<アスラン・ザラ>
格納庫での一見以来、カガリがシン・アスカの事で悩んでいるのは分かっていた。
でもカガリだってオーブの代表に就任以来、ここまで全てが順調に来たわけじゃ決してない。
大小様々な目に見える物から見えない物まで沢山の悪意をその小さな身体に受けてきたんだ。
それでも折れる事なく、背負う事で一心に歩んできたんだ。
そんなカガリだから、俺は側で支えてあげたい。
そう思ったんだ。
だけど、カガリは今、折れようとしている。
たった一人の少年の瞳に射竦められた、ただそれだけの行為で。
彼の過去には同情するし、俺達に少なからず非が有るのは認めざるを得ない。
それでも似たような境遇の国民はオーブにも沢山居るし、もっと直接的な行為に出られた事だって数え切れない。
カガリはそれを乗り越えてきたんだ。
だと言うのに、今回に限ってどうしてこうも挫けそうになってしまっているのかが不思議だった。
…今の俺じゃカガリの力になれない。
悔しいけど、それが現実だ。
名を偽り、カガリの側にボディーガードと言う身分で存在しているアレックス・ディノと言う男に、出来る事は何も無い。
今のカガリに必要なのは俺の慰めなんかじゃない。
悩みの原因であるシン・アスカとの対話こそ必要だ。
なによりカガリがそれを欲している。
短くない付き合いの中で、今の俺でもその程度の事くらいは彼女の事を理解できると自負している。
■■■
機会は直に訪れた。
食堂の前で偶然にもシン・アスカと出くわしたのだ。
会釈をして通り過ぎようとしている彼を、カガリが呼び止めたがっているのが分かる。
普段の強気なカガリなら迷わず呼び止めただろう。
だけど弱っている時のカガリが途端にか弱い内気な女の子になってしまう事を俺は知っている。
いくらオーブの代表だとは言え、鎧を脱げば一人の女の子に過ぎないのだから。
だから俺がシン・アスカを呼び止めた。
そういった時にフォローをしてやる為に俺はカガリの側に居るのだから。
呼び止められたシンは胡乱な表情で俺達を見やる。
その声色から彼が迷惑がっているのは理解できたが、こちらとしても譲れない。
そもそもの事の発端はシンなんだし、申し訳ないとは思うが俺にとってはカガリの方が大事なんだから。
■■■
彼との話は驚きの連続だった。
彼がカガリの正体に気付いているとは分かっていたつもりだったが、まさか俺の正体にまで気付いているとは思わなかった。
それを踏まえた上での彼の発言。
安っぽい挑発に見えてこちらの核心を深く抉る。
対話の中で彼が発した言葉は数えられるくらい少なかったが、そのどれにも深い意味が込められていた。
…対話の後、カガリは急に気力を取り戻した。
いや、取り戻したと言うのは正確じゃないな、落ち込む前以上に強い輝きを放ち始めたんだ。
彼の言葉がどのようにしてカガリの心に火を付けたのかは俺には分からない。
だけど、カガリは壁を乗り越えられたんだろう。
そんなカガリの事を俺は心から嬉しく思う。
だけど、少しばかり悔しく思ってる自分が居る事も確かだ。
どうしてカガリを高みに導いたのが、この俺じゃなくて碌に面識も無いシンなんだ?
俺じゃカガリを導くのに不足だって言うのだろうか?
それじゃいったい、俺がカガリの側に居る理由はなんなんだ!?
■■■
寝静まったカガリの瞳から一滴の涙が零れ落ちる。
まるで過去の弱い自分を洗い流すかのように。
きっと明日からのカガリは今まで以上に光り輝くのだろう。
オーブの理念を貫く為に。
そして何時かはアレックス・ディノなんて人間が必要無い世界へと踏み出すかもしれない。
…俺は酷い人間だ。
カガリの成長を喜んでいる自分と、喜べない自分が居る。
俺一人が置いていかれるようで酷く惨めな気分になる。
俺はどうしたら良い?
俺がカガリと共に在る為にどうしたら良いんだ?
