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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 伏流 帝国編 序章
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/28 02:50
2000年12月18日 0910 日本帝国・静岡県 御前崎演習場/日本陸軍技術研究所・御前崎射撃試験場


2機の戦術機が、もつれ合うように高速機動を行いながら飛び去って行く。 お互いに付かず離れず、危険な程の近接距離を保ちながら高難易度の『ダンス』を行っている。
管制塔で監視しているレーダー員達は、呆れと共にある種の畏怖さえ感じていた。 何しろレーダースコープには、輝点が『一つしか映っていない』のだから。
余りに接近し過ぎていて、そして高速で高機動を行っているのに距離が開かない。 遮蔽物をギリギリで抜け、跳躍し、反転し、斬りつけ、斬り返す。 その間距離が開かない。
その背後で見守る衛士達―――帝国国防省技術研究本部の第1技術開発廠、その審査部に属する、腕っこきの試験衛士達―――までもが、固唾を飲んで見守っていた。
水平噴射跳躍から一気に逆噴射制動、サイドステップで機体を回転させた慣性力を利した長刀での斬撃、受け止められる。 返す刀での強烈な突きを、咄嗟の垂直軸反転で交す。
そのまま短噴射跳躍、そして逆制動、同時に片肺をカット。 機体制御の慣性力を利して機体を捻り込み、瞬時に相手の背後を取るも駄目、相手も驚異的な垂直軸反転で迫りくる。

「―――目標A、及びB、エリアD3RからD4Sへ高速移動中・・・」

「―――機体損傷度、Aが22%、Bが21%・・・」

「―――交戦時間、13分20・・・25・・・30秒」

5分ほど前までは、2機とも凄まじい機動砲戦を行っていた。 演習場に設置された、或いは残された残骸や廃墟を盾に、お互いが高速で出入りしては撃ち合い、高速移動する。
まるでお互いに相手がどう動くか、どう攻撃して、どう防御するか。 その動きを読んで2手、3手先を攻め合う。 演習場の3次元空間を縦横無尽に動き回っていた。

「―――推進剤消費率、Aがマイナス12.28%、Bはマイナス12.54%・・・」

「―――ジェネレーター残燃料量、A、プラス10.88%。 B、プラス11.05%」

高速・高機動は推進剤を早期に消耗する。 そしてジェネレーターからより大電力量を供給する為、補助動力措置を動かす為の燃料消費も激しい。
モニターの数値は、推進剤消費率が平均より12%強低い事と、補助動力装置の残燃料が平均より11%前後多い事を示している―――あれだけの機動を、これだけ長く続けながら!

「―――試験官、タイムリミット、あと1分」

タイムキーパーから告げられた試験官の大尉が無言で頷き、マイクを手に取った。

「―――管制より1号機、2号機、タイムリミット1分」

『―――1号機、了解』

『―――2号機、ラジャ』

2機の衛士から帰ってくる声が、全く乱れていない。 あれほどの機動だ、様々なGや逆G、それに不規則な横G―――兎に角、肉体をこれでもかと責め続ける筈なのに。
一瞬、2機の動きが止まった。 と同時に互いが強烈な踏み込みで相手に迫る。 1機はそのまま、1本の刀身の如く上段から猛速の斬り下ろしを。
もう1機は更に噴式補助主機を短噴射して、後脚のタメを一気に解放しての強烈な突きを入れる-――ほんの一瞬、突きの方が早かった。 
頭上から迫る高速の刃の刃圏を潜り抜けた機体は、1本の刀槍の如く相手の機体、その中枢である管制部を貫いていた。

「―――1番機、管制ユニット大破。 撃破判定」

「―――2番機、左腕上部破損、中破判定」

どうやら2機の勝負がようやくついたようだった、試験官の大尉がその結果を確認し、ホッと息をついた後、もう一度マイクを取って宣言する。

「―――試験項目、ケースD9-11、市街地での遭遇戦・近接戦闘、終了です。 1号機、2号機、ご苦労さまでした、源少佐、周防少佐。
次の試験項目、ケースF3-4、試製99型電磁投射砲の射撃試験は、45分後に行います。 両機とも一端、帰還して下さい」

『―――了解。 2勝3敗か、最後は1本取られたね』

『―――RTB、了解。 たまには後任に、花を持たせて下さいよ』

2機の戦術機は、そのままNOEで一端基地へ帰還。 推進剤と動力燃料の補給を済ませ、短時間のブリーフィングを済ませると、今度はより沿岸に近い射爆上へと向かって行った。





『―――意外に反動が強いから、そのつもりで。 発射速度は最大の800発/毎分に設定してあるから、気を付けてくれよ、周防君』

『―――了解です。 にしても、ちょっと安定が悪そうですね・・・』

『―――後で、君の評価を聞かせてくれ。 よし、試験項目、ケースF3-4。 試製99型電磁投射砲の射撃試験を開始する』

『―――了解』

FCS、正常起動。 モード、遠距離支援砲撃。 ターゲット、ロック。 トリガーセイフティ、解除。 砲身に火が入る、磁界を形成する甲高い充填音。
網膜スクリーンの照星がターゲットに重なる、ゆっくり息を吐き、トリガーを押し込んだ―――途端に轟音と、機体を揺さぶる激しい震動。

『―――むっ、くっ・・・!』

砲口付近に円形のプラズマが発生し、120mm砲弾もその一部をプラズマ化させ、輝弾さながらに超高速で2000m先のターゲットへ瞬時に到達し、貫き、破壊して行く。
その間にも機体の電磁伸縮炭素帯、その連結張力を巧みに利用しながら、強烈な発射の反動を吸収し、機体制御を小刻みに行いつつ、弾道を安定させながら射軸を横へ掃う。
激しい震動に見舞われる管制ユニット内で、ターゲットへの集弾率と投射砲のステータスを確認しつつ、次のターゲットを視野の片隅に収める。
砲身内温度―――限界値の68%、許容範囲。 供給電力量―――正常値。 弾体想定気化率―――2.8%、許容範囲。
超高速の輝く光線の如く見える電磁投射砲の射撃は、約20秒で終わった。 背部兵装担架に搭載した大型弾倉の120mm砲弾を撃ち尽くすのに、たったそれだけの時間だったのだ。





『少佐、納得がいきません! 試製99型電磁投射砲の実射試験は、我が隊で行う筈です! 既に懸案事項も潰し、後は試験を待つだけの段階での、あの急な変更は・・・!』

『中尉、落ち着きたまえ。 なにも『ホワイトファング』の能力を疑うとかでは無いし、試験工程を変更する訳じゃない。 ただ今回は、機甲本部から直々の調査だ。
それに搭乗して実射試験を行った少佐は、私もその技量を認めている。 彼なら別角度での見解も有るかと判断したのだ。 君の隊には、第2次試験以降を任せる予定だ』

部屋の外で、源少佐が恐らく部下で有ろう誰かと、話している。 と言うより苦情を申し立てられていた。 今回の電磁投射砲の実射試験を行う予定だった部隊の指揮官だろう。
若い女性の声だ、生真面目で任務に精勤する若手士官、そんなイメージを想起させる、まだまだ固い声。 練れて成熟するのは、あと数年は必要か?
ようやく部下を納得?させた源少佐が、再び部屋に入って来た。 1100時過ぎ、帝国陸軍御前崎演習場の管理棟の一室。
第1技術開発廠審査部が使用している執務室のひとつで、2人の少佐が試験結果について話し合っていた最中のことだった。

