11月8日
横浜基地、地下19階、副司令室
「佐渡島からＢＥＴＡが本土へ上陸します」
いきなり部屋に来て、その言葉に珍しくキョトンとしている香月である。
「それで？それが本当だという証拠あるの？」
「…………ありません」
そんな便利なモノがあるのなら俺は有効に使っている。
「でしょうね………証拠なんてある訳ないもの」
「先生なら帝国軍に警戒体制を発令させる事ぐらいできますよね？」
彼女のパイプは幅広いと言っても過言ではない、コネだっていくらでもある筈だ。
それにオルタネイティヴⅣ計画の責任者である香月夕呼の発言力に影響力があるのは事実である。
「できない事はないけど……面倒なのよね」
「面倒でもお願いします。」
頭を下げるが、おそらくは断れるだろう
そもそも、不確定なのだ。絶対とは言えない
だけど可能性はある。
しかし、可能性で軍を動かすなど通常は無茶である。
「………いいわ」
「本当ですか！？」
随分とあっさりと引き受けた事に心底驚く
予想ではなじられるのではないかと思っていた。
「ええ、本当よ。だからさっさと出て行きなさい」
「はいッ！」
俺は部屋を出て、地上へ上がる。
その足取りは軽かった。
夕呼side
白銀が部屋を出て行くのを確認すると深く、椅子にも垂れる。
「まったく……こっちの気苦労も知らないで………」
「私からもお願いします。」
隣の部屋のドアが開き、社が出て来た。白銀が来てからずっと隣の部屋に身を潜めていた。
その理由は彼が『今日』、この部屋に来てＢＥＴＡ上陸を迎え撃って欲しいと頼みに来ると知っていたからだ。
下手に彼と鉢合わせになると面倒な事態になりかねないかもしれないので隠れていた。
「はぁ……情報省の犬が嗅ぎ付けてくるのよね・・・・」
もっとも、そこまで嗅ぎ付けられるのは情報省でも一人の『変人』ぐらいだろう
その『変人』も自分の手駒であるわけなのだが………
「なるべく……私の知りうる歴史通りに動いてくればいいのです。」
下手に『歴史』を動かせば誤差は大きくなってしまう。
なるべく、己の知る範疇の流れになれば予測もつきやすい
「傲慢ね……神様になったつもり？」
「そんなつもりはありません」
「歴史を動かす……まさに神様じゃない？社の思惑通りに『世界』は動いているのよ」
否定はできない
今、『この世界』は一人の少女の掌の上にあると言っても過言ではない
「……もう、寝なさい。予定より早く部品が届くそうだから明日は忙しいわよ」
「……はい」
部屋を退室するのを見届けた。
「……………………何やってんだか……」
―私が言いたいのはそんな事じゃない……私が言いたいのは………………
もっと大切な事を言いたかった。
しかし、どうしても言いたかった。彼女の……『社霞』の行いは傲慢である。
自分の都合の言いように『世界』を改竄する。
『世界』と『大切な人』を天秤に掛けるなんて………
夕呼は椅子から離れ、隣の部屋と行く
11月11日
『そ■て……悲■■事で■が、■れら■ての者■の望みを■たす道■、常に■■たの前■有るとは限■■■■……』
『■し■……自■■■を汚■ことを、厭■てはな■ない■です』
『道■指し■そ■■■る者は、背■うべき責務■■さか■目を背■てはなら■い■で■』
・
・・
・・・
・・
・
目を覚ますとそこは己の部屋である。
「………………」
―なんだ……？
それは今まで見たことない『夢』だった。
夢とは己の『記憶』が反映されるものである。
でも……先ほど、見ていた『夢』は自分の『記憶』にはない
―忘れているのかな…？
「時間は………ッ！！？」
『６時０２分』
―そろそろＢＥＴＡが侵攻する時間じゃないのか！？
慌てて服を着替えはじめる
「くそっ！」
―こんな日に寝坊なんて……『夢』が原因か！？
それと起こしにくる霞が今日は珍しく来ていない
彼女にも都合があるのだろう、あまり気にはしなかった。
丁度、着替え終わると同時に基地中に警報が木霊する。
―来たッ！！
俺は急いでブリーフィングルームへ走っていった。
第２ブリーフィングルーム
「全員集合しましたッ！」