『…似合ってませんね』
ふと脳裏を過ぎったのは昼間のシンの台詞。
それはアレックス・ディノと言う存在を全否定する言葉。
…シンの言う通りかもしれないな。
アレックス・ディノと言う人間はこの世に必要無い存在なんだ。
俺がこのままアレックス・ディノと言う存在に固執してカガリの側に居ようとし続ける限り、俺は本当の意味で何かを得る事は決して出来やしなかったんだ。
シンは俺にそう伝えたかったんだろう。
ならば俺はどうする?
年下の少年に叱咤されて、おとなしく引っ込むのか?
覚悟を決めろ!アレックス・ディノ! …いや、アスラン・ザラ!!
例え進む道が茨の道だったとしても、己の道を進まない限り本当にゴールは見えてこないんだ。
必要なのは覚悟だ!確固たる信念だ!!
お前より年下の少年が、お前よりも早くその道を歩みだしてるんだぞ!
今こそ偽りの殻を脱ぎ捨てる時なんだ!
…シンは強いな。
俺が母上を失った時は安易な復讐の道を選んでしまったって言うのに。
俺がようやく辿り着けたスタート地点を、迷う事なく進みだしたって言うんだから。
カガリ…俺は俺の道を歩むよ。
例えお前の側に居られなくなったとしても。
俺が居たいのはお前の側なんかじゃなかった。
俺が居たいのはお前の隣なんだ。
その道の途中で、君の道と違う道を進む時が来るかもしれない。
でも、目指す終着点はきっとお前と変わらない筈さ。
だから俺は迷わず進むよ。
■■■
艦橋に足を踏み入れた俺をミネルバの乗員が出迎えてくれた。
と言っても彼等はユニウス7破壊任務の為だけにそこに居るのだけれど。
就寝時間を過ぎていると言うのに議長までも艦橋に詰めている。
デュランダル議長のそういった姿勢は素晴らしいと思う。
議長と言う身分でありながら前線に在ろうとするのは、或いは愚かな事なのかもしれない。
だけど俺はその姿勢に彼の誠実さを感じるし、尊敬すべき点だと考えている。
或いはそれが、カガリと共通する在り方なのだからかもしれない。
俺はグラディス艦長にMSを貸して貰えないかと願い出た。
それが無茶な願いだと言う事を俺も承知している。
案の定、返答は「民間人にMSは貸し出せない」と言う当たり前の内容。
確かにアレックス・ディノは民間人だ。
だけど!
だけど、今からの俺はっ!!
「…タリア、すまないが議長権限と言う事で彼にMSを貸してやっては貰えんだろうか?
責任は全て私が取る」
俺が葛藤を口にする寸前、思いも掛けない言葉が議長の口から飛び出した。
「議長!?」
「確かこう言った場合、議長権限の方が上だったと思うんだがね。
無理を言うのを承知で、ここは私に任せて貰えんかね?」
「…分かりました」
個人的にはグラディス艦長の意見こそ正論だ。
だけど議長の提案は俺に取って願ってもない物だった。
例え議長に借りを作ってしまう事になっても、今の俺にはありがたい。
「そう言う訳だ、君にMSを提供しようと思う。
なに、正直パイロットは1人でも多い方が良いというのが本音だがね。
だが、1つだけ確認しておきたい事が有る。
私がMSを提供する男は、いったい誰なのかな?」
「!?」
唐突に、思い掛けない質問が来た。
一瞬、艦橋内に静寂が走る。
誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
デュランダル議長の表情は柔らかい笑みを湛えているが、瞳だけが鋭く俺の一挙手一投足も見逃すまいと研ぎ澄まされている。
―――覚悟を決めろ! アスラン・ザラ!
「俺の名はアスラン・ザラ!
元ZAFTのアスラン・ザラとしてMSをお貸し願いたい!」
「…ふむ、いや、わかった。
ありがとう、アスラン・ザラ君。
改めてお願いしよう。
プラント最高議長としてユニウス7破壊任務への協力をお願いしたい」
「はっ! 了解しました!」
「いや、これで君にガイアを委ねる事が出来る。
例え強力な協力者とは言え、流石に民間人に貴重なGを委ねる訳には行かないからね」
デュランダル議長が満足そうな笑みを浮かべてそう締め括った。
■■■
実戦に投入される前に敵に強奪され、奪還されて戻って来たG。
そして元ZAFTであるオーブの人間に操縦を委ねられると言う、数奇な運命を辿るG。
細身で黒い光沢を放つその姿は、何処か自分の身代わりに戦場に散った戦友の愛機に似ている。
「―――ニコル…」
未熟だった当時の自分を思い出す。
あの頃と比べて俺は前に進めただろうか?
