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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 暗き波濤 6話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e57fe6a2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/04 21:52
2001年11月5日 1810 日本帝国 帝都・東京 市ヶ谷 総合国防庁舎・統帥幕僚本部ビル


『―――演習統帥司令部より通達、第15師団は重光線級に捕捉された。 2分以内に遮蔽地形へ移動しない場合、重光線級のレーザー照射を受け、全滅したものと見なす』

「・・・酷いものだな・・・」

演習統帥司令部―――統裁官の決定を聞きながら、第15師団A戦闘団の演習員長を務めていた戦闘団作戦参謀の加賀平四朗中佐が、乾いた声で呟いた。 疲労と絶望の色が濃い。
その日、兵棋演習3日目の正午過ぎ。 真野湾一帯を最後まで確保していた第15師団が、全滅判定を受けた。 その1時間後、両津湾へ上陸した全部隊が壊滅判定を受ける。

3日間ぶっ続けの兵棋演習は、佐渡島に上陸したほぼ全部隊の壊滅、という判定を示した。









2001年11月5日 2100 日本帝国 帝都・東京 某所


「・・・これか?」

「そうよ、今日ようやく、修道女会の荷に紛れ込ませて受け取ったわ。 スリーパーに渡して。 『任務』達成後は、速やかに服用する様に。 
無味無臭、急激に眠気が襲って来て、眠る様に死ぬ事が出来るわ。 痛みも苦しみも無い、あっという間にね、天国に直行できるわ」

「確かに、この国の国家憲兵隊の尋問技術は、世界で1、2を争う程、苛烈だ。 連中に逮捕されるより、あっさり自決した方が余程幸せだからな」

「尋問と言うより、拷問よね・・・聞いただけでも、生まれて来た事を後悔する程の責めが、延々と続くと言うし。 それと追加で伝言、キャンプの家族の脱出経路は確保したと」

「・・・心置き無く、死ぬだろうな、あの男も―――で? 本当に確保したのか?」

「ふふ・・・」

「やれやれ・・・怖いシスターだぜ・・・」

「あら? 私じゃなくて、私達の『雇用主』が、でしょう?」

「・・・ここだけの話、俺はウォルター・ヒューズ(CIA国家秘密本部・東アジア部長)が大嫌いなのさ。 奴の爺さまも親父も、K.K.Kの秘密構成員だった」

「その点は同意するわ。 あの男は時代遅れの、ただのマチズモ(タカ派/右派/保守/男尊女卑主義者)よ」

「で・・・そんなクソに雇われている俺達は、クソ溜めの中のクソか?」

「・・・この世の中で、クソ溜め以外の場所なんて、どこにあるの?」

シスターと男は、お互い苦笑し合った。 男は国連難民高等弁務官局アジア・太平洋難民事務支局員の肩書を持つ。
そんな彼は日本軍内での極小数派―――国際難民出身将兵達の為に、軍内部に出入りが許可されている数少ない国連職員だった。

「・・・『プロヴォ』の仕込みは、何時頃終わる見込みなの?」

「遅くとも、今月末までにはね。 どうやら第1師団の作戦投入が決定したらしい。 スリーパーに接触した限りじゃ、例の連中の首謀者達、来月早々にでも事を起こすかも・・・」

「ふぅん・・・じゃ、私達『恭順派』も、仕込みを早めないといけないわね。 まったく、この国の貴族・・・武家だっけ? 世間知らずも良い所だわ。
すっかり『ヴァチカン』の名に騙されちゃって。 皇帝一族はいざ知らず、その昔、この国のカトリック信者を虐殺した連中の子孫を、ヴァチカンが支持する筈が無いじゃない」

「クーデター後にヴァチカンの支持と、その口添えを貰えるって、あれか? 一応、国際社会を気にしていたんだなぁと、変に感心はしたが・・・所詮、その程度だな」

「・・・おしゃべりが過ぎたわね。 さ、早く消えて頂戴。 見つかったら洒落にならないわ」

「・・・了解した」

周囲に気を配りつつ、その場を離れる男の後ろ姿を見ながら、シスターは小さく、聞こえない程小さな声で呟いた。

「・・・皇も将も、死に絶えればいい。 こんな国・・・」

シスターは微かに脚を引き摺りながら、修道院に戻って行った。









2001年11月5日 2230 日本帝国 帝都・東京 南青山


「んっ・・・もう、シャワー浴びさせてって、言ったのに・・・」

「良いじゃないか、結局、汗まみれになるんだし」

「ッ! 馬鹿っ! デリカシーって言葉、知らない様ねっ!?」

「ちょっ!? お、おい、やめ・・・うわっ! それは止めろって! それは拙い、花瓶は洒落にならない! 殺人事件になっちまう! なあ、京香さん!?」

「ふんっ!」

南青山のマンションの一室、右近充京香陸軍少佐の部屋である。 薄暗いナイトライトの間接照明に照らされたベッドルーム。 そこに『一応恋人』の伊庭慎之介陸軍少佐が居た。

「なあ・・・ゴメン、謝るよ。 悪かった、俺が底抜けに阿呆だった。 な? この通り! だから機嫌直して、京香さん・・・お願いしますっ!」

「・・・ちゃんと、レディを扱う様にする事!」

「は・・・? あ、はい!」

「1日1回、訓練や出動中以外は、必ず電話する事!」

「は、はい!」

「そしてその時に必ず、『愛している』って囁く事!」

「う・・・は、はい!」

―――端から聞いていれば、ただの惚気だ。

この日、本土防衛軍総司令部で行われた即応展開研究会に出席していた伊庭少佐は、終わったその足で関西と関東に『引き裂かれている』恋人の部屋を訪れた、と言う次第だ。
因みに甘いひと時が終われば、明後日から統帥幕僚本部で開催されている兵棋演習の、第3回演習に参加せねばならない。 演習は人数の関係で3回に分けて行われる。
第1回演習には、第1師団の同期生、久賀少佐や大友少佐が参加した筈だ。 第2回の今頃は、第15師団の同期生の周防少佐や長門少佐が、胃腸薬を握り締めて悶絶している筈だ。

