<アスラン・ザラ>「………知らない天井だ」
ドォン!と言う爆発音らしき騒音が原因で目が覚めた。
何故だか焦点が上手く定まらない視界に映るのは、見覚えの無い部屋、見覚えの無い天井。
それにどう言う訳だ? 頭がまるで宿酔になった日の朝みたいにズキズキと痛くて仕方が無い。
「…なぜこんな? っ痛!」
どうして自分がこんなメに遭っているんだろう?
全く身に覚えが無いんだが…
当然だが、今の自分が置かれている状況等もさっぱり理解出来ない。
どうにかして現状を理解すべく思考を巡らせようにも、絶え間なく襲い掛かる頭痛の所為でそれさえもままならない。
いったい俺はどうしたんだ? そして此処は何処なんだ?
確か俺はアカツキの整備をしていて、途中、シンからの陣中見舞いをうけて、それから… それから?
…おかしい。
そこで記憶がプッツリと途切れている。
確か残すはOS面の設定のみの筈だったんだが… その後が思い出せない。
だが、少なくとも今は此処でこのまま寝ている場合じゃない事だけは確かだな。
目が覚める切欠になった爆発音。
あれが本当に爆発音だと言うのなら、こんな所でのんびりしていて良い筈が無い。
我ながら頼りない挙動なのが不本意だが、現状ではそうも言ってられない。
そんな判断を下した結果、多大な労力を振り絞りながらもなんとかふらつく体を起こした、その時だった。
「気が付かれました?」
と、こちらの様子を案ずる声を掛けられたのは。
そして視界に映る見覚え深いZAFTの制服。
いや、正確にはZAFTの制服を纏った女性隊員なんだが。
「もう、無理しちゃ駄目ですよ?
いくらコーディネーターって言っても無理は体に毒なんですから」
そう優しく微笑みながら、せっかく苦労して起き上がった俺の両肩をゆっくりとした仕草で押し返す。
続いて崩れ落ちた布団を横になった俺に掛け直して優しく微笑む女性隊員の姿に、なんとなく「このまま寝てる場合じゃないんだ!」と言う言葉が喉まで出掛かって止まってしまった。
なんだか知らず知らずのうちに、子供の頃、風邪を引いた俺を看病してくれた母様の面影を目の前の女性隊員に重ねてしまったのだ。
思わず条件反射でその声に頷きを返し、促されるまま横になる。
なんとなくバツが悪い。
「今はゆっくり休んでください。
どうやら戦闘も終わったみたいだし」
「戦闘!? …やっぱり。 くっ! 寝てる場合じゃ…」
確かに今、目の前の女性隊員は『戦闘』と口にした。
やはりミネルバは戦闘中なのだ。
なら俺はこんな所で休んでいる場合じゃない!
「あっ! 駄目ですよ!
ザラさんは安静にしてるよう艦長からも言われてるんですから。
それに、ほらっ! 戦闘はもう終わったっぽいから今からじゃ出番も無いですよ」
「いや、出番とか、そう言う問題じゃ… 痛っ!」
「ほらっ無理するから。
んもう、いまのザラさんは休む事が仕事なんですぅ!」
…どうやら思ってた以上に今の俺の体調は悪いらしい。
なにせ不甲斐無い事に、起き上がろうにも女性隊員の制止すら振りほどけそうにないのだから。
未だガァンガァンと頭の中で銅鑼を鳴らされているような頭痛も収まりをみせず、意識は朦朧とたまま。
どうにか、
「…了解」
と、辛うじてそれだけを返すのが精一杯だった。
確かに、今は体調の回復に努めるのが先だな。
遺憾ながら、仮に今の俺が出撃したところで援護どころか足手纏いにしかならないだろう。
幸い戦闘は終息に向かっているらしいし、未だミネルバの現状も俺の現状も定かでは無いのは気掛かりだが、…正直、限界だ。
「…なんでこんな羽目に」
薄れ行く意識の中でそれだけを呟いて、意識を放棄した。
■■■
…最悪だ。
俺とした事が、まさか過労で倒れるだなんて。
その挙句に肝心の実戦には出撃出来なかったんだから笑い話にもならない。
あの後、再び目を覚ました時も飛び込んできた風景は気を失う前と同じ、見覚えの無い天井だった。
そして気を失う前と変わらずに部屋(後で確認したところ、案の定、そこは医務室だった)に居た女性隊員から事の詳細を聞くにあたって、俺は『穴があったら入りたい』と言う言葉の意味を理解したよ。
本当に…
このままでは俺を信頼してアカツキを託し、送り出してくれたカガリに会わせる顔が無いじゃないか。