進みたいと思う。
その為に『地球』を意味する名のMSを駆り、地球の危機を救ってみせる。
「思いも拠らないもんだな、人生は。
だけど、後悔だけは2度としない。
誰でもない、この俺が!アスラン・ザラがそう決めたんだ!!」
今は再びその身を漆黒の宇宙に委ねよう。
例えユニウス7で何が待っていようとも。
俺が俺で在ろうとする限り、俺は俺でいられるんだから。
「アスラン・ザラ! ガイア出撃する!!」
機動戦士ガンダム SEED DESTANY 異聞
紅蓮の修羅
『一期一会』と言う四字熟語を知っているだろうか?
簡単に説明すると『一生に一度だけの機会を大切にしろ』って意味だ。
なんで改まってそんな事を言うかと言うと、話はバカップルと分かれた後に遡る。
思ったよりも短い時間で済んだバカップルとの対話を終えた俺は、意気揚々と新しい出会いの待つルナ達の席に向かったんだ。
「…待たせたな」
弾む心を抑えて謝罪を述べる。
「う、ううん! ぜ、全然気にして無いから!」
「そ、そうだよな、シンもいろいろ大変だったんだろうし…」
???
なんかルナもヨウランも妙に余所余所しい。
どこか俺に遠慮してる、って言うか気を使ってるって言うか。
「…どうかしたのか?」
「い、いや! なんでもない!
そ、それよりもシン、お前オーブの代表にあの態度は流石に不味いんじゃないか?」
何時も流暢なヨウランまで言葉に滑らかさが足りない。
はて?
オーブの代表って何の事だ?
「…オーブの代表?」
「あ、ああ。 ほら!
カガリ・ユラ・アスハって言ったらオーブのアスハ家だろ?
獅子の娘って有名じゃん!」
…そうだったっけ?
やべ!
俺ってTVはバラエティと音楽番組しか見ないタイプだから知らんかった!
仮にもオーブ出身だって言うのにサ!
って事は知らぬ事とは言え、俺ってば元祖国の偉いさんに不遜な態度取っちゃった訳?
他にもミサイル打ち込んだりガン飛ばしちゃったりしたから、今更な気もするけど。
「…どうって事ない」
って、俺なに言ってんだーー!
皆「おおーー!!」って尊敬の眼差しで俺を見てるよ!
だって、今更「実は知らなかったんだもん♪」なんて言えねえYO!
「…シン、ゴメンね。
話、聞いちゃった」
そんな俺の心のシャウトの事なぞ露知らず、ルナが謝ってくる。
悲しそうな、辛そうな顔。
ルナにはそんな落ち込んだ顔は似合わないぜ。
ちょっと保護欲を掻き立てられてグッとくるもんが有るけど、太陽みたいに元気溌剌な何時ものルナの方が俺は好みだ。
それにお話の内容なんてアレックスのサングラスの話題と、若かった俺、議長の横暴くらいだしな。
別に謝られる事でもないと思うんだが。
だから…
「気にするな。
ルナに聞かれて俺が困る事なんて何も無い」
って告げた。
正真正銘、俺の本音だ。
だけどステラとの事を聞くのは簡便な!
それを聞かれると、俺は明日の太陽を拝めない。
「シン…! シン、好き! 大好き!
でも、アタシじゃ頼りないかもしれないけど、シンの力になりたいって思ってるんだよ?
シンが悩んでる事、アタシにも相談してくれたら嬉しいな…」
う゛っ!
グッとくるじゃないか。
なんだ? 今日のルナは乙女ちっくモード突入中なのか?
でも俺が今悩んでる事と言うと、ずばり『ZAFTを辞めたい。 今すぐに』って事なんだが。
相談しても良いもんなのだろうか?
