2001年11月11日 0640 新潟県・旧小千谷市付近 第15師団B機動旅団
『―――HQより各部隊指揮官。 上陸BETA群が間もなく、第2阻止線に到達する。 軍管区砲兵旅団群(第3、第8野戦重砲旅団)の砲撃開始・・・5秒前、4、3・・・開始!』
背後から雷鳴の様な砲声が鳴り響いた。 それまでは洋上の第2艦隊から、4隻の戦艦と2隻の大型巡洋艦から放たれる460mm、406mm、305mm砲弾が海岸線に降り注いでいた。
他にもイージス巡洋艦やイージス駆逐艦、そして戦艦や大型巡洋艦のVLSから無数の対地制圧用誘導弾―――95式Ⅲ型多目的誘導弾が数百発、白煙を引きながら降り注いだ。
その砲弾と誘導弾の豪雨の中をくぐり抜けたBETA群に対し、今度は2つの軍管区直轄砲兵旅団―――信越の第8と、東部の第3野戦重砲旅団がその火力を叩きつけたのだ。
上陸地点―――旧新潟市西蒲区越前浜付近―――の25km東の旧加茂市と、阿賀野川を渡った25km北北東の東新潟付近に布陣する2個野戦重砲旅団は、一気に効力射を開始した。
第3野戦重砲旅団のM110 203mm自走榴弾砲24輌、99式自走155mm榴弾砲48輌、MLRS60組。 そして第8野戦重砲旅団の99式自走155mm榴弾砲72輌、MLRS36組。
『―――うっ、うわっ!』
『―――すご・・・い』
『―――空が・・・見えない・・・!』
今回が初陣の、補充新米衛士達の驚愕の声が通信回線から聞こえる。 周防少佐は遠隔監視システムから送信される投影戦術スクリーンを見つつ、彼等のバイタルを確認している。
『―――で、でもBETAの姿・・・見えないよな?』
『―――あ、ああ。 もしかして、あの砲撃で・・・』
『―――全滅、何てわきゃ、ねぇだろうが? ああ?』
新米達の会話に、古参が割り込んだ。 恐怖感は当然あるだろうが、少なくともそれを表面に出したりはしない声色。 新米と古参の最大の違いだ。
『―――上陸地点は越前浜の辺りだ、ここから北に60kmはあるぜ。 突撃級がまっしぐらに突っ込んで来ても、30分はかかる距離だ』
『―――それだけじゃない。 上陸点正面には第12師団が、北の阿賀野川防衛ラインには第14師団が、それぞれ『圧力』をかけている。
クソBETA共、両師団に突っかけられて、真っすぐ南へ来れないんだよ。 12と14師団がどれだけ手際よく追い立てるかによりケドな、多分あと30分は接敵しねぇぜ』
BETA上陸点の東、旧燕市から北へ、旧新潟市南区役所付近までは、第12師団が北北東向けて正面防衛線を張っている。
更に北の信濃川河口から、旧新潟市秋葉区役所付近にかけて、第14師団が南南東に向けて北部防衛線を展開していた。
『―――まずはよ、12師団が正面から受けて、そいつを南へ逸らせてよ。 で、北から14師団が圧迫して南へ追い立てる・・・
で、その2個師団と軍管区の野戦重砲兵旅団に叩かれて、消耗した連中を美味しく頂くのが、南に布陣した俺達、第15師団って訳だ』
『―――目下の心配はよ、食い意地の張った12と14師団の連中が、BETA共を平らげちまわないかってことさ!
連中の食い意地の汚さと言ったら・・・98年の本土防衛戦や、99年の明星作戦でも、散々大食いしやがったからなぁ!』
そう言って、やや大げさに笑う古参達の笑い声。 それにつられて引き攣った笑いを漏らす新米達。 心拍数は少し高い、脈拍も。 だが異常を認める程では無い。
それに大体が、新米の初陣と言うのはこの様なものだ。 同時に戦略リンク情報をも確認しつつ、思い出した―――自身の初陣を。
(―――初陣か。 俺の時は・・・ブルって震えていたな。 戦闘開始後は、何が何だか分からずに、無闇矢鱈に乱射して・・・そうだ、木伏さんにドヤされたな)
92年5月、もう9年6カ月も昔の話だ、新任少尉だった。 酷い戦いだった、中隊は中隊長の渡良瀬大尉以下7名を失った。 大隊長の堀越少佐や、連隊長の川村中佐まで戦死した。
(―――何が不安と言っても、周囲に頼れる歴戦の上官が誰一人居なくなった事だったな。 生き残ったのは木伏さん、水嶋さん、祥子に俺と愛姫・・・みな、少尉だった)
中尉も大尉も、そして少佐も皆、戦死してしまった。 あの時は見栄を張っていた外見とは反対に、内心は不安で、不安で、仕方が無かった。
そう言えば、あの戦いで戦死した1期上の仁科少尉は、後で知った事だが、あの仁科葉月大尉の実兄だった。 他にも安芸中尉に志貴野中尉、藤原少尉、村越少尉に佐伯少尉・・・
どう言う訳か、普段は忘れている遠い過去の事が、鮮やかに蘇った。 そして部下の新米衛士達の管制ユニット内の姿を、サブスクリーンに映し出す。
右往左往している姿、緊張で強張った顔、生気の無い青白い顔色。 もしかすると何名かは、命を落とす可能性が常にある。
『―――BETA群、越後線を通過。 第12師団との接敵予測、205秒後・・・』
『―――第14師団、新潟西IC跡を南下開始。 BETA群北方より接近を開始』
『―――第141戦術機甲連隊、内野より海岸線に進出。 BETA群の後背に迂回しつつあり・・・』
