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No.21189の一覧
[0] 風の聖痕――電子の従者(風の聖痕×戦闘城塞マスラヲ一部キャラのみ)[陰陽師](2014/06/19 22:46)
[1] 第一話[陰陽師](2010/08/18 23:02)
[2] 第二話[陰陽師](2010/08/25 22:26)
[3] 第三話[陰陽師](2010/09/16 00:02)
[4] 第四話[陰陽師](2010/09/26 12:08)
[5] 第五話[陰陽師](2010/09/29 17:20)
[6] 第六話[陰陽師](2010/10/08 00:13)
[7] 第七話[陰陽師](2010/10/10 15:35)
[8] 第八話[陰陽師](2010/10/15 20:49)
[9] 第九話[陰陽師](2010/10/17 17:27)
[10] 第十話(11/7一部修正)[陰陽師](2010/11/07 22:57)
[11] 第十一話[陰陽師](2010/10/26 22:57)
[12] 第十二話[陰陽師](2010/10/31 01:00)
[13] 第十三話[陰陽師](2010/11/03 13:13)
[14] 第十四話[陰陽師](2010/11/07 22:35)
[15] 第十五話[陰陽師](2010/11/14 16:00)
[16] 第十六話[陰陽師](2010/11/22 14:33)
[17] 第十七話[陰陽師](2010/11/28 22:30)
[18] 第十八話[陰陽師](2010/12/05 22:06)
[19] 第十九話[陰陽師](2010/12/08 22:29)
[20] 第二十話[陰陽師](2010/12/12 15:16)
[21] 第二十一話[陰陽師](2011/01/02 16:01)
[22] 第二十二話[陰陽師](2011/01/02 16:14)
[23] 第二十三話[陰陽師](2011/01/25 16:21)
[24] 第二十四話[陰陽師](2011/01/25 16:29)
[25] 第二十五話[陰陽師](2011/02/02 16:54)
[26] 第二十六話[陰陽師](2011/02/13 22:31)
[27] 第二十七話[陰陽師](2011/02/13 22:30)
[28] 第二十八話[陰陽師](2011/03/06 15:43)
[29] 第二十九話[陰陽師](2011/04/07 23:31)
[30] 第三十話[陰陽師](2011/04/07 23:30)
[31] 第三十一話[陰陽師](2011/06/22 14:56)
[32] 第三十二話[陰陽師](2011/06/29 23:00)
[33] 第三十三話[陰陽師](2011/07/03 23:51)
[34] 第三十四話[陰陽師](2011/07/10 14:19)
[35] 第三十五話[陰陽師](2011/10/09 23:53)
[36] 第三十六話[陰陽師](2011/12/22 21:15)
[37] 第三十七話[陰陽師](2011/12/22 22:27)
[38] 第三十八話[陰陽師](2012/03/01 20:06)
[39] 第三十九話[陰陽師](2013/12/17 22:27)
[40] 第四十話[陰陽師](2014/01/09 23:01)
[41] 第四十一話[陰陽師](2014/01/22 14:48)
[42] 第四十二話[陰陽師](2014/03/16 20:16)
[43] 第四十三話[陰陽師](2014/03/16 19:36)
[44] 第四十四話[陰陽師](2014/06/08 15:59)
[45] 第四十五話[陰陽師](2014/07/24 23:33)
[46] 第四十六話[陰陽師](2014/08/07 19:38)
[47] 第四十七話[陰陽師](2014/08/22 23:29)
[48] 第四十八話[陰陽師](2014/09/01 11:39)
[49] 第四十九話[陰陽師](2014/11/03 12:11)
[50] 第五十話(NEW)[陰陽師](2014/11/03 12:20)
[51] おまけ・小ネタ集(3/6日追加)[陰陽師](2011/03/16 15:27)
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[21189] 第四十四話
Name: 陰陽師◆c99ced91 ID:e383b2ec 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/06/08 15:59
富士高原に出現する巨大なエネルギーの塊。黒い、闇よりさらに黒い、昏い球体。
負の感情を膨大に内包したかのような、どす黒い思念体。
それはゆっくりと形を変えていく。

日本と言う国の最大級の霊峰が生み出した、最悪の魔性・是怨。
原初の頃より存在し、巨大な力の塊である龍。
二つの力は決して交わることのない存在であり、決して交わらせてはいけない存在であった。

