2001年9月4日 1850 日本海 佐渡島東方海域 深度200m 帝国海軍特務潜水艦『瀬戸潮』
「―――P点、前方800m、方位3-4-5。 深度258m」
「―――よし、4番から6番、発射」
「―――4番から6番、発射、了解」
ゴバッ―――連続して探査魚雷が発射される音が伝わってくる。 比較的低速度で海中を進みながら、沈降して行く。
「―――深度235・・・240・・・245・・・250」
「―――システム、起動」
「―――システム起動、了解」
次の瞬間、数百m先の海中で小さな炸裂音が連続して発生した。 同時に魚雷本体が海底に突き刺さった音も。 だが爆発音がしない。
「―――システム起動。 測線、36本放出完了」
「―――測定装置、起動確認」
「―――測線、着底しました。 電磁波、発振開始」
今日もまた、佐渡島周辺海域には8隻の特務潜水艦が展開し、島の周辺海域の定時探査を続けている。
日本帝国海軍は1998年の秋以降、ほぼ休み無くこのルーティンワークを行ってきた。 佐渡島ハイヴの地下茎情報収集の為だ。
「―――測定、開始」
「―――CSAMTシステム、受信。 フィルタリング処理、開始します」
ハイヴ攻略を失敗し続けた原因の一つが、ハイヴ地下茎内の情報不足―――と言うより、全く情報が無い状態での突入にある、明星作戦で日本帝国軍はそう結論付けた。
そして来るべく佐渡島奪回に向け、何とかしてハイヴ内地下茎情報を収集しようと試行錯誤した結論が、今現在も地道に行われている地中地形探査だった。
「―――4番、データ受信80%完了。 5番、77%。 6番79%・・・」
CSAMT法と言う技術―――それ自体は目新しいものではない―――を使っている。 これは人工信号源を用いて、直交する電場と磁場を観測して大地の比抵抗を求める方法だ。
従来の地中探査の現場では、一方向の電場とそれに直交する磁場の測定が行われ、人工信号源には長さ1~3km程度の接地線が用いられる。
「―――データ受信、完了」
「―――よし、自爆」
「―――自爆、了解」
日本帝国が開発した地中探査装置は、魚雷本体を流用して送信源(魚雷本体に装備)、30~36本の測線(圧搾空気で円周上に打ち出し、海底に食い込ませる)を装備させる。
これを、磁場センサーを装備した母艦(観測潜水艦)で、電磁波を測定するのだ。 電磁波は基本直進するが、物質が存在する空間では、屈折・散乱・反射などの現象が起こる。
この結果、直進している場所はただの土中。 屈折・散乱・反射した場所は『何か』がある。 それを根気よくデータを集め、立体視させてハイヴ内構造を推定させる手法だ。
そして電磁波の地中測定距離は数千mにも達する。 精度の面では地中探査レーダーの方が格段に高精度だが、探査深度(地中深度)は精々10数mしか探査出来ない。
「―――データフィルタリング、開始します」
日本軍が開発して使用している探査システムは、精度の面では地中探査レーダーより数10倍も粗いが、僅か数10cmの地中埋設物を探知するレーダーと違い、相手はハイヴだ。
数mから10数m程度の精度でも、十分事足りる。 それに垂直方向の探査ばかりでなく、探査魚雷の撃ち込み角度によっては斜め方向や水平方向の探査も可能だった。
これを全周から何度も根気よく、長期間に渡って行う事で、ハイヴの地下茎情報がかなりの信頼性を持つ事になる。 因みに発振側システムの電源は、保って5時間程度だ。
佐渡島ハイヴと言う、世界中でここ1箇所しかない『島嶼ハイヴ』の特徴を逆手にとり、他のハイヴでは近づけない近距離(海岸線から僅か数kmまで)での探査も行う。
「―――フィルタリング処理、完了。 棄却検定処理に入ります」
帝国海軍は退役予定だった通常型潜水艦(『海神』搭載不可の、旧式通常動力型潜水艦)を24隻、この探査任務専用の調査潜水艦に改装して運用していた。
1回の哨戒任務に8隻が就き、2週間の哨戒任務を行う。 探査魚雷は全部で1隻当り24本。 往復で半日から1日を費やし、移動で計2日程を費やすので、探査日数は11日。
1日に1本から3本の探査魚雷を、各所で8隻の潜水艦が海底に撃ち込み、日々、佐渡島と周辺の地中地形の内部構造を探査し続けているのだ―――2年間に渡り、ほぼ毎日。
「―――棄却検定処理、終了。 モニター、出します」
情報処理担当士官の声に、艦長と副長が司令塔脇の小さなモニターにかぶりつく。 そしてやがて出て来た画像結果に、思わず呻き声を出してしまう。
「くそ・・・また広がっていやがる」
「水平到達半径、最大で約22km・・・あと8km広がれば、晴れてフェイズ5認定ですな、佐渡島ハイヴは」
