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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 伏流 米国編 3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/06 23:25
2000年10月20日 日本帝国 帝都・東京 千代田区大手町 国家憲兵隊総司令部


国家憲兵隊総司令部は、新たな帝都のど真ん中、大幅改修中の『新帝都城』の北東隅、堀に面して永代通りと本郷通り、日比谷通りが交錯する一角にその威容を表す。
諸外国からは『日本のルビャンカ』等と、有り難くない異名で呼ばれる場所だ。 現在は国防省傘下の、法執行機関及び準軍事組織である。
ただし、国内外の公安・軍事情報収集組織の面も当然ながら持ち合わせており、場面場面で関わる中央官庁は内務省、法務省、情報省、或いは内閣府が出て来る事が有る。
その総司令部ビルの8階、国家憲兵隊内部でも機密性の高い部局が集中しているフロアの1室で、高官達が会議中に一報がもたらされた。

「―――また、難民区で暴動だと!?」

報告しに来た憲兵大尉に、目前の憲兵大佐―――特殊作戦局作戦部第1作戦課長が、目を吊り上げて怒鳴りつける。 
怒鳴られた方の憲兵大尉は思わず首を竦める仕草をし、それでも恐る恐る報告し始めた。 何と言っても、先方が言って来ているのだから。

「―――はっ! 福島県、宮城県、岩手県、青森県、北海道、樺太県の1道5県で、合計8箇所の難民キャンプにて、発生しております」

「―――それより、今回の理由は何だ? 確か前回は、住環境の改善要求だった」

「―――内務省建設局が、吊るし上げを食ったあれだな。 確かに真夏に密閉され、冷房器具も無いブレハブ小屋では、熱中症で死ぬ。 冬に向けての暖房器具さえな・・・」

第1作戦課長の言葉に、隣の作戦管理課長が思い出したように言う。 声色は疲労感が強い。 難民問題と、その一環の散発する暴徒鎮圧は、国内治安組織の頭痛の種だ。
1998年から発生した、日本本土での難民区。 諸外国で言う所の難民キャンプだが、日本には『国内難民区』と、海外から逃げてきた難民用の『国際難民区』がある。
その中で住環境や食糧流通等が改善されぬ・滞りがちなのは、意外にも『国内難民区』の方だ。 『国際難民区』は長らく難民生活を送っている者達が多い。
それに政府は、財源負担の減少方法として、国際難民区に一定の区内自治権を付与していた。 言い換えれば『密輸入の闇経済の黙認』だ。
彼等は世界中に、或いはアジア各地に居る同胞難民のネットワークを通じ、様々な物資を密輸入し、或いは日本国内で密売し(合法的な商業活動も行う)、生活を維持している。

「―――はっ! 食糧事情の改善で有ります」

「―――食糧事情!? そんな事、1日に必要十分なカロリーを保証した合成食料は、配給が確保されておるだろうが?」

作戦情報課長が、うんざりした声で言う。 周囲の同僚達も同様だ、食い物の不平不満だけは、どう手当てしても一向に不満の声が鳴り止まない。
1日に必要とされるカロリーは、労働者の成人男性で約2300kcal。 同じく成人女性で約2100kcal。 政府はこれを基準として、水2.5リットルと共に配給を確保している。
しかし『合成食料』だ。 見た目も変化が無いし、味も微妙に不味い。 一向に変化の無い食生活が、難民生活でのストレスを知らずに増加させてゆく。

先程の国際難民区と異なり、国内難民の居住区である『国内難民区』には、海外の同じ境遇者程の逞しさは無かった。
無論、日本帝国臣民が密輸入に手を染めれば、それだけで刑罰の対象になる。 だがそれだけでない、要するに日本人は、根本的に『お上』のお達しに従順だと言う事だ。
働くと言っても、軍需工場での非正規工員の枠は限られている。 他には各市町村の清掃・環境部局で募集する、短期臨時職員の枠程度だ。
国内に発生した数千万人もの国内難民、その全ての口を養い、食住環境を改善させる経済効果をもたらす場は、今の所は無いのが実情だ。
その為か、ある種の活気さえ認められる国際難民区と比べ、国内難民区はどうしようもない停滞感と疲労感、そして貧困が充満するに至った。
治安も表向きは国際難民区の方が良い。 犯罪発生率は国内難民区の方が、国際難民区の6倍も多いと言う、最新の統計結果が出ている。

「―――なお、現在は各道警・県警の武装機動隊が対応に当っておりますが、今後の規模拡大・暴徒人数の増加によっては、武装憲兵隊の投入要請も有り得る、と内務省より内々に」

「―――内務省から、武装憲兵隊投入を、か?」

にわかに信じがたい。 国内治安を巡って国家憲兵隊と対立関係にある内務省、その最大部局である内務省警保庁警備局が、『泣き』を入れて来るとは。

「―――幾ら難民キャンプの暴動とは言え、まさかな・・・」

「―――いや、裏でRLF(難民解放戦線)が動いている可能性が高い。 昨年10月にソマリアのモガディシオで、11月に東ティモールのディリで発生した大規模暴動があった。
あれは確実にRLFが関与していた。 双方合計で死傷者1000名以上、制圧を担当した欧州連合国家憲兵隊特殊介入部隊群(GISEGF)や、英国のSBSも結構損害を受けた。
東ティモールはインドネシア警察軍と、密かに援助していたデルタ(米陸軍第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊)がヒット部隊を投入して、やっとだ」

規模によっては、警察の武装機動隊の手に負えない場合も有る―――海外特殊作戦を管轄する第2作戦課長が、渋い声で言うのを周囲の者達も苦い想いで聞いていた。
国家警察である内務省警保庁警備部の武装機動隊は、精々が軽装甲車と自動小銃か短機関銃、軽擲弾銃、それに放水車両や催涙弾発射機等で武装しているに過ぎない。
対して武装憲兵隊は、戦車や大口径榴弾砲こそ装備しないが、89式装甲戦闘車を始め73式装甲車、60式装甲車(いずれも96式40mm自動擲弾銃を追加装備)等の戦闘車両。
60式改Ⅲ型自走81mm迫撃砲、60式改Ⅳ自走107mm迫撃砲に、UH-1J・ヒューイ戦闘・汎用ヘリ改造のガンシップまで装備する。
個人兵装は自動小銃に分隊支援火器(MINIMI、5.56mm×45NATO弾)、ベルギー・FN社のFN MAGをライセンス生産した85式汎用機関銃(7.62mm×51NATO弾)など。 
車載火力は7.62mm重機や12.7mm重機に始まり、81mmと107mmの迫撃砲、そして35mm機関砲と79式対BETA・対戦車誘導弾(重MAT)、87式対BETA誘導弾(中MAT)
他に軽迫撃砲や狙撃銃に擲弾銃。 陸軍の第一線級機動歩兵部隊と比べても、全く遜色が無い程の機械化歩兵部隊だ。 おまけに支援のガンシップ・ヘリ部隊。