封印された龍の力を取り込んだ是怨は、その力と姿を急速に適応、進化させる。
膨大な、それこそ自身と同等の力を取り込んだ魔獣は、膨大なエネルギーをまき散らしながら、その姿を豹変させた。

漆黒の闇は姿を変える。人々の恐怖を、思念を受け、その姿を変えていく。
是怨にはもともと定まった姿はなかった。しかし三百年前の戦いの折、人々はこれは一体どんなものなのだろうかと想像した。
人々の集合的無意識と言うほど大きなものではないが、三百年前の人間が、是怨に形と名を与えてしまった。

明確な形と名を得ることにより、是怨は固定化された。強さにおいても、それは不定型な時とは比べ物にならない程に安定した。
今回も同じだ。

ただし違う点がある。それはこの場合、人間と言う不特定多数の人間の意識ではなく、この現象を引き落としたラーンの思考が影響されていると言うことだ。
彼は西洋出身の魔術師である。彼の想像する最強の幻想種とは何か。
決まっている。

東洋の龍のような西洋の存在。つまりはドラゴンである。
形はゆっくりとだが確実に変化していく。
カメのような姿だった是怨のベースは残った。頑強な甲羅。それは強大な防御力の象徴。

しかし禍々しさは増すばかりだ。背中には巨大な一対の翼。これも岩でできているようだ。
甲羅の中から延びる首。それは一つではなかった。

三つ首。
ドラゴンを彷彿させる凶悪な顔。巨大な牙を生やし、獣のようなうめき声をあげている。
手足が伸び、尾も二つに増えている。カメとトカゲを混ぜたようなキメラのような存在。

全身が岩でできているようなのに、何事もないかのように空中に浮かんでいる。岩でできた羽を羽ばたかしているわけでもない。
おそらくは是怨の能力を利用し、重力場を操作して浮かんでいるのだろう。
水を媒介にして映し出される映像をラーンは楽しそうに見ている。

「素晴らしい! この国最大の霊峰が生み出した魔獣と原初の力との融合! 世界すら滅ぼせる、まさに神話の存在がこの世界に出現したのだ!」

玩具を手に入れた子供のように、ラーンは歓喜の声を上げる。

「そんな。あなた、何をしたか、わかっているの?」

震える声で、紅羽はラーンに聞く。映像からでも、紅羽は新生した魔獣の力を感じ取ることができる。
否、出来てしまうほどの強さなのだ。

勝てない。あれに抗うことなど人間には決してできない。
紅羽の持ってきた宝貝は、主に地脈操作と、大地に接触している相手の力を一時的に削ぐためのものだ。

だが相手は浮いている。仮に大地に降りたところで、あれを相手に自分の力がどこまで役に立つ。地脈操作をした上で、相手の力を削ぐ。
今の自分に果たしてできるのか……。

「面白いショーだとは思わないかね? 現代ではあれほどまでの存在をその眼で見ることなど早々ない」
「この国が滅びるわ。いえ、世界すらも……」
「ふむ。かもしれないな」
「あなたは!」
「何を怒っているのかね? これほどのショーを前に」
「狂っているわ」
「何を今さら。魔術師とは狂っていなければ勤まるまい。無限の欲望。知識への渇望。未知への探求。常人では成し得ない事を成そうとするのだ。人の道を外れるのもまた定め」

さてと、とラーンは今度は煉の方を見る。

「神凪の若君はまだ状況が呑み込めていないようだ。私の目的も果たせた。しばらくは時間もある。せっかくのショーなのだ。何も知らないのでは面白くなかろう?」

ラーンの言葉に困惑する煉。確かに今の煉は何も知らない。
攫われた少女を取り返そうとここに乗り込んできた。その目的は果たせたのだが、確かに誘拐した相手が何を目的にしていたのか。ここはどこなのか。あの化け物は何なのか。
それらの一切を知らない。

「ああ、自己紹介が遅れた。私はラーン。魔術師の端くれだ。神凪の若君」
「僕の事は知っているんですね」
「当然だ。神凪の名を知らぬものなど、この世界にはいない。そして宗家の人間だけが持つことを許させた黄金の炎。そして君の年齢を加味すれば、おのずと答えは出る。しかしそんな人間が、私が探していたその少女と一緒にいるとは」
「この子はあなたのような人には渡しません」