現在の佐渡島ハイヴのフェイズは4だ。 その地下茎水平到達半径は10km・・・だが、そのまま留まっている訳ではない。
「働き者のBETAどもめ、まるで蟻の巣の中の働きアリだな」
「どこかの学者先生が言っていましたな、『ハイヴ内の発展は、蟻の巣の構造に近しいパターンを認められる』とか何とか・・・」
「はっ! だったら蟻の思考を研究した方が早そうだな! 副長、S点に移動する。 速力10ノット」
「ヨウソロー、速力10ノット―――艦長、定時交信時にデータ送信を?」
「ああ、やる。 用意しておけ」
頭を掻きながら、顔を顰めた艦長は心の中で自問した。 フェイズ5に成りたてならまだいい、ハイヴから新潟の海岸線まで、直線距離で約60km。 まだ余裕は有る。
が、これが加速するとなると・・・フェイズ3からフェイズ4までの成長速度と、フェイズ4になってから今日までの成長速度を考えれば・・・
(―――年末大攻勢、あの噂もあながち、噂と言い切れないかもしれんな・・・)
フェイズ6にまで成長する前に、新潟の海岸線にハイヴ地下茎の出口である『門』が出現する―――その状況は日本帝国軍にとって、悪夢以外の何者でも無かった。
2001年9月10日 1755 日本帝国 帝都・東京 市ヶ谷 帝国軍統帥幕僚本部 四階中会議室
「・・・兵力は集めようとすれば、何とかなる」
隣に座る参謀大佐―――国防省兵備局第3部、戦時動員計画を担当する部署の第2課長が、しかめ面でそう言う。 その横顔を見ながら、藤田(旧姓・広江)直美大佐も頷いた。
「ああ、集めるだけなら。 だがそれで終わりじゃない、兵站はどうする? 各軍の調整は? 我が軍の単独か? それとも国連軍を巻き込むのか?」
向かい席に座った統帥幕僚本部第1局第3部、そこの戦略物資課長が用意した資料の束を弄びながら嘆息する。 兵站は補給を意味するのではない、その背景の広範な行為を言う。
「・・・参謀本部としては、無論、我が軍単独、或いは主導で行うべきと考える」
陸軍参謀本部第1部作戦課長(陸軍大佐)が、強硬な姿勢を崩さない。 その姿に1人置いた右隣に座った海軍軍令部第2部(軍備担当)第4課長(出動・動員)が苦笑する。
「―――やりたければ、陸軍単独でやればいい。 海軍はそんな無理心中に付き合うつもりはない」
「・・・何だと?」
海軍大佐の冷笑を含んだ言葉に、スッと表情を険しくする陸軍大佐。 その様子を呆れ半分、疲労半分で見つめる他の陸・海・航空宇宙3軍の大佐・中佐達。
「我が国単独で佐渡島が奪回できるのなら、とうに出来ていて然るべきだ。 ではなぜ、未だかの地は忌々しいBETAの支配下にあるのだ?」
煙草では無く、わざわざ輸入品の葉巻を吹かして厭味ったらしく言葉を吐く海軍大佐。 その姿に一瞬、陸軍大佐の血管が浮く。
「海軍は・・・海軍は、我が国の領土を奪回すると言う事に、何ら重みを感じないのか・・・!」
「感情論を展開するなよ、ここで。 なあ、我々は互いの感情をぶつけ合う為に、ここに集まったのか? どうなのだ? 藤田大佐?」
キザったらしい(実際、海軍部内でも貴族趣味の、傲岸な男で通っている)その海軍大佐の物言いに苦笑しつつ、藤田直美陸軍大佐は席を立ち上がり、周囲を見渡す。
「・・・諸官に、本日ここに参集いただいたのは、来るべき甲21号目標攻略作戦―――佐渡島ハイヴ攻略戦に関しての意見交換の為だ。
そして講義でも、討論会では無く、参加者は最終的に結論として合意を得るという目的を持つ事―――統合幕僚本部として、諸官に参集頂いたのはその為だ」
本日、日本帝国軍統帥幕僚本部主催で、各組織の高級参謀による参謀会議が開催されていた。 統帥幕僚本部、本土防衛総軍司令部、国防省、陸軍参謀本部、海軍軍令部、航空宇宙軍作戦本部。
日本帝国軍の軍事行動の全てを決定する各組織にあって、その最高意思決定の補佐を担い、軍令・軍政の実務における責任者―――各課長(大佐)、課長補佐(大佐、中佐)達だ。
「何よりもまず、我々が合意すべき戦略目的の結果―――その着地点を合意するに至らねばならない」
統帥幕僚本部第1局第2部、国防計画課長の藤田直美大佐が長い髪をアップに纏めた頭を軽く振り、帝国陸軍第2種軍装のタイトスカートの裾を払いながら上段に歩いてゆく。
その姿は長身の女性高級将校である藤田大佐を、人によっては魅力的だと言わせるだろう。 ウエストラインから下が、見事に強調されている。
「・・・あくまで、佐渡島を奪回する事で戦略目標の達成とするのか? 或いは国土の消失をも容認しての、ハイヴの消滅をもってして戦略目標の達成とするのか?
