用語説明
貴腐人=腐った貴婦人=BL好きな貴婦人=ボーイズラブの好きな貴婦人
以上を踏まえたうえでご覧下さい。
「ああ!? 信ちゃん、しっかりしてよね! ファンはファンでも頭のおかしい人はごめんよ! しかも狩人教会ってあれでしょ? たち悪い冒険者の集まりなんでしょ? しっかりしてよ、私、結構この会社に貢献しているわよね!」
私はペンを振りまわして抗議する。冗談じゃない。狩人教会の会長なんかと会わないといけないなんて! 担当の信ちゃんは、どうどうと私を落ち着かせようとする。
そもそも、BL漫画の担当に何故男がつくのだろう。出版社、変えてやろうかしら? 例えこの時代に共通語が出来ない鳥頭でも、性格が悪くとも、それが出来るほどには、私は名前が売れていた。有名漫画家になると、頭のおかしいファンが沸いてくるものだ。この出版社なら、しっかり守ってもらえて安心だと思っていたのに。
いや、私はしょせん、前世の著名な漫画家達の漫画を盗作してしかもBLに編集して描いている小者でファンにあるまじき大罪人だ。新しい出版社に移っても、新しい作品を思いつけるはずがないか。私はイライラして髪を掻きあげた。
この世界は、結構怖い。冒険者がいて魔物がいる、まるでドラクエのような世界だ。
その冒険者の中に頭のおかしいファンがいるというのなら、守ってくれる出版社は慎重に選ばなければならない。私はじっと信ちゃんを見据えた。
「愛さん、君だって冒険者もの描いてるんですから……。ほら、良い取材になると思って」
「取材なんて必要ないわよ。下手に冒険者の漫画なんか書いたら、また俺の事をネタにしただろって人が増えるでしょ。冒険者って本当、頭のおかしい人が多いんだから。私、絶対に狩人教会物は書かないわ。で、どうなの。この出版社は、私の事を守ってくれるの? くれないの?」
本当に困った事だ。結局、それで私のホームページが閉鎖に追い込まれた。
やけに細かい拷問の事を書いた気持ち悪いメールが来て、閉鎖せざるを得なかったのだ。
せっかくハンターハンターのクロロの18禁長編ものが乗りに乗っていた時だったのに。
信ちゃんは、困った顔をして頭を掻いた。
「会長は人格者だと聞いています。それに、君の言う頭のおかしい人が増えています。それで、会長が代表して確認に来る事になっているんです。正直、狩人教会に僕らじゃ太刀打ちできません。これでも、この部屋で会うようにしたり、会長さんに自ら来てもらったり、色々便宜を図ってもらってるんです。愛さん、どうかここは我慢してくれませんか。簡単な質問に答えるだけでいいそうだし、僕も傍にいますから」
私はしばらく考えて、考えて、考えて……頷いた。
「信ちゃん、信じるからね」
信ちゃんは最近担当になったばかりだけど、エスコートは出来るし、脅迫事件が起こった時も頭のおかしいファンに脅された時も守ってくれた、とても頼もしい人だ。顔だって良い。眼鏡に黒髪のちょっと女顔で、ハンターハンターのノヴが自分に似ていると思い込んでいて、デザインを変えてほしいという可愛い人。確かに眼鏡で髪型同じだけど、ねぇ……。でも、信ちゃんが担当になってから、ファンから頭のおかしい人が減った……のではないだろうけど、少なくとも変な感想が私の所に届かなくなった。時々……そう、ハンターハンターのモラノヴ編を描いている時とか、もういっそのこと……とか呟きながら鬱に入っている困った所があるけれど。どうやら、信ちゃんはやおいが苦手らしいのだ。ノヴが自分に似てるって思いこんでいるから尚更。当然、エッチシーンもどんどん減らしてシリアスを描こうと誘ってきたりもする。少年漫画に転向しようとの誘いもしょっちゅうだ。特に私の看板漫画であるハンターハンターシリーズに対して、それは顕著だ。私からしたら、冗談じゃない。私も男に編集されるのは恥ずかしいし、どうして信ちゃんが選ばれたんだろう。信ちゃんは嫌いじゃないけれど、編集者に抗議したい。
「会ってくれますか! 良かった……では、今日の午後にでも会いましょう」
信ちゃんはほっとした顔をして、むちゃな日時を提示した。
「ええ、今日の午後なの!? 掃除しなきゃ! 信ちゃん、お茶とお茶菓子と今流行りの服一着買ってきて! 一番良いのね! 経費は出版社で落ちなきゃ私の給料から払っていいから!」
私はバタバタとお風呂に向かった。
「ハイハイ……それくらい、お安いご用ですよ、今までの我慢に比べたら、ね……。あ、メンチさんですか? 少し頼みごとがあるのですが……」
信ちゃんの声がうっすらと聞こえてくる。今、我慢って聞こえたような……まあ、仕方ないか。でも、私だって我慢してたんだからね!
