりだ。
高台の上に昇れば、息を整えるだけの時間は稼げるだろう。
しかし、執ったルートが悪かった。引き付けられたのは<奴ら>の4分の1程度。
見下ろす先には、未だ大量の<奴ら>が蠢いている。
これでは、小室達は逃げられない。
くそ、と健人は欄干に警棒を叩きつけた。
階段を上りつつあった<奴ら>の顔がこちらに向いた。それだけだった。


「こんなことなら・・・・・・!」

「いや、あれを!」


冴子が指さした方は、ワイヤーの向こう側。
路地の角から、防火服とヘルメットに身を包んだ集団が、隊列を為してハンヴィーへと近付いていた。
背負ったボンベと、そこから延びるホースとのシルエットは、格好とも相まって消防士に見えなくもない。


「みんなその場で伏せなさい!」


ヘルメットでくぐもった、女の声。
腰溜めに構えたホースの先から、圧縮された水の塊が放射され、<奴ら>を次々に吹き飛ばしていった。
消防士風の集団が構えるのはインパルス放水銃と呼ばれる消化装備であり、背負ったボンベによって圧縮された高圧空気による打撃力は、対人への制圧にも用いられる威力がある。
そんな代物を多数集められる集団。
間違いない、このワイヤーを張った者達だ。
彼等はワイヤーを押し広げると、隙間から小室達を救いだした。
冴子と二人、ほっと胸を撫で下ろす。
だが彼等が何者なのかは未だ解らない。


「ここならもう大丈夫」

「あの、ありがとうございました!」

「当然です」


言って、その女性はヘルメットを脱いだ。


「娘と、娘の友達のためなのだから」


ヘルメットから零れたのは、長い髪。
シールドの下に隠されていたのは、高城に良く似た顔。


「ママ!」


涙ぐむ高城が文字通り飛び付いた。
その女性は、高城の母親だった。
突如現れた防火服集団のリーダーだろう高城の母が一体何者であるかは、一先ず棚上げしておこう。
今は、誰もが喜んでいた。
高城のため、自分のため喜んだ。
そこで全てが終われば、めでたしめでたし、だったと思う。


「よかったな」

「ああ、本当に」

「こっちはどうしたもんかね」

「・・・・・・もう一度、もう一度でいいんだ、私の話を聞いてほしい」

「生きてたらな」


どちらが、とは言わない。
階段を上りつつある<奴ら>へ背を向け、距離を取った。
冴子も健人の後に続く。


「上須賀! アタシの家、解る!? 二丁目で一番大きい敷地、そこで合流よ! いいわね!」


死ぬんじゃないわよ、と強気な高城の叫びが、二人の背に届いた。
手を上げて応える。
心配いらない。


「戻るつもりはなかったんだけど」


ぼそりと呟いた健人の顔は、しかし微笑んでいた。


「高城も元気になっちゃってまあ。あれが本調子なんだろうな」

「・・・・・・」

「こっちはこっちで、まったく」


思い詰めたように木刀を握りしめ、俯いて走る冴子の様子に、健人は諦めたように溜息を吐いた。
西日が眩しい。
再び日が落ちようとしていた。
世界が崩壊して、二日目の――――――。






■ □ ■






File8:PDA内残存データ・・・・・・記録者H


作戦行動開始から8時間。
βチーム全滅。αチーム、私一人を残し全滅。
やれやれ、死神の面目躍如といったところか。笑えんがな。
だが作戦目的は達成された。散っていった部隊員達の命が無駄にならないことを祈る。

内部分裂に情報散逸。組織の現状は散々だ。
ウロボロス計画失敗により弱体化した所に、度重なるBSAAの襲撃。
今も組織の体を保っていることが不思議でならない程だ。
アンブレラ、という名前に群がっているに過ぎないのだろう。
ウェスカーの敗北によって再び低迷期に入ることとなった新生アンブレラだが、この所、旧アンブレラ時代からの幹部共の行動がキナ臭い。
消えた金、資材――――――極めつけは私が先ほど手ずから破壊した、第2ウロボロス計画最重要被検体に放つべく育成していた、BOWの繁殖施設。
被検体の情報が漏洩していたことも予期していたことだった。
元々あれらはスペンサー卿によって集められた者共だ。スペンサー派、とでも言ったところか。旧時代からのアクセス権限ならばデータベースへの侵入も容易のはず。
機に乗じて暴走を始めたということか。
被検体を担ぎ上げ、意のままに操ろうとでもしているのだろう。
スペンサー卿は死してなお妄念を残したということか。
だが、ウェスカーがスペンサーの遺志を継ぎ神となろうが、奴らがスペンサーの真の後継を名乗ろうが、どうでもいい。
世界がどうなろうと、人間の定義がどうなろうと、知ったことではない。
戦場に生き、戦い、そして散る。
兵士にはそれだけだ。
それで十分だ。

次の任務だ。
任務内容は被検体との直接接触、サンプルの回収。
対BOW戦が予測されるため、戦闘時には被検体の生存を第一目的とすること。
ウェスカーめ。敵になったり上司になったりと忙しい奴だ。今度は人の親にでもなるつもりか。
・・・・・・いや、人ではないな。
なるほど未だスペンサー派を生かしておく理由は、エサにするためか。
あの施設からBOWが既に搬送された形跡があった。別の場所に運ばれたのではこちらも手出しはできない。運び出されたBOWは不明だが、短時間かつ安価に数を揃えるとなれば、自然と種は絞られる。
懸念事項は被検体の戦闘力と、一般人の暴徒化だが、いざとなれば私が処刑して回ればいい。
戦闘力に限っては、かつてウェスカーに乞われ家庭教師として教育を施した身として、その点についての心配は無いと言い切れる。
一年にも満たない付き合いだったが、ケント――――――被検体の戦闘センスは光るものがあった。
それがウロボロスによってどのような進化を遂げたか、興味もある。
これから被検体接触に際し、あの屋敷に潜入する。
さて、適当なバックストーリーでも考えようか。






しかしこのガスマスク、情報保持だか何だか知らんがロックが外れん。
パスワードをまるで受け付けない。解除条件が満たされていない、だと? 私の顔が機密事項だとでもいうのか。
ウェスカーの嫌がらせか・・・・・・?












前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.0465989112854