「よし、状況を説明する」
本日、０６２０時に佐渡島ハイヴより旅団規模のＢＥＴＡが出現、南下して新潟に上陸、それを帝国本土防衛軍第１２師団が迎え撃っている最中である。
直に帝国本土防衛軍第１４師団も合流する予定だ。侵攻してくるＢＥＴＡの殲滅は時間の問題である。
「これなら……」
『前の世界』では途中でＢＥＴＡを見失ってしまったが今回は違う
夕呼先生の伝でBETA上陸前に警戒態勢を発令させて、万全を期して迎え撃ったのだ。
これで少しは流れが変わっただろうか？
いや、変わっていない。
変えるのならもっと大きな事象を起こさないといけない
そう、大きな事件を……
ＡＭ７：４１
新潟県、中越地方、第二防衛
帝国本土防衛軍第１２師団、ウィザード中隊
ＢＥＴＡが本土上陸に迎え撃ったのが帝国本土防衛軍第１２師団である。
最前線を防衛する帝国本土防衛軍第１２師団は帝国内でも指折りの精鋭部隊にあたる。
帝国海軍の第一海上防衛線を突破してＢＥＴＡは中越地方まで侵攻してきた。
もっとも、第一海上防衛線での海軍は海底を『歩く』ＢＥＴＡには戦艦は役に立たないのでのＡ－６J海神がメインである。
何度も侵攻してくるＢＥＴＡとの戦闘で使用された劣化ウラン弾やら艦砲射撃でこの地方一帯は荒地である。
ＢＥＴＡとの戦争が終わってもこの土地は元に戻すには長い年月がいるだろう。
その荒地を単機で突き進む黒い不知火がいる。肩には帝国軍のマークと魔女の帽のエンブレム、それがこの機体の所属する軍と部隊である。
機体は匍匐飛行をしながら、周囲を探索する。しばらくして管制ユニット内に警報が鳴り響いた。
レーダーには分散されたＢＥＴＡの一群がいた。
その数30、要撃級と突撃級の中型種の集まりだ。
ＢＥＴＡは単機で突っ込んでくる不知火の存在に気付き、転進して黒い不知火を狙って我先と襲ってくる。
その圧倒的な物量に対して怯むことなく突撃する。
一体の要撃級の腕が大きく振り上げられ、その凶暴な前腕が不知火を襲う
筈だった。
凶器は哀しくも空を切り裂くだけだった。
突如として消えた獲物を探すが見当たらない
グシャッ！
西瓜を踏み潰したときのような音と共に要撃級の顔が不知火の足によって踏みつけられていた。
戦術機の全体重で踏みつけたのだ。踏みつけたなんて言葉は生易しい、潰したと言えば適切だ。
それでも尚も生きている要撃級は再び腕を振り上げようとしたが、それよりも早くに36ｍｍ劣化ウラン弾が要撃級の体に無数の穴を開ける。
さらに射線を変え、他のＢＥＴＡにも36ｍｍのシャワーを浴びせていく
しかし、ここは戦場、待った無しの世界である。四方から要撃級が襲い掛かってくる。
黒い不知火は回避しながらも一体の要撃級の側面にはりつき、36ｍｍのフルオートで要撃級の脇に撃ち込む。
のそりと背後から新たな要撃級が現る。油断した衛士は次の瞬間には撃破されていただろうが、この衛士は違う
背後から接近してきた要撃級に対して、背部のパイロンに装備させた突撃砲を稼動させて仕留めた。
瞬く間に二体の要撃級が地に伏せる。
だが仲間の死を感じないＢＥＴＡは撃破した要撃級の骸を踏み潰しながら襲ってくる。
『ウィザード３、前に出過ぎです』
同色の不知火が前に躍り出て、ウィザード３の援護に両手と背部のパイロンに装備された４門の突撃砲が一斉に火を噴く。
その砲火を浴びて、次々とＢＥＴＡの骸を築き上げる
『勝手な行動は止めなさいと何度も言いましたよね？』
「あ～……忘れていました。」
『はぁ～……何度、言えばいいのかしら……』
呆れた声と溜息がスピーカーを通して聞こえる。
それも仕方ない。
対ＢＥＴＡ戦では最低でも二機連携必要であるがウィザード３は単機行動である。
「ですが伊隅中尉！前に出ないとコイツ等を倒せませんよ！」
と、これが彼の持論である。
軍隊では命令違反でもあるが、部隊は彼の行動には目を瞑っている。
理由は彼と連携を組める人材がいないからだ。
『剛田少尉、アナタの操縦技術や戦術に関しては部隊では1番でしょうが……もう少し周りの事を考えて下さい』
「り、了解」
