<コニール・アルメタ>「…はぁ」
ずずずーっと、時間が経った所為ですっかり冷めてしまった珈琲を1口啜り、深く溜息を吐いた。
砂糖もクリープも加えられていない真っ黒な液体は、まるで今の私の心境みたいに、酷く苦い。
「とうとう、朝になっちゃったなぁ…」
窓の外に広がるZAFT軍の基地の、更に向こう側では太陽がゆっくり空へと昇って行く。
そんな光景を徹夜明けのしぱしぱする目で見送りながら、そう言葉を零した。
■■■
事の発端は昨日の昼まで遡る。
予てから、ローエングリンゲート攻略の際に協力する事を約束していたレジスタンスの代表として、私は確認を兼ねた最後の話し合いの為に単身、ZAFT軍基地を訪れた。
おいおい…
なんでそんな大事な話し合いの代表が、私みたいな小娘1人だけなんだ?
って、そう思うかもしれないけど、もちろんコレにはちゃんとした理由が存在する。
そもそもZAFT軍に協力する、って言えば聞こえが良いかもしれないけど、実際に私達レジスタンスが協力するのは作戦準備中だけなんだ。
本番の戦闘には一切参加しない(って言うか出来ない)から、『組織間の連携の確認』みたいな、難しい話をする必要が無くて、だから私みたいな小娘でも務まるんだ。
なんせ『ローエングリン砲台を攻略する際に、奇襲攻撃を行うのにもってこいな洞窟の抜道情報を提供』って言うのが私達レジスタンスがZAFT軍に対して行う協力の全てだから。
だったら別に、今頃になって話し合いなんか必要無いんじゃないか?
って、そう思われるかもしれないけど、確かに絶対必要って訳じゃないな。
だけど、それが「私みたいな小娘が1人で来てる」って理由にも繋がるんだよ。
ほら、人間って感情の生き物だから。
洞窟の抜道情報を送りつけて、ハイおしまい、って訳には行かないんだ。
形式ってのもそれなりに大切で、私達レジスタンスは「ガルナハンの攻略にはレジスタンスも協力したんだぞ!」って主張したいし、ZAFTもZAFTで「地球にも協力者は居るんだぞ!」って主張したい筈だから。
だから一見すると無意味な様に見えても、こう言った話し合いの場が持たれたりするんだよ。
とは言うものの、実際に話す事の内容と言えば「わざわざレジスタンスが協力したんだから、頑張ってくれよ!」って発破を掛ける事くらい。
だったら、しかめっ面したおっさんに言われるよりも可愛い女の子に言われた方が、言われた方も気分が良いだろう?
だから、私なんだ。
とにかく!
そう言った次第で、私はZAFT軍基地司令のラドルさんと対談に臨んだ訳なんだけど…
話し合いはそんな予定調和な結果には終わらなかった。
私はそこで、想像だにしなかった言葉を、ラドルさんの口から聞かされる羽目になってしまったんだ。
「レジスタンスから提供して頂いた抜道のデータなんだが…
誠に申し上げにくいんだが、明日の作戦では使わない事になってしまったんだ」
と。
もちろんラドルさんの話はそれだけで終わらず、ZAFT軍がそんな結論に至った経緯も順を追って説明してくれたんだけど…
正直、私にとってそれは何の慰めにもならなかった。
■■■
ガルナハンの街に帰らなくちゃいけないんだけど…
ホントにそう思ってるんだけど、同時に心の中に「このまま帰りたくないなぁ…」って気持ちが同じくらい蔓延してる。
結局、「とりあえず街に帰る前に、せめて自分の気持ちだけでも落ち着かせよう」って結論に至って、そのまま偶然ZAFT軍基地を出て直側に有ったカフェに立ち寄った訳なんだけど…
未だに気持ちの整理は付かず、無為に時間を費やし続けていたりする。
だって仕方無いだろ!
