セブルスの懸念は幸いにも外れ、手紙データを無事に届ける事に成功する。
人々はあるいは喜びに沸き、あるいは涙にぬれた。
セブルスは、早速時間を加速する。
それに伴い、軍人達は戦いの準備を始める。
「この町の全てを探索した結果、装備品らしきものを売っている所を何箇所か発見した」
アレンはセブルスに町を案内しながら、少し不安そうに聞いた。
「装備品にいろんな物があってね。セブルスなら何かわかると思って」
セブルスは、装備品を見ながら、GM用のマニュアルを引っ張り出す。
「育て方によって、大分変るんだ。えっと……パラメーターは見れる?」
「ああ、装備品の全てに必要パラメーターが付随しているのも確認している」
「大別して、戦士、魔法使い、僧侶、獣人、盗賊、錬金術師、鍛冶師、料理人、音楽家の要素に別れているみたいだ。戦士は武器で戦って、魔法使いは攻撃呪文、僧侶は傷の治癒、獣人は魔物への変身、盗賊はトラップの解除をしたり、魔物から身を隠したりする技が使える。錬金術師は様々な効力を持った薬を作れる。鍛冶士は装備品、料理人はそのまま料理」
アレンは難しい顔をした。
「魔法使いは呪文の詠唱がネックだな」
「うん、呪文は覚えないといけないし、高度な物ほど長くなる」
「しかし、錬金術師や鍛冶師、料理人、音楽家なら一般人の力も借りられそうだ。ファンタジック1は鍛冶や料理、音楽が出来ないと先に進めない所があったらしいからね。同じ装備で揃えると物価が高騰するしね……。成長に選択肢があるのは却って良いことかもしれない。それに、もう一つ気がかりがある。ファンタジック1では、ヒースクリフが死ぬとゲームオーバーが起きた。そして、この町の情報を集めた所、圧政を敷くミア女帝に対し、セブルス皇子がクーデターを企んでいるとの噂を聞いた。恐らくこれも……」
セブルスは厳しい顔をして、サーチする。いた。セブルスシリーズ20が、この体の中に眠っているのを感じる。そしてさらにその中の、危険な香りのするスイッチを。
「兄さんの言う通りだと思う。あまりに危険過ぎて、下手に触れない」
「やっぱりか……。他に何か注意すべき事はあるか?」
「物価が高騰したという事は、ファンタジック2とシステムが同じだと思う。同じ場所で買い物を繰り返せば次第に高騰していく。ましてや、こんな小さな町に10万人だ。早く次の町を見つけた方がいいと思う。一階部のマップを今地面に描いて行くから、覚えて欲しい」
「手に入るのかい!?」
「出来うるかぎりのマップは引きずり出して見せる」
「よし! 各代表者を選んで早速会議だ」
そしてセブルスは砂地に地図を描いて行く。砂地に描いた文字は10分で消えてしまうから、皆真剣に覚えた。
「よし、ロシアチームはこの町に向かう」
「イタリアチームはこの町だ」
「アメリカチームはこっちの町に向かう」
そこに、戦士の格好をした男と店で売っている旅人の服を装備した女がやってきた。
「俺達は一般人だけど、ファンタジック1をクリアしてる。仲間に入れてくれ!」
「私のチームもファンタジック2の廃人プレイヤーばかりです。それに私達、元々病院に不治の病で入院しているんです。人の役に立てるなら、これほど嬉しい事はありません。どうか使って下さい」
「それはそれは心強い。ぜひ、協力をお願いします」
そして、軍人達は行軍を開始した。
ナイフで、あるいは剣で、兵士達、あるいは旧ファンタジックプレイヤー達はスライムや兎を倒して行く。各国軍が他の町を探索し、旧ファンタジックプレイヤーが初めの町近辺で全くの初心者を守りながら狩をする事になる。ジェームズ達は、レベル上げの手伝いをする事になった。
「慎重に行動すれば一般市民でもここでの狩は出来るかな。ここの魔物は相当弱い。ありがたい事に、食料も落としてくれる」
「ミア女史も、そこまで鬼畜ではなかったらしい」
「町が見えてきたな」
ほぅ、と安堵のため息をつくイギリスチーム。
その頃、アメリカ、ロシア、イタリア、ドイツ、日本もそれぞれ目的地に着いていた。
「HPが大分減っていた所だったから、助かったな」
そしてすぐに散開する。この店では、魔道書を売っている事を発見した。
「魔法使い系の装備と言い、食事と言い、紙と言い、始まりの町より大分恵まれた町だな」
