とりあえず竜の山を真っ直ぐ登って行くと、匂いを感じた。
「これは……。なんて、いい匂い……食欲がそそるのぅ」
「竜魔将軍の匂いだわー」
そう言って、匂いがする方へと向かっていく。
「確かにいい匂いはしますが……。少し、違和感がします。せっかく軍を連れて来ているのですし、斥候部隊を……いいか。私達が先行します」
そうだな。普通に、復活できる俺達が行った方が罪悪感がしない。
「ドリス様! メリー様! お待ち下さい! 我らが先に行きます」
「ドラゴン焼きー!」
「煮込みもありじゃー」
「豚メリー様って言いますよ!」
兄貴はそう言って止めるが、神様方は行ってしまった。
「ラーデス、ここで待っていて下さい。嫌な予感がしますが、彼らを放っておくわけにはいかない。リキ、貴方はここで待機を」
「ドリス様を放っておけるわけないだろ?」
「ふざけるな。私とその指揮する軍を侮るか? それに、ドリステン様の加護持ちは既に我が軍に入れてある。まだなったばかりで回復しか使えないがな」
俺とラーデスの反論に、兄貴はしばし考える。
「……わかりました。ただ、ラーデスにはもしもの時の援護をお願いしたいのです」
「仕方あるまい。使い魔を操る能力者がいる。それをつけよう」
「頼みます」
そして俺と兄貴、鳥の使い魔は、ドリステン様とメリールゥ様を追って走った。
しかし、追いつけない。
「呪文を使ってますね……。仕方ない、こちらも使いますか。加速術式、一。筋力増加術式、一」
そう唱えて、兄貴はしゃがむ。俺は使い魔を頭に乗せた状態で、兄貴の背に負ぶさった。すると兄貴は凄まじい速度でメリールゥを追いかける。
「メリー様は下手に加減している分、全力で走るこちらの方が早いはずです。もう少しで追いつけるかと。しかし……ちっ……やはり罠ですか。ラーデス、もう少ししたら援護をよろしくお願いします」
「どうしたんだ、兄貴?」
「鳥の声がしなくなりました。……囲まれているかと思われます」
「ドラゴン相手に人海戦術って辛くないか?」
「仕方ありません。ラーデス達だけでも生かして帰すように努力しましょう」
俺達は頷き、敵の真っ只中へと入りこんでいった。
岩山に囲まれたような場所に、炎がうねるように渦を巻いており、ドリステン様がメリールゥを庇って結界を張っていた。
「ふむ、報告ではゴブリン魔将軍を倒したのは二人の勇者という話だったが……。まあいい。罠に掛かった変わりはないのだから」
中心部にいたドラゴンは、美しかった。その美しさゆえに、彼は浮いていた。とても浮いていた。竜魔将軍だと、一目でわかった。
そのドラゴンは、尻尾の先を千切り、それを焼いていた。いい匂いは、そこから発されていたのだ。
「このまま突っ込みます。単結界を張って下さい」
「おう、単結界壱式、展開」
俺が呪文を唱えると、俺と兄貴の周囲に結界が展開する。
そして俺は、炎の中に突っ込み、ドリステン達に合流した。
「おお! 遅かったではないか。早くドラゴン共を倒さんか。主神様に魔将軍は人としての力を使っても倒してはならんと釘を刺されてしもうたわ。この体で全力振るうと壊れるしのぅ」
「わかった、ドリステン様。結界術式七式展開。強化術式参式展開。飛翔術式二式展開」
兄貴に強化呪文を重ね掛けする。実は覚えきれなくて、シークレットノートに術を記載してそれを読んでいる。兄貴は自分に対しても既に強化呪文を使っているので、これでかなりの強化になるはずだ。兄貴の背から羽が生え、兄貴は突撃する。
後、俺に出来る事と言えば。
「パッション!」
「もう! どうにでもなーれ!」
まず、全ステータスアップ。
それと同時に、兄貴の鞭が凄まじい速さでドラゴンの群れを纏めて打ちすえた。
凄まじく広い範囲の攻撃を可能にするのが兄貴の鞭の凄い所だ。強化呪文、鞭の効果、そして攻撃補助呪文。それらの重ねがけは凄まじい相乗効果を示す。
「パッション!」
そして、回復。兄貴の鞭は、敵にダメージを与えると同時に生命力を吸う。
それと敵のダメージの無効化が俺の仕事。
「パッション!」
現実に戻るまでの三日間。踊って踊って踊りまくる!
