ガタガタと窓を鳴らす風。
途切れることなく打ち付けてくる雨。
時折ピカッと光った後に轟く雷。
昨日から天気模様が良くは無かったが今朝になって完全な嵐となっていた。
外を見れば朝だというのに日は出ておらず薄暗いままだ。
コショウなどは生まれて初めて経験する嵐にいつもならふわふわの羽毛を逆立てて部屋の隅に置かれた巣箱に頭から突っ込んで震えている。
かくいう俺もこの世界に来てから初めての嵐だがかなりの規模だ。元の世界ならばTVのニュースはこの嵐で持ちきりだろう。
幸いにも昨日ギルドから帰る際にバルサさんから明日は恐らく荒れるから休んでいいと連絡を受けていたので今日は出かける必要は無い。
さて、やることもないしせっかくの休日とは言え出かける事も出来ないなら家を掃除でもしようかと考えていたのだが。
「えーっとイリルラの雷電瓶にミスリルと麻の糸、水獣の皮で出来た凧と、あとは何かあったかな?」
なんで我が同居人はこんなにたのしそうに地下室と玄関を行ったり来たりしているのだろう。
まあコイツがこんなに喜ぶ事なんて想像はついてんだけど。
「よし準備OK! さあサトー! 今すぐ外に行くよ!」
「随分嬉しそうだなおい」
「そりゃそうさ! クエストとかお金で解決できる触媒と違って今回狙う触媒、『天雷晶』はこういう下手すれば人も飛ばされるような嵐じゃなきゃ手に入らないんだから。
それじゃサトーはここに置いてある凧を飛ばされないようにしっかりと持ってきてね」
そう言うや否や俺の返事も待たずにさっさとシオは雨風吹き荒れる外に飛び出していった。
やれやれ、正直気は進まないしどうやって手に入れんのか分かんないけど協力すると約束した以上は手伝うとしますかね。
せめて勇者として召喚してほしかった19
ベンジャミン・フランクリン。
「時は金なり」の名言で有名なアメリカ人だが個人的に彼を語る上で最も有名だと言えるのは凧を用いた雷の実験だろう。
雷が落ちそうになったときに、凧をあげてそれに落雷させ雷が電気であることや雷の性質を調べたという偉業である。
しかし雷というものは言うまでもなく危険な物であり、事実彼のように実験をしようとしたある学者は雷撃により死亡するという痛ましい事件も起きている。
そんな事を前に授業で習ったな、と思いながら雨に打たれている俺の先では強風だというのに何故か上手く空へと登っていく凧の姿が。
あーもうこの時点で嫌な予感しかしねー
「よしコレで設置完了。後は雷が落ちるのを待つだけだね」
「その前に一応確認させてくれ。今回は一体どういう触媒なんだ?」
まさかこんな所で科学の実験というわけでは無いだろうし
「うん? 雷の魔力を結晶化させた『雷晶』はサトーも知ってるかい? そう、武器とかについている雷の属性を持つ石なんだけど、あれは大抵人の魔力によって作られたものでどうしても余計な魔力とかが入っちゃうんだ。
今回狙う『天雷晶』は完全に自然界の力によってのみ生み出される貴重な魔晶。そしてこれがその『天雷晶』を作りだすのがこの装置さ!
手順としてはまず飛ばせた凧に雷を落とさせる。
次にその凧につないだ銅の糸を伝わせこの瓶に雷を溜める。
イリルラの雷電瓶によって行き場を失った雷はやがて高純度の結晶となる。 どうだい? 簡単だろ?」
まあ聞く限りではな。
「分かってもらえて何よりだよ。じゃあサトー。そのまま凧が落ちないように飛ばしていてもらえる?」
「断固として拒否する!」
完全に予想通りの要求だったのでタイムラグなしに拒絶する。
ぶっちゃけ今でもいつ雷が落ちやしないかびくびくしてるっつうの!
「うん? 凧は上手く飛ばせてるから問題ないから自信持っていいよ?」
「凧を上手く飛ばせるかどうかで断ってんじゃなくて俺が昇天しかねないから言ってんだよ!」
下手な魔物よりもずっと怖いわ!