済まないが先程の如くの感情論は、一切抜きでお願いしたい。 我々は軍の枢機に携わる者だ、例え数十万、数百万の同胞を死に至らしめ、国土を消滅さそうとも・・・
それは結果に伴う数字に過ぎない、そう認識すべき立場なのだ。 マキャベリズムの徒、いや、それを上回る冷血漢で在らねばならないのだ」
長身で歴戦の衛士上がりで、並の男より余程迫力のある女丈夫だが、彫の深い端正な顔立ちも相まって、ある種の特異な趣味の持ち主ならば、垂涎の対象になる様な美女でも有る。
そんな彼女が、殊更感情を押さえてまるで、神託を読み上げる様な声色で言うそのセリフは―――並居る古参の大佐、中佐参謀たちすら、ある種の戦慄を覚える。
「・・・その意味で言えば、結論は後者だ。 前者では戦場で億兆ガロン単位の血を流させても、ハイヴの攻略は不可能だろう。 横浜での戦訓がそれを示した」
統帥幕僚本部第1部(作戦部)作戦第1課長(陸軍作戦担当)が呻くように言う。 横浜―――明星作戦では18個師団を投入しても、通常戦力では攻略は出来なかった。
結局はG弾投下によってでしか、攻略は無理だった。 そう軍内部で結論付けられていた。 例えそれが、米軍が直前まで伏せていた忌々しい行為であったとしてもだ。
「・・・佐渡島の面積は、855.26km²だ・・・」
参謀本部作戦課長が、唸る様な声で言う。
「帝都や、大阪の約半分弱の面積しか無い、狭い島だ。 BETAによる浸食である程度は平坦化されておる様だが・・・それでも大兵力を運用出来る軍事的な広さは無い」
明星作戦、或いはそれ以前の京阪神・京都防衛戦では、その何倍もの(場合によっては10倍近い)広範な戦域に、20個師団前後の大軍を展開させて戦った。
と言うよりも、軍事的に大軍が展開しつつ作戦行動をとる為には、その程度の広さが必要とされるのだ。 今回、佐渡島は帝都・東京の約半分弱の総面積しか無い。
「甲21号目標がある大佐渡山地へは、どうしても西の真野湾、そして東の両津湾から上陸せねばならない。 地形的に兵力を揚陸させるには、その2箇所しか選択肢が無い」
作戦課長が続ける。
「真野湾と両津湾が、一体どれ程距離が空いておるか?―――精々が15kmほどしか離れておらん。 双方から上陸したとして、橋頭保の奥行きは15kmから20kmは必要だ」
兵站(ロジスティックス)を確保する上において、前線に最も近い要衝となる重要地点である橋頭保は必須。 戦線に最も近い防衛拠点であり、補給点である。
重光線級によるレーザー照射の見越し範囲を考慮すれば、その為に緩衝地帯(殲滅戦闘地帯)を含め、どうしても20km程の奥行きは欲しい。
「20km? はっ! 20km! 20kmもあれば、真野湾から加茂湖(両津湾に面する佐渡島最大の湖)に達する! 北東に向かえば、甲21号は目と鼻の先だ!
それどころか、20km圏内に一体どれ程の『門』が存在するか! 馬鹿馬鹿しい! 兵站作戦など不可能だ! 通常戦力での佐渡島奪回作戦!? 佐渡島は大陸では無い!」
おそらく、それが参謀本部作戦課長の本音だろう。 いや、作戦本部部員全員が、胃潰瘍になりかねない程、悩みに悩んでいる点であろう。
「・・・ならば、我々の合意は取れたと、そう見なして良いと考えるが?」
国防省兵備局の海軍大佐が、藤田大佐を見据えて静かに言った。 その言葉に、場の空気が凍る―――何と言う結論なのだ、何と言う!
「―――お待ち下さい。 議長、発言、宜しいでしょうか?」
それまで黙っていた、参謀本部作戦課の作戦班長―――作戦課長の右腕である陸軍参謀中佐が、静かに発言を求めた。
「・・・どうぞ、大伴中佐」
藤田大佐が、内心の嫌悪感を隠して静かに問いかけた。 この中佐とは以前から意見の衝突などで、決してソリが合う相手では無かったからだ。 大伴中佐が静かに発言を始めた。
「従来の通常戦力によるハイヴ攻略の困難さは、ひとつにハイヴ内地下茎情報の全くの不足、次に兵站・通信確保の困難、そしてBETA共の分布の不明、等が挙げられます」
その通りだ―――その場の殆どの高級参謀たちが頷いた。 人類はそれこそ、目隠し状態でハイヴに突入し、その都度、手痛い失敗を繰り返した。 横浜もそうだった。
その言葉に海軍軍令部の大佐が反発する。 ハイヴ地下茎情報の全くの不足? 不足しているのは陸軍の認識の方だ。 ここは言っていかねば・・・
「・・・中佐、陸軍は、いや、参謀本部は相変わらずの夜郎自大の様だな。 佐渡島防衛の第一線は海軍が担っている。 そして我々は佐渡島の観測・探査に一切の手を抜いておらん」
「―――推測の積み重ねは、結局は推測の域を出ません」
「なにをっ・・・!」
「参考にはさせて頂きます。 結局の所、最後にハイヴ突入の任を担うのは、我々陸軍です」
一瞬、険悪な空気が漂う。 が、海軍大佐の方が少し鼻を鳴らし、見下す様な表情で口を閉じた―――若造が、何を言う気か、聞いてやろうじゃないか。
