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No.21478の一覧
[0] 【チラ裏より】学園黙示録:CODE:WESKER (バイオ設定:オリ主)[ノシ棒](2011/05/21 22:46)
[1] 学園黙示録:CODE:WESKER:2[ノシ棒](2011/05/21 22:33)
[2] 学園黙示録:CODE:WESKER:3[ノシ棒](2011/05/21 22:33)
[3] 学園黙示録:CODE:WESKER:4[ノシ棒](2011/05/21 22:33)
[4] 学園黙示録:CODE:WESKER:5[ノシ棒](2011/05/21 22:34)
[5] 学園黙示録:CODE:WESKER:6[ノシ棒](2011/05/21 22:34)
[6] 学園黙示録:CODE:WESKER:7[ノシ棒](2011/05/21 22:34)
[7] 学園黙示録:CODE:WESKER:8[ノシ棒](2011/05/21 22:35)
[8] 学園黙示録:CODE:WESKER:9[ノシ棒](2011/05/21 22:35)
[9] 学園黙示録:CODE:WESKER:10[ノシ棒](2011/05/21 22:35)
[10] 学園黙示録:CODE:WESKER:11[ノシ棒](2011/05/21 22:36)
[11] 学園黙示録:CODE:WESKER:12[ノシ棒](2011/05/21 22:37)
[12] 学園黙示録:CODE:WESKER:13[ノシ棒](2011/05/21 22:37)
[13] 学園黙示録:CODE:WESKER:14[ノシ棒](2011/05/21 22:37)
[14] 学園黙示録:CODE:WESKER:15[ノシ棒](2011/05/21 22:38)
[15] 学園黙示録:CODE:WESKER:16[ノシ棒](2011/05/21 22:38)
[16] 学園黙示録:CODE:WESKER:17[ノシ棒](2011/05/21 22:38)
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[21478] 学園黙示録:CODE:WESKER:15
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/21 22:38
眼玉が溶け落ちるのではないかと思う程の灼熱に炙られ、健人は覚醒する。
天井からぶら下がる西洋ランプが水平に見え、自分が横になっていたことを知った。
気絶していたのか。
頭を振る。脳が重い。何か、夢を見ていたような気がする。悪夢と吉夢を同時に見たような、そんな気が。
しかしそれがどんな夢だったのか思い出せずにいることが、健人の精神を苛立たせた。
人差し指を曲げ、口に咥える。
上顎と下顎でしっかりと噛み、曲げた指の射線上に延髄がくる角度に調整。真っ直ぐに伸ばされた親指は、ゆっくりと落とされ、空を切った。
がちん。
撃鉄を起こす音が、頭の後ろから聞こえた。


「けんとお兄ちゃん!」


腰辺りから聞こえた叫びに、健人ははっとして身を起こす。涙に頬を濡らしたありすが、顔を真青にして健人の顔を心配気に覗いていた。
縋り付く手は服の裾を掴んで離さず、小さく震えている。
ありす、と健人は乾いた喉で彼女の名を呼んだ。


「よかった・・・・・・お兄ちゃんが生きてて、よかったよお」


健人を見詰めたまま、くしゃ、と顔を歪めて涙を流す、ありす。
起きた、ではなく、生きていた、と表した彼女の心情は、いか程のものだったろう。彼女はもう、近しい者との別離を耐えることは出来ないかもしれない。
泣いて欲しくないと思った側からこれだ。
不甲斐なさに眉間に力が入る。健人は務めて優しくありすの頭に掌を乗せた。
一梳き、二梳き、髪を梳く。その度、ありすの小さな肩の震えは収まっていく。
ぐらつきながら立ち上がると、側にありすが駆け寄って健人の身体を支えた。そのまま窓際へ立ち、外を見やる。
強化された聴力に意識を向けるまでもない。行き交う怒号と悲鳴がガラスを揺らしていた。


「どうして<奴ら>が・・・・・・バリケードが破られたのか」


窓の外は混乱の極地にあった。
<奴ら>の群れが、鉄門にすし詰めになっていたのだ。
後から後から、人の気配に釣られたのか鉄門に殺到していく<奴ら>。元々が高城邸の周囲に群れなしていた<奴ら>である。破られたバリケードの一点から侵入を果たしたのだろう。
格子から伸ばされる無数の手が蠢き、その後ろから構わず突入する<奴ら>にところてんよろしく押し出され、ぼとぼとと肉片になって崩れ落ちていく。


「跳ぶぞ、ありす。ジークを離すなよ」

「うんっ!」


その一言で、ありすは健人の言わんとした所を理解したようだった。
ジークを抱いて健人の首根っこへと腕を回す。子供特有の高い体温に、石鹸の香りが鼻をくすぐった。
健人はそのまま窓を蹴破り、庭へと踊り出る。
滞空は一瞬。飛び散るガラス片でありすが傷つかないよう、庇うように背を丸めて。着地は失敗。尻が痛かった。
ありすに手を借りて立ち上がる。急に昏倒してから、どうにも意識がぐらついていけない。これといって倒れた理由を思いつくことはないが、今現在の自分の身体がどうなっているのか、自覚症状がほとんどないのだから解らない。
意識が急に落ちたということは、脳機能に何らかの障害が発生したかもしれない。
悲観的にはどこまでもなれるが、と健人は眼頭を押さえた。
ふらつく足を引きずりながら、情けなく感じつつもありすに身を預け、騒ぎの渦中へ。


