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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 暗き波濤 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/23 15:56
2001年9月22日 1700 千葉県松戸市 陸軍松戸基地 第15師団第151戦術機甲大隊


「・・・えい」

「っ!? うわっ! そこでいきなり曲げる!? 澪!?」

「戦場は、不可抗力の塊・・・」

「容赦無ぇなぁ、嶋野は・・・」

「・・・親心?」

「だから、どうしてそこで疑問形なの? 澪は・・・はあ・・・」

「おいこら、貴様ら。 遊んでいねぇで、ちゃんと操作しろって」

「ま、面白い事は確かだけどさぁ・・・っとお! 始まったよ、罵倒合戦が」

スピーカーから試験官の中尉達の罵声が流れ始めた。 これは新米衛士達が誰しも潜る試練・・・いや、先任や上官たちのお楽しみだ。

『ほらほら、また銃口が震えているわよっ!? それじゃ、当らないって! アンタ、股間に付いてんの!? 付いてないんでしょ!? 
次外したら、基地中を『玉無しです』って叫びながらランニングさせるわよっ!? 嬉しいでしょう!? 嬉しいって言いな、この役立たず!!』

『馬鹿! 間抜け! ド下手! 貴様の目は節穴以下だ! クソでも詰まってんのっ!?』

『そらそら、また射出されたぞ―――ど阿呆! ボーっとスルーする奴は貴様だけだ! 帝国陸軍始まって以来の、クソ間抜け野郎がっ!』

『下手! 下手! ド下手クソ! それでよく卒業できたわね!? それとも何!? 教官に枕営業でもしたのっ!? あ、男だからケツ営業!? このオカマ野郎!!』

『なんだ、なんだ、そのションベン弾はっ!? そうか、貴様の『短銃』はそんな程度でしか出ないんだなっ!? やめっちまえ! 男なんかやめっちまえ、このボケ!!』

『5発外した・・・今ので6発目。 師団のワースト記録まで、あと2発。 残弾はあと4発・・・先にっておく『おめでとう、この役立たず』 貴様みたいな下手糞、初めてだ』

バイタルモニターには、新任の5人の少尉達のパターンが映し出されていた。 どいつもこいつも、大なり小なり動揺して波形が乱れている。

「・・・北里中尉、お下劣」

「あ、あはは・・・まー、ちょっと、うん・・・他の中尉達もだけど、ね・・・」

「私達も新任少尉の頃は、やられたわねぇ、あれ・・・」

「・・・俺、当時は遠野さん(遠野万里子大尉、当時中尉)に、お淑やかな顔で『玉無し、種無し、甲斐性無し』って、冷たい目で言われてさ・・・本気で首括りたくなったよ・・・」

「え!? 半村、アンタ、喜んでたんじゃなかったのっ!?」

「・・・うわぁ~、引きます・・・」

「・・・半村中尉は、そっち系の人」

「ま、まぁ・・・中尉がどんな性癖か、個人の自由ですが・・・マジかよ、この人・・・」

「違うわっ!!」

操作ルームで射撃訓練用の無人目標の、操作を担当している中少尉が騒いでいた。 中尉は半村真里中尉(2001年6月進級)、楠城千夏中尉(2001年6月進級)の2人。
少尉は先任クラスの萱場爽子少尉(大隊指揮小隊)、嶋野澪少尉(第3中隊)、蘇我伸久少尉(第2中隊)の3名。

オペレータルームで罵声の限りを尽くしているのは、各中隊の小隊長クラスの中尉達。 そろそろ怒声にも罵声にも、上官の薫陶宜しく磨きがかかって来た世代の衛士達。
北里彩弓中尉、鳴海大輔中尉、宇佐美鈴音中尉、上苗聡史中尉、三島晶子中尉、香川由莉中尉、堂本岩雄中尉の7名。

その時、操作ルームの扉が開いて2人の女性士官が入って来た。 大隊CPで大隊通信隊長を兼務する長瀬恵大尉と、中尉の中の最先任、大隊副官の来生しのぶ中尉だった。

「どう? 新米達は?」

「・・・はぁ、あの子達、やり過ぎよ・・・」

自身も怪我でリタイアするまで衛士だった来生中尉が、スピーカーから流れる罵声に溜息をつく。 本来は適度の動揺を与え、戦場の衝撃に少しでも慣らしておく事が目的なのだが。

