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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 暗き波濤 11話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:24fe8d08 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/13 00:27
2001年11月12日 1315 日本帝国 帝都某所 国際難民区


『そこ』は元々、大きな倉庫か何かだったのだろう。 今は小さな小売の露店が、所狭しと乱立する、巨大な屋内市場に変貌している。 無論、無許可の市場だ。
2人の男女が、その中の狭い通路を奥へと歩いていた。 狭過ぎて時折、買い物客や店者と肩がぶつかる位。 が、誰も気にしない。 元々そういう場所だ。 

やがて奥の昇降口に辿り着いた。 そこには眼付の厳しい数人の男達が屯している。 2人に気づくと、男達の緊張が増した。 懐に手を入れている者も居る、銃かナイフだろう。
2人連れの内、男の方が被っていた帽子をとり、逆さにして近くのテーブルに置く。 そして手の平を最初は伏せて、次に上に向けて翻す。 更には複数の複雑な動作を。

『・・・第三五字輩、旭尚東(シュイ・シャントン) 師父は第三四字輩、張貴援老師』

『是・・・』

男達のリーダー格が、慇懃な態度に変わって2人を招き入れた。 昇降口の扉の向こう、地下に下る階段が有る。

「・・・あたな、中国人だっけ?」

「中国人でも有り、日本人でも有り・・・要は、人間さ」

プロヴォ―――RLF過激派工作員の男は、相方の女を煙に巻く様な表情でそう答えた。 男が示したのは己が『青幣』、つまり中華系の古い秘密結社の一員である証だった。
やがて階段を降り切ると、そこにも屈強な男達が数人、入口の前で警護をしていた。 仲間の合図に、黙って地下室の扉を開ける。 

2人は案内された地下室に入った―――悲鳴が聞こえた。

「やあ、小尚。 今日は綺麗な小姐を、お連れだね」

「羅宋林老師、願い事をお聞き入れ下さり、有難うございます」

旭尚東と名乗るプロヴォの男は、目前の好々爺然とした初老の小男に、恭しく頭を下げた。 女の方も、軽く頭を下げる。

「好、好、小姐、それに及びません。 儂と小尚の師父・張貴援は義兄弟の間柄、同じ青幣の同志。 小尚は儂の義理の息子の様なもの。 息子が父親を頼る、ごく普通の事です」

「恐れ入りますわ、老師」

その割には、随分とえげつない頼り事だ事―――女・・・教会のシスター姿の彼女は、思わずそう思った。 地下室では、2人の男女が拷問にかけられていた。
女の方は椅子に固縛され、各所に電流を流されて悲鳴を上げている。 男は両手を縛られ中に吊るされ、鉄棒で向う脛を激しく乱打されて、激痛の絶叫を張り上げていた。

「男の方は、国家憲兵隊の狗だ。 女の方は、特高警察の鼠だね。 中々しぶとかったが、ようやく白状したよ―――憲兵隊も、特高も、未だ12月10日から15日だと、思っている」

拷問されている男女の内、男は日本帝国国家憲兵隊所属の潜入捜査官。 女は内務省警保局特別高等公安庁の、これまた潜入捜査官の様だった。 正体が露見し、捕えられたのだ。

「それ以外で、『あの集まり』や、摂家衆、政治家、企業・・・それぞれに潜んでいる、憲兵隊と特高の息のかかった連中が、これだね。 まあ、一部だろうが」

「頂きます」

老人が渡した紙切れを、丁重に折り畳んでポケットにしまい込むプロヴォの男。 今度は報酬の話だ。 女―――シスターが老人に対して話し始めた。

「南米からの『教会』関連物資の中に、ご要望の品々を。 受け取りは難民区の、いつもの場所で」

「どこの産かね?」

「いずれも、ドン・シルヴァからの、老師への特別贈呈品、との事ですわ」

「好! 好! 小姐、それは素晴らしい! ドン・シルヴァにお伝え下され、儂はとても満足じゃと!」

特別贈呈品―――南米からの、大量のコカインとヘロインだ。 青幣は互助結社であると同時に、麻薬、賭博、売春、殺人請負で隆盛した犯罪結社でもあった。
1920年代から30年代の『魔都』上海では、黄金栄、杜月笙、張嘯林の三人の幣主(ゴッドファーザー)らが、中国の裏社会を支配していた。
特に杜月笙などは、1927年の国民党の北伐、そして4月の上海クーデターでは、中国共産党員や、そのシンパの労働者達の大量処刑を行うなど、政治的な動きも行っていた。

杜月笙は国民党総裁の蒋介石とも、義兄弟の契りを交わし交友を深め(蒋介石も青幇の一員であったとする説もある)、蒋介石から様々な政府重職の肩書を与えられる。
国民党政府軍少将、陸海空軍総司令部顧問、上海市抗日救国会常務委員、中国通商銀行董事長、国民党政府行政院参事、上海フランス租界華董など、様々な分野の要職についた。
そして1929年には銀行を設立し、フランス租界内の莫大な資金を一手に吸い上げた。 これらの源泉となったのが、言うまでも無く『阿片』だった。