「なんか、俺が横槍を入れた様で・・・若い連中のやる気を、変に損ねなければ良いのですが・・・」

「気にしない、気にしない。 彼女の隊はここの所、働き詰めだったからね。 丁度いい休みだよ。 それに第2次試験は、やらせるしね」

源少佐が飄々とした表情で答える。 こう言う所は彼の長所だ、いつの間にか周りは納得させられてしまう。

「なら、いいですが・・・あのオモチャ、例の横浜絡みのですね?」

「うん、造ったは良いけどね、運用試験では頭を抱えているのが本当の所だよ。 どうだい、あれは?」

その問いに、周防少佐は暫く考えながら、言葉を選んで答え始めた。

「電磁投射砲・・・レールガンは基本的に、電流量を調整する事で低速弾/高速弾の切り替えが可能です。 今回の実射試験、あの反動は正直大きい。
砲身長があれ以上長くならないのであれば、電流量を調整し直して初速と発射速度を押さえるか、或いは欧州で使用しているMk-57(中隊支援砲)の様に2脚架をつけるか。
いずれにせよ、弾道の安定性ですね。 それとこれも初速・発射速度に関係しますが、砲身内温度の上がり具合が、有る程度撃った後で急激に上がります。
今の冷却方式では、ごく短期間の射撃でオーバーヒートですね。 耐熱素材の開発問題も有りますし。 どうです、いっそ小口径化は? どうせコアはブラックボックスでしょう?」

「小口径化?」

周防少佐の意外な提案に、源少佐が身を乗り出す。 試製99式電磁投射砲の口径は120mm、開発当初のコンセプトが『師団・旅団規模BETAを斉射で掃討する』だった。
このコンセプトから弾き出した120mmと言う口径だが、それをより小口径にしてみては、とは、一体どう言う事だろうか?

「なに、簡単な足し算、引き算ですよ。 投射体(砲弾)の射出エネルギーも、結局はローレンツ力の大小でしょう? 
質量に比例して、ローレンツ力も大きくなります。 120mm砲弾をあれだけの超高速で撃ち出すには、とんでもないエネルギーが必要になります。 
その分、プラズマ化による加熱被害も大きい。 どうせこれ以上の長砲身化は、バランスが崩れてしまうでしょうし、そっちの方向は無理でしょうから。
口径をMk-57と同程度の57mm位にして、初速は貫通力やガスの溶融力に関わりますから、余り弄らないとして・・・発射速度はもう少し抑えても、良いと思います」

投射体(砲弾)の質量を抑える事で、より小さな供給電流量―――ローレンツ力で、相応の威力を維持出来るのではないか。 発射速度低下も、連続した加熱を抑えられる。
そして今よりローレンツ力が小さければ、プラズマ化による砲身への加熱被害もまた、より抑えられるのではないか、周防少佐はこう言っていた。

「どうでしょう? 機甲本部への報告に付け加えようと考えますが、審査部の見解は?」

「うん・・・良いかもしれないね。 Mk-57でも、要撃級までなら十分以上の威力を持っていると聞くしね。 同口径で、電磁投射砲か・・・よし、同意するよ」

まずは、電磁投射砲の試験・審査見解に同意が為された。 最終的に上層部がどう判断するかだが、その判断はこの2人の少佐の報告が元となる筈だ。
次の議題に入る。 こちらは電磁投射砲以上に切実で、帝国軍、特に陸軍にとって緊急かつ重要な内容だった。 現主力戦術機の性能向上試験に付いて。

「・・・以前より、更にピーキーになりましたね、あの機体は。 ベテランは兎も角、ルーキーはおろか中堅どころの連中でさえ、あれは御しきれませんよ」

「だろうね。 色々と手を変え、品を変えでやっているのだけどね。 ジェネレーターの小型化の目処はまだ付かないし、跳躍ユニットもね・・・」

「1号機、あれの跳躍ユニット主機はFJ111-IHI-132CⅡですか? 確か海軍の戦術機採用競争で敗れた、石河嶋と九州航空が開発した・・・」

「うん。 ほら、あれ、『疾風弐型』初期型に搭載していた、FJ111-IHI-132Bの発展改良型だよ。 お蔵入りしていたのを、石河嶋に話を付けて数基譲って貰った。
2号機にはAK-F3-IHI-95Eを載せている、海軍の『流星』や陸軍の『疾風弐型』後期型に搭載している、あのパワーユニットだよ」

源少佐の話に、周防少佐が首を傾げている。 海軍機の『流星』には搭乗経験は無いが、陸軍機の『不知火壱型丙』、『疾風弐型(後期型)』は共に搭乗経験が有った。

「・・・AK-F3-IHI-95Eは、小型・大出力の上に、燃費も良いと評判のパワーユニットですし、FJ111-IHI-132CⅡもパワーは折り紙つき、燃費も言われるほど悪くない。
むしろ今のFE108-FHI-225よりパワーは上ですし、燃費性能も良い筈だ。 なのにどうして、継戦時間が全く向上していないのですかね?」

「機体の駆動特性と、それに専用OSと燃料・出力制御系のプログラムが、滅茶苦茶にアンマッチなんだよ、主機と。 どう弄っても改悪になってしまう。
むしろ壱型の跳躍ユニット主機をFJ111-IHI-132CⅡや、AK-F3-IHI-95Eに換装した方が継戦時間は僅かに向上するし、出力も大幅に上がる。 フレーム剛性は足りないけどね」

帝国軍国防省技術研究本部・第1技術開発廠の審査部で、戦術機試験隊、4個中隊を統括する試験部隊司令・兼・審査主任の源雅人少佐が、苦笑気味に答える。
源少佐の試験部隊では、様々な試験機の実地評価テストを行っている。 主に陸軍機と斯衛軍から依頼された機体を、様々な条件下で実際に操縦し、ネガを見つけ潰してゆく。
それ故に、源少佐以下、試験衛士達は帝国陸軍全軍から『一本釣り』されてきた、実戦経験豊かな、歴戦の強者が殆どを占めていた。 中には斯衛軍からの出向組も居る。
その源少佐の、目下の愁眉は、『不知火壱型丙』、この機体の性能向上試験が全く思わしい結果を残せないでいる事だ。
衛士の腕とは思いたくない。 源少佐自身、戦術機操縦時間は2000時間を優に超すし、部下の多くが1000時間を越している。 これだけベテランを揃えた部隊はそうは無い。

「アメリカのボーニング社が開発に成功したと言う、ロータリーエンジン搭載型のAPU(補助動力装置)、それにこっちも噂の永久磁石同期発電機・・・
その組み合わせのジェネレーターが有ればね。 小型で軽量、それでいて発電効率と燃費で優れ、体積当りの発電力が高く保守も容易・・・手に入らないかなぁ・・・」

「無いものねだりですよ。 よしんば、単体で入手できたとしても、それをシステムとして組み合わせる部分は、当然ブラックボックスでしょうし」

そんな源少佐を見据えた周防少佐―――国防省機甲本部附の周防直衛少佐が、改めて問う様に聞いた。

「―――壱型丙の現状での改善、性能向上は不可能。 そう判断して良い訳ですね? いっその事、1造兵(第1開発局第1造兵部)の案に乗りますか?
巌谷中佐でしたか、部付きの。 あの人が言っている国際共同開発案、案外いけると思いますがね。 参謀本部のうるさ型は、広江中佐に任せて」