「だからさ。 そんな激戦場に赴く恋人をさ、せめて一晩慰めてよ」

「もう・・・勝手なんだから・・・」

何だかんだと言いながら、右近充少佐も2歳年下の恋人が可愛いのだ。 それに今年で29歳、来年には30歳の大台に乗ってしまう身としては、ここで男を手放したく無い。
伊庭少佐についてはもう、『勝手に結婚でも何でもしろ!』と、同期の友人であり、かつ、右近充少佐の従弟でもある周防少佐が呆れかえる程、恋人にベタ惚れだった。

結局そのまま、もう1度恋人同士の『スキンシップ』を致した後で、ベッドの上で2人して心地よい気だるさに浸っていた。

「そう言えばさ・・・最近、忙しいのか?」

「・・・どうして?」

寝転がった伊庭少佐の胸に顔を埋めた右近充少佐が、少し甘えた声で聞いて来る。 年上の恋人の、そんな甘え方にニヤケながら、伊庭少佐が何気なしに聞いた。

「ほら・・・先週だったか、俺が何度電話かけても、出なかったじゃないか? 後で聞いたら『仕事で忙しかった』ってさ。
情報保全本部(防諜部)調査第1課の調査班長が忙しいって・・・思わず、ゾーッとしたんですけど・・・京香さん?」

「ああ・・・その事ね・・・ま、年末に向けての恒例行事よ。 『身辺が急に綺麗になった』お偉いさん方の周辺調査ね」

軍人は基本、『特別国家公務員』だ。 その昔は『武官』と言われていた。 当然ながら公務員で、公的・私的、双方で金銭を受け取る事は法に触れる。
だが今の様なご時世では、そんなお偉方は絶滅危惧種に等しい。 誰しも、何らかの方法で、誰かから『よしなに』と付け届けが来る。

軍の内規で、その場合は『誰それから、どの様な名目で、どの位の』付け届けが来たかを申告する事になっている。
本来ならば収賄罪だ。 だが当然ながら送り側も、受け取る側も、その辺は承知している。 けっして金銭の授受は行わない。
『同好の士』同士の間の、趣味品の受け渡し、という名目で美術品やら絵画やらを送り、受け取る。 受け取った側はそのまま美術商に転売すればいい。

「度を過ぎれば、当然ながらお縄よ。 でも大抵のお偉方はその辺、弁えているから・・・例年なら申告リストを作るだけなのだけれど・・・」

「なのだけれど?」

はあ・・・と、右近充少佐が大きな溜息をついた。 せっかくのひと時を、こんな無粋な話題で費やしたく無かった、と・・・しかしこの恋人は、結構な好奇心の塊だった。

「何人かね、財閥から明らかに限度を越した援助を受け取った・・・そう見られる節の有るお偉方が居たのよ。 その身辺調査だったの」

「あん? そんなの、致命傷なんじゃ・・・?」

「普通はね。 でも受取人が本人じゃないとしたら? 奥様の従弟が理事をしている非営利の難民支援団体とか、弟の妻の父が経営する会社だとか・・・」

「・・・額が尋常じゃない?」

「そうね。 それに今までそう言ったケースが無かった。 でもそうなると、管轄は私達じゃなくって、内務省よ。 警察ね」

国防省と統帥幕僚本部としては、不確かな根拠で『身内』の不始末(と想像される)の尻尾を、他省庁に握られるのは不愉快極まりない出来事だ。

「軍事参議官の間崎大将。 それに第1軍司令官の寺倉大将に東部軍管区司令部の田中中将。 本土防衛軍総司令部高級参謀の扇谷少将、他にも・・・大物過ぎて手も出せないわ」

「うげ・・・俺、聞かなかった事にする・・・」

「そうなさいな。 私だって、恋人をゴタゴタに巻き込みたく無いもの」

「んじゃ、嫌なこと思い出させちまったお詫びに、もう一度頑張りますか」

「ばっ、馬鹿っ!」









2001年11月5日 0900 アメリカ合衆国 ニューヨーク州・ウエストチェスター郡


日本とN.Y.の時差は14時間。 快晴の日曜日の朝だった。 世界最大の大都市圏を構成するN.Y.の郊外都市であり、閑静な高級住宅地のウエストチェスター郡。
広々とした大邸宅がそこかしこに見えるこの地域は、全米で最も裕福な地域のひとつであり、元大統領が邸宅を購入している事でも知られる。
その中のひとつ、ひと際広大な敷地の中に、英国のカントリーハウスを模した外観の邸宅が有った。 その青々とした広い庭の芝生の上を、1人の老人が散歩している。

「・・・ダスティンか。 どうやらモルガノとロートウェラーの金は、無事に光菱から軍人馬鹿共の懐に渡った様じゃな?」

「はい。 あの国の軍部監察組織が動いていましたが、何とか矛先をかわせました」

老人の背後から近づいてきた青年に向かって、背中越しにしわがれた声で確認する邸宅の主。 恐らく90歳は越しているだろう。

「ならば、良い。 光菱帝都銀行副頭取が殺害された時は、ウォルター・ヒューズ(CIA国家秘密本部・東アジア部長)の無能を呪ったモノじゃったが・・・」

「CIA情報本部・東アジア分析部長のライオネル・モーガン、グローバル問題部長のエマ・シーリング、それに外国指導者分析部長のネッド・ジャクソン・・・
まだ彼等はヒューズの行動を完全に把握しておりません。 であれば必ず、あの国の防諜機関へ接触する筈ですが、未だその痕跡は有りません」

「そうか・・・ならば、良い。 あの国は合衆国の防波堤、それだけに意味が有る・・・」

(合衆国の防波堤? いいや、我が祖父よ、貴方の妄執の精神的防波堤でしょう?)

