ラピスと俺達は町の外へと出ると、ラピスについて道を歩いた。
「なあ、ラピスは何の神に仕えてるんだ?」
「ガルギルディン様よ!」
ラピスは振りかえり、元気よく言い放った。
「あー、あのわけのわからない難しい教義の……」
俺が思いだしながら言うと、ラピスは笑った。カラッとした笑顔に、俺は好感を持った。
「あはは。あんた馬鹿そうだしねぇ。一言で言うとね。教義は守護騎士かなぁ」
「守護騎士! 格好良いな」
「でしょー? あ、今日はここら辺で野宿だから」
結界ギリギリの場所。平原のど真ん中で、そこだけ草が刈られている丸い空間を指し示し、ラピスは言う。
なんでここだけ……ああ、そうか。背の高い草むらは、魔物の姿を隠してしまうんだ。
「じゃ、あたしは野宿の準備してあげるから、あんた達は草刈って」
俺達は頷き、黙々と草むしりをした。草むしりをしながら、兄貴はラピスの方を伺う。
「何よ?」
ラピスはじろりと兄貴を睨んだ。
「いえ、プロの冒険者の野宿の仕方を学んでおこうと思いまして」
「そっかぁ。うんうん、感心ねー。でも、草むしりは手を抜かないでよ?」
「もちろんです」
そうか、俺もよく勉強しておこう。ラピスは鞄から、銀色に輝く箱を取り出した。
その箱を円の中央に置き、開く。ラピスが長い長い呪文を唱えると、白い炎が噴き上がった。
「いよっし! これでこの炎の灯りの届く場所に魔物は近づけないわ。あんまり強い魔物には効果がないけどね! それは町の結界が防いでくれるはずよ」
そして、ラピスは俺達を呼び、鞄の中から食事を取り出す。
「貴方達、食事は節約し過ぎちゃ駄目よ。戦闘の時、お腹が空いて戦えなくなったらどうしようもないわ。かといって食べすぎも駄目。今回は約一週間の旅になるから、よく覚えておいて。ま、その荷物一ヶ月分の食料はあると思うから、大丈夫だと思うけどね。あ、虫よけちゃんと塗っとくのよ?」
俺達は真剣に頷く。
そして、食事に手をつけた。
寝るときはマントに包まって。見張りは二人で交代。ラピスは見張りのコツを教えてくれた。
初めての野宿。虫の音が涼やかで、夜空はとても綺麗で。
とてもいい夢が、見れそうだった。
最初に俺が眠りにつき、兄貴に起こされて見張りにつく。
起き上ると、全体チャットでの馬鹿話で眠気をごまかしながら過ごした。
日が昇り始めると、ラピスは起こしてもいないのに目覚めた。
「ん。じゃあ、出発しますか。犬! そこの女王様を起こしてよ」
「僕は女王様じゃありませんってば」
兄貴が起き上って砂埃を叩く。
「俺も犬じゃないぜ。大体、なんで女王様と犬なんだよ」
「そのガーターと首輪じゃねぇ……」
ラピスは半眼になってルビスタルボックスを見つめる。
「ま、いいわ。食事にしましょ。水は大事に飲むのよ」
朝食を済ませて町の外へ外へ向かって行くと、ちらほらと魔物が見え始めた。
「あの魔物を倒すのか?」
「まだまだここは数が少ないわ。あのね、今から行く場所は洞窟なの。魔界と繋がっていて、魔物が湧いてくるから、定期的に退治しないといけないのよ」
俺達はそれに頷いた。
洞窟が見える位に近づくと、なるほど、魔物がたくさんいた。
「あちゃあ。溜まっちゃってるわねぇ。ここら辺で狩るわよ」
「わかりました」
「わかった」
俺と兄貴は、それぞれマラカスと扇を取り出して、戦いと言う名のダンスを踊り出す。
ラピスの爆笑を演奏として。ところで俺らって、なんで笑われてんの?