「では、続き宜しいか?―――この3点につきましては、現時点で有効な捜索手段、及び確立方法は存在しません、残念ながらですが。 しかし橋頭保内の『門』、これについては・・・」
大伴中佐は『門』を何重かによる、特殊硬化剤による早急な封鎖、そして地中震動探知センサーの有効活用によって、BETAの地上侵攻をある程度友好に阻止できる、そう言った。
そして地下茎内においても、特に兵站拠点を確立した場所に通じるスタブの出入り口を同様の処置で塞ぐ事により、ハイヴ内でのBETAの突如の逆襲をある程度未然に防げると。
「スリーパー・ドリフトにつきましては、その限りではありません。 そこは突入部隊による入念な捜索が必要でありますが・・・
これにより、まず地下茎内情報の不足に対する処置として、ある程度の信頼性を確保できると小官は考えます」
胡散臭い目で見る者。 面白そうな表情で見る者。 或いは内心は兎も角として、表情を変えずに黙って聞いている者。 いずれにせよ歴戦の大佐、中佐達が一蹴せず聞いている。
「ハイヴ内戦闘につきましては・・・こちらの資料をご覧ください」
数枚のペーパーが配られた。 それを興味無さそうにしていた大半の者達が、或いは驚き、或いは顔を顰めて読み始める。
「8月10日、場所はソ連邦カムチャツカ半島コリャーク自治管区のミリコヴォ・・・第1開発局の独断専行の非は後ほどとして・・・結果は良好と出ました」
「99型・・・試製99型電磁投射砲、か・・・」
「横浜の魔女の嫌味の手土産、か。 大伴中佐、君はこの玩具を、どう使おうと言うのか?」
所詮、横浜―――国連軍横浜基地の最奥に鎮座する魔女が、帝国との駆け引きに使う為に寄こした代物だ。 未だ制式化の目処すら立っていない。
「この『玩具』の最大のネックは、そのブラックボックス化された機関部です。 その他の技術は既に、リバースエンジニアリングの手法で解析が出来ております。
そしてそのブラックボックス・・・99.9%、G元素由来の技術であります。 小官は『第4計画』締結条項第18条、及び第31条による『誘致国への技術開示』の発動を進言します」
「ふん・・・あの女狐が、そんな条項を素直に聞くと思うのかね? 第一、あれは閣議決定が必要だ。 今の内閣が横浜を恫喝してでも、その『成果』を寄こせ、と言うかね?」
「・・・あくまで個人的見解でありますが、政府には言って貰わねばなりません。 我が国と横浜は、互いの感情は兎も角、今となっては一蓮托生・・・
横浜は己の目指す結果を売る為には、その間は帝国が生き残っている事は必須。 己の身の安全、研究資金、そして国際的な立場・・・我が国は誘致国であり、スポンサーです」
つまり―――『取りあえず、ブラックボックス化でも良いから、機関部を大量に渡せ。 時期を見てその技術資料も全て渡せ。 でなくば締結条約に則り、資金を停止する』と。
国内での数々の不満がピークに達しかけているこの時期、政府や官界、そして財界の中からも、当初の計画進捗を上げられないでいる『第4計画』の見直しを迫る声が出始めた。
無論、米国が並行して主導する第5計画への参加では無い。 もう一度、国土にG弾を投下させろ、等とまでは日本人も狂いきってはいなかった。
「・・・先だって、国家防衛企画委員会でその話題が上がったそうだ。 六相会議でも国防相と蔵相、そして軍需相と内相が、会議の席上で首相と外相を激しく突き上げたらしい」
国防相は軍の、蔵相は予算と言う強敵と戦う大蔵省の、軍需相は産業界の、そして内相は国内不安と言う化け物の、それぞれの代弁者として首相と外相に迫ったと言う。
この当時の外相は、国連との連携を重視する意見の持ち主であり(米国とは一線を画す)、榊是親首相の腹心の人物でも有った。
「―――成程。 現実逃避にはもってこいの、お伽噺だ。 で? 諸官、そろそろ現実の話に戻しても良いか?」
議長役の藤田直美大佐が、ある種の冷笑を湛えて周りを見渡す。 その言葉に、話を切り出した大伴中佐の表情が一瞬だけ、ほんの僅かに変化した―――直ぐに戻ったが。
「その手の話は、実現するにしても来年以降の話だ。 我々が今現在、ここで話しているのは今年中の事―――年末に予定する、佐渡島への大規模反攻作戦の事だ。
諸官にはぜひ、現実的な意見を忌憚なく言って貰いたい。 であれば、どれ程の冷血漢でも統帥幕僚本部は歓迎する。 が、お伽噺は独りの時に、こっそり趣味の範囲でお願いしたい」
その言葉にある者は顔を顰め、ある者は冷笑する。 先程の海軍大佐などは、愉快そうな冷笑さえ浮かべている―――若造のお伽噺の時間は終わったのだ、とばかりに相手を見返して。
彼等は別に仲良し倶楽部ではない。 が、感情を押さえこんで、或いは己をも騙して役者に徹する術はよく心得ている。
「・・・であれば、事前に山ほどのS-11弾頭搭載の砲弾や誘導弾を、それこそ雨霰と撃ち込んでやれば良いんじゃないかね?」
それまで黙っていた、航空宇宙軍作戦本部第1部(作戦部)の第1課長―――宇宙作戦を統括するタヌキ親爺が、飄々とした声で言い始めた。
