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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 伏流 帝国編 1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/08 20:11
『新年―――2001年。 1998年にBETAの本土上陸を許し、甲21号・佐渡島ハイヴ、甲22号・横浜ハイヴの建設を許した。 国内に2箇所のハイヴ、存亡の危機を迎えた。
1999年、『明星作戦』によって甲22号・横浜ハイヴの攻略に成功するも、内外に様々な問題と軋轢を残す結果となる。 そして甲21号・佐渡島ハイヴは未だ攻略出来ていない。
新年―――2001年。 今年こそは。 誰しもがそう思う、そう願う、そう誓う。 祖国に平安を、親しき人々に安寧を。 そして我等は戦う。 先達よ、照覧あれ』
(2001年1月1日 榊是親内閣総理大臣 年頭演説)





2001年1月1日 日本帝国 千葉県松戸 帝国陸軍・松戸基地


元日の基地は、比較的のんびりした空気が漂う。 准士官以上は正装に、下士官兵は礼装を着用し、午前中の国旗掲揚、軍旗掲揚に続いて宮城(帝都城を含む)遙拝。
その後、基地司令を兼ねる第15旅団長・藤田伊予蔵准将の訓話。 その後には旅団長以下、各級部隊長・業務隊長が司令公室で揃って『御真影』奉拝。
その後は司令・副司令(副旅団長・名倉大佐)・各部隊長が侍立し、中隊毎に『御真影』を奉拝する。 それが延々と1時間半ほど続く。
その後、准士官以上は将校集会所、下士官兵は兵員食堂に集まって乾杯・皇帝陛下万歳三唱。 後は酒など飲みつつ、のんびりと過ごす。

正午前に准士官以上は通常礼装に着替え、昼食。 この時ばかりは日頃の合成食材は鳴りを潜め、貴重な天然食材をふんだんに使ったご馳走が出る。
今年のメニューは雑煮、田豆の照り煮、数の子辛子和え、カツレツ、鶏肉・蓮根・里芋の旨煮、塩鮭・ニンジン・大根の鮭酢和え、紅白蒲鉾に羊羹。
これは陸軍のメニューで有り、海軍のメニューはかつてのレストランの洋食フルコースとほぼ同じ。 航空宇宙軍は陸海軍折衷のメニューとなっている。


「今年は、厳しくなりそうだね」

「・・・そうだね」

隣に座る旅団自走高射大隊長・谷元広明少佐から声を掛けられた第1戦術機甲大隊長・周防直衛少佐は、朝からの酒で少し酔いの回った頭を振りつつ頷いた。
場所は松戸基地内の将校集会所、その第1会食堂。 半世紀前の世界大戦後も、陸軍将校の会食堂は一律全員同じだったが、15年ほど前から分けられた。
大尉(又は中隊長たる古参中尉)以上、所属長(連隊長、基地司令等)までが会食する第1会食堂。 中尉・少尉用の第2会食堂と、准士官用の第3会食堂。
海軍に倣ったものだが、要は下級の者達が遠慮勝ちになる事と、世代差(既婚者と独身者)での価値観の違い。 若い連中はなかなか寛げない。
何より将校は自弁と言う事が挙げられる。 まだ若い中尉・少尉達では、佐官と同じ食費の出費は痛い、そう言う事だ。
陸軍は基本的に下っ端の2等兵も、大将も同じメニューだが将校は自弁だ。 それに嗜好品を付けたり、時には全く違うメニューを作らせたりもするからだ。

「―――今年中に佐渡島を何とかしない事には、年末には丸3年になる。 フェイズがこれ以上大きくなれば、防衛線の意味が無くなる・・・」

周防少佐の言葉に、反対側の隣席に座る第2戦術機甲大隊長の長門圭介少佐や、向かい席の機甲大隊長・篠原恭輔少佐も頷き、言葉を続ける。

「横浜を陥したお陰で、九州へも兵力を増強できるようになった。 今は九州全域と対馬を奪回して、海峡を挟んで睨み合いに持ち込んだ」

「ああ、だけどそっちは後だ。 何と言っても佐渡島、あそこを奪回しなければ。 本土の脇腹に突き付けられた刃だ、あそこは」

地図を見ても判る。 西日本防衛は深い縦深防御線を引けるが、佐渡島に対する防衛線は関東―――帝国中枢部までの距離が余りに短い。

「防衛線に対する兵站も、わざわざ大回りして関東から陸路よ。 日本海側が使えれば全然違うのだけれど・・・」

「津軽海峡や復旧した琵琶湖運河を使っても、兵站港として使えるのは秋田や金沢までだ。 新潟まで優に200km以上ある、軍用鉄道も富山と酒田まで。
流石にそれより新潟に近いと、沿岸部は使えない。 内陸部も兵站駅は沼田までだ、それと会津若松。 そこからは車輌輸送に頼らざるを得ない」

旅団支援大隊長・金城摩耶少佐と機械化歩兵装甲大隊長・皆本忠晴少佐も、渋い顔で現状を分析する。 こちらのテーブルには旅団大隊長の内、少佐ばかりが集まっている。 
前方には旅団長、副旅団長、基地業務隊長以下の中佐以上の幹部連が陣取り、隣り合わせに旅団本部参謀や基地駐屯隊(経理隊、警務隊、基地システム通信隊等々)の少佐達が。 
出口近くのテーブルには、中隊長の大尉達が座っている。 総勢30数名、大尉以上の階級でこれだけだ、確かに中尉・少尉も含めれば場所が足りない。

「おいおい、君等、正月早々に辛気臭い話をするなよ」

そろそろ皆の酔いも程々に回って席を立つ者、移動する者、バラけて来た時に、旅団先任参謀兼・作戦参謀(G3)の元長孝信中佐が話しかけてきた。
91年と、間を挟んで93年から大陸派遣軍で戦い、最後は光州作戦の直前まで延々と撤退戦を戦い抜いてきたベテランの砲兵将校。 最近ではシベリア出兵も経験した人だ。

「辛気臭いですか・・・ですが、話さざるには居られませんよ。 のんびりしている暇なんか、ありゃしませんよ」

機甲大隊長の篠原少佐が、やや口を尖らせて言う。 『俺が、俺が』の勢いでは、戦術機甲科と双璧の機甲科将校だけあって、口調も遠慮が無い。
他に周防少佐と長門少佐が勢い良く頷くが、皆本少佐、谷元少佐に金城少佐の3人は控えめな表情だ。 流石に空気を読む兵科は、ちょっと違う。
そんな各兵科別の様子を見た元長中佐は、面白そうにニヤリとした後で、表情を改めて年少の同僚達に言う。

