<カガリ・ユラ・アスハ>
シン・アスカ。
格納庫で私に向けられた彼の瞳が目に焼き付いて離れない。
必死に溢れ出しそうになる激情を押さえ込んだ表情、燃え盛る炎を宿したかの様な紅い瞳。
あの瞳に見詰められた時、私は不覚にもシン・アスカと言う少年の存在に圧倒されてしまった。
仮にも一国の代表を自任するこの私が、だ。
それからと言うもの、空いた時間ができると直に彼の事を考えてしまう自分が居る。
議長から聞かされた彼の経歴は、一国の政治を担う者としてショックだった。
自分の国を捨てられるのは正直、辛い。
シン・アスカは何が不満だったのだろう?
戦後の被災者に対する保障が十分に行なわれる事を、政府は国民に約束していた。
実際、終戦協定の締結後に我が国を離れた人間はごく僅かなのだ。
それらの人々にしたところで、外国の親類や知己を頼っての事が大半だと報告を受けている。
だが、シン・アスカはプラントに知己はいないらしい。
当然、移住当初は生活の保障すら無かったそうだ。
にも関わらず、彼は単身オーブを出た。
オーブに居難い何かがシン・アスカには有ったのだろうか?
私はそれを知りたいと思う。
勝手に想像する事は簡単だ。
例えばシン・アスカと言う少年がオーブを否定している、とか。
正確に言えばオーブの理念を否定している、と言う事。
敢えて生活が保障されるオーブを捨て、他国で命の危機に晒される軍人へと身を投じる。
確固たる信念が無ければとても歩めない。
それは茨の道、修羅の道だ。
だけど、格納庫で私を目にしても彼は何も言わなかった。
私が国を焼いた男の娘だと言う事を理解していただろうに。
ただ、何かを訴えかける視線を向けるだけ。
まるで「お前はそこで何をしてるんだ?」と問い掛けるように。
だから私には分からないのだ。
いっそ罵倒してくれていたならば、こんなに悩む事も無かっただろう。
怨まれていた方が楽だ、そんな馬鹿な事を考えてしまったのは生まれて初めてだった。
相手の意図が読めない事がこんなにも心を掻き乱すなんて!
彼と話がしてみたい。
彼の考えを聞いてみたい。
ただ、彼と言葉を交わす事が今の私には必要な事だと思えた。
■■■
その願いは直に適う事になった。
ユニウス7が地球降下軌道を移動中だと言う、衝撃の事実をデュランダル議長から告げられた後の事。
アスランと食堂の前を通りかかった時に偶然、彼、シン・アスカとすれ違ったのだ。
私は咄嗟の事で何も口に出す事が出来ず、会釈だけして通り過ぎようとしたシンを見送るしかなかったのだけど、アスランがシンを呼び止めたのだ。
きっと私がここ数日思い悩んでいるのを知ってくれていたのだろう。
「君は確か、シン・アスカ君だったね?」
「? …ええ、そうですが何か?」
立ち止まったシンが胡乱な表情で私達を窺う。
何かを警戒しているかのように。
「議長から君の事を聞いてね、少し君と話がしたいんだが。
今から構わないかな?」
「! …ええ、構いませんが」
アスランの口から議長と言う単語が出た時、彼は一瞬だけ苦々しい表情を浮かべた。
おそらく彼の過去に私達が土足で踏み込んだ事を忌諱しているのだろう。
だけど直に観念したような表情を浮かべ、拒絶はされなかった。
立場を笠に切るようで心苦しいが、今の私には彼の心情を慮る余裕は無かった。
シンを伴って食堂に足を踏み入れると、賑わっていた食堂が一瞬にして静まり返った。
どの顔も呆気に取られた顔で私達を見ているが、敢えて意識したりはしない。
場違いなのは重々承知の上なのだ。
私達が席に付くと時を置かずして食堂に賑わいが戻ったが、何処か白々しいモノだった。
皆がこのテーブルに意識を向けているのが分かるから。
でも無理も無いのかもしれない。
仮にも一国の代表が、自分達の仲間を伴って食堂に現れたのだ。
意識するなと言うほうが難しい。
…場所を誤ったな。
これから行おうとする話の内容を考えると、そう思わざるを得ない。
今更どうにかなる事でもないが。
「…で、話は?」
「あ、ああ、そうだな。
まずは自己紹介をさせてもらおう。
私の名はカガリ・ユラ・アスハと言う」
私は自分の名を告げる。
おそらく彼は既に知っているだろうが。
案の定、私の名前を聞いても彼に目立った反応は無い。
「俺の名はアレックス・ディノ。
先日は危うい処を助けていただいて感謝している」
それを察したのだろう、続けてアスランが自己紹介を行なう。
自己紹介の中にアーモリー1での一件を混ぜるあたり、なかなか狡猾だ。
感謝している、と言いつつも暗にオーブ代表が乗る機体を狙撃した事実を非難しているのだ。
だが、それに対するシンの反応は私達の意表を突いた。
「…似合ってませんね」
「「?」」
あまりに突拍子の無い一言だった。
彼がアスランの言葉の裏に気付いていれば謝罪されただろう。
気付いていなければ謙遜していたかもしれない。
だが、それのどちらでもなかった。
どういう意味だ?