「しょうがないなあ、じゃあ僕が上げているから君は瓶に結晶が出来たら次の瓶に交換させていってね」
てっきりいつものように口八丁で押し切られるかと思ったのだが今回はやけに素直に引いてくれた。
代わりに凧を飛ばすシオが感電したら取りあえずこの世からイケメンが1人消えるという万歳な展開にはなるがまあ無いだろう。
膨大な魔力を持ち精霊獣の炎なども防げるシオが雷を喰らったくらいで死ぬとは思えないし。
そんなわけでシオに関しては安心、とはいえ俺の場合は落雷時に近くにいるのは怖いので少し距離を取る事にする。
出来れば無事に済めばいいんだけど。
お、そうこうしているうちに空がゴロゴロ鳴り始めたな。
さて上手くいくといいんだが
轟く雷鳴。
煌めく稲光。
そして―――
あがががががががががががががががががががががが
「で、ここは一体どこ?」
気がつけば真っ白な空間。
俺は確か触媒集めのために嵐の中にいたはずなんだが?
過去にも眼がさめれば荷馬車の上だったり夜の街道でぶっ倒れてたりした経験があるのでいつの間にか知らない場所にいるくらいじゃ驚かないけど。
「お、起きたかの?」
「あん?」
声をかけられたので振り返ってみればそこには
「ほれ、起きたんならさっさとこっちにきんしゃい。儂だって暇じゃないんじゃ」
机に向かって書類書いているお爺さんがいた。
お爺さん、とは言ったもののその姿は後光が差していて良く見えない。
その姿を見た瞬間考えるより先に身体が動いた。
「ははあー!」
全力でその人物の前に移動し頭が地面にめり込むぐらいにひれ伏す。
さしずめ今の俺の姿は先の副将軍のお付きの方が出した印籠を見た悪代官の如し見事な土下座だろう。
「は? な、何じゃ? どうしたいきなり?」
「いえ何て言うかあなた様を見た瞬間もう本能的に逆らっちゃいけないというかもう俺のような下賤で低俗な存在があなた様の前で存在している事自体が罪と言いますかいや本当もう申し訳ございません迷惑かけてすみません生きててすみません息してすみませんとにかくすみません」
言葉では表現しづらい感覚に身体を支配されてるというか逆らうどころか全ての命令を受けるのが当たり前と言うかそんな絶対的な人を相手にしている感覚。
恐らく子会社に勤める平社員にいきなり後ろから親会社の大企業の社長とかが声をかけてきたらこんな反応をするのではないだろうか?
「…ふむ。一度他の世界に行って死や魔力といったものを肌で感じたおかげで儂の神力にも敏感になっとるようじゃの。それにしても卑屈すぎる気はするが」
とにかくひたすら謝り続ける俺に困惑したような声を上げた先ほどのお方だが、何か納得されたようで「顔を上げい、それでは会話もまともに出来ん」と言われ恐る恐る顔を上げる。
「えっと何かわたくしめのようなミジンコ以下の下賤な物に御用でしょうか?」
「一人称までかわっとるの……。よいよい普通に話して構わん。久しぶりにそういうしたてな態度を見れたのは嬉しいが、そうかしこまられては話が進まんでの」
「えっと、はい、分かりました」
普通に、と言われてもとてもため口など使う気にもならない。敬語だけは残して話を続けることにする。
「そう言えば自己紹介はまだじゃったの。儂は■■■。まあ分かりやすく言えば神じゃな」
「はあ、神ですか……ははあー!」
だからよせっちゅうに、と呆れ気味の声が聞こえる。
いやでも神様って! いや確かにこの逆らう気すら起きない凄まじいカリスマオーラを感じるし名乗ったらしい音は俺には聞き取れない音だったけど神様って!