その構造は、2001年現在も変わらない。 共産党支配により、『最後のゴッドファーザー』、杜月笙が表舞台から姿を消した青幣だったが、その構成員は中国人だけに留まらない。
実際に同じ様に中華系の秘密結社・『洪門』は、1992年にアメリカで世界洪門親和大会を開いている。 現在、洪門の総会はハワイ州・ホノルルに存在する。
青幣と同時期に活動した『紅幇(ほんぱん)』も同様である。 1920年代には、もっぱら阿片密売や管理売春などを行っていた。
上海でも活動していた紅幇は、哥老会系が核となっていて、哥老会は『洪門』の一派でも有る。 『幇』は相互扶助的な側面が強く、青幇と紅幇の両方に所属している者もいた。

これらの組織は、根底に『相互扶助的性格』を有する為、民族・人種を問わない特徴が有る。 1920年代から40年代には、日本人や英国人の幣員(構成員)も存在したのだ。
そしてその性格は、BETA大戦下での大量に発生した難民・移民先に素早く浸透する。 彼等は難民区や移民先で組織を形成し、拡大させていった。
人が集まる所には、何らかの需要が発生する。 そして多くの難民区での需要は、非合法の裏流通にとっては、またとない市場となり得る。

東アジアから東南アジア、オセアニアに南北アメリカ大陸の太平洋岸、その一帯に広がる国際難民区は、青幣系・紅幣系秘密結社のネットワークにもなっている。
幣はそこで商売を始め、事業を興し、『白幣(表の顔、企業家や事業主)』の顔を得ると同時に、その地域の『黒幣(黒社会)』に進出する。 主商品は麻薬だった。
彼等は各所で、国際難民であると同時に、環太平洋地域の裏物流の担い手でも有り、また同時に裏の情報サービス業をも営む、裏社会の商人でも有ったのだ。

しかしその麻薬調達が、特に鎮痛剤―――モルヒネの原材料となる、生阿片の原料の芥子の栽培が、ユーラシアがBETAの勢力圏となってから、非常に困難となっていた。 
日本でも東北地方や北海道で、芥子の栽培が栽培されているが、徹底して医薬品の原料としての栽培に限定されていた。 日本国内での阿片調達は難しい。

不意に悲鳴が途絶えた。 見ると拷問を受けていた2人の日本情報機関の潜入捜査官達が、気を失っていた。 もっとも情報を吐かされた後は、より凄惨な暴行による死しか無い。

「この難民区では、毎日、毎日、何十人と死人が出ておるわ。 1人、2人増えても、誰も気にも留めんよ。 もし、心配なら・・・粉砕して、豚の餌にするがの?」

「まあ、そこは、老師の宜しき様に・・・」

プロヴォ―――RLF過激派と青幣との、二足草鞋をはく男は、朗らかに笑って、その場を後にした。









2001年11月12日 0130(日本時間11月12日 1530) カナダ オンタリオ湖湖畔


「・・・あのご老人は、危険ですわ、ミスタ・ポートマン。 今の情勢下で、極東の最重要戦略地域に、政治的な空白を作る事は・・・」

湖畔の別荘の暖炉の前で優美な美貌を曇らせながら、アンハルト=デッサウ侯妃、イングリッド・アストリズ・ルイーゼ・アンハルト=デッサウは、憂い顔でそう言った。
彼、米国国防総省・国防長官官房の国際安全保障問題担当部アジア・太平洋担当副次官補である、ダスティン・ポートマンも全くの同意見だった。

「まさしく。 候妃様の仰る通り」

遺伝上では祖父ながら、表向きは全く赤の他人である、ロックウィード一族の族譜に名を連ねる、あの老人。 表向きは富裕な引退した老人に過ぎないのだが・・・

「あのお方は、ご一族内の影響力はおろか、アメリカの軍需産業界、米軍部内の右派将校団、CIAの右派・・・そして、ネオコン政治家達に強い影響力を持っていますわ。
昨今では『会議』でも、懸念の声が上がっておりますの。 日本帝国内の新自由主義政治家達も、すっかり、あのお方の掌の上・・・大企業は、より甘い汁を据えるモノと・・・」

あの老人は、第5計画派では無い。 かと言って、第4計画を憎しみ抜いている事については、裏の世界では誰もが知り抜いている。
南米大陸の連中が画策している、『バビロン作戦』の早期発動に心底から同意している訳でもないだろう。 彼の『祖国』への有力な『防波堤』が欲しいだけだ。

「その事につきましては、鋭意、我々も『三極委員会』を通じ、『友人』達と連絡を取り合い、対処中です。 候妃様」

ポートマンの言う『友人達』がどの様な者たちなのか、察する事が出来ない程、アンハルト=デッサウ侯妃も初心な乙女では無い。 『会議』の代理人を務める女性なのだ。
軽い溜息をつきながら、侯妃が真っすぐポートマンを見据える。 数百年に渡り、欧州の支配層の間で交配された血が生み出す、その美貌が持つ圧力に、気圧されそうになる。

「・・・先だって、オルタネイティヴ第5計画の最高渉外担当者である、ミスタ・ブロッケンバウワーが見えられましたの。 
どうにかして、日本と横浜への謀略を、阻止出来ないだろうかと・・・彼等も、苦慮しておるようですわ」

それだけ言うと、アンハルト=デッサウ侯妃は『また逐次、ご連絡を差し上げましょう』、そう言って退出して行った。

侯妃が退出した後、ダスティン・ポートマンは独り、窓の外の冬のオンタリオ湖畔の風景を眺めていた。 そして考え続けた、そろそろ、連中とも手を握る事も手か? と・・・
ポートマンにも仲間がいる。 政界、官界、外交筋に産業界、メディア界に法曹界、そして軍部・・・いや、巨大な勢力の、その一部が彼、ダスティン・ポートマンだった。