「あはっあはっ……あんた達、何やってんの?」
爆笑しながらラピスが聞く。明るい笑い声が、また可愛い。それに、笑い転げながらも迫りくる魔物をスパスパ切っている。見知らぬ男二人を連れていくと言うだけあって、かなり強いようだ。
「何って、戦っている、ほっわけだが、とうっ」
「その武器は何よ!?」
「何って、ドリステン様が下さった武器兼儀式の道具だ」
「あ……ありえないっ笑い死ぬ!」
そして、ラピスはまた爆笑する。
「確かに、マラカスはコミカルかもしれませんねぇ……」
踊るように周囲の魔物を切り裂きながら、兄貴が言う。
「扇も十分コミカルよっなんでそれで攻撃できるわけ!? そこらの安物の剣より良い材料と作りをしてんじゃない? ちょっと後で見せてよ!」
「それは構わないが……ほっ」
周囲の魔物を駆逐するのに、一時間ほど掛かってしまった。
俺達の武器を見て、ラピスは真剣な瞳で言う。
「これ、バラして売っていい?」
「駄目だよ」
「駄目です。神様より授かった初めての武器を売れとかアホですか」
「兄貴!」
俺は兄貴を窘めるが、ラピスはあまり気にしていないらしく、残念そうな顔をした。
「それ、すっごく高価な材料よ。まあ、出ないとそんなふざけた形状の武器で魔物が倒せるわけじゃないけど。これは要報告……ね……」
ラピスがばっと戦闘態勢を整える。
「あんた達、足手まといになるからすぐ逃げなさい」
「な、なんだ!?」
「洞窟の外に、こんな強力な魔物が出てくるなんてめったにないのに……トロールよ!」
「ラピスも逃げよう!」
「駄目。あいつ結構速いの。心配しないで。トロールごとき、以前も倒した事があるから。……前は、10人がかりだったけど」
ラピスは、自分を犠牲に俺達を逃がす気だ。それが俺にはわかった。
「ラピス……ドリステン様の教義は、パッションだ。俺のパッションは、ラピスを守れと言っている!」
俺はマラカスをしっかりと握り、トロールに殴りかかった。
トロールも棍棒を振る。真っ向からの力と力の対決。
一瞬の間を持って、俺は吹き飛ばされた。
「馬鹿! リキ!」
ラピスが剣でトロールに切りかかる。うまく力を受け流しつつ戦っているが、ダメージを受けないのが精いっぱいと言う所。
駄目だ、俺じゃあのスピードについていけない。
十合交わして、ラピスが同じくトロールに殴られ吹き飛ばされた。
俺みたいに頑丈じゃないラピスは、口から血を流している。
俺に出来る事……。俺は、マラカスを思いっきり振った。情熱的に。全てを忘れて。
そして心から叫ぶ。
「パッション!」
ラピスの傷が癒えていくのが感覚でわかる。でも、全然足りない。ならば何度も踊るまで!
「パッション!」
トロールが、俺達に近づいてくる。く……!
「仕方ありませんねぇ……。こんなに早く切り札を使う事になろうとは」
扇を畳んで、兄貴が言う。扇が、俺にもわかるほど魔力を凝縮させていく。
兄貴が、呪文を唱えた。
「もう! どうにでもなーれ!」
兄貴が良い笑顔で扇を振り抜いた。トロールがそれに吹き飛ばされ、洞窟の上の辺りにビタンっと張り付いて、ずり落ちる。轟音と共に落ちたトロールの死体は、ゆっくりと消えて行った。そして、大量の蒼いクリスタルに変わる。
兄貴は悠々と足を出し、クリスタルを吸収する。
俺はその後も踊りつづけ、ラピスを完全に癒した。
ラピスは、口をパクパクとさせる。
「犬! か、回復呪文なんて使えたの? しかも見たとこ、仲間選択式の範囲回復だったわ! 威力は弱いけど、こんなにたくさん使えるなんて……! あんた総MPいくつなのよ!? 消費MPはいくつ!?」
「ちょっと待ってくれ」
俺は情熱を込めてマラカスを振り、ドリステン様と繋がった。
「ドリステン様! MPってなんだ?」
『あー、MPね、MP。設定し忘れちまったい……ワシうっかり。こりゃまたメリールゥに笑われ……笑われ……なんだ、お前も忘れたのか。確か、特技ならMPを使わなくても問題なかったんだったか? あ。そうそうレベルアップな。とりあえず力をあげておけば文句はなかろう。それと、補助呪文の素を買ってきたから覚えさせてやる。呪文はパッションで、やりかたは儀式と同じ。効果は全ステータスアップ……主、主神様!? なぜそのように怒っておられるのですか!? ぎゃー!』
俺はそれを聞いてしょんぼりした。なにやら、ドリステン様が怒られているらしい。神様が困っていると、俺も悲しい。
「ねぇ、なんだって?」
ラピスが急かすので、俺は答えた。
「MPは設定し忘れたって。そんな事より、ドリステン様が主神様に怒られてるみたいだ……」
それを聞いて、今度こそラピスは驚いた。
「MP設定し忘れって……もしかして、無いって事!? 回復呪文が!?」
「おやおや、リキ。そういう事は黙っておくものですよ。まだ利用できたかもしれないのに……。お陰で、せっかくレベルアップしたのに今回は呪文無しです。その代り、トロールを倒したご褒美の防具は貰えましたが」
兄貴は、ひらひらの布地を持って言った。
「ごめん、兄貴」
「そんなひらひらの服が防具ってへぼ……待って!」
ラピスは布地を見て、目を丸くした。
「こ、これは最高級のダークスネークの皮で作った服!」
「メリールゥ様のもう着なくなった安物の服だそうです」
「神々の服なの!?」
ラピスはその服をばっと広げた。
片足を激しく露出させた、黒を基調とした服だった。そしてデザインが激しくアレである。
「女物なのが唯一の問題ですね……。まあ良いか。こういうささやかな抵抗も楽しいものです。ふふふ……」
「鞭とか持ったら凄く似合いそうだな!」
俺が言うと、兄貴はニコリと笑って言った。
「次に貰える武器は鞭だ馬鹿―! だそうです」
「そっかー。良かったな、兄貴」
「ええ、そうですね」
一方ラピスは、バンバンと大地を叩いていた。
「笑っていいやら泣いていいやら……! 素材は良いのに! 素材は良いのに! いろんな意味で素材は良いのに! 色んな意味で台無し……!」
とにかく、俺達の初めての冒険は終わった。
これを機に、ようやく仲間達は安心し、出発する事になる。