青年―――国防総省・国際安全保障問題担当部アジア・太平洋担当副次官補のダスティン・ポートマンはそう思った。
CIAタカ派が、奪われた軍事・政治的主導権(国際社会を支配する上での)を、DIAから奪回する為に立案し、ネオコンの馬鹿共が気に入った対日特殊工作。
『ビルダーバーグ会議』ですら、少数派のタカ派(正体は米国内のネオコン寄りの連中だ)以外の過半数以上が、その実行がもたらす結果に危惧を表明し、反対したあの工作。

本当ならばその場で廃案になる筈だった。 それが復活したのは、一重にこの老人の妄執と、その実現を可能にする財力と影響力故だ。
AL5計画? あれは結局、ネオコン連中とその周辺の取り巻き(と言っても世界的大企業や、国家の中枢人物も居る)が『保険』として急遽作った代物だ。
最も現実は、もっと複雑でややこしい状況に陥っている。 AL5計画自体が、ネオコンの手を半ば以上離れ、今やビルダーバーグ会議穏健派とタカ派の間で、切り取り合戦だ。

「・・・3度目の亡国は、許容できん・・・決して、許容できぬのだ、ダスティン・・・」

「はっ・・・」

ならば、この自分も『保険』を掛けさせて貰おう。 『ビルダーバーグ会議』では、穏健派のアンハルト=デッサウ侯妃の知己を得た。
イングリッド・アストリズ・ルイーゼ・アンハルト=デッサウ。 現デンマーク女王の姪。 彼女には伝えてある、米海軍のクナイセン少将が、日本海軍の周防少将と接触した事を。
クナイセン海軍少将は、CIAと対立するDIA(アメリカ国防情報局)国際協力室長。 周防海軍少将は日本帝国海軍軍令部第2部長、軍の枢機に関わる人物だ。

(・・・周防海軍少将の義兄は、あの『魔王』・・・日本帝国国家憲兵隊副長官の、右近充陸軍大将だ・・・)

日本のカウンター・インテリジェンスの巨魁にして、『統制派』の大物。 そして『三極委員会』に繋がる日本の貴族社会(武家)の要人(神楽城内省官房長官)とも繋がる人物。

(・・・その情報は、この老人には伝えない)

確かに彼、ダスティン・ポートマンは老人の孫だった。 だがそれは遺伝上の事だけだ。 老人の娘であるポートマンの母は、認知されず苦労を積み重ね、病死している。

「・・・何やら、横浜の黄色いメス猿が、色々とやっておる様じゃがの・・・どうせなら、綺麗さっぱりと始末をつけようかの・・・」

「・・・予定では、D-dayは来月上旬となります」

「うむ・・・目障りな横浜のメス猿も居なくなり、あの国も防波堤となれば・・・ロスアラモスにも、儂の知己はおる。
軍の馬鹿共が考えておる様な、G弾の一斉使用なぞさせぬ・・・儂が作り出す世界はの、不毛の星など要らんのじゃ・・・」

それだけ言うと、老人はポートマンへの関心を失ったかのように、軽く片手を振って下がる様に指示した。 昔から変わらない。
ポートマンは恭しく一礼すると、その場を離れた。 内心で心底、老人の破滅を願いながら。









2001年11月6日 2230 日本海 佐渡島東方海域 深度180m 帝国海軍特務潜水艦『瀬戸潮』


「ソナー、感あり。 P-2点、前方680m、方位3-4-7。 深度262m」

「推定個体数、約5500。 南東へ微速拡大中」

佐渡島周辺海域の定時探査を続けていた特務潜水艦が、ソナーに『海底で蠢く』存在をキャッチした。 艦内に緊張が走る。
なおもソナー員からの報告が続く。 どうやら佐渡島と新潟との間の佐渡島海峡、それも最狭部の旧新潟市の角田岬から、旧佐渡市の鴻ノ瀬鼻の間の31.5kmに固まっている。

「・・・増えるかな?」

艦長が広げた海図を睨みながら、視線を向けずに傍らの副長に問いかける。

「増えるでしょう。 市ヶ谷(帝国国家偵察局・衛星情報センター/衛星情報中央センター)からの情報では、先月末以来、佐渡島島南端付近で飽和BETA群が確認され・・・
その数は徐々に増える一方だと。 2日前の情報では、地上に約3500体、海底に約2500体でしたので・・・今では地上には、約5000~6000体の飽和個体群が居るかと・・・」

「・・・海底と合わせて、1万から1万1000体か。 師団規模の飽和BETA群だな」

「第5軍(北陸・信越軍管区)の第8軍団だけで、大丈夫でしょうか?」

副長が懸念の声を上げる。 第8軍団は信越方面を担当する部隊だが、比較的軽装備(丙編成)の3個師団しか有しない(北陸は第17軍団の3個師団)
副長の言葉に、艦長もしばし表情を強張らせる。 陸軍の内部事情は、深い所までは海軍の現場指揮官では判り得ない。 信越方面は、最重要防衛拠点の筈なのだが。

「・・・ま、陸の事は陸サン(陸軍の事)に任すしかなかろう。 なに、いざとなれば第2防衛線(北関東絶対防衛線)から、第7軍が押し上げて来るだろうしな」

「北関東絶対防衛線を、全く空にする事は出来ないでしょうから・・・押し上げて来るとしたら、第12師団か第14師団か・・・いずれにせよ、甲編成師団でしたね」

「信越方面に配属された師団の、実質3倍近い戦闘力を有する部隊だそうだ」

第7軍は東部軍管区・北関東絶対防衛線を一手に引き受ける、帝国陸軍中の最精鋭軍だった。 配下に第2軍団(第12、第56師団)、第18軍団(第14、第40師団)を持つ。
第5軍の6個師団が全て『丙編成師団』であるのに対し、第7軍は4個師団とは言え、2個師団が『甲編成師団』、残る2個師団も『乙編成師団』と、第5軍より遙かに強力だ。

更に実戦経験の豊富さ、戦場での巧みさ、しぶとさと駆け引きの巧妙さは、確実に第1軍を上回る。 そして技量でも第1軍と双璧を張る。
特に第18軍団の第14師団は、指揮官クラスに旧大陸派遣軍経験者を集中配備した部隊として、第1師団さえも上回る力量を有すると評されていた。