国家憲兵隊は国家警察の1組織として、犯罪捜査などの一般警察任務も担う他、軍内の憲兵業務、警備・公安警察活動、それに対外情報収集活動も行う。
2000年時点での国家憲兵隊の総人員は約12万8000名、地域組織としては帝国内の1000箇所以上に要員を配置し、治安活動を行っている。
他に機動警備部隊として先程の武装憲兵隊が4個旅団、編成されている。 1個武装憲兵旅団は4個機動大隊を基幹とし、支援連隊や航空大隊(ヘリ部隊)等で編成される。
その他に特殊部隊や空挺部隊が、第5武装憲兵旅団に含まれている。 これは空挺連隊、海上機動連隊、特殊介入任務部隊(GISIG)から構成される、治安即応特殊作戦旅団だ。

「―――情報部からの報告では、RLFの痕跡有り、と有ったな。 中央SAT(内務省警保庁警備部・中央特殊急襲部隊)や、各道府県警SATでは、手に負えまい?
機動隊も、武装機動隊の軽火器程度ではな。 報告ではモガディシオではPRGやドラグノフが、東ティモールでもカール・グスタフやスティンガーまで出回ったとある」

第1作戦課長、第2作戦課長、作戦情報課長、作戦管理課長・・・作戦部の主要幹部達(いずれも憲兵大佐)が、次第に深刻な表情で事態を再確認しつつある。
そんな部下達を見回し、作戦部長の相賀憲兵少将が、上官に向き直り上申をする。 実は以前にも上申したのだが、『政治的』理由の元に、却下されていたのだ。

「―――閣下、武装憲兵隊司令部の高田高級参謀(先任参謀、憲兵准将)は、要請が有れば恐らく、2個旅団程を派遣するでしょう。
武装憲兵隊は、戦車と砲兵が無いだけで、実質は重機動歩兵旅団です。 恐らくは大隊戦闘団単位での派遣となるでしょうが、そうなれば難民キャンプは血の海となりましょう」

「―――情報部の確証は? 得たのか?」

それまで黙って聞いていた、国家憲兵隊特殊作戦局長・右近充憲兵中将が、ゆっくりと口を開いた。 同時にその鋭い眼光で、部下達を見回す。
特殊作戦局は、国家憲兵隊の『特殊作戦』―――政治的背景の有る特殊作戦、その全般を取り仕切り実行する部局故に、第5武装憲兵旅団を指揮下に置く。
他に作戦部にある2つの作戦課は、主に非合法作戦に従事する要員を多く抱え込んでいる。 国家憲兵隊の中で最も異色にして、最も恐れられ、胡散臭がられる部局だ。
(遡れば、昔の陸軍に多数存在した『特務機関』を全て吸収して、成立した組織だった)

右近充憲兵中将の問いに、特殊作戦情報を収集、若しくは分析・検討する作戦情報課長が答える。

「―――情報部第2課(国内政治・思想情報担当)からは潜入要員からの情報として、RLFシンパの多数確認と、極東地区指導員の1人、『老海』の確認情報が入っております。
目的は恐らく、同時武装暴動の扇動と実行。 それに伴う、我が国の政情不安化の促進。 最近は国際難民区だけでなく、国内難民区にまで、浸透しつつあります」

難民区は国際、国内を問わず、今や非合法な連中の隠れ蓑担っている、そう言っても過言ではない。
次いで特殊作戦を企画する作戦管理課長、国外作戦を担当する作戦第2課長が、右近充憲兵中将に答える。

「―――それだけではありません、閣下。 キリスト教恭順派の分派が、難民支援の名目で入り込んでおります。 恭順派の中でも、RLFとの共闘を公言する一派で有ります」

「―――パラナのインクィジター(ヴァチカン法国・聖務聖省異端審問局:ヴァチカンの公安警察組織)に接触した所、『恭順派は異端』との見解が有りました、内々ですが。
従いまして、『業務処理』の課程での一切に、ヴァチカンは異を唱えない、そう申しております。 あの連中は、ヴァチカンにとっても頭の痛い存在です」

ローマの法王庁は、イタリア陥落後に最終的に南米に落ち着いた。 理由は幾つかある。 欧州で失陥を免れた英国では、英国国教会との長年の確執が有る。
米国やカナダと言った北米大陸は、信仰者はプロテスタントが主流派を占め、旧教―――ローマ・カトリックは少数派だ。
中米はローマ・カトリック信者が多数派だが、政治的・軍事的・経済的にアメリカの影響力が強過ぎる。
結局最後は、ローマ・カトリック信者が圧倒的多数を占め、米国に対し一定の距離を保っている南米に落ち着いた、と言う訳だ。

ブラジル政府からパラナ州の南西部、パラグアイ政府からアルト・パラナ県を租借し、『ヴァチカン法国』となった。
国土面積は130㎢、人口約160万人。 元のヴァチカン市国と、欧州諸国からのカトリック信者難民、そして現地のメスティーソ(混血)が『国民』である。
ささやかな国土と国民の数だが、全世界にはローマ・カトリック信者は南北中アメリカ大陸に5億2000万人、アフリカに1億3000万人もいる。
他にも全世界に散らばっている、陥落したヨーロッパからの流入難民の中にも約5000万人の、合計7億人を数えるローマ・カトリック信者が居るのだ。
その精神的支柱が、この『ヴァチカン法国』だった。 国土の租借も、米国の影響力を極力抑えたい南米諸国、特にブラジルがヴァチカンを『誘致』した結果だ。
『ヴァチカン』は『神の国の代理人』と認識され、代わってその『国土』の『パラナ』が、『ヴァチカン』を示す言葉となっている。

部下の答えを待って作戦部長の相賀憲兵少将が、上官である特殊作戦局長の右近充憲兵中将に、最終的な上申を行った。

「―――閣下、GISIG(帝国国家憲兵隊・特殊介入任務部隊=Groupe Interventional Speciale Imperial Gendarmerie Force)の投入許可を。 武装憲兵旅団投入の前に。
今ならば、『対象』だけをGISIGで『処理』が可能です。 RLFと恭順派の拠点、人員は全て把握できております。 『ビルダーバーグ会議』も、表立って非難は出来ません」