現代でもし誰かがこんなこと言ってたらこの人頭おかしいんじゃねえの?と疑われる事請け合いだがこのお方に対しては疑う気すら起きずそれがただ事実だと全身全霊で感じている。
「神と言ってもお主の思うような全知全能のような存在ではないわい。世界を支配する、というような神はまた別のカテゴリじゃからの。まあお主ら人間よりもはるかに上位の存在、とでも認識しておけ。さて改めて確認といこうかの。お主の名は佐藤秀一。これは間違いないな?」
「はい! 間違いございません!」
「うむ。ではお主が何故ここにいるかは分かるかの?」
「いえ、皆目見当がつきません!」
そう答えると神様は少しだけ顔を沈ませた。
「まったく、この説明だけは毎回やんなるのう。単刀直入に言うが気の毒な事にお主は死んだ」
「はあ、俺が死んだですか、なるほど、だから神様の前にいるんすね。……え?」
死んだ? 俺が? え?
「うむ。運の悪い事に雷が当たったようじゃの」
「か、雷!? チクショウあの野郎! 俺は嫌だって言ったのに結局あの後俺に凧を上げさせやがったのか!?」
だからあれほど嫌だと言ったのに!
「いや凧は関係なしにお主に直接落ちた」
「……マジですか?」
「マジ。近くに凧っちゅう雷が落ちやすい物があったにも関わらず何故かお主を狙いすましたかのように落ちた」
「……………」
久しぶりに自分の運の無さを実感したためにさめざめと泣く。
そんな泣き続ける俺を見てしばらく黙っていた神様だが少し首を傾げながら尋ねてくる。
「……疑わんのか?」
「シクシク……? 何をです?」
「お主を殺したのが儂じゃとか。ほれ、書類にコーヒーこぼした、とか間違ってシュレッダーにかけてしまった、とかとは思わんのか?」
「え? ああ確かによくある転生物の作品だと良く神様はそういうミスをしますよね。……あれ、じゃあもしかして俺も」
「んな訳あるか馬鹿もん。新神じゃあるまいしそんなミスをこの儂がするか。この前来た奴は訳も聞かずに儂を犯神扱いして「お前の責任なんだからチートよこせ」とかいいよったからの。お主もそうではないかと思っただけじゃ」
因みに腹立ったからそいつには望みの能力をくれてやった後に他には誰もいない死の世界に転生させてやったわい、とぼそりと呟いたのが聞こえて再び俺は頭を下げる。
「少しでも疑って申し訳ございませんでしたー!」
「じゃからそれはもういいっちゅうの」
先ほどのリピートをした俺だが内心は冷や冷やものである。神様疑ってしまうとかどれだけ恐れ多い事か……あん? さっき神様なんか気になる事をおっしゃったような
「ええっと取りあえず俺が死んだのは俺の運の無さだとしてそれで俺がここにいるのはもしかして」
「ようやっと本題に入れるの。そう、お主は死んだ。しかしお主は転生の基準を満たしているでのう」
転生。
別の存在として生まれ変わる事。
俺が元の世界にいた頃よく物語の主人公達に訪れていたイベント。
その二文字が頭に響く。
「報われぬ運命を生きた者、と言うのがお主の転生条件じゃな。まあ長くこの役をやっとる儂じゃが異世界に間違って呼ばれてそこで何の力も得られずに死んだっちゅう奴は初めてじゃわい」
「う、嘘だ」
「うむ? 今さら自分が死んだのが受け入れられなくなったのかの? あっさり受け入れるから随分肝が据わった小僧じゃと思ったが」
混乱しとっただけかの、と呟く神様の言葉も耳に入らずただ叫ぶ。
「嘘だ! あり得ない!」
「あ~どれだけ嘆いても事実は変わらんぞい。さっきも言ったがお主は雷に打たれて――」
「俺が転生して能力持てるとかそんなラッキーな展開なんてあり得ない!」
「そっちかい! しかも死んだ事をラッキーと思うんかお主は?」
かなりどうしようもない物を見る眼で神様が