「いつの間にか、古参中尉連中の『お楽しみ会』になっているものね、どこの部隊でも・・・」

「はっきり言って、軍の悪習ですわ」

「来生中尉、大隊長には?」

「上申しました・・・ですが、『やらせておけ』とだけ・・・」

「ふふ、まあ、大隊長にも何か考えが有るのでしょう?」

「だと思いますが・・・」

2人の上官と先任(来生中尉は大尉進級5分前の、最古参中尉だ)の会話に、後任中尉や少尉達は首を傾げる。 そして小声で囁き合うのだった。

「・・・大隊長、何か考えていると思う?」

「考えて無い方に、酒保(PX)1回かけるぜ・・・」

「言うのも怖いですけど・・・ただ面白いからやらせておけ、位にしか・・・多分」

「は、はは・・・考えて無いよ、うん」

「・・・大隊長は、無思慮」

「・・・そこまで言うかなぁ、澪は・・・はぁ・・・」





「―――はっくしゅ!」

「あん? 風邪か? いや、違うだろ? 直衛、お前が風邪をひく道理が無い」

「・・・俺が馬鹿だと、そう言いたいのか? え? 圭介・・・」

「はいはい、同期同士のじゃれ合いは、外でどうぞ」

「おい、佐野君・・・」

「昔っから噂だったけど・・・周防さんと長門さん、どっちが受けで、どっちが責め?」

「「はぁ!?」」

有馬少佐の唐突な珍問に、周防少佐と長門少佐があっけにとられた様な、素っ頓狂な声を出す。 最先任の荒蒔中佐などは、一瞬身を引いて2人の少佐を、眉を顰めて眺める始末。

「少尉時代から、私達後任の女性衛士の間で、盛り上がっていましたよ? 美園(美園杏大尉)や仁科(仁科葉月大尉)なんか、そりゃもう楽しそうに」

「流石に、奥様(周防(綾森)祥子少佐、当時中尉)には、聞かせられませんでしたけどね!」

「あ、あのな・・・おい、まさか間宮、君まで・・・」

「この手の話、女性は大好物ですから」

「おえっ・・・く、腐っていやがったのか・・・」

戦術機甲大隊長が集まっての、訓練会議がひと段落した後の師団会議室。 何やら言い知れない空気が漂った。

「こほん・・・ま、個人の自由だが・・・」

「違いますからっ! 荒蒔中佐!」

「本気にせんで下さいよ、中佐・・・」

「・・・違うのか?」

「「違います!」」

青筋を立てて同時に怒鳴る、周防少佐と長門少佐。 ニタニタと笑う有馬少佐と間宮少佐。 大げさな溜息をつく佐野少佐―――まあ、正直言って煮詰まっていたのだ、今日の議題に。
集まったのは師団の戦術機甲大隊長達6名。 最先任者・荒蒔芳次中佐。 次席と三席の周防直衛少佐と長門圭介少佐。 後任大隊長の佐野慎吾少佐、間宮怜少佐、有馬奈緒少佐。
師団会議から引き続き、軍内部で公然の秘密と化した年末大攻勢―――佐渡島ハイヴ攻略の為の、戦術機甲部隊指揮官達による演習会議は、ほぼ連日にわたり開催されている。

「しかしそうだな、考えてみれば佐渡島は『島』だ・・・」

「東西30km、南北最大70kmほど・・・最狭部は真野湾と両津湾の間の約15kmか」

「真野湾と両津湾を結ぶラインで、2分できますね。 となると東西15km、南北約50km・・・」

打ち合わせテーブルの上に拡げられた数枚の作戦地図、そして散乱している大量の各種資料。 間宮少佐が地図に赤鉛筆で呟きながら線を引いた。 佐渡島が二分される。

「1個師団の戦闘正面は15kmから20kmですから・・・確かに20個師団も上陸させた日には・・・」

「戦術機のラッシュアワーや、戦車の渋滞なんか、見たくありませんね・・・」

佐野少佐の指摘と、それに応じた間宮少佐の言葉に、周防少佐、長門少佐、佐野少佐、間宮少佐に有馬少佐が顔を顰めて唸る。
ただでさえ、先日の軍高級将校向け秘匿情報では、佐渡島ハイヴの地下茎最大水平距離が、一部分で22kmに達したと報告が入ったばかりだった。
幸いと言うか、佐渡島ハイヴが有る大佐渡山地から、新潟を望む西部海岸線までは約30kmほどある。 地下茎はまだ佐渡島の範囲内だった。

「しかし真野湾や両津湾沿岸部にも、複数の『門』が確認されています。 橋頭保を確保しつつ、戦域拡大戦闘を行い、そして同時に範囲内の『門』を封鎖する・・・ホネですよ」

「戦闘車両の揚陸は、橋頭保内部の『門』の制圧が確認されてからでないとできません。 そこからまず、島の西半分を確保して新潟沿岸までの自由度を確立しなければ。
本命の東半分はそれから・・・西海岸線でどこか、揚陸できそうな地形は無かった? ドック式は所選ばずだし、平坦な地形が有れば戦車揚陸艦だってビーチング可能だし」

地図を睨みつつ、青鉛筆で佐渡島の西海岸線付近をなぞりながら、同期生で有る間宮少佐と佐野少佐に確認する有馬少佐。 
が、あいにくと間宮少佐も佐野少佐も、情報を持っていない様だ。 2人揃って首を振る。 その姿に少しだけガクっと肩を落とし、今度は先任2人に確認する。