知らずに少女を抱きしめる腕に力が籠る。
そんな様子にフッとラーンは笑みを浮かべた。

「何がおかしいんですか?」
「君は彼女が何なのか知っているのかね?」

そう問いかけられて、煉は怪訝な顔をした。

「あなたは、私が誰だか知っているのですか!?」

思わず声を上げたのは、少女の方だった。
記憶を失った少女は自分が何者なのか、煉以上に知りたかったのだ。

「そなた、記憶を失っているのか? いや、最初からそんなものなかったのかな」
「え?」
「そなたの正体を教えよう。そなたは純粋な人ではない。いや、人であるとは言えるのか?」

謎かけのようにラーンは言うが、少女も煉もその意味を理解できないでいる。

「なに。ちょっとした疑問だよ。クローンは人と言えるのかなと」
「クローン?」

少女はおうむ返しのように呟く。

「そう、クローンだ。君はそこに横たわる石蕗のご令嬢のクローン。まあ君をその年齢まで成長させているのは、君の中に埋め込まれている秘宝の影響らしいが」

淡々と語るラーンの言葉に、煉も少女も何も言えないでいる。ただラーンの言葉が嫌に耳に残った。

「君は石蕗の長が、富士の魔獣を封印し続けるために行う儀式のために用意された生贄だよ。実の娘を生贄にしたくないと言う理由からね」

この事実を知った時には私も驚いたよと、ラーンは言う。何も知らない少女に、淡々と事実を告げるラーンの顔は、実に楽しそうだった。

「ホムンクルスではない、純粋な人間のコピー。錬金術を使わず、科学を用いた奇跡と言うべきか。私自身、君には実に興味をそそられる」

煉は知らず知らずに少女の顔を見た。少女は震えていた。ワナワナと体を震わせ、顔を青ざめさせている。
ちらりと煉は近くに倒れるもう一人の女性に顔を盗み見る。確かに似ている。
それでも煉は納得できない。納得できないのではない。到底受け入れられる話ではない。自分の腕の中で震える少女が、クローンだなどと。

「そんな、そんなバカな話があるはずがない!」

思わず大声で叫ぶ煉だが、その様子をラーンはさらに面白そうに眺める。

「別に君が信じようが信じまいが君の自由だ。ただ私は事実を述べているだけにすぎないのだから」

睨みつける煉をどこまでも冷静な表情のまま告げるラーン。
煉は必死に否定の言葉を口に出そうとする。違う。嘘だ。何かの間違いだ。口からのでまかせだ、と。

しかし心のどこかで受け入れようとしている自分がいるのを、煉はまた感じていた。必死にそれを否定しようとするが、一度浮かんだ考えは決して消えることはない。

「……残念ながら煉。彼の言う事はおそらく事実だ」
「えっ?」

相手の意見に賛同したのは、友人である朧だった。

「その子の気の流れはかなり特殊なんだ。それに気配もそこで倒れている女性に似ている。いや、似ているなんてレベルじゃない。ほとんど同じなんだ。確かに人間の中には似ている気配と言うのはあるが、ここまで同じなのはあり得ない」

指紋やDNAと同じで、人の気配もまた同一の物は存在しないと言ってもいい。確かに似たような気配と言うのは存在する。環境や血筋、能力などで多少類似することはある。
だがまったく同じ気配と言うのはあり得ないのだ。

「何らかの秘宝が使われていると言うのも間違っていない。その子の中から大きな力を感じる」

煉の顔がますます青ざめる。それは少女も同じだ。いや、少女の方が深刻であった。

「……あいつの言う事は事実よ。その子はそこに倒れている私の妹、石蕗真由美のクローン」

今まで黙っていた紅羽が自分の知りうる情報を開示した。

「おや、あなたは?」
「……石蕗紅羽よ」
「そうですか。初めまして。僕は李朧月です」

その名前に紅羽は一瞬だけ、驚いた表情を浮かべた。当然だ。その名は日本に戻る前に教えられた兄弟子の名前。すでに自分の事は老師が伝えたと言っていた。

(この人があの和麻でさえ苦手にしていると言う……)

見た目は十代前半にしか見えない少年だが、あの老師が認め、和麻が苦手とする人物だ。見た目どおりのはずがない。

「彼は神凪煉」
「ええ、知っているわ」

神凪一族の事。そして和麻の素性に合わせて、彼の弟と言うことも。
和麻は自分の情報を他人に握られるのを極端に嫌っている。過去の経歴を消そうと躍起にもなったが、今となっては無駄であった。