部隊指揮官(大隊長以上の指揮官)以上の者だけがアクセスを許可される、戦術情報リンクから流れてくる戦況。 どうやら予定通り、第12と第14師団は『勢子役』だ。
気になるのは、第2艦隊が2分されている事くらいか。 佐渡島が有る故に、第2艦隊は艦艇を2分して、南北からレーザー照射の認識範囲外海域に侵入して砲撃を行っている。
取り越し苦労かもしれないが、もしもより南に新たなBETA群の上陸があれば、『半個艦隊』の火力支援だけでは、少々足りないかもしれない。 野戦重砲旅団も移動に時間がかかる。
『―――HQより各部隊指揮官! 0648、第12師団が接敵! 現在116号線付近で交戦中!』
ついに地上部隊とBETA群が接敵した。 これからは面制圧砲撃の艦砲も野戦重砲も、暫くは手出しを手控える。 代わって制圧任務に当るのは、師団砲兵部隊になる。
『―――きっ、来たっ!』
『―――くぅっ!』
新米衛士にとっては何が恐ろしいかと言って、経験が無いことほど恐ろしい事は無い。 経験が無いと言う事は、想像がつかないと言う事だ。
与えられる僅かな情報から、何時頃に本格的な接敵となるのか、BETAとは如何なる敵なのか。 不安要素を潰す蓄積が無い、戦場での対応の予想が出来ない。
つまるところ、無駄に緊張を持続させられる羽目になるのだ。 これは精神的にも体力的にも疲労する。 新米衛士の『死の8分』は、この辺にも要因が有るのだから。
(―――人間誰しも、不安な時は上の者を仰ぎ見る。 先頭に居るのが経験不足の自分では無く、経験豊富な上官であれば。 その姿が前に見えれば、少しは落ち着くものだ・・・)
旅団本部から送られてくる戦況情報と、友軍各部隊の布陣状況と移動予定針路。 BETA群の動き。 それら戦術情報を確認しつつ、不意に周防少佐は戦術機を歩行移動させた。
『えっ? 大隊長!? どちらへ!?』
直援任務の指揮小隊長・北里中尉が、少し焦った声を上げる。 当然だろう、大隊布陣の最奥に位置している筈の大隊長機が、何の予告も無く大隊の先頭まで移動したのだから。
周防少佐はそんな北里中尉の声に答えず、無言で大隊全機の先頭で機体を止めた。 今日の大隊長機の装備は珍しく、92式多目的追加装甲を装備している。
他にも74式可動兵装担架システムには、滅多に装備しない74式近接戦闘長刀が一振、装着されていた。 後は周防少佐の定番である『01式近接制圧砲』を2挺。
『01式近接制圧砲』は今年に入って帝国軍が制式採用した、BK-57ⅡB近接制圧砲の帝国軍仕様だ。 43口径57mmの高初速リヴォルヴァーカノン。
周防少佐の大隊長機は、大隊の先頭まで進むと、少しだけ盛り上がった地形の上で停止した。 多目的追加装甲を無造作に大地に突き立て、そのまま前方を見据える様に屹立する。
『―――ッ!』
誰かの、声にならない声が聞こえた。 同時に無駄口を叩いていた古参達も口を閉じる。
(・・・我ながら、演出過剰かな・・・?)
そう思わないでも無い。 普段とは違う、慣れない事をしているという自覚も有る。 だがそれでも一定の効果は、確かに有った様だった。
大隊の先頭で、戦場を睥睨する大隊長機。 その周囲を直援の指揮小隊3機の戦術機が、後ろに控えている。 周囲にはそれぞれ布陣した3個中隊の戦術機。
(・・・心拍数、脈拍・・・脳波パターン、血圧・・・)
数名の新人衛士達のバイタルを再確認する。 少しずつ、先程より少しずつ、落ち着いて来ていた。 平常よりは興奮状態とも言えるが、それでも戦場では許容される範囲だ。
「―――大隊長より、大隊全機へ。 BETA群との接敵予想時刻は、0720時前後の想定。 各機、今のうちに『用を為せ』 以上」
現在時刻、0655時。 つまり後、15分程の間に『クソをし、小便をしておけ』と言っているのだ。 緊張のまま待機させるより、何かをさせた方が良い。
慌てて管制ユニット備え付けの『予備のおむつ』を確認する、何名かの新米達の姿がサブスクリーンに映る。 もっとも戦場で『予備』など付ける余裕はない、基本垂れ流しだ。
それでも慌てて各種備品の確認をしている新人達のバイタルは、明らかに安定し始めていた。 後は各中隊長に任せるべきだった。
「最上、八神、遠野。 予定に変更は無い、流すタイミングはこちらから指示を出す。 それ以外は全て喰え、いいな?」
『ラジャ』
『ういっス』
『了解しました』
3人の中隊長達が応答する。 よし―――あとは、地獄の開演を待つだけだ。 接敵予定まで、あと20分程。 周防少佐は接敵予定までの僅かな時間、目を瞑って待つ事にした。
『・・・なあ、北里よ。 大隊長、本当に寝ているぜ・・・?』
『図太いと言うか、神経が2、3ダース抜けていると言うか・・・』
『・・・マレー半島でも、気が付けば機内で、軽く寝息を立てられていましたわ・・・』
『わっ、私のせいじゃ、ありませんよっ!?』
2001年11月11日 0710 帝都・東京 某所
「・・・詰まる所、『プロヴォ』も『恭順派』も、あの国粋主義者達を煽るだけでなく、他に何か手を打とうとしている。 そう言う事ですかな?」