「周防さん、長門さん、何か情報持っていません?」

「生憎と、土地勘が無い」

長門少佐が素っ気なく言う。 その時、衛星写真をずっと眺めていた周防少佐が少し首を傾げながら、1枚の写真をテーブルの上に置いた。 全員を見回し説明する。

「・・・ここはどうかな? 元は山間部だったようだが、綺麗さっぱり喰い尽されている」

西海岸のちょうど真ん中付近、以前は『多田』と言う名の地区だったらしい。 

「ここを起点に、半径5km程度の半円周に近い地形が、ごっそり喰い尽されているようだ。 標高は精々・・・20mも無いか? 海岸線は奥行き2km程ありそうだ。
それが北東に向かって・・・この、えーっと・・・『小倉川ダム』か? ここに行きつく。 機甲部隊でも通行出来そうだ。 それに北を見てみろ・・・」

周防少佐の指が、写真の一点からスッと北に移動して地形を示す。 その写真地形を見た同僚の少佐達は、周防少佐の言いたい事を瞬時に察知した。

「なるほど・・・小佐渡山地は随分と浸食されていますね、これなら揚陸可能地点も探せば有りそうだ」

「それに、小倉川ダムの北・・・『大野川ダム』? それに『新穂第1、第2ダム』ですか。 その北の『久知川ダム』・・・」

「面白いですね・・・それぞれ、幅が100mは有りそうな抉れた峡谷・・・それが繋がっています」

「で・・・それぞれが西海岸線で、食い荒らされた平坦な地形に繋がっている、と。 主上陸地点には狭い気がするが、後方確保の為の第2上陸地点には、うってつけって訳か」

「ああ。 この辺りはまだ、地下茎が到達していない。 以前の地形で言えば・・・どこだ? ええと、237号線沿いのここ、新穂地区前面辺りまでだ」

つまり真野湾、両津湾へは戦術機甲部隊主力での強襲上陸を仕掛け、同時に西海岸線へ支援部隊の上陸を敢行させる。 内陸へ8kmほど進まねばBETAとの接触率は低いだろう。
それに付近の地形は台地上になった山地の名残と、その間の広く抉れたBETA謹製の幅広の『道路』になっている地形だ。 頭を押さえておけば、峡谷間の移動も可能だろう。

5人の少佐達は衛星写真や昔の地図、そして中央から廻って来た『佐渡島ハイヴ地下茎構造・想定情報(絶対極秘)』、そう言った資料を照らし合わせながら、戦術作戦を練る。
そしてそんな少佐連中を見ながら、最先任大隊長である荒蒔中佐が、宿題を出す教師の様な表情で言った。

「次回の師団作戦会議は4日後。 各人はそれまでに作戦案を纏めて、2日後に持ってきてくれ。 3日後に再度、調整会議を行って師団会議に提示する」


本来ならば今回の様な検討は、もっと上級司令部が行う事項だ。 中佐や少佐の大隊長クラスならば、もっと限られた戦術作戦内容に絞って研究・検討をすればよい。
だが本土防衛軍総司令部直轄部隊の第10、第15の両師団では、その任務の関係上もあってか、師団長直々に部下高級将校の独自の『教育方針』を定めて、日々研究させていた。
すなわち、大隊長には連隊長が判断すべき事項を。 連隊長には旅団長や師団長が判断し、決断すべき事項を。 旅団長には師団長代理としての研究を。

そして現在は、更に上の視点に立った研究を課し、師団会議での検討会で提示・検討させている。 その結果は当然ながら、防衛軍総司令部へ『上申』の形で示される。
この形は第10、第15の両師団だけでなく(始まったのはこの両師団だが)、現在は有効性を認めた一部の他部隊―――北海道、東北・北陸、九州の各軍団内でも取り入れていた。
東部軍管区でも、外縁部を守る第7軍(第2、第18軍団)が大体的に取り入れた。 対BETA戦における消耗の早さから、代理指揮官の能力向上は必須と判断されたからだ。


どっぷりと日が暮れた夜遅くになって、ようやく会議が終わった。 ガランとした帝都行きの電車に乗って(将校でも、電車通勤に変わりは無い!)家路につく。

「そう言えば嫁さん、明日帰ってくるんだって?」

最寄駅で下車し、家路の途中で長門少佐が周防少佐に話しかけた。 2人の家はお隣同士だ。

「ああ、少しだけ長距離通信で話した。 統幕(統帥幕僚本部)に寄った時に、藤田大佐の『好意』でな・・・」

「はは、また後でなにやかやと、冷やかされたんだろう? で、何て言っていたんだ?」

「ん? まあ、任務に関する事は『空気を読め』って事で、ぼやかしていたが。 まあ機体は気に入ったみたいだ、元衛士として。 ブルー・フラッグの途中までだったらしいが。
それと何だ? 『若いって、ホント、良いわね・・・』だとさ。 俺の顔をまじまじ見つめながら言うんだ、一体何なんだよ、ったく・・・」

「あぁん? 何だ、そりゃ・・・?」

「俺が知るか・・・さて、帰ったら子供の世話だ」

「ああ、俺も風呂に入れてやって・・・その後で、今夜は風呂掃除の番か・・・」

本人達は気付いていないが、周りでは2人とも『すっかり所帯じみた小父さん』と化している、そう言われ始めている。
そう言われても仕方が無い、そろそろ30代の方が数えた方が早い年代になり、結婚もして子供も生まれた。 
20歳前後の若かりし頃の様な無茶は、無意識のうちに出来なくなっているのだろう。 それを大人になったと言うか、違うと言うかは本人だけの問題だ。