「ウチからも、軌道爆撃で支援できる。 なに、どの道、植生も何もかも、BETAのお陰で生態系が壊滅した荒れ地だ。 今更S-11による熱波被害など、気にせんでも良いだろう?」
「・・・後々で、住民帰還問題が荒れそうだな」
国防省兵備局の海軍大佐が、少し嫌味を込めて言う。 しかしその言葉も、航空宇宙軍の大佐には毛筋ほどの感情をも起こさせなかったらしい。
「佐渡島の住民は、65%がBETAの腹の中だ。 35%しか生き残らなかった、そしてキャンプで10%が死んだ―――ああ、そうだ。 この数字は私も含めた、全帝国軍高級将校団の無能故だ。
だからだな、敢えて言うが、私は再び無能になる気は無いよ。 兵力の過半を磨り潰して失敗した作戦故に、祖国を亡国に導いた時代の軍人、そんな情けない幕引きの仕方など」
「・・・S-11の総備蓄量は、海軍向けの主砲弾と巡航誘導弾搭載弾頭が、各種で300発。 陸軍向けの特殊砲兵旅団(超長距離砲弾搭載)が360発。
他に戦術機搭載用の小型のヤツが、総計で500発ある。 あと2カ月で大型弾頭は30発、小型弾頭は50発が製造可能だ―――各軍の機密費を根こそぎ、毟り取ってだが」
航空宇宙軍の大佐の言葉に、統帥幕僚本部の藤田直美大佐が乾いた声で答える。
「良いんじゃないか? どうせハイヴ内に突入すれば、手探りで進むしかないのだから。 BETAの大群が出てくれば、遠隔操作で指向性を持たせてドカン、とやれば。
ウチも、そう毎回毎回、軌道降下兵団を磨り潰していたんじゃね。 士気の問題も有るし、責任問題もねぇ・・・その内に衛士連中から『貴様が突っ込め!』と脅迫されるのでね」
―――その体型では、戦術機の管制ユニットに乗り込めないだろう!? 心の中で藤田直美大佐は盛大に突っ込む。 それに想像したくない、三段腹の中年男の衛士強化装備姿など!
ふむ、にしても、S-11か・・・大陸でも時々やったな。 それに中共が何度か盛大に集中運用で成果を上げていた―――友軍誤爆と引き換えに。
検討の余地あり、か? どんな卑劣なアイデアでも、検討の余地が有れば行うべきだ。 この国はもう、余裕など全く無いのだから。
国防省に話を通すか? 技研(国防省技術研究本部)で、S-11炸裂時の影響をシミュレートして貰うのも良いかもしれない。 スタブ内での炸裂の影響も。
「・・・では、諸官に再確認する。 我々の共通認識は『国土の消失をも容認しての、ハイヴの消滅をもってして戦略目標の達成とする』
―――これを以て、以降の幕議決定の基本骨子として頂きたい。 以上、諸官にはお忙しい所、感謝します。 これにて本日の会議、閉会とします」
会議を終え、会議室から出て自分のオフィスへ戻る廊下を歩いている藤田大佐の視界に、見知った顔が入って来た。 思わず足を止め、少しだけ嬉しそうな表情になる。
「―――何ですか、大佐? その、玩具を見つけた時の様な、嬉しそうな顔は?」
「ふん、玩具の自覚はあるようだな、周防少佐。 待たせたな、が、もう少しだけ待ってくれんか? 書類を置いてこなければな」
「どうぞ、どうぞ。 大佐がおられないと、こっちは勝手が判りませんから」
「情けない父親だな? その辺に座って待っていてくれ、直ぐに済ます」
既に課員は退庁した様で、課内はガランとしていた。 藤田大佐が課長席で何やら整理しては片付けている間、周防直衛少佐は物珍しげに当りを見回していた。
「・・・ん? どうした? なにか珍しいか?」
「いえ・・・ここが、帝国軍の国防施策の中枢かと思うと・・・普通のオフィスと、変わりませんね」
「当たり前だ、一体どこの伏魔殿だと思っている? ん、すまん、待たせたな。 では行くか」
「はっ」
2人の帝国陸軍佐官が並んで向かう先には、市ヶ谷の福利厚生棟がある。 段々と陽が短くなるこの時期、辺りはもう暗くなって来ていた。 道々、藤田大佐がポツリと漏らす。
「・・・いい加減、現場に復帰したいよ」
溜息交じりにそう言う、かつての上官の横顔を見ながら、周防少佐は、そう間違っていないだろう推測を口にした。
「年末大攻勢、確定ですか・・・?」
「ああ、ほぼ、な・・・数日前、海軍の定期探査任務の潜水艦が確認した。 地下茎の水平到達距離が、22kmに広がったそうだ。 年内にはフェイズ5になるだろう。
もう時間が無い。 後は各軍との調整が残っているが、それが済み次第、全軍に出師準備命令が発令されるだろう。 遅くとも来月には」
出師準備命令、そして出師命令―――最後は作戦発動命令。 本当だったのか、噂は。 帝国は、帝国軍は有り金の殆ど全てを投じての、最初で最後の大博打をすると言うのか。
構内の歩道を歩く時も、2人とも余り言葉が無かった。 街灯に照らされて長く伸びた己の影を見つめながら歩く。 酷く頼りない影だな、周防少佐はそう感じた。
「後は・・・横浜がどんな横槍を入れて来るか、それだけだな。 一応バンクーバー条約がある、国連が何か言ってくれば、計画の修正はせねばならん」