街の皆にラドルさんから聞いた話を伝えたりなんかしたら、凹んじゃうに決まってるんだから。
絶対そうなるって分かってて、帰る気力が湧いてくる訳が無いじゃないか。
…で。
気が付けば日が暮れて、朝日が昇り始めてた、と。
そう言った次第なんだ。
何時の間にか、暖かそうな湯気を立ててた珈琲も冷たく冷めちゃってる。
なのに、未だに私は「帰らなきゃ」って思いと「帰りたくない」って思いの狭間でゆらゆら揺れ動いてるんだ。
「…それもこれも、全部シン・アスカの所為じゃないか!」
冷めた珈琲が苦いのも寝不足で頭が痛いくて目がしぱしぱするのも、今だって胃が痛くなるくらい頭を悩ませているのも。
元を糺せば、全部シン・アスカが作戦変更なんかするのがいけないんじゃないか!
その考えが八つ当たりだって事くらい分かってるけど、徹夜明けでテンパッてるんだから仕方無いんだよ!
所詮その場限りの現実逃避なんだから、他人の所為にして心の安定を図るくらい見逃してくれよな。
どうせ【紅蓮の修羅】、シン・アスカって言ったって、見ず知らずの他人なんだしな。
………
……
…
「え? 俺の所為?」
真横から、そんな声が聞こえる迄は。
「………」
「………」
「………」
「…え?」
「ん?」
「………」
「………」
「………」
「………」
「シ、シ、シ…」
「ししし?」
「シン・アスカァッ!?」
「おおぅ!?」
驚きの余り、思わず咄嗟に席を立って、大声を上げてしまった。
それどころか ズビシィッ! って効果音を立てながら指を突き付けてしまってたりもする。
ま、まさか… なあ?
だ、だって、見るからに安物っぽい無地Tに、ビンテージなんて単語とは縁の無さそうなGパン姿。
ZAFT軍基地近くのカフェに居るには不自然だけど、一見すると何処にでも居そうな兄ちゃんに過ぎないコイツがあのシン・アスカだなんて…
どう見ても『あっち側(ZAFT軍・エリート)』って言うよりも『こっち側(レジスタンス・薄汚れてる)』の住人だよなぁ。
…いや、確かによくよく見てみると逞しくはないけれどそれなりに鍛えられたって言うか引き締まった身体はしてるみたいだし、私の知ってる【紅蓮の修羅】の外見的特長(黒色の髪の毛とか赤色の目とか)とかも一致するんだけど。
それでも、なぁ…
コイツが、かぁ?
もっとこう、ほら、なんて言うか、オーラみたいなもんが有っても良いと思うんだ。
年齢が私とあんまり変わらないのは資料で見て知ってたけど、だからこそその歳で異名持ちになっちゃうくらいの、常人離れした『何か』が有る筈なんじゃないのか?
「…ほ、本当にアンタがシン・アスカか?」
「? …ああ」
「ZAFT軍所属の、【紅蓮の修羅】って呼ばれてる?」
「…ああ。 不本意ながら、な」
「?」
何が不本意なのかは分からないけど、一縷の望みを託してした質問に返って来たのは、聞きたくなかった肯定の返事だった。
オマケに同姓同名の別人、ってオチも無し。
「な、なんでこんな所にシン・アスカが居るんだよ!?」
「いや、なんでって言われても… 珈琲が飲みたかったから」
「そっ、そりゃそうか…」
「………」
「………」
「………」
あぅ… 会話が続かない。
いや、別に続かせる必要も無いんだけど。
なんて言うか、沈黙が痛いって言うか。
あれ? そう言えばなんだか妙に店内が静かな気がするんだけど…
「…で、何が俺の所為なんだ?」
私が居心地の悪さを覚え始めたそのタイミングで、シン・アスカは沈黙を破った。
実は私がこっそり流してしまいたかった、話題を振り出しに戻すって方向で。
…うう゛。
改めて本人から聞かれると言葉に詰まってしまう。
だって『今の私が置かれている境遇』ってのが質問に対する答えなんだけど、流石にそれは本人に言えないよなぁ…
殆ど八つ当たりに過ぎないって、自分でも分かってるんだから。
かと言って「気にしないでくれ」って流せそうな雰囲気じゃないし、そもそもそんな事を言われても気にしちゃうに決まってるよなぁ…
だったら適当に誤魔化せば良いんだけど…
そもそも即興でソレが出来るなら今頃私は此処には居ない。
ガルナハンに帰って皆を騙くらかして上手い事やってる筈なんだから。
とは言え、答えに時間は掛けられそうにない…
「実は…」
結局、私は観念して正直に話す事にした。
口先だけの嘘なんて私には無理だ。
■■■
「…すまない」
私の話を聞き終えたシン・アスカの第一声がそれだった。
思わず
「え?」
っと、疑問の声が口から突いて出る。
だって、いくら見た目がしょぼくても、目の前の相手は【紅蓮の修羅】なんだから。
流石に殴られる事は無いって思ってたけど、最低でも蔑まれる事くらいは覚悟してたのに。
なんで自分が謝られているのか、状況がさっぱり分からない。
「…すまない。
俺の所為で、えっと君…「コニールです。 コニール・アルメタ」…コニールには迷惑をかけたから。
俺が作戦変更を打診したりしたばっかりに…」
「いやっ、でも!