ドン!―――暗がりだったからか、横道から出て来た人影に気づくのが遅れた。 周防少佐と相手とが、軽く肩同士がぶつかってしまう。

「―――ッ!」

相手がよろめいた。 咄嗟に手を伸ばして相手の体を受け止める。 軽く香る甘い香り。

「っと、失礼!」

暗がりの街灯の淡い光の中で、相手の姿がようやくはっきりした。 淡いブルーの瞳に色白の肌、身長は170cm弱と言った所か。 女性、それも外国人女性だった。

「―――Sorry,Miss・・・」

咄嗟に英語に切り替えるが、返って来たのは綺麗な発音の日本語だった。

「いいえ、こちらこそ・・・急いでおりましたの、失礼しましたわ」

周防少佐と長門少佐がさらにびっくりしたのは、その外国人女性の服装だった。 

「・・・え?」

「・・・ふん?」

濃紺色のゆったりとした質素な丈長のワンピース。 頭にはウィンプル―――ローマン・カトリック教会の修道女だった。
年の頃は30代後半と言った所か、神に仕える修道女―――聖女と言うよりも、むしろ母性の方が強いようなシスターだった。

「軍人さん・・・でしたか。 失礼しました・・・」

周防少佐と長門少佐の軍服を見て、少し怯えた様子を見せる。 この国では近年、最も幅を利かせているのが軍人達だったからだ。

「あ、いや・・・こちらこそ、失礼を。 不注意でした、申し訳ない、シスター・・・ええと?」

「アンジェラ。 シスター・アンジェラですわ。 この先の・・・難民居住区の『カリタス修道女会』ですの」

「・・・キャンプのシスターでしたか。 これは、尚更失礼を・・・」

周防少佐が更に恐縮する姿を見て、シスター・アンジェラが少し目を見張る。 見れば長門少佐も軽く頭を下げていた。

「・・・お珍しいですわ。 このお国の軍人さんがたが、私の様な神に仕える者にその様な・・・」

その言葉に周防少佐と長門少佐が苦笑する。 確かに珍しいだろう、この国の軍人でキリスト教―――カトリック、プロテスタントを問わず、一定の敬意を払う者は。
だが彼ら2人は欧米での勤務経験を持つ。 当時の同僚達の殆どがキリスト教徒―――ローマン・カトリック、英国国教会、ロシア正教徒、プロテスタントだった。
生と死の狭間を、毎日猛スピードで駆け巡る日々。 同僚達にとって信仰は救いだった。 そしてその姿を見て来た2人は、それを意味無く見下す習慣を持っていなかった。

「はは、少し事情が・・・遅れました、日本帝国陸軍少佐、周防直衛と申します」

「私は帝国陸軍少佐、長門圭介。 なに、私もこちらの周防少佐も、欧州や米国での勤務経験が有りますので・・・そう言う事です、シスター」

「まあ、そうでしたの・・・」

吃驚した様に、大きく目を見張るシスター・アンジェラ。 が、急に用事を思い出したのだろう、慌てて先を急ごうとする。

「大変、私ったら・・・キャンプで男の子が1人、風邪をひいてしまって。 修道女会の常備薬を切らしていますの、今からお薬屋さんに・・・」

「・・・失礼ですが、シスター。 この時間ではもう、どの薬局店も閉店していますよ?」

「まあ! ああ、どうしましょう・・・あんなに苦しそうにしている小さき者を・・・主よ、汝の子羊の無力をお許し下さい・・・」

いきなり夜道で懺悔を始めてしまった修道女に呆れながら、周防少佐と長門少佐が目を合わせて軽く溜息をつく。 そして長門少佐が、少し苦笑しながら言った。

「シスター、私の家はこの近所です。 妻に言って、家の常備薬をお譲りしましょう」

「・・・まあ! 本当に宜しいですの? 長門少佐!?」

「ええ、まあ・・・はい」

「助かりますわ! 本当に助かります! ああ、ここで貴方がたにお会いできたのも、これも主のお導き・・・」

「ああっと! シスター! とりあえず今は早く薬を! 長門少佐、先に言って薬を出してくれるか?」

「・・・判った、周防少佐。 ではシスター、私は一足先に。 私の家はこの周防少佐が知っていおりますので」

またまた、感謝のお祈りを始めそうなシスターに慌てた2人の少佐達が、慌てて先を急がせる。 結論から言えば、キャンプの男の子は翌朝には全快した様だ。
そしてそれ以来、ちょくちょく街中で修道女会のシスターたちと出会った時には、妙に感謝されて返って恐縮する周防少佐と長門少佐だった。