「お、おい! ケータイが映んねえよ!」

「あれ? プレーヤー壊れた・・・・・・」

「停電と同時にPCが全部死にました!」

「誰か! 誰か助けてください! 主人のペースメーカーが壊れたみたいなんです!」


混乱する人々の話を統合すれば、どうやら電子機器が使えなくなってしまったらしい。
ありすを傍らに、健人は倒れた夫を泣きじゃくって揺する妻の側にしゃがみ込んだ。
縋る様な視線を感じながら、右手を仰向けに倒れる男の胸にそえる。
一瞬の明滅。紫電が健人の掌より放たれた。
男の身体が大きく跳ね上がり、口から空気の塊が吐き出され、呼吸が戻る。
息を吹き返した夫と涙ながらに抱き合う妻の姿を視界にも入れず、健人は天を仰いだ。
電磁パルス攻撃か。
核弾頭を高々度で炸裂させることにより、集積回路を焼く、戦略攻撃である。
こめかみを抑え、呻く。
恐らく、EMP攻撃が行われたのは、自分が倒れたのと前後しているはず。
そうなれば先の唐突な昏倒は、核弾頭の炸裂によって電磁パルスが撒き散らされたことが影響していると考えるのが自然だろう。
ならば、俺の頭の中に――――――。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「いえ・・・・・・」


しきりに頭を下げる女性に、健人は億劫そうに返事を返す。
善意で助けはしたが、それは一時的なものだ。もう男性のペースメーカーは動くことはない。今は息を吹き返したが、直ぐに心臓は鼓動を乱すことだろう。死への時間を先延ばしにしただけなのだ。
偽善であると自覚している行いに、そうまで感謝されるのは後ろめたいものがあった。
それはこの女性も、解っているはずだ。
男性の身体は以前横たわったまま。意識は戻っているようだが、身体は動かないままだった。


「おかげで主人と一緒に、最後の時を迎えられます」


そう言って、夫に頬を擦り寄せる妻。
その姿に健人は息を呑んだ。
やはり、女性は解っていたのだ。長く生きられることが出来ないことを。そして、それは自分も同じだということを。だから彼女は、愛する人と抱き合って死ぬことを選んだのだ。
がらあん、と一際大きな鉄の音。とうとう鉄門が崩壊した音だった。
<奴ら>が高城邸へと雪崩れ込んで来る。


「横になったままで申し訳ありません。せめてものお礼に、どうか、これを・・・・・・」


断末魔の叫びの最中、夫婦が差し出したのは大きめの肩掛け鞄。
ずしりと重いその中身には、防災道具の他に、小さめの鉄の箱が収められていた。
材質は鉛だろうか。


「祖父母が遺した物です。彗星の時も自転車のチューブを用意していたそうで、またピカドンが落ちて来てもいいようにと、鉛の箱を・・・・・・。
 中身は古いカセレコですが、カセットの中身だけは最近の音楽ですよ。私の趣味でして、体を壊しても音楽だけは捨てられなかった。
 どうか私の未練を、共に連れて行ってやってください」

「邪魔であれば捨てて頂いてもかまいません。さあ、早くその女の子を連れて逃げて下さい」


箱の封を開けてみる。
本来ならば通帳や印鑑を納めておくためのものだったのだろう。そこには彼等の言う通り、型古のカセットレコードプレイヤーと、数本のカセットテープが収められていた。再生ボタンを押せば、テープが回り始める。
電磁パルスの影響を逃れ、もはや廃棄を待つだけであっただろう型古のカセレコは、ここに息を吹き返したのだ。恐らくは、付近でこのカセレコだけが、唯一生き残った機械製品だろう。
荷物を詰め直し、肩掛け鞄を掛け、ありがたく貰って行きますと健人は頭を下げた。
立ち上がり、ありすを抱えて駆け出す。
抱き合う夫婦には、もう一瞥もくれなかった。
<奴ら>の足を引きずる音が、は直ぐそこにまで迫っていた。


「けんとお兄ちゃん、おじちゃんとおばちゃんを――――――」

「無理だ、助けられない。助けられないんだ! 皆は助けられない!」


叫ぶ。
それは言い訳だった。自分の無力を誤魔化すための。
否・・・・・・正直に心の内を明かすなら、罪悪感を誤魔化すための。
――――――この右腕を振るえば、いくらかの人を助けられるかもしれない。
そんな考えが泡のように浮かぶにつれ、必死に健人はそれを潰していく。
いざという時は、と思って来たというのに。そのいざという時になってみれば、自分が<化物>であるなどと、恐ろしくて明かす事など出来ない。四方から浴びせかけられる明確な敵意は、<奴ら>と対峙するよりも恐ろしいのだ。想像するだけで、手が震える程に。
突き付けられて、初めて自覚した。怖いのだ、とても。
異形を晒す決意は違わずに有る。だが、覚悟がそれに伴わなかったのだ。
健人の叫びに、じゃあ、とありすは唇を噛み締める。


「じゃあ、なんでありすはたすけてくれたの? ありすも“みんな”のひとりじゃないの?」

「・・・・・・俺を責めるな、頼むから」


それはもう、言い訳ではなく懇願であった。
ありすの幼いが故の純粋さに、健人は答える術を持たない。逃げることしか出来ない。
背後から男女の悲鳴が聞こえた。
ありすが健人の腕の中で耳を塞ぐ。
これが小室であったなら、彼女へとどんな言葉を口にしたのだろうか。
考えながら、健人は未だ痺れの残る歩を進める。
皆を助けることは出来ない。
だが、出来る限りは――――――。
思いながら駆ける健人が向う先は、鉄門前ではなかった。
風情見事な日本庭園、高城邸裏庭である。
砂利を踏み締めながら、健人は松の木に指を掛け、庭へと突入した。
高城邸をぐるりと囲む塀は高く、周囲には深い堀まで掘られている。これらを跳び越え侵入するのは、現実的ではない。
となれば、予測される侵入経路は・・・・・・道路から橋が渡される、あの分厚い扉。