シン・アスカさんが…「シンで良い」…シンさんが作戦変更したのって味方の被害を防ぐ為とか、作戦の成功率をあげる為なんですよね?
わ、私ちゃんとラドル司令から聞いて知ってます!
だから、悪いのは勝手に八つ当たりした私なんです」
「違う」
「え?」
「そうじゃないんだ。
俺が作戦変更した本当の理由は、俺が臆病者だからさ。
レジスタンスの情報は信じられても、俺は俺の腕を信じられなかった。
だからMSで真っ暗な洞窟を抜ける、なんて危険な任務が怖くて仕方が無かった。
新しい作戦を立案したのだって、その為なんだ」
「!?」
考えもしない答えだった。
まさか、まさかそんな経緯で作戦が変更されただなんて…
嘘だと思いたい。
思いたいけど、私の目を見詰めるシン・アスカの瞳は小揺るぎもしなくて。
咄嗟に嘘を付いてるとは思えない…
「…ほ、本当に?」
「…ああ」
「…自分が怖いからって、危険な任務から逃げた?」
「…その通りだ」
「あんたって人はっ!!」
決壊したダムの様に、止め処無い怒りが沸々と湧き上がってくる。
まるで大切な宝物を土足で踏み躙られた様な。
こんな奴が… こんな奴が私達の作戦を台無しにして、こんな奴が考えた作戦に私達の街の解放を賭けた戦闘を託さなくちゃならないなんて…!
許せない。 許せるもんか!!
今なら視線だけで人を殺せるかもしれない。
衝動のままにシン・アスカの胸倉を掴み上げ、おでこ同士がくっつきそうな至近距離から殺意の篭った視線をぶつけた。
…が。
「…すまない」
ぶつけられた本人、シン・アスカは相も変わらずそう繰り返すだけで、視線を逸らそうともしない。
それどころか紅色の瞳は じっ と私の殺意を受け止めて、小揺るぎもしないんだ。
それはまるで、自分が恨まれる事を望んでいるかの様な…
シン・アスカの姿勢に、そんな違和感を感じ始めたその時だった。
非難されている筈のシン・アスカは、意外なくらいさっぱりとした口調で
「全部俺が悪いんだ。
だからコニールは、胸を張って街に帰れば良い」
そう、言い切ったんだ。
「!!?」
落雷に撃たれた様な衝撃、って言うのはこういう時に使う言葉なんだろう。
シン・アスカの発した言葉に、全身を痺れた様な衝撃が駆け巡る。
まさか まさか まさか…
だけど、私はシン・アスカの言葉を聞いて、心の中に生まれた違和感が消え去ったのを感じてる。
まるで欠けていた無くしたパズルのピースが見付かった様な。
「私は、胸を張って街に帰れば良い…?」
「ああ」
「シン・アスカが、臆病者なのを理由にして?」
「そうだ」
私の問いに、シン・アスカは力強い口調で返事を返してくる。
だけど、その返事が力強ければ力強いだけ、私の中に芽生えた推測が確信へと変わって行く。
シン・アスカは…
私が街に帰れる様に、こんな嘘を付いたんだ。
■■■
考えてみれば酷い話だ。
だってそんな嘘を付いたところで、所詮はシン・アスカ一人の自己満足でしか無いんだから。
今回はなんとか私が気付けたから良かったものの、もし気付けなかったとしたら…
きっとガルナハンの皆からは蛇蝎の如く嫌われて、恨まれてたに違いない。
そんな、自己犠牲で成り立った自己満足だけの自分勝手で間抜けな嘘なんだから。
…だけど、優しい嘘だよな。
「…分かった。 街へ帰るよ」
「ああ」
胸倉を掴んだ手を放し、シン・アスカが一番望んでいるであろう言葉を返す。