一般家庭に生まれたのならばともかく、神凪一族の宗家の嫡男として生を受け、さらには風牙衆の反乱から続く事件で、和麻の情報はすっかり明るみに出てしまった。
復讐に駆られていた当時はかなりの恨みも買っていたため、出来る限り情報の隠ぺいはしたし、ヤバそうな連中はアルマゲスト狩りの最中についでに、もしくは間接的に排除したので、かなり敵は消せていたが、それでも情報は出ないに越したことはない。

紅羽に教えたのは、老師が漏らしたのと、神凪と接触するなら下手をすれば和麻の話題が出てしまうので、そこから知られるよりはある程度情報を渡して、口止めをした方がいい。

紅羽から神凪へ、または逆に神凪から紅羽に情報が伝わるのを極力避けるためだ。
だから紅羽は煉の事も朧の事も知っている。とは言え、その煉がこの場にいて、クローンと行動を共にしていたのには驚いたが。

(と言うよりも、この状況はどうなっているの? 全然理解が追いつかない)

もはや当初予定していたのとは到底違う状況であり、魔獣も復活。さらにはさらに強大になった。
自分の準備していたことも、あまり役に立たない可能性も高いし、外の状況もどうなっているのかわからない。
和麻が動いているのかどうか。神凪重悟と厳馬は動けるのか。それすれも不明だ。

「あの男は石蕗一族が三百年間封印していた魔獣を解き放った。そして前もって用意していた原初の力の塊であった龍を呼び起こし、それらを融合させた」

自分自身を落ち着かせ、少しでも状況を整理しようと紅羽は何が起こったのかを纏めながら話す。
そんな中、少女はラーンや朧、紅羽の言葉に動揺を隠しきれず、またそれが事実だと理解してしまった。

「じゃあ、じゃあ私は……」

私は一体、誰? ううん、何なの……?
少女は自分が何者か知りたかった。だがその真実はあまりにも重すぎた。

「君は石蕗の令嬢のクローン。それ以上でもそれ以下でもない」

無慈悲なラーンの言葉。それが決め手となった。

「いやぁぁぁぁぁっ!」

絶叫が響き渡る。心が壊れる。いや、そもそも、私には心なんてあったのか?
自分はただの作り物。誰かの変わり。
過去なんてなかった。
失った記憶なんてなかった。
名前なんて……最初からなかったのだ。

失ってさえいない。そんなもの、最初からなかったのだから。
涙が流れるが、それさえも偽りに思えた。
誰かが何かを言っている気がするが、耳には何も入らない。
目を閉じ、耳をふさぎ、少女は自分の中へと閉じこもる。

もう嫌だ。知りたくなかった。自分が何者かなんて、知らなければよかった。
自分は名前を知りたかっただけ。名前だけでも思い出したかった。
ただあの人に、煉に自分の名前を呼んでほしかった。
でもそれは叶わない願いでしかなかった。
絶望に打ちひしがれる少女。その様子を見ながら、ラーンは満足げな笑みを浮かべていた。

「……何が、おかしいんですか?」

叫び声が途切れ、呆然自失となった少女の横で、煉はどこまでも平坦な声でつぶやいた。
その呟きはラーンに届いたようで、彼は律儀に答えを返してくれた。

「いや、なに。別にその子を壊したことを楽しんでいるのではない。ただ自分の思惑通りに事が運んだのがうれしくてね」

その言葉を聞き、煉の眉がピクリと動く。

「富士の魔獣は解放され、龍との融合も果たした。私もその恩恵を受け、それなりに力を増した。こうやって黒幕のように、真実を述べ、観客である君たちに驚愕を与えられた。このような喜びはなかろう?」

劇場型の犯罪者であるかのように、愉快犯のように、ラーンは言う。彼はアルマゲストの人間ではないが、その思考は間違いなくアルマゲストと同じだった。

「ああ、感謝してほしい。その子はもう生贄になる必要はなくなった。当然だろう。魔獣の封印は破れたのだ。もはやその子程度の力の存在が儀式を行おうが、あれは止められない」
「……れ」

