青い空に灰色の地面。周りにはコンクリートで固められ、大きなガラスが張ってある建物が並ぶ。
道行く人は皆脇目も振らずに歩いていく。まるで、自分以外に興味がないかのように。
道の真ん中では車が通っており、そこには、現代の日本の光景が広がっていた。
ハジは悩んでいた。気が付いたら、見知らぬ場所に立っていた。
満足に力も出せず、ただ弱っていく日々。周りの人間は自分に気がつくこともない。
それ以上に、妖怪も、神ですらも人っ子一人見つからない。森の中に集まっているのかと思えど、その森が見つからない。
見えるのは、見たことのない建物と道具の数々。何に使うかも分からぬ物ばかり。
寝て過ごそうと思えば、地面は硬い何かだ。土ではない。
彼は悩んでいた。ここは、いったい何処なのだろう。
ハジは歩く。歩き続けた。森を見つけても、中に妖怪の気配は無い。それでも、探し続けた。
懐かしい気配はないかと。恐ろしい者はいないかと。
歩きに歩き続け、ついには何も見つけることが出来なかった。
空も飛べず、満足に力もふるえない。加えて人間の恐怖を食べることも出来ず、人間達に認識されることも出来ない。
ハジが疲れ果てながらも歩き続けていると、諏訪子達が暮らしているような建物を見つけた。神社だ。
階段を登り、鳥居をくぐり、神社の中へと入っていく。
周りには人間の気配は無く、中からも気配は感じない。たった一つ、妖怪の気配があった。
神社に居座る妖怪。妙な妖怪であったが、ここにきてから初めて会う妖怪だ。ぜひとも会って話がしたかった。ハジは、一人には耐えられない。
「おい、お前。ここが何処なのか知っているか?」
「なんだぁお前さん? 此処はただの神社だよ。神は既に、消えているがね」
「神が、消えている? どういうことだ」
「なんでい、そんなことも知らんのか。見たところ若けぇが、良く生き残れたなぁ」
「さっさと答えろ。ここはどこなんだ、見たこともない物ばかり並んでいる。
人間からは畏れを感じない!妖怪も!全然見当たらない!何が、どうなっているんだ!」
ハジは声を荒げる。
彼が此処に来てから、一年の月日が経っていた。その間、彼は歩き続け、妖怪をずっと探していたのだ。
結果は、目の前にいる妖怪だけである。そのほかには、一人も出会わなかった。
不安なのだ。なぜ、自分しか妖怪が居ないのか。なぜ、他の妖怪がおらず、自分が生きているのか。
「落ち着けよ、お前さん。なんだか訳ありっぽいなぁ。
まぁ、答えてやるよ。俺が、最後の生き残りだと思ってたからなぁ」
「……?さい、ご?」
「そうそう、最後。
簡単に言やぁ、忘れちまったのさ、人間達は。妖怪も、妖精も、自分たちを守った神さえも。自分達と一緒に生きてきた存在ってやつをさ」
「忘れた?恐怖を? 私が、私がしたことは無駄だったのか?」
「お前さんが何をしたのかは知らないが、仕方のねぇことよ。
人間は恐怖だけじゃない。存在ごと忘れちまったのさ。科学が発展して、それに気を取られ本当に俺たちが『存在した』ってことをよ。神だって、同じさ」
「そんな……ばかな……」
ハジは絶望する。妖怪は、恐怖だけでなく存在すらも忘れられた。
あれ程、妖怪達を恐れていた人間は、その存在すらも忘れてしまった。
あれ程、生きていた妖怪達は、目の前の存在しか……生きていない。
あれ程、強かった神達は、もう、居ないのか。
「妖怪は、俺が最後だ。……と、思っていたが、お前さんがいた。
もしかしたら、他にも居るかもしれねぇなぁ。俺もよ。最初は仲間たちと一緒に探していたんだ。
でも、みつからなくてなぁ……。皆、みんな消えちまったよ。俺も、もうすぐ消える」
「え?」
「じゃあな、若けぇの。最後に妖怪と話せて楽しかったよ。『最期』に、お前さんの名前を聞いてもいいか?」
「ハジ、だが」
ハジは彼の言っている意味が理解できない。消える?どこに?何処へ行く?
何処にも行かないで、此処に居ればいいではないか。見つからないのなら、一緒に探そう。
だというのに……なぜ、そんな永遠に会えないような、事を言う?