早朝の公園のベンチ。 まだ朝の7時を回った所だが、すでに通勤する勤め人の姿が多くみられる。 その人の流れをぼんやりと眺めながら、1人の男がボソッと言った。
中肉中背、薄くなった頭部、見た目もパッとしない中年男。 市役所で長年、几帳面に帳簿を付けている出納係の係長―――そんな印象しか受けない、存在感の薄い男だった。
「その様ね、なかなか尻尾を出さないけれど。 それでも、あの『アラスカ』の事件を演出した男の息のかかった連中よ。
その連中が、わざわざ工作の危険度が高くなる一国の首都で、雇用主の依頼だけ済ませる、なんて可愛い事をすると思って?」
女の言葉に、ふむ、と中年男は思わず唸った。 『プロヴォ』は難民解放戦線―――『RLF』の主流派、通称『オフィシャル』から分離した過激な組織だ。
『恭順派』などは一度、その頭の中の構造を見てみたいと個人的に思う。 どうすればあんな信仰、いや、思想が・・・いずれにせよ、ヴァチカンから『異端認定』された宗派だ。
(・・・狂信は人を狂わせ、踏み外させる、か。 大体が昔から反政府組織、或いは異端宗派と言った連中の資金源は、非合法手段と相場が決まっている)
では、その非合法な手段に訴えて為す事は何か? 今の所、軍部の一部跳ね返り連中を唆している事は、あらかた裏を取った。
それ以外では? この帝国で為す、誰かが利益を上げる事になる謀略とは? 利益とは金銭だけに留まらない。 要は主導権を取れるようにする事も、それに含まれる。
(帝国内での主導権・・・統制派の主導権は、揺るぎなさそうだ。 それを覆す? 国粋派? あり得ないな、連中に共感する者は、実は極少数派だ)
国内の極小数の思想右翼主義者達。 他は条件次第で右から左に振れる、利権主義者達ばかりだ。 国粋派の謀略は―――カンパニーに踊らされ、統制派の掌の上で潰えるだろう。
かなり短くなった、口に咥えた煙草を捨てる。 そして胸ポケットから煙草を取り出し、1本抜いて火を付ける。 へヴィスモーカーと言うより、まるでチェーンスモーカーだ。
(・・・では、その統制派の主導権を揺るがすには? クーデター、政権打倒、将軍・・・ああ、あとはアレか? 帝国の巨額の血税を投じてなお、成果を上げていない、あの計画・・・)
人の流れとは、見ていて飽きない。 一見無秩序に見えて、実は個々の意志の集合体が、その流れを形成する。 情報も同じだ、それらの単語が意味する所、つまり・・・
(クーデターが成功しても、しなくても良い。 寧ろ失敗した方が都合は良い。 そして恐らく、国粋派が狙う『玉』は宮城の御方ではなく、帝都城の方だ。
それと関連するのか? あの計画の方は? 確かに首相が強引に招致したが・・・カンパニーも一枚岩じゃない。 有効な手立ては? 第5計画と関連が? ふむ・・・)
「・・・最近はカンパニーも、軍内部への影響力をDIAから奪い返すのに、必死の様ですなぁ? それに国連軍情報部への影響力も・・・」
「・・・カンパニーは相変わらず、経済方面偏重よ」
そう言ってから、女はほんの一瞬、しまった、とでも言う表情を見せた。 中年男にはそれで充分だった。 この女は表向き、カンパニーの国家秘密本部のエージェントだ。
そして、それでいながら、いや、当然ながらダブル・トリプルエージェントでも有る。 一瞬示した失言は、無意識に主導権を取られたくなかったからだろう。
「うん、そうか。 いやいや、最近はどうにも疎くなってね、うん。 ではまた次回・・・そうだな、5日後と言う事でどうだろうかね?」
「・・・判ったわ」
うん。 お互い、世界の裏側の、薄汚れた場所に棲息する身であったとしても、美女を目の前にするのは少しばかり、心地良いものだ。 特に何らかの引きを得た日は。
早朝の街行く人ごみの中に、あっという間に埋没してしまった中年男―――帝国国家憲兵隊の工作監督官である、憲兵中佐。
男の歩いて行った、その先を見つめながら、女は忌々しそうな表情を浮かべて舌打ちするだけだった。
2001年11月11日 0735 新潟県・旧小千谷市付近 第15師団B機動旅団
「最上、そのまま群を削り続けろ! 50を切ったら、後ろに流せ! 八神、右翼を押さえろ! その300、全て殲滅するんだ! 遠野、八神のフォローに回れ!」
要撃級を先頭に、400体程のBETA群が大隊の正面に流れて来た。 周防少佐は第1中隊を群れの中に突き入れ、分断すると半包囲陣形を敷き、削りつつ流す個体群を決定する。
左翼方向は低いながらも山地で、天然の要崖になっている。 BETA群は平地が有る限り、より平坦な地形を突き進む。 右翼は第2中隊と第3中隊で固めた。
『・・・ですから、2度と戦場で接敵前に、居眠りはしないで下さい!』
そして周防少佐を含めた指揮小隊の4機は、第3中隊の左翼―――最南端に位置して、指揮官が確認し易いポジションを確保している。 北里中尉が周防少佐に苦言しながら。
「ああ、判った、判った・・・長瀬、A(A機動旅団)の様子は?」