「―――ビルダーバーグ、と言うよりも、CFR(外交問題評議会)内のタカ派だろうな。 よかろう、相賀、GISIGの投入を許可する。 可能的速やかに、全てを『除去』しろ」


各課の課長たちが退室した後、作戦部長の相賀憲兵少将を執務室に呼んだ右近充憲兵中将は、会議前に部局長回覧で回ってきた情報について、部下に真偽を質した。

「―――軍部国粋派、この連中も頭の痛い事だが・・・情報省の外事2課長だと? どう言う事だ、相賀?」

「―――詳細は確認中です。 情報省内の『お友達』からは、未だ詳しい事は。 ただ接触したのは、この数カ月以内に数度。 
いずれも情報局情報2部(国家憲兵隊国内防諜部)が確認しております、相手は帝都防衛第1師団、第1戦術機甲連隊所属の大尉です」

そもそも、情報省の外事2課は北米情報が専門の部署だ。 その部署の長が、何故に軍の、それも本土防衛軍の、一介の野戦将校に接触を?

「―――この大尉、国粋派と言う以外で、他に信条は?」

「―――故・彩峰元中将の、士官学校時代の教え子です。 また元中将が半島派遣軍時代の部下でも有り、私的にも親しかったと」

「―――駒に使う気か? 横浜の魔女は、相変わらずの『米国政府黒幕説』を、まだ信じ込んでおるのか?」

「―――横浜に流す情報は、慎重に整理しております。 基地内にも複数の協力者を得ておりますので、数か所で『魔女』に渡る情報の確認は出来ております」

「―――ならば良し。 ワシントンを悪役と思い込んでいてくれれば、有り難い。 所詮は一介の技術将校、学者に過ぎん、AL4計画内『だけ』の権限で満足させろ。
下手に裏の世界舞台に首を突っ込まれては、敵わんからな。 あの計画はそもそも、首相のゴリ押しで誘致した計画だ。 せめて計画の最後までは『魔女』程度で居てくれんとな」

『魔女』への伝言役を外事2課長にさせる事は、情報省外事本部長、同省内事本部長、警保庁特別高等公安局長、同庁警備局長と、国家憲兵隊特殊作戦局長の間の『密約』だ。
他に帝国軍情報本部長にも、暗黙の了解を得ていた―――ただし、本人には気付かせていない。 あくまで『自由意思』で動いている、そう思わせなければ『駒』にならない。
その『駒』が、想定外の動きを示している。 相賀少将へさえ、全てを話す事は出来ないし、するつもりも無い。 権力維持と情報の掌握は、同根なのだから。

「―――詳細を洗え、報告は逐一だ」

「―――ネオコン、或いはCFR(外交問題評議会)内タカ派の分派行動との関連が?」

外事2課は北米担当。 そして北米の強硬派が、CIAやDIA内の一部を取り込みつつある。 元々、CIAとは犬猿の仲の連中だったが、巻き返しに脇目も振らず、か?
いや、それだけではあるまい。 『ビルダーバーグ会議』、CFR(外交問題評議会)のメンバーも構成員として参加すると言う、かの会議での内容の反映か?
くそ、あの会議だけは流石に手を出せない。 そもそも、日本人は締め出されている。 それを補う為に『日米欧三極委員会(LTC)』を強引に作ったが・・・
今回の難民区の暴動騒ぎ、あれは確実にRLFが扇動している。 そしてRLFもキリスト教恭順派も、根っこの部分は同類だ。 『会議』の下請け、連中の汚れ仕事請負業者だ。
成程、その線から推察したのか。 部下としては得難い切れ者だが、切れ過ぎるのも問題が有る。 もっともこの男も組織人だ、組織内での生き残りの術は心得ている。

つまり―――『上官が口を閉ざした以上、そこから先は問い質すな。 生き残りたければ』

右近充憲兵中将の無言に、相賀憲兵少将はその術に従った。 黙って一礼し、局長執務室を退室して行った。
その姿を見送った後、暫く黙って執務室内を眺めていた右近充憲兵中将は、秘匿回線を使って数か所に連絡を取り始めた。
今までの『密約』に対しての、追加事項を入れねばならない。 情報省は受け入れるだろう、あの男は有能らしいが、情報省内の傍流だ。 家族縁者も調べておくか。

脳裏に描く、様々な『特殊作戦』の原案、その前提となる布石。 取りあえずばら撒いておく『保険』の数々。 体制維持の為に支払われる血は、どれ程流れても構わない。
暗い思考は一切表面に出さず、鉄面皮で冷酷なまでに判断を下すその表情は、諸外国の同業者たちから『魔王』の名で呼ばれるに相応しい姿だった。










2000年10月20日 合衆国東部時間0350 N.Y.マンハッタン・グラマシー パークアヴェニュー299 日本帝国国防省N.Y.臨時出張事務所


静まり返った深夜の室内で、2人だけが残っていた。 2人ともネクタイを緩め、ワイシャツの袖を腕まくりして、やや疲れた表情で備え付けのTVで深夜放送を見ていた。

「・・・今の笑い、どこがポイントなんだ?」

「・・・知らない」

「・・・アンタ、米国留学経験者だろう?」

「・・・お笑いの感性まで、留学した覚えは無いし」

事務所長の篠原少佐と、副所長の周防少佐だけが、深夜の事務所に居残っていた。 TVの前の粗末なソファに座りこみ、小さなテーブルに夜食を広げている。

「これ、なかなかイケるな。 ベーグルサンド、だっけ?」

「うん。 朝飯や昼飯のテイクアウト、夜食の定番だな。 って、おい、そのベーコンエッグのヤツは、自分用に買ったんだ。 アンタにはこっちの、生ハムのが有るだろう!?」

「せこいヤツ・・・」

「だったら、金払え」

事務所ビルの近所のデリで買い求めた夜食。 数種類のベーグルサンドにプティング。 コーヒーは事務所の備付けコーヒーメーカーで淹れた出がらしだ。

「出がらしでも、ちゃんと豆から淹れているのは、味が有るな。 軍の代用コーヒーなんかより、数倍も美味い」

「軍人の味覚音痴は、世界共通だな」

そう言った後で、ふと旧知の戦友を思い出した。 いや、あいつだけは昔に散々、国連軍のメシの不味さを、こき下ろしていたっけな。
確かに、『軍のレーションと食事の味『だけ』は、イタリア軍は世界最強だ』と言われる。 旧知の戦友もイタリア出身、ナポリの生まれだって言っていた。
ベーグルを頬張って、コーヒーで流し込む。 ベーグルにはサラダもトマトの薄切りも入っている。 他にはスモークサーモンやチーズも。 コーヒーは豆から淹れたヤツだ。
共に『天然食材』で作られた、帝国内ならとてつもない贅沢品が、N.Y.では街中のデリで、合計20ドル程度で購入出来る。 が、今は何も考えず、ただ夜食として食べるのみ。