「やはり、来たか。<化物>共め!」


健人が吐き捨てたのと、扉を貫通してぬらりと光る爪が突き入れられたのは同時。
分厚い木と鉄板の層など無いも同然と、悠然と扉を引き裂いて、空いた穴から異形が身を躍らせた。
爬虫類を思わせる緑色の鱗。上半身は多数の赤黒い腫瘍に覆われていて、身体のバランスが対称ではない。
醜い巨体とは裏腹に、健人から付かず離れずの距離を取った動きは軽やかで、狩人を思わせるものがある。
間違いない。
リサが引き連れていたものと同種、別タイプの<ハンター>だ。
明らかに既存の生物とは異なる凶悪なフォルムに、ありすが小さく悲鳴を漏らす。
健人はありすを傍らに下ろすと、後ろに下がっているよう指示した。塀の構造上、一方向からしか攻められないようになっている場所にまで、ありすは後退する。
これで自分が倒れない限り、あるいは背後に抜かれない限り、一先ずはありすの安全を確保出来るはず。
ありすを連れて来たのは、小室達と合流出来なかった以上、安全な場所など無いと判断したからだ。もうどこにも安全を保障出来る場所など無い。ならば手元に置いたほうがよほど安心だ。
だが、代りに恐ろしいものを見せることになる。
<奴ら>に紛れて<化物>の気配がすぐそばまで迫って来ていたのだから。
そして、恐らくはこれがありすとの別れになるだろう。
右腕がぞわりと蠢いた。
これを実際に目の当たりにすれば、生きる世界が違うのだと、理解するはずだ。
一抹の寂しさを胸に、健人は改めて<ハンター>と対峙した。
この瞬間だけは、感謝をしてやってもいいと思った。こうやって直接対峙しなければ、覚悟のない自分は、恐らくはずっと隠し続けただろうから。
<ハンター>の左右非対称の醜い姿。特に健人の眼を惹いたのが、肥大化した巨大な左腕である。鉄扉を切り裂く程の鋭い爪が4本も生えそろった腕は、どこか健人の右腕に似ていた。
否、健人の右腕が彼等のそれを模している、と言った方が正確か。
しかし、そんなことはどうでもいい。
問題であるのは、どちらが優れているかということだ。
健人を挑発するよう、巨大な鉤爪が開閉している。かかってこい、とでも言っているのだろうか。
いいだろう、どちらが上であるか、直接確かめてやる。


「ありす」

「お兄ちゃん・・・・・・?」

「ごめん」


上着を脱ぎ去り腰へ。鞄も肩紐を伸ばして腰へと結わい付ける。
健人はずあっと、一気に手袋から右手を引き抜いた。
黒く艶を放つ牛皮の下から現れたのは、より一層暗い粘膜の輝きを放つ、異形の右腕。健人の意思に呼応し形を変え、鋭い爪が生え出して来る。
背後でありすが息を呑んだのが聞こえた。


「怖いか、ありす?」

「ひっ!」

「それでいい。俺もあいつと同じ、<化物>なんだ。気にすることはない。<化物>は忌諱されて然るべきなんだ」

「お、おにいちゃ・・・・・・」

「俺は<化物>だけど、あいつと同じどうしようもなく醜いけれど・・・・・・それでもありす、お前を守るよ」


Yシャツが内側からの圧力で裂け飛んだ。
何百何千という黒い蛇の群れが、健人の右の肩口から這い出ていた。蛇の群れそのものが、今や健人の右腕なのだ。
健人の戦意に呼応し、蛇達が一斉に膨れ上がる。視界が紅く染まり、<ハンター>が唸り声を上げて踏み込んで来るのがはっきりと見て取れた。
見える。奴の挙動の一つ一つまで――――――。
近付く<ハンター>へと、健人は拳を振り上げた。
クリーンヒット。肉腫を叩き潰す感触。溢れる体液に身を浸す喜びに、蛇達が震える。
外見に相応しい醜い叫びを上げながら、<ハンター>が後方へと転げていった。
やったか、と健人は口角を釣り上げる・・・・・・。だがその得意げな笑みは、すぐに凍り付くこととなる。
耳障りな叫びに紛れ、獣の唸り声が聞こえた。
健人が気付く以前から、ジークがありすの腕の中、臨戦態勢に入っている。
子犬の身で何が出来るというわけでも無いというのに、牙を剥きだし、毛をぶわりと広げて。
健人の肌が捕らえる気配は――――――1つ、2つ・・・・・・計5つ。
気配の放つ威圧感は、一つ一つは<奴ら>と変わらないくらいに小さいものだ。だが、その気配の移動するスピードが追い切れない。
最高速度は<リッカー>のそれよりも下だろう。しかし、右に、左に、地を舐めるように移動する気配は、小回りが利いていて捕らえることが難しい。
<リッカー>や<ハンター>は筋肉量に任せて地を跳んでいたが、あの気配は違う。駆けているのだ。軌道の予測がつかない。
速いというよりも、早いと表すべきか。
今の状態の健人ですら追うことが難しい気配が、破られた扉から侵入した。


「犬の鳴き声・・・・・・野犬か? いや、これは!」


裏庭にするりと入り込んで来たのは、体のあちこちが損傷して崩れ落ちた犬。
瞳孔の大きさが一定ではない眼球が、片方の眼窩から飛び出して風に揺れている。だらしなく開いた口から垂れ下がる紫色をした千切れかけの舌に、黄色の唾液。
ゾンビ、とは<奴ら>の例がある。<腐乱犬>とでも言うべきか。
体のあちこちを腐り落とした犬達が、自らの挙動で肉を取りこぼしながら、しかしなお、それ故に俊敏な動きで次々と潜り込んで来た。
不味い――――――。健人の額に汗が滲む。
これまで辛くも健人が<化物>相手に勝利をもぎ取ったのは、相手が単体であったという理由が大きい。
そして、一応は人間の形を保っていたことも。
事実、2体以上の<リーパー>は捌き切れず、健人は為す術もなく敗北している。
<腐乱犬>も同じだ。人間は同族以外の生物に対し、身体能力の面であまりにも劣っている。手練の格闘家であっても山中で野犬の群れに囲まれたなら、対処は難しいだろう。犬という動物が誇るポテンシャルは、それ程までに大きいのだ。
しかも恐るべきことに、こいつらは未だ知能を有しているようだ。これまで遭遇して来た<化物>のように強烈な気配を放っていない事から、機能や能力として特異な物は備えてはいないのだろう。だが、脅威的な力が無いというだけで、それが何だと言うのだ。
犬並みでしかないだろうが、それでも知能がある。それはつまり、<腐乱犬>達は結託して、狩りを行えるということだ。
その脅威度たるや、<ハンター>の比ではないだろう。狩人は姿を現したその瞬間に、狩人足り得なくなるのだから。集団での狩りは、全くの別物ということだ。
数が揃うや、等間隔にぐるりと取り囲まれた、この状況。
背にはありす。
多対一の状況に、満足に動けない。術中に嵌ってしまっている。
健人は舌打ちを零した。