『CP、ゲイヴォルグ・マムです。 ゲイヴォルグ・ワン、現在のところ順調です。 上陸したBETAの総数、約8890体。 うち、7200体が南下しました。 現存6580体。
1400体が第12、第14師団の初撃で殲滅されました。 海岸線では艦砲射撃と野戦重砲の面制圧で、約3000体を潰した模様です』
大隊CP・長瀬大尉の情報では、上陸したBETA群は既に、半分程まで減らされた様だ。 有り難い半面、別件の任務で国連軍から苦情を申し入れられそうな殲滅振りだ。
『部下に示しが付きませんッ! よりによって、大隊通信回線にいびきを流すだなんて・・・いびきを・・・ッ!』
どうも最近、北里中尉は小姑じみてきている。 一時の遠野大尉に、似てきたと言うべきか・・・確かに油断していた。 いつの間にか、眠ってしまっていたとは。
軽く目を瞑ったつもりが、北里中尉の『大隊長! 奥様に言いつけますよッ!』の一言で目が覚めたとは。 一瞬目の前で、柳眉を逆立てる妻の顔が浮かんだ程だ、情けない。
「光線級が上陸する前に、一気に火力を叩きつけたからな・・・ああ、判った、判ったから北里。 あまりそう、興奮するな」
それに、恥を晒したのは俺で有って、お前じゃないんだがな?―――時折、群がってくる小型種BETAを、01式近接制圧砲でなぎ倒しながら、周防少佐がうんざりして言う。
作戦は順調過ぎる程、順調だった。 第12師団は東への壁となってBETA群を阻み、第14師団が北から圧力をかけ続けていた。
その結果、1万2000以上と推定されたBETA群は、艦砲射撃と野戦重砲の面制圧砲撃も相まって、今や当初の半分ほどまで減じていた。
「・・・順調過ぎるのは、何か裏が有る・・・いかんな、どうにも被害妄想が身に沁みついたな・・・」
例えば何度も経験した、BETAの地中侵攻。 戦線の突然の崩壊と、それに続く大混乱。 周防少佐の9年6カ月の実戦経験は、そんな苦闘と苦戦の連続だった。
目の前に迫った1体の要撃級BETAに向けて、57mm高初速砲弾を1秒間だけ放つ。 それでも発射速度600発/分に設定にしているから、10発の57mm砲弾が命中した。
新型装薬と、若干の長砲身化で初速の上がった57mm砲弾は、瞬く間に要撃級の前腕を粉砕した。 残る砲弾が後部胴体部に吸い込まれ、要撃級は赤黒い体液を噴出して倒れる。
モース硬度でダイヤモンド並みと言っても、ヌープ硬度やビッカース硬度に換算すると、それほどの強靭さはないのだ。 モース硬度は鉱石に適用される指標だ、金属では無い。
モース硬度は『ある物で引っ掻いた時の、傷の付き難さ』の指標だ。 『叩いて(打撃力で)壊れるか』の堅牢さの指標では無い。 ダイヤモンドはハンマーで叩けば砕ける。
寧ろ突撃級の装甲殻や要撃級の前腕は、靭性―――欠陥(或いは欠損、クラック)の進展に対する抵抗性(進みにくさ)―――は、さほど大きくない、と言う研究結果がある。
『大隊長、50下がって下さい! 萱場! 宇嶋! 右翼からの戦車級の群れ、50! 阻止しろ!』
第3中隊の前面で削られたBETA群の一部が、指揮小隊の方向へ突進して来た。 すかさず北里中尉が迎撃指示を出す。
『りょ、了解です!』
『了解! 宇嶋、私の左に! 私はこのままで!―――撃て!』
実は実戦経験の浅い宇嶋少尉(宇嶋正彦少尉、27期A)が、引き攣った声で応答すると同時に、先任の萱場少尉(萱場爽子少尉、26期A)が的確にエレメントに指示を出す。
2機はやや間隔を開けて、お互いの射線が広く交わる様な射角で、突撃砲の36mm砲弾を薙ぎ払う様に射撃して、戦車級の群れを赤黒い霧に変えてゆく。
同時に大隊長のエレメントである北里中尉は、背後から迫った1体の要撃級BETAの側面に高速移動。 120mm砲弾で前腕を粉砕した後、36mm砲弾を浴びせかけて始末した。
―――その間、大隊長の周防少佐は、機体を全く機動させていない。
「・・・これで、後ろに流したBETAの数は、合計150体か。 オーダーは・・・ふん、あと100程も流せば、それで良いか?」
BETA群の正面には、A機動旅団が布陣して阻止している。 今回、A機動旅団には第153(荒蒔中佐)、第154(間宮少佐)、第155(佐野少佐)の3個戦術機甲大隊が配備された。
他の支援部隊も豊富だ、A機動旅団だけで、乙編成師団並みの戦力を有している。 他に右翼の山側には、R機動旅団が山脈越えのBETA群を警戒していた。
こちらには第152(長門少佐)、第156(有馬少佐)の2個戦術機甲大隊が配備されている。 B機動旅団に配備された戦術機部隊は、周防少佐の第151大隊だけだった。
「何もかも、順調。 順調過ぎて、気味が悪い・・・ん?」
不意に旅団通信系からの通話が入った。 珍しい事では無い、第15師団は連隊と言う結束点を持たない。 大隊の上級司令部は、旅団司令部になるからだ。
だが、今回通信回線のスクリーンに顔を見せたのは・・・
『―――おう、周防、喜べ。 貴様の大好きな凶報だ』
B機動旅団長の名倉幸助准将(2001年10月1日昇進)が物騒な事を、迷惑な表現で直接伝えてきた。 とんでもない言われ様の周防少佐が、思わず顔を顰める。