「いや死んだのは勿論哀しいですし嘘であってほしいですけど、俺みたいな異世界来訪しておきながら一度もバトルしたことない主人公(笑)がそんな力を得られるとか絶対あり得ないと思ってたんでそっちの方に驚いてしまって」
「お主異世界に行ったせいか普通の転生者と反応がズレ取るの~。まあ受け入れておるんならいいわい。で、じゃ。転生の意味はお主の元の世界には広まっとるようじゃから分かるな?」
「まあある程度は。よくある元の世界には戻れないけど他の世界で生まれ変われるって奴でいいんですか?」
「概ねあっとる。お主の場合は次の人生が報われるように何らかの能力も付与する形になるがの。っちゅう訳でほれ、なんか希望はあるかの?」
「いや、いきなり言われても」
「因みにさっき言った奴は【ニコポ】、【ナデポ】と【戦えば戦うほど強くなる能力】じゃったの」
「1人っきりじゃ何の意味もなさない能力ですね」
その転生者に少しばかり同情するがはっきり言ってこれだけオーラやらカリスマやらを出している神様に暴言はいたソイツが悪いに決まっている。
社長に失礼なこと言った平社員は左遷や罷免させられても仕方ないだろう。
「その前は少し間が空いたのう、えーっと確か【己の幼女への熱い思いがそのまま別の力になる能力】じゃったか」
「オリシュを転生させたのはあなたですか!?」
「む? ああそう言えばあ奴を転生させた先はお主がさっきまでいた世界じゃったのう」
頷く神様に今ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、なんて余計な事をという害意が生まれてしまったがすぐに振り払う。
悪いのは神様ではない。そんな阿呆な願いをしてしかもしっかりと成就させているオリシュだ。
「と、まあ過去の奴らはこんな感じじゃったの。で、どうじゃ? 決まったか?」
「いや、いざ何か力を得られると分かっても思った以上に出てこなくて」
「むう、余程無茶でなければ問題はないぞい。ほれ、普段こんな力があれば、とかはないんか?」
「えーっとそうですねえ。最近だったらギルドのおつかいの際に【市場の魚や野菜の善し悪しが分かる力】が欲しいと思ったりシオの奴がたまに魔物の返り血浴びて帰って来るんで洗うのも大変なんで【しつこい汚れを直ぐに洗い落とせる力】が欲しいと思ったりいつまで経ってもコショウが『待て』が出来ないんで【しつけが出来る力】が欲しいと思ったり」
「主夫かお主は」
まだ他にもあったのだが途中で神様に中断させられる。でも結構便利な能力だと思うんだけど。
「そんな能力持って転生した奴は儂以外の転生担当の神達も知らんじゃろうな。あー思いつかんならいいわい。ならどういう境遇で生まれたいかの? これならお主は報われぬ運命だった以上あるじゃろ?」
「それは勿論! まず【同性愛者と間違えられない境遇】! 次に【ロリコンと間違えられない境遇】! 他にも【変質者と間違えられない境遇】に【おみくじが吉以上出るくらいの運】に【戦いに巻き込まれない】とかです!」
「あ、儂いま泣きそう。思いつく境遇に儂泣きそう」
神様はどうやら俺の願いに感動してくれたようで涙を流さぬよう上を見上げている。
やめてくださいよ神様。そんな大層な願いではないんですから。
「っぐす、というかお主の世界の、特にお主くらいの年齢ならもっと戦う事を前提に考えるのではないのか?」
一度袖で眼を拭いた神様が急に真面目な顔になって問い詰めてくる。
言われてみて改めて考えてみる。
俺TUEEE的な力。
女の子にモテモテな美形になる。
恵まれた才能やチート。
確かにそんな物があったらシオに馬鹿にされねえな、とかギルドの皆と一緒にクエストとか行けたりすんのかな、とかは良く考えていたけど『次』の人生でそれが欲しいか? と聞かれると答えに迷う。