「だからだよ。 今年は今まで以上に正念場だ、帝国の命運も今年をどう乗り切るかで決まる、そう言っても過言じゃないだろう。
だからさ、せめて正月は楽しもうじゃないか。 ハイヴは残念ながら逃げやしないが、今年の正月はこれっきり、2度と訪れないからな」

気がつけば、前の方の席で藤田准将と名倉大佐が、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ていた。 若い連中が、気負っているな―――そんな姿を楽しむ様に。
ここで場を壊すのも、無粋なものだ。 そう思った少佐達は一端話題を棚上げし、各々席を立って上官の杯に注ぎに行く者、部下の席に行く者、それぞれバラけて行った。

「おう、周防。 一別以来だな」

「は、大佐も負傷復帰、ご苦労さまです」

副旅団長の名倉大佐が周防少佐を捕まえ、開口一番に言った。 99年の『明星作戦』では戦術機甲連隊長と、師団本部派遣の作戦参謀で共に戦った間柄だった。
名倉大佐はその戦いの最後で、G弾炸裂の余波により発生した暴風による建物倒壊のお陰で重傷を負った。 復帰後暫くは軍学校の校長をしていたが今回、副旅団長に任じられた。

「全くな。 一緒に居た君は無傷、俺は重傷。 自分の悪運の無さを、嘆いたものさ」

「充分、悪運は強いだろう。 あの炸裂の周辺から生還したのだ。 周防の悪運は、野生動物並みなのだ」

「野生動物って・・・旅団長閣下、私はどれだけ人間離れしているのですか、それだと・・・」

名倉大佐の横で、藤田准将が笑っている。 かつて准将の大隊長時代、周防少佐は少尉の若年士官として部下だった事が有った。 憮然とした表情の周防少佐。

「ああ、それは認める。 こいつのは、沈む船から逃げ出すネズミ並みだ。 じゃないと、あの炸裂から無傷だなんてな」

「・・・大佐、あの場には長門少佐も居ましたが?」

「おう、奴も居たな、そう言えば。 2人揃って悪運の強い奴らだ、藤田・・・いやさ、旅団長閣下、頼もしい限りですな?」

「・・・貴様に閣下などと呼ばれると、尻の穴がむず痒くなるな、名倉・・・よりによって、陸士同期の貴様が補佐役とは」

「人事局の手違い・・・ま、良いやな、しっかり女房役をしてやるさ。 ただし、チクチクと遠慮はせんが」

「全く・・・周防、例えば貴様の下の中隊長に神楽、いや、今は宇賀神(宇賀神緋色大尉、旧姓・神楽)か、宇賀神が部下になった様なものだぞ?」

基本的に同期生同士で、同一部隊の上官・部下は配置しない。 今回は人事局の手違いか、等と言われた人事だ。 溜息をついた藤田准将が、例えで周防少佐に愚痴をこぼす。

「それは・・・想像しただけで、胃が痛くなりそうですね・・・」

想像してみて、周防少佐が胃の辺りを無意識にさすっている。 本当に痛そうな表情だ、確かにあの真面目で生一本な同期生が部下だとしたら・・・頼もしい半面、胃も痛い。
訓練校同期生でも、少佐進級の頃には昇進速度に差が付き始める。 周防少佐や長門少佐は、同期生中での第一選抜で少佐に進級した。 大体で同期生の内の上位20%が相当する。
これ以降、半年ずつ遅れて第二選抜(30%)、第三選抜(30%)、第四選抜(20%)まで続く。 同期生同士でも第一と第四では、1年半の昇進時期の差がつく事になる。
話の出た宇賀神緋色大尉は、残念ながら第一選抜にギリギリ漏れた。 所謂『カットヘッド』で、第二選抜のトップで今年4月に少佐進級予定だ。
中には士官序列では充分第一選抜内に居ながら、休職などで進級漏れした者もいる。 長門少佐の妻の伊達愛姫大尉(育児休職中)がそうだ。 復帰しても第三選抜だろう。


上官・同僚の席を回って、最後に部下達の席に寄った。 3人の中隊長、真咲櫻大尉、最上英二大尉、八神涼平大尉、大隊CP将校の長瀬恵大尉。 他にも僚隊の中隊長達が居る。

「大隊長、ま、ま、駆けつけ30杯」

「ぐーっと飲って下さいよ、ぐーっと」

「少佐、おひとつ、どうぞ」

「おい、八神、俺を殺す気か!? そんなに飲めるか! 最上、この辺で普通に飲ませろよ―――って、長瀬、その一升瓶は何だ? それに、そのドンブリは!?」

アルコールは普通に飲む程度にしか強くない周防少佐が、流石に苦笑しながら酌を断っている。 向うではやはり長門少佐が同様に、部下の酌責めに遭っていた。

「アンタ達、その位にしておきなさいよ。 ・・・後で奥様に文句を言われるの、私なんだからね・・・」

横で先任中隊長の真咲大尉が、年少の同僚のはしゃぎ振りを制止しようとするも、酔っ払いには余り効果が無かったようだ。
元旦の今日は、午後からは完全に休業となる。 そして翌2日から11日まで10日間、後期組が冬季休暇に入るので為に基地内はどこか、のんびりした空気が漂っていた。

「1次防衛線や、関東絶対防衛線の連中にゃ申し訳ないが、俺達は生憎と戦略予備!」

「そうそう。 今までクソ忙しさで、盆も正月も無い前線暮らしが長かったんだ。 たまにゃ、楽しませろってんだ」

「明日から10日間の休暇! 今日は半ドン! 飲むしかないでしょう!? 少佐!」

「だから! ・・・この、酔っ払い共め・・・」

「言っておくけど、八神。 アンタの休暇は前期で終わり。 明日から私と一緒に留守居役よ? 程々にね」

「うげ・・・」

大隊では真咲大尉と八神大尉が、12月21日から12月30日までの前期休暇組。 大隊長の周防少佐と、最上大尉に長瀬大尉が明日からの後期休暇組だった。
旅団将兵や基地要員達も、それぞれ前期・後期に分かれて休暇を取る。 前線ではこうはいかない、戦略予備隊の特権だ。 因みに12月31日と、翌1月1日は全員勤務。

「大隊長、復帰されて早々に留守をしまして、済みませんでした」

先任中隊長の真咲大尉が、騒ぐ後任大尉達を横目にそっと言う。 猪口に貴重品の清酒を注いでチビチビ飲んでいた周防少佐が、チラッと騒ぐ部下達を見て答える。

「なに、構わんよ。 どうせ年末年始は訓練も中休みだ、陸軍始(現・三軍始、1月12日。 軍の仕事始め)からは目一杯、汗をかかさせるさ」

昨年の12月20日に大隊長が交替して、その翌日から冬季休暇で大隊の半数が休みを取った。 そして明日から残りの半数が。 全員が揃うのは1月12日からだ。
大隊の今までの状況から見ても、一度リフレッシュさせた方が良い、そう判断していた。 休暇明けから即応部隊としての方針を定め、徹底的に訓練を開始する予定だ。