首元がゆるゆるになってしまったTシャツが、なんだか凄く申し訳無い。
「…だけど、シンさんの所為にする心算は無いからな」
「………え?」
「悪いけど全部分かってるんだ。
シンさんがなんであんな事を言ったか。
自分の事を臆病者呼ばわりしたのは、全部私がガルナハンの街に帰りやすいように、ってその為だったんだろう?」
「なっ!? ちがっ…」
「誤魔化さなくて良いって。
やっぱりシンさんは【紅蓮の修羅】だよ。
自分の異名が傷付く事も省みず、初対面の私みたいな奴の為に自分を犠牲に出来るんだから。
優しい修羅だ」
「なっ!? なっ! なっ…」
「ありがとう。
感謝してる。
お陰で街に帰る決心が付いたから」
だから、これはほんのお礼の気持ち。
未だ驚きから立ち直っていないシン・アスカの頬に チュッ と口付けし、私は半日近くも居座り続けたカフェを後にした。
機動戦士ガンダム SEED DESTANY 異聞
紅蓮の修羅 アスとレイコンビの真意に頭を悩ませていた俺は、次の日に大事な戦闘を控えてるって言うのに、見事に睡眠不足に陥ってしまっていた。
「もしやこれが彼奴等の作戦か?
心理的な攻撃で俺を睡眠不足に陥らせ、戦闘中の集中力を奪うと言う狡猾な罠なのかぁ!?」
なーんて感じで頭を痛めてみたものの、頭が痛んだだけで未だ彼奴等の真意は定かでは無い。
とにかくそう言った訳で、不本意ながら今の俺ってば凄く寝不足だったりする。
ええ、流石に不味いです。
なんせ今日は、昼から命懸けの作戦が待ってるんだから。
一刻も早く、どうにかしなければ行けないんだけど…
正直な話、寝不足の時にする事と言えば古今東西『寝る』か『珈琲を飲む』くらいしか考え付かない。
いや、本当は他にも色々有るに決まってるんだけど、寝不足でマトモに働いていない頭で考え付く事なんてその程度のもんなのだ。
と言う訳で、だ。
本当だったらベストな選択肢である『寝る』を選択したい所なんだけど、そもそも寝れないから寝不足なんだし、仮に今から寝れたとしても間違いなく寝過ごす自信が有る。
寝坊で作戦に参加しなかった日にゃあ… 考えるだけでも恐ろしい。
会議であんだけ肩を持って貰ったって言うのに… 間違いなく艦長にヤられるな。
だから俺は、このまま寝ない努力をすべきなんだ。
そう思うだろう?
■■■
運良くZAFTの基地から出て直近くに有ったカフェに入って珈琲を頼む。
俺ってばブラックで飲むと気分が悪くなってくる人種なんで、砂糖とクリープは必須だ。
無理してブラックで飲んで、女の子から「渋いっ!」って騒がれるのも捨て難いけど、ただでさえ寝不足で頭が痛いのに、この上気分まで悪くなったら目も当てられない。
とにかく、だ。
そんな訳で珈琲を購入した俺は、ここは一つ優雅に店内で珈琲を楽しもうと空席を物色する。
が。
生憎、今は朝の混雑時だって事も有って空席は少ない。
喫煙席だとか筋肉マッチョの隣とか、後は負のオーラが立ち昇ってそうな少女の隣とか。
ぶっちゃけ、碌な席が残って無ぇ…
あ、ちなみに俺は煙草は吸わない。
って言うか未成年だから吸えない。
プラントの喫煙可能年齢が何歳からかは知らないけど。
無理して煙草を吸って、女の子から「渋いっ!」って騒がれるのも捨て難(ry
と、とにかく、そんな訳で座った席なんだけど…
もう説明省いて良い? つまんないし、どうせ分かってるんでしょ?