アスランの一体何が似合ってないと言うんだ?
「! …まさか、俺の正体に気付いているのか?」
ぼそりとアスランが呟く。
その事実が意味する事を知って危うく私は声を上げそうになった。
シンがアスランの正体に気付いている。
まさか、と言う思いが強いがシンの表情を見てそれが事実であると確信してしまった。
シンの瞳は揺るぐ事無くサングラスに隠されたアスランの瞳を射抜いている。
名を偽るアスランを咎めるかのように。
そして、それは同時にアスランの非難に対する返答をも意味しているのだ。
仮にも先の大戦の英雄である貴方が、あの程度の攻撃すら防げないとは思わなかった、と。
―――なんて奴だ!
一国の代表と先の大戦の英雄を前にして、一歩も引く事のない堂々とした態度。
自分と自分の信念に余程の自信が無ければ取れるものではない。
彼の底が見えない。
■■■
「ご存知でしょうが、俺の名はシン・アスカです」
私とアスランが言葉を切り出し兼ねていると、不意にシンの方から会話の突端を開いた。
正直、先程の発言が無かったかのように振舞うシンの態度に安堵した。
「それで話したい事とは?」
「あ? ああ、すまない。
実は君の事を議長からいろいろ伺ってね、聞いてみたい事が有ったんだ。
質問しても構わないだろうか?」
「…構いませんが」
「私が聞きたかったのは君がなぜプラントに移住したのかなんだ。
オーブは戦災者にじゅうぶんな保障を約束していた。
君がなぜ生活の保障を放棄してまで国を捨てたのか?
命が危険に晒される事を承知だろうにZAFTの軍人になったのか?
聞かせては貰えないだろうか?」
「………………」
シンは何かを懐かしむように、そして悲しみを押さえ込むような表情を浮かべる。
その時、私は何時も強い輝きを放っている瞳が揺らいだように感じた。
今のシンはどこか迷子の子供の様に見える。
―――ああ、私は彼の心に踏み込んでしまったんだ。
無遠慮に質問した自分を恥じる。
自分の興味を優先させて、シンの心を思いやってやれなかった事に後悔の念を抱いた。
だが、シンはしばしの逡巡の後、言葉を選ぶように1言だけ紡ぎだした。
「………曲げられないモノが有ったから」
ああ、そうか、そうだったのだ。
結局、シンが口にしたのはひどく抽象的な言葉だった。
だけど、私の胸にストンと落ちるものがあった。
彼はきっとオーブの理念とは異なる、自分だけの信念を抱いたのだろう。
ひどく純粋で、そして不器用な男なのだ。
信念を曲げて生きるほうが楽な事くらい百も承知している。
例え信念を曲げても誰もシンを非難しないだろう。
だけどシンはそんな自分が許せないのだ。
だから誰に頼るでもなく、己の身1つでオーブを去らざるを得なかったのだろう。
それはオーブの理念を否定する事とは似て非なるものだ。
オーブの理念を否定するのではなく、新たな信念を抱いて道を別っただけなのだ。
シンが抱いた信念がどんなものなのかまでは分からない。
知りたいとは思う。
だけど、それを聞くのは流石に失礼だ。
いつか、シンの口から聞かせて貰える日が来るのを待つとしよう。
格納庫での彼の視線、あれはきっと叱責だったんじゃないだろうか?