小さく、ラーンにも聞き取れない声で、煉何かを呟く。

「残念ながら、無理やり成長させた影響か、その子の肉体は思った以上に脆い。強い力には早々耐えられない」
「……まれ」

だんだんと声に感情が乗り始めた。だがそれを無視してラーンは続ける。

「それでもあと一カ月は持つだろう。儀式で死ぬよりは……」
「黙れ!」

叫びとともに、炎が爆発した。怒りと言うよりも、すでに殺意と言うっていいほどの感情が、煉から放たれる。
呼応するかのように、炎の精霊が爆発的に召喚され周囲を明るく染めていく。

黄金の炎の力は、下手をすれば炎雷覇を持った綾乃を凌駕したかもしれない。
煉は炎術師としては優しすぎた。優しいだけの人間に、温和なだけの、冷静なだけの人間には、炎の精霊は力を委ねない。
煉は母を失ったことで、自らの無力に怒りを覚えた。だがそれは所詮は内に向ける物でしかない。

確かに母を殺した透に怒りを覚えた。だがここまでのものではない。倒すべき敵と認識していても、憎悪を向ける程ではなかった。
それは和麻がいたことや、ウィル子のフォローと母親と言う身近な存在を失ったショックの影響もあった。

だが今回は違う。明確な怒りとそれを上回る憎悪が煉の中に生まれた。神凪の直系にふさわしい、精霊との感応能力と、炎術師としての必要最低限の感情。
それらが合わさり、今の煉の炎は更なる高みへと進んだ。

(もっとも、それを制御できなければ宝の持ち腐れでしかないけどね)

煉の力を眺めながら、朧は心の中で呟く。この後の展開次第で煉の評価が分かれる。感情を制御しえる自制心を持てるかどうか。
ただ怒りにかまけ、力を振るうのでは二流以下。もしそれができないようでは、煉に先は無い。

「……朧君。この子をお願い」

もはや目から完全に生気が消え失せた少女を、煉は優しく抱き上げると、そのまま朧に預ける。

「僕一人でやる」

底冷えするような声だった。これがあの煉なのかと、朧は思わず思ってしまった。

(ああ、確かに煉は君の弟だよ、和麻)

少女を預けられた朧は煉の激情する姿に、和麻と重ねてしまった。

「ふむ。先ほどもそうだが、それ以上に力を増すか。神凪宗家とは恐ろしい」

だがラーンは煉の力を見ながらも、どこまでも落ち着いていた。

「あなたを許しません」

ラーンの傍まで近づいていく煉。距離は五メートル。すでにお互いに射程圏内だ。

「許さなければ、どうするのかな?」

挑発を行うラーンに、煉は無言で炎をさらに召喚した。

「問答無用か。いや、結構。私もこの力を試したくてね」

言うと同時に周囲に大量の水が召喚される。それは水術師としての能力。だがその水量は並みの水術師どころか、一流どころの水術師すら遥かに凌駕するものであった。

「魔獣の力と龍の力。あの融合魔獣の制御はできないが、そこから力を得ることはできる」

さらには周辺の景色がゆがみ始めた。重力操作。魔獣・是怨の能力までもラーンは取り込んだのだ。
ラーンから放たれる力は先ほどまでの比ではない。神凪宗家を前にしてもそん色ないレベル。少なくとも紅羽には到底勝てないと思わせてしまうほど。
朧をもってしても、厄介な強敵と認識させるだけの力だった。

さあ、始めようか。

無言の合図。黄金の炎と重力場と膨大な水が激突した。





「おい、シャレになんない状況になってないか?」

富士に向かうヘリの中で和麻は冷や汗を流しながら手元に送られてくる情報を見る。

「魔獣の復活はいい。想定の範囲内だ。だがそれがさらに力を増して進化したってのは、一体どういうことだ?」

重悟や厳馬より少し離れたところで、ウィル子とともに情報を精査していた和麻は、思わぬ事態に辟易した。

「いや、ウィル子に聞かれても。こっちも情報が錯そうしています。衛星写真からの映像も来ましたが、最初とその次に来た写真では明らかに変化しています」

ウィル子から手渡された写真を見て、和麻はゲッと漏らした。

「カメからドラゴンって、どうやったらなるんだ。ゲームじゃあるまいし」
「ですがその能力は未知数です。最初の方でも、一撃でかなりの被害が出たとか。今は自衛隊がスクランブルをかけたり、戦車部隊を待機させたりと、情報を集めているようですが」
「富士演習場の当たりで幸いだったな。自衛隊も動きやすい」
「どうしますか?」
「どうするもこうするも、やるしかないだろ。主に親父達が」
「ですね。しかし相手は空に浮かんでいます。叩き落とさないことには手の打ちようが……」
「別に格闘するわけじゃない。サーチアンドデストロイ。風で運んで空中で一気に潰してもらう」