「だもんで、貴様も精々勘を取り戻しておけよ? 先任中隊長が後方ボケだと、目も当てられんからな」

「ご心配無く。 大隊長がお休みの間に、精々リハビリに励みますから」



昼食が終わると、後は1700時まで休業となる。 運の悪い警衛任務当番の者たち以外は、それぞれの場所でのんびりと過ごして良い事になっていた。
将校達は各々サロンで寛いだり、飲み助は更に酒保で燃料を調達したり。 新聞を読む者、読書する者、TVを見ている者、将棋や囲碁を始める者、思い思いに時間を過ごす。
やがて1700時、基地の1日が終わると営外居住者は自宅へ帰宅の途に付き、営内居住者で休暇の者は、早速荷造りを始める。 他の者も営内官舎で、のんびり過ごしていた。

―――2001年はこうして皆の想いを秘めながらも、穏やかに幕を開けた。









2001年1月9日 1500 帝都・東京 千住 周防家


通された部屋は和室だった。 何となく意外に思えた、この夫婦だったら洋間が似合いそうな気がすると、勝手に思っていた。 
部屋着姿の訪問相手が、赤ん坊を抱っこしながら障子を開けて入って来た。 一瞬、物凄く違和感を感じた事は、内緒にしておこうと思う。

「済みません、少佐。 急にお邪魔しまして・・・」

「いや、構わんよ。 元気にやっている様で良かった、経理隊は慣れたか? あ、こら祥愛、それは口に入れちゃ駄目だぞ?
済まん松任谷、ウチの子が服を・・・ あ、おーい、祥子ー! 直嗣がまた、後追いして泣きだしたぞー!」

「ごめんなさーい、今は手が離せないのー! あやしてあげてー!」

この人、家に帰ってもある意味戦争ね―――松任谷佳奈美中尉は、面前で繰り広げられる元上官の育児戦争の戦況が、甚だ不利に陥りつつある事を認め、援軍を決意した。

「―――祥愛ちゃん、お姉ちゃんと遊ぶ?」

お座りしている赤ん坊を抱き上げてやると、キャッキャと喜びながらじゃれついて来る、そんな仕草も可愛らしい。 元上官は、もう一人の赤ん坊をあやしている。
ふと想像してみた。 『あいつ』はこの人の身内、従弟だ。 もし、もしもそんな未来が有ったのならば・・・止めよう、私にそれを思い描く資格は無いのだから。

「ところで松任谷、君はご家族、今は何処に?」

むずがる長男を抱っこして、あやしながら聞いて来る元上官、時折子供の遊び相手になりながら。 こんな顔も持っていたんだ、そう思った。
記憶にあるのは、ちょっとシニカルな笑みと、怒鳴り声。 難しい表情で戦況を説明する顔に、どんな激戦でも『これしき』とばかり、ふてぶてしい笑みを浮かべる戦場での顔。
それがどうだ。 優しい夫の顔、頼もしい父親の顔―――ああ、ダメだ、ダメダメ! ちょっと似ているのよね、見た目が。 ここの従兄弟同士。

「あ、今は盛岡に。 母の実家がそっちでして。 父も、父方の親族も皆、死んでしまったので・・・一番下の弟と、祖父母と4人暮らしです」

「そうか・・・お父さんはお気の毒だった。 で、今日戻って来たのか?」

「はい。 下宿の小母さんへのお土産もありますし、それに美紀・・・渡会中尉が寂しいを連発するので・・・」

「はは、なんだ、渡会と共同で下宿を借りていたのか?」

松任谷中尉は99年8月の『明星作戦』で瀕死の重傷を負った。 両足切断、頭蓋骨骨折、折れた肋骨が数本、肺に刺さっていた。 
収容された時にその状況を確認した軍医は、『まず助かるまい』と判断したと言う。 5回に渡る大手術と疑似生体移植で、何とか退院出来た程だ。
4カ月に渡る入院と、2か月のリハビリの結果の衛士適合試験はやはり『不可』だった。 2000年4月、松任谷中尉は陸軍小平学校の経理教育部(8カ月教程)に入校した。
そして11月末に同教程を修了し、松戸基地の経理隊に主計将校として配属されてきた。 基地に於いて金銭の出納・給与計算に関することを司る『大蔵省』だ。
経理隊は規模が一番小さく、経理隊長の少佐と松任谷中尉以外は少尉が2人と、下士官が3名に兵が4名の、合計11名の小所帯だ。
そして基地経理隊に配属と同時に、旧知の同期生(軍学校と兵科は違う)の渡会美紀中尉と、2人同室で下宿を借りる事にした。 営外居住だ。

「はい、彼女もいい加減、営内居住を卒業しようと考えていたそうで。 タイミング的にはピッタリで」

赤ん坊が何か気になるのか、しきりに頬の辺りを小さな手で触っている―――あ、ピアスか。 私服外出の時には、時々つけるから。
可愛らしい手、もしかしたら私にもこんな未来が有ったのかな・・・? もし、あの時に、あの判断をしなければ、『あいつ』と・・・

「・・・で? 今日は何か言いに来たのだろう?」

いきなり、ズバリと言い当てられた。 少しドキリとする。 余り女性のそう言う機敏に敏いとは思っていなかった人なのにな。 奥さんとお子さんが出来たからかな・・・?
少し言い淀む。 本当は別にわざわざ良いに来る事も無かったんじゃないの? そうも思う。 でも話したかった―――いや、言いたかった。 どうして? 免罪符?

「はあ・・・あの、済みませんでした・・・」

「何が?」

「何がって・・・あの、知らせてないんですか、彼・・・? あの、直秋ですけれど・・・」

恐る恐る聞いてみる。 あ、そうか、普通は知らせないわよね、わざわざそんな事・・・だったら、何もお伺いしなくて良かったとか?