細く切れやすい平和の糸を必死に繋ぎとめる事がオーブの理念に適う事なのか?と。
私はもっと大局を見るべきではなかったんじゃないだろうか?
プラントが戦備を増強している、その事実を非難するよりも、何故プラントが戦備を増強する必要が有ったのか?その事を考えてみるべきだったのだ。
まだまだ未熟だな、私は。
だけどその事実に気付けた。
シンと話をできた事だけでもプラントに来た甲斐は有ったと思える。
今、ユニウス7が地球に降下しようとしている。
阻止すべく行動するのは当然として、私はその先の事を考えよう。
世界は再び混乱の渦に飲み込まれるかもしれない。
だけど、お父様が命を掛けて貫いたオーブの理念を私も貫いてみせよう。
いつか、シンと私達の歩む道が再び交わる日が来る事を信じて。
機動戦士ガンダム SEED DESTANY 異聞
紅蓮の修羅
俺は食堂へと向かっていた。
今夜の夕食はミネルバに配属されたアカデミー同期で集まって食べよう、って事らしい。
発案者はヨウランだ。
アイツはこういうイベントによく気が回る。
アカデミー時代に恐怖の象徴だった俺の友人になった手腕は伊達じゃない。
…言っててちょっと悲しくなった。
俺に少しでもヨウランの社交性が有ったらもっと陽気な人生を送れたのになぁ…
父さん、母さん、目の色を赤色にコーディネートする茶目っ気が有ったんなら、性格の方ももう少しどうにかなんなかったのかなぁ…
ラテン遺伝子とかそう言ったのは無いんだろうか?
まあ、そんな事をグチグチ言ってても仕方無い。
そんな事よりも早く食堂に行かねば。
あんまり待たせるとルナに怒られるし。
それになんでも今日はヨウランが整備士仲間を紹介してくれるそうだ。
ヴィーノって奴らしいけど、新しい友達が増えるチャンスかもしれない!
やっぱ、ヨウランは良い奴だよ。
■■■
いざ、これから食堂へ!と言う所で邪魔が入った。
例のバカップルだ。
俺が構ってくれるな!って意味を込めて会釈を交わし、食堂に入ろうとしたのに呼び止められたのだ。
「君は確か、シン・アスカ君だったね?」
「? …ええ、そうですが何か?」
室内なのにグラサンをしたちょっと頭が弱いんじゃないか?と思う男の方が声を掛けて来たのだ。
しかもちょっと偉そう。
思わず胡散臭げな目で見てしまった。
「議長から君の事を聞いてね、少し君と話がしたいんだが。
今から構わないかな?」
「! …ええ、構いませんが」
いや、本当は全然構う事ないです。
俺は今から新しいフレンドが増えるかどうか、って言う人生の大イベントなのに。
…だけど、悲しいかな。
議長の名前を出されたら俺には断れないじゃないか!
無碍に断って議長に告げ口をされたらたまったもんじゃない。
ただでさえZAFTに入隊させられたって実績が有るし。
インパルスのパイロットに選ばれたのだって議長の口利きが有ったからだってレイが言ってた。
議長は俺の疫病神に違いない。
バカップルに連れられて食堂に入ると、賑やかだった食堂が一瞬にして静まり返った。
う゛っ! 皆、冷たい目で俺を見てる。
そんな目で俺を見ないでくれよ!
俺だって本当はそっちに混ざりたいんだ。
好きでバカップルと一緒に居るんじゃないんだよ!
約束を破りたい訳じゃないんだ。
だけど議長が! 議長が! うぅ…
「…で、話は?」
俺の出会いを潰したんだ。
しょうもない話だったら許さないからな。
…って、ルナがこっちに向かって来ますよ。
ひょっとして俺を此処から連れ出してくれるのか?
なんて良い奴なんだ!
流石俺の彼女だな。
議長もルナが原因で会話を打ち切ったとしたら何も言うまい。
ルナ! カモーン! 愛してるよ!
「あ、ああ、そうだな。
まずは自己紹介をさせてもらおう。
私の名はカガリ・ユラ・アスハと言う」
その一言でルナの足がピタッて止まった。
なんで?
