ミラジョボビッチ『明日のオフ会楽しみね』
超女子高生『そうですね。実は私、オフ会って始めてなんですよ』
人妻『超さんってそうなんですの? ……まぁ、実はあたしも初めてなんですが。ビッチさんは?』
ミラジョボビッチ『私はもうこれで何十回目か覚えてないわ。でも女同士で集まるのは初めて。いつもは男目当てだから(笑)』
超女子高生『よ! ビッチさん!』
人妻『若いっていいわねぇ』
超女子高生『人妻さんだって若いじゃないですか?』
人妻『若くないわよ。もう子供だって3人いるし』
ミラジョボビッチ『子供かぁ……まだいらないわ。もっと遊びたいし。イケメン食いまくりたいし』
超女子高生『よ! ビッチさん!』
人妻『あら、夫が帰ってきたみたい。もう落ちるわ。じゃ、また明日ね』
超女子高生『はい。おやす~^^』
ミラジョボビッチ『あんまり彼と頑張り過ぎて、遅刻なんてしないでよ(笑)』
――人妻さんが退室しました
ミラジョボビッチ『さ、私も落ちるわ』
超女子高生『え、もう落ちるんですか? 用事でも?』
ミラジョボビッチ『あー……まあ』
超女子高生『よし分かった。男だ。男とチュッチュですか。さすがビッチ』
ミラジョボビッチ『あはは。じゃ、明日ね。楽しみにしてるわ』
超女子高生『おk。おやす~^^』
――ミラジョボビッチさんが退室しました。
超女子高生『……私も落ちるか』
――超女子高生さんが退室しました。
???『……』
……。
……。
……。
そうして俺、ネット上では『超女子高生』と名乗っている『葉山隆』はモニターの中から現実に戻った。
長い間チャットをしていたので、目が痛い。
「……あー、これ利くわー」
瞼の上から指でグイグイと押す。
とても気持ちいい。
「……オフ会かー」
何でこうなったのだろうか。
特に理由は無いはずだ。
ちょっとマイナーなゲームの掲示板で知り合った二人と、仲良くなってチャットをするようになった。
俺は何となく、女子高生という役柄を演じて二人とコミュニケーションを図った。
最初罪悪感は無かった。
ネットなんてそんなもんだ。
性別なんて実際はどうか分からない。
でも最近は仲良くなりすぎて、モニター向こうの彼女らに申し訳なくなってきた。
自分を偽っている。
俺は男だ。
言い出す機会はいくらでもあった。
でも言えなかった。
嫌われると思ったからだ。
そして何だかかんだしてる内に、いつの間にかオフ会をやることになってしまった。
楽しみではある。
リアルの彼女らに会えるのだ。
そして怖くもある。
幻滅されるのが怖い。
騙していたことを糾弾されるのが怖い。
「うごごごごごごごごご」
ベッドの上に寝そべり、顔を枕に埋める。
ああ、どうしよう。
風邪でもひいたことにして、行かないか。
いや、でも行きたい。
でも、怖いなぁ。
「ままならねー!」
俺は吠えた。
「兄さんうるさい! 今何時だと思ってるの!? うるさくて眠れないでしょ!?」
隣の部屋の妹が、怒鳴り込んできた。
うるさいのはお前もだ、妹よ。
そもそも今の時間……
「まだ九時だけど……」
「九時だろうが何だろうが、私は寝るの! 邪魔しないで! アホ! 比較的治りにくいところを骨折しろ! 治ったらまた同じところを骨折しろ!」
罵声を吐くだけ吐いて、妹は部屋から出て行った。
しかし、珍しい。
夜更かしの常習犯の妹が、こんな時間から寝るだなんて。
明日何かあるのか?
「……と、いけねえ」
俺も明日大事な用があるんだ。
遅刻なんてしたら、恥ずかしい。
「よし寝よう。明日のことは明日考えよう」
布団に入れば、あっという間に睡魔は襲ってきた。
■■■
――翌日
俺はオフ会の場所でもある、隣町の喫茶店の前に来ていた。
「来てしまった……」
もう後戻りは出来ない。
俺は決心して、店内に入った。
店内にて、予約している席に案内される。
幸いにもまだ誰も来ておらず、俺が一番乗りだった。
席に座るが、どうにも落ち着かない。
やはり怖い。
男だったと分かったとたん、罵声を浴びせられ、殴られたらどうしよう。
いや、そんなことをする様な彼女らじゃないことは分かっている……でも怖い。
もうこうなったらあれだ。
一か八かの賭けに出るしかない。
そう、女ということを騙し通すのだ。
幸い俺は、どちらかと言えば女顔。
学際の女装喫茶でも、指名ナンバー1を取れた。
ならいける。
いけるはずだ!
「お客様、ご注文は?」
いい所にメイド服を着た店員が現れた。
「水。ところで店員さん。俺、いや私って……どこからどう見ても女よね?」
「どこからどう見ても、男です。本当にありがとうございました」
「何で!?」
「男物服着て、メイクもして無いのに、どうして女に見えましょうか」
「じゃ、じゃあ店員さんの服を貸してくれ! そしてメイクもしてくれ!」
「やなこったでございます。大体あなたは女装映えする顔じゃありません」
な、何て店員だ。
笑顔こそ営業スマイルだが、口調がまるでこちらを馬鹿にしてやがる……!