(・・・一度、ロス・アラモスへ行くか? 彼女の意見を聞きたいものだ、『グレイ・マザー』・・・レディ・アクロイドの意見を)

『バビロン作戦』における実効性、いや、実行後の影響に対して、ロス・アラモス内で最も激しい反対意見を発している『グレイ・マザー』
G元素運用の大家にして、第5計画の中心人物の1人。 そしてG弾の実戦運用レベルでの主要開発メンバーでも有った、スコットランド貴族の初老の女性科学者。

だがその前に・・・ポートマンは別荘から電話をかけた。 秘話装置付きでは無く、普通の電話だ。 相手はCIAの友人宅だった。

「ああ、フェリシアかい? 僕だ、ダスティンだ。 ロバートは居るかな? ああ、うん・・・うん・・・いや、今は仕事でカナダさ。
そうか、じゃあ、残業中かな? 食品会社のセールスマンも、多忙だね・・・じゃあ、ロバートに伝えてくれないかな? 週末はフットボール(アメフト)観戦だぞ、ってね」

CIAは在勤中、例え家族と言えど、その本当の所属を明かしてはならない。 ポートマンの友人も、家族には民間会社のセールスマン、と言うアンダーカヴァーで通している。

(―――西海岸の華僑結社と、南米の麻薬王のシルヴァの組織。 その二つを繋いで、動かしているのは、明らかにカンパニー(CIA)、その右派の連中だ・・・
CIA国家秘密本部麻薬対策センター長の、ロドニー・オブライエン。 それに東アジア部部長のウォルター・ヒューズ、アフリカ・中南米部部長のアンドリュー・カーター・・・)

更にその親玉として、国家秘密本部本部長のマイケル・マコーニック、極めつけは中央情報局(CIA)長官のジョンストン・ゴース。

(―――だけど、一枚岩じゃない。 むしろ、内部分裂寸前だ、CIAは・・・)

中央情報局副長官のジョン・クロンガード、情報本部本部長のリチャード・ミシック、行政本部本部長のハリー・マクラフリン・・・ジョンストン・ゴースの『政敵達』の面々だ。
他にも情報本部の東アジア分析部長、ライオネル・モーガン。 グローバル問題部長、エマ・シーリング。 外国指導者分析部長、ネッド・ジャクソン。
『CIA右派』の巣窟と思われている国家秘密本部内でも、副本部長のバジー・リチャーズ、防諜センター長のスティーブン・サリク等は、右派の強硬手段に反対していると言う。

(―――何とかして、あの老人と、ゴースの間の糸を断ち切るしかないかな?)

CIA長官のジョンストン・ゴースは、1983年に共和党からニューヨーク州選出の下院議員となり、以後ほぼ16年間ニューヨーク州を代表した。
下院において、彼は1992年から情報委員会委員長、1996年に設置された下院合同調査会で、副議長を務めた。 ゴースはこうして、CIAに対し支配権を握るようになる。
下院議員としてゴースは、米軍の欧州再派兵、対テロ活動の予算増加、並びに1998年の対日安保破棄議案、中南米やアフリカ、アラスカでの秘密作戦への追加資金割当に賛成した。

また彼は、所謂『アメリカとの契約』署名者の1人であった。 これに署名した政治家は、情報部及び軍の予算増加審議への賛成を行う。
更には国連指導下での、アメリカ軍の行動に対する規制を拒絶する事を規定する、国家安全保障制度回復法案を、下院に提出する義務を負っていた。

完全なタカ派政治家、そしてネオコンであり、軍需産業界・情報組織右派と密接な関係にあったジョンストン・ゴース下院議員は、1999年にCIA長官に推薦される。
1998年の日本本土へのBETA上陸・日米安保破棄に米国内が内心で動揺するさなか、米国上院において、81対13で承認され、第18代CIA長官に就任した。

「ああ、そうだ。 アメフト観戦後は、どうだい、フェリシア、君も一緒に? 美味いオイスター・バーを知っているんだ。 確か君の好物だったよね?」

友人は大切だし、その妻とも友情が有る。 私人としては心苦しい、だが公人としてのポートマンは、それを当然の事と認識している―――騙し続ける芝居を。

(―――ゴースは、あの老人の『引き』で下院議員から、CIA長官にまでなった。 あの老人の忠犬だ。 そしてその忠犬達は、己の利権の為に、主人を煽って唆す・・・)

いや、利権の為と言うのは、自分達も同じか? 第4計画が万に一つでも成功すれば、それはそれで良し。 失敗しても、第5計画を取り込む算段は用意している。
だが、性急なイレギュラーは宜しくなかった。 今のこの世界情勢で、極東に巨大な政治的空白が生じるのは、アンハルト=デッサウ侯妃が言う通り、拙い。

「ああ、じゃあ、週末に。 楽しみにしているよ。 ロバートによろしく」

ポートマンは受話器を置いて、溜息をついた―――ロバート、君の所で、西海岸の華僑犯罪組織と、南米の麻薬組織を、地球上から消し去る事は可能かい?