「少なくとも、現状では打つ手無しだよ。 メーカーも次期主力戦術機開発に向けて、両手両足を引っ張られているしね。
それかいっその事、海軍に頭を下げるかい?―――『96式を使わせて下さい』ってね。 あれの三三型(主機3回、アビオニクス・機体3回の小改造)は、欧州の新型に迫るよ」

海軍の現用主力戦術機、96式『流星』は正式配備後4年を過ぎた現在、小改修を重ねて性能の向上を果たしている。 元々が将来の発展余裕を、充分に見込んだ機体設計故だ。

「兵備局(国防省兵備局)や統幕の軍備課(統帥幕僚本部第3部軍備課)が、承知する訳ないでしょう?―――第2技術開発廠(海軍機開発)は、随分とやる気ですね」

「輸送代をメーカーと折半で、欧州各国海軍に売り込んでいるよ。 EF-2000は、あれは結局、陸軍機だしね。 
同じ戦術機でも、陸軍機と海軍機では思想が違うよ。 母艦での使い勝手も悪そうだね、数年前の報告にも有ったけど」

「ドーヴァーの西ドイツ軍は、EF-2000を母艦艦載でも使っている様ですが・・・西ドイツ海軍からは、不満の声も聞こえるとか。 英海軍は、馬鹿にしていますね」

「陸軍だよ? ドーヴァーの部隊は。 西ドイツ海軍にしても、来るべき『大反攻作戦』に向けて、艦載制圧能力の充実をしたい、そんな所じゃないかな?」

ちょっと、話がそれましたね―――周防少佐がそう言って、最終の確認をする。 現在、機甲本部附きの無任所将校である周防少佐は今回、第2部の『手伝い』で来ていた。
国防省機甲本部は、戦術機甲部隊・機甲部隊・機械化歩兵装甲部隊の専門教育、関係学校の管理の他、諸兵科連合部隊の運用調査、個別性能調査、外国製兵器の調査も行う。

「では、第2部(機甲本部第2部)への報告は、それで宜しいですね?」

「うん。 偽っても仕方が無いよ。 しかし、どこかで打開しなければなぁ・・・こう、技術のブレイクスルー、そう言った方向でね」

話はそう纏まった時、ドアをノックする音がした。 源少佐の副官が顔を見せ、『市ヶ谷からお客さんです』と伝えた。
その時、源少佐が一瞬見せた渋い顔を、周防少佐は見逃さなかった。 旧知の先任を可笑しうに、からかう様にして言う。

「源さんも、人の事は言えないな。 結構、尻に敷かれているんじゃないですか?」

「仕事上、どうしても向うが強気に出る事は有るよ、それは認める。 でもね、ウチは君の所ほど、尻に敷かれていないつもりだけどね。
麻衣子が―――妻が言っていたよ。 『まさか、祥子があれほど旦那を尻に敷くだなんて、思ってもみなかった』ってね」

「ま、それも夫婦円満の秘訣って事で―――お出でなすった様ですよ」

2人の将校(佐官)が部屋に入って来た、共に女性将校だった。 1人は30代半ば位か、理知的な印象の美人だ。 中佐の階級章を付けている。
もう一人は先の中佐より、柔らかい印象を受ける。 育ちの良いお嬢様が、そのまま大人になりました―――そんな感じの美人だが、少佐の階級章に違わぬ圧力も持っていた。

「遅くなりましたね、失礼したわ、源少佐。 それに、またやらかしたわね、周防少佐? どうして試験隊の真似事を?」

「中佐、彼に何度言っても同じですわよ? 昔から変わらないのですから・・・いい加減にしないと、祥子に言いつけるわよ? 周防君?」

2人の上級・先任将校に責め立てられ? 周防少佐は首を竦めつつ、反論を試みた―――どうせ失敗するのだが。

「―――機甲本部としましては、生の調査報告を持ちかえる事が重要と判断しました、河惣中佐。 仕事ですよ、仕事。 妻も判ってくれますって、三瀬少佐」

周防少佐の言い訳に、2人の将校―――国防省兵器行政本部、第1開発局(陸軍兵器局)第2造兵部第3課長代理の河惣巽中佐と、分析班長の三瀬麻衣子少佐が呆れ顔で首を振る。
4人は共に旧知だ。 河惣中佐と3人の少佐達は、92年からの付き合いだし、3人の少佐達は新任の頃から、同じ中隊・大隊で戦った。 何より源少佐と三瀬少佐は夫婦だ。

今回の『不知火壱型丙』、その改良試験機2機『不知火壱型丙Ⅱ』、『不知火壱型丙Ⅲ』の総合試験と、『試製99式電磁投射砲』の発射試験。
周防少佐は機甲本部より性能調査と実用性調査に赴き、河惣中佐と三瀬少佐は兵器行政本部より、兵器開発行政の方向性決定の為、赴いていた。
この両者の結論を元に、統帥幕僚本部の第2部(国防計画部)、第3部(編制動員部)、国防省兵備局が最終決定を下す。 ただし、雲行きは怪しかった。

「この間、厚生棟で食事をしていたら、広江に嫌味を言われたわ。 『行本(兵器行政本部)は、戦局の進展を理解しているのだろうか?』なんて、わざとらしいったら!
あれよ、あれは絶対、庁舎A棟(国防省・統帥幕僚本部が入居)の空気が嫌で、わざと八つ当りに来たのよ。 益々、根性がねじ曲がって来たわ、あの女!」

河惣中佐の同期生で、親友でも有る広江直美中佐は現在、統帥幕僚本部第1局第2部(国防計画部)国防計画課の課長代理をしている。
国防計画課は統幕において、第1部(作戦部)、第2部戦争指導課と並び、日本帝国の行く末を決定する(戒厳令下と言う意味で)、文字通り最終意思決定機関のひとつだ。
そこの課長補佐ともなれば、例え中佐で有っても、並みの将官以上の権限を有すると言っても良い。 将来の女性将軍候補第1号と目される人物には、まず妥当なポストだ。

「ええ・・・私も、チクチクとやられましたわ。 広江中佐、最近は兵備局の辻本中佐や参謀本部の大伴中佐と、色々と遣り合っていますしねぇ・・・」

「だからと言って、そのストレスをこっちに向けて発散しないで欲しいわ! ・・・コホン。 で、源少佐、周防少佐、結論は?」

源少佐と周防少佐は、そんな2人の女性将校のボヤキを、苦笑しつつ聞いていた。 広江直美中佐は、若かりし?頃の2人にとっても、鬼の様な中隊長だったのだ。
河惣中佐の問いかけに、まず源少佐が試験データを基に説明する。 単体性能試験、継戦能力評価書、不具合報告書に改善要求書、etc・・・

「駄目ですね、汎用兵器としては使い物になりません。 極一部の、腕の良いベテランだけしか御し切れない機体など、コスト面で割に合わないでしょう。
それに、今以上の性能向上・・・いえ、改悪阻止は無理です。 余程の高性能・高耐久性のある、新型の小型化パーツが開発されない限りは」

