「じゃあ、出発しようかの。送るぐらいはしてやるわい。って主神様―!? 信者に使わせてる呪文の正当な経験値分しか使ってはいけないってどういう事じゃ!? レベルアップの儀式もちゃんとやれじゃと!?」
突如驚愕の声をあげたドリステン様を指差して、メリールゥ様は笑う。
「あはははははっパッションパッション!」
「ええい黙れ、どうにでもなーれ!」
「うあーそうだったー!」
そして、神様は二柱とも意気消沈してしゃがみ込む。
まるでこの世の終わりが来たかのようだ。
自分で決めた呪文で、なんで落ち込むんだろう。良いと思うけどな、パッション。
「くぅ、仕方あるまい。既に決めてある以上のレベルに達したらスペシャルな呪文を作成するしか……」
「無計画でその場で決めてて良かったわね! こいつらまだレベル低いし。ガルギルディンなんてきちっと百レベルまで決めてるからいい気味だわ!」
なんとか復活したらしい二人の頭を、騎士っぽい人が小突く。
「私はお前達のように適当に決めてないから自分で使う事になっても大丈夫なんだがな。というかドリステン、マルゴー爺を手伝わんのか。こんな時の為だけのお前だろう」
「えー。わし数少ない信者を見守らんとならんしー。そいつらが竜魔将軍を退治したいんじゃからしょうがなかろう。なーんて優しいわし」
ドリステン様の言葉に、騎士っぽい人は盛大にため息をつき、ドリステン様は突如虚空に叫ぶ。
「主神様っ給料カットって何故ですか!? ワシかつてない程仕事しまくっとるじゃろう!? 信者を一人も抱えておるんじゃぞ!?」
騎士っぽい人はため息をつき、俺と兄貴の方を向いた。
「妙なる者達よ。立場が逆になってしまうが、我が同僚を頼むぞ。あれらも、信者を守ることで、大切な何かを学ぼう」
「お任せ下さい。立派な(邪)神に育て上げて見せます。そう、立派な(邪)神にね……」
「俺も初心者だし、ドリステン様と一緒に成長していければいいと思ってるぜ」
騎士っぽい人は大きく頷き、ドリステン様とメリールゥ様に、一包みずつ何かを渡した。
「信者でない者に何かをしてやる事は許されぬ。だから、ドリステン、メリールゥ。お前達に、下界で何かと役立つ者をくれてやろう。天界の物をほいほい出して下界を混乱させる出ないぞ」
それにドリステン様とメリールゥ様は顔を顰め、でも何かに怒られたそぶりを見せて渋々頷いた。
「またランダムの場所に出て、そこから魔物を倒しながらゆっくり歩きましょう」
兄貴が提案する。
そして、俺達の旅が始まった。
旅は思いのほか長く掛かり、俺達は何度も現実とゲームの中を行き来した。
……兄貴は、あれ以来部屋から出ない。けれど、兄貴がどんな状態なのか知る事は、すぐにできた。
それは三日目の夜だった。
「あああああああああああっ」
その悲鳴を聞いて、飛び起きる。
確か、この声は夏梅。白衣の人が、いっぱい部屋に押し掛けている。
「夏梅、大丈夫か!?」
「恐らく、ゲーム内で大怪我を負ったのでしょう。夏目さん、その痛みは偽物です。落ち着いて! 死にはしない」
兄貴の部屋から、声が聞こえる。そうしている間にも、悲鳴は続く。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、熱いいいいいいいいいいいい!」
白衣の人を押しのけて、夏梅はシャワー室に飛び込んだ。
制服の下から、真っ赤な水ぶくれが見えた。
シャワーで冷水を浴び、のたうちまわる夏梅。
「落ち着きたまえ!」
「な……何なんだよ、あれ……」
「痛みのフィードバックですよ。あまりのリアルな痛みに、体自体が反応してしまっているんです」
俺は、思わず兄貴の部屋の扉に手を掛けた。頑ななまでに、鍵が掛かっていた。