ポートマンの友人は、CIA国家秘密本部・防諜センターの上級工作監督官だった。










2001年11月12日 1515 日本帝国 帝都・西多摩郡 石河嶋重工・瑞穂第3工場


周囲は雑木林が目立っている。 場所によっては畑・茶園などが残り、そんな中に思い出したように、昔ながらの農家風の民家が点在する。 
帝都でありながらも、昔の面影を留めている。 そんなのどかな風景の中を、1輌の軍用車輌―――OD(オリーブドライ)色の陸軍業務車1号と呼ばれる車が走っていた。
やがて、ひと際広大な敷地を有する工場の門前で速度を落とすと、守衛所で運転手が何かのパスをちらりと見せ、そのまま構内に入って行く。

「・・・随分と広いのね」

業務車1号―――殆ど全て、帝産自工社製の4ドアセダン―――の後部座席に乗っている陸軍女性佐官、綾森祥子陸軍少佐が構内を見回しながら言った。

「はあ。 何せ、帝国を代表する財閥のひとつ、その旗艦企業の最新開発・生産拠点ですので・・・噂では、政府からの資本導入も有ったとか」

噂じゃないわよ、それは―――運転手の軍曹の言葉に、内心で少し苦笑しつつ、綾森少佐はまた工場の構内を何とは無しに見る。 陸軍の第1造兵廠並の広さではあるまいか?
石河嶋重工は、本体は船舶・海洋製品、航空・宇宙産業、機械事業に物流・鉄構事業、それにエネルギー・プラント事業と、手広く商売をしている帝国重工業界の雄だ。
幕末以来150年を超える歴史を誇り、帝国重工業界において、日本を代表する名門企業のひとつであり、日本の工業技術をリードしてきた企業のひとつである。
日本初のターボ・ジェットエンジン開発、日本国内最大の大型海水淡水化装置建設、他にも海底トンネル工事用シールド掘進機に、海峡を跨ぐ巨大橋梁の建設など、枚挙に暇ない。

やがて車は構内の奥、なかば隔離される様に厳重な警戒が敷かれた区画に入り、その中の建物のひとつの前で停車した。

「ご苦労、軍曹。 恐らく3時間程よ、そこの控室で待機していなさい」

「はっ! 少佐殿!」

サージ織の濃緑色常装冬季軍装の上衣(背広型)に、同色のスカートと黒のストッキングに黒の革靴。 帝国陸軍女性将校の定番の出で立ちで、建物に入る綾森少佐。
複雑な配置の廊下を進み、更に建物内の複数個所のチェックを通過して、半地下になっている空間の出入り口の扉を開ける。
そこは―――まさに、巨大な格納庫だった。 吹き抜けの階高は、200m以上あるのではないだろうか? 奥行きも恐らく600m以上、幅もほぼ同じくらいあろうか。

「あら、今、到着なの?」

先に来ていたのだろう、キャットウォークの方から、1人の陸軍女性将校が綾森少佐に話しかけて来た。 その姿を認め、昔馴染みの気安さで溜息をつく綾森少佐。

「最近はもう、目の回る忙しさなのよ・・・『これ』のお陰でね」

「ふふ、仕方ないわね。 機甲本部第1部としては」

綾森少佐の相手―――同期生で、戦友で、そして親友でも有る、帝国軍兵器行政本部第1開発局・第2造兵部員の三瀬麻衣子陸軍少佐が、ご愁傷様、とばかりに苦笑を浮かべる。
綾森少佐の所属する国防省機甲本部第1部は、戦術機甲部隊・機甲部隊・機械化装甲歩兵部隊の専門教育、関係学校の管理を主任務とする。

「この機体・・・って言えば、いいのかしら? 兎に角、これの運用教育体系を整える為に、帝国3軍(陸軍・海軍・航空宇宙軍)の関連部署と、会議、会議の連日なのよ・・・」

「帝国軍上級将校とは、人脈と根回しを武器とし、会議と書類を主敵とし、その余力を持ってBETAと戦うと見つけたり・・・ね」

綾森少佐と三瀬少佐が、力の無い笑みを浮かべ合う。 三瀬少佐もまた、第1開発局内に於いて、根回しと予備交渉、本会議と、実働部隊に居た頃が懐かしい日々を送っている。

「・・・戦略航空機動要塞、『XG-70』ね・・・」

「正確には、その運用試験機、『YG-70b』が正式呼称ですが」

背後からの声に、綾森・三瀬両少佐が振り返ると、長身痩躯の1人の陸軍少佐が近づいてきた。 軍服の兵種標識は藍色、技術将校だ。 第1開発実験団の高山左近陸軍技術少佐。
(綾森少佐は青色:通信科。 三瀬少佐は浅葱色:戦術機甲科)

「高山技術少佐・・・ああ、そうでしたわね、確か」

「XG-70シリーズの運用試験機。 『YG-70b』・・・」

XG-70―――米国の『HI-MAERF計画』における、大規模火力を搭載・運用出来る兵器プラットフォーム。 その系譜は次の通りになる。
最初に開発・製造されたのが、ML機関運用試験、搭乗員訓練用の実験機である『XG-70a』 次いでML機関出力向上試験、重力偏差軽減システム実験機の『XG-70b』
だがここで、有名な『あの事故』が発生する。 そして1987年7月の『モーファイス実験』で止めを刺され、以後は表向き計画中止に追い込まれ、実機はモスボール化された・・・

「ロックウィード社は、計画の公式な中止後も、細々と基礎研究を継続し続けてきました。 ノースアメリカーナ、マクダネル・ドラグムもまた同様に」

眼前の巨大な格納庫に横たわる、その巨大な機体を見つめながら、高山技術少佐は感無量と言う表情で話し始めた。

「どだい、ハイヴ攻略戦においては、戦術機のみの攻略は不可能に等しい・・・甲22号攻略、『明星作戦』での参謀本部資料(上級将校のみ閲覧可)でも、そう結論付けた・・・」