「それに即応部隊の第15師団も動くだろう。 1個機動旅団でも、実質は丙編成師団並みらしいな」

そして本土防衛軍総司令部直属の、緊急即応部隊である第15師団。 この部隊は東日本担当として、西日本担当の第10師団と共に緊急即応部隊―――戦場の火消し役だった。
火消し役であるからには、相応の戦力が必要で、かつ即応性も重視される。 為にこの2個師団は指揮下に3個機動旅団司令部を置き、状況に応じて指揮下の各大隊を編入する。

こうして組織された機動旅団が、即応部隊として戦場へ急行する仕組みだった。 因みにこの両師団はその性質上、『連隊』と言う結束点を持たない。 『部隊』は大隊が最上位だ。
規模的には甲編成師団に迫る。 戦術機甲大隊6個(2個連隊規模)、他に機甲(戦車)、機械化装甲歩兵、機動歩兵、自走砲、自走高射砲が各3個大隊。 プラス、各種支援部隊。

「大湊(帝国海軍大湊鎮守府、壊滅した呉鎮守府の代わりに昇格した)の2艦隊(第2艦隊:GF主力のひとつ)が近々、日本海で演習を予定している。 
舞鶴の4艦隊(第4艦隊:日本海艦隊)の手に負えなければ、急行するだろうさ。 4艦隊は基本的に、哨戒艦隊だしな」

日本帝国海軍は、ようやくの事で復興なった横須賀軍港(軍港施設のみ)の第1艦隊(横須賀鎮守府所属)が太平洋を、大湊の第2艦隊が日本海とオホーツク海を担当する。
他に98年のBETA九州侵攻時に、辛うじて死守した佐世保軍港(佐世保鎮守府)所属の第3艦隊が、東シナ海をその防衛範囲としていた(呉は地方隊として再建された)

「まあ、2艦隊の戦艦4隻(『出雲』、『加賀』、『駿河』、『遠江』)の砲撃力が有れば、1万程度のBETA群が上陸しても問題は有りませんが・・・」

他にも巡洋艦・駆逐艦など、合計30隻の戦闘艦で構成される、世界でも屈指の洋上戦闘艦隊だ。 第1艦隊には劣るが、1万程度のBETA群の上陸阻止支援には充分だった。

「そう言う事だ。 今ここで、我々がヤキモキしても始まらない、と言う事さ、副長」

「了解しました。 ソナー監視を継続します」

「うん」









2001年11月7日 0355 帝都・東京 帝国国家偵察局・衛星情報センター/衛星情報中央センター


「・・・膨れ上がって来たな」

当直統制官である航空宇宙軍大佐が、スクリーンと目前のLCDモニターに映し出された情報の、双方を見比べながら表情を強張らせて呟いた。

「規模こそ小さいですが、98年の鉄原、それに94年の『それ』に似ていますな」

傍らの当直副調整官である海軍中佐も同様に、厳しい顔で言う。

「よし・・・統本(統帥幕僚本部)に連絡だ」

「もう少し、状況を確認して見てからの方がいいのでは? またぞろ、いちいち細かい変化まで上げて来るな、と文句を言われますよ?」

「上げないよりマシさ。 94年の二の舞だけは、やりたくないよ」

1994年11月、帝国国家偵察局・衛星情報センターはユーラシア東部の5つのハイヴ―――H14、H16、H17、それにH18とH19の動向を掴んでいた。
しかしながら、官僚組織特有の欠陥ゆえに、その情報が生かされる事は無く、結果として当時発動されていた『大陸打通作戦』が、瓦解する要因を作ってしまったのだ。

「下手を打って、闇から闇へ・・・は、ゴメンだよ。 僕は当時、少佐で輪島(石川県輪島市、帝国国家偵察局・衛星情報センター/中部受信管制局)の管制長だったが・・・」

当時の衛星情報センターの当直統裁官と、当直員は『事故死』した。 副統裁官は2階級降格の上で予備役編入・即日応集で、今は北海道奥尻島の、レーダーサイトに島流しだ。
統裁官の苦笑に、副統裁官の海軍中佐も内心で納得した。 海軍からの出向組である彼は、当時は地上支援の為の派遣艦隊に乗り組む大尉だった。

「判りました。 至急、統本の1部(作戦部)と2部(国防計画部)に、連絡を入れましょう」









2001年11月7日 0830 帝都・多摩 帝国陸軍立川基地 第39師団


カッ、カッ、カッ―――本部棟の廊下を、小気味良い足音を響かせながら、1人の女性将校が速足で歩いている。 背は高くないが、如何にも俊敏そうな印象を受ける。

「で? 移動は?」

「予定では明日8日1000時。 相馬原基地到着は、1600時の予定。 その後に先発している14師団、15師団と、松本(長野県松本基地)の第58師団と調整。
演習開始は11日の1000時から・・・って、大隊長、今のは3日前に通知されていましたよね? 休暇中に忘れたんですか?」

何故か随伴している第3中隊長の周防直秋大尉が、少し嫌味じみて聞いて来る。 女性将校―――第3戦術機甲大隊長の伊達愛姫少佐は、2日間の非番と有休(!)明けだった。

「アンタの記憶力を確認しただけよ・・・あ、臼井(臼井正智中尉)、準備は完了しているでしょうね?」

「はい、大隊長。 滞り無く」

大隊副官の臼井中尉が、澱みなく答える。 長身で隙の無いいでたち。 誠実そうな、なかなかの男前。 堅実で有能な若手将校―――周防大尉には、嫌味にしか見えない。

臼井中尉が差し出した書類を受け取り、歩きながら目を通す伊達少佐。 時折、すれ違う基地要員の敬礼に答える。 が、書類から目を外さない。
156cmの伊達少佐が、長身の2人(周防大尉は181cm、臼井中尉は182cm)を連れて歩く様は、まるで女王様が臣下を連れ歩く様だ。