それが出来ないから、こうして色々と足掻いて性能向上を目指すべく、様々な改修機体をテストしているのだ。 それが駄目となると・・・

「―――機甲本部から申しますと、諸兵科連合部隊での運用も、限られた局面での運用となります。 稼働時間の短さは、支援部隊との協同行動に支障を来します。
壱型丙の稼働時間は、壱型と比較して約68%です。 腕で燃費を稼ぐ事の出来るベテランが搭乗してさえ、約85%まで引き上げるのが精々です。 当然・・・」

「―――当然、そんな腕っこきのベテランは、極々少数。 それにあのピーキーな操縦特性も、混乱が更に磨きがかかった様ね。
歴戦部隊のベテランや、富士(富士教導隊)の連中でも、一部しか操れないのではないかしら? どう? 源少佐、周防少佐?」

三瀬少佐が、周防少佐の言葉を引き継いで聞く。 三瀬少佐自身、92年初頭から大陸で戦い続け、続く本土防衛戦、そして明星作戦でハイヴ突入まで果たした歴戦の衛士だ。
その戦術機操縦の腕は、審査部試験隊を纏める源少佐や、戦歴の多彩さでは今や、帝国陸軍で5指に入るとも言われる周防少佐と比べても、遜色ない。
機体の機動特性チャート、主機や跳躍ユニットの出力推移図表、耐Gシステムのログに、バイタルチャート。 様々なデータから、癖の強過ぎる機体だと即断した様だ。
そして部下の分析班長―――三瀬少佐の言葉を聞いた河惣中佐が、結論を源少佐と周防少佐に確認する様に、言った。

「―――壱型丙の現状での改善、性能向上は不可能。 そう判断して良いわね? いっその事、1部(第1造兵部)のスカーフェイス親爺に乗っかろうかしら?
参本や統幕の煩いのは、広江に押し付けて・・・ 国際共同開発、この線も良いかもしれないわね・・・」

周防少佐の言葉と、全く同じ結論を出した。





打ち合わせが終わり、昼食を済ませた1330時。 河惣中佐、三瀬少佐、周防少佐の3人は、市ヶ谷に戻る為の定期便を待っていた。 
源少佐は見送りだ、あと3日はここで試験が残っている。 場所は基地に付属した軍用飛行場、その脇のターミナルだ。 
ただしあくまで軍用、殺風景なこと甚だしい。 皆が佐官だけあって、到着待ちの時間には、当番兵が代用コーヒーを持ってきてくれるが。

「う・・・マズ・・・」

周防少佐が一口飲んだ後で、顔を顰める。 そんな周防少佐を見た3人が、白い目で異口同音に責める様な口調で言った、『アメリカで、贅沢し過ぎだ』と。
返す言葉も無く、周防少佐が首を竦める。 先月まで約半年近く赴任していたアメリカのN.Y.では、帝国では高級品の天然食材が普通に買えたのだから。
そんな事を話のネタにしながら、定期便の到着まで暫く時間を潰していた。 ここから東京の羽田基地まで約30分、1500時前には市ヶ谷に着ける。

「そう言えば周防君、いつまで機甲本部附なの?」

三瀬少佐がそう話を振って来た。 周防少佐の今の配置は、あくまで暫定だった。 次の任地が決定するまで、取りあえず機甲本部附とされただけで、正式な部員では無い。

「一応、来月早々に次の配置への内示は、貰っていますよ」

「内示? どこだい? 実施部隊? それとも機関(後方組織)かい?」

源少佐が、代用コーヒーを啜りながら聞いて来る。 昔と変わらぬ、まったく穏やかな物腰の人だ、そう思いながら周防少佐は答えた。

「古巣ですよ、独戦の101、そこの指揮官です」

第101独立戦術機甲大隊。 周防少佐が昨年の10月から今年の6月初旬まで、指揮していた戦術機甲大隊だった。

「ああ、あそこ・・・色々と聞くわ、ちょっと空気が悪い様ね、今は」

「だからだろう、大隊長交替は。 今の大隊長の深江少佐は陸士の恩賜組だが、部隊指揮や戦力向上よりも、陸大受験の方が気になるらしいな」

4人とも、思わず嘆息する。 101独戦大隊は、東部軍管区の戦略予備として期待された部隊だが、今の士気はかなり落ち込んでいるらしい。
周防少佐にしても、半年以上に渡って鍛えてきた元部下達だ。 シベリア派兵の折も最小限の損害で生還出来たのは、練度と士気、部隊の意思疎通のお陰、そう思っている。

―――それが、今や・・・

「先任中隊長の真咲(真咲櫻大尉)が、苦労していると聞いたわ。 最上(最上英二大尉)も八神(八神涼平大尉)も、『大隊長には、ついていけない』と公言しているらしいし・・・」

三瀬少佐の言葉に、周防少佐も表情を曇らせる。 かつて、自分の右腕だった最上大尉。 新任の頃に鍛え上げた八神大尉。 
2人とも、公然とそんな事を言う様な、心得違いの男達では無かった筈だ。 戦場での口の悪さは折り紙つきでも、やるべき事は必ず果たす、自分はそう評価していた。

「・・・まあ、何とか立て直すしか無いですね。 将来のエリート組に恨まれるでしょうが」

「逆恨みは、気にしない事ね。 こんな状態での大隊長交替なんて、深江少佐自身の評価書は目を覆いたくなる事でしょうし、本人にとっては」

「ベストの染みとしては、ちょっと大き過ぎたね。 いっその事、部下に一任して任せ切ってしまえば、話は別だったかもしれないけれどね」

起きてしまった事は仕方が無い。 それをどう回復するか、それが次の指揮官の責任だ。 それについては、周防少佐は余り心配していなかった。
何はともあれ、勝手知ったる連中だ。 どこをどう押せば、どこをどう引けば、連中のやる気が起きるかは、判っているつもりだ。

「ま、立て直す自信は有りますよ。 それに今度は第15旅団が編制されて、その指揮下ですし。 連中も腐っている暇は無いでしょうしね」

「ああ、壊滅した第15師団の再建計画。 確か金も物も人も足りないって言うので、取りあえず旅団をでっち上げたって、あれね?」

「・・・河惣中佐、そんな身も蓋も無い言い方・・・藤田准将が怒りますよ?」

周防少佐が苦笑する。 第101独立戦術機甲大隊は、新編される第15旅団の隷下となる事が決定していた。 旅団長は藤田伊与蔵准将(2000年10月1日進級)
長く戦術機甲部隊の指揮や、部隊参謀を務めてきた有能な指揮官だ。 副旅団長は明星作戦での負傷の癒えた名倉幸助大佐、先任参謀は元長孝信中佐。
旅団戦力は戦術機甲2個大隊(指揮官・周防直衛少佐、長門圭介少佐)、他に機甲大隊(指揮官・篠原恭輔少佐)、機械化歩兵装甲大隊(指揮官・皆本忠晴少佐)を有する。
これが直接打撃戦力を率いる布陣だった。 他に自走砲大隊(指揮官・大野大輔中佐)、自走高射大隊(指揮官・谷元広明少佐)、機動歩兵大隊(指揮官・奥瀬 航中佐)
後方支援大隊(指揮官・金城摩耶少佐)に戦闘工兵中隊(指揮官・飛田大悟大尉)と、本部通信中隊(指揮官・信賀朋恵大尉) 以上が第15旅団の全布陣だ。