「直秋? アイツからは特に何も・・・ああ、そうだ、俺の昔の戦友が知らせてきた。 欧州国連軍に居る奴だが、そいつが言うには直秋の奴、『恋人に振られたそうだぜ?』だと」

「―――ッ!」

一瞬で頭の中が沸騰する。 恥ずかしさ、後悔、後ろめたさ、未練、そしてあの苦しさ。 色んな想いが一瞬で駆け廻り、かっと顔が熱くなった。
そんな松任谷中尉の様子を見ていた周防少佐が、子供をあやす手を止めて、苦笑ともつかない笑みを浮かべながら穏やかに言う。

「松任谷、別に君が謝る事は無いだろう? 良い年をした男女の事だ、当人同士がそれでケリを付けたのなら、何も言わないし詮索もしない。
それより他に、言いたい事が有るんじゃないのか? 直秋の事は考えなくて良い、向うには失恋男の1人や2人、どうとでもする海千山千の上官も居れば、俺の知り合いも居る。
俺にはそれよりも、君の方が危うく見える。 話して気が済むなら、話した方が良いぞ? 口外はしない、プライバシーだからな」

その時、周防少佐夫人の綾森少佐(現・周防祥子少佐)が部屋に戻って来て、静かに微笑みながら松任谷中尉の肩に手を置く。 愛娘を受け取り抱き上げ、あやしながら別室へ。
息子の方も連れて暫くして戻って来た、どうやら赤ん坊はお昼寝の時間の様だった。 夫の横に座り、静かに松任谷中尉を見つめる。 元上官だが、相変わらずの雰囲気の人だ。

「・・・怖くなったんです」

ポツリと呟いた松任谷中尉だが、それを聞いた周防少佐夫妻は何も言わない。 目で『それで?』と、問いかけている。

「軍病院に入院中に、ふと感じて・・・それで、怖くなったんです。 もし、彼がこんな事になったら、私は我慢できるかな? 耐えられるかな?って・・・」

怖くなった―――好きな人が戦傷を負う、或いは戦死するかもしれない、それが怖くなった。 自身の体験から想像してみて、どうしようもなく恐怖感を感じたと言う。
松任谷中尉自身、遼東半島と横浜と、2度も戦傷を負っている。 遼東半島の頃は訓練校出たての新米で、お互い同期生としてしか意識していなかった。
それがいつの間にか相手を意識するようになって、何となしに付き合い始めて。 お互いに好きだと気付いたのは何時頃だったろう?

「怖かったです、推進剤切れで東京湾に突っ込む時・・・無我夢中で機体を制御して、何とか海面に滑り込んで。 でも衝撃がもの凄くて、次の瞬間激痛に襲われて・・・
緊急射出装置が働かなかったら、そのまま海の底でした。 記憶も殆ど無くて、気がつけば野戦病院のベッドの上で・・・ゾッとしました、思い出して」

暫くの間、茫然自失の状態で、次に切断された自分の両足を認識するようになって、狂おしい程泣き出したくなった。
感情が高ぶれば負傷した肺に負担がかかって、激痛が走る。 軍病院のベッドで毛布を被って、声も無く泣いた。
その内に『彼』が見舞いに来た。 無理をしている、そう判る位に平静を装って。 部隊や戦局の事は敢えて何も言わず、退院したら何をしよう、等と明るく振舞って。
それは慰めにもなったが、ある日唐突に思い至った。 こうして重傷を負っているのは、もしかして自分では無くて『彼』かもしれない。 その可能性は常にある事を。

「じゅ、重傷なら・・・生きているなら、例えどうなっても私、支えるつもりでした・・・でも死んじゃうかも、そう思ったら、どうしようもなく怖くなって・・・」

そんな不安定な状態に追い打ちをかけたのが、昨年の初頭に決定された遣欧派遣旅団の事だった。 その編成内の戦術機甲大隊に、『彼』が選抜されたのだ。
退院してリハビリ中にその事を聞かされた時、目の前が真っ暗になった。 居なくなる、遠い所へ。 死んでしまうかもしれない、私の知らない場所で。

(『―――馬鹿! 直秋なんか、勝手にどっか行っちゃえ!』)

知らずに叫んでいた。 『彼』―――直秋は吃驚した後、バツが悪そうに、済まなさそうに『・・・ゴメン』と、ひと言言っただけだった。
それ以来会っていない。 リハビリが終わり、衛士適合試験に必死の2000年3月、遣欧旅団を満載した船団は出港し、太平洋を渡りパナマ運河を抜け、大西洋に旅立った。
そして適合試験の結果は案の定『不可』、別の兵科に進む道を考えねばならなくなった。 小平学校への受験を申請したのは、多分もう戦術機と直接関わりたく無かったからだろう。

「そんな時に、実家から見合い話が来たんです。 相手の方は軍人じゃ無くて、東北に移転した河西航空工業の技師の人で。 年は7つ上の人ですけど、穏やかで誠実そうで・・・」

母親も、娘が2度も戦場で負傷し、今回は生死の境を彷徨った程の重傷だったから、無理にでも退役を勧めたと言う。
それまで黙って聞いていた周防少佐が、少し頭を振って、松任谷中尉を静かに見ながら、話し始めた。

「確かに2度も戦傷を負えば、退役願も受理されるだろう。 特に君は大陸派遣からこの方、激戦場を渡り歩いた実績が有る。
そうしなかったのは退役しても予備役登録は当分あるから、予備役招集がかかれば今度は何処の部隊に配属されるか判らない、だからか?」

「はい・・・卑怯ですよね、そんな事・・・」

経理隊に所属する限り、まず前線に出る事は無い。 よしんば師団所属としても、師団経理隊だ、退却は早い。

「どうして、卑怯なの? どうして、そう思うの?」

「しょ、少佐・・・綾森少佐・・・」

優しく諭す様な笑みを浮かべて、かつての上官が問いかけて来る。 昔から綺麗で優しい人だったが、結婚して子供を産んで、包み込む優しさの様な雰囲気になった。

「直秋君も、直秋君ね。 こんな不安定な彼女を置いて・・・軍務は仕方が無いにせよ、他に相談も無しになんて」

「ああ、直秋め、そこは失敗だ。 『ゴメン』じゃないんだ、『ゴメン』じゃあ。 問答無用で抱きしめて、キスをして、『俺が戻るまで、女を磨いておけよ』くらい言わないと」

「こほん―――その手で、翠華にも手を出したのよね? 他の女性衛士にも?」

何やら雲行きがおかしい、どうやら周防少佐は自ら地雷を踏み抜いた様だ。 奥様―――綾森少佐の目が笑っていない。

「い、いや、翠華だけで・・・他は、そう! 他は『カウンセリング』だって! やましい事は何も無いぞ!? それより松任谷の話だろう!?」

慌てて戦線を離脱する元上官。 頬をぷくっと膨らませ、拗ねた表情のこれまた元上官。 結婚して母になっても、こんな可愛い女性って居るんだなと思う。

幸いにも小平学校の経理教育部は目の回る忙しさで、それまで縁の無かった簿記や経理・財務に頭を悩ます日々だった。 8カ月は長いようで短い、そしてやっぱり長かった。 
学校に慣れて来るとまた、あの不安や恐怖が蘇って来た。 学校でも各戦線の戦況を知らせる。 目が行くのは欧州戦線。 軍の官報で、戦死者名が巻末に載る。 
その紙面を恐る恐る、食い入る様に見ていた時は『同期生(階級はバラバラ)』から不思議がられたモノだ。 結局私の心の糸は、そこでぷっつりと切れてしまった。