事実だった。 あの戦いでは、ハイヴ突入戦力として陸・海・航空宇宙3軍合計で、第1陣で23個戦術機甲大隊、第2陣で27戦術機甲大隊を横浜ハイヴ内に投入した。
結果は・・・第1陣の軌道降下兵団6個大隊、陸上からの突入機動兵団17個大隊は80%、第2陣の27個大隊も約60%近い損失を受け、ハイヴから叩き出された。 

―――最後は、G弾での決着だ。

「地球上でのハイヴ攻略戦、そして将来に発生する・・・可能性も捨てきれない(そう言わざるしか無い所が、忌々しい)月面でのハイヴ攻略戦。
戦術機のみの攻略部隊では、火力が圧倒的に不足します。 そう、半世紀前の大戦で、連合軍部隊の大火力の前に、小銃だけで吶喊して死んでいった、我々の祖父達の如く」

その考えはまさに、『HI-MAERT計画』を提唱した、1967年の月面戦争時代に源流を持つ、1970年代の米国防省内の『ルナ・ウォー・マフィア』達と同じである。
彼等は兵站の貧弱すぎる月面での戦闘と、BETAの大規模物量侵攻を、世界で初めて身を持って味わった者達として、戦術機に代表されるその後の兵器体系に批判的な一派だ。
BETAの大群を『圧倒的火力と物量を備える連合軍』、戦術機部隊を『小銃を主兵装に、無謀な敵前吶喊を仕掛ける、玉砕日本兵』と置き換えれば、より判り易いかもしれない。

「でも、計画は頓挫したわ」

「12名のクルー全員を、一瞬でシチューにしてしまう代物ではね・・・」

三瀬少佐と綾森少佐が、陸軍版『大艦巨砲主義者』の高山技術少佐をからかうような口調で言う。 しかし慣れているのか、はたまた鈍感なのか、高山少佐は気にする様子が無い。

「技術の進歩は、日進月歩です。 1980年代の技術では不可能でも、2001年の技術では『かなりの部分』が可能となっています」

XG-70bはその後、1990年にグレイ11反応効率向上機関試験、重力制御システム向上試験用の実験機、『XG-70bⅡ』となり、辛うじて計画3社の間で命脈を保つ。
その後、1994年に通常の大火力兵装実装の実験機として、『XG-70d』を設計・製造し、1995年に完成させた―――その後、国防省の命令により1996年、モスボール化される。

「・・・この『YG-70b』は、XG-70bⅡでの試験が完了した後、XG-70b、XG-70bⅡの実験成果を踏まえた、1992年に造られた運用試験機です。
また、通常の大火力兵装の実装を可能とするかどうかを、XG-70dに先立って事前試験する為に造られた、XG-70dの事前実験機の性格も、持っていました」

2001年、後身とも言えるXG-70dと共にモスボール化されたYG-70bに、再び陽の光が当てられた。 皮肉にも米国では無く、表面的な対立が目立ってきた日本帝国で。
2001年初頭、オルタネイティヴ第4計画は、スポンサーである日本帝国政府に対し、国連軍研究開発本部、統合管理本部・教育開発管理総局を遡り、ひとつの『要望』を伝えた。

曰く―――『HI-MAERF計画の接収』と。

日本帝国の大蔵省主計局が、巨額の予算に盛大な悲鳴を上げる中、首相官邸主導で強引に決定された接収交渉と実作業。 それに当った帝国国防省は、ひとつの決断を下した。

曰く―――『横浜の総取りなど、許されるものか』と。

この接収計画に費やされる為に、目に見えて削られた国防予算。 それでも間に合わず、指先に火を灯す様な低予算で行われていた、難民救済予算枠さえ、削ったのだ。
時代は、天才を、英雄を欲していたのかもしれない。 が、しかし、組織は天才も英雄も必要としない。 それは害悪にしかならない。
国体の維持と組織の存続、そして様々な面子・・・帝国国防省は、様々な経緯から、横浜に対して憎悪を通り越した感情を抱くに至った、外務省や大蔵省を巻き込んだ。

「・・・石河嶋は、随分と美味しい所取りの様ですわね?」

三瀬少佐が、幾分の嫌味を込めて、高山技術少佐に言う。 

「・・・『我が社』はロックウィード、ノースアメリカーナ、マクダネル・ドラグムへも、各種機械設備やエネルギー・プラント装置にシステム・・・
それに、ロケットエンジン用ターボポンプなどを、輸出販売しています。 傘下のグループ会社の中には、『HI-MAERF計画』に必要不可欠な部品を納入していますよ」

高山技術少佐は、民間からの『徴兵技術者』だ。 石河嶋重工の主任技術者だったのだ。この様な技術将校が多くなったのは、オルタネイティヴ第4計画が始まった直後からだ。
帝国3軍が揃って、優秀な科学者・技術者を横浜に総取りされない為の措置として始まった。 それに半世紀前の反省も。 優秀な技術者を、一兵卒として死なせる訳にいかない。

「石河嶋重工は、既に四半世紀に渡り、『HI-MAERF計画』と付き合ってきたのです、水面下で。 帝国電機をはじめ、日本の重電各社の動きも把握し続けていました。
我が帝国独自の量子工学分野での成果は、必ずやこの『YG-70b』に光明をもたらす、そう信じていましたよ・・・」

