町に近づいていくにつれ、活気が近づいてくる。
「なあ……。最近のゲームってこんなにリアルなのか?」
俺にはよくわからないが、こんなに多くの人々、それも異国語が混じっていたり、それぞれが意味のある会話だったりを用意するのは凄く大変なんじゃないか?
「最新型のゲームですからね」
兄貴は俺の言葉に一瞬目を見開くと、うっすらと笑って言った。その笑みを見て、何故か背筋がゾクッとする。兄貴はすぐに目線を露天に移す。
俺も露店を覗くと、露天商が仰け反った。
「お、おお、悪いね! 竜人と獣人の混血は見た事無かったもんで……って、首輪付き? あんた、奴隷かなんかかい? 冷やかしは困るよ。あれ、人間の血も混じってる?」
露天商の言葉を右から左に流しながら、俺は商品を見つめる。そこには色々とアクセサリーが売られていて、俺は目移りをした。アクセサリーはぜひ欲しい。こんな粗末な服じゃ酷過ぎる。
「リキ。必要な物はもう既に持っているはずです。手持ちの資金も少ない。少なくともギルドに申し込みをして仕事を手に入れて、今日の宿を手に入れるまでは無駄遣いは避けないと。それとも今日、野宿をしますか?」
「兄貴」
俺は名残惜しく立ち上がる。兄貴の言う事ももっともだ。
「兄貴ぃ!?」
露天商は今度こそ目を丸くした。
「あんた、竜人とエルフの混血で男かい!? 男なのにガーターリング? 兄貴ってどういう事だい?」
「先を急ぐので……」
兄貴は露天商に微笑み、俺の肩に手を置いて促した。
「ちょっと待ったぁ! ギルドと宿の場所なら教えてやるよ。あんたほどの美人なら、例え男でも野宿や下手な宿は危険だ。その代り、なんか買って行ってくれよ。冒険者になるんなら、最低限の資金は持ってきているんだろ。この毒防止のアクセサリーなんか、値段は張るが重宝するぜ。あんたらの事情を聞かせてくれるのでも良いぜ!」
露天商は身を乗り出して陽気に話しかけてくる。
兄貴はちらっとアクセサリーに目を走らせる。正確には、その値段と効果表に。
「毒防止には非常に興味がありますが、値段が張りますしキリがありません。リキ、ステータス一アップから好きな物を一つ選んで下さい」
「そうだな……じゃあ、これを」
俺はその中から、銀の複雑な文様をした腕輪を一つ選んで身につける。それはぴったりと俺の腕にはまって、俺は気を良くした。
「まいどありっギルドはその道をまっすぐ行って青い屋根の家を左に行った突き当り、それで宿はギルド左横の細道を少し歩いたとこだ」
兄貴は頷くと、料金を払って俺の背を押した。
「中央神殿で祈ってから行きましょう」
「ああ、そっか」
俺達、もう信者なんだ。事細かに祈らないと駄目なんだな。
兄貴は町の中央に真っ直ぐ進んでいく。中央神殿ってこっちの方で良いんだっけ?