ダメ? あっそう…
なら続けるけど、ぶっちゃけ負のオーラが立ち上ってそうな少女の隣ね。
窓際の席で見晴らしは良かったし、負のオーラさえ除けば結構可愛かったんだもん。
健康に気を使ってる俺としては副流煙は避けたいところだし、筋肉マッチョの隣は論外だ。
別に消去法って訳でも無いんだけど、ま、そう言った訳で窓際のカウンター席に座った。
目の前にはお日様が昇るって言う清々しい景色、隣には(負のオーラ付だけど)それなりの美少女。
寝不足の身で、数時間後に戦闘を控えた身としては最高のシチュエーションだとは思わんかね?
…うむ。
それなりに満足して、優雅に珈琲をふうふうと冷ましながら啜る。
アスとレイの企ても今だけは忘れよう。
だって空がこんなに青いんだから。
…だけど。
そんな至福の一時も所詮は一時の夢。
「…それもこれも、全部シン・アスカの所為じゃないか!」
って声で唐突に終わりを告げた。
………
……
…
「え? 俺の所為?」
真横から聞こえてきた呪詛交じりな声に、思わず浮かんだ疑問をそのまま声にしてしまう。
い、いや、何かの聞き間違いだよな?
こんな所で負のオーラしょっちゃってるそれなりの美少女に、恨まれる覚えなんて何も無いぞ?
き、聞き間違い…ですよ、ね?
「………」
「………」
「………」
「…え?」
「ん?」
いやーな沈黙が続く中、こっちを向いた彼女と目が合う。
うむ、やっぱりそれなりに可愛い。
だけど外国の人は美人でも歳を取ると急に濃くなるからなぁ…
間が持たないんで、そんなお馬鹿な事まで考えたりする始末。
「………」
「………」
「………」
「………」
「シ、シ、シ…」
「ししし?」
「シン・アスカァッ!?」
「おおぅ!?」
フルネームで呼び捨てにされて、指を突き付けられましたよ。
自分より歳下っぽい、将来はそれなりに有望(かどうかは紙一重)な美少女に。
…なんで?
「…ほ、本当にアンタがシン・アスカか?」
「? …ああ」
としか返事のしようが無いです、はい。
いや、しらを切るって手も有るには有ったんだけど、なんだか手遅れっぽいし。
…とぼけておいた方が良かったかな?
「ZAFT軍所属の、【紅蓮の修羅】って呼ばれてる?」
「…ああ。 不本意ながら、な」
そう、肯定の返事は返したけど、その声は苦々しい。
だって【紅蓮の修羅】って異名、本人的には不本意極まりない異名なのだ。
なんて言うかこう、どうせ異名を貰うならもっと可愛らしい異名が欲しかったよな。
例えば【戦場のクリオネ】みたいな感じで、相手が思わず戦意を失ってしまうような奴とか。
そしたら、それだけで戦闘が有利になりそうでしょ?
こんなおっかない異名じゃあ、相手に敵意を募らせるだけじゃないか!
そんな事を考えながら心の中でそっと涙を流し、どうせだったらデスティニープランの一環としてアスランには俺のよりもおっかない異名を付けてやろうと心に誓った。
そんな時だった。
「な、なんでこんな所にシン・アスカが居るんだよ!?」
っていきなり怒られた。
な、な、なんて理不尽な奴だ…
「いや、なんでって言われても… 珈琲が飲みたかったから」
に決まってるじゃないか!
それとも何か?
【紅蓮の修羅】なんておっかない異名持ってたら、優雅にカフェで珈琲飲んだらアカン言うんか?
お前なあ、あんまり調子に乗ってたら、仕舞いには泣く事になるぞ!?