空に浮かんでいるのはある意味好都合かもしれない。未だに主だった破壊活動はしていないのが幸いだが、いつ首都圏に移動するかわからない。

「政府もすでに大慌てです。あんなものが出たんじゃそうでしょうが」
「マスコミは?」
「動き出していますが、こっちで妨害ははじめてます。政府も動いてるようですし」

時間との勝負と言えるだろう。

「まあ方針は最初から決まってるんだ。俺の資産のためにも頑張ってもらうさ」
「にひひひ。その通りですね」

そして情報を整理した和麻とウィル子は重悟達の所に戻ってきた。

「和麻、やはり魔獣は復活したのか?」
「いいや、それよりも厄介な事態だ」

重悟の言葉に和麻は手に入れた写真を提示する。

「これは?」
「三十分ほど前の魔獣と今の魔獣だ」

それは同一の物とは思えないほど変化した魔獣の姿だった。

「ほう。飛行能力を有したのか」

厳馬も同じ写真を見ながら呟く。

「能力も変化、もしくは上昇してると見ていいが、ある意味好都合だ」

和麻の言葉に重悟も、厳馬も理解したようでなるほどと頷く。

「えっと、どう言う事?」

綾乃は理解できていないのか、首をかしげている。

「……ああ、そう言えばお前に魔獣の能力教えてなかったか」

一瞬、バカにしたような表情を浮かべた和麻が、そもそも綾乃には魔獣の事を一切教えていなかったのだから、この疑問も尤もだった。
和麻の態度に怒りを覚えるが、我慢我慢と綾乃は自分を必死に抑える。

「こっちが手に入れた情報だと、魔獣は攻撃を受けたら、即座に適応進化するらしい。しかも地脈から氣を無限に取り入れて」
「そんなの倒しようがないじゃない」
「そこは再生、適応進化される前に全力の攻撃で消滅させるんだよ。幸い、今は炎雷覇もちの宗主に親父もいるんだ。一点集中、全力でやれば何とかなるだろ」
「あんたはやらないの?」
「ああ。つうか神凪も手柄欲しいだろ? そろそろ俺抜きでやってくれ」

和麻の言葉に重悟は苦笑する。厳馬もいつも以上に険しい顔をしている。

「まあ魔獣までは運んでやる。宗主と親父は全力で頑張ってくれ」

ヒラヒラと手を振る和麻に厳馬は言われるまでもないと答える。

「厳馬の言うとおりだ。魔獣は任せておけ。実物を見て見ぬことには何とも言えぬが、何とかして見せよう」
「私と重悟の炎で焼き尽くせぬものなどない。尤も、重悟の場合、このような巨大な魔獣の完全消滅はあまり得意ではないだろうが」
「何を言うか厳馬よ。私と炎雷覇ならば巨大な魔獣と言えども敵ではない。ふっ、もう少しすれば今一度お前と全力で遣り合うのも悪くは無いな」
「負けず嫌いだな」
「お前が言うな」

と、二人はこれから伝説の魔獣と戦おうと言うのに一切の緊張はなかった。ちょっと散歩に行ってくるかのような、そんな感じにも綾乃は感じられた。

「なんというか緊張感がありませんね」
「あんたが言うなって思うのはあたしだけかしら?」
「おや、今回は見学だけの人が何か言っているのですよ、マスター」
「まあいいだろ。邪魔さえしなければ」
「……なんだろう、すっごく殴りたい」

綾乃は本当に我慢せずにいられれば、ものすごく楽になれるのにと思わずにはいられなかった。
とは言え、自分自身が役に立たないのは理解している。言い返せないのは自分が未熟だから。

(あたしだって絶対に強くなってる。それで……)

じっと和麻の顔を見る。その視線に気が付いたのか、ウィル子と話をしていた和麻は会話を中断し、綾乃の方を向いた

「なんだ。俺になんか用か?」
「別に」

短く答え、そっぽを向く。和麻はそんな綾乃の様子に変な奴だと思いながらもどこか意地悪そうな笑みを浮かべる。

「な、何よ」
「別に?」

さっきのお返しとばかりにニヤニヤしながら言う和麻に、綾乃はさらに機嫌を悪くする。
今は、以前よりも対応が断然にいいのだが、それを綾乃は気づくことはない。単に重悟がいるためかどうかはわからないが。