戦闘中であるにもかかわらず、軽い頭痛に似た感覚に襲われた周防少佐は、こめかみの辺りを揉みながら、上官に反論する。
「・・・旅団長閣下、小官は別段、凶報が好きな訳ではありません。 向うがこちらに、なついて来るだけで有って・・・」
『似た様なモンだろう? 貴様に凶報はつきものだ。 さっき、海軍さんの第4艦隊(日本海艦隊)の警戒部隊が知らせてきた。 佐渡島南南東、40km付近に海底震動音を検知。
柏崎の沖合、直ぐの場所だ。 つまり、我々B機動旅団のすぐ左側面の海を、約5000のBETA群が浜に向かっておる。 これに横から突かれると、旅団は目も当てられん』
慌てて上級部隊指揮官用の戦術情報を、大急ぎで検索する周防少佐。 あった、これだ―――確かに最新情報が更新されていた。
BETA群、約5000。 上陸予想地点は、旧柏崎市北東5km地点。 拙い、旅団はその主力を小千谷西方の柏崎市東部、旧252号線と旧291号線の交差地点に置いている。
旧柏崎市海岸線付近は、1個戦術機甲中隊しか存在しない―――国連太平洋方面軍、横浜基地所属の『A-01部隊』、その部隊しか布陣していない。 そして・・・
『周防、貴様は至急、柏崎に向かえ。 国連軍の連中、まともな実弾装備が無い。 こちらはいい、R(R機動旅団、佐孝俊幸准将)から第156(有馬少佐)を借りる事にした』
R機動旅団の、第156戦術機甲大隊―――確かに、あそこは今、手持ち無沙汰の様だ。 だったら先任の方(第152大隊、長門少佐)を、働かせればいいのに・・・
『後方予備の第39師団から、急遽戦術機部隊が出撃する事になった。 が、それでも20分はかかる! BETA群の上陸まで、推定であと7分だ! 何としても海岸線で阻止しろ!』
「―――支援砲撃は?」
1個戦術機甲大隊だけで、約5000の旅団規模BETA群を相手取る事は、自殺行為だ。 気になる支援部隊を確認する周防少佐。
『師団砲兵を指し向ける事、師団長から承諾を得た! 他に機甲1個中隊と、自走高射1個中隊だ、それで我慢しろ! いいな、後続が来るまで、絶対阻止だ!』
師団砲兵―――第15師団では自走砲3個大隊が有る。 どの部隊になる? 新SP(99式自走155mm榴弾砲)か? それともSP改(75式改自走155mm榴弾砲)か?
そして戦車が1個中隊と、自走高射砲が1個中隊。 自走高射は小型種の掃討に専念させた方が良さそうだ。 戦車は? 1個中隊、遣い所に悩む規模だ。
『砲兵は、153の加藤(第153自走砲大隊、加藤友四朗少佐)のトコのSP改(75式改自走155mm榴弾砲)だ。
それと15野砲(第15野戦ロケット砲連隊)からMLRSの1個大隊も、サービスで付けてやる、旅団の支援に来ていた連中だ!』
30口径から45口径へと長砲身化改良された75式改自走155mm榴弾砲が12門と、第8野戦重砲旅団の第15野戦ロケット砲連隊から、第153ロケット砲大隊のMLRSが12組。
プラス、戦車と自走高射が1個中隊。 支援としては、まずまず。 しかしもう一手、ダメ押しが欲しい。 相手は5000からのBETA群―――旅団規模のBETA群なのだから。
視線で周防少佐がそう訴えると、スクリーンの向うの名倉准将が、人の悪そうな笑みを浮かべて言った。
『―――第2艦隊の南方部隊な、戦線が乱戦状態になったんで、一旦開店休業中だ。 その内の5戦隊と5航戦、その半分の協力を貰った。
戦艦『出雲』と、5航戦の母艦『飛鷹』の母艦戦術機部隊だ。 他にも打撃軽巡とイージス駆逐艦がそれぞれ1隻ずつと、汎用駆逐艦が4隻だ』
南方部隊、戦艦1隻に戦術機母艦1隻。 他に打撃(ミサイル)軽巡とイージス駆逐艦が各1隻ずつ。 汎用駆逐艦4隻も艦対地ミサイルを搭載している。
戦術機はどうだ? 『飛鷹』級は1個大隊規模―――海軍で言う、1個戦術飛行団を搭載できる、定数40機。 我々と併せて2個大隊規模。
悪くない数字だ。 陸軍の支援砲撃を加えれば、460mm砲9門と155mm砲12門。 それに駆逐艦の127mm砲が10門。 MLRSにVLSの対地誘導弾も期待できる。
『ただし、南方部隊は分離と隊列再編成、攻撃地点への到達で約15分かかる。 BETAが上陸してからの空白時間の8分間、貴様の大隊で押さえろ。 出来るな?』
得意そうな上官の表情に、周防少佐が苦笑した。 どうにもこの人は、こう言うガキ大将っぽい所が有る人で、憎めない。
「・・・これで勝てなきゃ、丸損ですね」
『おお、その通り! だから、早くケツを上げろ!』
「イエス・サー!」
2001年11月11日 0745 新潟県 黒姫山北麓上空200m 第39師団第391戦術機甲連隊 第3大隊
『・・・何だって、俺達が『火消し役』の火消しなんか・・・』
『うっさい、直秋! 四の五の言うな!』
『周防、しつこい・・・』
『周防さん、しつこい男は嫌われますよ? 恋人に・・・』
『ですけどね、大隊長。 だったら北陸軍管区の部隊でも良いんじゃ・・・しつこくて、悪かったですね、天羽さん! 余計なお世話だ、宇佐美!』