「・・・『山岳部防衛想定演習』ねぇ? 確かに中部山岳地帯を取られちゃったら、この国はもうお終いだから、判らないでもないけれど・・・」

物騒なセリフを吐く上官に、臼井中尉が思わず目を見開く。 周防大尉は慣れっこなのか、苦笑するだけだ。

「・・・佐渡島が、何か騒がしいみたいですし。 上としては一応、保険をかけておきたいんでしょうね」

「大仰な保険よ、まったく。 演習第1陣だけで、ウチの師団に第14と第15師団。 第2陣に第12師団と、ウチと同じ総予備の第39と第45師団・・・
合計6個師団の、大規模演習だなんてさ。 佐渡島の保険ってんなら、15師団と、他に12か14のどちらかの師団、これだけでもお釣りがくるよ」

1万そこそこなのでしょ? 飽和BETA群は?―――伊達少佐の問いかけに、周防大尉も臼井中尉も頷いて答えた。
確かに丙編成師団とは言え、信越の3個師団に加え、甲編成の第12か第14師団。 それに準する規模の第15師団。 合計5個師団あれば、1万程度のBETA群は充分殲滅可能だ。

「それにさ、海軍さんも第2艦隊を『冬季洋上演習』の名目で、日本海に入れたよ。 戦艦が4隻だったかな? それに戦術機母艦も4隻。 充分過ぎない?」

「ま、確かに大仰ですけど・・・逆に言えば、それだけ役者が揃った戦場なら、自分は大歓迎ですよ」

「・・・その心は?」

「どうせ主役は12師団に、14師団と15師団でしょうから。 新米どもに場数と戦場度胸を付けさせるのに、もってこいですしね、脇役の立場としては」

「はん・・・言う様になったね、直秋、アンタも」

しかし、やはりどうして今の時期に?―――伊達少佐の疑問は消えない。 甲21号目標の攻略作戦が控える現在、何故わざわざ部隊を抽出して、大規模演習をする必要があるのか?
ここで6個師団も動かしては、演習が終わり駐屯地に帰還し、そして諸々の整備を整え・・・甲21号作戦に間に合わなくなる恐れも出て来る。
軍と言う物の腰が重いのは、今に始まった訳ではない。 が、反面で動き出したら止まらない。 判っているの? お偉方は? いえ、判っている筈。 だとすると・・・

「・・・動かしたくない?」

―――まさか、ね・・・

伊達少佐は頭の中に閃いた、自分でも突拍子も無いと思える考えに、内心で苦笑する。 動かしたくない、誰かが、肝心な時に、これらの戦力を。
どうして? 何の為に? 何が不都合? どう言う状況で?―――帝都周辺には、それこそ第1軍団しか居なくなってしまう。 第1軍団・・・第1師団!

(あ・・・あはは・・・何考えてんだろ、私って・・・?)

無論、彼女とて全てを知る事は無い。 だが最近、情報保全本部や警務隊、それに監察部と言った部署から、やたらと部下達の身上調査に関する問い合わせが多かった事は確かだ。
勿論、伊達少佐の大隊に、思想的に偏った部下はいない。 確かに文句が多い奴とか、上層部や政府をけなして酒の肴にする連中はいる。 が、そんなのはごく普通の光景だ。
軍内でも、特に陸軍部内で、一定の階級以上の者達の間で囁かれる噂。 若手将校達との繋がりを、急に持つ様になった特定の軍高官達。

「・・・まさか、ね・・・」

「は? 何か仰いましたか? 大隊長?」

伊達少佐が呟いた小さな声を、副官の臼井中尉が聞きとめた様だ。 が、伊達少佐は気にするな、と言うように首を振る。

「ん・・・いいや、何でも無いよ。 それよか、森宮さん(森宮右近中佐)と和泉さん(和泉沙雪少佐)は?」

「は、1大隊長(第1戦術機甲大隊長:森宮中佐)、2大隊長(第2戦術機甲大隊長:和泉少佐)も、執務室かと・・・」

「そう。 じゃ、私はちょっと寄り道していく。 天羽(天羽都大尉、第1中隊長)と宇佐美(宇佐美鈴音大尉、第3中隊長)に、0930に大隊長室に来るようにと。 直秋、アンタもよ」

「イエス、マーム」









2001年11月9日 1530 帝都・市ヶ谷 帝国軍統帥幕僚本部 総長室


「ではやはり、数日以内に佐渡島からの侵攻が予測される、それも師団規模のBETA群が。 そう言う事だね? 大江君」

「はい、総長。 衛星情報センター、及び7部(第3局第7部、通信・衛星情報)からの情報を総合しますと、可能性としては80%を越すと判断されます」

総長室で、統帥幕僚本部総長である元帥・堀禎二海軍大将に報告を行う、第1局第1部長・大江達志陸軍中将は、報告の内容と裏腹に表情に余裕が有った。

「・・・信越の第8軍団だけでなく、後ろの第18軍団から第14師団を。 即応部隊の第15師団と、本防(本土防衛軍)総予備の3個師団。 後詰に第2軍団の第12師団か。
それに第2艦隊を南下させた・・・おい、幾ら海軍が僕の古巣だと言っても、右から左に『2艦隊を、日本海に入れて南下させろ』とは。 GFの小澤君がなかなか納得しなかったぞ?」

「撒き餌ですから、その6個師団と2艦隊は。 1艦隊は現在、太平洋上ですので。 一応、防衛後も相馬原に駐留させたいと考えます」

「帝都周辺にはいない。 だが数時間以内に帝都周辺に展開出来る、かい? 右近充君(右近充陸軍大将、国家憲兵隊副長官)の話だから、聞いたが・・・」

「ではなぜ、間崎閣下は軍事参議官会議で、あれ程強く主張なさったのでしょう? 内務省・・・いえ、特高からも問い合わせが入っております。 既に尻尾を掴まれている様で」

「おい、大江君。 それ以上はまだ、『仮定』だろう? 軽々しく口に出すモノじゃない」

それまで口を挟まなかった、統帥幕僚本部次長・栗林忠尾陸軍中将が窘める。 どちらかと言えば実戦に強い人物だが、陸軍中の親欧米派・良識派としても知られる人物だ。

「そう、『仮定』だ、栗林さん。 だからこそ、備えは必要でしょう?」

士官学校で栗林中将の2期後輩である大江中将が、幾分丁寧な言葉で反論する。 栗林中将はどちらかと言えば『抑止力』として、その6個師団に期待したいという主張だ。
既に大勢は決している。 軍部主流、そして軍部上層部の決定は、いや、他省庁を含めた統制派の意志は決定している。 最後の問題は、どの様に餌をぶら下げるかだ。