2000年の夏、学校の短い夏季休暇の時に実家に戻り、お見合いをした。 相手はまあ、顔は普通の・・・オジさんだったけれど、朴訥な感じの、誠実そうな、優しそうな人だった。
しかも今や、戦術機開発・生産では海軍の受注を一手に引き受ける河西航空、愛知飛空の海軍系2大企業のひとつ、河西の機体設計技師。 少なくとも戦場で死ぬ人じゃない。
私はその人と、お付き合いを始めた。 直秋の時の様に、心躍るドキドキ感とは全く無縁だったけれど、ちょっと頼りなさげな所が有るけど、一緒に居て落ち着ける人だったのだ。
自分が敢えて主計将校に転科し(経理は主計将校になる)現役を続行した訳は、下の弟の大学受験の為だ。 上の弟はまだ陸士在学中で、母の女手一つ。 学費が必要なのだ。
それに身内に志願入隊者がいれば、その家からは徴兵される可能性が低くなる。 例え甲種合格でも、第3、第4選抜位まで後ろに回して貰えるからだ。

「・・・去年の秋、11月頃です。 私、直秋に手紙を出しました、『婚約しました、結婚します』って。 怒っても良い、詰ってもいいです、罵声を浴びせても構わない・・・」

両手で顔を覆い、涙声で松任谷中尉が言葉を吐き出していた。 綾森少佐がそっと立ち上がり、松任谷中尉の傍らに座って、そっと髪をなでて引き寄せる。

「お、怒って・・・欲しいっ、詰られても、うくっ、その方がっ・・・!」

「貴女がそう思う事は無いのよ、松任谷・・・ちょっとした、本当にちょっとしたボタンの掛け違えを、2人ともしちゃっただけなの。
ほら、こんなにも悩んで、苦しんで・・・泣いているのですもの。 貴女は悪くないのよ? 良い事? これはね、神様が貴女に『生きなさい』って仰ったのよ・・・」

「ふっく・・・ ん・・・しょ、少佐・・・?」

「こんなにも、直秋君の事を想って、案じて、考えて呉れていた貴女だもの。 悪くなんかないわ、私が言い切っちゃう。
だからね、松任谷。 これからは穏やかに、お相手の人と一緒に幸せに暮らすのよ。 それが生き残った貴女のすべき事なの」

「・・・直秋の奴も、君が無事に、平穏に暮らしていると聞けば、安心する。 男ってのは案外単純でね、振った、振られたより彼女が幸せだったら、それで良いか、ってな・・・」

周防少佐が、少し気恥ずかしそうに言う。 チラチラと妻の方を伺いながらと言うのが、ちょっと情けなかったが。
その頃には松任谷中尉の涙は、決壊した様に止まらなくなっていた。 何が悲しくて泣いているのか、自分でも判らない。 或いはホッとしたからか? 嬉しかったからか?
綾森少佐が宥めながら、元部下に微笑んでいる。 周防少佐は湯飲み茶碗から緑茶(合成茶だろう)を飲みながら、冬の午後の陽ざしを眺めていた。





松任谷中尉が帰った後、周防少佐は自宅の縁側で独り、硝子戸の向うの庭をぼーっと眺めていた。 猫の額ほどの小さな家の庭だが、これが気に入ってこの家を借り上げたのだ。
真冬の1月、小さな庭の草木は全て、葉花を落としている。 冬の日差しがガラス越しに差し込んでいた。 座布団を敷き、親爺臭くお茶など啜っている。
やがて夫人の綾森少佐が、頂き物のお茶菓子とお代りのお茶を持って来て、横に座る。 暫くお互い無言でお茶を飲み、お茶菓子を食べていた。

「―――黄精飴、って言うのか。 初めて食べた、盛岡の銘菓かな?」

「説明書には、そう書いてあるわ。 ・・・『滋養強壮などに効果がある』ですって。 あの娘、別に何も考えていなかったのでしょうけど、ねぇ・・・」

妻の微妙なニュアンスに、周防少佐も苦笑する。 流石に早々、3人目とは行かないし、そんな不利な家庭内戦況は作りたくない。

「・・・上手くいかんもんだなぁ・・・」

そう、ポツリと呟く夫を見て、綾森少佐も『そうね・・・』とだけ呟く。 先程、話に上がった周防直秋中尉は夫の従弟で、結婚後は彼女自身も弟の様に接して来た。
松任谷佳奈美中尉は夫の元部下。 後に一時、自分の部下だった時期も有った(直ぐに転属になったが) 上手く言ってくれれば、そう思っていた。

「・・・でも、彼女の気持ちも判らないでもないわ、私。 だって、物凄く不安よ。 私だって、あなたが向うに居る間、何度心が折れそうな気持になった事か・・・」

「初耳だな、それ・・・何? 浮気しようと思った?」

「・・・あなたが、そのセリフを言うの? 翠華と宜しくしていた癖に・・・」

キッと夫を睨みつけ、わざとらしく溜息をつきながら、聞こえる様に口にして言う綾森少佐。

「ああ、直嗣。 あなたはパパみたく、不実な大人に育たないでね・・・?」

その声を耳にしながら、ちょっとだけバツが悪そうに半ば妻に背を向け、更に小声でそっと呟く周防少佐。

「・・・祥愛、お前はママみたく、段々気が強くなるんじゃなくて、素直な可愛い娘に育ってくれな・・・?」

結局、当人たちの事は当人達でしか、決着を付ける事が出来ない。 周りはちょっと背中を押してやるか、ちょっと支えになってやるか。 基本、見守るしかないのだ。

「本当に・・・上手くいかないものね・・・」

「うん・・・」











2001年1月28日 1945 日本帝国 千葉県松戸 帝国陸軍松戸基地 第15旅団 第1戦術機甲大隊 大隊長執務室


大隊長執務室のドアをノックする音がした。 

「―――どうぞ」

周防少佐は目を通していた決裁書類から目を離さず、そのまま答えた。 ドアが開き、大隊副官(大隊要務士兼務)の来生しのぶ中尉が顔を出す。

「失礼します、大隊長。 2大隊長(第2戦術機甲大隊長)と機甲大隊長(旅団機甲大隊長)がお見えです」

「―――入って貰ってくれ」

「はい」

一端書類から目を離し、椅子の背もたれに大きく体を預ける。 片手で目の付け根を揉む、午後からずっと書類と格闘しているせいで、目も疲れていた。
何しろ大隊長にもなると、その仕事は多岐にわたる。 部隊運用だけでも大隊諸委員会の主催(予算、人事、情報、訓練、その他)、訓練の査察に各隊長(中隊長)との会議。
上級司令部での諸会議に、研究会や各委員会への出席。 軍管区司令部主催の各会議への出席もある。 更には協力団体との会議出席も、持ち回りで回って来る。
これは在郷軍人会との防衛体制協力会議、地方自治体との連絡会議、内務省系機関(警察・消防等)との協力調整会議など、それぞれに委員として割り当てられ、出席する。
当然ながら書類仕事の量は中隊長時代の比では無い、まさに『殺人的』だ。 大隊長1人で処理は出来る筈もなく、大隊幕僚や副官が分担するが、決済権は大隊長にしかない。
お陰で今日は昼からずっと、溜まった書類の決裁にかかりっきりになった、いい加減に頭が痛い。 システム化すれば良いのだが、そこは軍もお役所、判子と縁が切れない。