計画自体の取り止めは無しだが―――そう言いながら、藤田大佐は疲れた様な溜息を吐く。 一国の国防計画を立案する部署の責任者としての重圧とは、一体どれ程のものだろうか。
「貴様の所も、大変そうだな?」
既に暗くなった構内を歩きながら、藤田大佐が話題を変えて来た。 少し悪戯っぽい表情だ、こう言う顔をする時は必ずと言っていい程、昔から遊ばれてきた事を周防少佐は思い出した。
「・・・例の、日米合同の戦術機開発計画であるXFJ計画。 あれの試作機がロールアウトしたとかで、今アラスカで試験中ですが・・・まさか、その余波を受けようとは・・・」
「今月の頭からだったな、綾森がアラスカへ出張に行っているのは。 ま、アイツも今は機甲本部(国防省機甲本部第1部)だからな。 2週間か?」
「ええ、2週間から20日ほどの予定で・・・張り付きじゃありません、向うで国連軍の総責任者のとの、諸々の調整も。 ま、あと10日以内に帰国しますが」
周防少佐の細君、綾森祥子少佐は国防省機甲本部派遣査察団の一員として、今月の頭からアラスカに出張している。 XFJ計画の為だ。
彼女は第1部員(戦術機関連専門教育・学校関連の統括)として派遣され、他にも第2部から第4部まで、各々管轄する職掌に従い、中佐・少佐クラスの部員が派遣された。
第2部は戦術機を含む諸兵科連合部隊の調査・研究。 第4部は外国軍採用実態調査研究に、戦場運用実態の調査研究。 丁度、今現在、『ブルー・フラッグ』が行われている。
「嫁さんは3部(機甲本部第3部:機体自体と、その整備に関する調査研究)と2人3脚らしいですが。 2部は4部と。 アラスカの実戦調査とブルー・フラッグ・・・
ま、部内でもあんな声が出ている現在ですし、推進派としては『中立な目で見て貰いたい』、そんな所でしょうね。 騒いでいるのは主に参本(陸軍参謀本部)ですし」
お陰さまで、いきなり双子の育児をしながら部隊の再編成ですよ。 苦笑しながら周防少佐がそう言う。 少佐の大隊は今年5月のマレー半島派遣で1個中隊分の戦力を失った。
現在は衛士の補充と、その再訓練に徹している。 が、元々不足している中堅の衛士など、余程運が良くなければ回ってくる筈も無く。
しかも新たに補充された5名の衛士は、訓練校出たての新米だった。 そして未だ大隊定数に、7名の衛士が足りない状況が続いている。
「国防省の人事局に、士官学校時代の同期生がいる。 口添えしておいてやろう、貴様の大隊と、長門の大隊の分を」
「助かります、大佐」
やがて福利厚生棟に辿りつく。 その1階の奥の離れになっている建物が、軍人向けの託児所になっていた。 主に小さい子供を持つ共働きの軍人が利用する。
「あら、直美ちゃん、ようやくお出ましかい? それに祥子ちゃんの旦那も。 子供達、待ちくたびれちゃってるよ!」
託児所の『おっかさん』と呼ばれる所長―――長谷孝子陸軍予備大尉、その実は保育園の元園長先生―――が、笑いながら中から出て来た。
陽気で陽性の性格、どっしりと貫録の有る体型、おまけに5人の子供を育てた実績にある、50代のおばさんである。
「遅くまですみません、園長先生」
「有難うございます、園長先生。 子供達、泣きませんでしたか?」
「大丈夫だって! 加奈ちゃんはしっかりした娘だし、直嗣ちゃんも祥愛ちゃんも、ご機嫌で遊んでいたよ! ほら、入った、入った!」
この予備大尉にとって、軍での階級はさほど意味は無いらしい。 様は、まだまだ未熟な育児の後輩たちを指導している、そんな感覚なのだろう。
「加奈ちゃん! お母さんだよ! それと直ちゃんと祥っちゃん、起きてるかい?」
「あ! おかあさん!」
中から可愛らしい、5、6歳位の女の子が走り寄り、藤田大佐に縋りついた。
「あのね! 今日ね! 加奈、直ちゃんと祥ちゃんとね、遊んであげてたの!」
「そう。 加奈、ちゃんとお姉ちゃん、してあげた?」
「うん!」
幼い娘と話す時の藤田大佐は、歴戦の衛士でもなければ、冷酷とも言える程の状況判断を基に、国防計画を指揮する軍官僚でも無い。 1人の優しい母親の顔をしていた。
「ほら! 祥子ちゃんの旦那! 直ちゃんと祥ちゃんだよ!」
「あ、スミマセン。 おっと・・・ほら、直嗣、祥愛、パパだぞー?」
2人の1歳児の息子と娘を抱き抱える周防少佐もまた、戦場での指揮官では無く、親馬鹿の父親の顔をしている。
「あのね、おじちゃん! 加奈ね、直ちゃんと祥ちゃんのお姉ちゃん、ずーっとしてあげても良いよ?」
「はは・・・そうか、ありがとね、加奈ちゃん」
「うん!」
無邪気に笑う藤田直美大佐の1人娘、藤田加奈嬢、当年6歳。 父親の藤田准将が敵わない、数少ない人物の1人である。
「って、何だ、そのナレーションは? ええ? 周防・・・」
「お気に為さらず。 ただの独り言ですので」
「ふん、数年後には貴様もそうなる。 まったく、男親と言うのは、どうしてこうも娘に甘くて、弱いのか・・・」