「・・・最後に、ひとつだけ確認したい。 内府(内大臣)は、了解したのだな?」

「はい。 内諾を頂いております」

「城内省の方も、官房長官は了解しました」

これは賭けだ。 計画は極秘裏に、各方面を網羅して根回しをし、確約を取った。 若者達は我々を恨むだろう、憎むだろう。 だが純真さだけでは世の中を生きていけないのだ。

「・・・張り付けるのは、総予備の3個師団と第12師団だ。 第14と第15の両師団は、こちらの保険とする」

「では、閣下・・・」

「その両師団でしたら、例えあの部隊が総出で来ても、鎮圧が可能ですな・・・」

場の空気が一瞬暗くなる、『皇軍相撃つ』―――明治のこの方、実は一度も実現しなかった悪夢だ。 堀大将が、沈痛な声で言った。

「・・・ならば、暫し待とうじゃないか。 擾乱の熱狂の刻を」





大江中将が総長室を退出した後、その場には総長の堀大将と、次長の栗林中将の二人だけとなった。 堀大将がデスクの引き出しから、一通の命令書を出して栗林中将に見せる。

「・・・これは?」

「今日の昼前だ。 国防相からだよ」

既に封を切っているその命令書を、栗林中将が開いて確かめる。 そして思わず一瞬、目を見開いた。

「―――最優先命令。 宛:統帥本部総長。 発:国防大臣。 本文:11月11日未明、佐渡島よりBETA群上陸の恐れあり。 規模は旅団規模と推定される。 
貴官はその掌握する職責において、可及的速やかに警戒を厳と為せ―――国防相は軍政を統括するのであって、軍令に口を出す立場では、ありませんが・・・?」

「・・・変だとは思った。 なので、探りを入れさせた。 どうやら、首相の周辺筋から、首相の耳に入った様だ。 国防相もいまひとつ、押しの弱い人だからね」

「首相の周辺・・・? この様な情報を、一体どのようにして・・・いや、そもそも軍事情報を・・・」

「・・・判らないかい?」

堀大将が栗林中将の困惑顔に、苦笑しながら聞く。 首相周辺、イレギュラーな軍事情報、帝国軍のトップに圧力をかける程の―――咄嗟に、栗林中将の脳裏に閃くモノがあった。

「ッ!・・・横浜の・・・小娘っ!」

「どう言う詐術を使ったかは、判らんがね・・・少なくとも、事実の一端に接触している様だ。 規模は惜しいながら、過少に見積もった様だね」

「大至急、情報保全本部と監察部に、内調を進めさせます」

「うん・・・横浜の息が掛った者が、統本や国防省、或いは参本(陸軍参謀本部)や軍令部(海軍軍令部)、作本(航空宇宙軍作戦本部)に居るとは、考えたくないがね」

一礼して総長室を出てゆく栗林中将を見送った後、堀大将は総長執務机の椅子にドカッと座り直し、電話の受話器を取る。 そして何箇所かに電話をかけた。

「ああ・・・ああ、そうだ、右近充君。 こっちはこっちでやっておくよ。 そちらは・・・はは、言わずもがな、だったね。 うん、米内さん(米内前国防相)には僕から・・・うん」

どうやら現在の相手は、国家憲兵隊副長官の様だ。

「はは・・・こちらは横浜には手を出さないよ、余分な人員も居ないしね。 それよりも、そちらは気を付けてくれているかい?
何しろあそこには、情報省だけでなく、内務省の特高や君の所の国家憲兵隊の潜入工作員たちが、それこそお互い見て見ぬ振りで、大勢潜入しているのだろう?」

『―――ええ。 ついでに言えば、国連軍情報部の米国寄りの連中や、カンパニーにDIAも。 欧州連合もスリーパーを忍ばせております。 諜報工作員の天国ですよ、あそこは』

「核心の魔女には、未だ迫れない様だが?」

『―――お忘れなく、閣下。 あの基地を建設したのは、国連軍の委託を受けた我が国・・・我が軍です。 正確には軍から発注を受けた、我が国の大手建設・土木企業群ですよ』

事実だ。 米国陸軍工兵隊の様に、実質は世界最大の建築・土木企業群と言える程の建設能力を有する工兵隊は、他に国には存在しない。
故に米国以外の全ての国―――全ての軍部は、自国の企業群(軍需企業群と言っても良い)に発注する。 そして帝国内において、最も強権を有する組織は内務省と国防省だ。

「ふむ・・・泣く子と特高(特別高等公安警察:内務省)と憲兵(国家憲兵隊:国防省)には、逆らえぬ、そう言う事だね?」

『―――情報省に、あの基地の内部構造とセキュリティシステムをリークしたのは、我々ですので・・・横浜の動きは、こちらで調べましょう。 では、『その時』まで・・・』

「うん。 お互い、見猿、言わ猿、聞か猿、か」

『―――はい』









2001年11月10日 1930 帝都・府中 帝国陸軍府中基地 第1師団第3戦術機甲連隊


「いよう! 久賀! 久しぶりだなぁ!」

「・・・どうして、貴様がここに居るんだ? 伊庭?」

理解し難い、そんな表情で将集(将校集会所)のカウンター・バーの一角を占拠する同期生をマジマジと見つめる久賀少佐。 反対に伊庭少佐は気にも留めていない様子だ。

「どうしてって・・・そりゃ、お前、出不精の同期生を気遣って、様子を見に来てやったんだって」

「酒代を、俺のツケにしてか?」

カウンター上の伝票を、ヒラヒラとさせて久賀少佐が睨みつけるが、伊庭少佐は当然気にも留めない様子だ。

「ま、良いじゃねぇか。 貴様も味わったろ? あの地獄の兵棋演習! 今日、ようやっと解放されたんだよ。 飲まなきゃ、やってられねぇ。
それに、どうせあと30分程で退散するよ。 関西行きの輸送機が羽田から飛ぶ。 それに乗らなきゃならん」