自問自答しても不思議な事に特に魅力に感じない。
『あの世界』じゃないのに力があってどうすんだ? という言葉が思考の最初に来て『次』の事がよく考えつかない。
結局良く分からないと伝えると神様もそれ以上は問いただしてこなかった。
「一度異世界に行くだけでこうも変わるのかのう。まあいいわい。能力も境遇もお主が望みそうなのにしてやるからちと待っておれ」
そう言うと神様は机上にフウッと現れた紙に羽ペンで何かを書き始めた。
邪魔しても悪いので黙ってその様子を見ている。
黙ってみているだけなのにだんだんと声が頭に響く。
誰の声でもない、自分の思考だ。
一度暇になると急に自分が死んだという現実が胸を締めてくる。
さっきまでは一種の興奮状態だった。
起きた事実がニュースによる内容のようで実感が沸かなかった。
正直今でも信じられない。俺が死んだなんて。
正直死んだら何もないんだと思ってた。死後を考えるのは生きている者の特権だと誰かに聞いた事がある。
だから実際に自分が死に、それがどういうことなのかを考える事になるとは思わなかった。
でもこうして今俺の眼の前には俺の死後を決める神様が存在して。
もうどれだけ望んでもあの騒がしいギルドにも街外れにあるシオの屋敷にも行けず
生意気なイケメン魔法使いにも無言の少女にも理想の男の娘な剣士にもロリコン性職者にも精霊獣達にも他の誰にも会えないのだと。
不意に
そうか、死んだのか、と自覚する。
随分不意打ちな死だったな。病気とか魔物に襲われているとかなら死を覚悟出来たかもしれないけど落雷の事を覚えてないから実感が沸かない。
いや、死の恐怖を味あわなかった分幸せなのかもしれない。もし覚えてたら転生後もトラウマになったりフラッシュバックしていた可能性がある。
それにしても中途半端な人生だったな。結局俺の人生は何だったんだろう。
特に何かを成し遂げたわけでもなく種としての子孫を残すという事をした訳でもなく。
振り返れば特に意味のないむなしい人生だったように思えてくる。
ただ俺が死ぬだけでもこんなに悲しいのにさらに胸を締め付ける原因は残された人達の事を想ってしまうからだろう。
ああ親父、お袋、先立つ息子をお許しください。大した親孝行も出来ずに済みませんでした。
異世界に行くだなんて不思議体験したばかりかまさか死体も異世界に置きっぱなしだなんてホントに出来の悪い息子でした。
多分酷く悲しむとは思いますが出来る事なら俺の事は忘れて幸せに暮らして下さい。
そして恐らく俺の部屋を片付けているうちに発見するだろう大人の参考書やらフィギュアやらは見て見ぬふりをしてください。
シオ、すまん。約束していた癖に途中でリタイヤになっちまった。
いやお前には謝る必要ないのか? もともと俺の死の要因は元をただせばお前にもあるんだし。
まあもし責任を感じるくらいならきっちり勇者を召喚して見せろよってとこだな。そしてその勇者に協力してくれた黒髪黒目の良い男がいたと伝えるがいい。
どうせお前なら1人でも出来るだろうしがんばれよ。
バルサさん、ミコさん。まさかこんな形で退職するとは。雇っていただいてありがとうございました。
スーちゃん、ミリン。二人と会話すんのは楽しかったぜ。騒がしい日常に二人の存在は癒しだった。例えそのせいでロリコンだの同性愛者だのと呼ばれることになろうとも。
ミント、ロミ。もっと色んな話とかしたかったなあ。二人ともまだ約束していた事があったはずなのに果たせなくてごめんな。
コショウ。シオに食われないように気をつけろよ。なんだったらロミのあとを追っかけてってもいいと思うぞ。
セウユ。お前はもっと自重しろ。マジでいつか捕まるぞ。あと間違っても俺の葬式で同志サトー! とか大声で言うんじゃないぞ! 絶対だぞ! 絶対言うなよ!