どうもこの大隊は、男女比率が不利で仕方が無い。 うっすら新雪を被った黒姫山をチラッと見ながら、第39師団第391戦術機甲連隊の周防直秋大尉は、内心で嘆いていた。
何せ、大隊長の伊達少佐、第1中隊長の天羽大尉、第3中隊長の宇佐美大尉と、大隊の上級指揮官4名中3名が女性将校ときた。 野郎は周防大尉、独りきりだ。
『う~る~さ~い~! 土砂崩れで18号線と117号線、両方埋まっちゃったんだから、北陸軍管区は動けないの! 文句言わず、給料分働けーッ!』
今日の明け方に、北陸・信越軍管区主力が布陣する直ぐ北の攻撃路でも有る、国道18号線と117号線が、土砂崩れで埋まってしまったのだ。
一昨日からの雨と、BETA侵攻後の浸食による植生の消失、それに伴う土壌の流出。 山岳部の保水力は低下の一途を辿っている。 少しの雨で小さな土砂崩れはよく起こった。
轟音を響かせながらフライパスして行く戦術機甲大隊。 92式弐型『疾風弐型』の1個大隊、40機が北西の海岸部目指して高速NOEで飛ばしている。
つい先ほど、連隊本部の頭越しに師団司令部からダイレクト・オーダーが飛び込んできた。 柏崎市の海岸線に、新たなBETA群が約5000体上陸。
迎撃部隊は第15師団の1個戦術機甲大隊―――第151戦術機甲大隊と、2個砲兵大隊、それに戦車と自走高射砲が各1個中隊のみ。
支援の海軍第2艦隊別動部隊は、砲撃海域までもう暫くかかる。 そして柏崎に居る国連軍の1個戦術機甲中隊は、員数外と見なせ、だった。
第39師団でスクランブル体勢にあった第3戦術機甲大隊が急遽、現場に向かっているのはそう言う理由だった。 残る2個大隊も、至急出撃準備を整えているが・・・間に合うか?
『このまま北上、柿崎川ダム跡をフライパスして、城山、米山の西方を迂回するよ! 山岳部を遮蔽物にして、柏崎の南西部に出る!』
『『『―――了解!』』』
今度ばかりは3人の中隊長達も与太を飛ばさず、真剣な、それでいてどこか余裕のある声で応答した。 伊達少佐はその声に満足そうに頷いて、機体を傾けながら北へ進路を取った。
2001年11月11日 0748 新潟県 旧柏崎市
「長瀬! もう一度、勧告しろ! 国連軍、A-01に後ろへ下がれと!」
『―――了解しました! UN-A-01! 後方へ退避されたし! こちら帝国陸軍第15師団、第151戦術機甲大隊本部! 繰り返す、UN-A-01・・・』
3度目の勧告に、周防少佐も少し苛立ちを隠せないでいた。 BETA上陸から約6分、大隊は少しずつ内陸に押され始めている。
『くッ! クリスタル・リーダーよりゲイヴォルグ・ワン! 2機中破、下げます!』
クリスタル―――遠野大尉の第3中隊から、2機が脱落した。 先程ハリーホーク、八神大尉の第2中隊で1機が中破されて、後方へ下げたばかりだ、これで3機。
目前に突撃級BETAが3体、突進してくる。 指揮小隊の萱場・宇嶋両少尉機が右側面へサーフェイシングで回り込み、120mm砲弾を数発浴びせて1体を仕留める。
同時に小隊長の北里中尉機が、左翼の突撃級の寸前でショート・ブーストジャンプ。 空中で右脚部スラスターをカットし、機体を捻りながら突撃級の後背に36mmを浴びせた。
「ゲイヴォルグ・ワン、了解した! クリスタルは500下がれ! 北陸自動車道跡の山間部を遮蔽にして、側面から削れるだけ削れ! 最上!」
周防少佐は中央の突撃級BETAに無造作に突進し、衝突寸前のタイミングでスラスターを片肺に。 もう片方を全開にする。
機体がスライドする様にハーフ・スピンターンを決め、すれ違いざまに57mm砲弾を10発以上側面に叩き込んで、突撃級BETAを始末した。
『ドラゴン全機、旧工科大と旧産業大跡地に展開完了! クリスタルと挟撃可能!』
「よし・・・八神! ハリーホーク、付き合え。 後退誘導戦闘だ!」
『うわっ! 貧乏くじ・・・サー・イエス・サー! ハリーホーク全機! 鬼ごっこの時間だ! 続け!』
第2中隊・ハリーホークの11機と、周防少佐を含む指揮小隊4機の、計15機の94式『不知火』が約5000弱のBETA群の前面に展開して、攻撃を加えつつ徐々に後退する。
周防少佐の目論見が当たれば、柏崎市域が山間部に挟まれて最も狭くなる場所で、3方向からの同時攻撃により、短時間で有るが足止め出来る筈だった。
『―――こちら帝国軍! 第15師団第151戦術機甲大隊本部! 国連軍、A-01部隊! 後退されたし! 状況C2(守勢防御レベルⅡ)! 小村峠まで後退されたし!』
先程から大隊CP・長瀬大尉がひっきりなしに、国連軍へ勧告していた。 が、当の国連軍部隊は動く気配が無い。 その姿をチラッと見ながら、周防少佐は歯痒さに少し苛立つ。
事前の取り決めでは、状況がC(守勢防御)になった場合には、国連軍部隊は一旦、小村峠まで下がる事になっていた。 そこからならば、峠を越して旧上越市まで直ぐだ。
状況がさらに酷くなれば、洋上をNOEで脱して沖合の艦隊に収容する事が可能な、待機ポイントだった。 それに今回、国連軍戦術機甲中隊は、まともな実弾装備が少ない!