「・・・とうとう、0400時か。 日本時間は1800時、もう少しかかるかね?」

「どうだろうね。 0900時から延々、やっているんだろう? もう9時間だ、そろそろ結論出るんじゃないのか? 2日前からだし」

「お陰で俺達は、揃って深夜残業・・・眠いぜ」

「・・・この、くっだらねえ番組、余計に眠気を誘うな・・・」

「語学力の差が、眠気の差だ。 ご愁傷様だ、周防さん。 俺は、半分も内容が判らない。 良かった、良かった」

「解説しようか?」

「・・・冷蔵庫に有る、誰も食わないハギスをあげよう」

「買って来た馬鹿に食わせろ、腐る」

2人が深夜まで居残っている訳は、今現在、本国で政府・国防省・外務省を中心に、関係省庁の合同会議が連日為され、そろそろその結果が連絡される筈だったからだ。
結果を受けて交渉の場に赴くのは、ワシントンの代表団。 国連や他の地域連合(欧州連合や、大東亜連合)との調整に赴くのは、国連日本帝国代表団。
しかし出張事務所も無関係ではない。 双方の『司令部』へ諸々のスケジュール調整を行った交渉相手へのアポイントリストの配布に始まり、様々な総務的な仕事が待っている。
なので、まず真っ先に出張事務所も事前に結果連絡を受け、双方の『司令部』に付けられた同様の任務を行う関係者と調整し、近日中(恐らくは明日)開始される再交渉に臨む。
ただ問題なのは、日本とアメリカ東部時間との時差だ、約14時間。 日本が夕方から夜にかけては、ワシントンやN.Y.と言ったアメリカ東部は深夜から明け方近い時間だ。
結局、責任者の篠原少佐と周防少佐の2人が居残り、本国からの結果待ちをしている事となった。 他の所員は早朝の出所早々に、大わらわになる仕事が待ち構えている。

「どう思う? 今回の交渉、どこまで詰め寄れるかね?」

ベーグルサンドをコーヒーで流し込んだ篠原少佐が、プティングを食べ終わってソファにだらしなく座り込んでいる周防少佐に聞いた。
聞かれた周防少佐は、コーヒーカップ片手に見ていたTV画面から視線を外さず、少しだるい感じの声で考えながら答える。

「・・・いきなりの同盟締結は、無理だろう? 双方共にしこりが有るしな。 それに今回は指揮権問題や何や、盛り込んでいるし。 微妙だよ、政治的に微妙な交渉だ」

従来の日米安保条約には、有事の際の日米両軍を統括する指揮権について、実は全く記載が無かったのだ。 実は密約(暗黙)で、米軍側が指揮を執ると言うのは当初から有った。
しかし時代がすすみ、更に対BETA大戦が勃発して以降、日本帝国も軍備を再増強し、その状態が続くと共に、アジア諸地域での防衛戦闘にも派兵・戦闘参加をし始めた。
これは2つの事を示唆していた。 1つめは日本帝国軍が米軍に代わり、局所防衛では兵站支援を含め、諸外国の防衛戦を支援できるまでに成長した事。
2つめは日本帝国の対米全面依存外交に、方針転換が為され始めた事。 大東亜連合、豪州などを含めたリムパックEPA(環太平洋自由貿易経済連携協定)は、その最たる結果だ。

要は日米とも、指揮権問題は余り触れたくない問題だった。 日本にとっては、条約の歴史的背景から、自国が指揮権を保有するとは決して強弁出来ない。
米国も指揮権問題で強圧的に出れば、益々日本のアメリカ離れを加速しかねないので、言い出したくない。 
そんな暗黙のバランスが崩れたが、1998年に生起したBETAの日本本土襲来と、それに続く日本本土防衛戦だった。
各所で合衆国軍は日米安保条約に則り、日本帝国軍と協同作戦を展開した。 壊滅的な打撃を被った部隊さえ、ひとつ、ふたつでは無かった。
だが統一指揮機構はついに成立せぬまま、最後の局面を迎えた。 相次ぐ損害と、日本側との戦略・戦術作戦での見解の齟齬が生じ続け、それは改善されなかった。
このままでは在日米軍全軍が、壊滅の恐れさえ出始めた。 米国上下院では連日公聴会が開かれ、野党は連邦政府を非難し、世論は損害の大きさに声を失い、そして激怒した。
今までの対日支援戦費は何だったのか。 戦死した合衆国市民の伴侶・子弟の命は何だったのか。 市民権獲得を夢見た将兵の命は、使い捨てだったのか。

「本国は本国で、鼻息の荒い連中も多いけどさ。 俺もこっちに来て初めて、アメリカ側の視点ってのか? そう言うのをようやく認識したよ。
確かにな、余所様の国まで出張して、命がけで戦って、仲間が次々に戦死して。 なのに助けに行った筈の国からは、クソミソに文句を言われたんじゃな・・・」

篠原少佐の言葉は、今の合衆国世論の一端を、如実に言い表していた。 感情的には許し難い、裏切られた気分だ、もう知った事か―――これがジレンマの一因だ。
感情的には対日同盟に反対でも、実際問題を見ればそうも言っていられない。 日本が合衆国の主要貿易相手国で有る事、これがまず第1だ。
輸出先として大規模顧客である事と、日本が製造する各種の高性能・高品質の工業部品は、今や合衆国産業界にとっては、必要不可欠にまでなりおおせている。
日米安保破棄のおまけの様に、貿易最優恵国指定の解除までしてしまってから、合衆国の産業界では悲鳴が徐々に大きくなってきている。 製品の品質維持の面で特に。
品質の低下はそのまま、販売力の低下に繋がる。 産業界の体力低下はそのまま税収の低下に直結する。 税収の低下は・・・世界中に展開する合衆国統合軍の維持を困難にする。
国防面、そして日本以外の同盟国との関係維持に、将来的な影を落としかねない事が予測され始めた。 富とは、ウォール街の株屋が右から左に流すマネーゲームではない。

市民生活にも、微妙な影を落とし始めた。 企業の今年上半期の業績は、期初予測の成長率を下回った。 今の下四半期も予測は芳しくない。
このままでは来年のベースアップは、見込めないかもしれない。 ただでさえ、各種税率が上がり始め、市民生活に不満の声が聞こえ始めている。
市民も政府も、今以上の景気悪化は是非とも避けたいのは本音だ。 いくら高尚な思想や信念も、衣食住が満ちて初めて唱えられるものだ。