「腐れ犬共が!」


うぬ、と健人は呻く。
健人の戦力がほぼ右半身に偏っているのを看破したのだろう。<腐乱犬>達は健人の右側面を封ずる動きをみせた。
扇状に取り囲んだ5匹の内、2匹が右側面より跳び掛かる。
愚策と知りつつ、健人はこれらを打ち払うしかなかった。そうしなければ、首に喰い付かれていたからだ。
しかし掛かる2匹を鉤爪で薙ぎ払えば、左方がガラ空きとなるのは必定。
最も近い<腐乱犬>を触手による鞭打で叩き据え、次いで返す刀に2匹目の頭部を縦に真っ二つにしたところで・・・・・・健人は地に膝を着いた。
脇腹と左足首に鋭い痛み。
残った<腐乱犬>が健人の体へと、牙を突き立てていた。
首を振り、肉を抉られる。垂れ流された黄色い唾液と、染みだした血とが混ざり合う。濁った目には知性の欠片も感じられず、何の景色も映してはいなかった。だというのに、こいつらは仲間を犠牲にしてまで、有効打を健人に与えたのだ。
足の腱を噛み切られた。
いかに異常な回復力を備えていたとしても、体の仕組みは人の枠を超えてはいない。これでは、直ぐには立ち上がれない。
顎を叩き割ろうと爪を振り上げるも、すぐさまぱっと健人の身体を離れ、再び距離を取る<腐乱犬>達。
深追いは危険だと承知しているのか。犬らしからぬ賢さは、野生の本能とでもいうのだろう。
何とでもなると思っていた数分前までの自分を、思いきり殴りつけてやりたい気分だった。


「聞け、ありす! 何とかこいつらをここに縫い付ける! 合図をしたら、走って逃げるんだ!」


膝立ちに半身になって健人は構えた。
次に<腐乱犬>が攻撃態勢に入った時に、動くしかない。喰い付かれたらそのままに抑えつける。ありすが逃げる時間を稼ぐために。
結局ありすを連れて来たのが裏目に出た。己の浅はかさは、受ける傷と流れる血であがなうしかあるまい。
さあ行け、と健人が口を開いたと同時、背に軽い衝撃が走る。


「あ、ありす!?」

「いや、いや! ありすお兄ちゃんと一緒にいる! ずっと一緒にいるもん!」


唖然とする健人。
ありすが飛び付き、健人に縋りついていた。
それも、下段に構えていた右腕を、胸に抱き込んで。


「怖くない! 怖くないよ! 怖くないもん!」

「ありす、お前・・・・・・」


言って、首を振りながら涙を零すありすの手は、隠しようが無い程に震えている。
触手の一本が少し蠢くだけで、ありすの体は悪寒に跳ね上がった。
その度に、怖くない、怖い訳がない、と呪文のように己に言い聞かせている。
そんな訳が無いというのに。
ありすの行動は寂しさからくる脅迫観念であったかもしれないが、不利な状況にあって健人の心は不思議と軽くなっていく。
この子を死なせてはならない。何としても。決意は一層強くなっていく。
だが、現状は厳しい。
残る3体をどう捌くか・・・・・・。
数が減り崩れた陣形の隙を突くべきか、健人は思考を巡らせる。


「包囲の隙が空いたまま・・・・・・? しまっ――――――!」


健人の疑問と驚愕とを、頭上の二つの影が覆い尽くす。わざと包囲網を緩めることで、健人の眼を反らし、本命を隠し続けていたのだ。
3匹は変わらずに眼前に居るというのに、死角からの他方同時攻撃である。
数が増えたのではない。
違う、これは、やられた振りをしていたのだ。
健人に迫りくる二つの影は、初めに打ち払った二匹のもの。
真っ二つに裂けた頭から、異様な肉腫が第三の首として発生していた。まるで地獄の番犬、<ケルベロス>のように。
異形の顎が、健人とありすに喰らい付かんと襲いかかる。


「だめ・・・・・・だめぇぇぇええええっ!」


その瞬間だった。
ありすの叫びと同時――――――世界が、一時停止した。
そうとしか言い表せない、異様な空間に包まれていた。
錯覚かもしれない。そう思った。死の間際に集中力が極限に高まり、視覚情報を高速で処理しているのかと。
だが・・・・・・これは本当に、錯覚なのだろうか。
<ケルベロス>の涎が地に落ちる。健人の顎先を汗が伝う。肩に圧し掛かる重圧に、時間の感覚が曖昧になる。
腐った犬共の体が、宙に縫い留められている――――――ように、見えた。
ありすの体が力を失い、ふつりと崩れ落ちる、その前に。


「ジィイイイイイイクッ――――――!」


健人はありすの腕の拘束を解かれ、自分の体長の何倍かある<ケルベロス>へと勇敢にも立ち向かう仲間の名を叫んだ。
制止の声であったつもりが、発してみれば、それは発破をかける声。
わんっ、と可愛らしい自信に溢れた返事を、子犬のジークは返した。任せておけ、とでも言うように。