お風呂に入って、髪を乾かした私は掃除を頑張った。特に、エロい原稿、資料は出来るだけ片づける。大体片付いた頃に面智さんが訪ねてきた。変わった名の外国人だけど、料理がすっごく美味しいのだ。
「はーい、愛ちゃん。ハンターハンターの原稿は進んでる?」
面智さんがバスケットを掲げて言う。
「うん、エロ爺が爆死した所まで描き終わった! もしかして差しいれあるの? あるの?」
その時、面智さんが僅かに震え、表情が揺れた。信さんがさりげなく面智さんの前に立ち、表情が見えなくなる。どうしたのかな、面智さん……。
「う……うん、サンドイッチと、口が滑りやすくなるようなアルコールが入ったお菓子をちょっとねー」
私が甘えると、面智さんはにっこりと笑って言った。
嘘! 超嬉しいんだけど!
「信ちゃん、お茶出してお茶! 買ってきた良いお茶!」
「あ、あたし、ノヴに頼まれて買って来たわよ。服はこれでいい?」
面智さんがお茶とお茶菓子と服を出す。
「うわー。高そう……。こんな高級なの買ってくれなくても……」
「いいのよ。あたしのおごり」
「うっわ面智さんありがとー! 大好きー! 早速着替えてくるね!」
私はいそいそと服を着替え、三人で食事をし、歯磨きと化粧を終わらせて会長を待った。
会長は私の予想に反して、小さな白ひげのお爺さんだった。
護衛としてか、体格の凄く大きな人がついてきている。普段だったら怖がっただろうけど、私は酷く良い気分だった。
「貴方が、冒険者の会長さんですか? 「狩人物語」の作者の、綱渡、本名日比野愛です」
私は、機嫌のいい微笑みで握手した。
「わしは狩人教会の会長をやっておるネテロと言う。後ろの大男はモラウじゃ。ところで愛ちゃんや、これが見えるかの?」
会長が指を立てる。
「一……ですか? いや、二かも。いやーん、私酔って来たー」
「……では、後ろの男に見覚えはあるかの?」
ネテロ会長の質問に、私は首を傾げた。
「初めて見ましたよー。こんな大きな人、一度見たら忘れませんもーん」
「……愛ちゃんはとてもリアルな漫画を描くの。元ネタはあるのかの?」
「いやーだ、そんなもんないわよーぅ。逆に、狩人教会とは関わらないようにしている位ねー」
私は大嘘を吐く。本当は全部パクリの癖に。
「ほぅほぅ。所で、モラウ、ノヴ、メンチ、ネテロという名前に聞き覚えはあるかの」
「んー。なんか私の狩人物語みたいですねー」
「そして、ここにいる全員の本名なのじゃよ。モラウ」
モラウは大きなパイプを出して、煙を吐いた。それが私を縛り上げる。
「あはははは! コスプレ? 手品!? なんなのこれ!」
会長はため息を吐いた。
「無実じゃの。ある意味可哀想な子じゃ……」
「ああっくそ。けどよ、知らないでやった事にしても、限度が……」
モラウさんが毒づいた。
信ちゃんが、立ち上がった。
「会長、もうネタばらししましょう」
「あたし達、狩人教会の人間なの」
え。何それ意味が分からない。