『まあ……わずか30体だったと言え……見事ですね』
彼の操縦技術は教導団にも通用する程の腕前、故に連携を組むと片方が足を引っ張ってしまう
その証拠に先程の戦闘、あの様な操縦と戦闘の仕方は普通出来ない。
それに我が強すぎるのも難点である。
しかし……それだけの理由ならまだ良かった。
一番の大きな問題は………
「当たり前ですッ！俺の『ゴウダイン』は無敵なんですよッ！！！」
ＢＥＴＡの死骸を踏みつけ勝利のポーズをきめる。
この熱血精神に問題がある。っていうかゴウダインではなく不知火です。
それに彼のモノではなく、帝国軍の所有物です。
しかも過去に勝手に軍のモノである不知火をカラーリングしようとして整備班に吊るし上げ＆袋叩きにされた馬鹿である。
彼個人の能力が高くても『兵士』としての評価は良くない……いや、最悪である。
『ウィザード１から中隊各機、HQから新たな指令が下った。』
中隊長からの通信、おそらくはＢＥＴＡの追撃命令だろう
まだ他の場所では戦闘が続いている筈だ。しかし戦況はこちらが優勢、ＢＥＴＡは横浜を目指し侵攻している。
『撤退だ。』
「なッ！撤退！？」
『そうだ。ウィザード全機はこれから指示する地点に集結せよ』
その通信を聞いた衛士達は予想外の事態に驚きを隠せない
「どうしてですか！？こちらが優勢なのでは！？」
確かにそうだ。
現在、帝国本土防衛軍第１２師団は第１４師団と合流してＢＥＴＡを蹴散らしている。
さらにＢＥＴＡの予想侵攻ルートには第５，７師団が待ち構えている筈である。
それに国連軍から厚木の部隊が進行中である。
このまま戦闘を継続すれば勝てる戦いだ。
なのに、撤退命令とは些か変である。
『ＨＱから命令だ。』
「それならならＨＱに追撃許可を！」
『再度言う、撤退命令だ。』
「そんな馬鹿な話があってたまるかよッ！隊長ッ！俺だけでもいいッ！追撃許可をッ！」
『剛田少尉……撤退命令だ。』
無論、そんな事が許されるはずもない
「くそッ！なら俺一人でも追撃してやるッ！」
『止まりなさい！』
追撃を開始しようとする彼の前に一機の不知火が立ち塞がった。
「中尉ッ！そこを退いてください！俺は奴等を追撃するッ！」
立ち塞がった不知火を抜こうとするが通してはくれない
―強固突破をするか？いや、そんな馬鹿げた事はいくらなんでも俺には出来ない……
「伊隅中尉……そこを退いて下さい……」
『いい加減にしなさいッ！剛田少尉ッ！これまでの勝手な行動は目を瞑ってきましたが、今回は本当に軍法会議に掛けられますよ！』
これまでの彼の行動だって部隊内だからこそ目を瞑って貰っていたのだ。
命令無視して敵を追撃、そんな事をしてしまったら彼の仲間だってフォローが出来なくなる。
だが・・・彼の心情はわからんでもない、この撤退命令を聞いた衛士達も同じ事を思っている筈だ。
佐渡島ハイヴから侵攻のしてくるＢＥＴＡの目標は横浜のハイヴ奪還である。
それは過去の侵攻進路からして簡単に説明がつく
しかし、ＢＥＴＡが横浜を進むという事はそれほど離れていない帝都にも危険が及ぶ
日本国民としてそれだけ防がないといけない
彼らは軍人だ。どんな理不尽な命令でもそれに従うしかない。
『剛田少尉の気持ちはここにいる皆がわかります……ですが、軍の命令を逆らってはいけません。』
「くッ………」
『剛田少尉、君の心配は分からんでもない……だが、我々の『出番』がここまでだ。安心したまえ、他の部隊が奴等を倒すさ』
「…………はい」
『全機、帰還するぞ』
『『『『『『『『『『了解』』』』』』』』』』
「……了解」
だが隊長の言葉を聞いても、心の中では納得がいっていない
そもそも、今回の任務自体に奇妙なところがある。
２，３日前に新潟の防衛線に最優先命令で非常警戒体制２が発令された。
不定期に侵攻するＢＥＴＡの行動が予測できたとしか思えない。
それに噂ではその命令自体は帝国軍から発令されたわけではないようだ。別のルートでこの報が陸軍の総司令部に知らされたと聞く
が、噂は噂である。真相は不明だ。
今、この瞬間……俺の知らないところで『何』が起こっているんだ？