合衆国政府、市民はこの時期、現実と感情のジレンマ、それに揺れ動いていた。

「もっとも指揮権問題は、将来に向けての棚上げ事項になる可能性が大、だろうけどね。 あの『国連憲章第51条』さ。 結局は『国連軍』の枠内に入る事になる」

国連憲章第51条―――『国連加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、
個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない』―――つまり、安保理が国際平和及び安全を回復し、及び維持するために必要な措置を執った時は・・・

「―――『武力攻撃及びその結果として執った全ての措置は、終止しなければならない』 日米安保の枠内での同盟軍事行動も、名目上は解除、国連軍の枠内に入る。
バンクーバー条約だな、まさに。 そして指揮権は自動的に国連軍に移行する。 我が国にとっては、安保条約で雁字搦めになるより、将来の国連外交で可能性を見出したい、か」

「それまでは、何としても現状を維持、出来れば押し返したい。 最低でも佐渡島は奪回したい。 正味の話、あそこのハイヴがフェイズ4まで成長すれば、日本の未来は無い」

「その為には、指揮権記載なしの、従来の密約の通り合衆国優先指揮権も認める、いや、黙認する。 大事な、大事なスポンサー様だ、佐渡島奪回までは。
策士だね、榊首相。 経済はリムパックEPAで手を打った。 経済界は、輸送コストは負担だが、それでも98年末の打撃から徐々に持ち直してきた。
合衆国の面子を立てつつ、実質的な利潤も有る程度還元しつつ、最終的には従属的な関係にならず、国家安定の将来を見越して短期の損も被る、か」

「問題は、そこまで気付くのがどこまで居るか、だよ。 少なくとも頭に血が上っている連中や、近視眼の連中は考えが及ばない。
民族主義も程々にしておかなきゃ、自分の毒で自分が死ぬ。 半世紀前の繰り返しだ、あの頃も色んな理由は有ったにせよ、最後は偏狭な民族主義に目隠しされた様なもんだ」


お互いに手を差し伸べたがっている。 だが諸々の背景が、感情が、今の所足枷をしている。 恐らく1年、2年では完全な交渉成功は見込めないのではないか?
2人の帝国軍少佐は、共に元々は野戦の将校で、長く実戦を戦い抜いてきた歴戦の指揮官達だった。 だから余計にその1年、2年の時間が長く、もどかしく感じられた。

その時、事務所に持ち込んでいた通信装置の受信連絡音が鳴った。 周防少佐が慣れぬ手つきで―――本業は通信将校では無い―――器材を操作し、本国からの連絡文を受け取る。
暗号文だ、解読には暗号書に記された規定通りの返還が必要だった。 篠原少佐と、周防少佐が共に持っているマスターキーを取り出し、保管庫に差し込む。
暗号書等の重要書類は、全て保管庫に保管し、持ち出すには2人の少佐が持つ2つのマスターキーが同時に操作されない限り、開かない事になっている。
篠原少佐が暗号書を取り出し、周防少佐に見せる。 周防少佐も取り出しを確認し、保管庫を閉める。 保管庫の出し入れは所長と副所長、双方の相互確認なしでは行えない。

30分ばかり暗号書との格闘を経て、ようやく本国からの指令文書が完成した。 今度はこれをまた交渉団用に用意された別の暗号文に変換し、2つの『司令部』へ届けるのだ。

「やっぱり棚上げか」

「そりゃ、そうだろう。 早々、ケリがつく問題じゃない。 それより『日米物品役務相互提供協定』、まずはこっちだろうな」

周防少佐が内容のひとつを取り上げて言う、篠原少佐も同感とばかりに頷いて言った。

「だろうな、兵站が続かなきゃ、日米再安保の前に帝国がこけちまう。 だけど、国会は相当紛糾するぞ。 世論も抑えられるのかね?」

「それは政治家の仕事。 俺達の仕事は、『これ』を送る手筈。 でもそうだな、正直どうする気かな? 政府は。 相当な強行手段を使わないと・・・」

同盟再条約の前に、本来は条約に付随していた筈の相互提供協定を復活させる。 それによって帝国の『譲歩』を合衆国に知らしめる。
帝国にとっても悪い話では無い、合衆国の兵站能力を大いに期待出来る。 合衆国としては、極東地域への影響力の復権を、ある程度『夢見る』事も可能だ。
だが国内のコンセンサスは本当に取れるのか?―――どう考えても無理っぽい、右派世論は元より、軍部国粋派、野党、武家社会は反対に回るだろう。
思想的にカウントされない最大勢力―――国内難民区の住民たちも、爆発しかねない。 どう舵取りをして行く気だ? 政府は。 情報では難民区でも暴発寸前、だそうだ。

「ま、俺達が悩んでも仕方が無いか。 プラザの帝国政府代表団へは、朝イチに誰かを走らすとして・・・ワシントン、こちらもクーリエを出すか?」

「そうしよう。 念の為だ、2人1組で。 篠原さん、マスターキーを」

その後、書類の一切を保管庫に戻し、マスターキーは2人とも首から下げたチェーンに取り付けて、下着の下に仕舞い込む。
こうする事で例え侵入者が万が一発生したとしても、2人が共に害されて殺されない限り、マスターキーは盗まれない。
命の保証を元に、侵入者にキーを渡す事は決して許されていない。 機密保管権限者として、命を失おうとも、まずキーを守る義務が有った。

「・・・おい、周防さんよ。 もう0500時だぞ・・・」

「・・・0800時まで3時間か、交替で仮眠取るか、1時間半ずつ」

「・・・お先に」

「あ、おい! くそ・・・『5分前』には絶対起こしてやる・・・」

周防少佐はさっさと寝入ってしまった篠原少佐に、ぶつくさ文句を言いながら、眠気さましにコーヒーをもう一杯、淹れに席を立った。









2000年10月21日 1430 カナダ・オンタリオ州 マスコーカ地方


州都・トロントの北、ヒューロン湖の東側に広がるマスコーカ地方と、アルゴンキン州立公園。 森と湖が織り成す美しい大自然の風景。
湖畔にはリゾートホテルやカントリーイン、そしてプライベートコテージなどが建ち、オンタリオ州、いや北米で最も人気のあるリゾートエリアとなっている。
10月の今の時期、マスコーカ地方は一帯が見渡す限り、カエデや白樺などの木々が茂り、見応えのある秋の紅葉の真っ盛りだった。
1974年のサスカチュアン州・アサバスカでの、BETAユニット落着に対しての戦略核集中攻撃により、『国土の半分』を核汚染されたとはいえ、元々世界第2位の国土面積を誇る。
かつてのインド、約10億人もの人口を有したインドの3倍以上の国土面積を有していた。 半分が居住不能となった現在でも、世界第7位の『居住』国土面積が有る。
オーストラリアの63%、インドの1.51倍、南米第2位の国土面積を誇るアルゼンチンの1.79倍の国土面積を誇る。 それでいて人口は約1億5000万人。
欧州からの流入で5倍近くまで増加しても、人口密度は2000年現在で34人/㎢。 BETAを本土に迎え撃つ前の日本帝国が、人口密度は約338人/㎢だった。