オーブからの友好の証としてZAFTを支援する筈が、このままでは単なるお荷物と言うありさま。
…だが、時間は元には戻らない。
失敗してしまった事実は、どう足掻いても覆らない。
せめてもの救いは、これで全てが終わりじゃないって事だけだ。
汚名返上の機会は必ずやってくる、そう信じよう。
なら、俺は今の俺に出来る事から始めるしか無さそうだな。
とは言っても、そもそも『今の俺に出来る事』自体が限られているんだが。
どうやらミネルバはZAFT軍施設に入港した様子だが、生憎ZAFTに籍を置いていない俺に上陸許可は下りない。
アーモリーでの件はカガリの随員だった事、デュランダル議長の好意が有ったからであって、あくまで例外に過ぎない。
当然ながら、ミネルバの艦内でもCIC等と言った一部重要施設への入場は制限されている。
俺としても徒にZAFTとの関係を悪化させようだ等とは思わないし、な。
そのような立場に置かれているなかで、唯一と言っても良い入場を公に認められている重要施設が格納庫だ。
それも俺がMSのパイロットである事、アカツキの整備は俺が行う事、と言った背景が有っての事なんだが。
…何が言いたいのかと言うと、要するに今の俺に出来る事と言えば、意識を失う前と同じでアカツキの整備くらいしかないんだ。
俺が発見されたのはコクピットらしいんだが、そもそも設定を終えた記憶は無いし、もし記憶が無いながらも設定を終えていたとしても、そんなあやふやな状態で施した設定にはとてもじゃないが信用出来ない。
仮に同じ作業を繰り返し行う事になるんだとしても、もう一度見直しておくべきだろう。
そう、判断してアカツキのコクピットに乗り込もうとした、その時だった。
「アスラン・ザラ」
「!」
昇降タラップに足を掛けた俺の背中に掛けられた声に、思わず全身が硬直を覚える。
この声は! …いや、まさかな。
そんな馬鹿な事が有る筈が無い。
クルーゼ隊長はあの時、確かに死んだ筈だ。
キラじゃあるまいし「ひょっこり生きてました」なんてオチは冗談でも笑えない。
案の定、振り返ってみれば其処に居たのは嘗ての上司とは全然異なる人物。
金色の髪を肩まで伸ばしたZAFTレッド、レイが厳しい表情でこちらを見据えていた。
「…確かレイ・ザ・バレル、だったな」
その、まるで「話が有る」とでも言わんばかりのレイの態度に、アカツキの最終調整に向かう筈だった足を180度Uターンさせてレイの元へと歩み寄る。
だが、レイが俺にいったいなんの用だ?
思い返してみても、ミネルバに乗艦してから今までレイとは碌に面識が無かった筈だ。
でなければレイのクルーゼ隊長そっくりな声に気付いていない訳が無い。
そんな俺の葛藤など本人は知る由も無いだろう、当のレイ・ザ・バレルの方はと言うと、俺が歩み寄るのを微動だにせず待ちかまえている。
そして。
俺が到着するのと同時に開口一番、
「アスラン・ザラ、今度の作戦内容は聞いているか?」
と単刀直入に切り出してきた。
改めて聞いてみてもクルーゼ隊長にそっくりだな。
そんな第一印象だけで思わず苦手意識を持ってしまいそうだが、なんとか心の平静は保つようにと心掛ける。
相手は歳下のZAFTレッド。
いわば俺の後輩みたいなものなんだ、萎縮する必要など無い。
で、肝心な会話の内容についてなんだが… 今の俺は病み上がりで、尚且つこの艦では部外者の身の上だ。
レイの言うZAFTの作戦内容とやらが具体的に何を指してるのか知る由も無い。
まあ、作戦内容と言うからには連合に対してなんらかの攻勢に出るものだとは想像出きるが、な。
とは言え、そんな事をわざわざ口に出す必要もない。
「いや…」
と、正直にそう答えるしかないのだが、それを聞いたレイの方はと言うと特に俺の反応を気にとめた風でも無く「なら俺が話そう」と素っ気無く切り返してきた。
だが、そう言われたところで素直に「では聞かせてくれ」とは言うわけにはいかない。
レイはなんて事の無い態度で話そうとしているのだが、その話の内容と言うのがZAFT軍の作戦内容なのだから。
俺も形の上では同盟扱いでは有るものの、だからと言ってそうそう安易にZAFT軍の作戦内容、いわゆる軍事機密を耳にして良い立場ではない。
「まてレイ!