ハジには、彼の言っている事がわからなかった。
「へぇ、良い名だ。遥か昔、妖怪の頂点にいた奴と同じ名前じゃないか。ひぃ婆ちゃんに聞いたことがある。
坊主、頑張れよ。お前は、俺みたいに消えるなよ。……じゃあな」
「お、おい。何を言っているのだ」
「……」
「おい、おい?……返事を、しろ。
おい、なあ、ねえ、ねえったら!お願いだから、返事をしてくれよ!
何故だ!何故、何故!!!……なぜ、私をおいて逝ってしまうのだ……。私が、先に逝かなくてはならないのに……何故……」
ハジは泣いた。恐らく、初めてだろう。
そして絶望する。妖怪達が消えていくという状況に。どうすればいい、どうすれば、妖怪達を助けられる。
もう、自分にも力は残っていない。人間すら狩れない。
「もう……嫌だ。誰か私を……殺してくれ」
そして、やがてハジも消える。
そこで、妖怪達の歴史は終わった。
やがて周りの景色は崩れ去り、全て……終わった。
「……!……たら!」
「……!……ジったら!」
「もう!起きてよ!ハジったら!
……。今日も、起きないのかしら……。本当に、大丈夫なの……?」
ハジの意識が覚醒する。彼は、夢を見ていた。だが、その内容はあまり覚えていない。
おぼろげな夢の記憶。何か、とても嫌なことを見ていた気がしていた。とても嫌な予感。
彼はそれを振り払うようにして、起こしてくれた少女に返事をする。
「ああ、大丈夫だ」
「え……? や、やっと起きたのね!大丈夫なの!?一年もあなた寝てたのよ!?」
「大丈夫だ。千年寝てた事もある」
「そ、そう……なら、いいけど。
それと、あなた寝過ぎよ。私は絶対にあなたみたいにならないわ!」
そう言って彼女はプンスカとハジから離れていく。食事を採ってくるためだ。
ハジは彼女の言っていた通り、一年間寝ていた。彼にとっては珍しい事でもないのだが、生まれたばかりの彼女にとって、一年はとても長い。
生みの親に一年間も放置されていたら、怒るのは当然だろう。
だが、それ以上に、彼女は心配をしていた。
今まで自分に合わせていてくれたのだ。それが、何の前触れもなく一年間眠り続ける。
何も話さず、動かず。それのなんと恐ろしいことか。
ハジは嫌な気分を取り払うため、湖に入ることにする。
彼が服を脱ぎ、湖に入ろうとしていると彼女が戻ってきた。顔は嬉しそうに微笑んでおり、その手には、木の実をいくつか抱えている。
そしてハジを見た瞬間、少女の動きは止まった。ハジも、動きを止めた彼女を不思議そうに見ているので、お互い何の行動もしない。
笑顔はそのままに、持っていた木の実を落とす。だが、そのことにも気がつかないのか、視線はハジに釘づけだ。
口元をヒクヒクと引き攣らせ、若干体は震えている。
挙動不審な彼女を心配したのか、ハジは彼女に声をかける。
「おい、どうした。大丈夫か? 木の実も落としているぞ」
「き」
「あ?」
「きゃあああああああああ!!!」
「ん?」
「もう!ばか!なんですぐ服脱ぐの!すけべ!へんたい!」
「(……鬱陶しい)」
少女はハジをののしり続ける。
しばらく好きにさせていたハジであったが、なかなか言い終わらないのでとっとと湖に入ることにした。
少女は中途半端にハジから知識を受け継いだがために、中途半端でお年頃な精神なのだ。
ハジはハジで全く気にしないので、いつも少女が気苦労を重ねていた。ご愁傷さまである。
少女が落ち着き、ハジも湖から出てきた。その際、彼女はちゃんと見ないように気を付けている。
ハジが服を着て少女に話しかける。これからどうするか、と。
ハジは少女を連れて旅をしている。いずれ、妖怪達を引っ張る存在となってもらうため、多くの知識を身につけさせたいためだ。
それに、彼女の能力は不安定だ。
『境界操作』。『境界を操る程度の能力』の名付けられたそれは、彼女自身、捕らえきることが出来ない。
ハジの『端を操る程度の能力』とは両極端な物だろう。だが、非常に近いモノ。
境界とは、端と端の間。始まりから終わりの間。終わりと、次の始まりの間。
境界とは何処にでもあるモノ。だが、何処にでもあるが故に、捕らえきれない。
ハジの能力が始まりと終わり、その二つを操作するのに比べ、境界はその間の全てだ。数が多すぎる。