高級別荘地でも有るこの辺りでも、マスコーカ湖とロッソー湖、ジョセフ湖の3つの湖に面した一帯は、一層別格の別荘地が有る。 
世界に名だたる大富豪、王族、大貴族などが所有していた別荘が、広々とした間隔で立ち並ぶ一角。 その別荘もそんな場所に立っていた。
一見、小じんまりとした、瀟洒なヴィクトリア様式を模した別荘だ。 紅葉の映える森林の中に建ち、目前に美しい水面を湛えた湖を望む眺望を独り占め出来た。

この日、別荘にはホストである別荘の所有者と、数名のゲストが訪れていた。 その一人、ダスティン・ポートマンは31歳、長身・明るいブラウンの髪とグリーンアイの青年。
如何にもアメリカ的な好印象の青年だが、国防総省の国防長官官房に名を連ねるエリートだ。 国際安全保障問題担当部署でアジア・太平洋担当副次官補の役に就いている。
実はそれ以外にも、色々と込み行った、ややこしい関係に成り立つ他の顔も有るのだが、表向きは有能なユダヤ系米国人にして、国防総省の若きパワー・エリートの1人だった。

「本当に美しい、貴重な大自然ですわね」

背後から若い女性の声がして振り返る、そこには淡いブロンドの長い髪をアップに纏め、目前の湖の湖面にも似た碧眼の、美しい20代半ば程の女性が近づいて来ていた。
その佇まいは清楚の中に優美さを含みながら、なお人を圧するある種の威厳さえ備えている。 生来より支配層として育てられた人間に、時として見られるものだ。

「国土の半分は・・・残念な事。 でも、仕方のないお話ですわね、そうしなければこのカナダが、第2のカシュガルになっていましたもの」

暗に、当時の米ソ中と言った超大国の愚かしさ、そして冷酷さを揶揄しているのだろうか? 微笑むその美貌からは、伺い知れなかった。

「・・・侯爵夫人、全てはこの星の、生存権の為です」

些か苦しい言い訳をしつつ、相変わらず本心を掴みきれない、その微笑みを見返す。 イングリッド・アストリズ・ルイーゼ・アンハルト=デッサウ。
ドイツの名門貴族、アンハルト=デッサウ侯爵リヒャルトの妃であり、グリーンランド、アイスランド、カナダに亡命したデンマーク王家の血を引く、現デンマーク女王の姪。
弱冠24歳の若き侯爵夫人がこの場に居るのは、何も不思議でもない。 今日は『会議』の為の下打ち合わせ。 各勢力の構成員、その中堅クラスが集まっているから。

「そうですわね、全ては生存権の為。 この星の主は、私達人類なのですから・・・」

―――人類? ああ、種としてはそうだ。 だがその頂点を治めるのは、我々でなければならない。 その意味では目前の若き侯爵夫人もその一人か。
なにしろ彼女は、デンマーク王家の血を色濃く継いでいる。 その血統は欧州の様々な王家、大公家、大貴族の系譜に流れている。
英国王家、スペイン王家、ノルウェー王家、ベルギー王家、ルクセンブルク大公家は、デンマーク王家の血を引く。 かつてはロシア皇帝家、ギリシャ王家もそうだった。
侯爵夫人自身、英国を含めた連合王家の、何10番目だかの王位継承権を持つ。 他の王家についても、これまた何10番目だかの王位継承権を有していた筈だ。
会議に於いての、欧州各王室関係勢力、未だ歴然たる勢力を有する大貴族勢力の、意見代弁者と言う所か。 いや、自分同様、まだ本会議には出席できるポジションでは無いのか。

「ですが、アジア地域については、私はどうかと思いますの。 かの帝国の皇帝家は、デンマーク王室とも友好的ですわ。
私、結婚前の王女時代に、かの国の摂政家の幼い姫君にお会いした事もございますのよ。 まだお小さいながら、利発な姫君でしたわ」

「・・・かの国は、会議への出席資格を有しておりません、侯爵夫人。 それに『会議』は、特定の1国に対する議題を扱わない、あくまで『世界』問題に対して、です」

「ええ、ですので、最近の貴方がたの為さり様、首を捻っておりましたの。 貴方のお血筋は、かのロートシルト家とのご縁で、色々な国に顔が利く事は承知しておりますわ。
南アフリカ・オッペンハイムのデビス、英国のインシュアラス、米国のモルガノ、ロートウェラー、メロウズ、デュポント・・・他にも色々と。 かの国のお家にも、いくつか。
でも不思議ですの、確かに手広くお遣りですけれど、1国の政体に手を突っ込む等と。 もう直ぐ21世紀ですのに、そんな、御先祖が19世紀から20世紀に為さっていた様な・・・」

「侯爵夫人、『それ』は未だ『会議』で討論されてはおりません。 推測でお話を為さるのは、御控え頂きますよう」

少し強い口調で、侯爵夫人の発言を遮る。 まだ下準備、いや、その前の種を蒔いている段階だ。 ここで他の勢力に掣肘を受けるのは好ましくない。
第一、実行されるかどうかも怪しいのだ。 全世界に張り巡らせた無数の『保険』、精々その内のひとつに過ぎない。 もっとも『あの国』がどう動くかだ。
それによって、優先順位の変動は有る。 だが今の所は、環太平洋域に張り巡らせた、『保険』の為の下準備のひとつ。 そう、その程度だ。

しかし、少し強引に黙らせ過ぎたか? この侯爵夫人の背後には、英国やアフリカ諸国、英連邦に脱した欧州系の諸財閥も控えている。
彼らとの関係を冷え込ませる訳にも行かない、軍需産業界は全てがどこかで、連中との繋がりが有る。 『パートナー』の腰を引かせる訳にも行かない。
彼自身の公的な肩書は、あくまでも合衆国国防総省の国防長官官房に於けるアジア・太平洋担当副次官補だ。 だがここへは別の肩書で参加している。