「わんっ、わんっ! わおーん!」


<ケルベロス>の身体が自由落下に委ねられたのと同じくして、ジークは天へ。
ジークは未だ子犬である。爪も牙も、成犬のそれには及ばず、致命傷を与えることはない。だがジークはそんなことは百も承知だったのだろう。
ジークの身体が空中で、激しく回転を始める。
牙をむき出しに爪先を軸にして体を回転させ、自身を一体の回転刃と化す。チェインソウの理屈と同じだ。
一瞬の交差の後、<ケルベロス>の3つ首が両断され、3つが共に違う方向へと吹き飛んだ。見事、己の欠点を克服してみせたジークの妙技である。
くおん、と悲し気に一声鳴いたのは、哀れな同胞への手向けだったのだろうか。
全ての首を両断されたダルメシアンは、もう蘇ることもないだろう。


「ジーク、お前・・・・・・」

「わんっ!」


健人はもう一方の<腐乱犬>を拳鎚で叩き潰して呟いた。連係を取られさえしなければ、個々の対処は容易だった。
不可思議なシンパシーをジークから感じる。
ジークがみせた空中殺法は、明らかに犬の範疇を超える動きだった。
なぜあんなことが出来たのか、理屈は解らない。ジークの眼に宿る高度な知性の輝きは何なのだろうか、理由も解らない。
だが、心強い。
素直にそう思えたのは、ジークを自分と同類だと感じたからか。


「すまん、ジーク。頼めるか」

「わんわんお!」


言葉を理解しているかのように一度頷くと、ジークは<腐乱犬>達に襲い掛かって行く。
中空で縫い留められている訳もなく、仕留めるまでには至らないが、それでも3体1で引けを取らない大立ち回りである。
健人はありすをもう一度壁へと寄りかからせた。
顔をしかめて力を込めれば、ぎこちないながらも足首は動く。すでに腱が薄らと繋がったようだ。我ながら馬鹿馬鹿しい回復力だった。
ジークに助けられ思い知ったことがある。一人で戦うには限界があるということだ。
初めから撤退を選ぶべきだったというのに、<化物>と同じ体を得て思い上がっていたのだろうか。
これでは先生に合わせる顔もない、と健人は痛む足をかばいながら、<腐乱犬>に挑むジークの後を追った。
子犬の手を借りただけだというのに、面白いように戦いが良い方向へと運ぶ。まるでジークと一心同体にでもなっているかのようだ。
いつの間にか狩られる側が狩る側へと周っていた。
追いかけ、追い付き、追い込み、そして一匹ずつ仕留めていく。
これまで個人技能のみを磨いてきた健人にとり、ジークとの共闘は感嘆に値するものであった。狩猟とはこうするものであったか、と。一人が一人と一匹になっただけで、ここまでも違うのか。
ジークが参戦しで数分も経たない内に、活動する<腐乱犬>も<ケルベロス>も、一匹もいなくなっていた。


「うおん!」

「ああ! お前もしつこい奴だな、寝てろ!」


ジークの警告にしたがい、健人は後ろへと爪を振り抜く。
健人の拳の一撃から持ち直して、再び襲い掛かって来た<ハンター>の胴を鋭い爪が寸断する。
上半身と下半身に別たれて、なお健人に這いずろうとする<ハンター>の生命力たるや、自分もああやって長く苦しむことになるのかと考えれば、空恐ろしいものがあった。
健人は空を噛む頭部を叩き潰し、止めを射す。
大きく息を吐いた。
まだ安心は出来ない。
<奴ら>の群れが近付いていた。


「クソ、もうこんな所にまで<奴ら>が・・・・・・!」

「ぐるるるる」


健人の顔色を青くさせたのは、何十という<奴ら>の壁だった。
押し合い、圧し合い、裏庭へと続く小道を埋め尽くしている。
こんなにも多くの<奴ら>がこの場に溢れているということは、既に表は壊滅状態なのだろう。
一体毎の戦力は問題にもならないが、気絶したありすをこのままにして戦うのは容易ではない。こう数が多くては、不測の事態などいくらでも起きるだろう。逃げ場もない。
どうする。
どうしたら――――――。


「戦場で足を止めるなと、何度言えば解る。走れ、健人!」


記憶に刻まれた、くぐもった声。
彼の叱咤はいつだって、健人に力を与えてくれる。切れた腱を意に介さず、健人は走った。
<奴ら>の対岸から、健人と鏡合わせに飛び出す影があった。
踊り出したのは、ガスマスクを被った男――――――ハンクの姿。


「合わせろ、健人!」

「はい、先生!」


示し合わせたように、二人は同時に進路上を立塞がる<奴ら>を蹴り飛ばす。
お互いの懐へと吸い寄せられる<奴ら>。
合わせろ、との恩師の言葉に含まれた意味を、余さず健人は理解していた。
するりと<奴ら>の背後へと回り込む。
その際に勢いは殺さず、顎先に腕を通しながら。普通ならば<奴ら>の喉元に手を挿し込むのは自殺行為であるが、生憎と健人はいかなる意味でも普通の範囲には収まらない。もちろんハンクも、見た目からして普通ではない。心配はない。
完全に背後に回り切り、後頭部へと手を添え、ぐいと引く。これまでが一連の動作。全てが流れるようにして行われた。
骨の鳴る軽い音を立て、<奴ら>の頭部が回転する。すれ違いざまに首を圧し折る、ハンクの最も得意とする殺人戦闘術――――――『処刑』である。
頭部を180度反転させた死骸が二つ、健人とハンクの足元に転がった。
不死身を誇る<奴ら>とて、脳から通じる命令系統を丸ごと断線させられては、一たまりもないだろう。
糸が切れた操り人形のように、本来の死体に戻るしかない。