2001年9月25日 日本帝国 帝都・東京 難民キャンプ内


「院長先生! またねー!」

「先生、さようならー!」

難民キャンプ内で、幼い子供達が元気よく外に飛び出してゆく。 その姿を見ながら、人の良い好々爺の様な穏やかな笑みを浮かべる修道院長。

「おお、元気で帰るのだよ、みんな。 ではまた明日、いらっしゃい」

「はーい!」

微笑ましい姿。 BETAの本土侵攻により故郷も、家も、中には友人や家族をも失った難民キャンプの子供達。
ここ『聖ヨハネ・ホスピタル独立修道会』は、そんな難民キャンプ内で、医療と子供への教育を無償で、慈善活動として行っている。

この修道会は『マルタ騎士団』―――『ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会』の分派で有り、十字軍時代に遡る『聖ヨハネ騎士団』を祖に持つ。
院長のパウロ・ラザリアーニは南米に避難した『ヴァチカン』から派遣された人物だった。 医学と教育学で博士号を持つ人物でも有る。

「・・・元気な、良い子供達ですわ、修道院長」

「ふむ・・・あの子たちの未来が、輝かしい光溢れた世界であらん事を。 シスター・アンジェラ、中へどうぞ」

本来カトリックにおいては、修道士と修道女が同じ一室に入る事は無い。 が、修道会と修道女会との連絡において、一室だけ特別に認められた部屋が有った。
その部屋に入り―――木製の粗末なテーブルと椅子だけの、質素な部屋だった―――修道院長のラザリアーニ司祭は、シスター・アンジェラを見やった。

「難民キャンプの窮状は、以前からこの国の政府に訴え続けておったのじゃが・・・快い回答は未だ貰えていませんな・・・」

「はい・・・修道女会も何度も、文化庁を通じて訴え続けております。 せめて最低限の居住の確保をと・・・今の難民キャンプ自体、自発的なバラック建物の集まりですわ。
それに立地も・・・この『荒川難民キャンプ』自体、河川敷に避難して来た人々が、そこらの廃材を集めて作った不法建築物の集まり・・・衛生状態も最悪ですもの」

「ううむ・・・この国の雨季(梅雨の時期)から夏にかけて、伝染病も発生しましたな。 政府や軍は辺り一帯を全面封鎖するだけで・・・何十人も、亡くなった・・・」

修道士会にしても、修道女会にしても、現在の難民キャンプの窮状は憂慮すべき最大の課題だった。 彼等、彼女等は恐れはしない。 ただ己の無力を神に懺悔し、祈るばかり。

「私は修道士会本部に手紙を書いたよ、シスター・アンジェラ・・・」

「手紙を・・・なんと? 修道院長?」

「うむ・・・こうなっては、この国の精神的上層部・・・皇帝一族や摂家に働きかけるしかあるまい。 幸いにもヴァチカンと、この国の帝族・貴族社会は良い関係を築いている・・・」

100年以上前のこの帝国の開国期、この国は貪欲なまでに近代文化を身につけようとしていた。 多数の留学生を出し、多数の外国人学者・技術者・文化人を招聘した。
そんな中で行われた『近代化』にあって、誰もが忘れていた事が『女子教育』だった。 元々この国の支配層であった武士階級には、女子教育の概念は無かった。
そして『新政府』は摂家を中心とした、武家社会の『旧非主流派』による『上からの改革』であった為、『女子教育』もまた顧みられる事は無かったのだ。

そんな中で、その点に着目したのが新時代の宗教改革で、布教が自由になった事で新たに進出して来たカトリック教会と、その派閥に属する修道士会・修道女会だった。
彼等は各地に教会に付属する形で学校を作り、主に男女を問わぬ初等教育(相当)と、女子高等教育を始めたのだった。 そしてもっぱら医療慈善と教育慈善に専念した。
そしてその組織の理事や名目上のトップに、皇帝一族や上級貴族を据える事で、この帝国の上流社会層の歓心と、そして信頼を得る事に成功する。

因みにプロテスタント勢力は、数世紀前と異なり今や『新帝国』(英米主流)の植民地化の尖兵と化していた時期であり、帝国政府はプロテスタントを危険な存在と認識していた。
そして当然ながら、神の愛と隣人愛を唱えながら、帝国主義的利権の尖兵と化したプロテスタントにこの国の上流社会が良い心証を持つ事は無く―――カトリックはより信頼を深めた。

「畏れながら、皇帝陛下に拝謁を賜る事は無理であろうが・・・せめて内府(内大臣。 内務大臣では無い)か、或いは五摂家のどなたか・・・将軍殿下に目通りが許されれば・・・」

「斉御司家は・・・あの家は外交筋にコネをお持ちですわ。 当然、ヴァチカンとのパイプもお有りでしょう?」

「捗々しくないよ、シスター・アンジェラ。 斉御司家の御当主は、今は斯衛軍に在籍しておられていてな・・・軍人は政治に韜晦すべからず、と。 困っておるのだ・・・」

暫く沈黙が降りる。 難民キャンプの窮状を訴える最後に綱と思えた、この国の上流社会への訴えが、ここにきて困難な様相になったのだ。

「私・・・」

シスター・アンジェラが、考え込みながら言いだす。

「私に、おひと方、心当たりが有りますわ、修道院長・・・」

「心当たり!? で、どなたかな? シスター・アンジェラ!?」

修道院長が身を乗り出して尋ねる。 この際、誰でも良い。 とにかく伝手を持っている相手であれば・・・

「菊亭伯爵夫人の、菊亭緋紗様・・・ご実家は煌武院家のご譜代で、神楽子爵家のご出身ですわ。 この春に九条公爵家門流(譜代筋)の、菊亭伯爵家にお輿入れなさって・・・
今は斯衛軍を予備役に下がられて、ご一門の財界外交に活躍なさっていらっしゃる貴婦人ですの。 慈善パーティーなども良く・・・修道女会のパトロンでもいらっしゃいますわ」