そのことも踏まえ、ハジは彼女を連れまわす。人間を襲わせてみたり、時には妖怪に協力してもらい、彼女をボコボコにしたり。
一日でも早く、彼女が能力を扱えるように。それがハジの願いでもあるし、少女自身の為でもある。身を守る術は、あったほうがいい。
自分の能力名に肖り、『間を操る程度の能力』にしようとし、却下された腹いせでは、断じてない。
彼女は、これからどうするかと聞かれても、行きたい所など何処にもない。やりたい事もない。
できれば、強い妖怪達と戦わせられるのは勘弁して欲しいのだが、短い付き合いでも分かる。絶対にさせられる。
知っている場所も、数えるほど。知っていることも、大してない。
そう思いハジに返事をすると、ハジは何かを悩み、一言。
「神に会おう」
「……は?」
ハジは言う。することがないのなら、神に会うと。
神とは、人間を襲う妖怪からしてみれば敵のような物だ。
人間を襲おうとしなければ何もしては来ないが、ほとんどの妖怪は人間を襲う。それが、彼らの存在意義なのだから。
彼女もそれを分かっている。だからこそ、理解出来ない。なぜ、わざわざ敵のような者に会いに行くのかと。
彼女は思う。まさか、次は神と戦うのか。私おわた、と。
ハジに連れられて神の下へと転移する。相変わらず、便利な能力だ。いつか自分もやってみたいが、自分には能力の制御ができていない。
ハジはいつか出来るようになるだろうと言っているが、あまり信じられない。
以前、試しに能力を発動させた結果、体がバラバラになった。文字通りの、バラバラ。
何が起こったかも理解が出来ず、気が付いたら地面に倒れていた。横には自分の物と思われる手足が転がっており、すごく怖かった。
下半身と上半身も別れてしまっており、あと一歩で死ぬところだった、らしい。
ハジが居なかったら、早くも私の人生……妖生?も終わっていたのだろう。ハジは私の体をくっつけてくれた。
その後自分の血肉を私に分け、強制的に体力を回復させたようだが、あまり覚えていない。覚えているのは、すごく怖かったことだけだ。
ハジが言うには、私たちは肉体的にはほぼ同じ構成らしい。今のところは、だが。
だから、今の内ならいくら無茶をしても治せるし、いつかは、私もハジのように強くなれるらしいのだが、あまり信じられない。
だって、ハジは神ですら倒すような奴なのだ。あんな化け物と一緒にしないで貰いたい。
本当に、私はハジの娘を名乗ってもいいのだろうか。傍から見ていても分かる。今まで出会った妖怪達は皆、ハジを尊敬している。
そして、そんなハジの娘である私を、皆期待の目で見ている。自分の能力すら満足に操れない、私を。
ハジも、私に期待しているのが分かる。そんなに、私に期待しないでくれ。その想いが、重い。別にうまいこと言ったなんて思ってない。
私だって他の妖怪達の子供のように親に甘えてみたい。
なまじ知識を持って生まれたが為に、羞恥心があるのが悔しい所だ。甘えるの恥ずかしい。
私ももっと単純に生まれていたらなあ……。なかなか素直になれない。そんな自分の気持ちにも慣れない。別にうまいこと言ったなんて思ってない。
いろいろ考えていたら神の住居へと着いたようだ。まあ、転移の時点で近くには着いていたのだが。
中から神が出てきて、なにやら此方を見ている。変な帽子をかぶった小さな神だ。私と同じくらいだろうか。でも、感じる力はとても強い。
こんなのと私は戦うというの……?
嫌よ、そんなの。だって……こいつ、下手したらハジと同じくらい強いんじゃ……?
「ねえねえハジ。この子は?また拾ってきた?」
「違う。私にも子が出来たということだ。ふふん、どうだ、すごかろう」
「お、おおー?…………ええぇぇぇえええ!!!」
変な帽子を被った神が驚く。
目の錯覚ではなければ、あの帽子も驚いているように見える。ハジは何の反応を示していないが、気がつかないのか?それとも、やはり私の目の錯覚か?
彼女の叫び声に反応したのか、中からもう一人の神が現れる。
ああ、私死んだ。
こいつ、この小さい神よりも強そう。
頼みのハジは守ってくれない以上、もう諦めるしかない。
泣いても、いいですか?