「少しばかり間引いておいた。その子を連れて、さっさと行け」

「先生、そんな」

「二度は言わんぞ。行け」


左、右、同時に刑を執行した処刑執行人達は、言葉短く通じ合った。
赤い遮光ガラスの向こうにある鋭い眼が、健人を射抜く。
健人は苦しそうに一度だけ喘ぐと、はい、と頷いた。


「待て」


視線を外した瞬間に腕の間接を取られ、健人は抗議の呻き声を上げた。
捻り上げられたのは右腕だった。


「腕は隠して行くように」

「せんせ・・・・・・っ!」

「まだまだだな、健人。またレッスンしてやる。内容は最後まで気を抜くな、だ」


ハンクは健人の不甲斐なさを馬鹿にしたように、鼻で笑った。
だが健人には、赤いガラスで隠された瞳が、笑みに細められているように見えた。
いいや、ハンクは笑っていた。
くつくつと喉の奥で笑いながら、腕を放される。
涙腺が緩んだのは、痛みからでは無かった。
ハンクはもう、この場で殿を務めることを決めてしまったのだ。
健人がハンクの足元にも及ばない事は、既に証明済みである。
こんな所に一人で残すことは出来ないなどと、口にした瞬間に切って返されるだろう。そういう台詞は一人前になってから言え、と。
だから健人はただ一言、ハンクへと言い置いた。


「どうか、ご無事で」

「俺を誰だと思っている。お前の教官だぞ? お前をここまで鍛え上げた男が、死ぬとでも?」

「・・・・・・はい、はい、先生、先生! ありがとうございました! 行きます!」

「そうだ、それでいい。迷うな、健人。お前の心が欲するままに生きろ。もうお前を縛るものは、何もないのだから」


<奴ら>を腰から引き抜いた拳銃で牽制しつつ、ハンクは振り返らずに告げた。


「ここは戦場だ――――――自分の運命は自分で切り開け」


ありすを抱え、駆けだす。
立塞がる<奴ら>を切り裂き、踏み倒し、前へ。
断続的に聞こえる発砲音。
ハンクが負けることなどありえない。ありえないと解っているのに、どうしてこんなにも足が重いのだろう。それが腱が繋がりつつある痛みからではないことは、健人は解っていた。


「・・・・・・俺を責めるな、頼むから」


腕の内で苦し気に眉をひそめるありすへと、弁明するよう健人は独り言ちた。
幾分か薄くなった<奴ら>の壁へと、ジークを伴って突撃する。
健人の喉奥から迸る咆哮は、悲鳴のようにも聞こえた。






■ □ ■






正門前は散々たる状況だった。
そこいら中に溢れる<奴ら>と悲鳴。喰われて<奴ら>と化した人々が、生者の血肉を求めて起き上がる。鼠算式に増え続ける<奴ら>にはもう、対処する術がない。
憂国一心会も即座に撤退を決めたようだが、その手段といえば敵中突破しかないだろう。逃げ惑う人々と出来合いの武器を取って戦う人々とに、きれいに別れていた。後者が高城の父が言っていた、戦うことを選択した者達なのだろう。<奴ら>と向き合って、戦わなければ生き残れないと悟ったのだ。
これで彼等も、生きるべき人間となった。
天秤はより重きに傾く。救うべきは――――――。


「馬鹿か、俺は」


健人はきつく眼を瞑り、頭を振った。
ガレージから響く、エンジンを吹かす音。この数日間ですっかり馴染んだハンヴィーのエンジン音だ。対EMP処理がされていたのだろう、駆動音には何ら問題はないように聞こえる。
見れば、近くに小室達も居る。どうやら乗り込みの準備をしている最中のようだ。
やはりこの場に残らず、独自に脱出すると決めたのだろう。意外だったのは、その中に高城の姿もあるということだった。


「ほう、君がハンク氏の弟子か」


腹の底に響く様な声。
振り返れば、日本刀を片手に引っさげた血濡れの男が、ワインレッドのドレスにマシンピストルで武装した女性を傍らに<奴ら>を袈裟掛けに両断していた。
男の隙を、女性がカバー。腕を伸ばし餌を求める<奴ら>の鼻から上を、秒間十数発の弾丸が抉り飛ばす。
共に冴子、コータに勝るとも劣らない達人であった。


「憂国一心会会長、高城壮一郎だ。君の事はハンク氏から聞いている。うむ、話の通り、目に力があるな!」

「・・・・・・どうも」

「百合子ですわ。健人さん、ありすちゃんは?」

「大丈夫、気絶しているだけです」


高城の両親とこうして顔を合わせるのは初めてのことだった。
壮一郎は今更言うこともなく。百合子は大きく裾を裂いたドレスから覗くベルトで太股に挟まれた拳銃に、年を感じさせない色香が感じられた。
上に立つ人間は、見た目からして特別なのだと思わずにはいられなかった。


「足を庇っているようだが、大丈夫かね? 子供といえど、人一人抱えて走れるか?」

「大丈夫です。走れます」

「年長者をそう邪険にするものではない。ダイナマイトを投げよ!」


健人が無愛想な返答をしたのは、壮一郎の顔を見ていると、どうしても叔父を思い出してしまうから。
無意味で無礼であることは解っているのに、気を抜けば両者を比較してしまう。そして、恵まれた壮一郎の環境に、羨望を抱いてしまうのだ。
ガキっぽいやっかみを知られたくはないがための態度だったが、虚勢を張っていたのは見え透いていたようだ。健人の苦り切った顔を見て、百合子は上品にくすくすと笑っていた。顔面に血潮が集まっていくのが、嫌でも感じた。
壮一郎の号令で投げられたダイナマイトが、一拍の間を置いて爆発する。
瓦礫と共に<奴ら>の肉片が散乱し、死肉の絨毯が敷かれた道が造られた。
それは健人の位置からハンヴィーまでを繋ぐ道だった。