同じ『旅団』でも師団内の編成下に有り、戦闘時に幾つかの諸兵科連合戦力として行動する『旅団戦闘団』では無く、言わば『小型師団』とも言うべき『独立混成旅団』となる。
部隊番号を引き継ぐ形だが、『前身』の第15師団は1998年のBETA本土上陸の折、山陰地方の奇襲上陸防衛で、1個師団で奮戦して時間を稼ぎ『全員戦死』した部隊だった。
今回はその『名誉番号』を受け継ぐ形で、本土防衛軍総司令部直下の緊急即応展開部隊―――火消し部隊として、歴戦の指揮官達が集められ、再編される事となった。

―――因みに旅団長の藤田伊予蔵准将は、広江直美中佐の夫君で有る。

「いいわよ、別に。 今更、藤田さんに凄まれてもねぇ? 加奈ちゃん(藤田夫妻の1人娘)は私の掌中よ、『パパ、酷いんだよ?』って、ひと言言えば・・・」

「「「・・・策士・・・」」」

思わず3人の少佐は、河惣中佐の腹黒さに唸ってしまっていた。

やがて定期便がその姿を彼方の空から見せた。 YS-11、第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機で、国防省はこれを計60機発注した。
当時の通産省から、国際販売競争力に箔を付ける為、是非とも採用して欲しい、そう懇願された機体だ。 自国軍が採用しない機体など、国際的信頼を得る事は出来ないからだ。
古い機体だが、高い安全性と耐久性、そして信頼性によって、初飛行から38年経った今尚、現役で使われているベストセラー機だ。 海外での採用も多かった。
国防軍はこの機体を人員輸送機に12機、貨客混載機に18機、輸送機に22機、電子情報収集機として8機を運用していた。 その姿を見た三瀬少佐が、ホッとした声を出す。

「―――あ、良かった。 YS-11P(人員輸送用機)だわ。 11PC(貨客混載機)だと、何を運んでいるか判らないし、匂いがね・・・」

全般的に、YS-11PCは上級将校には不評だった。

「まったく、贅沢になったものですよ、俺達も。 覚えていますか、三瀬さん? 昔、北満州で移動の時、C-1(輸送機)に詰め込まれて・・・」

「・・・思い出したくないわ。 カーゴ内に山積みされた貨物の隙間に、申し訳程度のスペースを確保して仮設の固い座席で3時間も。
それに比べてYS-11Pは元が旅客機だし、軍用は更にゆったりした作りだし、空調完備のドリンク・バー付き、本当に役得ね。
VIP用程じゃないけれど、佐官に進級出来て良かったわ。 尉官じゃまだまだ、C-1に詰め込みだもの・・・」

同意するように、河惣中佐も頷いている。 苦笑する周防少佐がふと見ると、源少佐が妻の余りの現金さに、呆れた様な苦笑を浮かべていた。
やがて河惣中佐、三瀬少佐、周防少佐の3人がYS-11Pに乗り込んだ。 復路の『お客さん』は彼ら3人だけだった。 源少佐がターミナルで手を振っている、暫く独身生活だ。





2000年12月18日 1645 東京・調布 帝国陸軍調布基地


周防少佐は市ヶ谷で帰庁報告を行い、後日の報告書提出とした後、細々した事務処理を後日に回して1600時に『第1師団内運用事前準備調査』の名目で外出。
国鉄の中央本線で西に向かい、途中で営業運転を再開した私鉄線に乗り換える。 こういう自由さは、無任所の部付将校の少ない『特権』だ。
駅を降り、歩く事数分。 以前は語学大学だった校舎・敷地を接収し、隣接する元自治体運営の飛行場と周辺地域を含めた場所が、戦術機甲第3連隊が駐留する調布基地だ。

帝都を守る陸軍の頭号師団で有る第1師団は、その隷下に3個戦術機甲連隊を保有する。 朝霞の第1戦術機甲連隊、佐倉の第57戦術機甲連隊、そして調布の第3戦術機甲連隊。
他の第1師団隷下の連隊を含め、帝都の中心部をぐるりと囲むように部隊が配備されている。 まさに『帝都守備師団』だった。

正面正門で当直衛兵司令に来意を伝え、その後に管理棟の応接室の一室に通される。 途中、棟内の廊下で前から歩いて来る1人の将校をすれ違った。
階級章から大尉と判る。 向うが先に敬礼をし、周防少佐が答礼を帰す。 最初は第3連隊の将校かと思ったが、徽章から第1連隊の将校と判明した。
髪を短く刈り、薄いフレームの眼鏡をかけた、精悍な顔立ちと雰囲気の若手将校。 どこかで見た事が有ると思いながらも、その場は特に深く考えずにすれ違う。
やがて目的の応接室に到着し、当番兵が扉を開けてくれる。 訪問相手はまだの様だった、そのままソファに座る。 出されたお茶を飲む事数分、相手が現れた。

「―――久しぶりだな。 周防、どうした、急に?」

「時間が取れたのでな、貴様の悪運面を拝みに来たのさ、久賀」

久賀直人陸軍少佐―――第1師団、第3戦術機甲連隊第3大隊長。 周防少佐とは、最も古い時期からの同期の戦友で有り、共に一時国連軍に『飛ばされた』間柄だった。

「そんな酔狂な奴は、最近珍しい。 長門の奴が3ヵ月前に、ふらっとやって来たがな。 あいつも松戸から、何を思って出て来たのだか」

「貴様が出無精だからだろう。 都内の同期会にも、最近は顔を余り出していないそうじゃないか?」

「・・・色々と忙しくてな、調整がつかなかった。 ま、次回は出席するよ」

「そうしろ。 同期の連中も、貴様の顔を拝みたがっているだろうさ」

「だから。 そんな酔狂な奴は、そういないと言っただろう?」

暫くは近況と雑談を交え、歓談していた。 特に目的が有っての訪問では無い、暫く会っていなかった親しい同期の友人の顔を見たかった、それだけかもしれなかった。
周防少佐に子供が出来た話には、久賀少佐は素直に喜んでいた。 久賀少佐の妻が98年の九州防衛戦で、戦死している事を知っている周防少佐は、ちょっと複雑そうな顔だったが。
それでもお互い共通の話題、特にこの場には居ない長門少佐を含めた3人が一時所属した国連欧州軍の話には、大いに盛り上がり昔話が咲いた。 
BETAとの死闘、失った多くの仲間達。 それでも彼等にとって、青春時代の貴重な時間だったのだ。 多感な若年士官だった時代の記憶として、2人の少佐の脳裏に刻まれている。

「・・・なんと。 翠華のやつ、とうとうヴァルターを撃墜しちまったのか・・・?」

「らしいな。 ほら、昔の横須賀米軍基地に、今は国連軍部隊が入っているだろ? 美鳳と文怜の部隊が、あそこに居るんだ。 翠華が2人に手紙で知らせたらしい。
美鳳からウチの女房に、文怜から圭介の女房に、それぞれ知らせてくれた。 にしても、翠華が『男爵夫人』だぞ? 信じられるか、あのお転婆がさ・・・」