「いやー、本当に緊張感無いですね」

ウィル子はなんだかなーと言うような表情を浮かべながら、なんかずっとこんなのばっかりだと嘆くのだった。




富士の魔獣である是怨は龍との融合を果たした。
本来ならすぐにでも暴れだすところだが、未だに動けないでいた。
理由は単純明快。是怨と龍が主導権を奪い合っていたからだ。
龍事態には知性は無い。原初から存在する力の塊にすぎないのだから。

しかし力の塊であろうとも、龍と言う姿に固定されていたため、まったく自我がないと言うわけではない。確固としたとまでは言えなくとも、希薄と言うほどでもない。
さらに封印されていたと言っても、解かれたから暴れると言うような存在ではなかった。
ただ眠り続けているだけの存在。そこに善も悪もない。

是怨とは対極の位置にいると言ってもいい。
だからこそ、一つになった彼らは主導権を争っていた。
三つの首が出現したのは、別段ラーンの趣味や偶然ではない。
是怨、魔獣、そしてラーンの三つの自我がそれぞれの形になっただけだ。

と言っても、ラーンのそれはただ存在するだけで、すでに是怨や龍をどうにかする力などない。
力は増したが、未だに一つにはなりきれていない。混ざりきっていないのだ。
しかしそれも時間の問題。しばらくすれば主導権は完全に是怨に移るだろう。

だからまだ動かない。攻撃でもされようなら、烈火のごとく怒りだし、破壊の限りを尽くすだろう。
あるいは誰かの怨念が融合された際に存在すれば、彼らはその対象を見つけ出し、即座に暴れ、攻撃を繰り出しただろう。
だがもうすぐ、もうすぐ破壊の限りを尽くす。破壊する、すべてを。

その時、是怨は思いもしない事態が襲う。
空に突然、もう一つ太陽が出現したのだ。
蒼く光る太陽。
否、それは太陽ではない。巨大な蒼い炎の塊。
さらにトンッと何かが魔獣の背に乗った。

「はっ!」

それは人だった。彼は紫色の炎を纏う剣を魔獣に突き立てる。

「覇炎降魔衝!」

魔獣の背に飛び移った男、神凪重悟は炎が切っ先から魔獣の内部に流れ込み、同時に巨大な魔獣を包み込むような巨大な円形の結界が包み込む。
紫の炎が円形の結界の中で全熱量を解き放つ。

「今だ、厳馬! 私の事は気にするな!」
「無論だ。お前を巻き込むような未熟な制御などしない」

空に浮かびながら、巨大な蒼い太陽なような炎を作り出している男、神凪厳馬はそのまま腕を振りおろし、炎の塊を結界の内部で燃やし続けられている魔獣に叩きつける。
結界を突き抜け、内部で紫の炎と交わり、膨大なエネルギーと熱量がさらに発生する。
その場でまさしく超新星の爆発でも起こったかのような力の奔流に、魔獣の体が消滅していく。
何が起こったのか、魔獣は考えるが、理解できるはずがない。

神凪重悟と神凪厳馬。
二人の神炎使いの炎の融合。
それがどれだけの力なのか、伝聞でしか知りえない和麻も綾乃も、ただその光景に唖然とする。
全力の、それこそ後先を考えない持てる力のすべてを使った一撃。

明確な意思。揺るぎない意志。自らの力を一切疑わず、ただ魔獣を燃やしつくことだけを想像した、圧倒的な強者が放つ破壊の一撃。
手加減も、容赦も、後先も考えない、純粋な一撃。

核爆発を彷彿とされる圧倒的な破壊力。それをたった二人の、しかも生身の人間が行ったのだ。
人間の常識を、それこそ常識の範囲外にいる術者達からしても、非常識としか言いようのない力。
現に非常識な力を持つ和麻や、その力を知っているウィル子でさえもポカンとした顔をしているのだ。

予想はしていたし、想像はしていたが、実際に見せられると、さすがに驚愕させられてしまった。
神器を持った最強の炎術師とそれに追随する最高の炎術師の最高最大の一撃は、この国の最強の魔獣と原初からの力の塊である龍の融合体を完膚なきまでに打ち砕いたのだった……。




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