その自覚がどうやらあるらしい周防少佐は、首を竦めるだけだった。 これから周防少佐の自家用車で、周防少佐の実家まで行き、その後で藤田母娘を家まで送り届ける。
今夜からは実家の母や、妻の実家の義母が交替で、子供達の面倒を見てくれる事になっていた。 それにしても育児の大変さは、この10日ほどでたっぷりと身に沁みた。
同時に妻の苦労も、少しは判った気がする。 これからはなるだけ、早い帰宅を心掛ける様にしよう―――周りから『マイホーム主義者に転向したのか!』とからかわれ様とも。
2001年9月18日 1500 日本帝国 帝都・東京 国防省兵備局
「・・・1日の必要物資量は、陸海併せて約45万トン。 正確には44万9400トンか」
「陸上戦力が、陸海の22個師団(陸軍20個、海軍2個聯合陸戦師団)で1日に3万4900トンの物資を必要とします。 他に陸軍の特殊砲兵群が1万9000トン。
海軍は母艦打撃群が5群と、水上戦闘群が5群で1日当たり37万トン。 上陸支援群が2万5500トン・・・合計で44万9400トン。 1日当たりで、です」
「国内輸送路は、秋田と富山までの鉄道路を吶喊で整備しますが・・・重装備は鉄道輸送のピストン輸送で1カ月を見込みます。 道路輸送は鉄道駅から港湾までとして、です」
「母艦打撃群と水上戦闘群に、補給支援群の第1補給隊を付けねばなりません。 他に上陸部隊用に第2補給隊を。 上陸支援の水陸両用部隊にも第3補給隊を・・・
そうなると、物資集結地から戦場付近海域までの輸送船舶が有りません。 現在、『せんきょう(日本船主協会)』に打診しております。 予定では300隻ほどを徴用予定です」
「300? 『せんきょう』が文句を言ってこないかね?」
「まず、大丈夫でしょう。 あの連中も薄々感づいています。 もしダメなら、自分達の国が立ち行かなくなる事を。 接触した感触は、良好でした」
日本帝国の海運界は、BETAの本土上陸後に西日本地域で大きな被害を受けた。 避難民を乗せる為に最後まで港に残り、光線属種のレーザー照射を受けた船も、多々存在した。
BETAの九州上陸、そして西日本の蹂躙、京阪神・京都防衛戦、その後に続く西関東防衛戦に至るまでに、約1800隻・440万総トンもの商船が失われた。
『戦死』した民間船員―――戦没海員の数は9万人以上に達する。 組織別の『戦死率』は、実は陸海軍をも上回る悲劇を生んだ。
しかしそれでもBETA上陸前ほどではないが、現在でさえ米国に次ぐ世界第2位の商船隊を保有し、4354隻・1030万7000総トンの船舶保有量を誇る。
来るべく大作戦に向けて、軍が想定する補給海域までの大量物資輸送には、どうしても民間船の徴用が欠かせない―――日本の経済活動を掣肘しない範囲内での、最大徴用が。
「戦術機揚陸艦は、全艦を根こそぎ動員です。 大隅級の10隻、渡島級(大隅級の改良版、搭載能力強化型)の23隻、天草級(渡島級の簡易型)の50隻・・・
合計83隻中、2群合計で70隻を動員します。 残りの13隻は、国連太平洋方面軍への『貸出』ですので、事実上、財布の中はすっからかんです」
22個師団の内、海軍聯合陸戦師団2個と、陸軍の甲師団(重戦術機甲師団)3個は、戦術機3個連隊を保有する。 これだけで戦術機は1800機(陸軍機は1080機)に達する。
他に特乙師団(第10、第15師団)で480機。 乙師団8個は1個戦術機甲連隊を有し、総計960機。 残る丙師団7個で総計280機。 総合計3520機に達する。
残る師団数は29個師団を数えるが、その中で甲師団は3個(禁衛師団、北海道の第7師団、北九州の第8師団)、乙師団は5個、残る21個師団は全て丙師団で、戦術機は2520機。
帝国陸軍の全保有戦術機、5320機のうちの2800機、52.6%を投入する事になる。
「史上最大規模の大所帯だからなぁ・・・戦術機揚陸艦は、幾らあっても欲しい所だ」
戦術機母艦では無い、『戦術機揚陸艦』としてはまず『大隅級』が10隻建造された。 だがこのクラスは艦体の巨大さに関わらず、戦術機搭載能力が極端に低かった(定数16機)
海軍はその『失敗』を認め、『大隅級』での戦術機収容艤装を全面的に見直した次のクラス、『渡島級』を23隻建造した。 戦術機搭載能力は前級の3倍、48機に跳ね上がる。
だが問題が無い訳では無い。 元はタンカーをベースに、建造期間の短縮と量産化を目指しした筈が、日本人故の凝り性が随所に見受けられ、生産性は必ずしも改善されなかった。
そこで再度、『渡島級』の設計から無駄を省いた『簡易型戦術機揚陸艦』である、『天草級』を設計した。 戦術機搭載能力は32機、丁度『渡島級』と『大隅級』の中間だ。
『天草級』は99年から僅か2年で、50隻が建造され就役している。 大東亜連合や中東連合からの『発注』分、26隻を建造中に買い取った分を含めてだ。
「何せ、我が軍だけでも参加兵力は陸上22個師団(海軍聯合陸戦師団含む)、強襲上陸の海兵隊4個大隊。 ハイヴ突入の軌道降下兵団と、陸上から突入の機動大隊が合計8個大隊」