伊庭少佐の所属は、大阪・八尾基地の第10師団だ。 そんな傍若無人な同期生に溜息をつきながら、久賀少佐もやや早めのアルコールを飲む。
暫く他愛ない話が続いた。 久賀少佐にとっては、本当に久しぶりに合う同期生だ。 最近、気が晴れない事も有ったが、こうして会って飲んでいる間は忘れる事が出来た。

「・・・なんだって? 貴様が、結婚する!?」

「おうよ! 美人だぜぇ? 佳い女だぜぇ?―――プロポーズは、これからだけどな!」

「ちょっと待て・・・2歳年上なのは、どうでもいい。 それよりも・・・相手は周防の従姉だと!?」

「おう! これで奴も、俺の弟分だな! あははっ!」

何と言っていいのか―――結局、言葉が見つからなかった久賀少佐は、月並みに『そりゃ、おめでとうさん』とだけ言うと、ウィスキーグラスの中をグイッと飲み干した。

「ま・・・何だな、目出度い事さ、うん」

「なんだよ、久賀。 もったいぶった言い方しやがって」

「・・・そうじゃない。 伊庭、貴様は乗り越えられたんだな、ってな」

「うん、ま・・・な」

伊庭少佐は中尉時代の1995年、当時恋人だった女性士官を戦死と言う形で失っていた。 6年前の話だ。 その事は同期生の殆どが知っている。
それ以来、伊庭少佐の魚色家振りの派手さは、傍目にも酷いものだったが・・・同期生でそれを非難する者は、居なかった。

「忘れた訳じゃないんだ・・・今でも鮮明に覚えている。 けどなぁ、久賀よ。 人ってのは、結構いい加減なものだよなぁ・・・
春には春の、夏には夏の、秋には秋の、そして冬には冬の・・・それぞれに有った服を着たくなる。 『あいつ』は春の様な女だった。 今は季節外れの夏の服を着ているよ」

「・・・惚気ていろ、この年中真夏男め」

伊庭少佐は、この男にしては珍しく、少しはにかみながら期友を見て笑う。 伊庭少佐も当然知っている、目の前の期友が3年前に愛妻を、九州防衛戦で死なせている事を。
そして久賀少佐も少し嬉しかった。 この気持ちは、自分と伊庭少佐の2人にしか分からないだろう。 長い付き合いの周防少佐や長門少佐でも、多分判りはしない。

「季節の服・・・か。 そんな時が来るのかな、俺にも・・・」

「ま・・・せめて、枯れるまでには、見つけろや?」

「ほざけ」

それから短い時間だったが、久賀少佐は伊庭少佐と旧交を温めて―――伊庭少佐の出立の時間になった。
営門まで見送ると、久賀少佐の言葉に、2人揃って基地の街灯の下を並んで歩く。 もう気温はかなり冷え込む季節になっていた。

「ところで、本当に式は何時頃の算段なんだ?」

「う~ん・・・まあ、色々と騒がしい話が飛び交っているからな。 落ち着いたらで・・・来春頃か?」

「なんだ? どうせなら、速攻で攻めるかと思ったけどな、お前なら」

含み笑いで久賀少佐がそう言うと、伊庭少佐も苦笑する。 昔の恋人とは、会ったその日に口説いていた伊庭少佐だったのだから。

「まぁなぁ・・・そうしたいのも、山々だが・・・向うが忙しい。 何やら、後ろ暗いお偉方が居そうでな」

「うん?」

歩きながら顔を伊庭少佐に向けた久賀少佐が、訝しげな顔で伊庭少佐にその先を促す。 一瞬、『しまった』と言った表情の伊庭少佐だったが、同期生故に口が軽くなったのか・・・
『恋人』から聞いた、例の内調を受けている帝国軍高官の話を、道々小声で話し始めた。 黙って聞いていた久賀少佐だったが、心なしか表情が硬い。

「ま・・・今時、どんなお偉いさんも、多かれ少なかれ、同じ事やっているけどね。 でもなぁ、普段は口を極めて財閥の富の集中を非難しているその手で、だぜ?
おまけに田中中将と言えば、あの人は統制派じゃないかよ? どうして皇道派の間崎大将と、つるんでいる? 統制派はどっちかって言えば、そう言う類の授受は控えているだろ?」

アルコールが入っているせいもあってか、伊庭少佐は噴飯極まりない、とでも言いたげだった。 そして久賀少佐は益々無言になる。
やがて営門の近くまで来た、立哨の衛兵の姿が見える。 『誰か!』の誰何の声に、久賀少佐がただ一言、『将校!』とだけ答えた。 それで充分だった。

「じゃあな、久賀。 押しかけて済まなかったな」

「いいや、俺も久しぶりに楽しかったよ・・・気にするなんて、無遠慮、無思慮、無分別の貴様らしくないな?」

「ほざけ! ・・・おい、久賀!」

営門を出て暫く歩いた伊庭少佐が、振り向き様に久賀少佐に振り返って声をかけた。 伊庭少佐はその先の言葉を出さず、暫くじっと久賀少佐を見ていた。

「なんだ?」

久賀少佐が不思議に思い、伊庭少佐に聞き返す。 すると珍しい事に、伊庭少佐が少し照れた様な、それでいて確信したような表情で、久賀少佐に言った。

「久賀! 生きていれば・・・生きてさえいればな・・・そうだろう!?」

同期生の目に込められた何か―――言葉では言い表せられない、そのメッセージを見取った久賀少佐が、フッと表情を崩した。

「ああ・・・生きてさえいれば。 そうだな・・・」

やがて背を翻し、外套に身を包んだ同期生が立ち去って行った。 その後ろ姿を見ながら、久賀少佐は小さく、小さく呟いた。

「・・・生きてさえいれば。 生きる意志が有れば、だがな・・・」

皇道派と統制派の軍高官。 財閥からの裏金。 部下達の狂気に近い純真さと思い込み。 政党政治業者との癒着・・・最近、自身にも纏わりつく様になった、監察部や保安部の影。