そこでふと思いだした、今取り込み中のラングレーの一派の事だ。 連中、マクナマラのお陰で経済・国際関係専従に追いやられている。
その結果、あの国の様々な財閥とも接触できたのだが・・・あの計画案はそれこそ、そこを突破口にDIAから軍事・政治関係を取り戻したいのだろうな。
だがラングレーの事は、『会議』のメンバーには漏れていると見て良いようだ。 ならば見直しが必要か? あの国の真の支配層は、将軍でも、政党政治家でも、大貴族でもない。

(―――世界で最も成功した、官僚制度の中に生息する中央官僚群。 そして官僚化した軍部だ)

ならば、そちらに渡りを付ける方が正解ではないか? 欲と権益の確保だけに動く政党政治家、いや、政治業者など、合衆国を見ても良いが、アテにならない。
欧州以上に苔生した、実権の無い大貴族など論外だ。 将軍? 考えるのも馬鹿らしい、あの国では今世紀の初頭には、既に実質的な実権を失っている。
最終的に、彼等が『パートナー』になればそれで良い。 だが、その為には今の両国の世論は大いに足枷だ。 その障害を省く方策は有るか?
以前使った手は? ヴィクトリア・ラハト。 『オペレーション・ルシファー』の実行直前に、日本の海軍士官―――駐在武官に接触させて、G弾の情報を流させた。
あの女、あの国の情報機関にも、伝手が有った筈だな。 どうする? どこまでの情報を流させる? いや、その方法で本当に良いか? 別の手立ては?

そこまで思考を進めた時、新たな人物が姿を見せた。 この別荘の主、既に80歳を越している筈だが、なお矍鑠とした老人。

「―――そろそろ、お茶の時間ですな。 皆さん、お集まりですぞ。 欧州、北アフリカ、北米各地・・・」

侯爵夫人が優雅に一礼し、ティールームの方へ歩き去って行く。 欧州の一部、その諸々の代弁者が。

「―――ミスター・ポートマン。 貴公もお越しを」

「―――承知しました、老チャタム」

表向きは赤の他人。 その実、父方からは大叔父、母方からも血縁関係にあるその老人の横を通り過ぎた時、確かに言い知れぬ匂いがした。
物理的な匂いでは無い、精神的なそれだと思った。 数世紀に渡って、世界情勢を計って来た天秤を持つ者達の精神的末裔。 中には実際にその血筋に連なる者もいる。
直近の1世紀はまさに、文字通りその様に為してきた。 様々に姿を変え、衣を変え、呼び名を変え。 しかし根本は変わらない。
傲慢な程の精神の腐臭。 しかしそれ無くして、今の世界は成り立たない。 合衆国でさえ、結局は器に過ぎないのだから。

傍を通り過ぎる時、別荘の主―――老チャタムが、小さな、しわがれた声で言った。

「―――お前の祖父、私の兄は、ここのメンバーでは無い。 彼の単独覇権主義は、もう古いのだ。 世界は1国が背負い切れるほど、軽くは無い・・・」









2000年10月23日 1345 合衆国 N.Y.マンハッタン・チェルシー


「―――メイジャー・スオウ。 僕の兄は陸軍の士官でした。 98年の8月、日本の京都で戦死しました、日本派遣軍の一員だったのです」

目の前の少年が、真剣な表情で問いかけていた。 その目は一切の冗談など許さない、真剣な色を湛えていた。

「兄は良く手紙に書いていました、『日本軍の連中は、頼みになる戦友だ。 連中は本当にプロフェッショナルだ』 そして兄は日本軍と共に京都で戦い、戦死しました。
日本はそんな兄を―――『千年の都』と日本人が自慢していた、日本人の都を守る戦いで戦死した兄までも、『逃げ帰った裏切り者』だと、そう言うのですか!?」





久々の休日、宛がわれた郊外の官舎でゴロゴロするのも馬鹿馬鹿しいので、周防少佐はマンハッタンまで足を伸ばして、ブラブラと散歩をしていた。
特に何か目的が有った訳ではないが、不意に帰国の際の土産物など、まだ何も物色していない事に気づいて、慌てて買い物に切り替えたのだ。
5番街で妻や姉、母や義母へのお土産を買った。 香水や化粧品、今の帝国では海外ブランドなど滅多に手に入らない。 父と義父にはパイプと銘柄葉。
子供たちへはアンティーク人形とぬいぐるみ。 まだ乳飲み子だから、もう少し大きくなれば良い遊び相手になるだろう。
他にも義姉や甥に姪達、妻の方の義弟と義妹達にも。 あっという間に財布からドル札が飛んで行き、気がつけば両手に持つのも困難な程の荷物になっていた。
まあ、日本へ送るのは軍事輸送便を使えばいい。 佐官になって、その辺の融通も少しはつく様になったのは、モラルがどうこうより、少ない役得、と納得させた。

そして大量の荷物に悪戦苦闘している矢先、チェルシーとの境目辺りで呼び止められたのだ。

「・・・そんな大量の荷物、一体どーするの? 直衛・・・?」

「・・・お兄さまって、結構、考え無しだったのね・・・」

アルマ・テスレフとジョセフィン・セシリア・アクロイド。 この街で再会した2人の少女が、友人達と一緒になって呆れた目で周防少佐を眺めていたのだった。
丁度、買い物疲れも有って、近くのカフェで揃って休憩、と言う事になった(少年少女達は、別に疲れてなどいなかったが)
アルマとジョゼの2人以外に、10代半ばから後半の少年が3人と、少女が1人。 いずれもアマチュア演劇サークルの仲間だそうだ。
住んでいる場所も、親の職業も、学校もバラバラ。 アルマの家は現在、カールシュルツ公園の西、88丁目のヨークヴィルのアパートだった。
ジョセフィンの家はその南、高級住宅地で知られるアッパーイースト・サイドのコンドミアム。 学校もアルマは公立高校、ジョゼは私立の名門女子校。
4人も友人達も、トライベッカにミッドタウン、ブルックリンにクイーンズ、それぞれ住んでいる場所も、社会的背景も異なる子達ばかりだった。
それでも同じ趣味を持ち、同じサークルの仲間と言う事で、仲は良い様だった。 そしてアルマとジョゼ、2人の紹介で、彼等も周防少佐と共にカフェに入ったのだが・・・