ひとしきり脳内で遺書とも別れともつかない言葉を並べる。
こんなことしたところで何の意味もないのだろうけれど思わずにはいられなかった。
どんどん悲しみが込み上げてくる。涙が出てくる。心臓をわしづかみにされて真下に引きずりおろされるような悪寒に襲われる。
震える体を抱きしめた。自然と顔が俯いていった。
神様が書類に向かっていてくれて良かった。眼を合わせたらタガが外れて思いっきりわめき散らしそうな気がした。
あの世界に返してくれと言いそうな気がした。
ああ、そうか。俺はもっと生きていたかったんだ。
転生で『俺』という存在はまだ生き続けられるのだろうがそれは俺の記憶と意識を持った別の世界の俺だ。
例え転生出来ようが俺が死んだという事実は消えない。父も母も級友もあの騒がしい異世界の住人達とも誰とも会えないのだ。
これでは下手に意識が残っている分他の皆が全て死んでしまったのと何の代わりも無いじゃないか。
ああせめてあと一度でいい。皆に会いたい。声だけでもいい。キチンと別れを済ませておきたい。
でないと俺は転生したとしてもきっとその事を心残りにしそうだ。
誰か一人だけでもいい。この際セウユでもいい。さっきはああいったけど同志サトーとか呼びかけてきてもいいから
『――同志サトー――』
そうそうこんなふうに………
あん? 何今の? 悲しみのあまりの幻聴?
『――同志サトー、君はまだ死ぬべきではない――』
幻聴じゃない! なんかはっきり聞こえる!
いや、でも、あり得ないだろう、だってここって転生するための場所なんだろ? つまりは天国とか地獄とかそういうとこだろ?
いくらなんでも声が届くとかは流石に
『――君はまだ幼女のなんたるかを全て理解しきってはいないのだぞ!――』
絶対本人だ! 絶対これセウユ本人だ!
『――むうう、これだけ呼びかけても反応はないか。こうなったら最後の手として口から生命力を送り込むしかないか――』
何で声が聞こえてんのかは全く分かんないけどなんかすっごく嫌な言葉が聞こえた気がする。
何? 口から生命力? それってもしかしてマウス・トウ・マウスじゃないよね?
『――しかし私が同志サトーにするのは幼女のために愛を誓った同盟の戒律にも背くのではないか?――』
ようし! お前は人命よりロリコン同盟の戒律重視するんかいとか突っ込みたいけど取りあえずようし!
いや多分ソレしなきゃ俺死んだままなんだろうけどファーストはやっぱり女性であってほしい!
『――いや待てよ? ここに寝ているのは実は悪い魔女に呪いをかけられて青年の姿に変えられたまま眠りについた幼女だと思えば何の問題もないな?――』
あるわボケエ!!
お前はどれだけ思考回路がロリでできるんだ!!??
『――よし、では早速――』
目覚めろおれえええええええええええええええええええええええ!!
「ふむ。ほれ、来世では女の子達が自然と好感を抱きやすい顔立ちと境遇に生まれて身体能力は限界突破、魔力も世界最高レベルにしておいてやったぞ……む? あの小僧何処行きおった?」
「■■■様ー! あの人間さっき身体が透けて戻っちゃいました」
「なぬ? 生き返ったんかあの小僧? 本人が言うよりずっと運のいい奴じゃの~。ならばこの書類は廃棄じゃな。二度もくる可能性なんぞ皆無じゃし」
「ですねー! 普通の人間ならもう一度転生するほどの機会を得るなんて天文学的確率ですからねー」
かっと目を開けて最初に入ってきたのは知らない天井……ではなく徐々にこちらに近づきつつある精悍な顔つきの男の面。
ほとんど反射的に殴る。
むむ!? とくぐもった声と共に顔面は遠ざかり今度こそ知らない天井が眼に映った。
「――って痛っつう!? 何だ一体!?」
声を上げたのは殴られた顔の持ち主ではなく殴った俺の方だった。
しかも殴ったこぶしが痛いとかではなく身体全体が悲鳴を上げている。
顔をしかめた所為で狭まった視界で手を見るとぐるぐるに包帯が巻いてある。
「ふむ、どうやら無事生き返ったようだな同志サトーよ。全く、最初に見た時は流石に駄目かと思ったぞ」
俺程度の攻撃など効く訳もないのだろう、けろりとした顔で再びセウユが俺の顔を覗き込んできた。
そこでようやく自分が置かれた状況が頭に入ってきた。
そっか、俺は雷に打たれて死ぬとこだったけど奇跡的に……うん、奇跡的に一命を取り留めたという事か。
痛む身体と安堵の息を漏らした口が俺がまだ生きているという事を如実に教えてくれている。
それと同時に沸き上がるのは先ほどまでのあの場所でしていた懺悔のごとき思考内容。
…うわあ、うわああああ、うわあああああああああああ
やば! 恥ずい! 恥ずかしすぎる! 何あの中二的懺悔! 自己犠牲に憧れる少年か!?