後から、詳しい事を聞いた。夏梅は、内政チートとやらをやっていて、異端として火あぶりにあったらしい。俺達も、そうなる予定だったと思うとぞっとする。
もちろん、俺は小杉に相談した。
『酷いよ! ありえないよ、そんなの! お兄さん、大丈夫なの!?』
「俺、もうわからねぇ……大金貰っているし、契約しちまったし……」
『僕、警察に電話する! 僕らまだ学生だ。ううん。そんな危険な仕事、大人でも許されないよ』
「待ってくれ、小杉! ……もう少し、考える時間をくれ」
いつもおどおどしているはずの小杉は、冷たい声を出して言った。
『小坂井君。もしそれがお金が理由だって言うなら……』
「違うよ。そんなんじゃねぇ。そんなんじゃねえんだ……」
ここで警察に言ったら、取り返しのつかない事になる。俺は、それは絶対に避けないといけないと思っていた。これは予感みたいなものだ。でも俺は、予感を凄く大切にしてきた。パッションに傾倒したのも、その為だ。
『……わかった。でも、三つ約束して。一つ、危険な事はしない。二つ、死者が出たらすぐに警察に言う、三つ、夜、必ず連絡を寄こす。一つでも破ったら警察だからね』
俺は、それに有難く頷いた。
翌日もゲームに入り、その時ようやく次の町に入る事が出来ていた。
やっと宿で泊まれる。このゲームはリアル過ぎて野宿が辛いので、凄く嬉しい。
ドリステン様とメリールゥ様も、ここは果物の特産地だと喜んでいた。
その時、ドリステン様はびくっと体を震わせて驚いた。メリールゥ様も同じだ。
「信者が増えた……!? 落ち着け!? 落ち着くんじゃ皆の衆! 家族には相談したのか!? 本当にワシで良いのか!?」
「待って、駄目よ、落ち着いて! 今貴方は正気じゃないのよ!」
信者が増えるのか。凄く喜ばしい事だ!
町が浮足立っているのもあって、俺は楽しい気分になって来た。
しかし、俺達、やけに目立っているようだな。いつもの事だけど。
ああ、あそこで出し物をやっている。エルフに向かって、獣人が切々と訴え掛けている。
「ラーデス、お前には笑顔が似合う……今、その火傷を消してやろう。そして、素敵なレディになるんだ」
「リキ、貴方は一体……」
……。
「愛しい妻よ、どうか泣かないでください……。私は、貴方を笑顔にする為、女にする為に命を掛けたのですから……」
「ああ、貴方……!」
「兄上、兄上は望むまま生きた。だから、兄上の死を哀しいとは思わない。だが、兄上の体は誰にも渡さない……!」
何あれ。そう不思議に思うと同時に、兄貴が俺達四人全員にフードを被せた。
兄貴があんなに慌てた所なんて初めて見たかもしれない。
その出し物の奥の方には銅像があり、それに目を凝らすと、どうも俺と兄貴っぽい。そして兄貴はラーデスがくれた服と同系統の立派な服を着ていた。心持ち男らしい。
「ねーねー。これ、どういう事なの?」
メリールゥが問うと、恰幅の良いおばさんが親しげに教えてくれた。
「旅人が守りの森氏族の残された姫、ラーデスを娶ってゴブリン魔将軍を命と引き換えに倒したのさ! その旅人ってのが混血の半分血の繋がった兄弟で、怪しい間柄らしくってね。その二人が信仰していたのがドリステン様とメリールゥ様なのさ。いやー、このお二柱の神力ったら凄いらしいよ! そして断罪のラーデス様は今、喪服のラーデス様なのさ!」
「へ……へー。娶った……つもりはない……かなぁ……」
ドリステン様とメリールゥ様は大爆笑である。
「へー、それで信者が増えたんだな!」
けど、俺がそういうと揃って渋い顔をした。
「で、兄貴、いつ結婚したんだ? 俺は弟なんだから、結婚式に呼べよ」
「名産品の果物だけ買い込んで、情報収集を終えたらこの町は早々に去りましょうか」