「―――報道でも判ります。 日本は安全保障条約を破棄し、本国に撤退したアメリカ軍と連邦政府、いや違う、アメリカ自体を、口を極めて非難していると。
確かに、条約の破棄はアメリカから行った、それは事実だと言っています。 多分そうなのでしょう。 でも僕は、本当にアメリカだけが悪者だなんて、信じられません。
だったらどうして、兄は死んだのですか!? 遠い異国の地で、BETAと言う訳の判らない侵略者と戦って。 日本を助ける為に戦って、戦死したんです、兄も、兄の戦友達も!」

友人達の1人、ミゲル・ガルシアと名乗った17歳のその少年は、ヒスパニック系そのものの、やや浅黒い端正な顔を歪めて、周防少佐に詰め寄った。

「ちょ、ちょっと、ミゲル! 何も直衛がそう言っている訳じゃ、ないじゃんか!」

「そうよ、確かにミゲルのお兄様は残念だったわ・・・でも、あの報道がお兄さまの言った事じゃない位、判るでしょう!?」

横からアルマとジョゼが、ミゲルを止めようとするが、少年の興奮は収まらなかった。 彼も判っているのだ、目の前の日本軍人に言っても仕方が無い事くらい。
だが、仲が良かったと言っていた兄が、日本でBETAと戦って戦死した。 そしてその日本は、安保条約を破棄したアメリカを非難している。
ならば、兄の死は一体、何だったのか? 同盟国を支援する為に派兵され、命がけで戦い、そしてその命さえ捧げて、今はアーリントン墓地で眠る兄の死は一体?
遣り様の無い、吐き出す方向の無かった鬱憤が、目前に現れた日本の軍人を前に、一気に噴出したと言う訳だった。 ミゲルにとって、周防少佐は『日本』の具現に見えた。

少年の怒声を一身に受けていた周防少佐は、まだ少し息を切らしているミゲルを静かに見つめると、徐に口を開いて言った。

「―――ミゲル、君はカトリックかい?」

「え?―――ええ、そうです。 僕はヒスパニック系だから・・・」

急に何を? 信仰について? それが一体? 当のミゲルは勿論、アルマもジョゼも、他の友人達も皆一様に、首を傾げている。
そんな少年少女達を見つめながら、手にしたコーヒーカップを静に置いて、周防少佐がゆっくりと話し始めた。

「―――人ってのはね、何かを信じたいんだ。 人は、人類は他の生物に比べて、より思考する力を得た。 これが神様の贈り物か、生物的な発展か、その議論は今度な?
で、より高度な思考する力を得て、人は文明を発展させる事が出来た。 その代わり、ちょっとした代償も与えられた、より精神的な重圧や悩みに、人は他の生物より弱いかもね」

益々、判らない―――そんな表情の少年少女を見て、ちょっと意地悪が過ぎるかな? 周防少佐はそう思い、言葉を続けた。

「戦場でもね、何かを信じて、信じたくて堪らないんだ。 神様でも良い、仏様でもアッラーでも何でもいい。 宗教じゃ無くて、ジンクスでも何でも。
本当にね、君達が聞いたら呆れるくらい、下らない事でも真剣に信じ込んで、それを真面目に語るんだよ、戦場で戦う将兵って」

―――良く判らないが、話の核心を語り始めた様だ。 そう感じた彼等は、ミゲル少年も含め、黙って周防少佐の話を聞いていた。

「僕もね、宗教的には非常に消極的なんだけどね、ジンクスだけは自分でも呆れるほど、真剣に信じ込んだものさ。 人は生きる為に、何かを信じる必要が有る。
そんな事、馬鹿げている、必要無い、って人もいるけどね。 正直、今まで真剣に、命がけで生きたい、生き残りたいって、思った事が無いんじゃないかな? そう言う人は」

ちょっと、いきなり真面目な人生論?な話になって、少し居心地が悪そうな少年少女達を、少しだけ微笑ましく、少しだけ羨ましく、そう思いながら周防少佐は話を続けた。

「・・・日本はね、今は国全体が、そういう状態なんだ。 日本だけじゃなくて、BETAの脅威に晒されている国は、押し並べてそんな状態だね。
人は生きる為の光が欲しい、何かに縋ってでも、生きたい、生きていきたい、生き残りたい。 それは宗教だったり、民族主義だったり、色々だね。
日本は偶々、宗教色が非常に薄い国柄だから、今は民族主義が横溢している。 そこで何かの偶像を見出したい、それに縋りたい、そんな気分も多い事は否定しないよ」

―――だから、それとミゲルのお兄さんの戦死と、日本の対米非難と、どうくっ付くのだろう? 皆が首を傾げ始めた。

「日本国内の対米非難は、それの裏返し、だね。 ちょっとマイナスの方向に行っている。 でもね、何かに縋りたい、それ自体を止めろとは、僕は言えない、言う気は無い。
それだけは、判って欲しい―――日本にも、アーリントンの様な場所が有ってね。 日本軍人向けだけど。 それ以外にもね、最近になって他の墓地、いや、慰霊碑が建ち始めた」

「―――慰霊碑?」

「誰の? お兄さま?」

すかさず、アルマとジョゼが話に合の手を入れる。 彼女達も、何とか自分達の『兄』が、この場で納得のいく言葉を言って欲しい、そう願っている様だった。

「―――主に、大東亜連合軍とか、他の国連軍、それに米軍・・・本土防衛戦で、彼等が防衛戦を戦った場所から避難して来た難民達の、その難民区の近くにね。
小さいけど、粗末なものだけど、感謝の言葉と冥福を祈る言葉を刻んだ、無名戦士への感謝の慰霊碑がね、あちこちの田舎の、難民区の近くに建てられ始めた」

ちょっと吃驚した表情の彼らを見ながら、ゆっくりと周防少佐の話が続いた。

「―――感謝を込めてね。 自分達の故郷は、身内の多くはBETAに喰われた、殺されたけれど、その土地を、人々を守ろうと戦って死んだ、外国の将兵に感謝を込めてね。
アメリカを非難する人々が、その同じ人々が、アメリカ軍の戦死者へも、感謝を込めて慰霊碑を建てる。 今の日本の、本当の姿だよ」

本当に小さな、質素な慰霊碑が殆どだった。 中には建立する資金も無く、山中の大石を持って来て、そこに言葉を刻みこんで慰霊碑にしたケースも聞く。

「―――今は難しいと思う。 直ぐに解消される程、生温い感情対立じゃないと思う。 でもね、人は生きなきゃならない、生きる為に前に歩き出さなきゃならない。
それでいつかは、その慰霊碑を日本人の多くが振り返って、見出す時がやって来る。 その時はミゲル、君のお兄さんの生と死は、本当に大切な意味を持つ、僕はそう思う」




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