「で、でも俺学際で女装した時は、みんなにカワイイって……!」
「そんなもの盛り上げるための冗談でしょうに。……本気で女装した自分がカワイイとでも?」
……。
……そ、そうか。
俺女装似合ってなかったんだ……。
よくよく思い出すと、メイクをしてくれた女子も笑ってたし。
ああ、何か指名された時も、お客さんこっち見て笑ってたな。
あれか。
俺はピエロだったのか。
学際というひと時のサーカスで踊るピエロだったのか。
はっ、ザマアねえぜ。
「落ち込んでいるところ悪いですが、さっさと注文をしてください。水以外で」
「……紅茶」
「チッ、しけた客ですね」
口調こそアレだが、普通の店員らしく頭を下げ笑顔で店員は去って行った。
女で通す作戦はいきなり失敗した。
……イヤ、待てよ。
女装映えする顔じゃないんだよな、俺。
つまり顔さえ映らなければいい。
「へい、店員さん!」
俺は作戦を実行するために店員を呼んだ。
「紅茶はまだでございます。黙って待っていやがれ、でございます」
「いや紅茶じゃない。……何か顔を隠すもの持ってない?」
店員さんは笑顔だが、ちょっとポカンとした顔になった。
■■■
そうして俺はこの時、ヒーローだった。
バイクに乗った仮面的なライダーのバッタもんだった。
つまりヒーローのマスクをしている。
何故か店員が持っていたので、借り受けたのだ。
これで顔は見えない。
難点は紅茶が飲みにくいことだが、まあ我慢するしかあるまい。
これで男であることを隠せるはずだ。
男物の服はしょうがない。
ボーイッシュ系の女子高生で行こう。
「あ、あの……」
あとあれだな。
声だ。
俺の地声は結構低いからな。
女子高生っぽい、高い声で話さなければ。
あと女子高生語とかな。
チョベリバー。マジウケルー。コイゾラサイコー。アズニャントチュッチュー。
おお行けるじゃん俺。
マジ超女子高生じゃん。
チョウウケルー。
「あ、あの、あのー……」
「後はあれだな。設定をちゃんと確認せんとな。俺は女子高生。彼氏いない。そこそこの高校。部活無所属。妹が一人。趣味はゲーム」
「す、すいま……すいません……」
「処女。キスの経験はあるが、実は飼い犬と。……こんなもんかね」
改めて自分のプロフィールを整理する。
しっかりと確認しておかないと、あとでボロが出るからだ。
「あ、あの!」
「うぇ!?」
ドン!と俺の鼓膜を音の衝撃が叩いた。
耳を押さえつつ、横を見る。
「あ、ご、ごめんなさい! き、聞こえてないかと思って……うるさかったです、よね?」
少女がいた。
声はか細い、弱々しいが、可愛らしい声だ。先ほどの声も懸命に体から絞り出したのだろう。
体躯は小柄。
服はどこかの学生服。少し大きいのか、裾が余って、手が隠れてしまっている。
「ちょ、超女子高生さん、ですか?」
確認の声も弱々しい。
震えが混じっている。
もしここで否定すれば、即座に涙を零してしまいそうな、そんな声だった。
「あ、え、はい……そうです」
「……! よ、よかった……! もし間違っていたら、どうしようかって……」
手を胸の前でギュっと握り締める。
恐らく今の彼女の顔は安堵で、もしかしたら少し目の端に涙が溜まっているかもしれない。
「えっと、そっちは……あの……もしかして……」
俺は言いよどんだ。
ここに来るのは、三人だ。
俺と、ビッチさんと、人妻さん。
人妻さんは文字通り人妻だ。
そうすると残りは一人。
「……ビッチさん?」
「はい……っ!」
彼女は嬉しそうに答えた。
掛け替えの無い宝物に出会えたような、そんな声で。
俺はネット上の彼女と今目の前の彼女が同一人物だとは思えなかった。
ビッチさんは今時の遊んでいる系の女の子だ。
彼氏をとっかえひっかえ。
昨日はカラオケでヤッたとか、公園でチョメチョメしたとか。
そういう体験を恥ずかしげもなく語る人だ。
「は、初めまして……で、いいんですよね? 私、大暮沙耶(おおぐれさや)です……って、あ! あ、あ! 今の無しです……!」
ワタワタと胸の前で手を振る。
とてもじゃないが、オフ会慣れしてるとは思えない。
いきなり本名バラすなんて……。
いや、そもそもだ。
そもそも最初に突っ込むべきところがある。
俺はそこを避けてきた。
でも、そろそろ指摘せざるを得ないだろう。
「あ、超女子高生さんは何でお面を被ってるんですか……?」
今さら気づいた、という風に彼女が聞いてきた。
それを君が言うのか!と俺は突っ込みたかった。
だが、そんな風に言うと彼女は泣いてしまいそうな、雰囲気だった。
だから俺は出来るだけ優しい声で、彼女の顔を指差し、聞いたのだった。
「ビッチさん。どうして紙袋を頭から被っているの?」
と。