「――――――って事らしいよ神奈子」
「ほう、ハジが子供を、ねえ。
よろしくな、ハジの娘よ。……って、なんか泣いてる!?ど、どうしよう諏訪子!私、泣かせちゃった!?」
「落ち着きなよ神奈子。ボロ出てるよ。
はいはい、泣きやんでねー。このおねーちゃんは怖そうだけど、実はすっごい優しいんだよ。ほら、泣きやみなって。
………泣き止まないと祟んぞ」
「っ!?」
「娘に何をする気だ諏訪子」
「はははっ!冗談だっ痛いっ!うぅ……あーうー」
最後の発言に涙も引っ込んだ。
祟るとはどんな物なのかは分からないが、碌な物ではないだろう。
放任的なハジが前に出てくるほどだ。凄いのだろう。きっと。
もういやだ、湖に帰ろうよハジ。私、帰ったら妖精達と遊ぶんだ……。
その後は予想と外れ、自己紹介をして、少し話をしたら終わった。
流石に神と戦うなんてことは無いか……。戦ったら、いくら相手が手加減しても私は死んでしまうだろう。この実力差だと。
流石にハジより強いって事は無いだろうが……もし私が殺されたら、ハジは悲しんでくれるだろうか?
帰り道、私の好きな黄昏時に聞いてみる。
「ねえ、ハジ。もし、私が殺されたら、どうする?」
「なんだ突然」
「いや、実は私、さっきの神と戦う為に連れてかれたと思ったのよ。だから、死ぬかと思ってたわ」
「ほう。それも良いかもな」
「え゙っ……」
何やら踏んではいけない物を踏んでしまった気がする。
ああ、こんなことならば言うんじゃなかった。私のバカバカバカ。
「まあ、そんなことはさせないさ。お前は、私のたった一人の娘。
神がお前を殺そうとするならば、その全てを討ち滅ぼしてやる。私も、死ぬだろうがな」
「え?ハジの方が強いんじゃないの?」
「私が一番なのは、妖怪の中だけだ。あの諏訪子ですら、私と同等。神奈子に至っては、私が力負けする。
他にも、この世界にはもっと強い神も居るだろう。まあ、負けることはしない。私は強いからな」
意外だ。常日頃から自分は強い、負けないと言っているから、無敵なんだと思っていたけど。
ハジにも……勝てない存在が居るのか。
ハジの強さを見ると俄かには信じがたいが、ハジは嘘をつかない。きっと、本当のことなんだろう。
だが、あまり死ぬ死ぬ言わないで欲しい。私はまだ、満足に親に甘えることも出来ていない。
「……そう。でも、あなたが死ぬのは嫌よ、私」
「私もお前が死ぬのは嫌だな。お前だけじゃなく、仲間達が死ぬのも嫌なんだ。
……お前は、私をおいて逝かないでくれ」
「ハジ?」
「……?いや、何でもない」
変なハジだ。
なんだか、今日はいつもよりも気弱な気がする。
自分が死ぬとか、仲間が死ぬとか。いつもみたいに誰にも負けないとか言っていればいいのに。
それが、皆の憧れている、私の憧れているお父さんなんだから。
……お父さんは流石にないかなあ。見た目のせいでお兄さんみたいだし。うん。やっぱりハジはハジだ。
私も、ハジの心配事を減らすために、少しは能力の制御を出来るようにしなければ。
「お前も、強くなれよ」
「分かってるわ」
「それまでは、私が守ってやる」
「……分かったわ」
「期待している。……ゆっくり、な。紫」
うん、頑張ろう。
でも、訓練は、優しくして欲しいんだけど。
……ゆっくり強くなればずっと守ってもらえるのだろうか?
「だいぶ歩いたな。疲れたか?」
「い、いえ……だ、だいじょう、ぶ」
「そうか?まあいい。私がお前を担ぎたくなったから、乗れ」
「え?で、でも」
「私の頼みだ」
「そ、それじゃあ聞いてあげようかしら。あなたの頼み」
「ああ、ありがとう」
「……ええ」
――――――――――――
あとがき
なんぞこれ。
ゆかりん何処?あの、胡散臭いバbゲフンゲフン。美少女は何処に行ったの?
こんなのゆかりんじゃない!って思う方も居るでしょうが、こんな感じになりました。
この世には『反面教師』という言葉があります。単純でおバカな主人公を見習って、いつの日かあんな風になるんですよ、きっと。
あと、やさぐれたゆかりんなんてのもいいよね。wktkしてきた。
寝ているときにサ。天井から語りかけてくる奴が居るんだ。謎の存在なんだけど。
「ゆかりんとゆうかりんは幼馴染設定」とか言って来るんだ。
やばいだろ、この破壊力。