「おお、なんと! それにご実家は、神楽子爵家と・・・神楽家と言えば、当主が城内省官房長官を務めていますぞ、シスター!」

一気に光が差し込んだ様だった。 五摂家の九条家譜代重臣の菊亭家に、城内省要職を務める神楽家。 この2家に接する事が叶えば・・・

「私、早速、伯爵夫人の元を訪ねて参りますわ。 先日のご寄付のお礼も申し上げなくてはなりませんの」

「頼みましたぞ、シスター・アンジェラ。 おお、主よ。 貴方のお慈悲が、この地の人々に恵まれん事を・・・」









2001年9月27日 日本帝国 帝都・東京 某所


「・・・どうだね? 『成果』は?」

「今の所は順調よ。 九條家、斉御司家、崇宰家・・・五摂家内の穏健派、若しくは中立派は急激な変化を望んでいないわ。 そちらは?」

「RLF極東地区指導者の『カオ(高)』は、良くやっている。 軍部強硬派・・・国粋派に取り入って、難民キャンプの窮状を訴え続けているよ。
お陰さまでこの国の軍人、その何割かは非常に義憤に燃えている・・・ま、軍人とは古今東西、単純明快な馬鹿が多い・・・五摂家は割れるかね?」

「・・・現政威大将軍、煌武院家次第ね。 分家筋の聖護煌武院家は、斑鳩家・・・その家老筋で、斑鳩公爵家内の主導権を握った洞院伯爵家と同調したわ。
洞院伯爵家の当主は、名うての復古主義者よ。 騒乱に乗じて、その不始末を煌武院家に押し付けて将軍位を降ろさせ、次代の将軍位を主君に襲わせる・・・」

「その夢に夢中か。 聖護煌武院家は本家を廃嫡させて、自らが一族中の本家にのし上がる・・・ゆくゆくは、斑鳩家を引きずり降ろして、か。 人とは、夢を見る生き物だな!」

「・・・誰しもでしょう? これで五摂家の内、三家は統制派・・・いえ、少なくとも城内省官房長官である、神楽子爵に擦り寄るわ。 神楽子爵は城内省と統制派との・・・」

「必ずしも、そうとは言い切れない人物の様だがね。 が、少なくとも国粋派や復古主義者の様な、夢見る純粋な連中とは違う。 
流石、裏で色々とやらかして武家社会を保ってきた、『鬼の官房長官』だ。 最近は国家憲兵隊副長官の右近充大将とも、接触しているとか」

「・・・あの『魔王』と? それこそゾッとしないわ、何を考えているのか・・・こちらの動きは、把握しているでしょうに」

「何も言ってこない内は、自由にやるさ。 彼は必ずビジネスパートナーにはサインを出す男だ、それを見落とさなければいい」

「見落としたなら?」

「ああ、気の毒な君! 君はこの国の辺境で、人知れずBETAの餌になるだろう」

「ふん・・・わざとらしい。 では次回の会合は2週間後に」

「ふむ、ではごきげんよう、麗しき裏世界の聖女よ」









2001年9月28日 日本帝国 埼玉県深谷付近 帝国陸軍・深谷演習場


9機の戦術機が、訓練区域を高速で飛翔していた。 と思ったら次の瞬間には、急激に噴射降下―――急降下をかけて市街訓練区域に突入する。
BETA侵攻後に無人になった廃墟を、そのまま訓練区域として使用しているその場所は、倒壊した建物やスクラップに為った車などが放置されたままだ。

轟音を立てて地表スレスレまで噴射降下した後、そのまま高速サーフェイシングに入る。 そしてダンスを踊るかのようなステップで、噴射パドルを巧みに制御しつつ移動する。
だが先頭の1機とそれに続く1機以外の、後ろの7機はそうも行かない様だった。 突入角度が浅すぎる、サーフェイシング速度が遅い。 ターンや切り替えしもぎこちない。

『―――ドラゴン01よりゲイヴォルグ01、後続がぶっちぎれかけています。 そろそろ手綱を緩めますか?』

「―――ゲイヴォルグ01よりドラゴン01、脱落した機数は?」

『―――4機。 1機が少し遅れ気味です。 2機がふらつきながらも、喰らいついて来ています』

「―――ふん、上出来だ。 半年の練成期間だけの連中にしては、ここまで良く付いてきた」

『―――繰り上げ卒業のヒナ共も、まあ良く付いてきましたよ、あそこまで。 で、どうします?』

「―――ポイントデルタで合流。 B7Dから西を回ってRTB」

『―――ドラゴン01、ラジャ』

どうやら先頭の2機の94式『不知火』はベテランが操縦する機体の様だ。 そして後続の7機は新米達。 その中でも辛うじて付いてきた3機と、離された4機で技量の差が有るようだ。