蒋翠華―――国連軍大尉で中国出身。 3人とは浅からぬ間柄で、特に周防少佐とは『一時、本妻を狙っていた』と、長門少佐や久賀少佐が言う女性だった。
超美鳳国連軍少佐と、朱文怜国連軍大尉。 同じく中国出身のこの2人も、共に国連欧州軍に属していた仲間だった。 今は国連軍太平洋方面総軍第11軍に居る。

「なんだ? 女同士、同盟でも出来たか? 旧悪がばれないよう、念押しがいるんじゃないのか?―――で、どこで、どう繋がっている?」

「やかましい。 何度か共闘した事が有ってな、それ以来だ。 ウチの女房、美鳳と気が合うみたいでな。 愛姫は文怜と仲が良い。 どう言う事かね・・・」

「・・・あれだ、俺が思うに、貴様の嫁さんはニコールと似ているかもな、美鳳と気が合う訳だ。 愛姫はあれだ、あの無闇に元気な所が、翠華に似ているな」

「そんなもんかね・・・ そうそう、ファビオが年貢を納めた、相手は・・・」

「そんなの、ロベルタしか居ないじゃないか。 ファビオの奴、あれでいて相手には結構一途な奴だったな」

「一途と言うか、ラテン的盲愛と言うか・・・ま、目出度い事さ。 他にはホラ、貴様も知っているだろ、ドーヴァーの時に一緒だったイルハン」

「・・・イルハン。 イルハン・ユミト・マンスズ?」

「そう、そのイルハン。 ヤツがトルコ軍から出向して来たと。 で、今はギュゼルに猛烈プッシュ中だとか。 同国人だしな」

「なんだ、そりゃ? あいつ、あの隠れ助平野郎め、はっはっは! 良いんじゃないか? ギュゼルは俺達より1つ年上だろ、確か。 そろそろ嫁ず後家が心配な年だぜ」

「・・・おい、久賀。 貴様、間違ってもそのセリフ、身に覚えのある面子に言うなよ・・・?」

「貴様と違って、俺は空気が読めるからな」

「ぬかせ」

久しぶりに会っても、お互い階級が上がり責任が増えても、会えばこうして昔の様に他愛ない話が出来る。 その事に周防少佐は内心でホッとしていた。
同期生の間では、『久賀は変わった』と言う者が多かった。 最愛の妻を新婚早々に九州防衛戦で亡くし、絶望と失望の淵で戦い続けてきた。
かつての単純明快な明るさが影を潜め、口数が少なくなり、沈考する事が多くなったと、皆がその変化に最初は心配していたと言う。
次の変化は99年の『明星作戦』以降に現れたと、久賀少佐を知る周囲は言っているらしい。 シニカルな批評家めいた言動が少なからずある、そう言われ始めた。

そんな噂を耳にしたからだろうか、不意に強行軍でも時間を作って、古い親しい友人に会いに行きたいと周防少佐が思ったのは。
会ってみれば、杞憂だと思った。 昔と変わる事が無い。 大丈夫だ、コイツは。 きっと、きっと大丈夫だ。 胸中でそう繰り返していた。

「・・・時に周防、貴様はアメリカに行っていたのだってな?」

「ん? ああ、例の交渉団の雑用係でな。 昔、国連軍時代に行かされた事を、ご丁寧に人事局が調べ漁ったらしい」

「成程。 で、どうなんだ? 結局は元の鞘には戻るまい?」

「おい、久賀・・・?」

「戻らんよ、きっとな。 国内感情は、対米感情は相変わらず悪い。 中央官庁の上層部や、軍上層部は統制しようとしているが、メディアの完全統制には程遠い。
特に左派系と右派系が、面白い事に同じ論調だ。 結局は同じ穴の狢か。 中道派は政府寄りの論調だがな、左派と右派の方が論調が刺激的だ、国民は引きずり込まれる」

「久賀、貴様、何を言いたい・・・?」

思わず身構える周防少佐に、久賀大尉は直ぐには答えず立ち上がり、応接室の窓辺に歩み寄って窓から外を見ている。
東の方向、夕陽が落ちてその残光が赤々と空を染めている。 何を思っているのか、その空の先は荒廃した国土が続いている。

「・・・答えろよ、周防。 日頃、『国連派』等と言われている貴様だ、対米同盟のその意味を、意義を―――あの国は、もう甘やかしてはくれないぞ?」

「―――貴様の言う通り、再安保が為ったとしても、それは以前の安保以上に日本が譲歩した形になる、そう考える。 国民感情は早々には収まらないだろう。
しかしな、貴様も散々見て来ただろう? BETAに侵略され、国土と国民を食い尽され、亡国の果てに多くの難民を出してきた国々を。
最早、1国でどうこう出来る事じゃない。 大東亜連合を見ろ、民族もバラバラ、宗教も仏教にヒンドゥーにムスリム、かつていがみ合った国同士が、背に腹を変えられなかった。
統一中華に至っては、第3次国共合作だぞ? ソ連はかつての最大の仮想敵国に乞うてまで、国を維持しようとしている。 中東はスンナ派とシーア派のいがみ合いを棚上げだ」

「・・・だから、日本もアメリカの隷属下に入っても、仕方が無いと?」

「貴様、そう言う言い方は止せ! 確かにシベリア東部からアリューシャン、日本列島を通って台湾、フィリピン、マレー半島は『東太平洋絶対防衛圏』だ。
そしてそれは、そのままアメリカの防衛構想にそっくり当て嵌まる。 だがそれがどうして、アメリカの隷属下と言える? 統一中華は? 大東亜連合は?
俺が政府の政策で評価する点は、そう言った地域勢力との協同を目指しつつ、アメリカとの外交での綱引きを、なんとか4分6分ででも成果を引き出そうとする、その努力だ。
確かに国内政策で強引な所は有る、難民政策での強制移住や不法居住者の強制『保護』など、力に走り過ぎな面は確かにある。 だがな、だがな、久賀・・・!」

少し激昂仕掛けた周防少佐の言葉を無言で手で抑えた久賀少佐が、窓から振り返り親友を見つめながら、静かに話し始める。

「でなければ―――でなければ、軍は民間人保護と、BETAの侵攻阻止戦闘、その2正面作戦を強いられる。 軍事的悪夢だ。
そしてまずは、佐渡島からBETAを叩きだす。 次に朝鮮半島の奪回。 それが出来て初めて、安定的な国内政策を打てる。
つまりは、そう言う事だろう? 周防。 全ては国土の防衛、国家の維持。 それが出来て初めて、極東ユーラシアの安定が生まれる。 
それまでは選択を厭わず、犠牲を厭わず、顧みず―――だがな、それを是としない者達も居るのだぜ? 周防、貴様、そんな連中をどう説得する?」