「……わしは今、自分の罪を知ったかも知れん」
「……私、これに負けるってちょっと嫌だな……。女装したオカマの女王様の鞭乱舞にマラカスの情熱的な演奏付きって……」
「わしは絶対に嫌だ」
ドリステン様とメリールゥ様が結界の中でそう語りあう。
そして、戦いは二日間続いた。最初に弱音を吐いたのは、竜魔将軍だった。
「馬鹿な、馬鹿な! 私は、私はこんな所で、人間なんかに……! こんな所で負ける位ならば、私は何のために地獄を潜り抜けて生き残って来たというのだ! 家族を食われ、大きく育ててから食べる事を目的として生かされ……! それが、こんなおちゃらけた芸人などに負けるだと!?」
あ……。慟哭。生きるという気迫。それに俺は気圧される。竜魔将軍が、ぐらりと傾いだ。
その衰弱した竜魔将軍に襲いかかったのは、なんと仲間のドラゴンだった。
「く……!?」
そこで、ドリステン様の結界が竜魔将軍を覆った。ドラゴンの牙が防がれ、竜魔将軍を食おうとしたドラゴンがメリールゥ様に殴られ、竜魔将軍は呆然とする。
「貴様、何故……」
「ワシの取り分が減るじゃろうが馬鹿ドラゴンが」
「オカマー。やっちゃって」
さくっと兄貴が扇で竜魔将軍の首を切り取った。
ドリステン様達って強い。
ちょうど時間が来たので、使い魔に一日時間を貰う事を継げ、俺達は竜魔将軍の死体を持ってマルゴー爺の所に戻った。
「凄いな!」
「主神様も、これが食べれないとは可哀想に……」
「大きい……」
わらわらと人が集まって来る。兄貴はしっかりと首をラッピングし、確保した。
他の神々に奪われない為である。
早速宴会となり、ドラゴン焼きが振舞われた。
喋っていた者を食べるなんてかなり抵抗があったが、一口食べたらそんな躊躇は消しとんだ。俺、あんな美味しい物食べたのは初めてだ。
「あーっ幸せ!」
「目玉は……舌は……」
「駄目です。巫女アリスに捧げるんですから」
兄貴は、ドラゴンの首の防衛に必死だ。
皆でお腹いっぱいになった頃、時間が来たので元に戻った。
そして、兄貴は巫女アリスに竜魔将軍の首をプレゼントして、ほっぺにキスを貰ったらしい。
現実世界に戻ると、俺達は興奮して色んな事を話しあった。
なんだろう、このゲームを始めて、こんなに楽しい気分になったのは初めてだ。兄貴も、食事会に参加してくれた。
けれど、俺は気付いてしまった。制服の下にしっかりと巻かれた、兄貴の体の包帯に。
兄貴、体の方はどうなんだ? このゲームって、安全なのか?
夏梅の火傷跡は、残るだろうと言われていた。
それでも、夏梅は内政チートを辞めるつもりはないと言っていたし、覚悟はしてたからって皆言うけど。
そうだ。覚悟なんてしてないの、俺だけなんだ……。考えを振り払い、小杉に電話する。
小杉は、呆れた顔をして答えた。
『ゲームごときに覚悟なんて普通ないよ。あきらかにおかしいって。でも、ドリステン様達って酷いよね。自分達の使う分はまともな武器、まともな呪文、まともな服って……』
「ドリステン様を悪く言うな。俺信仰してるんだから」
小杉は、探るように俺を見る。
『洗脳、されてないよね?』
そんなの、わかるかよ。