やがて来生中尉の後ろから、2人の同僚大隊長達が部屋に入って来た。 まるで勝手知ったる何とやらで、執務室のソファに勝手に座り込む。

「来生、済まんがコーヒー。 まだ残っていたよな?―――こいつらには、水でも出しておけ・・・」

「は、はあ・・・」

「おい、エライ差じゃないか。 来生、俺にもコーヒーを一杯」

「たんまり買い込んでいただろう? お裾分けしてくれよ。 来生中尉、3人分な」

上官と2人の少佐の間に挟まって、来生中尉も困惑の表情だ。 母方からロシア系の血を引くクォーターである来生中尉は、その血が結構強く出ている。
彫の深い端正な顔を困惑も露わにして、上官にお伺いを立てる様な表情は、元々の美貌も相まって、けしからん他部隊の2人の少佐に『眼福だな』と思わせた。

「・・・来生、コーヒーを4人分」

ようやく周防少佐が折れた。

「はい、判りました。 ・・・は? 4人分? あの、大隊長、3人分では・・・?」

「お前の分もだ―――美味いヤツを淹れてくれ。 こいつらには、出涸らしで良いから」

「―――はい!」

嬉しさを隠しきれなかった来生中尉が、執務室に隣接する大隊事務室の副官机、その後ろにある簡易給湯場に下がる。 その姿を見ながら、周防少佐もソファに座りこんだ。
周防少佐は昨年11月半ばまで米国勤務だった。 そして帰国の際に帝国国内では今や高嶺の花の貴重品である嗜好品を、幾つか買い込んでいた。 コーヒーもその一つだ。
勿論個人用だが、来客や部下との打ち合わせや会議の時などには、人数分の香ばしい香りが漂う事になる。 こうやってお相伴に与れるのも、副官の役得のひとつだ。

「煙草・・・あ、くそ、切らしてた。 1本くれ」

「ほいよ」

3人揃って煙草を取り出し、火を付ける。 家では家内禁煙を言い渡されている肩身の狭い旦那達であっても、軍と言うストレスの大きい職場では、禁煙などどこ吹く風だ。

「・・・ったく。 長門少佐、アンタには土産でたんまり渡しただろうが。 篠原少佐、俺以上に買い込んだだろう、アンタは」

プライベートや2人だけの時は、お互いに名前で呼び合う古くからの親友同士であっても、軍内の職場ではそれなりの呼びかけをする。
同期生で、親友で、家もお隣さんの長門少佐には帰国後、結構な量のコーヒー豆をお土産に渡している。 これは長門少佐の夫人もまた、同期生で親友だからだが。
そして篠原少佐は周防少佐と同様、昨年11月まで米国で勤務していた同僚だった。 こちらは周防少佐以上に、あれこれと買いこんでいた筈なのだ。

「しょっちゅう我が家に、飲みに来るのは誰だ? 周防少佐よ? 嫁さんが紅茶党だからって、ウチに集りに来るな。 頂き物でも、ウチのコーヒーだ」

「俺はアンタ程、量は買い込んじゃいないよ。 何せ、土産物の種類が多かったからな」

3人の少佐の不毛な会話を中断させたのは、トレイにコーヒーカップを乗せて運んできた来生中尉だった。 香ばしい香りが漂う。
カップをそれぞれの前に置くと、一礼して執務室を出る。 その後ろ姿を眺めながら、長門少佐と篠原少佐が周防少佐に向き直り言った。

「・・・ったく、綺麗ドコロばかり集めやがって、この助平が」

「まったくだ。 ウチなんか戦車乗りばかりで、周りは空気を読まない野郎ばかりだって言うのに。 なんなのだ、この差は? ええ、周防さんよ?」

大隊長と普段よく接触するのは、まず大隊副官。 そして大隊幕僚(第1~第4係主任)の大尉達。 そして3人の中隊長と、大隊指揮小隊の面子だ。
この内の大隊副官の来生しのぶ中尉は、日本人離れした美人だし、大隊指揮小隊長の遠野万里子中尉は、これまた日本人形の様な和風美人で旅団内でも有名だった。
2人とも大隊はおろか、旅団の独身男どもの人気を集めている。 そして大隊指揮小隊の小隊員、北里彩弓中尉と萱場爽子少尉も、なかなかの美人だ。
大隊幕僚の第2係主任(情報・保全)・向井奈緒子大尉は、知的な眼鏡美女である―――確かに『第1戦術機甲大隊長は、助平』と、同僚がやっかんでも仕方の無い面子ではある。

「・・・俺が集めたんじゃない、人事局が発令した人事だ。 編成や配置は、部隊のバランスを考慮したらこうなった。
篠原さん、戦車乗りになった時点で諦めろ。 長門少佐、おたくには椎名(椎名香津美中尉、大隊副官)や高遠(高遠小夜子少尉、指揮小隊)が居るだろうが」

椎名中尉、高遠少尉も、旅団では人気上位の女性将校だった。

「・・・結局あれか、『機甲と工兵は、女気無し』ってやつか・・・」

篠原少佐が落胆するように溜息をついた。 実際、女性の進出が目覚ましい帝国軍でも、陸軍の機甲科と戦闘工兵科には、女性将兵が存在しない。
戦闘艦艇への女性将兵乗組が進む海軍では、この様な部署は無い。 航空宇宙軍でさえ、軌道降下兵団にも女性衛士が居る位だ、篠原少佐の嘆きは日本海溝よりも深い。
そんな篠原少佐を眺め、少しの憐れみと多くの苦笑を浮かべながら、周防少佐も長門少佐も、カップを取りコーヒーを飲む。 代用では無い、天然物だけが持つ美味さ。

