『あー。坊や。それは、良くないことだ』
そう言ったのは、金髪碧眼のおにーさんでした。僕の罠は、あっという間に突き止められました。あと少しで力を虐める子達を一掃できたのに。
『……皆つまらなくてうざいんです』
『そうか』
『でも、おにーさんは面白そうですね。しーあいえー?』
『しがない刑事だよ、ちくしょう! ほら、刃物は危ないって!』
大人相手とは言え、僕は初めて負けた。驚愕だった。
『僕をつーほーも殺しもしないんですか? 勝ったのに?』
『しないよ! 通報はともかく殺しとか子供が言うんじゃない! っていうか君、前科ないよな? ないって言ってくれ! ああ、もう。世界は確かに冷たい所もある。でもな。だから暖かい物を手放しちゃ駄目だ。君は弟の為に頑張ったんだろう?』
『ぎぜん』
『だけど、人の心を本当に動かすのは、その偽善なんだよ。そのうちわかる。わかれ』
『よくわからないけれど……おにーさんはつまらなくないので、しーあいえーに、はいってあげます。アセット(協力者)じゃなくて、インテリジェンスオフィサー(機関員)がいいです』
『ああもう、子供って本当に意味不明だな! 俺はCIAじゃないが、CIAになりたいなら、俺の言うことを良く聞け。いっぱい勉強して、体を鍛えて……殺しをするな。ルールを守れ。優秀なスパイは人の心をよく知るもんだ。人の心を理解しろ』
『?』
『きょとんとするなよ、もう……』
懐かしいですね。小さい頃の美しき思い出です。
なんだか色々言われていた気がしますが、ゲーム内で何をしようと勝手ですよね。
それに、そういうことは力がすれば良いのです。
体がミシミシと音を出して、肋骨が折れたかも知れません。
トロールは強いですね。動きが巨体にかかわらず機敏だし、何よりも、回復力が凄い。
扇では傷が出来てもすぐ癒えてしまう。ダメージを与えるどころか、怒らせるだけのようです。
ここで死ぬかも知れませんね。ぞわりとして、ワクワクします。
全く退屈しない。こんな事は初めてです。
あのCMを見た時、すぐに不自然さに気づきました。
そして、巫女アリスのありうべからざる美貌を見た時、予感をしたのです。
この女性は、きっと僕を退屈な日常から救い出してくれると。
それは、あのおにーさんに感じた予感なんかよりもずっと大きくて。
ゾクゾクして、本当に楽しくて、楽しくて……
口の端を持ち上げ、立ち上がる。
自分はなんて果報者なのだろう。生を捧げても良いと思える存在が、生き方が二つあって。それに悩むことが出来るなんて、想いもしなかった。
アメリカにこの世界を売るのは、きっと面白い。
巫女アリスの為に、この世界を守るのはきっと面白い。
でもきっと、二つに翻弄されて無様に踊るのが、一番面白い。
だから、こんな所で躓いてはいられない。
僕は笑って扇を持つ。優雅に。握らずに。
ラーデス様は十分な火力を持っている。なので、僕は三人を引きつければそれで良い。
一匹。一匹倒せば、ひとまず攻撃技が手に入る。
期待してますよ、メリールゥ様
『怖いわよ! 筒抜けなのよ! ああん変態がいる―!』
僕は舞った。
兄貴が血だらけで踊る。ラーデス様も苦戦している。
兄貴は陶然とした顔で余裕綽々で踊っているのでもうすこし持ちそうだが、ラーデス様の魔力がやばいかもしれない。
「まずいわ。力! あんた、いっくら初心者でも人一人担いで逃げることくらいは出来るでしょ」
「わ、私はここで死ぬ! 殺して、殺されて、もう、うんざりなんだ! 放っておいてくれ!」
「……俺は、レオ様に領主をして欲しいと思うよ」
「知った口を! あったばかりじゃないか!」
「だって、レオ様は死んで欲しくないって言ったろ。異教徒でも犯罪者でも。死んで欲しくないって」
「そう、だが……。そんなの、領主失格で……」
「難しいよな。俺、馬鹿だからわからない。でも、でも、俺だってよく喧嘩して、失敗する。そのたびに、死刑だって言われたら、ラーデス様や兄貴がするみたいにあっさり切り捨てられたら悲しい」
「……」
「加減ってのが重要なのかも知れないけどさ。少なくとも、俺はお姫様のラーデス様なんかより、知らない人より、誰も死なせないって言ったあんたにあの街を統治して欲しい。……大事な人が、ラピスがあの街で暮らしているんだ」
「……行けよ」
「レオ様」
「その大切なラピスを助けに行けよ! 惚れた女だろ! 離れたところで待っているくらい、私でも出来る。私だけ助かっても、周囲を見殺しにしても、意味が無い。そんな奴が誰も死んで欲しくないって言っても、誰も耳を傾けない。ただでさえ、異端な考えなんだからさ」
「レオ様、ありがとう! 行くぜ! バルガス」
「フィーの為だ。仕方ないな」
「加勢するわ、ラーデス様!」
そして、ラーデス様の一撃でトロールの一体が倒れる。
兄貴はすかさず、そのルビタリスを全部吸収した。
「もう! どうにでも! なーれ!」
扇が発光し、巨大化した。兄貴はそれを振り回し、トロール二体は空へと高く撃ち出され、ぐしゃっと潰れた。
魔法すげぇ!