やがて速度を落とした先頭の2機に、後続の3機が合流する。 そして離されていた4機もふらつきながら合流を果たし、9機の戦術機は一路、基地を目指して離脱していった。





「こりゃまた、盛大にやったな、おい」

戦術機ハンガー脇で、盛大に胃の中身を吐き出してゲェ、ゲェとやっている新米衛士達を見ながら、長門少佐が周防少佐に笑いかけながら言った。

「・・・これから、もっと盛大に吐いて貰う予定なんだけどな? お前の所もそうだろう?」

「まぁな。 午後からやるが、補充の6機、どこまでやれるかな・・・」

マレー半島の損失から、ようやく定数が揃った周防少佐と長門少佐の大隊。 だが練度の点ではまた別の話だ。 比較的経験の浅い衛士が占める比率が、高くなったためだった。
この3日間、両大隊は補充されてきた衛士達を重点的に訓練させていた。 そして今日、大隊長が自らから率いて、その連度の確認を行う事になったのだ。

部隊の練度向上のための訓練方法も、それぞれの指揮官の性格や経験を反映するように、異なる事が多い。 中でも周防少佐と長門少佐の大隊は、訓練が厳しい事で知られていた。
例えばこれが先任指揮官である荒蒔中佐や、同じ少佐でも間宮少佐の大隊などでは、決して無理な機動はさせない。 
基本をベースに徐々に連度を上げて行き、無理なく次のステップへ―――そんな訓練方針を取っている。 その正反対なのが周防少佐と長門少佐だった。
まず最初に大隊長自らが率いて、好きな様に機体を振り回す。 そして部下がどこまで付いてこられるかを、指揮官が直接見極めるのだ―――限界を越す事は無いが。
どちらが正で、どちらが誤か、ではない。 結局は性格と経験―――特にどんな経験をしてきたかが、大きかった。

残る佐野少佐と有馬少佐の大隊は、この中間と言ったところか。

「年末の『作戦』まで3カ月だ。 余り悠長な事も、してられないな」

「流石に荒蒔中佐や間宮の所も、猛訓練に入る様だ。 部下達には暫く、地獄を見てもらうしかないな」

「戦場で恨まれて死なれるより、訓練で恨まれた方がいい・・・じゃ、そろそろ、俺の所もやるか」

「ご苦労さん」

「はいよ」

長門少佐と別れた周防少佐は、ドレスルームでシャワーを浴びた後、この季節の恒常業務服でも有る迷彩服(2型)に着替えて大隊長室に戻った。
既に大隊副官の来生中尉と、大隊指揮小隊長の北里中尉(2001年6月就任)からは、各種報告が挙げられていた。 書類に目を通し、所々に朱記でチェックを入れる。

やはり問題は訓練用燃料の確保だった。 数ヶ月前に陸軍燃料廠で大規模な爆発事故が発生して以来、訓練用燃料の使用制限は未だ解除されていない。
シミュレーター訓練も限界がある、どうしても実機操縦とでは微妙な誤差が生じる。 それにシミュレーターの台数自体、足りている訳ではないのだった。

資料をパラパラとめくり、時折別の資料を手にして見比べる。 しばらく考え込み、時折赤線を引いたりチェックをしたりして、次の報告書に進む。
階級が上がれば上がる程、こう言った書類仕事はつき纏う。 いや、上級将校になればなるほど、その主敵は『書類』なのだと言われる程。

―――『軍は書類を主敵とし、その余力を持ってBETAと戦う』

軍内部で苦笑と主に語られる言葉だった。 現に今、周防少佐のデスクの上には、未決書類の山が綺麗に(副官の来生中佐によって)整理されて置かれている。
人事・考課、補給、整備、訓練、衛生状態報告、研究報告、上級司令部よりの命令・・・気が付けば午後の課業時間を過ぎていた、暗くなった空が夕焼けの残照で微かに赤い。 
椅子から立ち上がり、窓辺から外を眺めた。 そして特に考えず窓を開いた。 先月の酷暑が嘘のように、秋の気配を感じさせる風が吹いている。

先程目を通していた、部下の人事考課表を思い出していた。 新たに配属となった新米衛士達、その全員が訓練期間短縮(2カ月から3カ月程だが)で繰り上げ卒業した。
訓練校27期のA卒とB卒。 周防少佐より9期から9期半下の世代だった。 年齢は18歳が殆どで、生まれ月の関係から未だ17歳と言う者も居る。
徴兵年齢の低下に伴い、衛士訓練校の入校年齢も周防少佐の頃に比べれば、1年下がっていた。 訓練期間も少佐の頃より1年短い。