うわああああ死にたい! さっきまでリアルに死んでたけど自分の黒歴史ごと死にたい!
全身怪我だらけなのだろう、動くたびに痛みが走るが構わず悶える。
「どうした同志サトー? なんだ、再びこの世で幼女に会える喜びに打ち震えているのか?」
少し黙ってくれないかロリコン神父?
俺今お前に突っ込みをする余裕もないのよ。
数分ほど悶え続けてようやく落ち着いた後ゆっくりと身体を起き上がらせる。
アホな事を言い続けていたセウユにチョップをかました後は事の詳細をセウユに尋ねる。
ここはどこなのか? 俺が雷に打たれた後どうなったのか? シオはどうした? お前は何故ここにいる? など
矢継ぎ早にした質問にセウユは落ちついたまま順に答えてくれた。
「ここはクローブの治療院だ。同志サトーが雷に打たれたためシオがここに君を連れてきてな、本来ならここに勤めている治療術師が手当を施すのだが如何せんほぼ死に体だったのでな。こうして私が来たという次第だ」
「? お前治療なんて出来んの?」
「何を言っているのだ同志サトーよ? 回復魔法は教会のお家芸ではないか。本来『光』はその属性を持つ者しか使えないが唯一他の者も使えるのが回復魔法。そしてそれを扱えるのが光の神を信仰しその加護を得た教会の関係者ではないか」
「でもお前破門の身だろ?」
「否! 確かに破門こそされたがそれはあくまで『教会』という組織においてにすぎない。この私の神に対する信仰心は一度として薄れた事はない! 故に私はこの街で一番の回復魔法の使い手でもあるのだ。
まあ、あまり破門者が堂々と治療を行うのは宜しくは無いためこうして他の者に手に負えない時のみ私が行なっているのだ」
意外な一面を見た気がする。
常に幼女の事しか頭にないロリ思考の持ち主だと思っていたセウユだったが仮にも聖職者ではあったというわけか。
「大体神への信仰が薄れるはずもないだろう。伝承では光の神イジャリカフは女神と言われている。ならば幼女の神に違いない! 例え違ったとしても過去には幼女時代の頃もあったはず! それをどうして信仰を無くすなど出来ようか!」
「あ、やっぱお前ロリ思考だわ」
「うむ、ロリ嗜好だからな」
ドヤ顔で言ってんのが非常に腹立たしい。
別に上手くないわ。
「まあともかく、助けてくれてありがとな。おかげで生き返れた」
「礼ならシオに言うがいい。彼が君を急いで運んでこなければ間に合わなかっただろうからな」
「シオが? …あれ? ここってクローブの街内なんだよな? どうやってアイツ俺をここまで運んだんだ?」
ただでさえ全力疾走などしようものなら数秒で根を上げるもやしなのに俺を運んで急ぐだなんて出来るとは思えないんだが
「ああどうやら自身に『アクォーク』をかけて君を担いできたらしい。余程必死だったのだろう。完全な魔法特化型故に己にかけることなどまずない強化魔法を使った反動で今は隣の部屋で寝ている」
「……そっか」
アイツが自分に、か。何か必要に迫られた時はいつも俺にかけてたアイツが俺を助けるために自分にかけたのか。
……チクショウ、あの野郎。
危険な実験に巻き込んだ文句言ってやろうと思ったけどこれじゃ礼しか言えねえじゃねえか。
ぼすっ、と寝台に倒れこむ。
しょうがない、後で会ったら確実に『君の所為で自分に『アクォーク』をかけなきゃいけなかったじゃないかどうしてくれるんだ』とか文句言ってくるだろうけど、素直にお礼を言うという反撃でごまかすとしますかね。
顔を赤くして狼狽するという妙に容易に想像できる光景がどこかおかしく身体の痛みも忘れて俺は苦笑した。
おまけ
「それにしてもよく助かったな俺」
一度はあの世を垣間見たとは言ってもそこから戻ってこれるくらいの重傷だったということだろうか。
「む? 別に驚く事ではないぞ同志サトー。確かに最初は死にかけるかも知れんが何度も喰らえば耐性は自然とつくものだ。現に私など年に数回落雷に合っているおかげで今では傷一つつかん」
「お前自分が人類だって自覚ある?」
普通は一回目で死ぬっつうの。後なんでそんな高確率で当たってんの?