帝国国防省は、大蔵省、外務省などと共謀し、『HI-MAERF計画』試験実験機の4機の内、Xナンバーの実験機3機(XG-70b、XG-70bⅡ、XG-70d)を横浜に引き渡した。
その代わり、最後の1機である運用試験機、『YG-70b』は、自分達の取り分として、横浜との水面下での陰湿極まる『交渉』の結果、極秘裏に獲得に成功していた。
綾森少佐、三瀬少佐が漏れ聞く噂では、帝国内でも内務省と情報省が、裏で密かに血を流し合いながら対立し、内務省は国防省に対して協力したと言う。

「・・・戦略航空機動要塞、『YG-70b』 秘匿名称『義烈』 乗員12名、全高145m、全長150m、全幅68.5m 主機はML機関・・・」

「航続距離は、巡航25ノット(46.3km/h)で1万2500海里。 速力は臨界限界速度が60ノット(111.1km/h)、安全限界速度が45ノット(83.3km/h)・・・」

綾森少佐の呟く様な声に、三瀬少佐が『YG-70b』を見上げながら続ける。

巡航速度25ノット(46.3km/h)、3次元機動時の制限速度10ノット(18.5km/h) 装甲は機体殻をチタニウム合金とし、複合装甲(積層装甲)を2重に張っている。
装甲自体は、共重合合成樹脂-ニッケル系単結晶耐熱材-シリカガラス耐熱繊維-チタニウム合金を合わせた複合装甲。
複合装甲と複合装甲の隙間の中空に、レーザー蒸散塗膜を充填。 更に最外殻の複合装甲の表面はセラミック・コーティングとレーザー蒸散塗膜の表面処理が為されている。

「耐熱・耐衝撃・超硬度の3つを兼ね備えた装甲。 これはオリジナルには無かった物ね」

「石河嶋の技術です。 メイン兵装は荷電粒子砲を1門装備(発射速度:3発/分(バースト砲撃時、限界時間5分間) 又は3分/発(制圧砲撃時、限界時間30分))
他に127mm電磁投射砲を2門搭載。 これは今春に海軍が開発した、『01式64口径・127mm電磁投射艦砲』を流用しています。 横浜の物とは、少し違いますな」

「近接防御兵装としては、57mmリヴォルヴァーカノンを4連装銃座で2基、36mmチェーンガンは単装6基搭載、ね」

「他にも、VLSを32セル×2基搭載・・・派手ねぇ・・・」

綾森少佐と三瀬少佐が、搭載兵装を呆れながら確認している。 すると高山技術少佐が、そんな事は些事に等しい、と言う。

「本機の最大の『武器』は、本機の管制システム、その中枢装置です」

米国での『あの事故』は、1980年代の技術では、ラザフォード場の多重干渉による重力偏差制御を為し得る、演算処理能力・速度を得る事が出来なかったが故だ。
『YG-70b』には、中枢管制・制御装置として、帝国海軍イージス巡洋艦『伊吹』級が搭載しているのと同型の、『512qubit光量子コンピューター』を搭載している。

「それも、なんと10基も・・・聞いた話では、大蔵省主計局の部課長級で、何人か急性胃潰瘍で病院送りになったとか、ね?」

「私も聞いたわ、『大蔵省主計局が、全員卒倒した』と言われる程の、巨額の調達資金投入だったとか。 さもありなん、だわ・・・」

「彼等にとっては、机上の書類との格闘が、このBETA大戦での主任務でしょうから。 目出度く、『名誉の戦傷』でしょう」

これだから、技術屋は―――綾森少佐も、三瀬少佐も、ただただ苦笑するしかない。 巨額の国家プロジェクトの成果である、光量子コンピューター。
1基だけでも特別予算を組むと言われる程の代物を、なんと10基も搭載しているとは。 確かに無い袖を、無理やり振らされた大蔵省主計局の面々の苦悩が、偲ばれる逸話だ。

「YG-70bを動かすには、大まかに『ML機関制御』、『重力偏差制御』、『出力変動制御』があります。 そしてその3つを繋ぎ、有機的に統合する『システム・マネージメント』
更には、過去のあらゆるプラン、アクション、リザルトの膨大なデータを蓄積し、要求に応じて瞬時に最適解を引っ張り出す『システム・データ・ストレージ』
この5つの制御と機能を、必要充分にこなすには、残念ながら『512qubit光量子コンピューター』でも、1台では到底無理でした」

そこで、各制御・機能に1台ずつ振り分け、しかもご丁寧に、リスク回避策として各々、A系、B系の2重化バックアップシステムとしたのだ。 10台必要な理由だ。

「お陰さまで、3次元機動は、まだまだ制限が必要ですが、それでも実戦投入のレベルには、達しました。 ハイヴ突入任務をこなせるかは、未知数ですがね。
しかし、ラザフォード場を展開しつつ、内部より実装兵装を運用出来る。 もっとも素のままでも重光線級なら3分40秒、光線級なら12分、レーザー照射の直撃に耐えます」

石河嶋重工だけでは無い。 光菱重工、富嶽重工、河崎重工、遠田技研、大空寺重工と言った、本来なら競合の重工各社。 他に化工、繊維、重電、弱電、塗料、鉄鋼、電機・・・
帝国内の関連各産業界が、これ程までに短期間に、しかも利益無視で持てるソースを大量に、集中的に投入した国家プロジェクトは、早々存在しない。