「迷っているな、健人君」


静止する健人を尻目に<奴ら>を切り捨てる作業に没頭しつつ、壮一郎が笑みすら浮かべて言った。


「小室君には甘さは捨てよと忠告したが、ふむ、君はそのままでよい!」

「私たちを見捨てることを心苦しく思ってくれているのね。ありがとう、あなたは優しい子ね。そして、強い子。
 安心しなさい。あなたは甘さに惑わされても、選択を戸惑うことはない。そう信じなさい」

「果たして何時まで甘さを捨てずに保っていられるか、試してみるがいい! 恐れるな! それは君の血肉とすべきものだ!
 首を絞めるものではなく、自らを助けるものだと信ずるのだ! いざ往け! 愛すべき若者よ!」


それだけ言って先頭に立ち、彼等は<奴ら>へと切り込んで行った。
娘を頼む、とは最後まで言わなかった。
重荷を背負わせるべきではないと、そう思ったのだろうか。
大人が子供を想う態度のそれだった。
健人の行く末を、高城夫妻は黙って見守りそっと背を押してくれたのだ。


「うう、うううううっ」


喰いしばった歯の隙間から、葛藤の呻きが漏れる。
健人の顔は歪み切り、針で一突きすればそれだけで決壊してしまいそう。
逃げるよう、健人は<奴ら>の死肉を踏み締め、ハンヴィーに向った。ぐじぐじと潰れる肉の不快感が、返って今は有り難かった。
嫌悪感に総毛立っていれば、余計な事を考えずに済む。


「健人君! 無事だったか!」


目ざとく健人を最初に見付けたのは、やはり冴子だった。
和装ではなく、見慣れた藤美学園の制服にエルボーパット、膝までを覆うレッグアーマー、腰には刀。スカートは駄目になったのだろう、腰で紐を結ぶタイプのそれに変わっていた。
一枚の布をぐるりと巻き付けたスカートから覗く、黒のストッキングと白い腿。
高城の母が薫り高い熟成されたワインだとすれば、冴子は若々しい果実の香。
美しさと機能を兼ね備えた、冴子の新たな戦装束だった。


「ああ・・・・・・」

「健人さん、ありすは!?」

「無事だよ。気絶してるだけだ。そっちはどうだ?」

「全員無事です。でも沙耶が・・・・・・」

「名前で呼んでくれたのには礼を言うわ。でも余計な気遣いは止めて頂戴。アンタもね」

「わかった。鞠川先生、車を出してください」


りょうかーい、という間延びした鞠川の返事と共にアクセルが踏まれた。
エンジンが機械駆動の咆哮を上げる。
ギアが噛みあい、シャフトが喜びの軋みを奏で始めた。
ブレーキの枷から解放されたハンヴィーは<奴ら>をかき分け、文明の力の及ばない地獄に向けて疾走する。
誰も、鞠川でさえバックミラーを覗こうとはしなかった。





■ □ ■






「健人先輩、教官は・・・・・・」

「死ぬもんか」


走るハンヴィーの中、不安そうに問うコータの言を止めた健人。
背を丸めて両手を組み、口元を隠す姿は自分に言い聞かせているかのよう。忙しなく視線は動き、膝は震えていた。
窓の外に学園の大型バスが見えた。
どうやら紫藤が乗りつけてきたバスのようだ。バリケードに衝突し、半壊している。壊れたドアからほうほうの体で、紫藤とその取り巻きが、からがら逃げ出していた。
猛スピードに遠ざかる景色に宮本は気付かなかったようだが、健人ははっきりと見えた。
膝の震えが一層激しくなる。
健人の膝に乗せられていたありすの頭が激しく上下するのを見かねて、冴子がありすを自分の膝へと移す。


「大丈夫ですか? 健人先輩」

「ああ、大丈夫・・・・・・大丈夫だ」

「ならしっかり見張ってください。高城さんも、お願いします」


明らかに平素ではない様子の健人と、両親と今生の別れを済ませた高城への、コータの強い言葉。
それはあんまりだ、と冴子と宮本がコータを睨みつける。しかしコータは険しい視線を窓の外に向けたまま、傲然屹立として動じなかった。
すべきことを理解しているのだ。


「平野、あんた・・・・・・」

「やめて。お願いだから何も言わないで! お願いだから! いいのよ、平野は・・・・・・コータは正しいわ!」


どこか透明な眼で高城は叫んだ。健人と同じく、己に言い聞かせるように。初めて名を呼ばれたコータも、それに喜ぶことはなかった。
何をかコータに言いかけた宮本だったが、それきり黙り込んだ。そして、銃を胸に握り締め、窓の外を警戒する。
皆、自分がすべきことを理解していた。
理解していないのは、健人だけだった。
とうとう健人は両眼をきつく瞑り、奥歯を鳴らし始めた。


「俺は、どうしたいっていうんだ・・・・・・」


眼を瞑ったところで、突き付けられたものから逃れられるはずもない。
ましてや己に没頭したところで、答えなど――――――。
しかしきつく閉じた瞼の裏に、健人は何かが見えたような気がした。
初めは小さな星。次第に大きくなり、金色の淡い光が瞼に広がる。
光は幼い女の子の姿を形造ると、機械染みた能面を、ほんの少しだけ頬笑みに緩めた。
出来の悪い息子を見る母親のような、そんな笑みだった。
少女の口が開いては閉じた。何か、声は聞こえないが、言葉を紡いでいる。
ガスマスク――――――そう言っているのか。
その時だった。
健人の脳裏にハンクの言葉が蘇る。


『迷うな、健人。お前の心が欲するままに生きろ。もうお前を縛るものは、何もないのだから』


それは、恐らく最後になるだろう、師の教え。
あの言葉は慰めの言葉ではない。
きっとハンクはこう意味を込めたのだろう。捕らわれるな、と。そして、それが健人には出来ると信じて。
ハンクの言葉が健人の五臓六腑に染みわたっていく。
気付けば健人は、ハンヴィーのドアを開けていた。