「・・・思い出したぞ、さっきすれ違った1連隊の大尉。 ヤツだ、昔に遼東半島の撤退戦で一緒に戦った事が有る。 今は1連隊だったのか・・・」

「同じ師団だ、部隊内の研究会でも良く顔を合わす。 なかなかの切れ者だぞ、若手の人望も有る」

「―――戦略研究会、第1戦術機甲連隊の沙霧尚哉大尉。 忠告だ、久賀、もしもそうなら直ぐに縁を切れ」

「貴様の叔父御の情報か? 泣く子も黙る国家憲兵隊の、右近充憲兵中将だったな?―――心配するな、安心しろ周防。 俺は国粋派なんかじゃない」

「・・・本当か? 本当にそうなのだな? 信じて良いな、久賀?」

「ああ・・・本当だ。 今の俺には、若い連中の血気を宥める事も仕事だからな」





友人が退去した後、久賀少佐は大隊長室で独りデスクに座っていた。 卓上には一つだけ小さなフォトスタンドが置かれていた。
2人の若い男女が映っている。 場所はどこかの家の前、2人とも幸せそうだ、屈託の無い笑みを浮かべている。 そのスタンドを手に取り、しばし眺めていた。

(・・・優美子)

かつて妻と呼んだ、愛した女性。 短い間だったが、本当に幸せだった。 あの悪夢の様な、BETAの九州上陸が始まるまでは。

(『・・・本当か? 本当にそうなのだな? 信じて良いな、久賀?』)

親友の言葉が頭の中で繰り返される、判るものか、正直自分でも判らないのだから。

(周防・・・俺はあの時、99年の8月、西関東防衛線で横浜を見ていた。 あの黒々とした円球の中にな、優美子が見えた気がしたぞ・・・)










2000年12月20日 2030 帝都・東京 千住 周防家


「こら、直嗣、暴れるな。 って、ああ、泣くな、泣くな。 怖くないぞー? ほら、アヒルさんもプカプカって、遊んでるぞー?」

「あなた? 直ちゃんが終わったら、次、祥っちゃんもお願いね?」

「はいよ。 よーし直嗣、温まっただろー? 気持ち良かっただろー? じゃ、ママのトコに行こうな?―――祥子、直嗣出るよ」

「はーい、じゃ、次は祥っちゃんね。 ほら、パパとキレイ、キレイしましょうねー? あらあら、直ちゃん、大丈夫よ。 ママ、ここですよー」

「さーて、祥愛、パパとお風呂入ろうなー?」

何でも無い、幸せな家族の情景。 でもそれが古くから戦場を往来し、共に死線を切り抜け戦って来た仲間達だとしたら・・・

「・・・すっごく、違和感が有るわ。 あの直衛が、すっかりパパになっているし・・・」

「幸せな証拠でしょう? 祥子もすっかりお母さんね、良かったわ」

「あー・・・ウチも子供欲しいなぁ・・・」

「三瀬少佐は、まだ子供はおつくりにならないのですか?」

「私はその気なんだけど、主人がね・・・あ、愛姫ちゃん、圭吾君、ちょっと抱かせて?」

「良いですよー。 ほーら、圭吾。 あっちのお姉さんに甘えて来い!」

「・・・で? どうして俺までお呼ばれしてんだ? 直衛、さっさと風呂から出て来い・・・」

夫が出張中の三瀬少佐が、親友の綾森少佐(周防少佐夫人、育休で休職中)を最近知り合った2人の国連軍女性将校達と急襲し(赤ん坊を見たかっただけだ)
隣家のこれまた旧知の長門少佐一家もお邪魔して、賑やかな夜のひと時になっていた。 もっとも男性陣にとっては、ちょっと遠慮したい場でも有ったが。
やがて娘と風呂から出てきた周防少佐が、身支度を整えて輪に加わった。 お互い若年士官の頃からの付き合いだから、余り遠慮も無い。 和気藹藹とした雰囲気だ。
それでもそろそろ20代も後半にさしかかる年代、そして女性陣の2人は独身、1人は既婚者だが子供なし。 勢い、話題は子供の話に。

「直嗣ちゃん、お姉ちゃんのトコにいらっしゃい」

「あ、まだ駄目よ、文怜。 お姉さんの方がいいわよねー? んー、可愛い!」

「ちょっと! 美鳳ってば、独占し過ぎ! じゃ、祥愛ちゃん、抱っこさせてよ、祥子」

「いいけど・・・いっそ、国際結婚も考えれば? 文怜、美鳳も?」

「笑って簡単に言わないでよ。 ほーら、祥愛ちゃん、お姉ちゃんと遊ぼうねー?」

「ふふ、圭吾君、駄目よー? お姉さん、おっぱいは出ませんよー? 愛姫ちゃん、母乳で育てているの?」

「そうですよー。 合成粉乳って、なんだか信用出来なくって。 あ、麻衣子さん、ウチの子、そろそろハイハイも出来ますよ?」

「あら、判るわ。 私もそうだもの。 でも直嗣がおっぱい飲んでいると、祥愛も欲しいって泣くし、祥愛におっぱいあげると、直嗣が泣きだすし・・・」

「双子だからね、祥子の所は。 あー、やっぱり私も子供が欲しい!」

「旦那様にねだりなさいよ、麻衣子」

「源さん、優しいパパになりそうですよねー?」

「私も、真剣に考えようかしら・・・」

「年齢的には、私の方が切実なのよ、文怜・・・」

「あ、この前、緋色から連絡が来ましてね。 『私も子供が欲しいぞ!』って。 だから言ってやったんですよ、『腹上死だけは、させちゃ駄目だからね?』って! あはは!」

「そう言えば、周中佐は? ご結婚はどうされるのかしら?」

「「・・・」」

「? 美鳳、文怜? どうしたの? 2人とも?」

「中佐・・・結婚はしないんだって」

「ええ!?」

「どうして?」

「親戚筋の、従弟さんの子供を引き取ったのよ。 なんでも、昔にゴタゴタが有って、一族から絶縁された人らしいけど。
その人が戦死して、残された奥さんが親戚を頼って、仙台のチャイナ・タウンまで来たそうなんだけどね・・・」

「そのご親戚も、BETAの横浜侵攻時にお亡くなりになっていらして・・・奥さん、心労がたたって病死されたの。 残された子供を、中佐が養子と養女にしたのね」

「2人?」

「ええ、5歳の男の子と、3歳の女の子。 いきなり2児の母よ、吃驚したわ・・・」


そんな光景を、離れたキッチンテーブルの椅子に腰かけた周防少佐と長門少佐が、少し呆れ顔で眺めている。
子供は2人にとっても可愛いが、女性にとっては母性愛の発露の、最も身近な対象と言う訳か。 独身の超少佐や朱大尉、子供のいない三瀬少佐も3人の赤ん坊に夢中だ。

「直衛、お前この間、久賀のトコに行ったらしいな?」

漬物を肴に、熱燗を猪口でちびちび飲みながら、長門少佐が親友に話しかけた。 周防少佐も手酌で熱燗を飲りながら、ああ、と答える。

「あいつとは・・・97年のAOC(幹部上級課程)以来だったしな。 欧州から帰って、アイツだけ九州配属になったし。 それにその、な・・・」

「・・・嫁さんか。 会った事は無いけどね、以前同じ部隊に居た奴の話じゃ、才色兼備、性格も良くて面倒見のいい、人気No.1のWAC(陸軍女性将校)だったそうだ。
そんな才媛が、どうして久賀みたいな頑固者の堅物に惚れちまったのか・・・ま、人の心は判らんわな。 俺から見れば、お前の嫁さんも新米時代から不思議だったぜ」