「初陣・・・か」

遙か昔を思い出す。 周防少佐の初陣は92年の5月、場所は今ではBETAの勢力圏となっているユーラシア大陸の北東隅―――北満州だった。
今も昔も、初陣は変わらない。 BETAという未知の敵への恐怖、戦場の異様な興奮、畏れ、そして『死の8分間』・・・

「・・・俺の頃はまだ、後ろが有ったな・・・」

胸ポケットから煙草を取り出し、1本咥えて火を付ける。 紫煙を吐き出しながら、かなり暗くなった空を見上げた。 どこからか、秋の虫が奏でる音色が聞こえる。
そう―――あの頃は未だ本土は健在で、中国も何とか沿岸部各省を保持していた。 韓国は直後の策源地として機能し、帝国本土は東アジア戦線の巨大な生産基地として存在した。
戦場は苛烈だった、多くの戦友を喪った。 だがまだ、あの頃の自分はいずれ失地を奪回できると言う、微かな希望を抱く事が許されていた。 その最後のグループの世代だった。

「だが、な・・・」

新たに大隊に参加した若い衛士達は、そんな希望さえ抱く事を許されない世代なのかもしれない。 身上調査書の本人蘭に書き込まれた、彼等の言葉・・・

『―――国の為、本分を尽くして散る覚悟です。 自分が戦わないと、家族が死にます』

『―――最悪、自分が戦死すれば、残された弟妹には遺族年金が出ます』

『―――不退転。 もう、逃げる場所は有りません』

余りの違いに、気分が重くなる。 自分の若かりし頃も、無論、死と直面する覚悟とそれを受け入れる意識が有った。 そしてそれに抗う為に、様々な努力もした。
厳しい時代、苛烈な時代だった。 だがそれだけの時代では無かった。 友との友情も有った、愛無き時代に生まれた訳では無かった―――確かに、青春ではあった。

秋の夜風が頬を撫でる。 気が付けば煙草がかなり短くなっている、灰皿に押し付けて火を消した。 椅子に坐り直し、もう一度、身上書に目を落とした。
3ヵ月後に迫った年末大攻勢作戦、佐渡島奪回作戦。 師団はその中で、上陸第2派別動部隊に指定されていた。 
それまでに少しでも、部下の生存の可能性を上げる―――それが指揮官としての、最大の責務であり、最も難しい課題でも有った。









2001年9月29日 日本帝国 遠州灘洋上100km 帝国海軍イージス巡洋艦『鞍馬』(伊吹型2番艦)


『―――主砲発射準備、宜し!』

「・・・主砲発射、始め!」

主砲が発射した途端、まばゆいプラズマ光が発生した。 そして甲高い発射音と共に、砲弾が灼熱しながら超高速で吐き出される。
現在の速力は強速(15ノット)、余剰電力量から発射可能な発射速度は、毎分24発。 射程距離は300km以上に達する。

『―――着弾観測艦『二見』より通信。 弾着、遠3、遠2、遠3。 左右宜し』

「了解。 ホチ(砲術長)?」

『―――弾着、遠3、遠2、遠3。 左右宜し、了解。 修正、終了。 第2射、開始します』

最大射程で無いとは言え、射程距離180kmでの着弾精度としては驚異的な正確さだ。 射撃データを修正し終わったのだろう、第2射が発射された。
一気にプラズマ光の束が水平線の彼方に消える、そしてややあって、また観測艦からの着弾観測結果が入った。

『―――『二見』より入電! 弾着、想定点を夾叉(複数の弾丸が目標を挟むように着弾する事)!』

「―――よし」

艦長が小さく呟いた。 昔と違い、現在は完全なコンピューター制御砲撃が可能であるが、それでも150kmも先の目標に対して第2射で夾叉は誇っても良い。
目標海域の温度、湿度、風向・風速などによって、砲弾の弾道は微妙に影響されるのだ。 帝国海軍、その練度の為せる技であろう。

この日、イージス巡洋艦『伊吹』型2番艦の『鞍馬』が、最後の慣熟訓練を終えた。 そして姉妹艦『伊吹』と共に、第19戦隊を編成する事になる。
世界初の艦載型電磁投射砲を主砲に持つ、『伊吹』型2隻による佐渡島砲撃。 口径こそ戦艦主砲より小さいが、その射程距離と発射速度、砲弾初速は遙かに上回る。
帝国海軍は光線属種のレーザー照射範囲外から、全てのBETA種を撃破出来る槍を手に入れた。 後は戦場を与えるだけだった。






『【絶対極秘】統帥幕僚本部軍令・第2506号 『佐渡島奪回作戦』出師準備令について
発:統帥幕僚本部総長
宛:本土防衛軍総司令部、陸軍参謀本部、海軍軍令部、航空宇宙軍作戦本部
本文:『D-DAY』を本年末、12月24日とする。 貴部はその掌握せる権限を以って、可及的速やかに出師準備と為されん事とす。
尚、各国協同軍との調整に付き、国防省軍務局主催の調整会議への出席を必須とす。 担当部局以外への秘匿を厳にされたし。

皇紀2661年(西暦2001年)9月30日 帝国軍統帥本部総長・元帥海軍大将・堀禎二』




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