そう思うと、中央神殿はどの町でも中心地に建てられるという事が思いだせた。
中央神殿まで行くと、さすがに人出が凄い。俺と兄貴は、人にぶつからないよう十分に注意して進まねばならなかった。
ようやく神殿の中まで入ると、神々のリストの刻まれた石碑が中央に聳え立ち、それを囲むように各神殿の出張所が配置してあった。
リストの隅っこ、補助神と書かれた所に、ドリステン様とメリールゥ様の名前もちゃんとある。
軽く一周してみたが、ドリステン様とメリールゥ様の出張神殿は無いようだ。
がっかりしながら、一際大きな主神様を祭る神殿の出張所に向かう。
主神様は神様のトップだし、そこの神殿では全ての神を一緒に祭るので、自分の信じている神様の神殿が無い時は主神様の神殿に向かうのだ。
「どうしましたか?」
神官が俺達を見て一瞬目を見開いたものの、すぐに柔和な笑みで押し隠す。何事かと、それとなく神官達が寄ってきていた。
「主神様と信じる神様に祈りに参りました。それと懺悔を」
「喜んで伺いましょう」
兄貴は神官の前に跪く。俺も一緒に跪いた。
「いよいよ、僕達も冒険者として独り立ちする日がやって参りました。心優しい商人に、ギルドはその道をまっすぐ行って青い屋根の家を左に行った突き当り、それで安全な宿はギルド左横の細道を少し歩いたとこだと教えてもらい、何とかギルドに辿りついて宿をとる事が出来そうです。主神様、メリールゥ様、どうかご加護を」
「ドリステン様、どうかご加護を」
懺悔というより報告を済ませると、兄貴は神官に礼を言って僅かに硬貨を差し出した。
「主神様も、貴方達の旅立ちを祝福してくれますよ」
神官は硬貨を受け取り、優しく笑いかけた。
「兄貴。待ってくれ」
俺は兄貴を追いかける。兄貴と言った時、周囲がざわめいた。
もしかして、目立つんだろうか、俺達。混血と言う事に驚いていたようだったし、混血はあまりいないのかもしれない。
神殿を出る直前、神官は俺達を呼びとめる。
「この指輪を特別に差し上げましょう。主神がお守り下さるでしょう」
「ありがとうございます」
兄貴は早速指輪を俺につけさせる。そして神官に別れを告げた。
神殿を出ると、俺達はまず、ギルドへと向かった。通りは大きく、迷う心配は全くと言っていいほど無かった。
ギルドは重厚な建物だった。作りは立派だけど、中にいる奴らで威厳が台無しだ。迫力のある奴ばかり、もっと言えばチンピラが多かった。兄貴は一瞬立ち止まり、笑顔と言う仮面を被って中に入る。俺はさりげなく兄貴の先に立った。
ギルドに入ると、俺達に視線が集まる。何人かは、兄貴を見て口笛を吹いた。
「ひゅう。混血だが、良い女じゃねぇか」
兄貴はまっすぐに受付へと向かい、品の良さそうな男の人に入会費を支払った。
「何か仕事を探しているのですか……」
「仕事はあるぜ。俺の部屋に来いよ」
獣人が兄貴の肩に伸ばした手を、俺は掴んだ。
「兄貴に手を出すな」
その言葉に、やはり周囲がざわめいた。ようやく俺は気づく。そうだ、今の俺達は兄弟に見えないから、それでか。一人頷いていると、受付の男が兄貴にリストを差し出した。
「こちらが仕事のリストになります」
兄貴はそれにじっくりと目を通す。そして顔を顰めた。
「ありがとうございました。もう結構です。行きますよ、リキ」
「依頼は受けなくていいのか?」
「ルビスタルの収集は依頼を請け負わなくてもいいのですよ」
俺の手を引き、兄貴はギルドの外へ向かう。
『失敗しました』
『失敗って何が?』
全体チャットでの会話。兄貴の声は苦々しげだった。
『冒険者はギルドだろうと安易に考えていました。僕達が考えるギルドの機能は全て神殿が受け持っています。ギルドの場合は、少しガラが悪い。まあ、入っていてもデメリットはないでしょうが。……やはり神殿とのつながりは欲しいですね。ここは宿へ向かいましょう。少し無謀ですが』
そして、ギルドの横の細道に入る。細道は暗くてじめっとしていた。
細道を進むと、両側をガラの悪い男達に囲まれる。
「こりゃ良い値で売れそうだぜ……。怪我したくなきゃ、大人しくしてな。とびっきりの宿に案内してやるぜ」
「仕方ないですね。リキ、様子見しましょう」
あれ? 俺ら騙されてるんじゃね?
商人の奴、安全な宿って言ってたよな。
それに俺は、全く動揺のしない兄貴が気になった。とにもかくにも全体チャットで俺ら、売り飛ばされるかもと流す。驚愕の声が全体チャットのログを埋めた。