「明後日の14日、第3回目の実機試験飛行を行います。 場所は小笠原沖。 その後の予定は、20日に第4回、26日に第5回の実機試験飛行。 場所は同じ小笠原沖。
来月の1日には、沖大東島(沖縄本島の南東約400km、南大東島の南約150kmの太平洋上)で、極秘兵装発射試験を行います」

12名の乗員は、陸・海・航宙軍から選抜された要員だ。 機長を兼ねる大佐の戦術作戦士官(Tactical Commanding Operater:TACO)に、正副、2名の操縦士(少佐と大尉)
正副、2名の航空機関士。 正副、2名のシステム管制士。 正副、2名の射撃管制士。 正副、2名の通信・管制士と、1名の航法士。 全員が大尉以上の将校で占められる。
操縦士は3次元機動(ヘリに似ている)の必要性から、副操縦士は大型ヘリ操縦資格を持っている(正操縦士は、大型機の操縦資格者)

要員の選抜は6月から開始され、8月に選抜が完了した。 シミュレーターでの訓練は、8月から開始されている。 実機の改造・改修は5月から開始されて、10月に完了した。

「かなり、戦闘時の機動制限が有ると聞きましたわ」

「ええ、映像でも確認しましたけれど・・・」

2人の女性少佐が、懸念事項を口にする。 YG-70bは安全性を確保する為に、安全限界飛行速度の45ノットでリミッターが掛る。 巡航は25ノット。 戦闘速度は10~15ノット。
砲撃時はホバリング、又はランディング・ギア固定が徹底され、機体の水平回頭速度は最大9度/秒、通常で6度/秒。 上下角機動は仰角最大30度、俯角最大は-10度。
左右傾斜角は最大15度、水平復元制限時間は最短で2秒。 これらの機動制限値は、ML機関制御と重力偏差制御、出力変動制御上、必ず守らねばならなかった。

「私も、昔の帝大時代の同級生仲間から、例の『第4計画』の概要は聞いております。 そこで使用される予定の、『XG-70』シリーズの改修計画の事も。
この『YG-70b』は、『XG-70』シリーズに比べて、元々の『戦略航空機動要塞』と言うより、寧ろ、『空中移動砲台』と言った方が、良いのかもしれません」

最低限、ラザフォード場を確実に展開できる機能と、荷電粒子砲を発射出来るだけのML機関出力の維持。 そして射点を自在に確保できる程度の、移動能力。
確かに、移動性を備えた空中砲台、そのモノの考え方だった。 横浜が内部で要求する仕様がどの程度なのか、残念ながら帝国軍情報組織は、まだ掴んでいない。
だが帝国は―――日本帝国軍は、ここまでの性能仕様で、了とした。 ハイヴを可能な限り、最小損失で攻略する為の道具。 それが『YG-70b』・・・『義烈挺身砲台』だった。





「では、問う。 ハイヴ内に突入させる『義烈』 その護衛に必要となる護衛戦力は? 綾森少佐、三瀬少佐、忌憚の無い所を」

予備研究部会で議長役を務める海軍中佐が、発言を促した。 最初にまず、機甲本部の綾森少佐が起立し、出席者を見渡しながら答える。

「直接護衛には最低でも、戦術機甲3個中隊。 可能なれば、後衛と、後方との連絡維持の為に、あと3個中隊。 合計6個中隊」

場がざわめく。 綾森少佐の見解で行けば、YG-70b、『義烈』の投入には専属の戦術機甲部隊が2個大隊分が必要となる事になる。 次に兵器行政本部の三瀬少佐が起立した。

「前衛、左右の側衛、そして後衛に各1個中隊は、必要不可欠です。 連絡網維持には、ハイヴの深度にもよりますが・・・最低でも2個中隊。 出来れば4個中隊」

更にざわめきが大きくなる。 こんどは8個中隊、3個大隊近い戦力が必要だと言う。

「私は『明星作戦』当時、第18師団第181戦術機甲連隊の5科長(連隊主任CP将校兼務)でした。 そして第181連隊は、ハイヴに突入した部隊でした」

「綾森少佐同様、私も『明星作戦』に参加しました。 ハイヴに突入した第14師団第141戦術機甲連隊で、戦術機甲中隊長でした」

詰まる所、綾森少佐も三瀬少佐も、通常戦力でのハイヴ攻略戦を『現場』で経験した人材だった。 綾森少佐はハイヴ内戦闘の管制を、三瀬少佐はハイヴ内戦闘自体を。

「断言します。 『義烈』の護衛部隊は、最低限で6個中隊・・・」

「実際の実戦運用時には、護衛は8個から9個戦術機甲中隊が必要となります」

居並ぶ出席者からは、一言も出ない。 国防省、統帥幕僚本部、陸軍参謀本部に海軍軍令部、航空宇宙軍作戦本部、それぞれから出席した中佐や少佐。
他にも、石河嶋を始めとする、傘下主要企業の担当重役たち―――天下りの、元軍人達―――も、息を飲んで黙りこんでしまった。

そんな、馬鹿な―――と、誰もが言いたい。 だが言えない。 この場で『明星作戦』における横浜ハイヴへの直接攻撃部隊に参加したのは、面前の2人の女性将校達だけだから。
実戦における経験は、時に階級や社会的立場さえも凌駕する。 そしてそれだけの実戦経験と実績を、この2人の女性少佐達は有しているのだ。