「・・・生きる意志が、有ればだが・・・な」

もう一度、小さく呟いた。









2001年11月11日 0615 新潟県・旧小千谷市付近 第15師団B機動旅団


『―――本当に、来やがるんですかね?』

大隊系通信回線に、部下の声が流れた。

『―――衛星情報と、海軍の海底探査情報からでは、およそ1万程の飽和個体群の行動が、活性化しているとの事ですから』

『―――はっ! 模範解答、アリガトさんで、遠野大尉殿?』

『―――情報を生かすも殺すも、常に冷静に、かつ適切に、です。 八神大尉』

『―――変わってねぇなぁ、この女・・・』

『―――今日じゃなくとも、早かれ遅かれ上陸するだろうさ。 大隊長、旅団本部からは、まだ何も?』

先任中隊長の最上大尉が聞いて来る。 夜明け直前の暗闇を見つめる周防少佐の視界には、機体からの情報の他に、旅団司令部からの情報もモニターされていた。

「・・・焦らなくとも、朝飯にはありつける。 もっとも、気を抜くとこちらが朝飯になってしまうがな」

その言葉に、八神大尉が大仰に顔を顰め、遠野大尉が少し表情に緊張感を走らせる。 最上大尉は苦笑するだけだ。

「迎撃手順はブリーフィングの通りだ。 最初に海軍第4艦隊(日本海艦隊)が、爆雷攻撃を仕掛ける。 当然、その程度で大人しく引き返す連中じゃないからな・・・」

その後、海底から上陸して来るBETA群先鋒―――十中八九、突撃級BETAの群れ―――を、後方20km付近に陣取る野戦砲兵群と、洋上に展開した第2艦隊が迎え撃つ。
460mm砲18門、406mm砲18門。 305mm砲が18門に、155mm砲が12門、127mm砲多数とVLS。 第2艦隊の対地攻撃力は数個師団の攻撃力に匹敵する。
陸軍でも戦線後方でM110・203mm自走榴弾砲、99式自走155mm榴弾砲、牽引式のM115・203mm榴弾砲、FH70・155mm榴弾砲が砲列を並べ、多連装MLRSのシステムに火が入った。

「2艦隊は『甲部隊(戦艦『出雲』、『加賀』基幹)』が北方海域、『乙部隊(戦艦『駿河』、『遠江』基幹)』が南方海域から、佐渡島のレーザー照射圏外から艦砲射撃を加える。
同時に海岸線より5kmまでBETAが進めば、今度は陸軍砲兵群が全力砲撃を仕掛ける算段だ。 後はいつも通りだ。 正面は第12師団、北を第14師団。 我々は南だ」

3方向から重戦術機甲師団で押し包む。 戦術機は実に8個連隊分に達し、戦車も3個連隊、師団砲兵も自走砲が3個連隊を数える。

「万が一、3個師団の隙間を抜かれた場合には、12師団と14師団の隙間を39、45、57師団が塞ぐ。 12師団と我々15師団の隙間は、第8軍団(第23、第28、第58師団)だ」

甲編成師団2個、準甲編成師団1個、乙編成師団2個に丙編成師団が4個。 軍管区直率の砲兵群も。 1万程度―――師団規模のBETA群を殲滅するには、十分過ぎる程の戦力。

「新米連中に気を配ってやれ、丁度頃合いの良い戦場だが、油断はさせるな」

『―――了解』

『―――了解っス。 でもなんですか? 大隊長も人が丸くなってきたようで・・・』

「・・・何か言ったか? 八神?」

『―――気のせいです』

『―――八神大尉・・・今回は、フォローはしませんので』

『―――おっ、おい!? 遠野!?』

部下の中隊長達は相変わらずだ。 新米中隊長の遠野大尉も、何とか精神的な『痩せ我慢』が出来る様になって来た。 と、その時、指揮小隊長の北里中尉から通信が入る。

『―――アイリス・リーダーよりゲイヴォルグ・ワン。 大隊長、北里です。 『例の部隊』が配置につきました』

「・・・そうか」

周防少佐もレーダーで位置を確認する。 前線からやや離れた場所に位置する、1個戦術機甲中隊。 
マーカーの情報から、それが帝国陸軍では無く、国連太平洋方面軍の所属であると示していた。

『―――向うの指揮官と、連絡が付きました。 どうされますか? 繋ぎましょうか?』

今回、上級司令部より異例の命令が出ていた。 曰く、『一部のBETA群を、無傷で国連軍戦術機甲中隊の前面に誘導せよ』と言っているのだ。
無制限に、ではない。 所詮は1個中隊規模だ、千単位のBETA群を誘導してしまっては、あっという間に全滅だろう。 精々が数百・・・300から400と言ったところか?

(・・・適当に見繕って、後方へ『お流し』しろ、か・・・昔のカラブリア半島と同じだな。 プリマは向う、こちらは裏方・・・)

苦い思い出が蘇る。 国連軍時代の1994年9月、イタリア・カラブリア半島。 大隊から派遣された12名中、2人の先任を含む、半数近い5名を失った。 中尉の1年目だった。

(・・・流石に、恣意的な真似はしないよ。 でもな、貴様にその覚悟はあるか? 覚悟は出来たか? 伊隅・・・)

やや離れた位置に布陣する国連軍戦術機甲中隊の輝点を見つつ、周防少佐は内心で問いかけた。 その部隊は国連太平洋方面軍横浜基地所属―――『A-01』のコードが表示されていた。

「・・・いや、いい。 向うへ伝えろ、北里。 『貴隊は我々の前方に、出るべからず』とな」

『―――了解しました』

そして北里中尉が通信を切った数十秒後、その時が訪れた。

『―――HQより全部隊指揮官宛! 海底震動波を捕捉! 繰り返す、海底震動波を捕捉! 規模は約1万2000! 全部隊指揮官は迎撃プランA-2に従い、行動を開始せよ!』

薄暗い初冬の海が、海岸線が爆ぜた―――BETA群の先鋒、突撃級の一群が姿を見せた。 すかさず雷鳴の様に響き渡る、大口径艦載砲の発射音。 

―――夜明け前の海岸線は、地獄の殺戮の饗宴の場と化していった。




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