君は俺の立場を理解しているのか?
仮にもオーブに所属する俺に、ZAFTの機密を漏らす事は許されない筈だ!」
俺とレイの立場を再認識させる為、あえて強い口調でそう切り替えしたのだが…
その言葉はレイには何の感銘も与えなかったらしい。
「問題無い。
例え今、俺が此処で話さなかったとしても、どうせ直に知る事になる」
相も変わらず淡々とした口調のままで、まるで「つまらない事を言うな」とでも言わんばかりの態度で、そう言い放った。
その態度に「なにを!」と思わないでもないが、それよりも今は話の内容の方が気になる。
俺も直に知る事になる? それはつまり…
「その作戦に、俺も参加する。
そう言う事か?」
その様な結論に至った訳なんだが。
だけどそれを肯定する様にレイから告げられた作戦内容は、俺の考える「参加する」等と言う生易しい代物では無かった。
想定の範囲には到底収まらない、驚きの内容がレイの口から語られる。
「ああ。
ローエングリンゲート攻略作戦。
アスラン・ザラ、この作戦は貴方を中心に行われる事になる」
■■■
連合軍がZAFTの侵攻を防ぐ為にローエングリンを構えてまで守護する、戦略的にも非常に重要な拠点。
その様に重要な拠点を攻略すると言う大事な作戦に、外部の人間に過ぎない俺を作戦の中心に据える?
「そんな… 馬鹿な…!」
思わず口から否定の言葉が漏れて出る。
きっと俺は今、馬鹿みたいな顔をレイに晒してしまっているだろう。
呆気にとられると言うか、あまりにも常識を逸脱する作戦に開いた口が塞がらない。
だが。
対するレイの反応はと言うと、あくまで最初から変わらず冷静なままだ。
表情一つ変える事無く、淡々と言葉を紡ぐだけ。
「真実だ。
ローエングリンゲートの攻略はアスラン・ザラ、貴方と貴方の乗機であるアカツキを主軸に据えて行われる。
アカツキの装甲ならばローエングリンを持ってしても被害を最小限に抑える事が可能だからな。
つまり、作戦の成否は貴方が如何にローエングリンを無効化出来るか、その一点に掛かっていると言っても過言ではない」
…そんな、無茶苦茶だ!
いくら俺でも、今の自分が措かれている立場くらいは理解しているつもりでいる。
確かにレイの言う通り、ローエングリンの攻略にはアカツキが最適なのかもしれない。
アカツキの装甲を持ってすればローエングリンの無力化を図る事が出来るだろうから。
それに、だ。
もし仮に俺が撃墜されたとしても、所詮はZAFT軍に所属している訳でもない人間。
死んでも構わない、とまでは言わないが、常識で考えたならば一番被害を受けやすいポジションに俺を配置すると言うのは理に適っているとも言えるだろう。
だけど、だ。
今回の作戦を聞く限りでは、俺の果たすべき役割はそれだけじゃない。
一番被害を受けやすいにも関わらず、決して撃墜されてはならない役割なのだ。
もし俺が撃墜されたなら、後に残るのはローエングリンの的になるしかないZAFTの軍勢。
とてもではないが俺が落ちても構わない、なんて言えない。
この作戦は、そんな短絡的な考えだけで選べるほど安易な作戦なんかじゃ無いんだ。
俺がローエングリンを無効化し続ける事、決して撃墜されない事を信じていなければ、とてもではないが選択なんか出来ない。
…俺は、自分がそれほどZAFTに信頼されているとは思えない。
オーブ所属である事、パトリック・ザラの息子である事、…そして、ZAFTの裏切り者である事。
それだけをとってみても、今の俺がZAFTの信頼を得られる立場ではない事は明白なんだ。
「何故ZAFTはそんな馬鹿な作戦を採用したんだっ!?」
感情のままに思いの丈を吐き出す。
ZAFTがそんな作戦を執るだなんて、あまりにも馬鹿げている。
「………」
「………」
「………」
しばしの間、じっとレイと視線をぶつけあう。
俺の心境は、レイに何処まで伝わっただろう?