「・・・4個中隊までなら、何とかなると思う」

参謀本部の第2部・運用支援課から出席していた陸軍少佐が、掠れた声で言った。 運用支援課の、支援企画班長を務める男だった。

「だが、合計で8個から9個中隊・・・実質、1個戦術機甲連隊だ。 3課(参謀本部第2部作戦課)の作戦班も、戦力班も、首を縦に振らないだろう・・・」

「統幕(統帥幕僚本部)の1課(第1部=作戦部・作戦1課)も、恐らく・・・YG-70b、『義烈』の投入の目的のひとつは、ハイヴ内への戦術機部隊投入数の低減だ・・・」

統帥幕僚本部第3部の軍備課から参加している海軍少佐もまた、言いにくそうに発言する。 他の軍人達も似たような表情だ。 
確かに、本来の原則は判る。 が、経験上、それは机上の空論に近い。 綾森少佐も三瀬少佐もそれが解るだけに、白々しい気分だ。 綾森少佐が、皮肉を塗した口調で言う。

「諸官は、今年初頭に陸軍参謀本部が作成した考察報告書に、目を通されたかと思います。 私は、あの第11項に、心から賛同しますわ―――面子大事より、恥を知りなさい!」

出席者の多くは、古参の少佐か中佐達だった。 対して綾森少佐は、まだ若手の少佐、しかも女性将校。 先任・上級者の男達は、黙って赤面する。

「あの報告書を作成した、当時の研究班長(参謀本部第4部・戦略戦術課・研究班長)の立花少佐も、さぞ歯痒い思いだった事でしょう・・・あの後、千島へ左遷ですから」

今度は三瀬少佐が、冷ややかな視線で出席者を見渡し、そう言う。 実戦経験豊富な2人の女性少佐達にとっても、組織の面子が蔓延る後方の官衙は、歯痒いばかりだった。

「もう一度、再確認したいと思いますわ。 『横浜』がXG-70シリーズを『決戦兵器』と捉えているとの情報・・・我が帝国軍にとっても同様です。
通常戦力でのハイヴ攻略は、能いません。 私と三瀬少佐は、99年の横浜ハイヴで、それを痛切に実感しました・・・いえ、確信しました」

「佐渡島は、フェイズ4ハイヴです。 その個体群の総数は・・・『戦場での予測とは、常に外れる事が前提だ』 実戦部隊での、血と命で贖った格言ですわ。
ここに居られる皆さんの中で、ハイヴ・・・スタブの真ん中で、数千、数万のBETA群と対峙した経験のある方は? 居ない? では、教えて差し上げますわ、『地獄』です」

もう、誰も反論しようとする者はいなかった。 

「あ~・・・ちょっと、ええかな?」

場違いな、のんびりした声がした。 全員が振り返ると、オブザーバー参加していた海軍の提督―――金ベタの海軍少将―――が、柔和な表情でしゃべり始めた。 関西弁丸出しで。

「うん、あのな? そっちの陸さんのお嬢さん方(この言葉に、綾森少佐と三瀬少佐が、無意識に眉をひそめた)の言い分も、よう判るわな?
なんせワシら、今まで散々、BETAに負け続け取るんやしなぁ・・・あ、いや、戦闘でやのうて、戦争での話や、うん。 でな、参本と統本の言い分も判る、無い袖は振れんわな?」

一体、この提督、どちらの言い分を支持したいのだ? 誰もがそう思った時、その海軍提督―――今年、やっと将官に進級した淵田海軍少将は、会議室を見回していった。

「でもな? ワシはさっきから、不思議で仕方ないんや。 フェイズ4ハイヴの横坑の推定最大直径は・・・確か100m位やろ? 主坑で200m前後や。
そんで、『義烈』は全高145m、全長150m、全幅68.5m・・・横浜のは、1機がちょい小そうて、1機はちょい大きい・・・なあ、どないして、佐渡島の地面の下に入れるんや?」

国連軍横浜基地のXG-70b、通称『 凄乃皇・弐型』は、全高130m超。 その後継機であるXG-70d、通称『 凄乃皇・四型』は全高約180mに達する。
確かに淵田少将の言う通り、XG-70、YG-70シリーズは、フェイズ5以上のハイヴでなければ、侵入する事が物理的に不可能なサイズだった―――場が急速に静まり返る。
戦闘機動は、フェイズ5ハイヴでも恐らく不可能だろう。 フェイズ6ハイヴ―――オリジナルハイヴでなければ、その機動空間を確保出来ないだろう。

「国連軍から流れて来た、この作戦骨子の素案な? 横浜の『予定』かつ『要望』は、XG-70bを佐渡島の地面の下に入れる、ってあるけどな。
おい、誰でもええわ。 ワシに、130mのサイズの物を、直径100mのトンネルの中に入れる方法っての、教えてくれんか・・・?」






「予備部会の検討報告です」

「うん・・・これじゃ、今更部内に、言い訳をできんなぁ・・・」

「不思議です、どうして今まで誰も、その点に気づかなかったのか・・・小官もですが。 どうします? 修正案、もしくは、案自体の破棄を?」

「ん・・・だが軍も所詮は、中央官庁だ。 一度決定した事を変更するなど、BETA相手に戦うよりも、困難だ・・・」

「では、『作戦発起点の絶対確保』とでも、言い訳を付けて、『義烈』は地上での運用だけに留めますか?」

「地上に湧き出した、BETAの殲滅任務、そうなるだろうな。 ハイヴ内は例の『特殊擲弾筒』を、有効活用するしかないだろう。 突入予定の連中には、気の毒だがね・・・」




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