「艦隊はGF主力の第1、第2艦隊が総出撃。 戦艦10隻、戦術機母艦10隻に、巡洋艦・駆逐艦併せて64隻、合計84隻の大艦隊・・・」
「戦車を含む戦闘車両など、軽く3000輌を越しますよ・・・ドック式揚陸艦と戦車揚陸艦、併せて166隻が必要です」
「166隻!? 海軍が保有しているドック式揚陸艦は8隻だけだぞ!? 戦車揚陸艦も42隻しか無い、合計で50隻だ! 残り116隻、一体どうしろと・・・!?」
「それだけではありません。 兵員輸送と武器弾薬類輸送に、攻撃輸送艦200隻と攻撃貨物輸送艦が160隻、必要だと計算されます」
「・・・徴用商船以外で、か・・・?」
「はい。 参加総兵力、陸上と海上を合わせれば約50万名、後方支援を含めれば180万名に達します・・・我が軍だけで」
「ガルーダスと国連軍にも、結局声をかけている様ですが・・・それを入れれば、恐らくですが参加兵力80万、後方含めて総兵力は250万名に達しますよ・・・」
「・・・足りない。 何もかも、決定的に足りない・・・」
兵站とは、補給ではない。 補給を含む、あらゆる広範な行動を指す。 その為の輸送手段―――船舶、鉄道、車輌―――その確保も兵站に含まれる。
「必要弾薬量は、現備蓄量の138%と算出されました。 他に野戦糧食、医薬品、日常品、その他諸々・・・現在の備蓄量では、予定参加兵力の35%を賄える程度に過ぎません」
「企業側からも、納期の延長を申し入れて来ております。 生産工場では3交代制・24時間のラインフル稼働で生産を行っておりますが・・・
発注予定量を満たすには、最低でも年明け・・・1月の末頃になると。 ラインも限られますし、何より原材料の確保も量が量だけに、企業側も苦戦しております」
胃が痛い。 今日もまた軍需省の担当部長と、取っ組み合いの激論になるだろう。 通産省からも捻じ込んで来る筈だ、それに大蔵省からは緊急臨時予算案が叩き返されるだろう。
まったく、これだから『作戦屋』と言う輩は! 国家規模の兵站(ロジスティックス)と言うものを、全く理解していない! 22個師団!? GF全力出撃!?
ああ、ああ、それは、それは、勇ましいだろうさ! 悲壮感に酔いしれる事だろうさ! だがな、無い物は無いんだ! 無から有は作り出せない!
官も民も、年度初頭にその年度の生産・調達計画を全て立てているんだぞ!? それを、その想定範疇を遙かに越す要求を、『国事の一大事』の一言でゴリ押ししやがって!
国防省兵備局で、生産計画などの軍需行政・戦略用資材整備・補給全般を統括する責任者の陸軍少将は、喉元から酸っぱい何かがせり上げて来るのを自覚しながら、頭を抱えていた。
2001年9月20日 1500 日本帝国 帝都・東京 市ヶ谷 統帥幕僚本部・第1局第2部長室
「―――国防省兵備局が、泣きを入れて来た」
上官の言葉に、国防計画課長の藤田大佐が眉をピクリと動かした。 その右横で戦争指導課長の海軍大佐が難しそうな表情になり、左横の兵站課長(陸軍大佐)は少し首を竦める。
第1局第2部は国防計画部である。 その指揮下に戦争指導課、国防計画課、兵站課の3課を持つ、日本帝国の国防施策の骨子を計画・立案する部署だ。
「輸送船舶、兵站物資、備蓄弾薬量に燃料・・・計画兵力量では、全てにおいて不足すると。 未曾有の大車輪で生産現場を酷使しても、予定の半分を揃えるのが精一杯だと」
「では、計画の修正を?」
藤田大佐が上官―――第2部長の海軍少将を横眼で見上げながら言う。 その様子に何ら態度も示さず、その海軍少将はあっさりと言った。
「そうだ、修正だ。 実際の所、あれ程の大兵力を一気に上陸など不可能だからな。 上陸したとしても、各師団同士が押し競饅頭のラッシュアワー状態だ、戦闘などできん」
「必須は戦術機甲部隊、そして戦闘工兵(機械化工兵部隊)に機械化輸送部隊。 それに随伴する最低限の護衛部隊。 戦車が渋滞で、列にBETAが突っ込む・・・など、笑えません」
「歩兵もかなり削れるのでは? 島嶼作戦ですし、彼等の活躍の場は殆ど無い事でしょうから」
「・・・機械化装甲歩兵は、上陸させるぞ?」
「当然だな、藤田大佐」
部下達が一定の了解を示したと見た第2部長は、国防計画課長の藤田直美大佐に国防省、本土防衛軍総司令部、そして3軍(陸・海・航宙)軍令部門との再調整を命じた。
「佐渡島は『島』だ。 我々が今まで戦ってきた大陸でも半島でも無い、西日本や西関東、甲信越方面でも無い―――島だ。 それを念頭に置いて大至急、再調整を行え、大佐」
「・・・はっ」
最初から、そうすれば良かったのだ―――帝国軍の面子を表に出して、凄まじい程の大兵力を投入する事に、藤田大佐は最初から危惧を示していた。
地形、面積、そして国力を考えれば、誰でも行きあたる結論だろうに!―――お陰で10日間の時間を無為に潰した。 このご時世に!
-――藤田大佐の内心の溜息は大きかった。