雫が落ちる音だけが響く。俺達は負けて、牢屋に入れられていた。
裸にされて、体も調べられた。
真っ暗な首都の地下牢の中、俺は口を開く。
今まで、怖くて言えなかった。でも、もう触れないでいる事はできない。
「なあ、兄貴。もう七日以上たってるんだが、大丈夫なのか? 死ねばログアウトになるのかな」
「拠点を通してログアウトしていたんですよ。その拠点が潰れた以上、ログアウトは出来ません。……すみません、リキ。貴方だけは逃がしてやるべきだった」
「……俺達、どうなるんだ? ログアウト出来なくて、死ぬのか?」
「リキ、もう、わかっているんでしょう?」
兄貴は問いで返す。けれど、それが答えだった。
「俺ら、騙されてたのか?」
「……」
俺は、顔を伏せた。
「俺だけ、騙されてたのか?」
「僕達は、全く同じ情報を与えられました。ですから、貴方だけを騙したわけではありません。ですが、貴方以外は、望んで騙された」
「そっか……俺、馬鹿だもんな」
沈黙が落ちる。そっか。俺達、異世界に来てたのか。
ラピスは、人か。ははっそれだけが嬉しい。そして、それだけが辛い。
だって、人間のラピスに、今度こそ本当に嫌われた。あの別れ際の顔は、忘れられない。
沈黙が落ちる。痛いほどの沈黙に、何か言おうと思った時、ラーデスが現れた。
「ツトム……貴様は、二体目なのか。記憶を引き継いだだけの。一体目は死んだのか」
「そうです」
「人造人間、だったとはな。混血など問題にならない、汚らわしい研究だ」
「しかし、それが魔将軍を倒した」
ラーデスが、牢屋を殴る。その金属音が耳に痛い。
「……綺麗事はよそう。そんな事はどうでもいい。どうでもいいんだ。私は、汚らわしい人造人間だろうと、愛した。そうさ、確かに愛したのだ。お前が、巫女アリスを愛していたというのは、本当か」
兄貴は、微笑んだ。悪戯がばれた子供のような、ちょっと弱ったような笑み。
「本当です」
ラーデスは、もう一度牢屋を叩いた。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。
「……てたのに! 信じてたのに! 信じてたのに! お前が、私の救いになると……お前は、よりにもよって邪教徒のアリスを選ぶか!」
「彼女は魔王を退治せんとする聖なる巫女です。異論は認めません」
「ふざけるなっ!」
引き裂かれるような、泣いているような叫び。
「ふふ……ふはは……とんだ道化だ。ハハ……ハハハハハハハハハハハ!! よかろう! 魔王を退治させてやろうではないか。マルゴー爺が人質だ。あいつはお前らの父のようなものなのだろう。この事件は闇に葬られる。お前達は、勇者のままだ。私を連れて、魔王退治に連れて行け! 邪教徒アリスではなく、この私を連れて魔王と対峙し……そして共に、死のう」
「いくら僕でも、仮にも僕を好きと言ってくれる女性を死なせるわけがないじゃないですか、馬鹿ですか貴方は。……命に掛けても守りますよ。愛してはいないけど、貴方の幸せは願っています」
「……最低だ」
ラーデスが鍵を開けると、お付きの者が俺達に向かって服を投げた。
それを一つ一つ身につけていく。
「じゃあ……まあ、最後の魔王退治に行きますか」
「なんで最後なんだ?」
「マルゴー爺は生かしても、僕達は生かさないって事ですよ」
「そっか……」
俺達は、兵士に見張られながら牢を出る。
「リキ! ……あ……。犬! わ、私、あんたの見張りをする事になったから。だって、邪教徒だもん。しっかり見張っておかないといけないもん。だから、だから……」
ラピスが、くしゃっと顔をゆがめて、涙を流す。後から、後から涙は流れていく。
「馬鹿……っ馬鹿ぁっなんで、なんであんたが邪教徒なのよぅ……」
「ごめんな、ラピス」
そして、俺達は仲間と合流する。仲間の顔を見ると、ほっとした。
「俺達、一緒に戦うのは初めてだな」
「じゃあ、行きますか」
魔王を倒す為の大軍勢。真実は、俺達の見張り。
それでも、構わない。最後を、ラピスと過ごせるから。
「にしても、結局殆どスペアの体使わないままでしたね」
「そうそう。超もったいねー」
「シークレットノートも、活用してたのナツメぐらいだよな」
「内政チートな!」
げらげらと笑う。俺も一緒に笑った。空元気だけど、ラピスが見てるから、落ちこんだ様子を見せちゃ駄目だ。
魔物を倒しながら、俺達は進む。
そして、ついに魔王の居城へと訪れた。
魔王の居城は、さすがに不気味な城だった。押し寄せる魔物を、俺達を破った女装集団が受け止める。
「じゃあ、行きますか」
「魔王の首は早いもん勝ちな」
俺が冗談めかして言うと、笑って皆首を振った。
「ははっいいな、それ。でも、魔王を倒すのはリキって決まってんの」
「なんでだ?」
『……パンドラの箱には、最後に希望が残ってる物ですよ。ドリステンとメリールゥは、超高レベルの呪文はまだ決めていない。チャンスはまだあります』
『そっか……そっか!』
『ま、ただし他の人達も使えるようになるのが問題なのですがね。その辺りは既に話しあってあります。貴方が止めを刺せば、ドリステン様が呪文を授けられる。全てが解決するわけではありませんが……』
『何も希望がないより、全然いいさ!』
「じゃ、行きますよ」
「お前ら、絶対死ぬなよ!」
そして、俺達は走り出した。死ぬためじゃない。希望へと向かって。