俺の瞳から決して視線を逸らす事の無かったレイは、ぎゅっと瞳を閉じ、目頭を揉むようにしながら溜息を一つ吐き出して、ゆっくりと重い口を開いた。
「………シンだ」
「え?」
ぼそり、と吐き出された言葉に、咄嗟に言葉を返せない。
今、レイは何と言った?
シン? 何故、今、此処にシンの名前が出てくる?
思わず困惑仕掛かった俺の反応に、レイは俺が意味を理解出来ないでいる事を察知したのだろう。
今度は今の俺にも内容を理解できる様に、とはっきりとした口調で言い切った。
「シンがこの作戦を提案した」と。
「なっ!?」
確かに意味は理解出来た。
理解出来たが、だけどそれがイコール告げられた内容を理解出きた、とはならない。
レイが告げた内容は、決して俺に理解できる代物ではなかったのだ。
何故シンが? と言う疑問が拭えない。
たかが1パイロットに過ぎないシンが、そんな馬鹿げた作戦を提案する必要が何処に有る!?
そして、何故そんな馬鹿な作戦を採用したんだ、ZAFTの首脳陣はっ!!
…分からない、判らない、解らない。
困惑と疑問だけが果てしなく、深く、心中で渦巻いていく。
「…アスラン・ザラ」
だけどレイからすれば、そんな俺の複雑に混乱した胸中等はどうでも良い事なのだろう。
まるでお構い無しと言った風情で、
「当初の予定では、シンを中心に据えた作戦が採用される筈だった。
レジスタンスの協力を仰ぎ、ローエングリン付近に達する洞窟を利用する事で奇襲を行う、と言う作戦を。
…だが、シン自身がそれを否定したのだ。
その作戦ではZAFTが受ける被害が大きすぎる、とな」
と、告げる。
「…反対は、出なかったのか?」
正直、撤回される前の作戦の方が理に適っているんじゃないか?
確かにZAFTが被る被害は大きくなるかもしれないが、決して無茶な作戦ではない。
なにより裏切者を信じる必要が無いのだから。
「当然出た。
当たり前だろう?
アスラン・ザラ、貴方は我々ZAFTにとって信頼に値しない」
「ならっ!?」
レイからの返事も俺の認識とは差異の無いものだった。
本人を前に面と向かって「信頼できない」と告げられるのは精神的にこたえる物が有るが、それでもそれが現実なのだから、俺は受け止めなければいけないんだろう。
けど、であればこそ、理解出来る訳が無いじゃないか!
レイの口から出た言葉は、おそらくZAFTの総意なんだろう。
ならば何故!?
その様な思いを込めて叫んだ言葉は、だけど更に声を荒げるレイの言葉に遮られる。
「だがっ!
シンが信じると言ったのだ、アスラン・ザラ、貴方を!
オーブからの脱出の際にショーンを救った貴方を、シンが信じると言ったのだ!」
「っ!?」
「アスラン・ザラなら必ず期待に応えてくれる、と!
もしもの場合、責任は自分がとるから、と!
あまつさえ、貴方の為に土下座だってしてみせると!
そう告げたのだぞ! シン・アスカがだ!」
「!!」
思いもしない言葉の激流に、思考が停止する。
…シンが、 …俺を?
…なぜ?
…なぜ、シンが俺なんかの為に?
「…俺はシンを信じている。
だから! 次の作戦ではアスラン・ザラ、貴方の事も信じるつもりだ」
「レイ…」
「だが!
もし、貴方がシンの信頼を裏切る様な事が有れば!