「正直言うと、あれだ。 来生は引っこ抜いた。 事故で衛士資格を失って、情報学校(陸軍小平学校・情報教育部)の短期に行ったと聞いたんでな」

「ああ、あれか。 そっちの先代がやらかした、無茶な夜間訓練事故か。 椎名が随分と心配していたぞ、荒れていると。 来生とは同期だからな」

昨年、周防少佐がまだ大尉で独立第101戦術機甲大隊長から、米国勤務に転じた直後の6月中頃、大隊は24時間以上の連続戦闘訓練を行った。
新任大隊長の方針だったのだが、部下達の疲労度を無視した傾向の強い訓練時間の長さと内容に、各中隊長や指揮小隊の遠野中尉も、再考を意見具申したと言う。
だが参謀勤務から部隊長勤務に、転じたばかりの大隊長はこれを却下。 訓練の継続を命じた。 結果、新米衛士の1人が登場する戦術機に、異常が生じた。
その衛士が疲労困憊だった上に、夜間の上昇跳躍後にNOEに入ろうとした際、よりによってバーティゴ(空間識失調)に陥ったのだ。
経験の浅さ故に墜落に対する恐怖心が、精神的動揺を更に増幅した。 演習地を大きく外れ、そのまま真っすぐ村落の有る方向へ暖降下で突進した。

隣接域で機動を行っていた指揮小隊の3機が急行し(大隊長はその時、機に搭乗していなかった)、かろうじて来生中尉機が異常機を確保するも、既に高度は無かった。
全力で逆噴射パドルを吹かして速度を殺したが、2機の戦術機が持つ質量とそれまでの速度が合わさったエネルギーを相殺する事は出来なかった。 2機は地表に滑り込んだ。
数百メートル程、絡まったまま地面を抉り、ようやく2機の戦術機は停止した。 しかし来生中尉と異常機の新米衛士は重傷を負い、即座に軍病院に搬送されたのだ。

―――結果は、2人とも衛士資格を失う事となった。

「おたくの先代さんは、よっぽどコネが有ったのかね。 訓告だけで、それ以外の処分は無かった。 直属上官だった中隊長の最上は、監察官に結構絞られていたよ。
その辺りからさ、最上と八神が大隊長としっくり行かなくなったのは、真咲が間に入って苦労していた。 正直言うと、大隊指揮も下手糞だったな」

当時、僚隊の指揮官だった長門少佐が、辛辣に評価をする。 それを聞きながら周防少佐は、天井を見上げながら溜息のように言った。

「・・・来生は兄を大陸で喪っている、93年の『九-六作戦』で戦死したそうだ。 17期のB卒だった人らしい、生きていれば今頃は少佐辺りか。
仲が良かったらしくてな、彼女が衛士訓練校に入校したのも、その戦死した兄の影響が大きいのじゃないかな。 それが、あの事故だ。
帰国直後に話を聞いて、小平に行った、まるで別人の様に生気が無かった。 心配になってな、人事に掛け合って引き抜いた。 本当は第1師団の予定だったらしい」

「花の頭号師団が、ヤクザな即応旅団へ変更か? 周防さん、酷い奴だな、アンタも」

「でもな、結構元気にやっている様に見えるぜ? あれか? 嫌な上官が居なくなって、古巣に戻れたってのが、大きいのかね?」

「専門家じゃないから、知らん。 だけど大隊の連中は、嬉しそうだった。 来生もやっと笑いが戻って来たな」

昨年末に小平学校を修了し、今年の陸軍始(1月12日)に赴任した来生中尉も、2週間たった現在ようやく昔の雰囲気に戻りかけていた。

「―――で? 俺の所の『綺麗ドコロ』を、わざわざ拝みに来た訳じゃないだろう? 特に篠原さん、アンタはわざわざ柏から」

第15旅団は司令部を千葉県松戸基地に置くが、指揮下部隊でここを駐屯地としているのは第1、第2戦術機甲大隊の他は、機動歩兵大隊と支援大隊、旅団通信中隊だけだ。
機甲大隊は千葉県柏に、機械化歩兵装甲大隊と戦闘工兵中隊は埼玉県越谷に、自走砲大隊と自走高射砲大隊は茨城県龍ヶ崎に駐屯している。
無論のこと、大隊長ともなれば部隊の運用・指揮だけではなく、旅団の様々な会議や検討会、軍管区司令部主催の研究会などに出席せねばならない。
だが今日はそんな予定は無かった筈だ、たまたま何かの所用で旅団本部にやって来たという事は、十分考えられるが。

「いや何、今日は朝から所用で帝都まで行っててな、その帰りに立ち寄ったのさ。 実は帝都でな、難民支援団体やらキリスト教団体やらの抗議デモが有った。
多分、無届デモだろう。 その内に野党支持団体なんかも加わってな、結構な数になった―――国家憲兵隊が出張って来て、鎮圧しちまった」

篠原少佐が目撃した情景を、苦々しい口調で知らせる。 長引く難民生活、窮乏する生活物資、BETAの恐怖。 国民のストレスは今や、爆発寸前だ。
政府はそれを傍目には、強圧的な手法で抑え込んでいる。 そして国内は引き続き全面戒厳令と国家総動員令を継続施行し、国外はアジア・欧州との関係を強めていた。
そこへ来ての、昨年10月末に締結された日米間のひとつの条約。 日米再安保の布石と言われる条約が締結されて以降、それまで燻っていた反米感情が大いに表面化した。
特に右派・左派のメディアが煽り立てている。 これに中道派のメディアが批判を加え、近頃は罵倒合戦じみて来ていた―――中道派メディアは『政府御用達』と言われて久しい。

「政府の強硬態度は、今に始まった訳じゃないが。 98年のBETA上陸以来、国家統制を強化しない事には、どうしようも無くなっているし」

「少なくとも、BETAを佐渡島から駆逐するまでは続くだろう。 政府としてはできるなら、半島奪回まで継続したい所だろうな。 当然、軍上層部もな」

周防少佐が溜息交じりに言う事に、長門少佐も同意する。 実際の所、野党勢力が叫ぶような手厚い難民政策は、事実上不可能になっている。
国内に未だハイヴを抱え、首都さえもその侵攻の危機に面しているのが今の日本だ。 第1に為すべき事は、佐渡島の奪回。 それ以外に優先すべき何事も無い。
政府はその基本方針に則り、アジア周辺諸国との関係向上に努め、膨大な資源の宝庫であるアフリカ大陸への影響力を得る為に、その背後の欧州諸国との関係向上に努めた。
その結果として得たあらゆるリソースを、国防力の向上に費やしてきた。 全ては国家の第1目的『日本帝国の存続』の為に。 米国との条約締結も、その手段のひとつだった。

「・・・この間な、知り合いの斯衛将校と会った時に聞いたんだがな。 斯衛軍内部では『政府は目的と手段を違えている』と言う意見が、支配的だそうだ」

「馬鹿を言うなよ。 あれだろう? 『政府は民の惨状を案ずる殿下の意向を無視して、あまつさえ蔑ろにしている君側の奸で有る』って、あれだろう?
それこそ逆じゃないか、国家の大戦略を達成する事が目的であって、それを達成する為の国家運営方法として内閣が実権を握るか、将軍の権力範囲を拡大するかだ。
奴らの言っている事は、全くの感情論だ。 斯衛は将軍家や五摂家警護が任務だからな、感情的に『主君』が蔑にされているって、そう感じているだけだろ?」