確かにルナなら議長にも勝てそうな気がするけど。
とりあえず、ここは無難に…
「…ありがとう」
って答えといた。
■■■
え?
一期一会の話はどうした?って?
それはこれからだよ、明智君。
話はそんな心温まるルナと俺のエピソードの後だ。
いざこれから新しい友人との出会いを!って思って振り向いたら、そこには不貞腐れてジュースを飲んでるメイリンしかいなかった。
どうでもいいけどメイリン、女の子なんだからストローの端をガジガジ噛むのはどうかと思うぞ?
お姉ちゃんの彼氏としてちょっと心配。<お義兄ちゃんとは言えない。
「メ、メイリン、皆はどうしたの?」
恐る恐るルナが切り出すと…
「あ゛!? 場所も弁えずにラブラブビーム振りまくバカップルに呆れ果てて、当の昔に撤収したわよ!」
と、『特攻の拓』でしか見ないような言葉使いで睨まれた。
「私だってね、帰っちゃいたいわよ本当は!
レイ様だって帰っちゃったし。
でもこんなんでも一応お姉ちゃんなんだから説明するのは私の役目だろうと残っててあげたのよ?
こんなお馬鹿空間に!」
「そ、そう、ゴメンね?
お姉ちゃんちょっと舞い上がっちゃってたわ、ハハハ…」
「…ま、いいけどね。
今頃格納庫ではお姉ちゃんの浮かれっぷりが吹聴されてるだろうし。
覚悟しといたほうが良いかもしんないわよ」
「ゲッ! そうなの!?
それはちょっち洒落になんないかも…」
…確かに洒落にならんがな。
え? つまり何ですか? 格納庫の皆さんにワイドショー的な話題を提供ですか?
また俺の悪評が増えそうなヨカーーン!
増えました。
―――曰く、一国の代表を前にしても不遜な態度。
―――曰く、ルナは俺にゾッコンLOVE。 実は恋のテクニシャン。
微妙だ。
そんな訳でヴィーノとの出会いはお預け。
果たしてヴィーノと友人に為れる日は来るのだろうか?
P.S.
後日、格納庫に行ったら俺のインパルスとルナのザクウォーリアにお揃いの相合傘がペインティングされてました。
これって地味なイジメじゃない? …ルナは喜んでたけど。
■■■
ユニウス7への出撃前に格納庫でアレックスと出会った。
「シン!
改めて自己紹介しよう、俺の名前はアスラン・ザラだ」
いきなり何を言い出すんだ?此奴は。
って言うか、お前アレックス・ディノ言うとったんちゃうんかい!?
と言う思いを込めてビックリ顔を上げると…
「ああ、俺はもう偽らない。
俺はアスラン・ザラだ。
シン、お前が気付かせてくれたんだよ…」
と、すこぶるイイ笑顔を浮かべてガイアの方に行ってしまった。
ヨウランが言うにはアレックス改めアスランがガイアで出動でするらしい。
ふーーん…
で、みんな驚いてるけど、アスラン・ザラって有名人なの?
とりあえずサングラスを外しても他人の顔を見れるようになったのは進歩だよな。
俺ってば良い事したかも。
つづく(も八卦、つづかぬも八卦)
後書きみたいなもの
え? 主役はアスランですが?
なんかギャグ分が少ない。
次のユニウス7のお話では人が死ぬだけに、もっとギャグ分が少ないかも。
まあ、シリアスは種組に引き受けてもらおう。
運命組は気楽にマターーリ進行。
『シン君の目指せ主人公奮闘記!!』は面白いなぁ~王道を行く!って感じで。
ちょうど同じような場面なのにこの差はなんなんだろう?
(力量の差と言われればそれまでですが… orz)
DVDを見直せば見直す程、自分のうろ覚え知識が浮き彫りに。
感想板に書かせてもらった件など最たるもの。
他にも…
・アーモリーでルナのザクが故障、宇宙行かず。
→ルナがカガリとアスランの事を知るのが7話以降に…
・格納庫で睨んだ次の瞬間、出撃するはずが何事も無く日にちが変わる。
→影響は無いか?
・7話当時、アスランがサングラス付けてないよぉ…
などなど。
みなさん、細かい粗探しは止めましょう。
作者が泣きます。