…その時はアスラン・ザラ、俺は決して貴方を許さない」
用件はそれだけだ、とだけ言葉を残し、レイは踵を返して一度も振り返る事無く格納庫を後にしていった。
そして。
後には、未だ呆然と立ち尽くす俺と、アカツキだけが残された。
■■■
今、自分の胸に込み上げてくるこの感情を何と表現すれば良いのだろう?
シンから向けられた無上の信頼と、レイに突き付けられた覚悟。
男として絶対に応えなければならない責任が、俺の両肩に重く、重く圧し掛かる。
アカツキの整備も碌に手が付かず、気がつけば、何時の間にか俺は展望場へと足を向けていた。
ただ、無性に外の空気が吸いたかった。
「…シン」
夕焼けが世界を茜色に染めるその場所には、先客が居た。
それも今、俺の頭の大部分を占拠している張本人が、だ。
「? …ああ、アスラン。
どうしたんですか?」
思い詰めてる俺とは対照的に、シンの反応はと言うと普段となんら変わらないもの。
そんな何時も通りの反応に、俺の中にホッとしたような、何処か残念な気持ちが湧き上がる。
「ちょっと、な。
俺だって無性に外の空気が吸いたくなる時も有る…」
「そうですか…」
「ああ…」
「………」
「………」
「………」
それだけの言葉の応酬の後に、続く沈黙。
ただ、肩を並べて沈み行く夕陽をぼんやりと眺める。
「………」
「………」
「………」
シンを前にしたならば、言いたい事、聞きたい事がたくさん有った筈なのに。
どうしてお前はそこまで俺を信用出来るんだ? と。
どうしてお前は俺なんかの為に自分を犠牲に出来るんだ? と。
そして、俺はシンの信頼にこたえられるほど立派な人間じゃない! と。
言いたかった。
叫んでしまいたかった。
…だけど。
いざとなると、言葉って出ないもんだな。
ただ、シンと並んで黙って夕陽を見詰めている。
それだけで、そんな質問なんかどうでも良い事なんじゃないかと思えてくるんだ。
そして、そんな質問なんかするよりも大事な事が有るんじゃないか?とも考えてしまう。
そう、きっと俺がそんな後ろ向きな言葉を口にしちゃ駄目なんだ。
第一、シンもそんな言葉を待ってなんかいないだろうし、な。
「…レイから聞いたよ、次の作戦の事。
お前が俺を推してくれたんだってな」
…結局、俺の口から出てきたのは特に当たり障りの無い言葉。
だけど、まあ、現実はそんなもんなんだろう。
着飾った言葉は柄じゃ無い。
「…レイから?」
「ああ。
お前の信頼に必ず応えてみせろ、だと」
「! …そうですか」
「ああ…」
「………」
「………」
「………」
特に会話が弾むでも無い。
だけど、暖かい色で包まれたこの世界の所為だろうか?
シンと交わしたなんでもない会話の一つ一つが、じんわりと俺の心に染み渡っていく。
「………」
「………」
「………」
そして。
少しずつ、夕陽は水平線の向こうへとその姿を隠していく。
暖かかった世界が、少しずつ失われていく。
それが非常に残念な事に思えて、なんだか無性に寂しい。
けど。
ま、良いさ。
これで全てが終わりと言う訳でもない。
「じゃあ。
俺はそろそろ中に戻るとするが、シン、お前はまだ此処に居るのか?」
「ええ、もう少し此処で考えたい事が有りますから」
「そうか。
なら次に会うのは明日、戦闘後の反省会だな」
戦闘後、俺もお前も必ず生き残って。
酷く遠まわしになってしまったけど、それが俺のお前の信頼に対する答えだ。
俺は必ず生き抜いてみせるから。
お前の信頼は決して裏切らないから。
だから今はそれ以上の言葉は要らない。
ただ、それだけを告げて展望場を後にした。
機動戦士ガンダム SEED DESTANY 異聞
紅蓮の修羅 なんとなーく、気が付けば展望場へと足を向けていた。
世知辛い人の世に、俺は疲れて果ててしまっていたのかもしれない。
ああ、潮風の匂いと少し湿っぽいけど涼しい風、そして真っ赤に燃える夕陽。
癒されるなぁ…
なんだか無性にサザンの曲が聞きたい。
TUBE? TUBEは微妙に違うんだよ。
そこんところの微妙なニュアンスを分かってもらえんかね?