周防少佐の言葉に、長門少佐が馬鹿にしたような表情で答える。 この2人は国連派将校と目されるが、反面で時折、統制派を一部分だけだが肯定する言動も見せる。
そんな2人の同僚を眺めながら、黙々とコーヒーを味わっていた篠原少佐が、訳知り顔で話し始める。 ちょっとした旧悪も含めながら。

「まあ、斯衛軍はそもそも昔に五摂家が持っていた『藩庁』が、今になって復活した城内省の組織だからな。 赤だの山吹だのと言っても、結局は昔からの家臣団さ。
それにほら、昨今またまた台頭して来始めた『新国家改造論』、あれの根っこは将軍に寄る親政と、昔の『賢人政治』の抱き合わせさ。 昔の国体論学説の焼き直しだ。
その国体論学説の流れの学者先生が、一時期士官学校でよく講演をしていた時期が有ったな。 俺も在校中に、何度か聞いた事が有るよ。 その学者先生も武家の出なのさ。
でもなんだ、言っている事が時代錯誤って言うかな? そんな気がして対して熱心に聞いちゃいなかった。 最後の方はこっそり、居眠りしていたよ」

今更ながら、将軍家に国政の実権が戻るとは考えられない。 日本帝国は憲法を有し、象徴とは言え皇帝を国家元首に頂く、議会が選出した政府が国政を担う立憲君主国家だ。
19世紀中頃に発生した、『上からの革命』によって政治形態が変わったその初期は、近代国家としての揺籃期には『国事全権代行』と言う形は、確かに有効だったかもしれない。
しかし、以来1世紀半が経ち、近代国家として成長し続け、『国民意識』も形成されて民意も十分以上に育ち、政党政治が定着して既に1世紀近く経つ。

「この国に必要なのは、衆愚政治であっても政党議会民主制か。 それとも歴史上殆ど例を見ない、聡明な独裁者による独裁制か。 将軍政治は、ある種の独裁制だ。
笑えるな、事実はそのどちらでもない。 この国を動かしているのは中央省庁の上級官僚と、軍部主流派の連合、『統制派』だ。 それと、それに繋がる財界だよ、昔から」

趣味は歴史学、と言う長門少佐は、五摂家体制には結構辛辣な評価を下している。 昔は周防少佐の拙い摂家批判を笑って聞いていたが、昨今は彼の方が辛辣になっていた。
周防少佐は昔の自分と、親友の言葉と両方に苦笑しつつ、思う事を話す。 彼は現政権の支持者と言う訳では必ずしもないが、首相の方針の一部は支持していた。

「首相はこの国の産官軍複合体、その調整者の役割を演じつつ、行政府の船頭として船を進ませる為に、多少の無理をやらなきゃならん。 別に全面支持じゃ無いけどな。
このご時世だ、そりゃBETAの本土上陸以前の様には行かない。 国家統制が強くなるのも、ある意味致し方ない。 だがここで急に国の頭が代われば、大混乱どころじゃない」

頷く長門少佐と篠原少佐だが、ふと何か思い出す様な素振りを見せた後、篠原少佐がちょっと自信無さ気に話し始めた。

「そう言えば、プラトンだったか? 民主政は衆愚政治に陥る可能性があるって事で、哲人政治の妥当性を主張した、大昔のおっさんは。
英国の葉巻の宰相も言ってたよな、『民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが』ってな」

「お? 意外に博識だね、篠原さん?」

「長門さんよ、意外は余計だって。 陸士時代、色々と読み耽った事が有ってな。 お陰で正規科目の成績は急降下、区隊長(指導教官)から大目玉貰ったぜ」

結論の出る話では無い。 彼等は一介の職業軍人であり、その職務は皇帝と国民と国家の守護、その為の武力の行使が与えられた役目だ。
結局は、この手の政治的言動を部下達にさせない事、指揮官が率先してその手の話題に加わらず、任務に精勤する事。 部隊内での思想的集会は禁止する事。

―――それを確認して、その場は別れた。









2001年1月30日 1835 帝都東部・某所


「・・・捕まった連中の補充は?」

「既に包括した。 この国の人間は、驚くほど素直でやり易い」

「千年以上見てきた隣の民族としては、お人好し過ぎて不思議だ。 時に信じられんほど、強固な集団意識を発揮する」

「そこを上手く利用する。 RLF極東地区の新指導者『カオ(高)』の、お手並み拝見だ」

「前任の『老海(ライハイ)』は理想主義過ぎた、だからこの国の秘密警察―――国家憲兵隊に消される羽目になった。 私は彼じゃ無い、リアリストさ。
それよりもそっちこそ、抜かりは無いな? この国の上流社会は、プロテスタントは大嫌いだが、カトリックは大好きと言う変な連中だ。
上流社会工作は、ヴァチカン派遣の教区司祭の衣を被った『恭順派の神父レーオ』、君の役割だぞ。 片手落ちでは『依頼』は達成できない」

「心配は無用だ、雇用主との契約分は、しっかり成果を出すのが信条でな。 IGF(帝国国家憲兵隊=Imperial Gendarmerie Force)とは?」

「昔の伝手で接触した。 こちらの意図も伝えた、向うも了解している」

「流石は、元中共の国家安全部。 この国の国家憲兵隊とは、『お友達』だからなぁ」

「この国を動かしている連中も、密かに望んでいる事さ。 だけど直接手を下せない。 なら代行でその『状況』を作ってやろうって訳だ」

「なんだ? クライアントには連中も、一枚噛んでいるのか?」

「わざとらしいぞ、元KGBの裏切り者にして、ヴァチカンのインクィジター(異端審問官)、実は教区司祭の仮面を被った恭順派の神父。 君もプロなら、察するだろう?」

「そして、無言たれ。 お互い、組織に切り捨てられた野良犬だが、処世術だけは沁みついているな―――さて、行くか。 今夜はミサを開くのだよ」

「いいね。 こちらは難民キャンプに『善意の』無償配給だ。 この間、そちらから都合を付けて貰った『将軍下賜品』の菓子があっただろう?
あれを付けてな。 『慈悲深い将軍殿下』、その手助けさ。 その後で国粋派将校への『陳情』だと。 笑えるよ」

「俺には、その工作を知ってなお眺めている、あの『魔王』の方が怖いぜ」

「国家憲兵隊の右近充中将か? 統制派だと思うが、いまいち、はっきりしないな。 城内省の神楽官房長官と、密かに接触したとの噂も有る」

「ま、下手に手を突っ込まない事だ。 この国の権力闘争に巻き込まれて依頼失敗では、この世界の信用を失う」

「言う通りだ。 では、次は2週間後に。 場所は追って」

「了解した」





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