そこで、全体チャットから連絡が来る。ファンタジック経験者からだ。
『食料品の高騰が続いています。この町の規模では、私達の経験によると本来五千人しか収容キャパシティがありません。危険ですが、大移動を開始するほかないと思います。どこか住みやすい町はありませんか?』
『サリカスの町だ。魔法使い系の装備がある。ここでの食事は始まりの町よりずっといい』
『ルーデルグ。僧侶系の装備がある。食事は野菜料理ばかりだ、肉は無いが安い』
『バンテスの町だ。戦士系の装備がある。ここは肉料理ばかりだ』
『ファーマルの町です。ここは農場の町のようです。料理器具と材料がいっぱい売られています。食料品の安さが半端じゃない。ファンタジック2の経験者がここにいるのですが、収容人数五万人は堅いはずだと』
『皆と話しあって、それぞれの移動先を決めようかと思います。大移動の際には、護衛をして下さいますね?』
軍人達は次々に了解と答えた。
そして、軍人達の帰還と同時に加速が解除され、大移動の前に、プレイヤー達と外の人間との話し合いがセブルスを介して行われた。
そして、新たに100人の軍人と、20人の心理学者などその他の専門家が送られて来る。
交渉の仕事を終えると、セブルスは医師に呼ばれた。
「ミアの身体検査は最優先で行われた。彼女の死は十万人の死だからね。その結果、残念な結果がわかった。ミアは約二年で死ぬだろう」
「そんな……だって、ミアはあんなに元気で……」
「今はまだ、ね。だから、それまでにプレイヤーを助けなければいけない。友達がこんな事をして、さらにこんな事が明らかになって、複雑だと思う。でもセブルスくん、絶対に負けないで欲しい。こんな言い方をするのは悪いが、ミアは何もなくても2年後に死んでいたんだ」
「ゲームクリアすれば、ミアが死ぬとわかっておられるんですね……」
「ファンタジック1がそうだったからね。奇跡は二度も起こらない。今回の場合は、起こしてもいけないんだ」
セブルスは暗い顔をして頷き、ゲーム内に戻った。
ミアを救えたとしても、どのみち待っているのは処刑台なのだ。
そして、再加速が行われる中、大移動が始まった。
セブルスは、そこから移動するわけにはいかない。
万が一にもゲームオーバーをする危険を冒すわけにはいかなかったから。
「リリー、サリカスの町に行くて本当か?」
「ええ、私もファンタジック2を体験しているし、実を言うとファンタジック2の世界樹大攻勢に参加した事もあるの。攻略組に行くわ」
「危険だ! リリー、ボス戦では必ず死人が出てる。僕は……」
「ジェームズ達は、攻略組に行くのよ!」
叫ぶような涙声に、セブルスはぐっと黙った。
「私だけ安全な所にいる事は出来ないわ」
きっぱりとした、リリーの言葉。
「でも、君が死んだら、ジェームズ達が参加した意味も失ってしまう……」
消え入るようなセブルスの声に、リリーは声を和らげた。
「それに、貴方が来た意味もね。セブの命が掛かって無くて、ほんとによかった。チュニ―はこの町に残るから、よろしくね」
セブルスとて、ダイヴ・イン中に殺されたら死ぬであろうという事をセブルスは言えなかった。
「僕は、君が死んだら絶対に攻略を手伝わない……」
代わりにはなったセブルスの脅しの言葉に、しかしリリーはセブルスを優しく抱きしめる事で答えた。
「セブ。必ず生き残るわ。ううん、一人も死なせたりしない。手伝ってね、セブ……」
セブルスも、リリーを抱きしめ返す。今生の別れとなるかもしれなかった。
「リリー、リリー。僕は、僕は必ずリリーを守る……。君は、君が僕にとってどれほど大事なものか、知らないんだ」
「わかってる」
そんな二人の様子を、面白そうに影から見守る存在があった。
「色々とやってくれるじゃない? セブルス。まあ、いいわ。それくらいでないと面白くないもの。そこまでしないと、クリアできないだろうしね……。死者0? 笑っちゃうわ」
「アイラ―。どうしたの、こんな所で?」
「いえ? ねぇ、大移動に備えてまたレベル上げに行きましょうよ」
「えー。怖いわ。私はアイラみたいに強くないもの……」
「大丈夫。私が守ってあげる。ねぇ、小さなギルドでも作らない。せっかくだから、楽しみましょうよ」
「まあ、アイラったら……」
そして、二人の少女は笑いあいながら外へと駆けて行った……。