「け、健人さん! 危ないですよ、早くドアを閉めて!」

「そうだぞ、健人君! さあ、早く戻って来てくれ」


タラップに足を掛けた健人が次に何をするか、もう察しているはずだ。
ギョッとした面持ちで、小室達が健人を見ていた。
引き戻そうにもハンヴィーのスピードを緩める訳にはいかず、冴子もありすを放り出す訳にはいかず、手を拱いていることしか出来ない。
慌てふためく面々をぐるりと眺め、健人はにやっと笑った。
心の底からの笑みだった。
全てから解き放たれたような、子供っぽい、会心の笑みだった。


「悪い、皆。俺、考えたんだけどさ、ここで降りるわ」

「な、何を言って・・・・・・さあ、健人君、手を取るんだ。さあ!」


絶望の色が冴子の顔に浮かぶ。
健人は穏やかに笑った。冴子を落ち着かせるよう、気遣いの念を存分に滲ませて。
冴子はもちろん、そんな風に健人に笑いかけられるのは初めての事だった。
喉を詰まらせ、顔を歪ませる。


「君は、ずるいぞ。はっきりと言葉にしてくれたら私は従うしかないというのに、君は私自身に決めさせようというのだな」

「悪いな。俺さ、自分の役割ってのが解ったような気がしたんだ。だから行かないと。これがさよならって訳じゃないんだ、辛抱してくれ」


健人は誰もついてくるなと言っているのだ。それを冴子は理解した。
喉元まで出かかった言葉を噛み締めるよう唇を結ぶと、俯いて顔を伏せた。


「行くって、いったいどこへ・・・・・・」

「高城の家さ。取り残された人達を助けに行く。止めるなよ、小室。俺達はお前に付き合ってここまで来ただけなんだから」

「それは、でも!」

「やめなよ、小室。健人さん、弾は必要ですか?」

「いいや、俺には一発あれば十分さ。全部お前が使えよ。コータ、そいつで皆を守ってやってくれ」

「了解! 命に代えても任務を遂行します」

「馬鹿オタ共! 私は引き止めるわよ! 戻るなんて、そんなの自殺行為じゃないの! 
 役割だなんて・・・・・・パパとママと同じようなことを言って! アンタに何が出来るっていうのよ。アンタみたいな凡人が、パパとママを助けるなんて出来っこないわ!」

「確かに。なら、これならどうだ?」


手袋を引き抜いて、健人は右腕を掲げた。
異形の腕が外気に晒される。
誰の物かは解らなかったが、きっと全員のだろう、ひぃ、という悲鳴が上がった。
鞠川がハンドル操作を誤り、ハンヴィーが車体が左右に大きく振られていく。
コータは健人の額へとぴたりと照準を当てていた。
満足そうに健人は眼を細めた。
だからコータは信頼出来る。


「<化物>が助けに入るってんだ。<奴ら>なんざ相手になるかよ」


健人は拳を握りしめた。


「誰も死なせるもんか。誰も」


とても晴れやかな気持ちだった。
例えそれが不可能であると解っていても、健人は口に出さずにはいられなかった。
それは、己の心が欲する所を、理解したからだった。
俺はこの力で誰かを救いたい。
誰かから忌み嫌われることになったとしても。
人から好かれたいのではない。これが自己満足でしかないことは解っている。だが、それこそが最も大切なことだ。
俺が人のままでいるためには――――――。
健人はもう一度にやりと笑うと、空に身を放り出した。
冴子が切なそうな顔で、健人に手を伸ばしていた。
額に手刀を作り、空を切らせる。一時の別れを告げるハンドサイン。
冴子との関わりが苦ではない自分がいることに、健人は気付いていた。
結局は、自分に余裕がなかったというだけだ。
ハンヴィーのドアを蹴り付けて閉めると、体感にしてしばらくの間、健人の体は空を泳ぎ、途中で何体かの<奴ら>を引き裂いて減速してから、地面を転がって着地する。
この場から高城邸まで全力で走れば数分といった所。
健人は駆け出した。
しばらく走っていると、見知った顔とすれ違ったようなような気がした。
後ろを追っていた<奴ら>を切り刻んで、また駆け出す。


「ここは戦場だ――――――俺の運命は俺が切り開く」


背後からは口々に聞こえる、<化物>だ、という叫びが耳に心地よく、健人はまた、にやっと笑った。





■ □ ■






File15: ガスマスク内記録チップ――――――音声記録再生






「・・・・・・行ったか」

「心配はいりません、壮一郎殿。私の不肖の弟子は、きっとあなたのご息女を守るでしょう」

「む、ハンク氏か。背後を取られても気配がせんとは、流石だな。しかし健人君はやはり相当の実力を持っていたか。心強いことだ」

「あなたは勘違いされているようだ。私の弟子は二人いる。ケントはあなたのご息女を守ることは出来ません。その役目はコータが負っている」

「では健人君は何を守ると? 彼は今時珍しい良き少年だった。皆を見捨てて逃げ出すとは考えられん」

「さて、それはすぐにわかるでしょう。それでは、私はこれで消えさせて頂く。背中の心配は無用です。片を付けておきましたので」

「まさか、彼は・・・・・・いや、協力感謝する」

「私を引き止めないのですか? 背後の敵は心配無いとしても、正面はもう、あれだけの量が集まっている。突破するには難しいでしょう。
 一人だけ逃げるつもりかと罵倒しないのですか? あるいは、協力の要請を」

「礼は十分に返して頂いた。これ以上は無用! 貴殿の為されるべきことを為されよ!」

「フ・・・・・・。風体の怪しい私を受け入れて頂けたことに、感謝を。おさらばです、壮一郎殿」

「うむ、縁があれば、また会おう。貴殿との語らいは胸が躍るものがあった。さらばだ友よ!」

「武運を。友よ」


遠ざかるハンヴィーのエンジン音に紛れ、高城邸から消えたのは誰であったか。
知る者は一人を除き、誰も居ない。











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