「どこも同じじゃよ。大きな町は情報網が整備されてるからの。まあ、この町は竜魔将軍の住む山の近くの町じゃから、なおさらそれにあやかろうと大規模な宴を開いたんじゃろうがの。わしのちっぽけな治癒なんぞ、魔将軍相手に役立たんわ。メリールゥの加護向きじゃろう。そうじゃ、そう言ってメリールゥを信仰する事を薦めればよいのか!」
ドリステンが笑う。
「ドリステン酷いっ」
メリールゥが泣き顔でぽこぽことドリステンを叩く。
「ならば、出来るだけ町によりつかないようにするのみです」
そうしてスタスタと歩く兄貴に、俺達はブーイングをするしかなかったのだった。
そして、俺達はついに竜魔将軍の住む山へと辿りついた。
山に着いた俺達は、フードを脱ぎ去り装備を確認する。
俺がメキシコッぽいでっかい帽子にポンチョみたいな服とマラカス、兄貴が女物のきわどい服にイヤリングに鞭。扇はあの時メリールゥが落としたままだ。ちなみに、これらは皆神様から貰った物だ。
そしてドリステン様は魔術師っぽいローブに杖、帽子。
メリールゥは女武道家っぽい服にナックル、仕込みナイフのついたブーツである。
ちなみに騎士っぽい人が用意してくれた包みにあった、格好いい装備などは、へぼっとの一言と共に封印された。ちょっと騎士っぽい人の好意に申し訳なくて涙出た。
俺達が進んでいくと、何か簡易の関所のような物が出来ており、そこの兵士に呼ばれてラーデスとラピスがやってきた。驚くべき事に、ラーデスは本当に兄貴と交換した服の上に真っ黒なマントをはおっている。色っぽい。
ラピスの、子犬のような茶色くて大きな瞳が一瞬潤む。
「ラピス……! どうしてここへ?」
「どうしてって、それは、その……わ、悪かったわよ! 大丈夫だって言ってたのに信じなくて。女王様と犬が同じような混血の兄妹と旅してるって聞いた時は驚いたわ。ガルギルディン様が、悩んでいるのなら行くが良いって言って下さったの。私を選んで、私の為だけにお言葉を発して下さったの。だから、私……。どうしても、犬、ううん、リキに謝りたくって……。ほ、ほら。リキだって、黙って消えたのは悪いんだからね!」
ラピスは、懸命に言い訳を並べる。けれど、俺にはその真意がわかった。心配してくれたんだ。
俺はラピスを抱きしめた。
「ちょ……っず、図に乗らないでよ!」
ラピスが俺を殴るが、俺は笑った。嬉しくてしょうがなかった。
「ラピスに嫌われてないってだけで、俺は嬉しい」
「ば、馬鹿……」
俺が感動の再会を果している間、兄貴もまた感動の再会を果していた。
「ラ……ラーデス様……」
「ラーデスでいい。……何故、すぐに私の元に戻らなかった」
「私のような混血など、貴方には相応しくありません。よりよい幸せを求めて欲しかったのですよ」
ラーデスは、頬を赤らめる。
「馬鹿……。ゴブリン魔将軍を倒して生存したという事より、立派な資格などあるか……」
「せ……生存はしてないかなっ……。あー、それに、私は……」
そこでラーデスは、不安そうに、可憐に目を潤ませ、顔を伏せた。
「それとも……ツトムは、私など……」
ここで、好きな人がいるんだと言えないから、男は男なのである。
兄貴は、ラーデスを抱き寄せた。
「そ、そんな事はありませんよ」
『リキー。もう一度死んで逃げる事にします……』
『兄貴、大丈夫なのか!? だって、一回死んだだけで……』
『大丈夫です。もうこの際、行ける所まで行ってしまいましょう。魔王を倒して死んだ。それでお別れ。ゲームに二度と入る必要なし! 巫女アリスも僕の妻。めでたしめでたし。口裏合わせよろしくお願いしますー』
『了解―』
そうして俺達は、軍と共に竜魔将軍退治へと向かうのだった。