「そっくり、そのまま言い返す。 愛姫はあれで、お前の女房に収まるには、出来過ぎた女だと思う」

お互いに、ある種の肉食獣の様な笑みを浮かべ会って、相手に言い返している。 その間にも、女性陣は赤ん坊をあやし、話に夢中になっていた。
その姿を『仕方が無いな・・・』とでも言いたそうな表情で、お互いに熱燗をさしつ、さされつ、特に話題が有るでもなく黙々と飲んでいた。

―――長門少佐が、話を切り出した。

「で? どう感じた? ヤツは・・・久賀は、あの変な集まりに参加していると思うか?」

「・・・ここじゃ、何だな。 外に出よう」

周防少佐、長門少佐、2人して立ち上がって玄関へ向かう。 その姿を見た2人の妻達が、何事かと声をかけた。

「あなた? 外に出るの? 寒いのに・・・」

「何? 圭介、直衛と密談? 怪しいなー?」

「煙草だよ、煙草。 家の中じゃ、吸えないだろう?」

「この前、台所で吸っていたら愛姫、お前本気でぶん殴っただろ・・・」

後ろから聞こえるクスクスと笑い声を背に、2人の少佐は玄関を出た。 丁度、周防家と隣家の長門家の間に、小さな生垣が有る。
スモーカーの旦那2人は、ここで良く煙草を吸っている。 奥さんから家を追い出されるからだ、今では『喫煙所』と密かに読んでいる場所だった。
下駄をはいて(周防少佐は下駄派、長門少佐はスリッパ派)私物の上着を着込んで寒風に耐えながら、煙草に火を付ける。 灰皿は2人で購入した、長い脚付きの共有灰皿だ。

「・・・一応、否定はしていたけどな。 やっぱり、変わったと言われれば、認めなきゃならんかもな」

「俺が会いに行った時は、国体論を吹っ掛けられたよ。 日本は皇帝を頂く立憲君主国家か、それとも政威大将軍との2重頂点なのか。
議会は機能しているのか、議会民主主義は日本に有るのか。 政府は国民の声を聞いているか、その政策の是非は? ・・・あいつ、そのうちに政治家にでもなるつもりか?」

「まさか。 あいつは間違っても、腹芸だけは出来ない男だぞ?」

煙草を大きく吸って、吐き出す。 風呂上りの一服、煙草飲みには堪えられない。 ふと夜空を見上げれば、冬の夜空が綺麗だった。

「だとしたら、どうしてあんな、要注意視される集まりに参加している? 直衛、お前は声を掛けられなかったか?」

「ないね。 俺は『国連派』で『米国派』だから。 あの連中にとって、目の敵だよ。 圭介、お前は?」

「一度だけある。 俺は『国連派』でも、『欧州派』らしいな。 アメリカより心証は宜しい様だ。 もっとも話を聞いたが余りに幼稚な内容でな、馬鹿らしくなってそれっきりだ」

「なら、それっきりにしておけ。 オフレコ情報だ、国家憲兵隊と警務隊が、内調を始めるかもしれん」

「ったくよ、勘弁しろよ。 たかだか、10代後半の小娘に、この国難の舵取りなぞ出来る訳無かろうが。 
それともあれか? 城内省の権力争いか? 斯衛の連中、一部が鼻息荒いぜ、最近・・・今更、王政復古かよ?」

それで暫く会話が途切れてしまう。 紫煙が立ち上る夜空を、2人して無意識に眺めていたが、不意に周防少佐が言った。

「・・・俺達は、『醜の御楯』だ。 この国を、皇帝陛下を、国民を守るための、醜き盾―――武人だ。 政治に韜晦する事はない」

「ただ為すはひとつ、称えし誓約に殉じるべし―――訓練校の朝の別科で、散々唱えさせられた」

「そうさ。 だからもし、久賀がそれを失念しようものなら・・・」

「ぶん殴ってでも引きずり戻して、軍人勅諭から何から、もう一度ぶっ倒れるまで唱えさせてやるか」

「―――『我々は、一人の人間の徳からよりも、失敗から多くのことを学ぶだろう』 徳なんて、一体どんな基準でそう言うんだ?」

「・・・直衛、お前時々、気障な事を言うよな?―――『我々は自己の過失を利用しうるほど長生きはしない。 一生を通して過失を犯す。 
そして多くの過失を犯した末、できうる最上のことは改心して死ぬことである』 ・・・洒落にもならねえ、嵌り過ぎて、笑いも出ねえぞ」

あと10日程で、2000年が終わる。 そして2001年が始まる。 20世紀が終わり、21世紀が始まるのだ。
20世紀は戦争と動乱、そして人類の存続をかけた未曾有の戦いに、明け暮れた世紀と記録されるのだろうか。
しかしそんな時代でも、人々は生まれ育ち、暮らしの営みを続け、喜怒哀楽の中で生き、結婚し、子供を産んで育て、老いて死んでゆくのだ。
その姿と声は、決して記録される事はない。 だが世界の片隅で、少しは覚え続けられるだろう、その生きた証を。 それを連綿と受け継いできたのだ、庶民たちは・・・









2001年1月5日 日本帝国 千葉県松戸 帝国陸軍・松戸基地


「頭ぁー、中!」

「敬礼!」

壇上に上がった目前に、71人の部下達が一斉に敬礼を送って来る。 衛士が39名、CP将校4名、CP附車輌下士官兵がCP将校1人に付き3名。
他に後方勤務の大隊本部附き将校達、第1係主任(人事・庶務)、第2係主任(情報・保全)、第3係主任(運用・訓練)、第4係主任(兵站・後方)の大尉・中尉達と下士官たち。

―――それをゆっくり見まわし、答礼を帰す。

「直れ!」

「着席!」

壇上下には、3人の中隊長が揃っている。 さっきから号令をかけているのは、この3人だ。 交替式は先程済ました、いよいよ大隊長着任だ。

「・・・みな、しぶとい面が残っているのを見て、大隊長は安心と共に、呆れも覚える」

そこで、少し笑い声。 暫くして、手で制する。

「大隊は本日より、第15旅団、第1戦術機甲大隊として編入されることとなる。 戦線の火消し部隊だ、主に新潟方面への支援になるだろう。
奴らを良い気にさせるな、この星の支配者が誰か、その醜い体に砲弾で持って叩き込み、長刀の斬撃で切り裂いて教え込め。
大隊長の言う事は、『戦え、足掻け、そして生還しろ』これだけだ。 無論、大隊長機は常に貴官等の先頭に在る、そして最後まで戦場に留まり続けるだろう」

一瞬、皆の顔に生気が滾った様な気がした。 今までの大隊は、と有る事情で士気はお世辞にも良いとは言えなかったからだ。

「諸君らが戦う場には、大隊長が居る。 戦場に赴く大隊長の背後には、諸君が居る。 仲間とは、共に助け合い、背を預け戦える物達を言う。
大隊長は、諸君らが互いを仲間と認め合い、そして共に困難を粉砕して行ける者達で有ると信じるからだ。 無論、大隊長もその中の1人に過ぎない―――以上!」

「総員! 起立!」

「大隊長殿に対し―――敬礼!」


2001年1月5日 有事即応部隊に指定された第15旅団が発足した。 そしてその第1戦術機甲部隊が、新たな指揮官を迎える。
佐渡島は未だBETAに屈し、奪回の目処は立っていない。 しかし彼等は戦い、戦い抜き、やり遂げねばならない。 それが祖国へ誓った誓約であるなら。





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