国連軍部隊の今回のミッションは、『BETA個体の捕獲』だった。 その為に使用される砲弾は、貫通力や爆発力が有る実弾では無い。
『d-ツボクラリン』や『パンクロニウム』と言った非脱分極性筋弛緩薬や、『バクロフェン』の様な中枢性筋弛緩薬を更に強力に改良した、特殊薬物弾頭が装填されている。
命中すれば、確かにBETAの動きを停止させ、捕獲する事は可能だ。 だが即効性に乏しく、乱戦に巻き込まれれば最後、確実に後手を踏む事になってしまう。
それにしても、指揮命令系統が違うとは、本当にやり難い。 相手は格下の中隊編成とは言え、周防少佐の大隊指揮下に無い。 国連軍の独立行動部隊だ。
今している様に、精々勧告するか、どうしてもという場合は上級司令部経由で、相手の司令部へ『打診』するしか方法が無いのだ!
「国連軍! A-01部隊! 貴隊は下がれ! ここはまず、戦域の制圧が最優先なのだ!」
とうとう周防少佐の堪忍袋の緒が切れた。 群がってくる戦車級の群れに、57mm砲弾を横に薙ぎ払う様に叩き込み、赤黒い霧に霧散させながら怒鳴る。
『―――ヴァルキリー・リーダーよりゲイヴォルグ・ワンへ。 貴信、了解できず。 我が隊は任務を続行します』
素っ気ないその口調と言葉に、思わず周防少佐の血圧が上がる。 吐き出しそうになった罵声を飲み込んで、国連軍中隊指揮官に言い返した。
「その任務の前提が、既に崩壊していると言っているのだ! 既に3機を失った1個中隊で、一体何が出来るか!?」
今回の前提は何よりも、帝国軍による戦域のコントロールがあった。 今までは良かった、順調過ぎるほど順調だった。 だがここでイレギュラーが発生した。
「この戦域は未だ、我が軍の統制が確立されていない! 現時点での当戦域の最先任指揮官として、貴隊の行動は承認できない! 下がれ!」
左右で指揮小隊の萱場、宇嶋両少尉の機体が、突撃砲から36mm砲弾を迫りくる戦車級の群れに放っていた。 小隊長の北里中尉は、大隊長機の前方で1体の突撃級を始末する。
第2中隊の制圧支援機が、最後の誘導弾を数発発射する―――後方から数本のレーザー照射によって迎撃される。 とうとう、光線属種の上陸を許したのだ。
『ドラゴン・リーダーよりゲイヴォルグ・ワン! そろそろ拙いです! 早く下がって下さい!』
『クリスタル・リーダーです! 信越本線跡地に光線級を確認! 20体! ッ! レーザー照射、来ます!』
「ッ! 全機、乱数回避! 全速で左右に散れ!」
その言葉が終わると同時に、海岸線付近から数条の光線の帯が迫って来た。 機体が乱数プログラムに従い、ランダムな急機動を行って回避を始める。
『ハリーホーク07、レーザー擦過! 中破!』
『アイリス02、左腕全損しました! 済みません、小隊長・・・!』
『07の救出、急げ! 抱えて機体ごと持って行け!』
『萱場! 下がって! 宇嶋、大隊長の左翼を!』
更に2機が中破した。 後方への搬送に更に1機を費やし、これで6機が戦列を離れた。 大隊残存機数、34機。 やれるか?―――まだやれる。
「・・・最後だ、国連軍。 下がれ」
腹の底から響く様な、怒気を押し殺した静かな口調で、周防少佐が勧告する。 が、それでも当の国連軍指揮官の返答は変わらなかった。
『・・・貴信、了解できず。 少佐、当隊へのお気遣いは、無用で・・・』
「誰が、貴様など気遣うか!」
とうとう、周防少佐が爆発した。 大隊通信系にも流れたその怒声に、部下の中隊長達が揃って、思わず首を竦める。
「誰が、貴様の事など、気遣うものか! 勘違いするな、伊隅大尉! 俺が気遣うのは、俺の部下達の事だ! 貴様たちの事など、どうなろうと知った事では無い!」
普段でも時折、部下に雷を落とす周防少佐だったが、今回の怒声は種類が違う。 純粋な怒気だ。 部下達に対しては、これほど純粋な怒気を放ったりしない。
「貴様たちを抱えて、荷物を抱えて、5000からのBETA群相手に、遅滞戦闘など出来るものか! それで俺の部下が命を落とす事に、俺は承服しない!