…俺が。
すわっ今こそ日頃鍛えた嘘泣きを披露する時か?とばかりに、日頃から常備している目薬に手を伸ばしかけたんだけど…
「そっ、そりゃそうか…」
って、あっさり肯定すんのかよ!?
思わずGパンのポケットに伸びた手も止まる。
「………」
「………」
「………」
え?
何この沈黙。
初対面の名前も知らないそれなりの美少女に何故か恨まれてて、2・3言言葉を交わした後に沈黙。
い、痛い。
なまじ先程こやつが大声で俺の名前を呼んだりしたもんだから、他の客の注目を集めてるだけに尚痛い。
ぼそぼそと「シン・アスカが…」とか「歳下の少女に…」とか「手が早い…鬼畜?」なんて囁かれた日にゃあ…
「…で、何が俺の所為なんだ?」
せめて…
せめて恨まれる理由だけでも聞きたくなるのが人情だろう?
■■■
聞くんじゃなかった。
作戦の経緯を知らなかったっぽい周囲の人達からも「戦闘技術だけでなく頭も良いのか…?」とか「…実は仲間思いの優しい一面も?」なんて声が聞こえてくるけれど、それが偶然の賜だって事を誰よりも俺が知ってるからペットボトルの蓋程しかない俺のチャチな良心がキリキリと痛む。
それでなくてもデスティニープランの一環として『評価されるような活躍は避けよう』をスローガンに謳ってる身としては、プラス評価されるような事態は出来るだけ避けたいところなのに…
いや、待てよ…
まだボールは生きている。
諦めたらそこでゲームセットですよ?
そうですよね? 安西先生!
退廃的な生活がしたいです…
とまあ、冗談(?)は措いといて。
流石俺。
天才。
良い事考えちゃったもんね!
そもそもデスティニープランを提唱している俺だけど、1つだけどうにもならない問題が有ったんだ。
それは、他人の評価を上げるだけでは俺の評価が下がらないと言う事。
相対的に下げる事は可能かもしれないけど、それだと時間が掛かりすぎると言う欠点が有るのだ。
一分でも一秒でも早く軍人を辞めたい俺としては、いささか温い手段と言わざるを得んだろう。
だったら手っ取り早く戦闘で手を抜いて評価を下げれば良いんだけど、そんな真似して万が一死んじゃったりしたら目も当てられないから、その手は自分に禁じている。
だから、それだけがデスティニープランのネックになってたんだけど…
実は今って絶好のチャンスだよな?
此処で俺がヘタレ野郎だって知れ渡らせば、ZAFTの一般兵とレジスタンスの間で瞬く間に噂が広がるだろうし。
そうすれば、いずれ上層部の人もそれを聞きつけて… 俺の事を疎んじてくれるようにさえ為れば、それを理由に退職できる!
…やろう。
蔑まれる事に拠る、多少の精神的ダメージは覚悟の上だ!
「…すまない」
「え?」
突然の俺の謝罪に驚きの声が返ってくる。
無理も無い。
だけど、相手が戸惑ってる今こそ、俺のペースに乗せるチャンスなのだ!
攻めろ! 攻めろ! 攻めろ!
悪いが俺は、最後まで隙は見せないぜ?
このまま一気に決めさせて貰う!
「…すまない。
俺の所為で、えっと君…「コニールです。 コニール・アルメタ」…コニールには迷惑をかけたから。
俺が作戦変更を打診したりしたばっかりに…」
「いやっ、でも!
シン・アスカさんが…「シンで良い」…シンさんが作戦変更したのって味方の被害を防ぐ為とか、作戦の成功率をあげる為なんですよね?
わ、私ちゃんとラドル司令から聞いて知ってます!