なんて言うか、将来はプラントなんか戻らずに海沿いの街でサーフィンして気侭に暮らすのも良いかもなぁ…みたいな。
ああ、太陽はこんなに暖かいのに、人はなんで戦争なんてするんだろう?
…そんな風に、俺が哲学的な雰囲気に浸りかけてたって言うのに。
魔の手はすぐ後ろまで忍び寄っていたんだ。
「…シン」
もう少ししたら『真夏の果実』でも口ずさみ掛けてたんじゃないの?ってな俺を現実に引き戻す無情の声。
なんで声を掛けるかなぁ~?
今の俺からは『独りで黄昏させててよ』オーラが出てたじゃん。
誰だ無粋な真似をするのは? なーんて感じで振り返ってみると… んげっ!
俺が今、会いたくない人ランキングの堂々2位にランクインしてる人だよぉ…
ちなみに余談だけど最新のデータランキングでは1位がグラディス艦長で3位が議長。
議長は兎も角、あんな会議の後ではグラディス艦長には会いたくないっす。
…後で呼ばれてるけどな。
「? …ああ、アスラン。
どうしたんですか?」
そんな感じで胸中はかなりテンパってたんだけど、まあソレはソレだ。
こんな時ばっかりは感情が表に出難い性分で助かったなぁ…
なーんて思いながらも、冷静さを装って返事を返せるところが俺クオリティ。
落ち着け、落ち着くんだシン・アスカ。
よく考えてみろ? 会議はさっき終わったばっかりじゃないか。
会議に参加していない、ましてやZAFTの軍人ですらないアスランが次の作戦の内容を知ってる訳なんて無いに決まってるさ。
今の所はアスランを戦争に引き摺り込んだ犯人が俺だって事がバレてる筈が無いんだから、落ち着け。
クールになるんだ!クールに!
「………」
「………」
「………」
なんなんだ? 今のこの状況は。
なんて言うか、沈黙が痛い。
ばれてる筈は無いんだけど、なんだか後ろめたくって微動だに出来ないっす。
顔だって夕陽に向けたまま、一寸たりとも動かせない有様さ。
何時の間にやら隣に並んでるアスランは、今どんな顔してるんだろう?
般若だったらどうしよう?って想像してみるだけで、怖くて動けない。
「………」
「………」
「………」
そんな、ひたすら冷や汗だけが背筋を流れていく時間はどれだけ流れただろう?
なんだか水平線の向こうに消えそうな夕陽さえも、アスランのプレッシャーに負けて逃げ出したんじゃないか?なんて馬鹿な事まで考えてしまった。
あ…
俺のノミの心臓はそろそろ駄目かもしれない。
不整脈を理由にその場から退散しよう、そう決意したそのタイミングで、アスランが重い口を開いた。
「…レイから聞いたよ、次の作戦の事。
お前が俺を推してくれたんだってな」
どっきーーーん!!
アメコミ風に表現するなら、間違いなく俺の左胸からハートが2mくらい勢い良く飛び出していただろう。
アスランの一言にそれくらい驚いた。
え?
どう言う事?
なんでアスランが作戦内容知ってんの?
しかも、どうやら発案者が俺だって事までバレてるっぽい?
なんで?
レイ?
ってレイ!?
なんですとぉーーーー!!?
レイの奴、なんて事をしてくれたんだ…
最近、影が薄かったから「ひょっとして俺の尻は諦めてくれたのかな?」なーんて油断してたんだけど、まさかこんな形で自己主張してくるとは!
…なんてこった。
レイの奴、俺に何か恨みでも有るのか!?
そもそもアスランとレイって話交わすほど仲良かったのかよ?
会議が終わってさっきの今だぞ!
レイだって会議の時はあんなに尊敬の眼差しで俺の事、見てくれてたじゃないか!
あんまりだ!
…それとも。
それとこれとは話が別だとでも言うんすか?