いいか!? よく聞け、伊隅! 俺が気遣うのは、俺に部下達に対してだ! 要はこちらの都合だ! そちらの都合など、知った事では無い!
これ以上、不本意な状況の戦闘指揮で、部下を失う事態になる事は容認出来ない! 場合によっては貴隊を放置する! 誰の命令か知らんが、現場に後方の理屈を持ちこむな!」
それだけ言い放つと、周防少佐は大隊残存全機を左右の山岳部へと展開させた。 BETA群はもう真近に迫っていた。
地響きを上げて突進してくる突撃級BETAの群。 その背後に要撃級、更には戦車級BETAの大群も居る。 これを相手取るのは、かなり厳しい・・・
『―――何よ? かなり泣きが入っているじゃん? 直衛?』
「・・・なにッ?」
不意に通信回線の飛び込んできたその声と同時に、数十発の誘導弾がBETA群後方に叩き込まれる。 光線級の何割かは、その爆発で吹き飛ばされていた。
誘導弾も何割かはレーザー照射で迎撃されたが、思いもよらぬ南西方向からの攻撃に、完全に不意を突かれた形になっている。
『何とか間に合ったようだね! キュベレイ・ワンより全機! 横っ面を叩いてやりなさい! 『セレネ(第1中隊)』、『アウロラ(第3中隊)』は151を支援!
『フルンティング(第2中隊)』は次の面制圧砲撃後、光線級吶喊! そのまま北へ抜けて迂回! 戦線右翼に回れ!―――攻撃、開始!』
南西方向の山岳部、そのすっかり禿山になった尾根向うから、数十機の戦術機が飛び出してきた。 92式弐型、『疾風弐型』の部隊だ、大隊規模。
「―――39師団。 391連隊、第3大隊・・・愛姫か!?」
『ご名答! 騎兵隊の到着さ! ほらほら、泣き入れて、下の者に当ってないで! さっさとケツ上げなってば!』
言うだけ言うと、伊達少佐の92式弐型『疾風弐型』は、支援砲撃上がりに似合わぬ戦闘機動で突撃級BETA群の合間を縫うように高速移動しつつ、左右に砲弾を叩き込む。
第3大隊の指揮小隊3機が、大隊長機に続行しつつ、その穴を拡大して行く。 同時に1個中隊が側面を同時攻撃。 残る1個中隊は指揮小隊の後に割って入る。
その余りに見事な中央突破・分断攻撃に、一瞬だけ思わず身惚れる。 それは本来、突撃前衛上がりの周防少佐が得意とする、戦場での部隊戦闘機動だ―――そして我に返った。
「ちッ! 勝手な事を・・・! ゲイヴォルグ・ワンより、ドラゴン! 正面のBETA群に割り込め! 『キュベレイ』が側面と後方を突く!
八神! ハリーホークは次の面制圧砲撃後、突撃級に当れ! 群れの中に突っ込むなよ!? 遠野は『キュベレイ』と連携! 左翼を突破されるな! 最上!」
『ドラゴン・リーダーです。 『フルンティング』吶喊と同時に、支援攻撃を開始します』
柏崎市西部の山岳地帯を天然の遮蔽物として、4個中隊で防御線を張る。 同時に面制圧砲撃後に2個中隊で光線級吶喊と、その支援攻撃を開始する。
指揮官同士が長年の戦友同士とあって、長々した言葉はいらなかった。 部下達も多くは共に戦った経験のある戦友たち同士。 2種類の戦術機の群れが、連携した動きで展開する。
『・・・ヴァルキリー・リーダーよりヴァルキリーズ、小村峠まで一時後退する! 続け!』
NOEで飛び去るUNブルーの『不知火』 その姿を見ながら、周防少佐も内心で気まずい思いに囚われていた。
結局は、現場を知らない後方の誰かによって、あの中隊も損害を受けた。 軍人は命令に従う事を、第2の本能として叩き込まれている。
彼女―――かつて戦術機の操縦を教えた、あの国連軍女性大尉もまた、同じなのだ。 ましてや今回は、帝国軍のサポート無しでは為し得ない任務内容だっただろう。
(・・・もう少し、あいつに対して、その立場と言うか、言い方を考えてやっても良かったのだ・・・)
―――そう思う。
「・・・まだまだ、若造だな、確かに・・・」
未だにかつての上官である藤田大佐(藤田直美大佐、旧姓・広江)辺りから、良くからかわれる所以は、恐らくその辺なのだろう。
『―――あん? 何か言った? 直衛』
「いいや―――砲撃が終わる! 愛姫、段取り通りだ、いくぞ!」
『了解!』
5000弱のBETA群に対して、実質的に戦術機2個大隊。 支援砲撃と少数の戦車・自走高射砲が居るとは言え、厳しい状況に変わりない。
「くッ・・・! 早く来い、海軍!」
頼みの綱は海軍―――第2艦隊南方部隊の分遣隊しか、存在しなかった。