「当たり前だろう同志サトー。いくら私とて死ぬときは死ぬ。現にある有名な占い師に私の死に際を予言された事がある」
「え、マジ?」
コイツが死ぬ姿など想像が出来ない。というか自分の死ぬ運命を聞かされてなんでこいつこんなうれしそうな顔してるんだ?
「うむ。予言によると『幼女の腕の中で安らかに眠りにつく』だそうだ」
「それって遠まわしに死なないって言われてないか?」
その光景は死ぬ姿以上に想像できなかった。
大体耐性つくって俺は雷なんか今回が初めてで
………………ん?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「とにかく俺は行かん! お前と行くとロクなことにならん。前回みたいなのはこりごりだ!」
「……そうか。それなら仕方がないね」
「『ラニマ』!」
あがががががががががががががががが
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「『エヴァク』」
「な、んだこりゃあ!?」
「魔法だよ、『ラニマ』」
「ぐがああああああああ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ミコさんお手製アップルパイ最後の一切れ! 当然ここは貰って来た俺が食うべきだ!」
「何を言ってるんだい? ここは家主たる僕が食べるべきだろう? それに僕甘党だし」
「……しかたない、ここはジャンケンで決めよう」
「ああ、前に君が言ってたあれかい。いいよ、やろう」
「っしゃあ行くぞ! 最初はグー!」
「「ジャンケンポイ!」」
俺→チョキ
シオ→パー
「しゃあ! 勝った! んじゃコレは俺の物っと」
「…………」
「あん? どうしたシオ? 負けたパーなんぞずっとこっちに向けてどうす―……」
「『ラニマ』!」
あがががががががががががががががががが
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー良い湯だわ。 こっちのお風呂が元の世界とほとんど変わらなくてホント良かった。さて、そろそろ上がるか」
ガラッ
湯船を出て取っ手に手をかけようとした瞬間自動ドアのごとくスライドした扉。
当然、それは自動でも何でもなく反対側から誰かが開けたわけで。
ここの住人はコショウを除けばもう一人しかいないわけで
「……うん?」
「あん? なんだシオか。わりいちょっと待っててくれ。今出るから」
「…………」
「っていうかお前なんで1人で風呂入んのに腰にタオル巻いてんだ?」
「…………」
「まあ個人の自由だから別にいいけどよ。それにしてもお前やっぱもうちょっと筋肉つけた方がいいぞ。ガリガリじゃねえか」
「…………」
「おい、聞いてるか? 扉んとこで立ってられると出られないからそこ退いてくれ……どうした手なんかこっちに向けて」
「……『ラニマ』!」
あががががががががががががががががががが
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……おい、何だ今の記憶?
あとがき
久しぶりの投稿。にじふぁんより移転のせいか神様転生が多く見かけたのでついやっちゃいました。
ちなみに
神様のミスで死亡して神様になぜか強気に出てチートを貰って転生するのがオリ主。
神様関係なく死亡して神様にビビりまくってチートをもらう前に生き返るのがオリ主(笑)
幼女が原因で死亡して神様に幼女に対する愛を語ってロリコンドーをもらって転生するのがオリシュ。