例えそうだとしても、いくらなんでもレスポンス早すぎじゃないっすかぁ。
戦闘直前とか戦闘後にばれたんだったらドサクサに紛れて有耶無耶に出来たのにぃ…
いくらアスランにも関係有るったって、一応これってばZAFTの軍事機密なんだよ?
レイの奴ぅ、そんなにアスランに話したかったのかよ!
アスランLOVEっすか!
レイはアスランLOVEっすか!
って、ひょっとして、ひょっとする?
レイがアスランにぞっこんLOVEって説が浮上してきましたよ?
…レイだけに、ありえない話じゃないな。
俺の尻を狙ってた薔薇の騎士レイと、オーブに昔の男の影が見え隠れするアスラン。
言わば狭い艦内で、たった2人の男好き。
しゃくだけど、両方美形って設定のオマケ付き。
…ありえない話じゃないぞよ。
そうした訳で、巷でも名探偵と名高い俺は、ある一つの結論へと辿り着いてしまったのだったぁ!
ミネルバの誇る美形の2人は『実はデキてたりするのだ!』と言う結論に。
それが真実ならば、全てに説明が着くじゃないか!
最近レイが俺に構ってこないのも、レイがアスランにZAFTの情報を流したのも。
そうかぁ…、これが巷で評判のアス×レイって奴だな。
アスとレイ… アストレイ。
直訳すると『道に迷う』って意味らしい。
男の本懐を忘れ、男色の道へと迷ってしまった2人にはまさにピッタリの言葉だな。
うむ、これにて一件落着。
って、一件落着じゃねぇーーー!!
アスランに全部バレちまってるよぉーーー!!
「! …レイから?」
なーんて恐る恐る下手に出て様子を伺うので精一杯っす。
もし俺が、自分の目の前に自分の事を戦場の最前線に送り出す事を主張した馬鹿が居たら許せるだろうか? いや許せない。(反語)
とてもじゃないけど、俺には無理だな。
そいつの顔に死線が見えてたら勢いのままに分断してしまいかねないくらい、無理だ。
ましてやそれが「自分が死にたくないから」なーんてお馬鹿な理由で擦り付けたと知った日にゃあ、衝動に任せて反転してしまうかもしれない。
と、言う事は…
…やべえ、絶体絶命じゃん、今の俺。
だけど、なんだかアスランの様子がおかしい。
そんな風に俺が悲壮な表情を浮かべていると言うのに、怒れる立場の筈のアスランはと言うと
「ああ。
お前の信頼に必ず応えてみせろ、だと」
なーんて、想定もしなかった言葉を続ける。
ほへ?
とりあえず
「…そうですか」
「ああ…」
なーんて、これまた適当な相槌を交し合いながらも、その言葉の真意に頭脳を走らせる。
なんとなくアスランは怒ってなさそうで、ひょっとしたら取り越し苦労だったか?と思わないでもないんだけど、世の中はそんなに甘くないよな?
こんな的外れの会話をそのまま額面通りに受け取って良い筈が無いじゃないか!
そこ! 人間不信と言うなかれ!
自分を基準に考えるならば、アスランのこんな反応は有り得ないのだ。
絶対に何か裏が有るに決まってる。
俺の信頼に応える、ってのはどういう意味だ?
俺がアスランに向けた信頼ってのは、ぶっちゃけ「俺の身代わりになってね」って見も蓋も無いもんなんだか… 俺の身代わりになってくれるのか?
いやいや、そんな都合の良い話が有る筈無いじゃないか!
プラントに渡ってから今までを思い出してみろ!
現実はかくも厳しいものなのだ。
なら、どう言う意味だ?
それにどう応えるのが正解なんだ?
つづく(謎が謎を読んで次回に続く)
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<後書きみたいなもの> アスラン・パートは… うん、調子に乗りすぎた。
ちなみにどうでも良い設定ですがアスランのパイロットスーツはモルゲンレーテ製だったりします。
出撃の経緯を考えるとオーブ軍のでもZAFT軍のでも無理が有りますし。
対オーブ・連合に最悪『オーブからの援軍じゃなくて、あくまでモルゲンレーテ社からの出向社員に過ぎない』って言い訳もききますからね。
まあ、なんとなく今思いついた設定なんですが。