荒い息を吐きながら、ラーデス様は告げた。
「次は貴様だ……レオ殿、いや、レオ。異教徒を生かすだと? 犯罪者を救うだと? 異端を見逃すわけにはいかん」
「お前はそうだろうな。異端審問官ラーデス。でも僕は異教徒じゃないし、仮とは言え次期領主だ」
ラーデス様とレオ様は睨み合う。
俺はおろおろとしたが、とにかく怪我人を回復するのが先だとルビタリスを回収した。
『あー、まあ。メリールゥが怯えておるから、今回だけ特別じゃぞ?』
そして、何をすべきかわかった。
マラカスを振る。降る。降る。そうして歌う。唄う。謳う。
「パッション!」
「いきなり何を……!」
「パッション! パッション! パッション! パッション!」
情熱を込めて踊るんだ。想いを込めて謳うんだ。その想いを、パッションに込めて叫ぶんだ。
マラカスをジャカジャカと振って、想いを魔力に変換していく。
兄貴が踊り出す。きっとそれは、俺の為。
ほら、ラーデス様やレオ様の悲しい気持ちが流れ込んでくる。
それに負けないように、俺はパッションを叫び続ける。
目の前で大切な人達を失って。奪う物を許せないラーデス様。
奪われ、蔑まれることが日常で、どんな人にも、救いを用意して欲しいレオ様。
その怒り、悲しみ、想いをマラカスの音とパッションでくるりと包み込んでいく。
「もう! どうにでも! なーれ!」
そうして兄貴が吹き飛ばしてしまった。もやもやした気持ち、全部。
いい汗を掻いた俺と兄貴に、ラピスは叫んだ。
「何よ今の! 怖いのとかどうしたらいいのとか、全部吹っ飛んだんだけど!?」
「私もだ……重苦しい物がさっぱり。そ、それに、ラーデス様……」
俺と兄貴はラーデスを見る。
麗しきお姫様が、そこにいた。
「貴様……!」
鈴なる声は、天使の声。
「私の怒りを、憎しみを消し去ったな! 私だけの痛みを!」
きっと睨んでくる顔は、全く怖くなかった。火傷と傷にまみれた顔は、今は傷一つ無いベビーフェイスだ。
「き、綺麗だ……」
バルガスが呟き、ラーデスが自分の顔をペタペタと触る。
「この……この……断罪ぃぃぃぃぃぃ!!!」
可愛くなっても戦闘力は変わらない……どころか、傷が癒えて強くなってた。
傷を治して怒られるとは思わなかったぜ。
そんなわけで、俺達は無事に街へと戻り、お休みを貰った。
帰りが遅くなったのと、ラーデスが顔パス出来なくなったので証明に時間が掛かり、外で一泊する羽目になったがな!
その後手続きだのなんだので一日が終わり、監視付で休みを貰って宿に引きこもり、研究所に戻る事になったのだった。
ちょっと早いけど過去を出してしまいました。
でもまあ、本筋の謎は解けてるので(何せ改訂版)いいかなって。
早く第二部書きたい(エタフラグ)
アドバイス、ありがとうございます!
なんとか帳尻合わせました。