だから、悪いのは勝手に八つ当たりした私なんです」
「違う」
「え?」
「そうじゃないんだ。
俺が作戦変更した本当の理由は、俺が臆病者だからさ。
レジスタンスの情報は信じられても、俺は俺の腕を信じられなかった。
だからMSで真っ暗な洞窟を抜ける、なんて危険な任務が怖くて仕方が無かった。
新しい作戦を立案したのだって、その為なんだ」
こんなにペラペラと喋れるなんて… やれば出来る子じゃないか! 俺ってば。
…ただ、ぶっちゃけ本音を話してるだけなのに、自分でも自分の事を酷い奴だと思ってしまうのが切ないけど。
だ、だけど、その分、蔑まれた視線から受ける精神的苦痛は理不尽でもなんでもなくて、当然の結果だって言えるから我慢だって出来る筈さ! ああ、その筈なのさ!
咄嗟にそんな汚い計算まで出来てしまう自分の事が大好きだ!
「!?」
「…ほ、本当に?」
「…ああ」
「…自分が怖いからって、危険な任務から逃げた?」
「…その通りだ」
「あんたって人はっ!!」
「…すまない」
勝った…
コニールが激昂しているのを余所に、俺の頭に浮かんだのは誰にも言えない勝利宣言だった。
どうだこの巧みな言葉運び。
このまま神の一手さえ極められるかもしれないな。
ああ…
皆、もっと蔑んだ目で俺を見てくれ!
そして職場に戻ったら直に見聞きした事を周囲に広めるんだぞよ?
そうすれば… あわよくば今日の作戦だって外されるかもしれない!
そうさ! 信用出来ない仲間に護衛任務は任せられない、とかなんとか言っちゃって。
なら、躊躇う事は無い。
今こそ【紅蓮の修羅】と言う偽りの異名にトドメを刺す時だ!
コニール、君もレジスタンスに帰ったら俺の悪評を広めるてくれよっ!
そしてレジスタンスから名指しで俺を批判して、作戦から俺を外させてくれいっ!
「全部俺が悪いんだ。
だからコニールは、胸を張って街に帰れば良い」
「!!?」
…決まった。
チェックメイトだ。
「私は、胸を張って街に帰れば良い…?」
「ああ」
力強く、
「シン・アスカが、臆病者なのを理由にして?」
「そうだ」
満面の笑みを押し隠して、
「…分かった。 街へ帰るよ」
「ああ」
頷いた。
デスティニープラン、此処に完・遂っ!
いやぁ、ここまで長い間、皆さんご愛読ありがとうございました。
機動戦士ガンダム SEED DESTANY 異聞
紅蓮の修羅
完 エンディングロールも流れ終わったし、さーて、俺もそろそろ宇宙へ帰ろう。
意気揚々と、少し冷めた珈琲を煽って、帰ろう!と席を立ち掛けたその瞬間―――
「…だけど、シンさんの所為にする心算は無いからな」
シナリオに、綻びが…
「………え?」
え?
何事ですか?
「悪いけど全部分かってるんだ。
シンさんがなんであんな事を言ったか。
自分の事を臆病者呼ばわりしたのは、全部私がガルナハンの街に帰りやすいように、ってその為だったんだろう?」
「なっ!? ちがっ…」
なんですとー!?
ちょっ!? ど、どうしてそんな展開に…
エンディングロールだって流れ終わったじゃん!?
「誤魔化さなくて良いって。
やっぱりシンさんは【紅蓮の修羅】だよ。
自分の異名が傷付く事も省みず、初対面の私みたいな奴の為に自分を犠牲に出来るんだから。
優しい修羅だ」
「なっ!? なっ! なっ…」
ま、待ってくれ!
まだっ! まだゲームセットじゃないって言うのか!!
ロスタイム?
ならっ! せめて、せめて後少しだけ、俺にも反撃の機会をっ!
「ありがとう。
感謝してる。
お陰で街に帰る決心が付いたから」
周囲から「なんて奴だ…」とか、「相当なジゴロだな…」とか、「…惚れたかも」なんて声が聞こえる中、頬に柔らかい何かが触れる感触と共に、ゲームセットの笛の音が響き渡った。
つづく(こ、今度こそ早めにぃ…)
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<後書きみたいなもの> …もう、これ以上どうにもならないっす。
結局ローエングリンゲート攻略まで辿り着けんかった… orz
ところで、アカツキの動力源って何なんでしょう?
核動力? バッテリー?
ご存知の方、教えて頂ければしゅり。が喜びます。