バカップルの女の方が自己紹介しただけじゃないか。
って、ビデオの巻き戻しみたいにヨウラン達の方に戻ってってるし!
助けてくれるんじゃなかったの?
「俺の名はアレックス・ディノ。
先日は危うい処を助けていただいて感謝している」
絶望した!
ルナ、君には絶望した!
ルナだけは俺を助けてくれると思ったのに。
やっぱり俺を癒してくれるのはステラだけだよ。
今日は病気の治療で此処に来れなかったけど、君だけが俺の最後の希望だよ。
それはそうと自己紹介ね。
えーと、女の方がカガリで男の方がアレックスだっけ?
それにしても態度悪くない?
自分から誘ったんだからサングラスぐらい外すのが礼儀でしょ。
それに何と言うか…
「…似合ってませんね」
あ。
思った事をつい口にしてしまった。
でも正直、ちょっぴり広いオデコが強調されてるみたいで似合ってませんよ。
「! …まさか、俺の正体に気付いているのか?」
なにやらぼそりと呟いてるみたいだけど、ひょっとして気にしていたんだろうか?
それは悪い事をした。
きっとアレックスは人見知りで他人の目をまっすぐ見られない臆病な人なんだ。
偉そうな口調はその裏返しなんだろう。
よし、ここはひとつ、俺の方から話題を変えるべきだな。
「ご存知でしょうが、俺の名はシン・アスカです」
まずは自己紹介。
議長から聞いて知ってるだろうけど、自己紹介されたんだから返すのが礼儀だろう。
「それで話したい事とは?」
そして早速、本題に入る。
俺としてはさっさと話を終わらせて皆の方に混じりたいのだ。
友人を増やすと言う野望はまだ諦めちゃいないぜ。
「あ? ああ、すまない。
実は君の事を議長からいろいろ伺ってね、聞いてみたい事が有ったんだ。
質問しても構わないだろうか?」
「…構いませんが」
『議長から』と言う部分を問い詰めてみたい気もするが、聞いたら後悔しそうで聞けない。
君子危うきに近寄らず、だ。
さっさと質問に答えて打ち切ろう。
「私が聞きたかったのは君がなぜプラントに移住したのかなんだ。
オーブは戦災者にじゅうぶんな保障を約束していた。
君がなぜ生活の保障を放棄してまで国を捨てたのか?
命が危険に晒される事を承知だろうにZAFTの軍人になったのか?
聞かせては貰えないだろうか?」
「………………」
答えにくい事を聞く。
議長は目の前のバカップルに何を吹き込んだんだ?
プラントに移住したのはアレだ、柄にもなくセンチメンタルに浸ってたからだ。
ちょっと格好付けて言ってみたら後戻り出来なくなってしまっただけなのだ。
そして、ZAFTの軍人になった事に俺の意思は一片も無い。
議長に逆らえなかっただけだ。
あの時の事を思い出したら悲しくなってきた。
つまりは…
「………曲げられないモノが有ったから」
そう言う事だろう。
1度口にしてしまった事を曲げられなかったのだ。
親身にプラント移住の手続きをしてくれたトダカさんに向かって今更止めた、とはとても言い出せなかったんだ。
そして議長の考えは俺に曲げられない。
つまりはそう言う事なのだ。
「…そうか、いや、聞きにくい事を聞いてしまって悪かった。
ありがとう、お陰で私も進むべき方向が見えてきた気がする」
そう言ってカガリと言う女の方はアレックスなる男を連れて行ってしまった。
ちょっとギラギラしてた目が怖かった。
って言うか、今の話から見える彼女の進むべき道ってなんだ?
なんにしても碌なもんじゃない事だけは確かだな。
つづく(らしいよ)
後書きみたいなもの
食堂での会話のシーン、最早原作の面影は微塵も無し… orz
カガリ成長の巻。
人の心境を都合の良い方向に無理なく捻じ曲げるのは難しい…
多少の違和感は見逃してください。
それにしてもルナやカガリが成長していくのに、全然成長しない主人公って…
更新ペースは流石に落とします。(と言うか、落ちます… orz)
とりあえずは週2回を目標に。